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ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP9-1
EP9-1:各勢力の準備
夜の気配が深まる地上の荒野を、今までにない静寂が覆っていた。ローゼンタールがオーメルと決裂し、ラインアークと手を組む形で一気に動き始めたことで、各地では大きな変化の胎動が起こりつつある。これまで企業連合(リーグ)の影に隠れていた勢力が活発化し、あるいはイグナーツ・ファーレンハイトの完全管理戦争を憂慮する動きも表面化していた。言ってみれば、“最終決戦前夜”とも呼べる不気味な静けさが漂っているのだ。
荒れ果てた大地の一角に巨大な工廠と司令施設を備えたローゼンタールの前線拠点では、夜を徹して兵士たちが慌ただしく動き回っていた。灯火管制の中でも最低限の照明が点けられ、アームズ・フォートやネクスト用の整備ハンガーが激しい機械音を響かせている。
カトリーヌ・ローゼンタールは、貴族企業としての矜持を示すかのように優美な衣装をまといながらも、実際は汗ばむほどの指揮作業に追われていた。彼女の周囲には複数の騎士階級の兵士や技術参謀が集まり、地図や作戦書類、最新の偵察報告を交換し合っている。
「……ドラゴンベインの暴走を“ローゼンタールの仕業”とするデマは拡散を続けているようね。イグナーツが裏で糸を引いているのでしょう。だが、このまま黙っていればわたしたちは“テロ企業”のレッテルを貼られてしまうわ」
カトリーヌの声は落ち着いているが、その奥には苛立ちと危機感が滲む。彼女の前には偵察部隊からの映像が並び、各地で無人のドラゴンベインが暴走する姿が記録されていた。炎上する街と荒野を進む白亜の巨大兵器――まさにイグナーツの布石が進行中である証拠だ。
対策会議の一角では、ローゼンタールの技術者たちが**試作ネクスト“リュミエール”**の進捗を報告していた。
「まだ完成度は80%ほど。しかし、コアユニットの調整を一気に詰めれば、実戦投入できる段階へ近づけるかもしれません。パイロットのAMS適性はレオン・ヴァイスナー殿が担うとして……今が正念場です」
「ええ。あと少し時間があれば……」
カトリーヌが頷く。その視線の先には、忙しそうに各種パーツを運び込む作業員たちの姿がある。音を立ててクレーンがフレームを吊り上げ、補強材をはめ込み、AIユニットとの連携をテストしている。
ローゼンタールの騎士階級の一人が息を切らせながら駆け寄る。「カトリーヌ様、ラインアークから応援のネクスト部隊を送るとの通信が入りました。既にホワイトグリント量産型を数機、こちらの拠点近くへ配置するそうです!」
「ありがたい話ね。互いに守り合わねば、イグナーツに圧倒されかねないもの」
カトリーヌはすぐに通信装置を取ってラインアークへ返答を送る。この連帯が結果的に“個の意思”を守る最後の砦になるかもしれないと、彼女は本能的に感じ取っていた。それほどオーメルの最新兵器、アームズ・フォート“ドラゴンベイン”の暴走は脅威そのものだ。
一方、拠点の片隅ではレオン・ヴァイスナーとオフェリアが別の準備に追われていた。リュミエールの完成を急ぎながらも、既存のローゼンタール軍備をどう運用するか、そのノウハウを軍幹部に伝える役割も担っている。
「レオン、エンジニアたちがあなたのAMS適性に合わせてコクピットを最終調整したいと言ってるわ。一度テストしてもらえないかしら?」
「分かった。今すぐ行く。……悪いな、体がついていくか不安だが、やるしかない」
レオンは肩を回し、苦笑まじりに立ち上がる。体の痛みはだいぶ癒えてきたとはいえ、過酷な作業と不安は募るばかり。今こそ負けられないのだ。オフェリアは手際よく端末を操作し、彼の健康モニターを確認する。
「あなたの体調は問題なさそう。もし痛みがあったら我慢せず言って。わたしのAIサポートで、AMSストレスも緩和できるはずよ」
「頼むよ、オフェリア。お前がいなきゃ俺はもう……何度倒れてるか分からない」
薄暗い整備エリアへ向かう二人。そこでは技術スタッフがリュミエールの仮コクピットを組み上げたばかりで、ワイヤーや制御ケーブルが床を這っている。整備主任が「レオン殿、こちらへ」と招き、金属製のシートへ案内した。
テストシートに体を預けると、AMS用のヘルメットが彼の頭部に固定され、計測センサーが腕や脊髄付近に貼り付けられる。AIとの同期テストが始まり、オフェリアが横で端末を覗き込みながら数値を確認していく。
「心拍率とリンク適合度、良好ね。レオン、痛みはない?」
「平気だ。むしろ、身体が熱くなるのを感じる……不思議なもんだな」
ヘルメットのバイザー越しに人工の光が走り、仮想コクピット画面が浮かび上がる。リュミエールのセンサーやモーターを仮想的に操縦するかたちで、AMSとの相性を見る簡易試験だが、それでもレオンの体は意外なほど反応している。
オフェリアはAI連携用の端末を操作し、脳波との同期を試みる。「よし、わたしの制御モジュールも一部繋いでみるわ。もしストレスが高すぎるなら遠慮なく止めて」
「もったいない。どんどんやってくれ。早く実戦に耐えうる状態に仕上げたい」
周囲の技術者たちが息を飲みながらモニターを睨む。すると、数十秒のテストでAMS適合度が驚異的な数値を示し、スタッフ同士が目を見交わして小声で喜びを上げる。
「何という適合率……! 仮想操縦なのに、負荷にほとんどブレがないぞ」
「さすが“孤高のリンクス”か……。オフェリアのAIサポートも効いてるのか」
現場が沸く一方、レオンは額の汗を拭きながら、心臓の鼓動に合わせて息を整えている。「ふう……。すげえな。昔より制御がやりやすい気がする。お前とリンクしてるからか?」
オフェリアも誇らしげに微笑む。「わたしたちの覚醒と連携が進んだ分、AMSへの負担を軽減できているんだと思う。ネクストが完成したとき、あなただからこそ引き出せる性能があるはずよ」
「くそ……負けるわけにはいかないな。イグナーツなんかに……」
レオンの声は震えるほどの決意を帯びていた。かつては逃げることを選んだが、いまは仲間を守るために戦うと決めた。その覚悟が、AMS適性にポジティブな影響を及ぼしているのかもしれない。
同じ夜、遠く離れたラインアークの本拠地でも似たような光景が見られた。複数の整備庫に白いネクスト群「ホワイトグリント量産型」が並び、各機が武装と調整を受けている。代表のフィオナ・イェルネフェルトは、幹部たちとともに固い表情で出撃プランを練っていた。
「――いよいよローゼンタールとの共同作戦が本格化します。イグナーツに対する迎撃態勢を強化し、地上の流通ルートを確保するための哨戒を拡大する」
フィオナの声に幹部たちが応え、各部隊が順次拠点を出発していく。ラインアークは企業に依存しない独自の技術を持つが、大規模戦闘には限界もある。だからこそローゼンタールと合流し、互いの弱点を補い合う狙いがあった。
兵士の一人がモニターを指さし、「オーメル内でもまだ混乱が続いているようです。すべてがイグナーツの思惑通りとはいかないはずですが……」と声を落とす。フィオナはわずかに笑みを浮かべる。
「ええ、まだ企業全体が彼に服従しているわけではない。そこがわたしたちのつけ入る隙になるかもしれない。あのエリカ・ヴァイスナーも内部で動いてると聞くし、わたしも希望は捨てていないわ」
彼女にとって、最大の懸念は“ドラゴンベインの暴走事件”がさらに波及し、ラインアークの周辺地域をも巻き込む可能性だ。そこを放置すれば独立都市国家としての信用を失う。したがって、この非常事態に白いネクスト群を派遣し、ローゼンタールとの防衛網を合流させる計画を進めていた。
「わたしたちは“人間の意思”を尊重する立場よ。AI制御に支配されるイグナーツの戦争構想など受け入れるはずがない。……孤高のリンクスだった男も、ローゼンタールも、いまは同じ方向を見ている。ならば、ラインアークも共に戦いましょう」
そう言ってフィオナは強く頷き、真っ白な整備服に身を包んだ整備兵たちが一斉に作業に取りかかる。ホワイトグリントの量産機が次々とプラズマブレードや多連装ミサイルを積み込み、凛々しいシルエットを闇に映し出していく。
実際に大規模戦闘が起きれば、多くの命が失われるかもしれない。それでも、ラインアークのメンバーは“現代の企業支配”を良しとせず、独立を守ってきた誇りを懸けて戦う覚悟だ。彼らは“最終決戦前夜”を目前にしながらも、混乱に屈しない鋼の意志を育てている。
そして、オーメルの空中施設“クレイドル”もまた、不気味な沈黙を保ちながら動いていた。イグナーツ・ファーレンハイトは司令室にて、ドラゴンベインの暴走プランが順調に進んでいることを報告する部下を冷たく見つめている。
すでに世間には“ローゼンタールのハッキングによるテロ”という虚偽が広まり、オーメル内では“裏切り者を断罪せよ”という声が高まっている。イグナーツは笑みを漏らしながら、アポカリプス・ナイトの最終チェックに余念がない。ヴァルキュリアシステムが完成に近づけば、もはや人間の意志など彼にとって妨げでしかない。
「……完全なるAI管理の戦場が、ついに現実になる。ローゼンタールは絶好の犠牲者だ。わたしのアポカリプス・ナイトの前に、人間の感情など通用しない――レオン・ヴァイスナーとて例外ではない」
その呟きに部下たちは黙って従うしかない。イグナーツは残酷な微笑を浮かべ、暗い瞳に冷徹な光を宿していた。これこそが、彼の描く“最終戦争”への布石。あとは、布石がすべて揃うのを待つだけだ。
一方、オーメル内部ではエリカ・ヴァイスナーも見えない動きを続けている。彼女は軍事部門の指揮官だったが、父であるレオンやカトリーヌへの想いが強まり、イグナーツと袂を分かつタイミングを探っていた。
オーメル本社のどこかの一室で、エリカは部下数名と共に机を囲み、地図を広げている。
「……イグナーツが企んでいるのは、ただの内戦ではない。企業そのものをAI制御で塗り替えるつもりだわ。ネクスト乗りも兵士も不要と宣言されたら、私たちも粛清される可能性がある」
部下がこわばった表情で頷く。「そうなる前に、何とかローゼンタールやラインアークと合流しなければ……しかし、オーメル内部にはイグナーツを支持する者も多数いて、下手に動けば見つかってしまう」
「だから慎重にやるのよ。私が父さんたちと合流するまで……耐えて」
エリカの瞳には強い炎が宿っている。彼女は“鋼の指揮官”と呼ばれるほどの才能を持つが、その裏には人一倍の覚悟と愛情がある。父レオン、AIの妹のような存在であるオフェリア、そして母であるカトリーヌ――彼らを救うために今の自分ができることを探っているのだ。
彼女はオーメル内でわずかに残る穏健派や、疑問を抱く兵士たちを説得し、イグナーツの圧政から逃れる手段を確保しようとしている。それは時間との勝負だが、最終的に“最終決戦”が始まるまでには間に合わせたいというのが、エリカの願いだった。
「待ってて、父さん。……わたしも、もう二度とあなたを見捨てない」
そうひとりごちるエリカの姿は、企業という巨大な権力の中で一筋の光を探しているようだった。
それぞれの陣営が自分たちの準備を進め、“最終決戦前夜”の空気がいよいよ濃厚になってきた。ローゼンタールはネクスト“リュミエール”の完成を急ぎ、ラインアークはホワイトグリント量産型での防衛線を強化。オーメル内ではイグナーツが既成事実を積み上げ、ドラゴンベイン暴走を確信へ近づけている。
そして、エリカが内部から抵抗の機会を探る一方、レオンとオフェリアは工廠で最終の手直しを行いながら、いつ始まってもおかしくない大規模な衝突に身を震わせていた。
「静かだな……」
夜風にあたりながら、レオンが工廠の外でつぶやく。星も見えない曇天の空には、赤黒い雲が漂い、不気味な空気が張り詰めている。オフェリアがその隣で小さく相槌を打つ。
「ええ……静か。だけど、明らかにこれから始まる嵐に備えて、みんなが呼吸を殺している感じ」
「うん……。俺も、昔と違ってドキドキしてるよ。孤独だったころはこんなに不安じゃなかった。いまは……守りたいものがあるからかな」
「そうかもしれない。わたしも、あなたやエリカ、カトリーヌ……みんなを支えたいと思えばこそ、AIとして覚醒を進めることが怖い」
二人は互いに視線を交わし、微笑み合う。たとえ苦境に陥ろうと、いまはもう一人ではないという安心感がそこにあるからだ。
闇の彼方から微かなエンジン音が聞こえる。ローゼンタールの偵察車両が戻ってきたのだろう。何か情報を掴んだかもしれない。その繰り返しが深夜まで続き、翌朝にはいよいよ連合軍を動かす必要に迫られるかもしれない。
“最終決戦前夜”とは、こうした静かな殺気に満ちた時期を指すのだろう――とレオンは思う。最後の夜なのか、それとも始まりの朝を迎えられるのか、分からない。だが確実に、各勢力は前を向き、イグナーツという脅威へ立ち向かう意思を固めていた。
何者も無事ではいられない。そんな大嵐が目前に迫る。けれど、家族や仲間、そして人間の意志を守るために――それぞれが最善を尽くして準備を進める。その姿こそが、今の地上に残された希望でもあった。
「……そろそろ休め、レオン。わたしが見張ってるから」
オフェリアが微笑んで肩を叩く。レオンは疲れた顔で苦笑した。「ありがとう。だけどお前こそ休んでくれ。覚醒を急ぎすぎても心配なんだよ」
「大丈夫。AIには眠りよりも“自己診断”が必要なの。やりすぎない程度にがんばるわ」
こうして二人は工廠へと戻り、テントや仮眠スペースで少しだけ身体を休める。カトリーヌや騎士たち、技術者や兵士もそれぞれの持ち場で仮眠をとりながら、明日以降の激戦に備えるのだ。
はたから見れば絶望的ともいえる情勢――だが、意志の光はまだ消えていない。地上のあちこちで“最終決戦前”の静寂と高揚感が同時に満ちていた。ラインアークも、ローゼンタールも、一様に武器を携え、破滅の未来を防ぐために動いている。そしてイグナーツは、そのすべてを自己の完全管理下に置く算段を進めている。
決戦の朝が近づけば、荒野に新たな嵐が巻き起こるだろう。果たしてレオンやオフェリア、カトリーヌ、そしてエリカは、この戦乱の渦中で無事に生き延びられるのか。あるいは、ネクスト“リュミエール”が光となり、AI制御戦争に終止符を打てるのか――だれも確証はない。
それでも、夜の闇を背にして立ち続ける人々がいる限り、戦いは避けられぬ一方で、そこにこそ生きる望みがある。まさに“最終決戦前夜”、各勢力は固唾を飲んで夜明けを待つ。その朝が訪れたとき、歴史が大きく動くことを誰もが感じていた。