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再観測:ゼーゲとネツァフ:Episode 8-3

Episode 8-3:精神の衝突

夜を迎えた反対派本拠地は、先ほどまで降っていた細い雨がようやく止み、鉄骨の屋根からしずくがポタポタと落ちていた。廃工場を要塞化したこの拠点には、しっとりとした匂いが漂っている。
 数日前まで繰り広げられた激闘と、オルドへの二度目の侵入による成果で、表面的には一息つけるはずだった。しかし、セラはベッドに寝転んだまま眠れず、天井の鉄骨を見上げている。体はオルドでの消耗から回復しきっていないが、心はなお安らがない。

 (ネツァフの残留指令を消し去った――それで本当にリセットの脅威は終わったんだよね……?)
 不安というよりは、心がじっとざわつくような感覚。あの残留指令を消す際に味わった苦痛や負の感情が、まだセラの意識にこびりついているのだろうか。まるで自分の中に、ほんのわずかな闇が残ってしまったように感じる。

 外から足音が近づく。ノックの音に応じてドアを開けると、カイが気遣わしげに顔を出した。
 「セラ、眠れてる……?」
 セラは首を振り、ソファに腰かけて息を吐く。「ううん……ごめん、暗い顔してるね。頭の中が落ち着かなくて……」
 カイは静かに部屋に入り、扉を閉めると、セラの隣に座る。「オルドでの残留指令を消した影響かな。君だけじゃなく、僕も変な夢を見てる。あの“闇”に取り込まれそうな恐怖……」

 二人はしばし無言で向き合う。夜の静寂が余計に意識の不安を増幅させるが、互いの存在が微かな心の支えとなる。
 「大丈夫、きっと時間が解決してくれる……」
 カイがそう言ってセラの肩をそっと撫でると、彼女は小さく頷き、「うん……足掻き続ければ……」と力なく微笑む。

 翌朝、工廠の一角で整備を視察していたセラとカイは、ドミニクの部下から声をかけられる。「隊長が今すぐ会いたいって。何か新しい情報が入ったらしい」
 セラは緊張を感じつつ、汚れた作業着を脱ぎ、カイと共にドミニクが待つ司令室へ向かう。中は慌ただしく、反対派や懐疑派の将校が地図を広げている。またしても不穏な報せでも入ったのか、と胸がざわつく。

 ドミニクは険しい目つきで二人を見やり、「来たか……実は、リセット派の一部研究員が動いてるらしい。ヴァルターから離反した集団って話だ。連中が“新技術”を手にして何かを始めてるって噂が飛び交ってるんだよ」
 セラの脳裏に警鐘が鳴る。「新技術……? リセットが使えなくなったのに、何を研究するつもりなんだろう。まさか、また破壊兵器を……」
 カイは地図を覗き込み、「もしかして精神エネルギーやネツァフの断片を応用する術を知っているのかもしれない。ヴァルターが何か企んでるわけじゃなく、“その弟子筋”が勝手に動いてるのかもね……」と推測する。

 ドミニクは唇を噛みつつ、「とにかく、連中は街の外縁部に潜伏しているって話だ。強行派残党と手を組むか、あるいは独自の勢力になるか……最悪の事態にならんように、こっちも警戒がいる」と述べる。
 セラは深刻な面持ちで肯定する。「わかった。ネツァフが無理でも、別の形で“世界を狂わせる”つもりなのかもしれない。リセットがなくても、足掻きを否定する輩はいるんだ……」

 会議が一段落したところ、医療棟から緊急の呼び出しがかかる。「レナさんが何か様子がおかしい、と医師が呼んでる!」という声に、セラとカイは急いで駆けつける。ドミニクも肩を強張らせて同行する。
 医療棟の病室に着くと、レナは相変わらずベッドに横たわっているが、その頬にはうっすら血の気が戻り、胸の上下が少し荒くなっている。看護師が慌ててレナの腕を抑え、「凄く熱が上がってるの。脈拍も不安定で、まるで悪夢にうなされてるみたい……」と説明する。

 「レナ……」
 ドミニクが唇を結び、そっとレナの手を握る。レナは閉じた瞼を微かに震わせ、潤んだ瞳を少しだけ覗かせている。そこから苦しげな声が漏れ、はっきりとは聞き取れないが、「……消え……たくない……」などという単語がかすかに伝わってくる。
 セラは胸が締めつけられる思いで、「レナさん、怖い夢を見てるの……? 大丈夫、リセットもネツァフも、もう……」と声をかけるが、意識はまだ戻らない。

 医師が脈を測りながら渋い顔で言う。「精神的な要因があるのか、突発的な高熱と痙攣が起きている。下手に薬を投与すると危険だが、何かしらの刺激が脳内で発生してるのは確かだ……」
 ドミニクは大きく息を吐き、「くそ……俺たちがどんなに足掻いても、レナを救えるわけじゃないのか。いや、そんなはずは……」と歯を噛む。

 看護師がレナの体をタオルで冷やし、医師が点滴を調整するが、熱は一向に下がらない。レナの表情はどこか苦痛に歪んでおり、聞き取りにくい声で「……足掻いても……消される……やだ……」と繰り返しているように聞こえる。
 セラは動揺を抑えながら、カイと視線を交わす。「オルドと関係あるのかな……? 前回、私たちが残留指令を消してきたけど、レナさんはもともとゼーゲのパイロットで、ネツァフとも何度も戦った……体内に何か影響が?」
 カイは眉をひそめ、「可能性はある……レナの精神がネツァフやオルドに部分的に繋がっていたなら、そこが無理矢理切り離されたときに、ダメージを受けるかもしれない。医学的に説明できないけど……」

 ドミニクは苛立ち混じりに「ヴァルターに聞けば何かわかるのか? ネツァフの情報を全て持ってるんだろう。あの男がまた何か隠してるんじゃないか……」と荒い息をつく。
 セラは苦しそうにレナの手を握り、「でも、今はレナさんを落ち着かせるのが先。ヴァルターのところへ行くにしても、すぐに策が出るかわからない……。医師さん、何か手はないの?」と訴える。
 医師は首を横に振り、「あくまで症状は高熱と痙攣。それ以上の精神的原因は検査設備が足りずわからない……少しずつでも解熱して、自然回復を待つしかない」と悔やむように答える。

 翌日、まだレナの熱が下がらないまま、拠点にまたヴァルターからの通信が届く。反対派の通信室でドミニク、セラ、カイが集まり、その内容をモニターで確認する。
 ヴァルターの冷静な声がスピーカーに響く。「こちらヴァルター。もう一度君たちに協力を要請したい。ネツァフは終わったが、私が進める“新技術”において、足掻く人々の協力が必要だ」
 ドミニクが嫌悪混じりに唇を歪め、「ほざけ。お前はもうリセットを放棄したんじゃないのか。今度は何を企んでる?」と怒りを露わにする。
 ヴァルターは動じない口調で返す。「私が進める研究は“精神エネルギー”の安定化だ。ネツァフの遺骸――オルド――そこから得た知見を使い、苦痛や絶望から救い出す技術を目指している。だが、どうやら反対勢力が動き始めた。先日、リセット派の一部研究員が独立して……そちらにも情報が届いているだろう?」

 セラが息を呑む。「やっぱり、その研究員って……ヴァルターさんの弟子なの?」
 ヴァルターは短く「そうだ」と答え、続ける。「彼らは私の意に反し、ネツァフやオルドの力を人間支配の道具にしようとしている節がある。もし彼らがレナのような“適性者”を手に入れれば、ある種の新たな精神兵器を作りかねない……。そこで、私と君たちが共同で止める必要があるのだ」

 ドミニクは激昂しつつも冷静に聞き、「ふざけるな。もうリセットなんざ関係ないとわかっても、まだそんな兵器を作ろうとする馬鹿がいるのか……」と吐き捨てる。
 カイは頭を抱え、「やめてくれ……俺たちもネツァフの影を消したはずなのに、また“精神兵器”の話が……」と嘆きの声を漏らす。

 会話を続ける中、ヴァルターが意味深に言葉を投げる。「お前たちのところに“レナ”がいるだろう? 彼女はネツァフと幾度も戦った“足掻きの象徴”。もし彼女が目覚めれば、新たな精神兵器づくりに利用されるかもしれない。あるいは、私の研究に協力してくれれば、“救い”を得られるかもしれない……」
 セラはドミニクを見やり、ドミニクは怒りの感情を押し殺した声で「レナをそんなことに使わせるか。てめぇが言う“救い”なんざ信用できるわけねえだろ!」と吼える。

 ヴァルターはわずかに苦笑して「今は信用しろとは言わない。だが、彼女の身体が苦痛を訴えているのは事実だろう? 私なら、ネツァフの研究の副産物で、レナを回復させられるかもしれない……」と呟く。
 セラの心が揺れる。レナが高熱を出して苦しんでいる現状を思えば、ヴァルターの提案が救いになる可能性もゼロではない。

 通信が途切れ、司令室に重い沈黙が落ちる。ドミニクは机を叩いて「この男……どこまで俺たちを翻弄するんだ。レナを引き渡すなど考えられんが、彼女がこのまま危険な状態なら……」と悩ましげに呟く。
 カイも顔を曇らせながら、「ヴァルターの言う“精神エネルギー安定化”が本当なら、レナを助けられるかもしれない。だが、逆にそれが彼らの新兵器開発にも繋がりかねない……リスクは大きい」と分析する。

 セラは唇を噛みつつ、レナの苦痛な表情を思い出す。「ヴァルターと彼の弟子――どちらが先にレナさんを手中に収めようとしても危険だよ。私たちが彼女を守らなきゃ……」
 ドミニクは顔を上げ、「ああ、当然だ。レナの身体を好き勝手にはさせん。だが、医師が回復の道を見いだせない以上、ヴァルターが出す手段を無視するのもリスクだ……。畜生、どいつもこいつも“精神”を弄びやがって……!」と苛立ちをぶつける。

 「もう一度、ヴァルターに会いに行こう。レナさんを利用されるのは嫌だけど……何か方法があるなら聞くしかない」とセラが提案する。カイも賛同し、「同時に、彼の弟子たちがどんな“新兵器”を狙ってるか情報を得なきゃ。足掻きの象徴であるレナが、彼らにとってもカギになるかもしれない」と続ける。

 セラとカイは医療棟に赴き、レナの主治医と話し合う。ベッドの上で未だ苦しげに息をするレナの傍らで、ドミニクも険しい顔をしている。医師が深刻な調子で言う。「このまま高熱と痙攣が続けば命の危険もある。脳にダメージがいく恐れがあるんだ……。我々に治療法はない。ネツァフと長く戦った影響が身体に残っているのかもしれない」

 セラは顔を曇らせながら、「ヴァルターが何か知ってる可能性がある……。でも、彼に委ねるのは危険だよね。どうしよう……」と声を震わせる。
 ドミニクは苦悩の末、「俺はレナを守るためなら何でもする。でも、ヴァルターを信用できない。もし奴が“精神エネルギー”を盾にレナを利用すれば、取り返しのつかないことになるかも……」と葛藤を語る。
 カイは思案顔で「でも、レナさんがこのまま死んでしまうのを看過できるわけない。僕らが護衛して、ヴァルターの施設で治療を受ける方法もあるんじゃないか? リセットはもう使えないし、彼も大きな陰謀までは動かせないのでは」と提案する。

 セラは重い沈黙の中で、眠るレナの苦しそうな表情を見つめる。「私が足掻いて、ネツァフやリセットを消しても……レナさんは痛みから解放されない……。だったら、ヴァルターが何か持ってるなら、試す価値はあるかも……」とつぶやく。

 結局、レナを救うため、ドミニクとセラは護衛付きでヴァルターの研究施設を訪れることを決意する。カイも同行し、懐疑派将校が周囲の警備を担う形だ。
 数日後、レナを担架に載せ、医療スタッフとともにリセット派研究施設へ移動する行程が始まる。外は曇り空の夕方で、不吉な風が吹いている。トラックで移送する際、ドミニクは苦しげにレナの手を握り、「おい、セラ……本当に大丈夫なんだろうな?」と確認する。

 セラは不安を抱えながらも力強く答える。「分からない。でも、ここで何もしなければレナさんは……。ヴァルターが悪用しようとしても、私たちが絶対に守るから……!」
 ドミニクは苦い顔で「頼む……俺はもう、あいつを失いたくない」と唸るように言う。

 研究施設に到着すると、ヴァルターは冷静な表情でレナの担架を見やる。「これがレナ・ニコルスか……確かに、ネツァフと深い因縁がある。私の研究で助けられる可能性があるが、完全には保証できないよ」と言う。
 ドミニクはヴァルターを睨みつつ、「俺たちが協力してやるのはレナの治療だけだ。お前の謎研究に彼女を巻き込む気なら、ただじゃ済まさんぞ!」と警告する。
 ヴァルターは軽く鼻で笑い、「安心しろ。私が必要としているのは“精神エネルギー安定化”の技術の一環で、レナの潜在的な力を利用して“苦痛”を和らげる実験をするだけだ。彼女もお前たちも、結果的に救われる可能性が高い……」と述べる。

 セラはそれでも疑いを隠さず、「ヴァルターさん。あなたは本当にリセットを諦めたの? 前に、別の形で世界を救う研究をするとか言ってたけど……これはまた兵器を作るわけじゃないんだよね?」と問い質す。
 ヴァルターは少し黙り、やがて言葉を選ぶように答える。「私は“救済”を諦めたわけではない。しかし、ネツァフやリセットとは違う道だ。今はその試験段階にすぎない。武器ではなく“痛みを消す”ための技術を模索している。レナはその鍵になり得る……」

 「痛みを消す……?」
 カイが驚いて訊ねると、ヴァルターは肯定も否定もせずに「とにかく治療を急ごう。レナをこのベッドに移し、精神モニタリングを開始する」と動き出す。

 レナは研究施設の医療ベッドに移され、身体に多数のセンサーが装着される。ヴァルターの助手たちが忙しなくモニターを調整し、ドミニクやセラ、カイが遠巻きに見守る。
 「高熱は続いている。脳内に異常波形が……これはネツァフと接触した者特有のパターンか」
 助手がデータを読み上げると、ヴァルターは静かに頷き、「やはり残留思念がレナの心を蝕んでいるのかもしれない。私の装置で“精神の乱れ”を一時的に抑え、自然回復を促すしかない……」と呟く。

 セラは一歩前に出て「私たちも手伝えることがあるなら言って。レナさんを苦しませないで……」と念を押す。
 ヴァルターは仄かに微笑んで「君たちには“オルド削除”で実力を見せてもらった。それで十分だ。今は私に任せろ。警戒するならここで見張っていていい……」と提案する。
 ドミニクは腕を組み、険しい目でヴァルターの動きを見逃さないようにしている。「ああ、ずっと見張らせてもらう。誰か変な真似をしようなら、許さねえからな」と唸るように言う。

 治療は数日間にわたり行われた。レナのベッドには特殊なヘッドギアが取り付けられ、微弱な電流を流して脳活動を安定化させるという。薬剤や点滴も投入され、ヴァルターの助手がせわしなくモニタリングを行う。
 やがて、レナの高熱はゆっくりと下がり、表情の苦悶もやや和らいでいく。ドミニクやセラ、カイはその進展に胸を撫で下ろすが、同時に不安も感じていた。
 (ヴァルターはレナを単に救っているのか、それとも何らかの“実験”をしているのか……?)

 ある夜更け、セラが医療室を覗いてみると、ヴァルターがひとりレナのベッド脇に立ち、じっと彼女の顔を見下ろしている光景に出くわした。
 「ヴァルターさん……? こんな時間に……」
 ヴァルターは振り返らずに言う。「彼女は不思議だ……肉体が瀕死なのに、精神はまるで“戦場”を泳ぎ続けている。ネツァフやオルドを何度も渡ってきた痕跡があるのか……。私がどれほど研究しても説明しきれない力がある」

 セラは驚きを禁じ得ず、一歩近づく。「レナさんは……足掻きの象徴だよ。あなたたちリセット派の理屈じゃ計れない、葛藤を抱えながら戦い続けた人だから……」
 ヴァルターは短く息をついて、低く呟く。「私はまだ人類を救う手段を諦めたわけではない。だが、彼女のように足掻き続ける道を選ぶ人々を、前ほど否定はできなくなった。これも私の精神の変化かもしれないな……」
 セラは微かな安堵と不安を入り混ぜた表情を浮かべ、「そう……なら、レナさんを利用しないで。あなたは何か“精神エネルギー”の研究をやろうとしてるみたいだけど……」と釘を刺す。

 そんな折、廊下で騒ぎが起こり、セラとヴァルターが扉を開けると、研究員たちが慌ただしく走り回っている。懐疑派の将校が狼狽した表情で「来たか……報告が入った! 外に武装集団が迫っている!」と叫ぶ。
 すぐにドミニクやカイも合流し、研究施設のモニターを見る。そこには複数の装甲車と武装兵が映し出されていた。確かにリセット派を名乗る集団ではないようだが、「何かしら科学的装置を積んでいるらしい」という情況だ。

 ヴァルターは顔を曇らせ、「あれは私の元を離れた研究員たち……“私の弟子筋”だろう。彼らが何か新型の精神兵器を用意している可能性がある」と冷静に言う。
 ドミニクは拳を握り、「この研究施設を襲って、レナを奪うのか? させるか……! みんなで迎撃するしかない」と気迫を込めて叫ぶ。
 セラも恐怖を覚えながら頷き、(また戦闘……でも、レナさんを取られたら取り返しのつかないことになる。絶対に守らないと……!)と心を奮い立たせる。

 わずかな時間で研究施設は警戒態勢に入り、反対派や懐疑派が配置につく。ヴァルターの残った兵士や研究員も銃を取り、急ごしらえのバリケードを作る。ドミニクが事実上の指揮を執り、セラやカイが協力して陣形を整える。
 外では装甲車が進み、施設外壁を砲撃してきた。ドン!と衝撃が走り、コンクリートの塀が一部崩れ落ちる。施設のアラームが鳴り響き、兵士たちの怒号と重火器の発砲音が入り乱れる。
 セラは気を呑まれそうになるが、歯を食いしばり前へ進む。「レナさんを危険にさらさないで……!」と呟きつつ、カイと共にサブコントロール室へ駆け込む。そこから監視カメラや施設の扉ロックを操作できるらしい。

 激しい銃撃戦が外で繰り広げられるなか、どうやら敵は「精神波動装置」らしき機器を持ち込み、それを施設に向けて起動しようとしていると報告が入る。ラジオ越しに兵士が「くそ、奴らが変な装置を起動した途端、こっちの兵士数名が錯乱状態に陥ったぞ……!」と悲鳴を上げる。
 カイがモニターを睨んで「やはり精神干渉を使ってきたか……ネツァフとは別系統でも、オルドの技術を流用すれば可能なはず。やっかいだ」と歯を食いしばる。

 ドミニクも無線で指示を飛ばす。「奴らの装置を叩け! 遠距離から狙って破壊しろ!」と命令するが、敵装甲車の鉄壁な防御に阻まれて、容易に近づけない状況のようだ。
 セラは焦燥を募らせながら、(レナさんがこんなときに目覚めてしまったらどうなる……? この精神波動で混乱してしまうかもしれない。絶対に止めなきゃ……!)と強い意志を燃やす。

 カイが突如思いついたように声を上げる。「ゼーゲがあるじゃないか! 反対派本拠地に置いてきたわけじゃない。ドミニクが持ってきた少数部隊の中に、あのトレーラーもあるはず!」
 ドミニクの兵が応答し「はい、汎用モードで整備して載せてきました! ただし右肩修理が完了しておらず、出力は制限されますが……」と報告。
 ドミニクはすぐさま「それでもいい、緊急出撃だ! 精神波動にやられる前にあの装置をぶっ潰せ!」と命令を下す。さっそくメカニックがトレーラーを施設脇へ移動し、ゼーゲを下ろし始める。

 セラは思わず、「私も行きたい……」と口走るが、カイが肩を掴み「やめて、君は兵器の操縦は得意じゃないだろう? 今は頭脳戦で施設を守ったほうがいい。敵が内側から妨害してくるかもしれない」と制止する。
 ドミニクが代わりに目を光らせ、「汎用パイロットが乗り込む。セラ、お前はレナの保護を頼む。もし奴らが侵入してきたら、レナを守ってくれ……」と告げる。セラは唇を噛みながらうなずいた。

 研究施設の外部、雨上がりの地面にトレーラーが停止し、ゼーゲがスロープを下りる。機体の右肩には簡易的な補修が施されており、まだ本来の性能には及ばないが、戦闘は可能だ。汎用パイロットの若者がコックピットに乗り込み、「起動します! 出力70%……行ける!」と声を上げる。
 「ゼーゲ、出撃だ……!」
 反対派兵らが防衛線を張る中、ゼーゲが脚を踏みしめて前進を始める。敵装甲車がそれを見て砲撃を浴びせるが、強化された装甲が耐え、逆に両腕の機関砲で反撃。タタタッと火線が走り、アスファルトを穿ち、敵の軽装兵が倒れていく。

 しかし、敵の主力は中央に据えた“精神波動装置”であり、物理的な破壊力だけでなく周囲の味方兵を混乱させる恐れがある。それを守る装甲車も重装備で、ゼーゲが突っ込むだけでは突破は困難。
 「くそ……あの精神波動を止めない限り、こちらの兵が動揺してしまう!」
 ドミニクが指揮車の中で苛立ちながら状況を把握する。戦場ではすでに一部兵士が頭痛を訴えて戦列を離れたり、味方に銃を向けてしまう例まで出始めていた。

 一方、施設の内部でも物音が響き、警備の兵士が慌ただしく走る。どうやら敵の小隊が裏手から侵入し、レナの病室を奪取しようとしているらしい。「援護頼む! 後方入口が破られた!」という無線連絡に、セラは青ざめる。
 (レナさんが危ない……!)
 カイが叫ぶ。「セラ、僕は制御室で遠隔セキュリティを守る。君はレナを守りに行って……!」
 セラは一瞬迷うが、(私しかいない……)と判断し、すぐに医療棟へ駆け出す。道中、銃声や爆音が響き、研究員が悲鳴を上げて走り去る。廊下の奥で敵らしき男がライフルを構え、倒れた警備兵の姿が見える。

 「止まれ! 動くな!」
 男がセラを見つけてライフルの銃口を向ける。セラは思わず身を伏せ、壁の陰に隠れる。自分は銃の扱いが不得意だ。(どうしよう……逃げるのか? でもレナさんを守らなきゃ……) 恐怖で足が震えるが、必死にこらえて、目を閉じる。
 すると、突如後方から懐疑派兵が現れ、男を背後から狙撃して射倒す。「大丈夫か? セラ!」という声に、セラはほっと息をつき「助かった……」と感謝する。

 さらに奥へ進むと、レナの病室前で敵兵が二人、看護師を脅していた。「レナを渡せ! 俺たちの指導者が彼女を使って世界を統一するんだ……!」と狂気じみた声を上げる。看護師は泣きながら首を振り、「患者を渡すわけない……」と懇願するように答える。
 セラは息を殺して近づき、一瞬の隙を突いて看護師を避難させるが、その動きに気づいた男が銃を向ける。「てめえ、邪魔するな!」
 恐怖がセラを襲うが、ここで退いてはレナが連れ去られてしまう。セラは必死に身を低くし、廊下の柱を盾にしながら「あんたたちは何が目的なの? レナさんを使って何をする気……」と問いかける。

 男は狂信的な笑みで「あの女はネツァフに匹敵する力の鍵だ。今やヴァルターは役に立たないが、俺たちは別の手段で“痛みなく消す”を超える研究を完成させる。世界を新たに支配するのさ……!」と高笑いする。
 セラは怒りと悲しみに震え、(また人を“道具”として扱うの? ネツァフやリセットが終わったって、何も変わらないの?)と絶望しかける。

 そこへ背後から懐疑派の兵士が援護しようとするが、もう一人の敵兵が投げた手榴弾が転がってきて爆発する。ドン!と猛烈な衝撃が廊下を包み込み、セラは吹き飛ばされかけるが、必死に柱にしがみつく。血と破片が飛び散り、悲鳴が響く。
 (なんとかしなきゃ……でも、私は銃を扱えない……!)セラは動揺するが、目の前の敵がまたライフルを構えている。「終わりだ、死ね!」という叫び声とともに、銃が発砲される。

 「きゃあっ……!」
 弾丸が壁を抉り、セラは腰を落として間一髪で回避。怯えが押し寄せるが、(レナさんを守るために……私、やらなきゃ!)と心を奮い立たせる。身近に落ちている拳銃を拾い、慣れない手つきで構える。「やめて……!」と声を上げるが、男は怯まず引き金を引く態勢だ。

 次の瞬間、別方向から強烈な射撃音が轟き、男の胸に穴があく。パン、パン!という二連射は誰が放ったのか――見ると、瀕死の懐疑派兵士が床に倒れたまま、最後の力で拳銃を撃ったのだ。男は崩れ落ち、動かなくなる。
 セラは震える足取りで懐疑派兵に駆け寄り、「ありがとう……!」と感謝するが、兵士は微笑んだまま息絶える。血を失いすぎたのだろう。悲痛な静寂が廊下を覆う。

 こうしてレナの病室は死闘の末に守られ、敵の侵入は止んだらしい。外の戦況でもゼーゲが“精神波動装置”を破壊し、敵部隊は撤退に追い込まれたと無線が伝えている。
 セラは肩で息をしながら、レナのベッドに近づく。ドミニクや医師も駆けつけ、「レナは無事か……!?」「大丈夫……衝撃はなかった……」と安堵している。
 レナの表情は依然とさほど変わらず、だが高熱は若干引いているように見える。セラは手をそっと握り、(これで、守れた……もう二度と、誰かがリセットを名乗って人を道具にするなんてことはさせない……)と心に誓う。

 Episode 8-3「精神の衝突」――幾度となく繰り返されるオルドでの戦い、研究施設を巡る攻防、レナの命を狙う者たちの陰謀。それらはすべて“人の足掻き”と“精神”が交錯する場での衝突と言えよう。ネツァフが終わっても、世界に巣くう闇は多様な形で襲いかかる。
 しかし、セラたちは“足掻き”の道を信じ、ゼーゲとともに人々を守る決意を新たにする。レナの意識が戻れば、きっとこの世界で一緒に笑い合えると願いながら――争いの火種が尽きぬ現実に足を踏みしめ、血と涙を伴う衝突を乗り越えていく。

 ――物語はなお終わらない。精神の衝突を潜り抜けても、世界には新たな危機や謎が待ち受けている。足掻き続けることでしか道を切り開けないと信じ、セラやカイ、ドミニク、そして回復を待つレナが、再び戦場へ、あるいは再建へ、それぞれの足で向かうのだ。

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