再観測:ゼーゲとネツァフ:Episode 7-3
Episode 7-3:オルドへの侵入作戦
反対派本拠地における「ゼーゲ」強化作業が一段落し、街の無法者や強行派残党の脅威も一時的に沈静化している。市街地では懐疑派と反対派が協力しあい、治安維持に努めていた。しかし、どこか落ち着かない空気が漂っているのは、未解決の問題が山積みだからだ。
レナの重傷療養
エリックの失踪
ヴァルターの出方
ネツァフが完全停止していない可能性
特にネツァフを制御する「オルド(Orden)」という仮想空間の存在は、依然として大きな謎を抱えたままだ。もしオルドに異変や残された“破壊指令”が潜んでいれば、ネツァフは再び暴走するかもしれない。そうした懸念を払拭するために、オルドへの侵入が検討され始める。
セラは反対派の一室で地図や資料を睨みつつ、カイやマキと話し合っていた。荒れた市街地で聞こえる銃声は途絶えたが、夜半になるとまだ爆発音が遠くで響くこともある。
「せっかくネツァフを止めたのに……内部制御空間・オルドはまだ健在なんだね。前に“逆融合”で表層的な暴走は止められたけど、本質的には何が残ってるかわからない……」
セラが憂いを帯びた表情で言うと、カイは冷静に頷く。「うん。ネツァフの肉体は崩壊寸前でも、心臓部や仮想空間のコアはデータとして残存しているかもしれない。ヴァルターや強行派がどうこう言う前に、俺たちが調べる必要がある」
そんな折、ヴァルターから意外な連絡が入る。反対派と懐疑派を通して伝えられたメッセージは、「オルドへの侵入を正規に行うのであれば、私の研究施設を使っても構わない」というもの。
ドミニクやセラたちは驚きを隠せない。ヴァルターはリセットを断念したとはいえ、いまだ食えない存在であり、本当に協力する気があるのか半信半疑だ。
反対派本拠地の会議室で、ドミニク、セラ、カイらが一堂に会し、メッセージを読む。「やれやれ……あのヴァルターが“オルド侵入作戦”に協力を申し出るとはね。裏があるんじゃないのか?」とドミニクが渋い顔で呟く。
セラも同意しながら「でも、オルドをきちんと調べるには、ネツァフの制御端末とか専用設備が必要になるよね……。私たちの力だけじゃ難しい。強行派が崩壊しても、ヴァルターの研究施設は動いてるってことなのか……」と思考を巡らす。
カイは地図を広げて説明する。「ヴァルターが研究施設を維持しているなら、そこにはオルドにアクセスするためのホール端末がある。要するに“精神ダイブ”の技術だ。僕やセラが行けば、内部に侵入してネツァフのコアデータをチェックし、完全停止できるかもしれない」
ドミニクは険しい目つきでうんざりしたように「精神ダイブって……“仮想空間に入り込む”アレか。まるで人の心を覗き込むみたいで気味が悪いが、確かにネツァフを制御する方法の一つだと聞いたことがある……」と呟く。
セラは意を決して口を開く。「私、行くよ。ネツァフを止める最後の手段かもしれないし、リセットの残骸がどうなっているか確かめたい……。ドミニクさんや反対派は本拠地を離れられないなら、私とカイで行くしかない」
ドミニクは腕を組んで苦い顔。「ヴァルターのところへ足を踏み入れるのか……危険すぎる。だけど、ネツァフの怖さを知っているお前たちなら、とめられるかもしれない。わかった、信じる。必要な援護はする」と決断する。
作戦の概要が決まった。セラとカイ、そして数名の懐疑派将校がリセット派領域へ向かい、ヴァルターの研究施設にある「オルド接続端末」を使って仮想空間へダイブする。その間、反対派は市街地や周囲の警戒を続け、万が一強行派の残党が動けば阻止するつもりだ。
ドミニクは撤退した強行派がリセット派領域近くに潜んでいる可能性を警戒し、「行くなら気をつけろ。奴らは虎視眈々と復讐の機会を狙ってるかもしれない」と忠告を投げる。
セラの胸には、一抹の不安がある。(ヴァルターは何を考えているんだろう……またリセットを再開する気か、それとも本当に諦めたのか?) しかし、いずれにせよネツァフの核心を確かめる必要がある。
カイは荷物をまとめながら「精神ダイブは非常に危険だ。もしオルド内部で“何か”が残っていたら、俺たちの意識が乗っ取られるかもしれない。セラは大丈夫?」と気遣う。
セラは唇をきゅっと結び、「私が足掻かなければ、また世界が危うくなるかもしれない。レナさんやドミニクさん、街の人たちが安心できるように……私、やるよ」と静かに宣言する。
数日後、セラとカイは懐疑派将校の護衛を伴い、装甲車でリセット派の広大な研究施設へ向かう。この施設は以前、ネツァフの開発やメンテナンスを行っていた場所であり、ヴァルターが統括してきた。強行派の崩壊後も、一部の研究者や兵士が守っているという。
ゲートを抜けると、敷地のあちこちに崩れた装甲車や黒焦げの壁が見える。強行派と懐疑派の内戦で生まれた傷跡だ。だが、施設そのものはまだ機能を維持しているようで、警備兵が入り口で厳重なチェックを行う。セラとカイは身分を提示し、緊張感の中で施設内部へ案内される。
「懐かしい場所……ネツァフの最終調整が行われていた……でも、今はやけに静かだね」
セラは薄暗い廊下を見ながらつぶやく。以前は研究員や将校が忙しなく行き来していたが、今はほとんど人影がなく、足音だけがコンクリ壁に反響する。
カイは冷ややかな視線で周囲を警戒し、「強行派がいなくなった今、ここにいるのはヴァルター派の研究者だけだろう。彼らが何を考えているか……わからないね」と小声で言う。
施設の奥まった部屋に通されると、そこにヴァルターが待ち構えていた。白髪まじりの髪を短く整え、痩せた頬に冷淡な眼差しを浮かべている。セラとカイは軽く礼をして中へ入り、懐疑派の将校は部屋の外で待機する。
「……久しぶりだな、セラ、カイ。ネツァフを破壊寸前まで追い詰めた張本人か。おかげで“リセット”は失敗に終わったよ」
ヴァルターは淡々と述べ、微妙な笑みを浮かべるが、その眼はどこか諦観をはらんでいるように見える。
セラは表情を硬くしながらも言葉を返す。「ネツァフの暴走は止めたけど、残された“オルド”がどうなってるかわからない。もしそこに破壊的な指令や自己意志が残っていたら……もう一度世界が危険に晒されるかもしれない。それで、あなたがオルドへの侵入を許可してくれるって……本当なの?」
ヴァルターは肩をすくめ、「私も無益な争いは嫌だ。強行派が消えた今、私は“新しい道”を模索し始めた。ネツァフが崩壊するにしても、オルドの秘匿データを放置すれば、誰かが悪用するかもしれない。お前たちがそれを調べるというなら、協力しない理由はない。……ただし、自己責任でな」
カイは冷静に首を傾げ、「ヴァルター様、あなたはもうリセットを諦めたのですか? 新しい道とは何を指すんでしょう……」と問う。
ヴァルターは苦い笑みを浮かべ、「私は若い頃から“痛みなく消す”こそが人類の救済だと信じてきた。しかし、ネツァフが暴走し、エリックも承認を拒んだ。結果、リセットは崩壊し、いまの惨状を招いた。……ならば人は足掻くしかないのかもしれない。私はその“足掻き”を、新たな技術や別の手段で支えるかどうかを考える段階だ」と語る。その声音には、どこか諦めと寂寥が混ざっている。
セラは複雑な想いを飲み込みつつ頷く。「わかった。私たちにとっても、あなたを完全に信じるわけじゃないけど、オルドを調べるのは必要なんだ。どうか協力してほしい……」
ヴァルターは無言で右手を差し出し、「では、共に行こう。オルドへの侵入には私や研究員のサポートがいる。……二度と暴走など起きないよう、オルドを“無害化”するのがお前たちの目的だろう?」と確認する。
セラは力強く握手を交わし、「そう。世界を守るために、絶対にオルドを封じる」と決意を示した。
ヴァルターに案内され、セラたちは研究施設の地下区画へ移動する。そこには大型コンピュータが並び、かつてネツァフと心臓部パイロットの融合を制御していた「オルド接続端末」が設置されていた。
まるで古い病院の集中治療室を思わせるベッド状の装置が複数台並び、天井からはケーブルやセンサーが垂れ下がっている。スタッフの白衣の研究員が数名作業しており、怪しげなモニターに複雑な波形が表示されていた。
「ここがオルドへ潜るための装置だ。精神を電子的に変換し、仮想空間“オルド”に接続する。……もちろん危険だ。万が一、内部で自己防衛プログラムに捕らえられれば、意識が帰還できなくなるかもしれない」
ヴァルターが低い声で説明する。セラは緊張を覚えながらも、あの“逆融合”のときの感覚を思い出し、(もう一度、あんな危険を冒すんだ……)と身震いする。
カイは研究員と端末の仕様を確認し、「二人同時にダイブすれば、お互いをサポートできるだろうか。複数での接続が可能なら、僕も一緒に行く。セラだけを危険な目に合わせられない」と提案する。
ヴァルターは意外なほど素直に同意し、「いいだろう。セラとカイの二人なら、オルド内部で連携できるかもしれない。だが時間制限を設ける。もし30分経っても戻れなければ、強制切断する」と警告を発する。
作戦当日、セラとカイは特別なスーツを身にまとい、それぞれ接続端末のベッドに横になる。手首やこめかみにセンサーが取り付けられ、周囲には研究員や懐疑派将校、ヴァルターが立ち会っている。室内には厳かな緊張感が満ち、モニターには二人の脳波や心拍数が大きく映し出されていた。
「大丈夫、セラ……?」
カイが横のベッドから声をかける。セラはかすかな震えを抑えながら頷く。「うん、やろう……オルドの中で、ネツァフの残骸を完全に止める……!」
ヴァルターが静かにスイッチを押し、研究員がカウントダウンを始める。「精神波動レベル安定、ダイブ開始まで5秒、4秒……」
セラは目を閉じ、まぶたの裏に走る赤いノイズを感じる。体温が急に奪われるような感覚が訪れ、意識がどこか深い水底に沈むようなイメージに囚われる。カイの声は遠くに聞こえ、そしてモニターの音すら意識の外へ消えていく。
「……3、2、1……ダイブ!」
その言葉と同時に、セラは視界が光に包まれ、(あ……これは……)という感覚を最後に意識を切り替える。次に目を開くと、そこは現実の法則が通用しない青白い虚空の中だった。
セラが立っているのは、重力が存在するのかさえ判然としない青白い空間。空や地面の境界線がなく、上下左右の概念が曖昧にねじれている。遠くには幾何学的な構造物が浮いており、時折ビリリとした電流が走っているのが見える。
「ここが……オルド……?」
口に出した声は響きもせず、頭の中に直接反響するような感覚がある。
視界を巡らせると、カイの姿が青白い光の向こうにぼんやり浮かんでいた。彼も同様に混乱した表情で、「セラ、ここだ……」と意識の通信で呼びかけてくる。二人が歩み寄ると、地面のようなものが波紋のように揺れ、足音が広がる。
「やっと繋がったね……。おそらくこの空間がネツァフやリセット派の制御情報を抱えているんだ。僕らが探すべきは“オルドのコア”……きっと残骸があるはずだ」
カイが冷静に分析する。セラは小さく息を吐き、「じゃあ、進もう……時間も限られてる。30分で帰らなきゃ、強制切断されるんだよね……」と意識を奮い立たせる。
景色の奥には、シャボン玉のような球体がいくつも浮かび、そこに半透明な映像が映し出されている。人の記憶や思念を可視化したかのようなイメージが、軽やかに流れているのだ。時折、セラが見覚えのある場面──ネツァフの暴走シーンや、レナと対峙した戦場などがフラッシュのように映り、心を刺す。
二人は青白い空間を進むが、正確な方向や距離の概念が曖昧で、歩いても同じ場所を回っているように感じられる。カイが端末を模した仮想デバイスを操作し、「プログラム的にコア位置を探りたいが、ノイズが多い……」と困惑する。
セラは不安を覚えつつも、ネツァフの残留意志が存在する可能性を考え、「前に“逆融合”したときは、ネツァフが嫌な声を投げかけてきた。ここでも何か仕掛けがあるかも……」と呟く。
すると、遠方で青白い稲光が走り、「ギュオォン……」という異様な波動が広がる。一瞬、視界がブレて、足元が崩れるような感覚が二人を襲う。「うわあっ!」とカイが声を上げ、セラもバランスを崩しそうになるが、必死に意識を保って踏みとどまる。
「防壁が……あるのかもしれない。ネツァフやリセット派がアクセスを拒むための、電脳的な“壁”……」
カイは汗を浮かべながら、仮想デバイスを再試行する。だが何も表示されず、砂嵐のようなノイズが画面を覆うだけ。
セラは一歩踏み出し、手を伸ばしてみる。すると空間がねじれるように青白い裂け目が現れ、そこから人影のようなものがゆらりと現れた。
「誰……?」
人影は目を伏せており、よく見れば、かつて承認を拒んだエリックの姿にも似ている。だが、青白く透け、表情がない。「足掻いても、痛みは消えない……」と機械的な声を発し、消えていく。
セラの心は強く揺さぶられる。「エリックさん……いや、虚像……?」 “イメージ”が内部に残っているのか、それとも敵意の幻覚なのか。
さらに先へ進むと、同様の人影が多数現れ始める。レナやドミニク、そして強行派兵士、街の住民らしき姿までが混在し、「お前が招いた苦しみだ……」「足掻きなど無意味……」など、感情を逆撫でする声が次々と耳を刺す。
セラは苦悶の表情で耳を塞ぐ。「なんで……こんな幻が……」
カイは意識通信で呼びかける。「落ち着いて、セラ。これはきっとオルド内部のデータが混ざり合ったもの。僕らを動揺させる罠だ……!」
その言葉通り、人影たちはセラやカイの罪悪感や不安を突き付けるように囁き合う。「ネツァフは封じられても、世界は苦しみから逃れられない……」「足掻くふりをして、結局多くを殺したのはお前だ……」
過去の戦闘で失われた人々の亡霊が、そこかしこに現れては、セラやカイを責め立てるような錯覚を作り出している。
セラの目に涙が滲む。背筋が凍り、頭が割れそうに痛む。「これは……私の心が見せてるの……? でも、どうすれば……」
カイが必死にセラを抱きしめ、「大丈夫、これはただのプログラムだ。自分を保って……!」と意識通信で繋がる。その瞬間、二人の間に生まれた共感が、まるでバリアのように人影を遠ざけるかのような波動を放ち始める。
カイは冷静な声で言う。「お互いに意識をシンクロさせれば、オルド内部での“個の孤独感”を払拭できる。ネツァフが狙うのは、僕らの心の傷や恐怖……だけど、僕らが共に支え合えば、幻影など跳ね返せるはずだ!」
セラはカイの手を強く握り、思いを合わせる。「レナさんを助け、エリックさんを探し、街を守る……そのためにネツァフを封じるんだ……」と心で繰り返す。
人影たちが狂気のように身をよじるが、二人の決意が凝縮された光が波紋を描き、「ギュウッ……」という不気味な音を残して霧散していく。青白い空間に澱んでいた邪念がしばし後退し、視界がクリアになる。
「やった……。一歩前進だね……」
カイは息をつき、セラも胸を撫で下ろす。「うん……怖かったけど、私たちは一人じゃないから……」
二人がさらに奥を目指すと、空間が歪んで階層が変化するような感覚が訪れる。まるで階段を降りるように意識が沈み、急に目の前が広がったかと思うと、大きな球体の塊や配線のような線が無数に張り巡らされた場所に出る。
「ここが……オルドのコア領域かな……?」
セラは不安に足を進める。球体の中心には緑色の光が脈動しており、縦横に走るデータの流れが、神経網を思わせる形状を成している。
カイは仮想デバイスを起動し、「いいか、ここでネツァフの制御データを探し、完全削除するなり封印するなりする。ヴァルターの言う“破壊プログラム”が残っていたら危険だからね……」と意識で話す。
セラは緊張で汗が滲むが、小さく頷き、「わかった、行こう……」と合図を出す。
二人が球体に近づくと、周囲の光が急激に脈動し始める。稲妻が走るようなエフェクトが渦巻き、青白い怪物のような姿が現れた。それはオルドコアの“守護者”ともいうべき存在か、ネツァフやリセットシステムが仕込んだ防衛プログラムらしい。
怪物は四肢がなく、曲線的な触手だけで構成され、電流を帯びた鞭のような攻撃を繰り返す。「侵入者……排除……」という機械的な声が響き、セラとカイを狙って無数の触手が伸びてくる。
「くっ……やっぱり来たか!」
カイが意識通信で叫び、仮想デバイスを盾のように展開する。電撃がバチバチと弾け、触手が鋭い衝撃波を発する。セラは必死に回避しながら、(どう戦えば?)と混乱する。
オルド内では物理的な武器は通用しない。代わりに精神エネルギーを用いた意識操作が戦闘手段となる。セラが覚悟を決め、手を突き出すと、光が剣の形をとるようにバシュッというエフェクトが生まれる。
「これが……オルドでの“武器”……?」
セラは頭でイメージして剣の輪郭を結び、それを振り下ろす。触手の一つが切り裂かれ、青緑の火花を散らすが、怪物はダメージをあまり受けていない様子で吼える。
カイも意識操作で「遠隔砲」のような形を作り出し、光弾を撃つが、怪物は素早く回避し、反撃の触手を送り出す。まるでハッキングの応酬さながら、意識とイメージの戦いが繰り広げられる。
「セラ、同調しよう! 二人のイメージを重ねれば威力も倍増できるかも……!」
セラは同意し、カイと手を取り合うイメージを強く作り出す。すると、二人の周囲に大きな光のサークルが現れ、エネルギーが増幅されていく。「これなら……!」と剣を振りかざす。
怪物も負けじと全身の触手から雷光を放ち、空間を歪ませる。意識の揺らぎが広がり、セラとカイは足元を崩されるような感覚に陥る。青白い洪水が迫り、耐えられないほどのノイズが二人の耳に充満する。
「ぐああっ……!」
カイが悲鳴を上げ、頭を抱えてうずくまる。セラも激痛が神経を焼き、視界が真っ赤に染まりそうになる。怪物が最後の猛攻をかけてきたのだ。
「ねえ、カイ……無理しないで、撤退する?」
セラが意識通信で呼びかけるが、カイは歯を食いしばり、「ダメだ、ここで引いたらまたオルドが残る。今度こそ完全に断ち切るんだ……!」と意志を示す。
(私たちがここで倒れたら、ネツァフの負の遺産が残り、誰かがそれを悪用するかもしれない。足掻き続けるためには、ここで勝たなきゃいけない!)セラも腹を括り、二人の意識を再度シンクロさせる。
怪物が触手を振り下ろす瞬間、セラはカイと気持ちを合わせて光のバリアを形成する。衝撃波がぶつかり、火花が散るが、バリアはギリギリ耐える。「今だ……!」
カイが拳を突き出し、そこから虹色の閃光がドンと発射され、怪物の胸(あるいはコアらしき部分)を貫く。絶叫のような波動が空間に走り、怪物の身体がざわめくように崩壊を始めた。
怪物がのたうち回るように形を歪め、青白い塵となって消えていく。セラは崩れ落ちそうになる膝を支え、カイの手を借りてどうにか立ち上がる。
「やったの……?」
カイは端末をチェックし、「おそらく、オルドコアを守る防衛プログラムを破壊したんだ。これでコアにアクセスできる!」と声を上げる。二人が前方の大きな球体へ歩み寄ると、球体はゆっくりと開き始め、中に無数のコード状データが蠢いているのが見える。
セラは足を進め、意識の手でそのコードに触れる。(何をすれば、これを完全に封じ込めるんだ?) カイが端末で解析し、「破壊プログラムやリセット承認システムの残骸がある。これを全削除できれば……」と呟く。
セラは深呼吸し、「ここで削除して、世界がまた動くなら……私、やる。レナさんの足掻き、ドミニクさんの足掻き、エリックさんの足掻き……全部、無駄にしたくないから……」と強く念じる。指先に光が集まり、コードの根幹へ侵入する。
その瞬間、膨大な記憶がセラを襲う。ネツァフが観測してきた戦闘記録、人々の苦痛、リセット派の絶望……あらゆる負の感情が雪崩のように流れ込むが、彼女は必死に耐え、カイのサポートを受けながら「削除」を実行する。
コードが次々と消滅し、仮想空間が白く染まる。「残り0.2%……0.1%……完了!」とカイが叫び、セラは最後の力を振り絞ってコードを引き剥がすイメージを形成する。
「……っ!」
光が弾け飛ぶように周囲を飲み込み、オルドコアが急速に収縮していく。セラとカイは息が止まるほどの眩しさを感じ、意識が遠のく……。(ここまでだ……帰らなきゃ……)という本能が叫ぶ中、二人は手を握り合って白光に呑まれた。
目を開けると、セラは研究施設のベッドに横たわっていた。周囲には研究員や懐疑派将校が集まり、「戻ったぞ!」と歓声が上がる。カイも隣のベッドで目を開けており、頭を振って覚醒を確認する。
ヴァルターがその場に立ち、青ざめた顔でモニターを睨む。やがて口元に苦笑を浮かべ、「オルドの主要データ、ほぼ消えたらしい。完全に“リセットシステムのコア”を破壊したわけだ……足掻きを貫いたのは、貴様らか」と呟く。
セラは身体中の痛みを感じながらも笑みを返す。「これで、もうネツァフが再び暴走する可能性は……ほとんどないよね?」
カイは端末を確認し、「ログ上はオルドがほぼ空っぽだ。ネツァフの破壊衝動やリセット承認システムのバックアップは消去された。成功だ……」と安堵する。
ヴァルターは無言で二人を見下ろし、そして背を向ける。「おめでとう、足掻きの完成か……。これで痛みなく消す道は永久に閉ざされた。私は新たな研究を始める……人が足掻きの先に見つける希望に期待しようか……」
セラはヴァルターの言葉にぎこちなく微笑む。彼が心の底で何を思っているかは定かではないが、少なくとも今は戦闘の意志はないらしい。
数日後、セラとカイは懐疑派の護衛を伴い、再び反対派本拠地へ戻ってきた。ドミニクは出迎えの場で腕を組み、少しそわそわしている。「戻ったか……どうだった?」と問われ、セラは微笑む。
「成功したよ。オルドのコアを“完全削除”できた。もうネツァフは蘇らないし、リセットも不可能……」
その報せに周囲の反対派兵士が沸き立つ。ドミニクは鼻を鳴らし、「本当か? あのヴァルターはこれで満足したのか?」と疑いを隠さない。カイがうなずき、「少なくとも、リセット兵器を使う道は永久に閉ざされた。ヴァルターは別の研究を始めると言ってたが……」と答える。
ドミニクは困惑しながらも、わずかに肩の力を抜く。「……そうか。やはりお前たちが止めてくれたのか。俺たちがあれほど苦しんだ“リセット”と“ネツァフ”が終わったか……なんだ、意外に呆気ないな」と洩らす。
セラも同じ気持ちだった。大きな闘いを何度もくぐり抜けた末に、意外とあっさり“リセットの悪夢”が終わってしまった。しかし、それは単に“別の苦難”が待ち受ける予兆でもある。
オルド侵入作戦を成功させた翌週、反対派本拠地から市街地にまで噂が広がり、「リセットはもう起きないらしい」「ネツァフは完全に封じられた」と人々の間に安堵の空気が生まれた。無法者や盗賊も徐々に数を減らし、外敵の脅威は激減している。
しかし、だからといって世界が平和になるわけではない。経済やインフラは破綻状態で、足掻き続けるしかない人々の苦難は消えない。セラはそれでも希望を感じる。
「ネツァフやリセットを巡る争いは、もうなくなる……足掻きのなかで、みんなが新しい生き方を探せるかもしれない」とセラは語る。ドミニクは鼻を啜り、「馬鹿言うな。まだ問題山積みだ。俺たちだってゼーゲを復活させて街を守らなきゃいけないし、ヴァルターや懐疑派がどう動くかもわからん」と毒づく。
それでも彼の声には以前より棘がなく、セラとカイの奮闘を内心認めているように見える。
オルドへの侵入作戦が一区切りし、セラとカイはしばし休養を取った後、それぞれの役割を果たすべく再び動き出す。セラはドミニクや懐疑派から望まれ、街の治安維持や住民支援を手伝い、カイはゼーゲのソフトウェア開発を継続している。
夜の反対派本拠地。セラは空を見上げ、(レナさん……あなたの戦いを無駄にしなかったよ。私たちはネツァフを止め、オルドを封じた。世界はこれで終わらずに続いていく)と心で呟く。
カイが隣に立ち、「レナもエリックも、いつか戻ってきたら驚くだろうね。もうリセットの脅威はなくなったんだ……次は“自力で未来を作る”段階だよ」と微笑む。
セラは力強く頷き、「うん、私はまだ足掻くよ。この街も、世界も、壊させたくない……。ネツァフに代わる何かがまた生まれてしまうかもしれないけど、そのときは私が止める。ドミニクさんやあなたと一緒に……」
ネツァフの仮想制御空間“オルド”に潜り込んだセラとカイは、ネツァフやリセットの残骸を完全破壊し、世界を再び脅かす危険を封じ込めた。
一方で、ヴァルターは新たな研究に意欲を見せ、ドミニクや反対派は「ゼーゲ強化」を進めて街を守る手段を強化する。
足掻きの道を歩む人々は、リセットに代わる未来を模索し続けている。しかし、エリックの行方は依然として不明。レナは重傷からの回復を待ち、ゼーゲの真の姿が甦る日は未定だ。
それでも、オルドという最大の“破壊”の温床が消えた今、世界は次なるステージに向かわざるを得ない。多くの苦難や争いが続く中、セラは“足掻き”こそが新しい希望を生むと信じ、仲間とともに歩み出していった。