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ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP12-1
EP12-1:戦後と新たなる道
大戦が終わり、一見すると静寂に包まれた地上だった。しかし、その静寂は決して完全な平和を意味するものではない。ドラゴンベインの暴走とアレス量産機の侵攻で焼け野原となった多くの市街地は、いまだ瓦礫の山を抱えたまま。とはいえ、ライオンハートと呼ばれる地上再生技術の芽吹きが、戦後の荒野を少しずつ覆っていく光景も、すでに各地で見られるようになっていた。
翌朝、柔らかな陽光が舞い降りるなか、レオン・ヴァイスナーは工廠兼研究施設の外に立ち、瓦礫の隙間から生える若葉をじっと見つめていた。
かつての戦火――ドラゴンベインの暴走と、アポカリプス・ナイトによる圧倒的な破壊力が思い出される。それでも今、その跡地に芽を出す草や花々こそ、ライオンハートのナノマシンが地中の毒素を分解し、土壌を再生した証。見慣れなかったはずの鮮やかな緑が、荒れ果てた大地に散在している。
「これが、俺たちが守った未来……か」
レオンは苦く笑いながら、右手で自分の肩を押さえる。そこにはアポカリプス・ナイトとの死闘で負った傷がまだ疼(うず)いていた。AMS適性こそ高いが、無理を押してリュミエールを操縦した反動で、身体のあちこちに損傷が残っている。
しかし、その痛みすら「まだ生きている」ことを証明するかのようだった。
「父さん、こんなところにいたんだ」
澄んだ声とともに姿を見せたのは、銀色の髪を一つにまとめ、軽装の軍服を身につけたエリカ・ヴァイスナー。かつてはオーメルのアームズ・フォート指揮官として父と戦い合った彼女も、今はローゼンタール寄りの独立部隊を率い、地上復興に奔走している。
「お前も朝から精が出るな」
レオンは娘の姿を見て、少し気恥ずかしそうに笑う。「今日はたしか……ラインアークとローゼンタールが合同で“ライオンハート追加試験区画”の設置を進めるって話じゃなかったか」
エリカは頷き、「その準備をしようとしてたんだけど、あなたがいないって言うから探しにきたの。無茶しないでよ……身体はまだ万全じゃないんでしょ?」と優しい眼差しを向ける。
レオンは肩をすくめる。「確かに完璧ではないさ。でも、いつまでもベッドに寝てはいられない。俺も研究スタッフとして仕事をしなきゃな。ライオンハートの運用が次の段階に入るなら、AMSを組み合わせた大型機材のテストも必要だろう?」
エリカは苦笑まじりに「そうね。AIによる支援もまだ残りの戦火跡地では万全じゃないから、何らかの形で“人の判断”が入る必要があるんだもの。あなたの知識とネクスト技術がどれほど役に立つか……期待してるわ」と頷く。
この親子のやりとりが、ごく自然に行われるようになったことが、かつての熾烈な戦闘を経験した者たちには信じられないほどの変化だ。周囲の兵士や研究員も、遠巻きに見ながら微笑んでいる。
施設の一角には仮設の指令室が設置されており、そこではカトリーヌ・ローゼンタールが何人もの幹部を相手に打ち合わせをしていた。彼女は貴族企業としての誇りを捨てず、しかし戦後は積極的に地上再生プロジェクトを支援し、復興をビジネスではなく「使命」と位置づけている。
「残された市街地の安全確保を急ぎなさい。まだ小規模な武装集団が散在している可能性もあるから、エリカの部隊に監視協力を頼むわ。ライオンハートの試験地帯を荒らされるわけにはいかない」
カトリーヌは地図を指し示し、部下たちを促す。「ラインアークのホワイトグリント部隊も協力してくれるはずだから、装甲車両とネクストの巡回ルートをまとめて報告してちょうだい。念のため、オフェリアの電子戦協力も確保すること」
幹部たちが「承知しました」と声を揃え、急ぎ足で司令室を出て行く。カトリーヌは小さく息をつくと、振り向いて部屋の隅に立つ人影に目を向けた。「あなたも無理はしないで。地上の管理と企業運営、両方とも一人で背負い込むには大変でしょう?」
声をかけられたのは、今やローゼンタールの参謀として働く騎士階級の男である。彼は深く頭を下げ、「ですが、今こそローゼンタールが地上で信頼を勝ち取る好機かと。カトリーヌ様が直々に指示をくださることこそ、士気を上げる最善策です」と返す。
カトリーヌは微笑んで「ありがとう。私自身も、地上を再生する道にこそローゼンタールの未来があると思っているの。かつての私なら、企業の利益と家名を最優先していただろうけれど……今は違う。再び戦争を起こさず、誰もが暮らせる土地を作ること。そこにこそ“家”を守る力があると知ったの」と語る。
彼女の横顔には、大戦後に得た揺るぎない決意が宿っていた。かつてはレオンとの結婚すらビジネスに絡ませた貴族らしい計算高さを持っていたが、いまは心底から人々の生活を守る姿勢を見せている。その変化を知る部下たちは、誇りとともに彼女を支えていた。
しかし、すべてが順調というわけではない。ドラゴンベインやアレス量産機の暴走で組織を失った残党が、小規模なゲリラ活動を続ける動きがあるという情報も飛び交っていた。あるいは、イグナーツに賛同していた強硬派が潜伏し、地上のコミュニティを襲う噂も絶えない。
エリカの部隊が幾度かパトロールを続け、衝突を未然に防いでいるが、すべてを完全掌握できているわけではない。ラインアークも警戒を解かず、ホワイトグリント量産機を適宜飛ばして哨戒していた。
「オーメルの完全管理理論にまだしがみついてる奴らもいるのね……」
エリカは報告書を読んで呟く。そこには散発的な襲撃事件が記されており、被害は小さいものの民間人に恐怖を与える程度の破壊が行われている。「すべての戦争が終わったわけじゃない。まあ、父さんたちが戦った大規模戦闘に比べたら小さい動きだけど、放置すればいつか大きな紛争の火種になるかも」
エリカはそう言いつつ、近くを歩くオフェリアへ視線を向ける。「あなたの電子戦能力を使えば、彼らの隠れ家を特定して説得することも不可能ではないかもしれない。ローゼンタールの武力で押さえ込む前に、できるだけ衝突を避けたいの」
オフェリアは頷く。「わたしも賛成。大きな争いはもうたくさんだし、AIの力を再び破壊に使ってしまったら、せっかくの“どっちも大切だ”という結論が揺らいでしまうもの。なるべく平和裏に解決したいわ」
声には迷いがなく、戦後にAIと人間が協力する道を確立したいという強い願いが表れている。戦時中は電子戦で敵を翻弄していた彼女が、今は復興や警備面でも欠かせない存在となっている。
同じ頃、整備ハンガーではレオンが**ネクスト「リュミエール」**の調整を見守っていた。試作機として戦争中に無理を重ねた機体は、すでに再整備を終え、出力を押さえた「復興支援モード」へ改修されている。高火力の武装は最小限に留め、代わりに大容量カーゴユニットや特殊スキャナーを搭載し、大型資材を運搬したり地中の汚染状況を調べたりできるようになっていた。
「こいつも戦うためだけじゃなく、地上を立て直すために使ってやらないとな」
レオンは苦笑しながら機体を見上げる。そこに通りかかったのは、ラインアークの技術者シモーヌと、ローゼンタール騎士のメカニック担当が二人。
「レオン殿、キャノピーやコアユニットの再調整を済ませたので、いつでもテスト飛行が可能です。エリカ・ヴァイスナー隊との連携作業も、あとはあなたが乗って動かすだけ」
「助かる。本格的な武装はいらないが、護身用の近接ブレードくらいは積んでおいてくれ。もしゲリラに遭遇して、市民を守る必要があれば使うかもしれん」
レオンはそう言い、技術者たちと細部を詰める。かつては孤高のリンクスとして「自分の戦闘スタイル」にしか興味を示さなかったが、いまは復興支援の運用を考慮して他の部隊や民間技術者の提案を前向きに受け入れるようになっている。
「ついこの前まで戦いばかりだったのに、気づけばみんなで景観を整えているなんて変な気分よね」
その日の夕方、エリカは整備を終えたリュミエールの隣に立ち、オフェリアやレオンと笑い合う。空はオレンジ色に染まり、草の香りがかすかに漂ってくる。
「変わるもんだろ、戦いの後には再生がある。誰がこんな展開を予想したかは分からないが、俺も悪くないと思うぜ」
レオンは風に当たりながら肩を回す。「それに地上を捨てていたクレイドルの連中も、ライオンハートのおかげで戻り始めているって話だ。ローゼンタールとラインアークが共同で安全地帯を提供するプランも出しているらしい」
オフェリアは静かに微笑んで、「完全管理を掲げたイグナーツが退き、ローゼンタールが『未来を創る管理』を目指すようになったからこそ、人々が戻る気になるんでしょうね。機械も人も、どっちかを排除するんじゃなくて、みんなで使いこなそうっていう」と言葉を繋ぐ。
エリカが頷く。「私も母さんの働きぶりに驚いてるの。昔は企業の打算優先だったのに、いまは地上のことを第一に考えてる。ま、父さんの存在が大きいんだろうけど……」
レオンは苦笑し、「そうかもな。でも、それだけじゃない。あいつ自身も企業の矜持を保ちながら、戦争で変わったんだろう。エリカ、お前もそうだが……俺も、みんなが少しずつ変わったからこそ、ここまで来られたんだよ」と優しい声で続ける。
その言葉にエリカは照れくさそうに微笑む。オフェリアも視線を遠くへ向け、「私もAIとして進化する意味を見つけられた気がするの。戦争に勝つためじゃなくて、人々の未来を育てるために使われるのが、本当の進化なんだって」と語る。
夕方も終わりに近づいたころ、拠点のアラームが短く響く。司令室から通信が入り、ローゼンタール警備隊の兵士が急報を伝えてくる。「エリカ様、レオン殿! 近くの集落で武装勢力が嫌がらせ行為を始めているとの報が入りました。多分、イグナーツ派の残党かもしれません」
エリカが緊迫した表情を浮かべ、「場所はどこ?」と端末を確認する。「くっ……せっかくの夕暮れ時にまた残党狩りか。放っておけばライオンハートの施設を壊しかねないし、民間人を巻き込む危険があるわ」
「行くしかないな……」
レオンは背筋を伸ばし、準備中だったリュミエールへ駆け寄る。「戦争は終わったが、こういう小競り合いが残ってる以上、使い道はあるさ。エリカ、お前の部隊もフォローしてくれ」
エリカが頷く。「了解! わたしは装甲車を先遣隊に出す。あなたはネクストで後方から追って。……父さん、無理は厳禁だからね」
レオンはニヤリと笑い、「ああ、分かってる。もうアポカリプス・ナイト相手に死闘するわけじゃない。せいぜい、少数ゲリラを追い払う程度で済むだろう」と操縦桿を握る。
オフェリアもこの動きを察知して、電子戦用の携行端末を抱え走ってくる。「わたしも行くわ。あの残党が持っている昔のドローンや武装が、どこかから流れたものだとしたら、電波妨害で止められるかもしれない」
ネクスト「リュミエール」の発進
リュミエールがブースターを点火し、低い爆音を立てながらハンガーを後にする。いまは兵装を大きく削減しているが、最低限の射撃モジュールと護身用ブレードは搭載してある。
「こちらレオン。リュミエール、これより出動する」
通信の先でエリカが「あまり先行しすぎないで。位置情報を共有しつつ、一気に包囲するわ」と指示を伝える。
「了解。オフェリア、お前の後方支援も頼むぞ」
「ええ。周辺のレーダーにアクセスして、敵の動きを把握するから、わたしの指示で動いて」
リュミエールのブースターが更に唸り、荒野の上空を低く飛翔する。夕焼けが暗い紺色に変わる直前の時間帯。かつて悲鳴と爆音が響いたこの地を、いまネクストが「警護任務」で飛び立つのだから、戦争直後の世界としては感慨深いものがある。
レオンはコクピットのディスプレイを睨みつつ、機体にかかる負荷を最小限にとどめるよう気を配る。戦闘用フルパワーを出せばAMSストレスが身体に襲いかかるが、そこまで激しい戦いにはならない……そう信じていた。
到着したのはクレーター状の荒地にポツンと建つ集落。廃材を組み合わせたバリケードの向こうに、数人の武装兵が威嚇射撃している。村人たちが震えながら物陰に隠れているのが遠目に見え、車両の灯りが瞬き合う。
「くそ……こういう連中がまだいるとは」
レオンが唇を噛みながら高度を下げる。リュミエールのセンサーが5〜6人の武装を捉えた。小型の火器や旧式ドローンを持っているが、大規模兵器は確認されない。いずれにせよ、放っておけばライオンハートの施設破壊や住民への危害があり得る。
直後、遠方から装甲車の群れが駆けつける。エリカの部隊だ。無線が入り、「こっちは装甲車で集落の反対側を囲むわ。あなたはネクストで正面から牽制してちょうだい。なるべく説得が優先――無駄なら排除する」
「了解。じゃあ軽く脅かす程度で……」
レオンはブースターを中速に切り替え、高空からゆっくり舞い降りる形で現れる。暗い空に機体のシルエットが映り、武装勢力が焦ったようにバリケード後ろへ隠れるのが見えた。
「ばっ、バカな……ネクストだと!? そんな……もう終わったはずの戦争じゃないのか」
聞こえる声は混乱混じり。しかし矢継ぎ早に数発の弾がリュミエールに向けて放たれるも、機体の装甲にかすり傷程度で終わる。レオンはあえて攻撃し返さず、スピーカーで呼びかける。
「やめろ、抵抗しても意味がない! これ以上暴れれば、こちらも手加減できなくなるぞ」
一方でオフェリアが電波妨害を開始し、旧式ドローンが制御不能に陥り、地面へバタバタと墜落する。「ドローンを封じたわ。あとは話が通じればいいんだけど……」
しかし、怯(ひる)んだ武装勢力の一部がやけになって突撃を図る。安価なロケットランチャーを乱射し、破片が飛び散る。「くっ……やむを得んか」
レオンは忌々しそうに舌打ちしつつ、リュミエールの機体腕部を反転。過剰に殺傷することなく、最小出力のビームを地表に撃ち込み、威嚇弾幕を張る。轟音に驚いた敵が次々と地面に伏せ、戦意を失う者や遁走(とんそう)する者が大半となる。
そのタイミングでエリカ隊の装甲車がジリジリと近づき、拡声器から降伏を促す。「これ以上の戦闘行為は一切認めない! 武器を捨てて手を挙げろ。さもなくば、わたしの部隊が制圧する!」
少数の残党が最後の抵抗を試みるが、オフェリアの精確な電子妨害と車両の囲みで成す術なく拘束される。彼らは口々に「企業から見捨てられた」「イグナーツが唯一の理想だった」と喚くが、結局、現実を突きつけられ膝をついた。
こうして短い交戦はあっけなく終わり、住民は大きな被害を免れた。リュミエールも大きな損傷はなく、任務を果たした形となる。
「エリカ、オフェリア、助かった。こいつらがイグナーツの名を出すなら、やはり残党かね? もう何度繰り返すんだか……」
レオンがコクピット越しに声をかけると、エリカの通信が返る。「どうやらそうみたい。過激派の武器商人経由で武装してるんでしょう。根絶やしにするのはやりたくないけど、放置も危険ね」
オフェリアは分析端末を確認して言葉を重ねる。「発信履歴がある程度取れたわ。この連中、汚染地帯を避けながらゲリラ行為を続けていた形跡がある。わたしが解析を進めるから、そっちで拘束して情報を聞き出して」
「了解だ」
夕日の名残が沈みきる前に、装甲車が残党の武器を回収し、民間人を保護する。リュミエールは念のためしばらく空を旋回して警戒に当たったあと、やがて拠点へ帰投命令が下される。短い戦闘だったが、これも“戦後の日常”というべきかもしれない。
夜半、状況が落ち着いたところでレオンたちは集落から近いライオンハート試験区を訪れ、巡回に来ていたカトリーヌと落ち合う。彼女は騎士たちを連れて現地を視察していたようで、工事用の照明が照らす中、仮設テントで何枚もの書類に目を通している。
「お疲れさま、あなたたち。どうだったの? 武装勢力は簡単に退散してくれた?」
カトリーヌが振り向き、少し安堵の色を浮かべる。エリカが報告する。「ええ、そんなに手強くありませんでした。父さんのリュミエールとわたしの装甲車部隊で挟み撃ちにして、短時間で制圧した形。もう戦争にはならないと思います」
「それならよかったわ。ゲリラが暴れてライオンハートの施設を破壊したら……大変だもの」
「まったくだ」
レオンは渋い顔で腕を組む。「戦いが完全に終わったわけじゃないが、少なくともイグナーツのような“全面管理”を叫ぶ強敵はいない。小競り合いはなんとか抑えこみながら、この土地を再生していけばいいんだろう」
オフェリアが端末を見つめたまま話す。「解析したところ、こうした襲撃は点在しているけど、どこも継続性に乏しい。彼らは大義を失い、物資や兵力も限界みたい。……いずれ消えていくでしょうし、わたしたちが保護するなり裁くなりして、被害を最小限にできますね」
カトリーヌは頷き、「そうね。ラインアークも協力してくれるはず。あと数ヶ月もすれば、大規模な再興計画が本格始動するわ。クレイドルに避難していた人たちを地上に戻すプランと合わせて、ローゼンタールとしてもかなりの投資をする予定よ」
「だいぶ進んだな……あの戦争のあとから考えると、本当に別世界だ」
レオンは試験区を照らすライトの先、遠くに見える緑の帯を目にしてしみじみとつぶやく。かつては焦土しかなかった場所にライオンハートの力で芽生えた植物が風に揺らいでいる。若葉の中には小さな花が咲いているものもあり、それが灯りに照らされ神秘的に映っていた。
「母さん、この計画書、わたしも少し読ませてもらったけど……相当大きな規模ね。企業の利害だけじゃなく、地上に戻ってきた人たちの自治も取り入れる気なんでしょ?」
エリカはカトリーヌに問いかける。計画書には、各地域に独立した自治体を作り、ローゼンタールやラインアークが資金援助・防衛・AIインフラ整備などをサポートする構想が書かれている。クレイドルから降りてくる人、昔から地上に住んでいた人、そして戦争孤児までも受け入れる仕組みを作るのだという。
カトリーヌは笑みを浮かべ、「ええ。わたし個人の考えだけではなく、ラインアークやいくつかの企業に賛同を得てるわ。もちろん、まだ反対する企業もあるけど、イグナーツの惨劇を見たあとじゃ、強硬に拒否できる人は少ないわね。これ以上の戦争は好まれないし、“再興”こそビジネスになるというのが最大の理由でもあるけれど」
レオンは腕を組んで「……ビジネスでもいいさ。結果的に地上の人たちが救われるなら、それで構わない」と割り切ったように言う。
オフェリアも同調する。「そう。大切なのは“どちらも大切”という価値が浸透すること。ビジネスだろうと人道支援だろうと、結局は人間とAIが協力すれば戦争ではなく復興を選べる。……その道を作るのが、いまのわたしたちの役目よね」
その言葉にエリカやカトリーヌもうなずき合い、微笑みを交わす。かつては敵対していた者もいる彼らが、いまは家族や仲間として同じビジョンを抱く姿こそ、新しい世界の象徴だった。
「さて、わたしはこれからラインアークの代表、フィオナとの会合があるから、先に拠点へ戻るわ。あなたたちはここに泊まってもいいし、また合流してもいいわよ」
カトリーヌがテントの外を指し示し、車の音が近づく。「護衛隊はつけるし、何かあればすぐ連絡してちょうだい。……そうそう、あまり無茶をしないでね?」
最後の一言はレオンとエリカを見やりながら付け加えられ、二人は顔を見合わせて苦笑する。「分かってるって」「大丈夫だよ、母さん」。まるで普通の家族のようなやりとりに、部下たちも微笑んでいた。
夜が更け、キャンプファイヤーのように灯りを囲んだ小さな野外スペースで、エリカとオフェリア、そしてレオンが腰を下ろしていた。周囲は兵士や研究員が各々の仕事を終えて雑談しており、静かな笑い声が風に乗って聞こえてくる。
エリカが火を見つめながら、「父さんとわたしが殴り合ったあの激戦……ホントに遠い昔みたい。わたしはアームズ・フォートであなたを追い詰めてた。あのときの記憶は正直、あまり思い出したくないけど、終わってよかった」と呟く。
レオンは肩をすくめ、「そうだな。あんときはお前のアームズ・フォート攻撃が本気で命を削りに来てたし、俺もヴァルザード(当時のネクスト名)で本気で相打ち覚悟だったからな。けど、そういう過去があるから、いまはこうやって一緒にいられる。変なもんだ」
オフェリアは調整用のモニターを閉じ、「わたしも当時はAI補助としてレオンを守ることだけが全てだった。いまはこうしてエリカとも戦友というか姉妹みたいに話せるから、不思議な感覚だわ」と微笑む。
火の揺らめきが三人の表情を照らし、それぞれが静かに想いをめぐらせる。続くセリフはないが、彼らの胸には「もう絶対に戻りたくない過去」と「いまこの温かい瞬間を大事にしたい」という気持ちが混ざり合っていた。
翌朝、まだ薄暗いなかでレオンは早くに目を覚まし、リュミエールのそばへ向かった。機体は朝露と埃(ほこり)にまみれ、昨日の小競り合いで生じた微かな傷が外装に残っている。
「お前も大変だよな……戦うだけがネクストの役目じゃなくなった。俺たちも昔はそう思ってたけどよ」
誰にともなく呟くその背後に、足音が近づく。「父さん?」
声の主はエリカ。どうやら彼女も早起きらしい。スカーフを巻いて風をしのぎながら、「またリュミエールの前で悩んでるの?」と軽く笑う。
「悩むってほどでもない。こいつと一緒に地上を変えたいってだけさ。……ほら、戦闘用武装を下ろしてライオンハート散布用の機材を積み替える予定だろ?」
「そうね。戦闘用の大出力デバイスが必要ないなら、その分の余剰をナノマシン展開システムに回す。あなたはまだ身体が完璧じゃないから、AMSで激しい動きをしなくても運搬や散布だけなら大丈夫なはず」
エリカは力強く頷く。「ほんとに、未来は変わったわね。昔はアームズ・フォートでどれだけネクストを撃破できるかってことに夢中だったのに、いまはネクストを使ってどれだけ緑を増やせるかを競うなんて」
レオンは少し照れながら、「そうだな。俺も『どちらも大切だ』なんて言葉、一昔前の自分に聞かせたら爆笑されたかもしれん」と自嘲気味に笑う。「でも、これでいいんだよ。戦争でしか活躍の場がなかったネクストが、平和に役立つ道がある。これは誇るべきことだと思う」
エリカが微笑む。「うん。わたしも再来週あたりにオフェリアと一緒に大規模散布をやる予定。母さんがローゼンタールから設備を持ってくるし、ラインアークもドローンを送るってさ」
「そりゃ賑やかになりそうだな。……よし、それまでに俺も体力を戻しておかないとな」
そう言ってレオンは踵を返し、「じゃあ朝飯の前にひと風呂浴びるか」と呟く。エリカも「わたしは部下に指示を出してくる。父さん、またあとでね」と挨拶を交わし、それぞれの仕事へ向かう。
空は晴れて、東の地平線がうっすらと金色に染まっていく。かつて焼け尽くされ、コジマ汚染に苦しんだ土地がゆっくりと回復する姿は、多くの人にとって想像を絶する希望だ。
ライオンハートは完成にはまだ遠いが、ナノマシンと人間の労力、そしてAIの管理能力が融合すれば、荒野を蘇らせることは単なる夢ではなくなる。「戦後と新たなる道」は、すでに具体的な形となって進行していた。
オフェリアは端末を片手に、集落や施設のネットワークを順次スキャンしていく。従来の電子戦技術を転用し、地上ネットワークの整備や安全管理を行うのが彼女の新たな任務だ。これまで戦争のために使っていた特殊スキルを、いまは人々の生活を支える方向へ活用している。
「完璧とは言えないけど、みんなが少しずつ前に進もうとしている。……イグナーツがまだ拘束状態であることを思えば、いつ再燃するか分からない不安もあるけど」
オフェリアは、独りごちるようにつぶやいて微笑む。「でも、わたしはAIとして、人間を信じてみたい。レオンやエリカが導いてくれた道を、もっと大きくしたいから」
彼女の視線の先では、雑草を踏みながら笑い合う子どもと母親が見える。いくつかの瓦礫をスコップで避け、そこに種を撒(ま)こうとしている姿は、ほんの些細な行動かもしれない。しかし、それが戦争のない世界の最初の種まきに違いなかった。
ローゼンタールとラインアークが中心となり、地上復興事業を拡大し、クレイドルから降りてくる住民を受け入れる。ゲリラ残党や企業の反対派を抑え込みながら、ライオンハートで汚染地域を浄化する。その一連の流れは、かつての「企業戦争」時代とは真逆の潮流だ。
かつてはエリカとレオンが戦い、オフェリアがAIとして覚醒し、カトリーヌが企業の打算で動いていた。イグナーツが完全管理を掲げ、世界を覆い尽くそうとした。いま、そうした因縁を超えて共通のゴールへ向かう道ができたのは、戦争が残した唯一の幸いかもしれない。
「これが、わたしたちの新しい道――ライオンハートの未来なんだね」
エリカは試験区の仮設キャンプで地図を広げ、オフェリアに語りかける。「辺境地域をまず緑化して、安全が確保できたら人を呼び戻す。そこに物流や自治組織が根付けば、もう“荒野”じゃなくなる。再びアームズ・フォートやアレスの侵攻を許さない街を築けるかもしれない」
オフェリアも地図を見ながら、「わたしが電子戦で旧式ドローンや残党の拠点を探り続けるから、それをエリカの部隊やローゼンタールの騎士が排除していく。レオンはネクストの運搬力でライオンハート散布装置を大きく拡大できる。――それぞれが得意分野を活かせば、何年か後には見違えるようになるかも」
力強く前を見据える二人の姿は、まさに“人間とAIの共生”を象徴していた。一方、拠点の外ではレオンがメカニックとともに新型スキャナーをネクストへ搭載する工事を進めている。あの孤高のリンクスが、いまや復興のために汗を流す姿は見る者すべてに驚きと希望を与えている。
地上には、まだ黒く焦げた瓦礫やコジマ汚染の爪痕が残る場所が多い。それでも、ライオンハートの技術やみんなの意志が、確実に新しい緑を根付かせている。イグナーツが掲げた“完全管理”の幻影は後を引き、残党が散発的に暴れる問題もあるが、それを乗り越える力を人とAIは手に入れたのだ。
戦争の後、絶望的に思えた荒野がこうして変わりはじめている。メカニカルな力も、人間の温かさも、どちらも大切だからこそ、多くのキャラクターが手を取り合って前へ進む。「戦争から再生へ」という目標を共有できたことは、あの苦しい戦いがもたらした最大の収穫かもしれない。
炎のような夕焼け空ではなく、柔らかな朝焼けが地平線から差し込み、瓦礫の隙間に咲く緑を黄金色に照らす。エリカやオフェリア、レオン、カトリーヌ、そして多くの仲間たちは、もう破壊に怯えることなく、緑あふれる地上を創り上げていくために足並みを揃え始めていた。
それは、果てしなく長い道程かもしれない。だが、ネクストもAIも、そして人間の意志も、すべてが合わされば夢ではない。かつて戦火の象徴だったメカは今、ライオンハートの運搬や安全保障に欠かせない力となり、エリカやオフェリアはそこに情と論理のバランスを見いだす。
「どっちも大切だ」という合言葉を胸に、彼らは再び歩み出す。戦後の混乱など問題にならないほど大きな希望が、そこに芽生えているからだ。次はどんな試練が待ち受けようとも、もう一人きりで戦う必要はない。家族や仲間、AIと人、すべてが繋がって支え合う世界が、ゆっくりとではあるが始まろうとしていた。