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ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP9-3
EP9-3:決戦へ向かうそれぞれ
夜は、静寂の奥に重く沈んでいた。荒れた大地の上には、幾千もの残骸や金属くずが散らばり、陰鬱な風に砂粒が舞い上がっている。だが、その闇の只中で、多くの人々が明日から始まる大激突を前に動き続けていた。ローゼンタールやラインアーク、オーメル内外、そして離れ離れになった家族。それぞれが、それぞれの思惑と使命を胸に、決戦の足音を聞いている。
ローゼンタールの前線拠点は、ほとんど眠らない要塞と化していた。司令部区画には幾重もの灯りが残り、深夜にもかかわらず兵士が行き交う。アームズ・フォートの修理区画では火花が絶えず散り、ネクスト整備ドックでは点検用のビームがフレームをなぞっている。ローゼンタールが誇る最新技術を結集し、いざというときに万全の戦力を発揮しようと必死の作業だ。
レオン・ヴァイスナーとオフェリアはその拠点奥の工廠から出て、一息つくように空を仰いだ。重苦しい黒雲が月を覆い、かすかな星明かりさえも奪っている。だが、辺りを満たすのは静寂ではなく、かすかなエンジン音や電子機器の唸り。いずれ訪れる白々しい夜明けとともに、大きな嵐が巻き起こるのは確実だった。
「……これが本当の“最終決戦前夜”ってやつか。実感湧かないが、すべてがこんなに慌ただしいとはな」
レオンが自嘲ぎみに言うと、オフェリアが彼の隣で小さく頷く。
「ええ。ラインアークからの増援が合流するのは明朝、その後、ドラゴンベイン暴走鎮圧の準備に取りかかるって話になったわね。シモーヌたちによると、ネクスト“リュミエール”はギリギリ実戦に投入できそうだけど、完全な仕上がりにはもう少し時間が要る……」
「それでも、やるしかないか。暴走したアームズ・フォートを放置すれば、ローゼンタールがテロリスト扱いされ続ける。イグナーツはそれを口実に全企業を巻き込んだ大戦へ持ち込むつもりだろう」
レオンは眉をひそめ、思わず拳を握りしめる。自分が再びネクストに乗る日は遠くない。ローゼンタールを支える形で、オーメルのイグナーツ勢力と真正面からぶつかることになるだろう。今やそれは“家族を守る”ための避けられない選択であり、彼には逃げ道などない。
「……そういえば、カトリーヌはどうしてる?」
少し落ち着いた声で尋ねると、オフェリアは端末を見ながら答える。
「ずっと司令室でラインアークとのやりとりをしてるわ。フィオナ・イェルネフェルトからの連絡が入ったらしい。大量のホワイトグリント量産型がローゼンタール領域を防衛しに配置される予定とか。彼女たちも最後の綱だと思ってるんでしょう」
「そうか。ありがたいな……。企業と独立勢力が手を取り合うなんて、昔は想像もできなかったけど」
二人はそこから歩を進め、施設の中央区画へ移動する。そこには仮設テントがいくつも並び、疲れきった兵士や技術スタッフが食事や仮眠をとるために集まっていた。ロボットアームが積み荷を移動し、白昼のような照明が眩しいほどだ。
やがて見知った顔、シモーヌ・アーベントの姿が視界に入る。彼女は整備服に身を包み、手にしたパネルを確認しながら指示を飛ばしている。レオンとオフェリアが近づくと、彼女は振り向き、わずかな笑みを向けた。
「レオン殿、オフェリアさん。ちょうどよかった、リュミエールの最終フレームが完成しそうなの。もしテストに付き合っていただけるなら、この夜が明ける前に仮合わせができるわ」
「本当か? 助かるよ。乗るのは俺だから、完成間際に微調整する必要がある」
「それに合わせてAIとの同期データも取らなきゃ。わたしも行くわ」
オフェリアがすぐに応じ、三人は整備ドックへ足を向ける。そこには長大なフレームが姿を現し、その周囲を何本もの作業灯が照らし出していた。未塗装の銀色のフレームとコア部分がむき出しで、ところどころ配線やパイプが剥き出しになっている。それでも、紛れもない“ネクスト”の輪郭を携えていた。
「……俺がこいつに乗って、イグナーツのアポカリプス・ナイトを食い止めるんだな」
レオンは舌打ち混じりに苦笑を浮かべつつも、内心は不思議な高揚感を覚える。かつてはオーメルの研究部門でネクストを生み出す側にいたが、こんな形で再び最先端の機体に触れるとは夢にも思わなかった。
シモーヌがパネルを操作し、フレームの内部構造をホログラムで映し出す。「まだ最終武装が仮設計のままだけど、AMSユニットと主駆動部は何とかまとめられたわ。テストを繰り返して微調整しなきゃだけど、大きくは変わらない。あなたの体と同期して、明朝には“動かしてみる”くらいはできそう」
「ありがとう。イグナーツが仕掛けてくる前に、間に合わせてみせるさ」
「私も覚醒モジュールを搭載して、あなたをサポートする。ラインアークのホワイトグリントもいずれ共闘できるかもしれないし、ローゼンタールが背後を支えてくれるなら……十分勝算はあるわ」
オフェリアは目を輝かせるように語る。自分もただの補助AIだった頃とは違う。人型AIとして、おそらくイグナーツのヴァルキュリアシステムとも渡り合える技量を持つと信じはじめている。レオンを守りたいという感情もまた、“機械以上の力”を育んでいた。
工廠は騒がしいが、それが鼓舞するように思える。兵士たちが最後の部品や装甲板を運搬し、作業員がリフトを何台も稼働させ、巨大な機械音が夜の闇を突き破っている。まさに総力を結集した最終決戦へ向かう準備だった。
「じゃあ、短時間だけ仮眠を取ったら、すぐにテストに入りましょうか。レオン殿が耐えられるとはいえ、あまり徹夜続きでは体が持たないでしょう」
シモーヌが気遣うように言い、レオンも微笑する。「そだな……ありがとう。俺もそろそろ横にならないと倒れそうだ。オフェリア、悪いけど少し休んでいいか?」
「もちろん。わたしは自己診断モードに入って、覚醒に悪影響がないか確認する。あなたが休んでる間に部下たちが整備を進めてくれるわ。明け方から本格テストをすれば十分でしょう」
二人はそう確認し合い、整備ドックを出て仮設の部屋へ向かう。
途中、部屋の前には騎士たちがそれぞれ槍や銃を抱えて待機し、司令部との連絡を取り合っている。夜明け前のこの時間帯がいちばん危ないのだ。もしイグナーツが奇襲をかけるなら、今が好機。だから警備を厳重にしているらしい。
「……まったく落ち着けない夜だな」
レオンがぼやき、オフェリアが苦笑混じりに応じる。「仕方ないわ。最終決戦は明日か明後日か……どちらにせよ目前でしょうから」
「そうだな。イグナーツが何を狙おうと、俺たちは準備するだけだ。あいつが暴走したドラゴンベインとアポカリプス・ナイトを繰り出してきても、ここで受け止めないと意味がない」
二人が部屋に入り、簡易ライトを点ける。そこには小さなベッドが一つとソファが置かれている。以前エリカと連絡を取ったのも、この部屋にある端末を通じてだった。夜更けの静寂が一瞬だけ訪れ、外の音は遠く聞こえる程度だ。
「レオン、横になって」
オフェリアがソファを指し示し、彼を休ませる。彼は疲労で呼吸が荒く、どうにかして数時間だけでも眠らなければテストに差し支えるだろう。彼女自身もAIとはいえ、“自己診断”が必要だと感じる。一度スリープモードに近い状態になり、覚醒とのバランスを図るのだ。
レオンはソファに身を沈め、軽く目を閉じる。「すぐにでも敵が来そうで怖いが……力を蓄えなきゃな。こんな時、家族がいないと心が折れそうになる」
「でもいるじゃない、わたしも、カトリーヌも、エリカも。離れていても、みんなあなたと同じ方向を見てるわ」
柔らかく微笑むオフェリアに、レオンはかすかな笑みを返す。「ありがとう。お前がいてくれるから、俺は大丈夫だ。家族って、こういう安心感があるんだな……昔は知らなかった」
そうつぶやいて彼は眠りの淵へ落ちていく。深い闇のなかで不安に苛まれながらも、今度こそ逃げずに戦うと決めた以上、この夜が明ければ決戦の準備に没頭するのだと、意識のすみで思いながら。
オフェリアはその顔を見守りつつ、部屋の灯りを落とす。窓の外では、巡回兵が足音を立て、電磁レーダーのビープ音が低く響いている。対外通信とセンサーからの情報では、大きな動きはまだないが、だからこそ不気味なのだ。
「イグナーツも、ドラゴンベインの暴走を利用しながら、どこかで仕掛けてくる……」
自分だけが小さくつぶやき、オフェリアは自己診断モードへ入る。意識の一部を休ませ、覚醒状態をチェックしている間、ほんの少し周囲に無防備になるが、外には騎士と兵士が待機しているし、危険があればすぐ対応できるはず。
こうして、彼女たちは最後の準備を整えながら“決戦へ向かう夜”を過ごす。家族の絆を再認識したレオンと、仲間を守ろうと覚悟するオフェリア。離れた場所ではカトリーヌが指揮を執り、エリカがオーメル内部で敵の懐に潜み、ラインアークはネクストの増援を押し出す支度をしている。
近い将来、アームズ・フォートの大群が街を蹂躙し、アポカリプス・ナイトが再び姿を現すだろう。そこに孤高を捨てたレオンが“家族”を背負って挑む日が迫っていた。暗い夜は長く静かに、しかし確実に終わりが見え始めている——朝日が地平線を白みかけた瞬間、運命が動き出すのだ。
その朝を迎えたとき、果たしてどんな結末が待ち受けるのか。イグナーツの専横を打ち砕くか、あるいはAI管理下の未来に飲み込まれるのか。誰も確たることを知らないが、家族の絆が彼らを支えるという確信だけは、レオンたちの胸に揺るぎなく根を張っている。
夜明けへの足音——決戦へ向かうすべての人々が、それぞれの場所で意識を張り詰めていた。ルアズの空をかすめる星がかすかに瞬き、この世界にはまだかすかな光があると示しているかのようだった。