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ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP12-3

EP12-3:未来への一歩

レオン・ヴァイスナーは、乾いた大地を見つめながらゆっくりと息を吐いた。ネクスト「リュミエール」のコアを仮設整備所で点検し終えたばかりで、身体はまだ疲労の残滓を感じる。それでも、かつて血と灰色の空気しかなかった荒野の景色が、ほんのわずかに緑色を帯びているのを視界の端に捉えると、不思議な達成感が胸を突き上げてくる。大戦から数か月。荒れ果てた戦場は完全に姿を変えたわけではないが、新しい芽吹きが確かに存在していた。それこそがライオンハートと人々の努力がもたらした未来への微かな光だ。

リュミエールの周囲では、ローゼンタールのメカニックたちが忙しそうに資材を運んでいる。戦争が終わってもネクストの重要性は変わらない。安全保障のため、あるいは災害救助や汚染除去のため、まだまだ働きどころは多いのだ。レオン自身、もはや「孤高のリンクス」と呼ばれることを嫌うようになっていた。なぜなら自分は一人でなく、オフェリアやエリカ、カトリーヌ、ラインアークの仲間たちと共に、新しい世界を生み出していく側に回ったのだから。

「父さん、手伝いましょうか? そこのフレーム材を移動したいんでしょう?」
エリカ・ヴァイスナーの声が背後から届く。軍服姿ではなく、軽装備のワーキングスーツのまま、彼女も本来は大戦後の復興を手伝う立場だった。かつてはオーメルの指揮官だったが、いまはローゼンタールと協調しつつ、地上の混乱収束に尽力している。
レオンは苦笑を含みつつ、彼女の姿を振り返った。「ああ、すまないな。今日はけっこうな量のパーツが届くみたいで、整備チームが悲鳴を上げてる。お前が来てくれるなら助かる」
エリカは微笑して腕をまくる。「父さんや母さんにさんざん“無茶をするな”って叱られたけど、じっとしていても何も進まない。大戦は終わったって言っても傷は深いし、ライオンハートの技術を広げるには人手もかかるからね」
そう言いながら彼女はパワードスーツを装着し、トラックの荷台からフレーム材を降ろす作業を開始する。エリカの顔には以前のような硬さがなく、むしろ新しい世界を切り拓く意欲がそこに漂っている。戦場の死闘が彼女を強くしたと同時に、かつて失った親子の絆を取り戻せたことが大きいのだろう。

整備エリアの片隅では、人型ネクストの外観をしたオフェリアが書類のチェックを済ませていた。小柄なその機体は人間サイズだが、電子戦と作業支援をこなす能力があり、地上の復興には欠かせない存在になっている。オフェリアが端末を操作すると、遠方の拠点から受信したデータがラインアークを通じてローゼンタール本部へ転送される。
「レオン、エリカ。ここの工程が終わったら、今度はライオンハートの実証試験施設へ移動する予定みたいよ。合流する人員が増えるから、わたしも調整を手伝うわね」
オフェリアの静かな声を耳に、レオンは肩を回しつつ軽く息をつく。「助かる。お前がいてくれりゃ、人間じゃ追いきれない細かい調整まで漏れなく把握できるからな。やっぱり、機械の力は頼もしい」
「ふふ、でも、わたしはもう“機械だけ”でもないわ。どちらかといえば、人間の気持ちも学んでいる途中。そこがイグナーツとの違いかもしれないわね」
その名を耳にしたエリカは一瞬表情を曇らせる。「イグナーツ……あの人はいまどうしてるのかしら。母さんたちの話だとまだ拘束中だけど、裁判の前に何らかの動きがあるって聞いたわ」
レオンは頷き、「ああ、俺も詳しいことは知らないが、生き延びてはいるらしい。ローゼンタールの管理下で治療を受けているとか。それこそ『どっちも大切だ』ってことかもしれん。敵でもなんでもなく、生かして彼の頭脳をいずれ役立てるかもしれんというわけだ」
エリカは困ったように首を振る。「複雑だけど、彼が潰した命や町が戻るわけじゃない。でも、わたしたちの誰かが『復讐』に走れば、同じことの繰り返しになるだけ。母さんも言ってたもの、『新しい世界』のためには憎しみよりも再建を優先しなきゃって」
「そうだ。非合理的かもしれんが、結局はそうするのが一番合理的なんだろうな」
レオンがわずかに笑う。その言い回しは自身の体験を皮肉ってもいるが、本音の部分で納得している。機械を壊すだけ、人を殺すだけでは何も生まれない。戦いの末に家族や仲間を得たからこそ、彼はその事実を痛感している。

二人の会話が落ち着いたころ、カトリーヌ・ローゼンタールが車でやってきた。ローブの裾が砂塵で汚れても気にする素振りを見せず、貴族らしい威厳のまま笑顔を向けている。彼女もまた、企業再編に忙殺されながら、この前線地域に時折足を運んで実情を確認していた。
「みんな、お疲れさま。ライオンハート技術の第2期試験区画を視察しに行くわよ。あなたたちにも同行してほしいの。レオンが“家族と一緒に歩む”って言うからには、やはりあなたたちの力も必要になるわ」
エリカが軽く意気込む。「もちろん手伝うわ。父さんの研究とオフェリアのAIサポート、ラインアークのホワイトグリント開発ノウハウがあれば、緑化はさらに加速するはず」
レオンは照れを隠すように頬を掻く。「いまさら俺が中心ってわけでもないが……あの研究は確かに俺も深く関わってきたからな。元々は戦火と汚染でダメになった地上を救うために、機械の力を活かそうってのが最初のアイデアだった。でも、お前たちみたいに実際に動いてくれる連中がいないと、絵に描いた餅で終わる」
オフェリアがその言葉に静かに同意する。「わたしがAIとしてライオンハートのナノマシン設計や運用を手伝う。あなたやエリカ、それにカトリーヌが人間の判断で方針を決める。そうすれば、理想論ではなく現実的なプランを作れるわね」
カトリーヌは笑みを深め、「さすがにエリカが歩兵部隊に指揮していた頃よりは平和な現場でしょう。けれど、いざ緑化が進むと地形をめぐる利権や出資などで、また揉めるかもしれない。そういうときにあなたたちがいれば、“AIと人間の結束こそ正しい”というモデルケースを示せるわ」
エリカがその言葉に頷き、「そりゃ戦争よりはずっといいけど、汚職や利害対立は絶えないだろうし、まだまだ険しい道ね。……でも、やる価値はある。これ以上、何も失いたくないし」と決意を語る。かつて“鋼の指揮官”として呼ばれていた頃と違い、いまは血の通った笑みを浮かべている。父と母、AIの妹のようなオフェリアがいるからこそ柔らかさを保てるのだろう。

四人は車に乗り込み、広大な荒地を目指す。以前は焼け焦げた地平線が続くだけだったが、ライオンハートの施行地帯へ近づくと、地表の一部が黒ずんだ湿り気を帯び、小さな植物の芽がいくつも揺れているのが見える。既存の農薬や汚染物質を中和し、土壌を蘇らせるナノマシンの成果が、わずかながらに根を張っている証拠だった。

試験区画に到着すると、ラインアークの技術員やローゼンタールの騎士、さらに人海戦術で活躍したエリカの仲間が連携して作業を進めている。プラント設備の周囲に薄緑の枝が顔を出し、その脇をネクストや旧式ACが警備と運搬を請け負っていた。元戦場のメカたちが平和的な用途に使われる光景はなんとも不思議だ。
エリカが身を乗り出す。「ここの設備はまだ試作レベルなのね。でも思ったより作物が生育してる。担当者によると、半年くらいで人がまともに住めるくらいの環境になるかもしれないって」
レオンは地面に膝をつき、こぼれ落ちる砂を手のひらで確かめる。「昔はこの辺り一帯、ドラゴンベインが通過して黒焦げになったと聞いたが……ナノマシンと雨水の力、それから人々の手作業でここまで蘇るとはな。まさに“機械と人の合作”だ」
オフェリアは端末を起動し、土壌データをリアルタイムでスキャンしている。「酸性度や有機成分も、ゆっくりだけど回復してるみたい。イグナーツのAI統制戦争に使った技術とは真逆の方向だけれど、こういう形で機械が役立つなら、わたしも嬉しいわ」
カトリーヌが笑顔を向け、「これこそローゼンタールが目指す“お家再興”の進化版かもしれないわね。企業が戦争じゃなくて復興に力を注ぐなんて、昔じゃ考えられなかった。あなたたちがイグナーツを止めてくれたからこそ成り立つ未来だわ」と感慨深そうに付け足した。

四人は作業員たちに軽く声をかけながら、プラントの奥へ進む。そこには中規模のナノマシン増殖タンクが設置されていて、ホワイトグリントの技術者がパネルをチェックしていた。彼は彼女らを見つけ、「お疲れさまです。ここの状態は良好ですが、もう少しAIによる制御を洗練する必要があるかもしれません」と報告する。
レオンは顎に手を当て、「なるほど、じゃあオフェリアのハッキング支援でログを解析すればいいか。俺はネクスト整備で忙しいから、お前らが技術連携してくれると助かる」と助言を促す。オフェリアが即答する。「任せて。わたしにとってはやりやすい分野だし、エリカの部隊が土木作業を補助すれば、人も危険を冒さずに済むわ」
エリカは楽しそうに目を細める。「いいわね、それが“どっちも大切だ”ってやつよね。AIが多くの計算を肩代わりして、人間は現場で判断し、実行する。これがあれば、今後は生活がもっと安定すると思うとワクワクしちゃう」

そんな穏やかな空気のなかで、彼らの口調には戦争に疲れた様子がまったくないわけでもないが、それ以上に未来への期待が漂っている。かつて血と油と錆びた金属の臭いが満ちていた世界が、ナノマシンと人間の手で蘇ろうとしているのだ。
一方、遠くから旧型装甲車が砂埃を上げて駆けつけ、窓を開いた兵が声を張り上げる。「エリカ様、レオン殿、そちらにフレーム材と苗木が追加で届きます! 新しい区画を広げる計画が早まったそうで……作業人員が欲しいとのこと!」
エリカは笑顔で応じ、「分かった、今いく! 歩兵部隊の力も活かしましょう。ナノマシンの噴霧装置はそっちに回しても大丈夫?」と確認。兵たちが頷き、「はい、すでにオフェリアさんが管理してくれているシステムで調整済みです!」と返す。
レオンは同時に指を鳴らし、「よし、しばらく俺も手伝うか。リュミエールの整備はあらかた片付いたし、細かい管理はメカニックに任せていい。ヒマしてる奴らを集めてくれ。まとめて負荷の大きい運搬でもやるぞ。お前らがいれば戦争どころか復興も負けなしだろ」
カトリーヌが小さく笑みをこぼす。「あなたが『孤高』じゃなく指揮をとるとはね……微笑ましいわ。わたしも書類仕事を終えたら現場を見て回るわ。まだ企業の事後処理で会議づくしだけど、地上を再生する方が遥かに有意義だと思える」

そう言い合いながら、全員が動き出す。もはやここはかつての焼け野原ではない。笑い声や張り切る掛け声が飛び交い、ナノマシンのタンクが一定のリズムで液を噴き出している。ホワイトグリントのパイロットが上空から監視し、何かあればドローンや旧式ACが間に入ってサポートする。理想的な機械と人間の協力がすぐそこにある情景だった。

レオンとエリカが十数名の兵士を引き連れ、苗木や肥料を積んだトラックの横で指示を飛ばす。オフェリアは端末越しに各チームを連携させ、散らばった作業効率を最適化する。カトリーヌや騎士たちは書類や予算を調整しつつも、見守りを欠かさない。
そんな中、レオンがふと空を見上げる。以前はドラゴンベインやアレス、そしてアポカリプス・ナイトの陰に怯えた空だったが、いまは澄んだ青が顔を出している。小さな民間機が飛行している姿すら見え、そこで生活者が行き来する光景がある。戦争が一段落ついた証だった。

「父さん、何か見えたの?」
エリカが首をかしげる。レオンは視線を戻し、恥ずかしそうに笑う。「いや、たかだか数か月でこんなに変わるもんかと思ってな。あのイグナーツのAI制御がなくても、世界はこうやって動ける。むしろ前より柔軟に、自由にね」
エリカは深く頷く。「そうね……。オーメルでも、わたしと意見が合う人たちが増えてきたわ。企業を統率するのがAIだけの時代じゃないって、みんな体験したから。『人海戦術』があれほど馬鹿にされてたのに、戦争を終わらせる一要因になったのよ。あれは衝撃だったらしい」
「まあ、お前の無茶っぷりは、俺も肝を冷やしたけどな。でも確かに“どちらも大切だ”の証明になったかもしれん」
二人は顔を見合わせて笑い合う。傍らではオフェリアが微笑ましそうに眺めている。彼女自身、かつてはAIサポートとして人間を単に補佐するだけだったが、いまや“自分”として愛すべき仲間の中にいる。
「さあ、ぼんやりしてないで苗木を運ぶわよ、父さん」
「了解了解。よし、皆さんトラックから苗木を下ろすぞ! 根付け用のドリルは……あ、そこのネクストが補助してくれるのか」
明るい掛け声が飛び交い、作業が再開される。メカと人間の協調は決してスムーズに進むばかりではないが、それでも笑顔や冗談が絶えず、誰もが「生きて仕事できること」に喜びを感じている。ライオンハートの緑化区画が少しずつ広がれば、地上の環境は今後、劇的に変わっていくだろう。
あの大戦で血塗れになった大地が、こうして復興する様を目撃するたびに、レオンは感慨が湧く。機械しか信用しなかった孤独な過去が嘘のようだ。いまの自分には家族がいるし、仲間がいる。人間も、AIも、ネクストも、旧式装甲車も、協力し合えば巨大な破壊兵器に頼らない世界を創り得るのだと。
作業が一段落したところで、レオンは草原のようになりかけの薄緑地帯へ歩み出す。足元にはまだ生えかけの雑草と、水分を吸い上げた柔らかい土があり、踏むたびにしっとりした感触が伝わる。戦場でしか使われなかった足が、こんな平和的な場所を歩くのは奇妙な違和感もある。
そこへエリカやオフェリア、カトリーヌも連れ立ってやってくる。カトリーヌは淡い苦笑を浮かべ、「まったく、あれだけ戦い尽くしたあなたが、いまや緑化の最先端研究者のひとりなんだから面白いわね」と声をかける。
レオンは肩をすくめ、「機械と人、どっちも大事だって分かったら、こんな風に研究を転用できるのが当然だろ。戦争なんかせずに済むならそれが一番だ。実際、お前もかつては企業を利用して俺を拘束しようとしただろ? それがいまや、この有様だ」
カトリーヌは恥ずかしそうに目を伏せ、「まさか昔の話を引っ張り出すとはね。でも、そうね、私たちも相当変わった。あのときはビジネスだの貴族の家名だのばかり気にして、結局なにも守れてなかった。それが、いまはこうして未来を考えられるようになったわ」
オフェリアはニコリと微笑む。「わたしもAIとして生まれただけだったのに、いまはこうして『家族』に混ざってる。イグナーツの理論も大切だったかもしれないけど、それだけじゃ足りないのよね」

聞けば、ラインアークのホワイトグリント部隊も近隣地域で同様に緑化支援を行っているらしい。企業連合の一部がまだ掻き回す可能性はあるが、今のところ圧倒的な反対勢力は見当たらない。皆が破壊の先にある“再生”へ向き合っているのだ。
エリカが足元の雑草を指し、「やっぱり生き物を見ると嬉しくなるわね。かつてのわたしは戦闘指揮しか知らなかったけど、戦闘がない世界ってこんなに落ち着くんだ」と言いながら小さく深呼吸する。
レオンは娘の言葉に胸が熱くなる。かつて親子の情を知らずに戦い合ったふたりが、今は共に緑を慈しんでいるのだから。そうして、彼は静かに口を開く。
「お前たちに言っておきたいことがあるんだ。いままで機械ばかり信じていた俺が、こうして地上を復興する仕事をしたり家族と向き合ったりできるのは、結局“どっちも大切だ”って結論に行き着いたからだ。AIも、人間も、互いを補い合うから大きな力を出せる。戦争より、こうやって緑を広げるほうが、はるかにやりがいがある」

周囲の作業員や兵士がその声を聞き、微笑し合う者が増える。エリカは小さく頷き、「父さんらしいわね」と言い、カトリーヌはかすかに肩を揺らして笑う。「あなたが変わるなんて昔の私が聞いたら驚くでしょうけど、もう慣れたわね」
オフェリアは淡い表情で言葉を繋ぐ。「それが“ライオンハートの未来”ね。荒野も企業同士の対立もAIだけの制御も超えて、人間と機械が共存する。わたしはそのために生まれてきたと、いまは心底思ってる」
レオンは軽く目を細め、「なら、これからも一緒に歩こうぜ、オフェリア。お前がいてくれたから、俺はあのイグナーツに勝てたんだ。機械を信じられなかった昔の自分へのリベンジでもある」と呟く。
彼女は思わず顔を赤らめるような仕草をし、「わたしもAIらしくないけど、誇りを感じてるわ。あのとき生み出された“非合理”な感情こそ、イグナーツにはなかったものかもしれない」と言葉を返す。

これから先、企業連合や地上はまだ混乱を抱えるだろう。緑化技術をめぐる利権、資金の分配、汚染の度合いなど問題は山積みだ。それでもレオンたちは目の前の芽吹きを見つめて希望を育てている。ドラゴンベインやアレス、アポカリプス・ナイトといった大量破壊兵器に頼る時代を乗り越え、新たな形での“機械の力”を用いられる世界へ進むのだ。

時が過ぎ、夕暮れが一面を染めるころ、レオンたちのチームは作業を終えて一息つく。荒野に仮設されたテントで茶を飲み、周囲の焼け野が黄昏色に染まるのを眺めている。遠くでは騎士たちと開拓民が言葉を交わし合い、旧式装甲車に苗を積んでいるのが見える。
エリカは湯気の立つカップを手にして、レオンの隣に腰を下ろす。「父さん、思えばわたしも人海戦術とか荒唐無稽なことをしてたけど、結果的にAI理論を打ち破れたのよね。いまこうして落ち着いて飲み物を飲めるだけで、嬉しいよ」
レオンは「まあ、当時はハラハラしたがな」と返し、オフェリアは静かに笑う。「わたしはAIだけど、あの戦場の混乱は私の制御を超えてた。その非合理の塊が勝利をもたらすなんて、驚きだったわ」
カトリーヌがローブを揺らして合流し、「さあ、あなたたち。そろそろ戻りましょうか。まだ明日は忙しいわよ。書類や開拓民との調整、企業連合の会議の準備もある。あなたたちに任せたい案件が山積みよ」と告げる。
エリカは照れくさそうに立ち上がり、「分かったわ、母さん。父さんもそろそろテントへ戻ってちゃんと休まないと。まだ傷が完治してないんだから」と肩を貸してくれる。

レオンは鼻先を鳴らしつつ笑う。「誰がそんなにボロボロだって? ああ、まあ確かに無理は禁物か……。もう二度とアポカリプス・ナイトみたいな相手と戦いたくはないし、どうせなら研究と整備に集中したいな」
皆が苦笑いを浮かべ、テントの入り口へ足を向ける。そこに思いがけない光景が目に入る。小さな家族連れが、ナノマシン散布区画をそっと覗き込み、幼い子どもが「わあ、緑がある!」と喜んでいる姿だ。荒野しか知らなかった子どもが初めて草木を見る、その瞬間の笑顔。
エリカはそれを見て胸を熱くし、こぼれるように「これが、わたしたちの守りたかった未来よね。人が笑う場所って、AIだけじゃ作れないんだもの。人がAIを活かし、AIが人を支える、両方が必要」という言葉を口にする。レオンはその小さな家族を横目に見つつ、「だな、両方あってこそだ。そこに“どっちかだけ”が優れてる世界などないんだな……。まさか俺がこんな日を迎えるとはね」と微笑む。
夕日が赤く染まっていく空に、ネクストのシルエットが浮かんでいる。恐怖の象徴だったメカが、いまは人々を守り、地上を耕すための手段としてその姿を映し出している。黒いシルエットはまるで希望の力を宿す guardian のようだ。
オフェリアがやわらかな笑みを伴って声を重ねる。「ライオンハートの名前には、レオンの想いも込められているけれど、もうあなた一人のものじゃないわね。わたしたち全員が関わり、世界が共有する希望になりつつある」
レオンはその言葉に照れ隠しのように笑う。「勝手に名前決められたって最初は思ったけど、いまでは悪くないと思えるよ。イグナーツの技術だって正しい使い道をすれば何か役立つかもしれない。そうやって“どちらも大切だ”の精神を広げていけば、きっと再び戦争に頼るような時代は来ないはずさ」
エリカもカトリーヌも肯定的に頷き、風が四人の髪を撫でる。夕日が沈むまで、彼らはまだ自分たちの仕事に没頭する。ライオンハートの未来を築くには一日やそこらでは足りないのだ。だが、この小さな草の芽や笑顔を見守るだけでも、戦争のない世界を作る意義を感じられる。
やがて夜のとばりが降り、星の瞬きが空を彩る頃、テントへ戻ったレオンは肩の痛みをこらえながらもエリカやオフェリア、カトリーヌと食事を囲む。会話の内容は未来の展望で盛り上がるが、ふとした拍子にイグナーツや過去の戦いに話題が移っても、誰も眉をひそめることはない。むしろ、「それがあったからいまがある」という認識で共通しているのだ。

食事を終え、夜風にあたるため少し外へ出ると、遠くの暗闇にちらちらと灯りが揺れている。難民や開拓民の集落の明かりだろう。かつては戦闘の火花や砲撃でしか彩られなかった空間が、いまは小さな家々の光で生気を取り戻している。
レオンは息を吐きながら、胸の奥であらためて“どっちも大切だ”という言葉を思い返す。AIか人か、と二元的に割り切っていた自分が、大きく転んで家族との繋がりを得て、結果として地上の再生へ懸命に動く一員になった。その事実は少し笑い話だが、誇らしくもある。
オフェリアがそっと横に立ち、星空を見上げる。「この星の下に、イグナーツや多くの人が生きている。わたしもAIなのに、人間の仲間だと感じてる。矛盾かもしれないけれど、たぶんそれが正解なのよね」
レオンは顎を引きつつ、「イグナーツだって、そのうちこの風景を知る日が来るかもしれない。誰もが同じ景色を見る必要はないが、理解し合う余地は残るかもしれん」と言う。エリカとカトリーヌが微笑み合い、「そうよね、もし彼がこの地上へ戻ってきたら、ライオンハートが緑を育む様子を見せてあげましょう。完全管理より美しい光景があるって気づくかもしれないもの」と返す。

空気は冷たいが、心は満たされている。大戦で多くのものを失ったが、いま再び“ライオンハートの未来”を合言葉に、機械と人間が互いを支え合う日々が動き始めている。エリカは自分の部隊を戦闘から土木支援に切り替え、オフェリアはAI制御を平和利用へ転用し、カトリーヌは企業の再建を進め、レオンはネクスト技術と緑化研究を一心に取り組む。どこにでも摩擦はあるだろうが、それでも「両方を捨てない」生き方を共有していく道が彼らの選択だ。

夜風に砂が舞い、テントの明かりが柔らかく漏れる。レオンは満天の星を眺めながら、仄かに笑って囁く。「……お前たちがいてくれるなら、どんな非合理でも乗り越えられる気がするよ。ライオンハートもまだ始まったばかりだし、俺たちは一歩ずつ進めばいい。戦いに戻る必要なんか、もうない」
エリカが父の隣で指を組み、「そうだね……戦場に戻るなんて嫌。わたしが“鋼の指揮官”と呼ばれたのは昔のこと。これからは緑を指揮するっていうのも悪くないわ」とウインクする。オフェリアはくすっと笑い、「いいわね、わたしも緑色のデータを扱うほうが赤い血を見ずに済むもの」と続ける。
カトリーヌは微笑を浮かべ、「ふふ、あなたたちには荷が重いかもだけど、期待してるわ。わたしたちローゼンタールの未来にも大きく関わることよ。地上の復興が進めば、空のクレイドルへ逃げている人たちも戻ってくるかもしれないし、企業連合とラインアークの関係も変わる。つまり、新しい時代がやってくるのよ」

四人の視線が重なり、穏やかに頷き合う。大戦の爪痕が完全に消えるわけではないが、ライオンハートによって生まれ変わる大地が、かつてどんな血が流れたかを隠すほどに緑を育んでくれたら、あの苦しみも少しは救われるはずだ。その将来図が、目の前に広がっているように思える。
やがて夜の深みが増し、それぞれがテントへ散っていく。エリカは兵士たちと一緒に宿泊所へ戻り、カトリーヌは騎士と書類チェックに臨み、オフェリアは電子端末と連動して夜間のネットワーク管理を開始する。レオンはテントの外にしばらく留まり、ゆっくりと呼吸をする。
深い闇の空に星が輝き、戦火で汚された大気が少しずつ回復しはじめている。彼は遠くに人影を見やる。開拓民たちが焚き火を囲み、笑い合っている。旧式兵士がネクストや装甲車を使い、地ならしをしている。どこかでホワイトグリントのパイロットが夜間警戒を続ける姿もある。

「どっちも大切だ……これからは誰もがそう思って行動してくれるなら、もう戦争に戻ることはないかもしれないな。機械を愛する奴も、人間を愛する奴も、共存できるだろう」
レオンが自嘲気味に笑みを漏らす。かつて自分が機械を信じ、人を拒んだことで生まれた孤独を思い出す。しかしいまはそんな孤独を感じない。家族や仲間が、たとえ一瞬離れた場所にいようとも、その絆を肌で感じられるからだ。
ライオンハート技術の本格運用はまだ数年かかるかもしれない。汚染された土地を全て浄化し、緑の荒野に変えるには膨大な手間と時間が要るだろう。それでも、かつてオフェリアやエリカ、カトリーヌが一致して生み出した名を冠したこのナノマシンこそ、多くの人を救い、戦争から復興へ転じる象徴となる。
遠くから小型輸送機のエンジン音が近づき、物資を届けたあと、再び離陸していく。レオンは小さく手を振りながら、「あの機械だって、人が操縦してこそ人助けができる。もしAI制御でも、使い方次第で平和に貢献できるんだよな……」と独り言をこぼす。

夜が深まるほどに星の数が増え、激戦で砕け散った兵器の残骸すら月明かりに浮かび上がる。かつて無数の死者を生んだ土地が、いま少しずつ優しい色を取り戻している。もしイグナーツがこれを見ていたら、どう考えただろうか――そんなことを思いながら、レオンは静かにまぶたを閉じる。
大丈夫、仲間がいる。オフェリアやエリカ、カトリーヌ、そして戦後の世界を担う人々が皆、ライオンハートを育てていく。ネクストは破壊ではなく創造へ向かい、機械の力が緑の芽を支え、人間の手が大地に笑顔を広げる。その未来を疑う理由はもはやない。
テントの中で仮眠に入る直前、レオンはそっとつぶやく。「どっちも大切だってことを、俺も証明し続けるしかないな……。よし、明日もさっそく作業だ。お前ら、無茶するなよ」
あたりには誰もいないが、心には確かに家族や仲間がいる感触がある。オフェリアは電子端末で夜間監視を続けているし、エリカは兵士たちとトークを交わしているに違いない。カトリーヌも企業関係の調整で力を尽くすだろう。みんながそれぞれ自分の役割をこなし、互いを支え合う世界。それこそが新しい時代の形なのだろう。
いつかイグナーツがこの地で芽吹く草や小川を見て、「非合理な連中め」と呆れながらも微笑む日が来るのかもしれない。ライオンハートで蘇る大地は機械の産物だけれど、その背後には人間の情熱がある。この二つが噛み合えば、破壊のあった場所を永遠の緑に変えることも決して夢ではない。
夜気は涼しく、遠くで獣の声がかすかに響く。かつてここを支配していた戦闘の轟音は消え、いまは生きとし生けるものの息遣いが深まっていく。レオンはうとうとと意識を手放しながら最後に思う。もしこの先、機械と人間が再び衝突することがあっても、自分たちはもう孤独に戦うことはない。家族と仲間がいるからこそ、どんな非合理にも立ち向かえるはずだ。
そんな安らぎの中、彼の頭に浮かぶのはほんの少し前まで苦難の連続だった記憶。しかし、その果てに紡がれた「どちらも大切だ」という答えこそが、破壊を越えて再生へ向かう真の道標になっているのだ。ライオンハートの未来は、荒野に咲く草花のようにしなやかで、しかし確かな力を秘めている。そこに機械があり、人間がいる。誰かが一方を失えばバランスは崩れるが、両方を活かし続ければ地上は必ず蘇る――レオンの胸にはそんな確信が、刻まれた火傷のように深く残っている。

朝が来ればまた作業の始まりだろう。ネクストで資材を運び、オフェリアが電子戦で汚染データを解析し、エリカが人員をまとめ、カトリーヌが予算や政治の調整をする。彼らは決して華麗でもスムーズでもないが、一緒にいることで想定外の力を発揮する。それを支えるのが“どっちも大切だ”の精神なのだ。
ライオンハートという名に込められた“家族を守り、大切なものを守る”意志は、いまやレオン一人のものではない。世界のあちこちで荒野が緑に変わり、人々がその恩恵を受けながら協力し合う図が増えてきた。AIに頼りきるのでも、人間同士の対立に終始するのでもなく、新たな価値観を見つけた人々が多方面に散らばっているのである。
それこそが“未来への一歩”。イグナーツの敗北を通じ、人々は機械と人間の融合こそが進むべき道だと悟った。ローゼンタールは貴族企業としての誇りを残しつつ、人々を守る理想を掲げ、ラインアークは独立精神のもとで技術と意志を結集している。かつてオーメルに仕えていたエリカやカトリーヌでさえ、今は地上の復興に全力を注いでいる。
その一方、イグナーツはまだ葛藤の渦中にあるにしても、“死”を免れたことでいつか道を変えるかもしれない。もし彼が自身のAI理論を破壊ではなく開拓や救済へ振り向ければ、ライオンハートの未来を支える重要な役割を担うはずだ。理想に敗れた天才が、理想のかたちを変えて手を差し伸べる日が来ても不思議ではない。誰もがそれを密かに願っている。
結局のところ、世界には絶対的な正解などない。けれど“どっちも大切だ”という指針を軸にするならば、AIと人間が互いを補い合う形で進めるはず。その軸を保ち続ける限り、かつてのようなAIによる全面管理戦争は再発しないだろうし、孤立したヒーローがすべてを背負う必要もない。
そう確信できるだけの根拠が、この大地には増えつつある。ライオンハートで息づく緑の芽、ローゼンタールとラインアークが笑顔で情報を交換する光景、オフェリアが管理する電子ネットワークで見守られる人々の暮らし——すべてが新しい未来への一歩だ。

夜の闇が深まる中、テントの灯りを消したレオンは、無数の星を見渡しながら最後に短く言葉を口にする。「どっちも大切だ……俺も、エリカも、オフェリアも、カトリーヌも、みんながわかっている。この先何があっても、もう孤立しないし、機械も人間も捨てはしない。俺たちは生きて、地上を緑で覆うんだ……それがライオンハートの未来だよ」
その小さな声は夜風に乗って広がり、星々の光に溶けていく。戦乱の果てに見出された希望はまだ幼い苗木かもしれないが、そうした芽があちこちで育ち、巨大な森になる日がいつか来るだろう。レオンは目を閉じ、ゆっくりと眠りにつく。明日になればまた新しい一歩を踏み出し、世界をもっと緑色へ塗り替えていく。その一歩ずつが積み重なった先に真の平和が根を下ろすのだと、彼は信じていた。

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