ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP1-1
EP1-1:世界の現状とレオンの戦い
澄んだはずの青空は、もうどれほど昔の話だっただろうか。人類は大規模戦争と環境汚染の果て、やむなく地上を捨てて空へと逃げ延びた。その拠点こそが「クレイドル」。巨大な空中都市群がいくつも浮かび、企業連合「リーグ・オブ・ルーリング・カンパニーズ(リーグ)」が支配する新たな世界。その管理下で人々は仮想空間と実世界を行き来しながら、限られた資源を巡って日々を営んでいた。
だが、地上は完全に見捨てられたわけではない。汚染が極度に進み、居住こそ困難ではあるものの、企業間の覇権争いはむしろこの地上をめぐって激化していた。なぜなら、クレイドルにエネルギーを供給する「アルテリア」施設が地上に点在しており、そこを制圧すれば、クレイドルへ莫大な影響力を持ちうるからである。そんな企業の激突に使われるのが、兵器の頂点とも称される「ネクスト」と、要塞兵器「アームズ・フォート」。いずれも並の軍隊では太刀打ちできない規格外の兵器であり、企業連合はこぞってこれらを抱え、互いに牽制し合ってきた。
しかし、長年続いたその戦いの陰には、たったひとりでもアームズ・フォートを撃破しうる「リンクス」という存在がいた。AMS(Allegorical Manipulation System)適性を持つ者だけがネクストを動かせるという事実は、逆に言えば、リンクスの技量が戦場を左右する大きな鍵になるということである。今やネクストは「個の力」として畏怖され、逆にアームズ・フォートは「数と組織力」で対抗する構図が固定化しつつあった。
その状況に、苛立ちを隠さない企業もあれば、逆手に取って自己の権益を拡大しようとする企業もある。そんな混乱の渦中で、ひとりのリンクスが地上を自在に行き来していた。彼の名は、レオン・ヴァイスナー。かつてはオーメル・サイエンステクノロジーの研究者であり、ネクスト技術開発の先端にいた男。しかし、彼は組織の干渉を嫌い、独立を決意。いまや「孤高のリンクス」として、どの企業にも属さず、ただ機械とAIだけを従えて戦場を駆ける存在となっている。
彼が操るネクストの名はヴァルザード。中量級フレームをベースに、彼自身の高度なメカニック技術によってカスタマイズされたその機体は、「速さ」と「精密射撃」、さらに「電子戦」での優位を最大限に発揮できるよう調整されている。コクピット内部にはレオン独自のAIサポートシステムが組み込まれ、極めて高いAMS適性を持つレオンとの相性は抜群だった。
だが、彼の戦い方は一風変わっていた。人間の部下や仲間を一切持たず、AIとボット(無人機)のみを従えるそのスタイルは、彼の口癖とも言える「人は裏切るが、機械は裏切らない」という信念を象徴していた。そんなレオンが、今まさに荒野に降り立っている。
遠くには廃墟となった都市のスカイラインがかすかに見え、その合間をぬうように茶色く濁った河川がうねりながら流れていた。毒性物質が混じっているため、河原に近づく者はいない。都市の躯体はどれだけ経っても錆び落ちず、ところどころに残るビルの骨組みが不気味な影を落としている。
「高度風速、良好。大気汚染レベル、Cマイナス。呼吸器系の防御フィルターが必要ですが、作業には支障ありません。」
ヘルメットのバイザー越しに、AIの合成音が淡々と情報を読み上げる。レオンの「ヴァルザード」は、まだ格納状態だ。彼は今、個人用の移動ビークル(小型ホバー車両)の上でモニターを睨みながら、静かに目的地を確認していた。
「くそったれな場所だな……いつまで経っても荒れ放題だ。」
そう呟く彼の声には怒りとも諦観ともつかない感情がにじむ。かつて、ここは中規模の集落が形成されていたエリアだったらしい。企業間戦争において戦略的価値が低いと判断された結果、ほとんど放置されたまま廃墟となり、住人はクレイドルへ移住できた幸運な者と、移住できずに散っていった者に分かれた。今は企業の残党が時折通りかかる程度で、めったに人の姿を見かけることはない。
それでもレオンに依頼が舞い込んだのは、「何やら見慣れない兵器が潜んでいる」との情報があったからだ。探査ドローンを飛ばしていた技術者の一団が、奇妙な大型武装のシルエットを撮影した。それは、アームズ・フォートの一種なのではないかと噂されている。もしこれが本当なら、誰かが極秘裏にこの地上で新型のアームズ・フォートを実験している可能性が高い。その“誰か”とは、オーメルか、それとも別の企業か、あるいはまったく新しい勢力か――。
「金になる話なら、どこだろうが構わない。」
レオンは端末を操作し、依頼の詳細を再確認すると、その場でAIボットに指令を出した。AIボットは「ヴァルザード」の格納コンテナを自走式プラットフォームごと運んでくる。巨大なメカを収めたコンテナがガシャンと重い音を立て、乾いた大地の上に据えられると、地面が震えた。
「さて、動かすか――ヴァルザード。」
彼はビークルを降り、コンテナの側面に貼りついているアクセスリフトに乗る。慣れた手つきでID認証を済ませると、シャッターが横に滑り、内部の漆黒の空間が露わになった。その奥には、静かに休眠する愛機・ヴァルザードのシルエットが浮かび上がる。中量級フレームとはいえ、こうして間近で見ると圧倒的な大きさを感じさせる。全身の複雑な装甲パーツ、アクチュエータ類、そして肩部には精密射撃用のカスタムスナイパーライフルが収納されているのが見える。
「外部電源より機体始動システムをオンライン化。AMS接続待機に入ります。」
コンテナ内部の制御パネルがそう告げると、レオンは黙ってコクピットハッチへと歩み寄った。搭乗ステップを踏み、暗いハッチの中へ身体を沈める。コクピットの計器類が青い薄明かりを放ち、まるで呼吸しているかのように微細な振動が伝わってくる。
「エンジンプレヒート開始……AMS接続まで、あと15秒。」
AIがカウントダウンを始める。レオンはシートに深く背を預け、両手を操作桿にかけながら、ごく浅い呼吸を続ける。AMSが起動すれば、ネクストの神経系と自分の神経がほぼ直結する感覚になる。高いAMS適性を持つ彼にとっては特別なことではないが、一度の出撃のたびに細胞が悲鳴を上げるような独特の緊張感があるのも事実だ。
「……機械の方が、裏切らない、か。」
わざわざ言葉にするのは、何かの確認か、あるいは自分自身への言い聞かせなのか。レオンの瞳にはわずかに迷いが浮かぶが、それも一瞬で消える。コクピットが心音を増幅するように微かにビートを刻み、AM Sリンクが完全に同期した瞬間、彼は深く息を吐いた。
「――ヴァルザード、起動。出るぞ。」
重い起動音とともに、コンテナが大きく揺れる。ヴァルザードはゆっくりと立ち上がり、コンテナ内部のクレーンアームが外装パーツの最終チェックを行うと、外へと歩き出した。乾いた大地に重量感のある足音が響き、いま小さな地鳴りが広がっていく。
レオンはレーダーと各種センサーをフル稼働させ、周辺の地形と汚染濃度を瞬時に解析していく。大気にはまだ危険な毒素が漂っているが、ネクストの装甲と内部フィルターシステムがあれば問題はない。視界の先、遠くには先ほどの廃墟があるが、どうやら動力反応は検出されない。そこにアームズ・フォート級の存在があるのだとしたら、うまく隠蔽されているのかもしれない。
ヴァルザードの駆動系は非常に軽やかだ。中量級とはいえ、機体のバランスを重視したカスタムにより、滑空するように地表を走行できる。ブースターの噴射孔から青白い粒子光が尾を引き、高速移動時にはまるで光の軌跡を描いているようにすら見える。レオンは一気に速度を上げ、目標エリアへ向かって加速した。
「主目標の座標を再確認。AI、ドローンを先行させてくれ。」
『了解しました。先行偵察ドローンの起動準備完了。発進します。』
コクピット内のスクリーンに、小型無人偵察機の映像が切り替わる。ドローンはヴァルザードの背部アタッチメントから射出され、機体より先行して上空へ舞い上がった。モニターに映る景色は、一面に錆びた瓦礫と茶色い砂塵が立ちこめた世界。ところどころに崩れかけた巨大ビルが立ち並び、かつてここに人が大勢暮らしていたことを想起させる。
ドローンがビルの陰を旋回すると、突然モニターが微弱なシグナルをキャッチした。何かが動いている。レオンはその情報をもとにヴァルザードを減速させ、距離をとりながら観測を続ける。
「……あれは、ヒトか?」
ビルの瓦礫の陰から姿を現したのは、装甲服を着込んだ数人の武装兵だった。企業のエンブレムは見えないが、ライフルを抱えた彼らが無線で何事かをやり取りしている様子がドローン映像に映し出される。アームズ・フォートの警備兵だろうか、それとも地上で違法な活動をする武装組織だろうか。いずれにせよ、ネクストに対抗できる装備ではないように見えるが、油断は禁物だ。
『武装兵を確認。数は十数名程度。装備は旧世代の突撃ライフル、軽装甲スーツ。対ネクスト用の重火器は所持していない模様。』
「個人の白兵戦で来るか。ま、ネクスト相手には無謀だろうな……」
レオンがそう呟いた次の瞬間、ドローン映像のひとりがこちらを指差し、何やら慌てているように見えた。どうやらヴァルザードが接近しているのを発見し、警戒態勢に入ったらしい。遠くからでも、彼らが急いでビルの内部に退避していくのが分かる。
しかし、一部の兵が外壁にロケットランチャーを構えたのが見え、レオンはわずかに息をのむ。
「……おいおい、やる気か。大した火力じゃないと思うが、被弾して無駄に装甲を削られるのはごめんだ。」
ヴァルザードのセンサーが相手のロックオンを検知し、小さな警告音がコクピット内に鳴り始める。レオンは操作桿を軽く引き、横方向にダッシュ移動を行いながら、左腕に格納されている近接武器――プラズマブレードの起動準備を確認した。
「AI、ECMディスチャージャーを準備。相手が撃ってきたらロック切り替えだ。」
『了解しました。ECM発動スタンバイ。』
次の瞬間、ビルの屋上から火箭が一筋、粉塵を巻き上げて飛来する。弾道が単調で、ネクスト相手にはまるでお遊戯のような軌道だ。しかし油断はせず、レオンは素早く操縦桿を倒し、ブーストで横に回避。火箭は着弾せずに地表を抉り、爆発の衝撃で周囲に砂煙を撒き散らす。
「よし、攻撃開始――ヴァルザード、行くぞ。」
レオンは右腕にマウントしたカスタムスナイパーライフルを展開。照準システムを連動させ、ビル上のロケットランチャー兵をロックする。わずかに呼吸を整え、トリガーを引く。高精度ライフルの銃口から閃光が走り、瞬時にビルの上壁を貫通。そのまま屋上に陣取っていた兵が一瞬で姿を消す。遠距離からの狙撃にもかかわらず、ネクストとAI補正による高精度射撃の前には無力だった。
だが、一発で完全に萎縮させるには至らない。別のグループが建物裏の通路から狙いを定めようとしているのがモニターに映る。レオンはわずかに機体を前傾させ、さらに速いブースト移動で相手の死角に回り込んだ。
「ECM、ディスチャージ!」
渦巻くようなノイズパルスがビル一帯に放出される。エネルギー干渉によって相手の通信機器やロックオンシステムが一瞬妨害され、兵士たちは一様に混乱に陥る。レオンはその隙を逃さず、一気に距離を詰める。小規模ではあるが、これが「ヴァルザード」の十八番である電子戦だ。
『複数の兵士が拡散して逃走を図っています。どうされますか?』
「放っておけ。相手をすべて掃討する必要はない。ただ……誰が雇い主か、少し聞きたいところだな。」
そう言いながら、ヴァルザードをビル横の通り道に差し入れて一時的に停止させる。そのまま安全が確保されそうな位置でコクピットを開き、レオンは短時間の白兵戦用に設計された個人装備を身に着ける。パワードスーツの簡易版のような腕部サポートが自動展開し、顔には防塵マスクがセットされる。
「よし、行ってくる。機体は待機モードで警戒していてくれ。」
『承知しました。外部の警戒レーダー範囲を広げておきます。お気をつけて。』
レオンはヴァルザードのコクピットから地上へ飛び降りると、ホルスターに収めた小型ハンドガンと電磁警棒を確認する。対ネクスト兵装ほどの火力はないが、人間相手なら十分だ。荒廃したビル街の一角はすでに戦火の名残で焦げ付いており、ところどころ瓦礫が積み上げられている。先ほどのECM攻撃で相手の通信は一時的に妨害されたはずだが、無線妨害の途切れた瞬間を狙って増援が来る可能性も捨てきれない。
「機械に頼るなんて言いながら、結局こういうところは自分の足で行かなきゃならんのか。」
そう苦笑しつつも、レオンの表情は冷静で鋭い。耳を澄ませば、瓦礫の裏でうめき声が聞こえる。おそらく先ほどの狙撃や爆発の衝撃で吹き飛ばされた兵士だろう。レオンは慎重に近づくと、片膝をついてその兵士を観察する。ヘルメットのバイザーが割れ、地面に血を垂らしている。呼吸は浅く、今にも意識を失いそうだ。
「おい、しっかりしろ。誰の指示でこんなとこにいる?」
「が……あぁ……。」
兵士はまともに声を出せない。呼吸が乱れ、言葉にならない呻き声だけが返ってくる。レオンは少し考えた後、通信装置が壊れていないか確認しようとしたが、爆風で完全に焼き切れているようだ。助けるかどうか迷うが、彼はあくまで「依頼の対象」に対処するだけが仕事であり、傭兵の身分であることを思い出す。
「……悪いな。救護するほどの余裕はないんだ。」
そう言いつつも、レオンの声には僅かな苦味が混じる。機械は裏切らないが、人間はどうしてもこういう場面で感情を誘発してくる。自分自身に言い聞かせるように、小さく息を吐いて兵士から視線を外す。
そのとき、背後でガチャリと金属音が鳴った。咄嗟に振り返ると、別の兵士がライフルを構えている。しかも、こちらを狙って引き金を――。
「っ!」
レオンは素早く電磁警棒を逆手で突き出し、閃光が走ると同時に兵士の腕を叩き上げる。耳障りな金属の衝突音が響き、兵士はライフルを取り落とした。すかさずレオンはそのまま警棒を下段へ振りぬき、兵士の膝を狙う。重たい衝撃を受けた兵士は声を上げる間もなく地面に崩れ落ちる。
「はぁ……冷や汗かかせやがって。」
レオンは相手のライフルを蹴り飛ばし、適当な瓦礫の陰へ隠す。兵士の胸ぐらを掴んで問い詰めようとするが、相手は怯えるように必死でもがくばかりで、やはり言葉にならない。こちらの素性を知りたがっているようだが、教える義理はない。
「てめえら、誰の指示でここにいる? アームズ・フォートがあるんじゃないのか? 返答次第では助けてやっても――」
そのとき、ビルの奥から低く唸るような振動が伝わってきた。建物の躯体が微かに揺れ、天井の崩れかけた鉄筋がギシリと軋む。レオンは警戒しながら音の方向に視線を移す。先ほどまで感じなかった金属の駆動音が地面を通じて伝わってきている。
「やっぱり、いるのか。……AI、聞こえるか?」
イヤーピースを叩きながら、レオンはヴァルザードに搭載しているAIへ通信を試みる。程なくしてかすかなノイズ混じりの応答が返ってきた。
『こちらヴァルザードのAIユニット。通信を確立しました。音声レベルを調整中。』
「ビルの奥から何か大きな振動がある。アームズ・フォート……いや、もう少し小型かもしれん。スキャンはどうだ?」
『先行ドローンからの報告によれば、地下施設の存在が示唆されます。建物下部に空洞があり、大型のジェネレーターのような反応を検出。アームズ・フォートほどではありませんが、ネクスト級か、あるいはその試作兵器かもしれません。』
レオンは舌打ちをする。どうやら、単に武装兵の残党が潜んでいるだけではないらしい。ネクスト級またはそれに準じる兵器が地下に隠されている可能性が高い――つまり、自分の依頼対象がまさにその中にあるとみて間違いなさそうだ。
「了解。すぐ戻る。機体を近くに回してくれ。多分、正面突破するしかなさそうだ。」
『座標を送信します。建物外壁の一部に破砕しやすい構造があり、ヴァルザードで突入可能と推定されます。』
「おいおい、まるで要塞攻略だな。……ま、今さら驚かんが。」
レオンは拘束している兵士の意識が薄れていくのを確認し、念のためプラスチック製の結束バンドで手足を固定しておく。彼らは明らかに何かを守っているが、アームズ・フォートほどの脅威は持っていなかった。目的はやはり、新型のネクストか試作兵器を隠すことにあるのだろうか。いずれにせよ、レオンにとっては依頼完遂が第一だ。
「命があったら感謝しろ……って言っても通じないか。」
そう呟いて立ち上がると、短い白兵戦を終えたレオンはビルの外へ向かって走る。微かに聞こえてくる爆音や振動は、もしかすると機体の起動実験をしているのかもしれない。崩れかけの廊下を疾走し、階段を駆け下りて地上へ出ると、すでにヴァルザードが近づいてきていた。巨大な人型兵器がビルの横を睨むように立ち、ブースターの噴射で巻き上げられる砂埃が周囲に舞う。
「ご苦労。――さて、行くとするか。」
レオンは再びコクピットのハッチを開かせ、内部へと滑り込む。AMS接続が再度リンクされると同時に、ヴァルザードの動力系が低く唸った。先ほどのような白兵戦はもう必要なさそうだ。むしろ大掛かりな装置が相手なら、ネクスト同士の戦闘が発生するかもしれない。
『建物の南東側に脆弱部を確認。外壁を破壊することで地下施設へ直接アクセスできます。ただし、崩落の危険が伴うため、慎重にお願いします。』
「了解。狙撃武器じゃなく、プラズマブレードでこじ開ける方が早そうだな。」
コクピット内でレオンは操縦桿を握り直し、機体の進行方向を南東に切る。ヴァルザードの装甲板がわずかに光を反射し、ブースターの熱風が周囲を波打つように揺らめかせる。荒涼とした地上世界に、黒と銀の機体が力強い存在感を放ちながら進んでいく姿は、静寂の中に確かな死闘の予感を漂わせていた。
狙いを定めた外壁は、ビルというよりはもはや廃墟の一角であり、ところどころコンクリートが剥がれて鉄骨がむき出しになっている。もし地下施設があるなら、ここを破壊して突入すれば近道になるはずだ。レオンは機体の左腕を構え、プラズマブレードのエネルギーフィールドを展開させる。青白い刃が空中に軌跡を残し、廃墟の壁面を融解しながら切り裂いた。
「っ……!」
崩れ落ちる瓦礫と爆風で、ヴァルザードのセンサーが砂塵と高温を検知する。機体が強い衝撃を受け、僅かに姿勢を崩しかけるが、レオンは踏ん張りながら、さらにブレードで切れ目を広げていく。次第に巨大な穴が開き、そこから地下へと続く斜面状の構造物が露わになった。
「さて、どんな化け物が待ってることやら。」
ヴァルザードは、重厚な脚部を慎重に動かしながら穴の内側へ足を踏み入れる。思った以上に大きな空洞が広がり、下へと降りるスロープのような構造がある。コンクリートと鉄骨による簡易的な通路だが、かなり大がかりに作られているあたり、単なる隠れ家や小規模の秘密工場ではないらしい。
『センサーに複数のマシン反応。ネクスト級かどうかは不明ですが、動力源が複数稼働している可能性があります。』
「やっぱりな。AI、戦闘モードを想定して電子戦システムを半自動で動かしてくれ。いざとなれば狙撃ライフルとブレードを使い分ける。」
『了解しました。ECMディスチャージャーのチャージ率60%に設定。必要時に放出可能です。』
地下の薄暗い空間を、ヴァルザードのセンサーライトが照らす。コンクリートの壁に亀裂が走り、そこから水滴が落ちる音がやけに響いている。照準システムが、床面に多数のタイヤ跡や装甲車のキャタピラ痕を捉えていた。奥へ進むほど道幅が広がり、ネクストでの行動が十分可能な空間になっている。
「ここは……もしかすると、未使用になったアルテリアの一部か? いや、規模が中途半端だな。」
レオンが独り言のように呟く。クレイドルにエネルギーを送るアルテリア施設は地上に多く散在しているが、完全に放棄された空間も少なくない。企業が独断で使えそうな地下構造があちこちに存在しており、今回のように違法実験や極秘兵器の保管に利用されることもしばしばある。
やがて、前方に大きな扉が見えた。メタル製の分厚いシャッターが二枚重なっており、その上部には監視カメラのような球体が複数取り付けられている。レオンはすぐにヴァルザードを停止させ、照準をカメラへ向けると、正確に射撃して破壊した。
「悪いが、こっちはさっさと突破したいんでね。」
シャッターを開けるための制御装置がどこかにあるはずだが、探している時間は惜しい。レオンは再びプラズマブレードの刀身を展開し、シャッターの中央部を力任せに切り裂いた。金属が高温で溶解し、火花と黒煙が勢いよく噴き出す。内側の空気に触れたのか、激しい閃光が一瞬走った。
その閃光が収まった頃には、シャッターに大きな穴が開き、その向こう側に広がる空間が見え始める。そこには大型の整備クレーンや、無数のコンテナが並んでいて、何やら兵器らしきものが整然と並べられていた。確かにネクストの装甲パーツに似た曲線や、アームズ・フォートの一部のような砲身が確認できる。
「こいつはまた、お宝満載の倉庫かよ……それとも地獄の入り口か?」
レオンが低く呟くと同時に、モニターに複数の動力反応が急上昇したことが表示される。施設内部に配置されていた無人防衛システムか、あるいは試作のネクスト級ユニットか――。いずれにしても、やや小型の複数機が同時に起動し、こちらに接近してくる。
『敵性反応を検知。機体サイズはネクストよりも一回り小さいか、もしくは中型無人兵器の可能性があります。』
「厄介だな、数はどれくらいだ?」
『最低でも五機以上。正確なカウントは電波妨害により困難ですが、移動音からさらに増える可能性があります。』
「いいだろう、相手になってやる。ヴァルザードなら――」
そこまで言いかけた瞬間、施設内の上部キャットウォークから複数のマシンガン火線が降り注いできた。金属の弾丸がコンクリートを砕き、ヴァルザードの装甲を叩く。中量級とはいえ、ネクストの装甲は並の火器では貫通しないが、集束すればダメージは無視できない。レオンはブースターを吹かして横に移動し、即座に反撃体勢へ入った。
「お遊びの火力じゃねぇな。何か別の企業が絡んでんのか?」
カスタムスナイパーライフルを肩に構え、視界リンクで3Dマーカーを重ね合わせる。ロックオンが完了した瞬間、ヴァルザードが一発の高威力弾を放つ。上部キャットウォークに陣取っていた無人機の一体が即座に爆散し、火の粉が散る。さらにレオンは素早く射線を切り替え、左右に散る目標を確実に狙い撃つ。次々と無人兵器が撃ち抜かれ、施設の床面に火花を散らしながら墜落していく。
ところが、奥から迫りくるもう一つの反応は、かなり大きなエネルギーを持っているらしい。大型の無人ネクストか、もしくは有人型の機体か。レオンの心拍がやや上昇する。モニターには真紅のラインで囲まれた輪郭が映し出され、その脚部構造がネクストに近いシルエットであることを知らせていた。
『警告。高出力ジェネレーター反応。敵機はネクストクラスの動力を備えている可能性が高いです。』
「なるほどな。お宝ってわけか……どこの企業が作ったんだ?」
答えはない。ただ、目の前で熱気とともに現れたその機体は、まさしくネクストに準じたフォルムを持っていた。ただし、動きがどこかぎこちない。もしかしたら試作機か無人制御の実験型かもしれない。装甲は荒削りで、ところどころカバーが外れたままのパーツが露出している。しかし、その右腕に装備された大口径キャノンが目を引く。まともに食らえばヴァルザードとて危うい。
「無人実験機ってところか? こりゃ派手にぶっ壊すしかないな。」
レオンはヴァルザードを一気に加速させる。相手がキャノンを構えるより先に斬りかかるのが理想だ。左腕に格納されたプラズマブレードを展開し、肩部にはECMディスチャージャーのチャージゲージが一気に上昇。相手が射撃体勢に入るタイミングを見計らって、ECMを叩き込むのだ。
『ECMディスチャージ準備完了。発動すれば敵の照準を一時的に妨害できます。』
「よし、今だ――発射!」
機体の周囲に渦巻くような電子ノイズが放出され、敵ネクストが狙いを外してキャノン弾を発射。轟音が施設内に鳴り響き、右側の壁面を大きくえぐる。もしまともに当たっていれば、一撃でヴァルザードの装甲に深刻なダメージを与えたかもしれない。だが、ECMによって生じた一瞬の隙をレオンは見逃さない。
ヴァルザードが横滑りするように接近し、プラズマブレードの刃が相手の胴体部に閃光を走らせる。強力なエネルギーが装甲を割き、内部のフレームを断ち切る。無人ネクストの動きがガクリと鈍り、火花を散らしながら膝をつく。
「終わりだ!」
そのまま間髪入れずに反対の腕を反動で振り抜き、スナイパーライフルの銃口を至近距離で相手のコックピット部分に向ける。ガシャリと機体が動く音とともに、レオンは一発、息を殺して引き金を引いた。凄まじい反動と光量により、目の前の無人機が爆炎を上げて崩れ落ちる。爆発の炎が施設の鉄骨を真っ赤に染め上げ、火の粉が雨のように降り注ぐ。
やがて、轟音が静まっていくと、レオンはヴァルザードをゆっくりと後退させ、警戒態勢を維持したまま周囲を確認した。まだ小さな爆発が断続的に起きており、あちこちで火の手が上がっている。
『敵性反応、すべて沈黙しました。周辺に大きな脅威は残っていない模様です。』
「ふう……。なんとか片付いたか。」
レオンは安堵とも疲労ともつかない吐息を漏らしながら、コクピット内で背中をシートに預ける。荒廃した地上のさらに地下深く、こんな秘密施設が存在したとは。依頼の内容を大きく上回る収穫と危険があったが、ひとまずここまでの戦闘は終了したようだ。
「さて、依頼主に報告するのは後回しだ。ここがどこに属してる施設なのかを洗い出す方が先だな。」
ヴァルザードのスキャンを継続させながら、レオンは施設のコンソール類を探すことにする。もし企業のロゴや設計データがあれば、一連の動きの黒幕が誰なのか、ある程度の見当がつくかもしれない。オーメルか、あるいは別の企業か――。それを突き止め、きっちり報酬をふんだくるのが傭兵としての仕事だ。
コクピットのモニターには、まだ紫色の火花を散らしながら崩れ落ちている無人ネクストの残骸が映し出されている。試作機とはいえ、正面から交戦すれば危険だった。レオンが孤高のリンクスとして戦場を生き抜く過程で培った経験と、ヴァルザードの優れた電子戦能力がなければ、苦戦は避けられなかっただろう。
「……人は裏切るが、機械は裏切らない。」
自分の信念を再度確認するように、レオンは小さく呟く。AIが彼の声に対して短く応答を返す。
『はい、私たち――機械は、常に最適なサポートを行います。』
「そうだな。――ありがとな、相棒。」
そう言葉を交わしながら、レオンは黙々と次なる行動に移る。今日の戦闘で手に入れた情報と、ここで確認した施設の存在が、後に大きな動乱へ繋がっていくとは、まだ彼は知らない。ひとまず、独りでこなすには十分すぎる危険を潜り抜けたのだから。
荒廃した地下空間は火の手と煙に包まれ、崩れた天井からは赤黒い空の光が差し込んでいる。地上の廃墟とはまた違った、閉塞的な破壊の匂いが充満していた。レオンがヴァルザードを引き返させようと機体を反転させると、背後から崩落音が響き、さらに煙が立ちこめる。
まるでこの施設全体が、自分の正体を隠そうとするかのように、自壊を始めているようだった。傾き始めた天井が大きく崩れ落ち、鉄骨の塊が地面に突き刺さって火花を散らす。レオンは素早くブースターを吹かして、落下物を避けながら出口へと急ぐ。もう一度あのシャッターを抜け、先ほど破壊した壁の穴を経由して地上へ上がらなければならない。
「間に合うか……!」
激しい衝撃で機体が横へ振られ、スクリーンの映像が一瞬揺れる。それでもレオンは焦らず、冷静に操縦桿をさばき、足場の崩れた斜面を駆け上がる。もうまともに探索できる状態ではなくなったが、機体のデータ保存領域には十分な情報が記録されているはずだ。
ようやく外の光が見えてきた頃、背後で巨大な轟音が轟き、地下施設は完全に崩落。粉塵が噴き上がり、漆黒の煙が空へと舞い上がった。灼熱の地表に出たヴァルザードの装甲は、砂と粉塵で薄汚れているが、そのフォルムは相変わらず美しく、強者の風格を放っている。
「はぁ……終わった、のか。」
レオンはコクピット内で息を整えると、遠方の地平線を見据える。そこにはクレイドルの一部が小さく浮かび、曇天に溶け込んでいた。この地上での小さな戦いなど、空に住む者たちにとっては何の興味もないかもしれない。けれど、いつの日かこの場所こそが世界の未来を握ることになると、レオンは薄々感づいている。汚染の除去が進めば、広大な大地に新たな可能性が広がるのだから。
「孤高のリンクス」と呼ばれる彼の戦いは、まだほんの序章に過ぎない。遠からず、オーメル・サイエンステクノロジーや他の企業が絡む大きな争いに巻き込まれ、その過程で彼は自分の過去や「娘」との因縁に否応なく向き合うことになる。その伏線は、既にこの地下施設の残骸の中に潜んでいたのかもしれない。
だが、今のレオンはそんな未来を予感しつつも、その運命を受け入れる心構えはまだできていない。ただ、自分が最も信頼する「機械」と共に、荒野を、戦場を、自由に生き抜くだけ――。
「よし、AI。帰還ルートをセットしてくれ。今日の仕事はこれまでだ。」
『承知しました。付近に異常な反応はありません。戦闘能力は充分維持されていますが、コクピット温度がやや高めですので、冷却プロトコルを推奨します。』
「気が利くな……ありがとうよ。」
そう言いつつ、レオンは操作桿を軽くひねり、ヴァルザードの脚部ブースターを噴射。再び低空を滑るように地上を駆け出す。背後では地下施設の余波で生じた土煙が空高く巻き上がり、あたり一面が茶色の濁流に包まれている。しかし、その砂塵の向こうに、いずれ来る大きな戦いの気配が微かに漂っていることを、レオンは本能的に感じ取っていた。
「人は裏切るが、機械は裏切らない」。レオンが頑なにそう信じ続ける理由が、これからどう変化していくのか――この時点では、誰も知る由もない。彼自身でさえ、まさか自分が“家族”と再会し、そして自分の信条を揺さぶられる日が来るなど、思いもしないままに、荒れ果てた大地をただ独り駆けていくのだった。