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ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP10-1

EP10-1:大規模戦闘の幕開け

荒野の空がかすかに白み始めたころ、沈黙をぶち破るように大量のブースター音が響きわたった。それはローゼンタール前線拠点の外周で待機していたアームズ・フォートとネクストの部隊が、一斉に移動を開始した合図だった。前夜から続く緊張を経て、ついに“AI対人間”の大規模戦闘が幕を開ける。これまで散発的に火花を散らしてきた戦いとは比べものにならない規模の衝突——まさに、この瞬間をもって地上の運命が大きく変わろうとしている。

未完成のままだが実戦投入を決断したネクスト“リュミエール”のコクピットで、レオン・ヴァイスナーはシートに深く身を沈めていた。暗いキャノピーの奥に、機体起動用のディスプレイが何重にも立ち上がり、仮想HUDとAMSインジケーターが複雑な光を放っている。そこに刻まれる数値は決して安全圏ではない。フレームや制御系がまだ万全ではなく、限界近い負荷がかかる恐れがあるのだ。

「レオン、聞こえる? こちらオフェリア。あなたのリアルタイム脳波をモニター中。少し緊張値が高いけど……大丈夫?」

ヘルメット越しの通信から、静かな彼女の声が届く。レオンは眉根を寄せてから、小さく笑いを含んだ返事をした。

「そりゃ緊張もするさ……こんな急ごしらえのネクストに乗って、いきなり大規模戦闘に突っ込むんだからな。けど、お前のサポートがあれば問題ないはず。正直、身体はややこわばってるが……逃げるつもりはない」

通信画面の端には、オフェリアが搭載された別ユニットの映像が表示されている。彼女は人型の小型メカに乗り込み、電子戦とサポートに専念する形になっていた。人間サイズの“ミニネクスト”とも呼ぶべき機体であり、そこからハッキングや索敵、レオンとの連携を担うというわけだ。

「あなたとわたしで“覚醒の連携”を確かめたばかり。きっとこの戦場でこそ、本当に役に立つ。……くれぐれも無茶はしないで」

「言われなくても分かってる。でも勝つためにはギリギリまで力を引き出さなきゃ、イグナーツには通用しないだろう。俺はお前を、そして家族を守り抜くためにここへいる。そうだろ?」

「ええ、共に生きて帰りましょう」

そう言葉を交わし、二人は最後のブースターチェックに入る。コアユニットから鳴り響く低周波が耳を打ち、操縦桿に伝わる振動でさえ熱を帯びているように感じられる。一度でも踏み間違えれば機体が制御不能に陥る可能性は高い——だが、それを恐れて後退できる状況ではなかった。

指令ラインからはローゼンタールの当主代理であるカトリーヌ・ローゼンタールの声が届く。

「こちらカトリーヌ。ラインアークのホワイトグリント部隊が先行してドラゴンベインの暴走を食い止めに向かったわ。わたしたちもアームズ・フォートを主体とした本隊を進めて、一挙に駆逐する。レオン、あなたは“リュミエール”で被害の大きい地域の救援に回ってちょうだい」

艶やかな声のなかに、張り詰めた覚悟が感じられる。ローゼンタールを“テロリスト”に仕立てようというイグナーツの策略に対抗するため、まずはドラゴンベインを鎮圧し、無実を証明しなければならない。そしてアポカリプス・ナイトの脅威から人々を守り抜くためにも、ここで一歩も引けない。

「了解した。機体の整備はだいたい完了、出撃する」

レオンの声に重なるように、指揮官からクリアランスの指示が出される。格納庫のシャッターがゆっくりと開き、外の朝焼けが射し込んできた。工廠の中に満ちる光とともに、“リュミエール”が銀白色のボディを揺らしながら起動ブースへ足を運ぶ。まだ仮設の外装で凹凸も多いが、そのフォルムにはネクスト特有の威厳が宿っている。

「はああっ……やってやるさ」

レオンは意を決してブースターを動かし、低く火を噴かせる。その振動に整備兵がたじろぐほどの出力が発生し、機体がごうんという轟音とともに地面を軽く離れた。若干姿勢が乱れるが、彼のAMSとAI連携がすぐに修正し、重心が安定する。

「レオン殿、オフェリア殿、幸運を……!」

技術者たちが声を張り上げるのを背に、リュミエールは滑走路をゆっくりと移動し始める。隣を行くのはローゼンタールのアームズ・フォート群だ。多脚型や重装甲型が何機も並び、まるで小さな移動要塞のように動いていく。ローゼンタールの騎士たちがそれに乗り込み、“貴族の誇り”を象徴する旗を掲げていた。

「きっとこの作戦に勝てば、わたしたちがテロ犯ではない証明にもなる。頑張りましょう」

オフェリアが通信で声をかけ、レオンは密かに笑う。「何をいまさら。家族を守るためなら、なんだってやるさ」

そう、これはドラゴンベインの暴走鎮圧作戦。イグナーツが仕掛けた偽情報を覆し、大衆の前で“ローゼンタールの正統性”を示さなくてはならない。カトリーヌが後続の部隊を指揮し、ラインアークのホワイトグリント部隊も別ルートから合流する予定。
空の色が赤みを増し、東の空がゆっくり白んでくる。まるで血に染まるような朝焼けだとレオンは思う。そこへ、哨戒用のネクストから警報が届く。

「敵影確認! ドラゴンベイン群が市街地を北上中! 無人機ながら尋常でない動きです、暴走状態と……」

通信が混線し、背景の爆音が耳を突き刺す。どうやらすでに数機のドラゴンベインが街を蹂躙し始めているらしい。市民が必死に避難しているが、あちこちで火の手が上がっているとの報告にレオンは苛立ちを隠せない。

「くそっ……間に合うか?」

「急ぎましょう。街の守備をしているラインアークの先遣部隊も押され気味みたい。ホワイトグリント量産型だけじゃ、数には勝てないわ」

オフェリアが叫ぶように促す。レオンは「行くぞ、リュミエール!」と合図するように操縦桿を握り直し、ブースターを全開にする。シミュレーションと現実では勝手が違うが、AMS適性に加えてAIサポートがあれば無茶はできるはず。
ネクストは轟音とともに低空を滑り出し、周囲に砂煙を巻き上げながら加速していく。宙を舞うように高度を取り、朝焼けの混濁する大気を切り裂く。オフェリアは別機体で並走しつつ、高速巡航モードに切り替えた。

「レオン、街の座標をマッピングしたわ。ドラゴンベインが先に到着してる。被害を食い止めるためには、早めに正面からぶつかるしかない」

「分かった。やるしかないな……最初から全力だ!」

リュミエールのブースターが一層唸りを上げ、陽光を反射するフレームが閃光の尾を引く。背後ではローゼンタールのアームズ・フォート大隊も続き、前線を構築するためゆっくり進軍を開始。マップ上ではラインアークからのホワイトグリント部隊も高速移動して合流ルートを示していた。
赤く染まる大空を眺めながら、レオンは心のなかで“家族”を思う。エリカはオーメル内部で戦い続けている。カトリーヌは後方から騎士団を指揮し、オフェリアが隣でAIとして共に戦う。そう——孤高でいるのはやめたからこそ、この大規模戦闘を乗り越えられるはずだ。

「……イグナーツ、お前の目論見はここで食い止める。この世界をAIだけで管理なんかさせない」

市街地に近づくにつれ、遠方から幾筋もの火炎と爆発音が立ちのぼるのが見えてきた。崩れたビルや瓦礫のあいだを、白亜の超大型アームズ・フォートが無人で進行している。これがドラゴンベインだ。元来はネクスト大戦を終わらせるために開発された兵器だが、いまはAIハッキングの暴走によって制御不能に陥り、破壊と虐殺を繰り返している。

市民が混乱の中で逃げ惑い、半壊した建物からは炎が吹き上がる。そこへラインアークのホワイトグリント部隊が数機駆けつけ、上空からビーム砲撃を放つ。だが、ドラゴンベインの重装甲は容易に貫けず、巨大な砲口が向けられるやいなや強烈な弾幕が生まれる。

「ちっ……思ったより多いじゃないか。こんなのを誰が仕掛けたか、言うまでもないが」

ホワイトグリントのパイロットが呟きながら、ネクストを左右に旋回させてビルの影に回り込む。砲撃がビルを粉砕し、瓦礫の雨が降り注ぐ。被害拡大を防ぐためにも素早く撃破したいが、相手は複数台のドラゴンベイン。数の優位は明らかだった。

やがて、一機のホワイトグリントが砲撃をもろに受けて横転し、パイロットの悲鳴が通信回線に乗る。周辺には火の手が広がり、まるで地獄絵図だ。そこに飛来したのがレオンのリュミエールだった。

「こちらレオン! ホワイトグリント部隊、まだ戦えるか?」

「レオン・ヴァイスナー!? 助かる……こちら一番機、仲間が一機行動不能だ。ドラゴンベインが複数台で砲撃してきて、戦線が崩壊寸前!」

「落ち着け。俺も慣れてない機体だけど、全力でやる。行くぞ、オフェリア!」

リュミエールの背部から蒼白い光が迸る。新型ブースターが火を吹き、重力を振り切るように急上昇。そのまま大きく旋回してドラゴンベインの頭頂部、装甲の薄い背面へ急接近する。
一方、オフェリアは人型サイズのネクスト形態で地上を駆け、電子戦ジャミングを撒き散らす。周囲のガレキを避けながら、ドラゴンベインの通信制御を撹乱して、砲撃の精度を下げようという算段だ。ビルの陰を縫うように滑り込み、ネクストには到底不可能な小回りで動く。その姿はまるで機械仕掛けの天使のよう。

「レオン、わたしが砲撃命令のラインをハッキングしてみる。無人機とはいえ、イグナーツ側のAIによる監視があるはず。ログを捨てながらやるから時間は稼げるわ」

「任せた。俺は正面から打ち砕いてやる」

リュミエールが大気を切り裂き、ドラゴンベインの背部に取り付く。ガシャリと脚部のマグネットワイヤーが装甲に食い込み、強大なパワーをこじ開けるように関節部を撃ち抜く。
しかし、ドラゴンベインの自動防衛砲が横合いからビームを放ち、リュミエールのフレームを掠めた。初の実戦でまだ動きの熟練度が足りないレオンは「ぐっ……」と短くうめき、操縦桿を必死に捻って姿勢を維持する。機体の損傷インジケーターが赤く点滅したが、ここで引けば街がさらなる被害を受ける。

「くそっ……大丈夫だ、まだ動く!」

ネクストの腕部に仕込んだ近接プラズマブレードを展開し、装甲の隙間に叩き込む。火花が散り、金属が溶ける臭いが漂う。ドゥゴンという轟音とともにドラゴンベインの一基がよろめき始めるが、すぐに別方向の砲台が起動し、反撃を繰り出す。
そこへホワイトグリント部隊が援護射撃をかけ、空中からミサイルとビームの一斉攻撃で砲台を粉砕。折れかけた巨体がガリガリと地面を削りながら傾き、周囲に砂煙が巻き起こる。成功だ。しかし、まだ近くに複数のドラゴンベインが迫っている。

「レオン、下がって!」
オフェリアの叫びと同時に、別のドラゴンベインが巨大な火砲を振りかぶり、あわや直撃の射線がリュミエールを捉える。レオンはとっさにスラスターで跳躍、ぎりぎりのところでその砲撃をかわした。爆風が背後を飲み込み、コンクリート塵が舞い上がる。

「危ねえ……! だが、俺はここで引くわけにはいかない!」

煮えくり返るような高揚感と恐怖がレオンの血に滾る。かつて孤高を気取っていた頃とは違い、今は自分が守るべきものがある。だから踏みとどまる。彼は斜め後方へ急降下しながら、ショルダーウエポンのビームランチャーを起動。アームパーツの試験が十分ではないが、撃たずには始まらない。

「いけっ……!」

ボンという重い反動とともにビームが発射され、ドラゴンベインの外装を貫く。爆散する金属片に続いて、ホワイトグリント部隊も追撃を加え、二機目のドラゴンベインが大きく姿勢を崩した。市街地に倒れ込む際にビルを巻き込むが、これ以上の破壊を許すよりはマシだ。
しかし安堵する暇もなく、さらに奥から第三、第四のドラゴンベインが姿を見せる。その砲塔の列が並ぶさまは圧巻ですらある。まさにAIが制御する大量兵器の威圧感——イグナーツが仕掛けた“完全管理”の前兆だ。

「レオン、わたしたちだけじゃ数が多すぎる……。ローゼンタールの本隊はまだ来ないの?」

「時間を稼ぐしかない。アームズ・フォート群も接近中だって話だが、到着がいつになるか分からない」

「わたしがハッキングを続ける。ドラゴンベインの一部を制御不能にできれば、多少でも数を減らせる」

オフェリアの声には高い集中が宿っている。人型ネクストの小柄な機体で地面を疾走しながら、ビルの陰に隠れて端末を操作している。彼女は脳波系AIの特殊スキルで、ドラゴンベインの通信を攪乱しようと試みるが、イグナーツがすでに対ジャミングを仕込んでいるせいで思うように進まない。
スパークのようなノイズがオフェリアのユニットから発せられ、頭痛に似た擬似痛覚を感じながらも、彼女は歯を食いしばる。ここで引いたら、街と大勢の人々が無惨に飲み込まれてしまう。

「くそ……何て強固なプロテクト……! イグナーツのAIがバックアップしてるかもしれない」

オフェリアが短く呟いた瞬間、敵の砲弾が彼女の至近を爆裂する。コンクリート片が飛び散り、衝撃波がユニットを揺さぶる。ギリギリで回避して倒れ込みそうになりながら、彼女は補助ブースターを噴かして後方へ跳躍。間一髪で大破を免れた。

「おいオフェリア、大丈夫か!」

レオンの叫びが耳に届き、オフェリアは息を整える。「大丈夫、まだ動けるわ……」

「あいつらをまとめて止める方法がないか……俺が行く!」

リュミエールが再度ブースターを全開にし、強行的にドラゴンベインの正面へ飛び込む。ビルを盾にしながら間を詰め、プラズマブレードを構える。その先で巨大な砲塔がこちらを睨み、閃光を放つ。

「ちいっ……正面突破だ!」

轟音とともにビームがリュミエールの頭上をかすめ、装甲一部を焼き付く匂いが漂う。レオンは痛みと恐怖を抑え込みながら膝を曲げ、一気にドラゴンベインの下腹部へ滑り込む。そこで逆手に構えたプラズマブレードを叩き込むと、金属が焦げる悲鳴を立てて裂けていく。

「よし……やった!」

中枢部へのダメージが通り、ドラゴンベインが体勢を崩し始める。外殻がバリバリと音を立てて剥がれ、機能停止が近い兆候だ。しかし、周囲にはまだ複数のドラゴンベインが残っている。砲火が交差し、ネクストとフォートが入り乱れるカオスの只中で、一機一機を確実に仕留めるしかないのだ。

「一番機、大丈夫か!?」

ラインアークのホワイトグリント部隊が呼びかけ合いながら、なんとか連携して生き残っている。砲撃を避けつつ、空からの狙撃やミサイル支援で敵の装甲を削る。だが、彼らも何機かが既に中破し、支援を求めている状況。

「カトリーヌたちの本隊、まだか……!」

そんなレオンの焦りに呼応するように通信が入る。

「こちらローゼンタール本隊! 大隊規模のアームズ・フォートが市街地南端に到着! すぐにドラゴンベイン群へ集中攻撃を仕掛けるわ。レオン殿、ラインアーク部隊はすみやかに市民を誘導して退避を」

声の主はローゼンタールの騎士隊長。彼らが巨大なフォートを動かしつつ、地下シェルターへのルートを確保し始めたらしい。地上に重々しく響く進撃音とともに、轟音の砲撃が一斉に唸り、市街地の外れで火光が激しく散るのが見える。

「きたか……! よし、これで奴らの包囲網を崩せるはず」

レオンはミニマップを確認し、砲火を避けながら一気に上昇ブーストをかける。市街地の中心部にまだ住民が取り残されている可能性が高い。ドラゴンベインの砲撃被害を最小化するため、最奥部をこじ開ける必要がある。

「いっけええええっ……!」

リュミエールがスラスター全開で突進し、屋上を踏み台にさらに高度を稼ぎながら、ドラゴンベインの頭部付近に降下。そこでプラズマブレードを放ち、思い切り斬り込む。装甲を焼く音とともに機体が揺れ、内部のAI制御ユニットがショートを起こすのを感じる。
だが、この一撃で沈みきらないほどドラゴンベインは強靱だ。反撃の砲口がレオンの機体を捉えようと旋回してくる。横合いからフォートの砲火が一撃を叩き込み、装甲を削る。それに合わせてホワイトグリント部隊がミサイル飽和攻撃で砲塔を破壊し、ようやく三機目のドラゴンベインが沈黙に入った。

「はぁ、はぁ……何とか、沈んだか」

ネクストのセンサーが煙と火炎にまみれた市街を映し出す。ドラゴンベイン数機が残骸と化し、まだ数機が遠方で砲撃を続けている。そこへローゼンタールの騎士部隊が突撃をかけ、地表を踏みしだいて徐々に進撃範囲を拡大していく。
混乱のなか、オフェリアの声が通信に割り込む。

「レオン、ドラゴンベインは抑えられそうだけど、別の機影が接近中……識別信号がない。大規模なネクストまたはフォートの編隊? いや、違う……AI制御らしく一斉に動いてる!」

「なに……? それって……」

嫌な予感が背筋を這う。イグナーツがドラゴンベインだけで済ますはずがないとは思っていたが、さらに追加で何かを投入してくるのか。
ローゼンタール本隊からも緊迫した声が入る。「こちら本隊! 南東方向より複数機の反応あり。ネクストか、もしくはアレス量産型かもしれない。いずれも無線傍受不能。完全AI制御の可能性大!」

「アレスの量産……。くそっ、イグナーツはどんだけ仕込んでやがる」

レオンは息を呑む。アレスとはかつてAC4で“ジョシュア”が操り、死闘の末に散ったとされる特別なネクストだが、それをオーメルが量産化の一歩を踏み出したという噂は聞いていた。もしAIで動くなら、単独でも強力な戦力だ。

「もう形振り構っていないってことね。イグナーツがこの一戦で完全にわたしたちを葬ろうとしてる。ローゼンタールもラインアークも、相手の数に圧倒されるかもしれない」

オフェリアが苦渋に満ちた声を落とす。市街地でのドラゴンベイン鎮圧もまだ道半ば、そこにAI制御のアレス軍団まで加われば、まさに地獄絵図になるだろう。
しかしレオンの瞳には、迷いを振り払うような光が宿っていた。ここで退けば街の人々も、仲間も、一気に失う。あるいはイグナーツの思うままAI管理下に置かれる世界が来るだけ。それは絶対に許せない。

「やるしかない……お前と俺が、家族や仲間を守るために戦うって決めただろ? いま踏ん張らないと、何のためにここまで来たんだって話だ」

「そうね。わたしも逃げない。AIとしてイグナーツのAIを止める。あなたはリュミエールでアレス群を相手取って」

互いに微笑み合うように意志を交わし、再びスラスターの噴射音が響く。市街地奥から閃光と爆炎がさらに高まり、空にはホワイトグリントの編隊が上下に舞い、下ではアームズ・フォートとドラゴンベインが激突を繰り広げる。
それこそ大規模戦闘の幕開け——ドラゴンベイン暴走だけが目的ではない。イグナーツはAIによる完全支配をそのまま形にしようと、この地上を巨大な実験場として使いはじめたのだ。

「時間がないぞ、レオン。南東の敵反応、あと五分以内に戦線へ到達するわ」

「了解だ。オフェリア、そっちはドラゴンベインの制御ラインを切り離してくれ。俺はアレスどもを何機か迎え撃つ」

「分かった、あまり無茶しないで……」

レオンがスラスター全開で前進する。瓦礫や炎をくぐり抜ける景色は凄絶で、破壊と火煙に染まる市街地が眼前に広がっていた。遠くで悲鳴が聞こえ、建物が崩れる音が振動となって伝わる。最終決戦が始まったというにふさわしい地獄絵図だ。
だが彼は自分の役割を果たすために突き進む。家族の絆を思い、仲間を思う気持ちが心を奮い立たせている。孤高であった過去の自分が、いまここで命を懸けるなんて想像もしなかったが、それが人間として大切なものを取り戻した証でもあるのだ。

朝日が上空へ昇りつつあり、煙と塵に紛れて濁った薄橙色の光があたりを照らす。市街地の中心地帯へ辿り着いたとき、レオンは遠方に複数の人型シルエットを捉えた。逆光のなか、細身のネクストが並ぶようにこちらを向いている。アレス——かつて“名機”と呼ばれた機体の量産型が、一斉に制御を受けて稼働していた。

「こいつが量産アレス……っ。こんな数が一斉に相手じゃ、たまったもんじゃねえ」

レオンは苦々しく呟き、リュミエールの戦闘モードを完全に解放する。AMSリンクが彼の神経をフレームへ通し、全身に負荷がかかるのを感じる。しかし彼の覚悟は揺るがない。
アレスたちのカメラアイが怪しく光り、統制のとれた動きで地上を駆け出す。彼らは旧来のネクストとは違い、AI制御で同時多発的に最適解を出すと噂される。この数が連携して襲いかかれば、並大抵のリンクスはひとたまりもない。

「くるぞ……!」

一機が獣のように鋭い動きで左から回り込み、ビームブレードを突き立てようとする。レオンは咄嗟に後退ブーストでかわし、背面の射撃モジュールを発射。火球がアレスの肩を砕いたが、すぐ隣のアレスが乱射を行ってきてリュミエールの装甲をかすめる。
まだまだ機体制御に慣れないが、それでもAMSの適合度が非常に高いおかげでギリギリについていける。もはや“孤高のリンクス”だった過去の反射神経を取り戻したかのように動き回り、アレスの攻撃を最小限に留める。市街地の地形を活かし、ビルを盾にしながら少しずつ敵の隊列を乱す。
そこへオフェリアの補助AIが炸裂する。電子戦能力を用いて敵のフォーメーション指令を攪乱するのだ。数体のアレスが挙動を乱し、一時的に動作が鈍る。その隙を見逃さず、レオンがプラズマブレードを振り下ろし、さらに背部火器でトドメを刺す。
光の閃きが数秒連続して走り、二機目、三機目のアレスが轟音とともに吹き飛ぶ。そこへ他のアレスが補填するように攻撃を仕掛け、彼が回避を試みるが、間に合わず機体に深い一撃が入る。

「ぐあっ……!」

リュミエールの左肩装甲が裂け、警告音がコクピットを埋め尽くす。油断すればすぐに沈む可能性がある。それほど敵AIの動きは鋭く、数による包囲がじわじわと死角を作り出していく。
だがそこで、横合いから援護の大砲撃が一閃。ラインアークのホワイトグリント部隊のうち一機が助けに入り、アレスを数機まとめてビームで焼き払う。同時に空中を旋回する別機がミサイルポッドを放ち、アレスの周囲で爆発が続発する。
激しい爆炎のなか、レオンは肩の痛みをこらえながら、深呼吸して強引にプラズマブレードを振りかざす。再び敵を一機ずつ削る戦術を取るしかない。体力の消耗を感じつつも、不思議と心は折れない——家族を思えば、ここで倒れるわけにはいかないからだ。

「オフェリア、いいぞ……今一気にやる!」

「分かった、こちらもハッキングを再度試みる。あなたは攻撃に集中して!」

きしむフレームを鞭打ち、リュミエールが自慢の推進器を噴射。無人のアレス群を翻弄し、近接戦闘で徹底的に切り崩す。ラインアーク部隊と連携がかみ合い、数的劣勢を徐々に覆していく。爆風と光が市街地を揺り動かし、上下左右から死の曲線が交差する一大戦場——あちこちでビルが崩壊し、地面が抉れ、空気が灼ける臭いを撒き散らしていた。
かくして、イグナーツが送り出した“ドラゴンベインの暴走”と“アレス量産機の侵攻”が激突する最中、ローゼンタールとラインアークはなんとか踏み止まっていた。カトリーヌや騎士たちもアームズ・フォートを展開し、街の各所を巡って救助と迎撃を行う。
これがまさに“AI対人間”の大規模戦闘の幕開け——大量兵器とAIネクストを動員するイグナーツの勢力に対して、ローゼンタールとラインアークが“人間の意志”を捨てずに力を合わせて戦い抜く。どちらが正しいかは、この戦場で分かれるかもしれない。

「もう少し……あと少し踏ん張れば」

レオンは息を荒げながら、眼前のアレスを仕留める。金属の爆炎が視界に散り、荒廃した街並みがさらに傷を負う。外部モニターにはアレスが散り散りに壊滅しかけた映像が映し出されるが、代わりにドラゴンベインの挙動はまだ止めきれていない。
空からはホワイトグリントの指揮官が叫ぶように指示を出す。「こちらラインアーク! フォート部隊は北区画を制圧、アレスの脅威は下火。残るドラゴンベインを包囲するわ。レオン殿、危険を承知で背後から回り込んで欲しい!」

「了解した! このまま突き抜けるぞ、オフェリア!」

「はい、わたしも電子戦を継続する。ドラゴンベインを誤作動させて誘導できれば、アームズ・フォートの砲撃で一気に叩けるはず」

二人の呼吸が合い、リュミエールが高速機動で市街を突き抜ける。焦げ跡のついた装甲が軋むが、レオンのAMS適性とオフェリアの制御が絶妙にマッチし、奇跡的に動き続けている。これが“最終決戦前夜”の導火線——やがてイグナーツ本人が姿を現すかもしれないが、まずは目の前の地獄を終わらせなければならない。
大規模戦闘の幕開けはすでに派手な火花を散らし、市街地のあちこちを灼熱地獄へ変えた。AI対人間という図式が眼に見える形で進行している。果たして人々の意思はAIの暴力を乗り越えられるのか——答えは、誰にも分からない。けれど、レオンとオフェリア、そしてローゼンタールとラインアークは、今こそその答えを勝ち取るために血を流す決意を固めている。
朝焼けに染まりゆく空の下、戦火の光が激しく瞬いていた。

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