再観測:ゼーゲとネツァフ:Episode 9-2
Episode 9-2:オルドの深化
夜明け前の激闘が過ぎ去った市街地は、痛々しい傷痕を残していた。燃え上がったビルの廃材や、崩落したアスファルトの破片が散乱し、まるで戦場の名残を無造作に積み上げたかのよう。
セラは、日の光が薄い朝焼けとなって瓦礫の上を照らすのをぼんやりと見つめながら、胸に込み上げる空しさを抑えられないでいた。先ほどまでゼーゲを操り、未知の軍勢との戦闘を繰り広げた傷が体のあちこちに痛む。コックピットから救出されたあとの記憶はあやふやで、医師に安静を言い渡されたが、じっとしてはいられない気持ちだった。
(結局、争いは終わらない。ネツァフを封じ込めても、新たな脅威が姿を見せる。この街を破壊しようとする輩は後を絶たないのだろうか……)
そう思考を巡らせるうち、遠くから聞こえる野営テントの物音がセラの耳に届く。人々は夜通しの砲火に怯え、まだ眠りにつけずにいる。反対派や懐疑派が協力して避難民を保護し、なんとか復興への足掛かりを探そうとしていた。
セラは耐えきれずにゆっくり立ち上がり、まだ傷の痛む腰を押さえながら歩き始める。目指すのはドミニクの指揮を執る仮設テント。彼がそこにいるはずだ。カイや懐疑派将校が合流し、次なる一手を話し合っていると聞いた。
仮設テントの前に到着すると、中からカイやドミニク、数名の懐疑派将校が出てきた。彼らの表情はいずれも険しく、すぐにセラが来たことに気づく。
「セラ……大丈夫か? 体は休めたのか?」
ドミニクが明らかに心配そうな声をかけてくるが、セラは微笑を返す。「大丈夫。まだ筋肉痛だけど、命に別条はないよ……それより、今度はどうしたの?」
カイが地図を抱えて苦い顔をする。「実は、先ほどヴァルターから通信があって、“オルド”が再び不穏な動きを見せているという報告があったんだ。僕らは残留指令を消し去ったはずなのに……」
セラの胸に嫌な冷気が走る。「オルドはもう封印したと思ってたのに……まだ何か残ってるの?」
ドミニクが顎を引いて唸る。「ヴァルターの言い分じゃ、“未知の軍勢”と呼ばれる奴らもオルドの一部技術を利用している可能性があるらしい。連中がどうやって手に入れたかは知らんが、ネツァフやリセット派の研究データが流出しているのかもしれない」
セラは唇を噛み、(まだオルド……! ネツァフの亡霊は終わったと思ったのに、本当にしぶとい……)とやりきれない思いに駆られる。
一同はドミニクの指揮車に移動して、通信装置でヴァルターと映像通話をする。画面に映るヴァルターは相変わらず険のある眼差しを保ちつつ、冷静に語りかける。
「私は以前、オルドの残留指令を消した君たちを認めた。しかし、どうやらオルド深層部に“さらに別の領域”があるらしい。私が把握していなかった階層だ。そこに潜むデータが、この未知の軍勢に渡った可能性が高い」
ドミニクが苦々しい顔で割り込む。「ふざけるな。まだそんな階層があるなんて……お前、本当に全てを話しているのか?」
ヴァルターはわずかに眉をひそめつつも、「私もあらゆるデータを解析したつもりだった。だが、どうやらネツァフ自体が独自の成長機構を持ち、オルドを拡張していたのかもしれない。今回の問題は私だけの力ではどうにもならない。再度、セラとカイの力を借りたい」と述べる。
セラはため息をこぼす。「また……オルドに潜らなきゃいけないの? 何度も……」
カイがセラの肩に触れ、「僕らが最適任者なのはわかってるけど、もう何度も危険を冒してる。とはいえ、未知の軍勢が本当にそのデータを持っているなら、まず根元を絶たないと……」と落ち着いて言う。
ドミニクは不満そうに渋い顔を浮かべるが、最終的に「足掻くしかないのか……。レナもまだ眠ったままだ。俺は街を離れられないが、お前らで頼む。オルドを完全に消し去ってくれ」と半ば投げやりに頼み込む。
ヴァルターはさらに続ける。「私が知る限り、オルドには表層、第一階層、第二階層があり、君たちはそこまで破壊し、ネツァフやリセットの残留指令を消した。しかし、どうやらその下に第三階層とも言える“深い領域”が存在するらしい。未知の軍勢がそこから新たなデータを引き出した可能性がある」
セラが背筋を震わせて問いかける。「第三階層……そんなものが存在するなんて、初耳だよ。どうして今まで気づかなかったの?」
ヴァルターは苦い表情で答える。「ネツァフは私の制御を超えて独自に成長していた。そこに“足掻き”や“絶望”のエネルギーが蓄積されていたのかもしれない。いわば、人々の心が仮想空間で増幅されて生まれた異質な階層だ……」
カイが警戒の眼差しを向けながらも、興味深そうに言う。「人間の負の感情や足掻きが、ネツァフを通じてオルドに蓄積される……確かに理論的にはあり得る。前回は第二層で残留指令と戦ったけど、その下にさらにデータが沈んでる可能性があるね……」
ドミニクは苛立ちながら髪をかき上げ、「要するに、“根っこ”を全部切り落としたと思ったが、まだ地中深くに根が張ってたってわけか。やるしかねえだろ……」と吐き捨てる。
こうして、再びセラとカイがオルドへ潜るための作戦が立てられることになった。場所はヴァルターの研究施設――以前と同じ場所を使う形だが、今回はさらに深い階層へ行くための新装置が必要になる。
ヴァルターはモニターに図面を映し出し、「これが“拡張ダイブシステム”だ。第三階層へ到達するためには、通常の手段では届かない。意識をさらに強化し、身体からの拘束を限りなく解かねばならない。非常に危険だが……やるしかない」と説明する。
カイが呆れ半分に口を開く。「意識強化って……また僕らの負担が増すじゃないか。今までも死ぬ思いで潜ったんだよ?」
ヴァルターは軽い苦笑を浮かべ、「私にとってもリスクの高い挑戦だ。だが、未知の軍勢の手に余計な技術が渡れば、世界が再び崩壊しかねない。足掻くと言うのならば、ここで踏ん張れ」と冷酷とも取れる言葉を投げる。
セラは視線を伏せつつ、(やりたくない……でも、やらなきゃまた悲惨な戦いが続くだけ……)と思い、口を結ぶ。「私……行きます。もう二度と、こんな戦いは繰り返したくないから……」
カイも同時に「僕も行くよ。君を独りにできない」と表情を固める。
オルドに潜る準備を進める間、セラは医療棟で眠り続けるレナの病室を訪れる。ドミニクはそばで立ち尽くし、無言でレナの手を握っていた。
セラはそっとドミニクの隣に立つ。「レナさんの熱は下がったけど、まだ意識は戻らないんだね……」
ドミニクは唇を噛みしめ、「ああ。ヴァルターの治療で一度は安定したが、結局目を開けない。医師も“理由がわからない”と言ってる。まるで心だけが別の場所をさまよってるようだ……」と落胆の声を吐く。
セラはレナの穏やかな顔を見つめ、「彼女はいつも足掻き続けてきた人だから……きっと、まだ帰ってくるよ。もし今、オルドの深層に彼女の魂の欠片みたいなものがあるなら……私、連れ戻してあげたい」とつぶやく。
ドミニクは目を見開き、「まさか……レナの意識が第三階層に漂ってるってことか? そんな馬鹿な話は……」と動揺するが、どこか希望も感じている様子だ。
セラは苦い笑みで首を振る。「わからない。でも、あの人の意思が強ければ、ネツァフと関わった深い階層に何か残っているのかも……。私、オルドの深層でレナさんを感じることができたら、きっとここに戻す手掛かりになると思うんだ」
数日後、セラとカイはドミニクや懐疑派の護衛を伴い、再びヴァルターの研究施設へ向かう。以前の激戦で破損した部分が修復され、さらに“拡張ダイブシステム”とやらが設置されているという。
施設内部は前回よりも機材が増え、まるで工場のようにケーブルやメカニックアームが張り巡らされている。ヴァルターの助手たちが忙しく動き回り、時折深刻そうな表情を浮かべてモニターを睨んでいる。
ヴァルターは中央の制御台に立ち、到着したセラとカイを見やり、「来たか。準備は整った。だが、今回はかなりのリスクがある。精神が深層に取り込まれれば、もう戻れないかもしれない」と低く警告を発する。
カイは肩をすくめて「今さら怖気づくわけにはいかない。僕らがしないと、誰がやるんだ」と言葉少なに答える。
セラも歯を食いしばり、「レナさんを救う手掛かりがあるかもしれないんだ。やるしかない……。それに、未知の軍勢がオルドの技術を持ってるなら、ここで断ち切らなきゃまた戦いが続く」と強い意志を見せる。
ドミニクは遠巻きに見守りながら、「セラ、カイ……死ぬなよ。俺はレナを、そしてお前たちを信じてるから」とぽつりと呟く。その静かな思いが二人に染みわたる。
研究員たちがセラとカイをベッドのような装置に横たえ、頭部や胸部により多くのセンサーを取り付ける。今回の装置は身体との接続をより緩やかにし、その分精神への負担が大きいという仕組み。
「まるで逆融合の進化版……これって、意識が肉体を離れる状態に近いんじゃ……」とセラが不安をこぼすと、ヴァルターは無表情で頷く。「ああ、君たちの魂を深淵まで落とすのだ。すべては人類の未来を守るため……足掻く道を選ぶなら、ここを踏み越えろ」と促す。
カウントダウンが始まり、研究員の声が響く。「10、9、8……拡張ダイブシステム、エネルギー安定……6、5、4……」
カイがセラの手を握り、静かに微笑む。「大丈夫、一緒に行こう。レナさんを救う手がかりがあると信じて……」
セラは胸を熱くしながら、目を閉じて「うん、行こう……もう何も失いたくない!」と返す。
「3、2、1……ダイブ開始!」
世界が静かに溶けるような感覚が襲い、セラの意識は暗闇と光が入れ替わる領域へすっと沈んでいく。今までのオルド侵入よりも、さらに深く、身体の端々から思考が引き剥がされる感覚……呼吸すら忘れてしまいそうなほどの浮遊感。
目を開くと、そこには闇の中に点々と無数の光の欠片が浮いていた。まるで星空を反転させたかのように、光が下方に散りばめられ、上方は深い漆黒。足元の感触はないが、セラはここがオルドの深層、いわゆる“第三階層”なのだと直感で悟る。
周囲に漂う光の欠片は、人々の意識や記憶の断片なのか、時折揺らぐように色を変え、遠くで稲妻のような閃光が走る。視界を巡らすと、カイも近くに浮遊しているのが見える。
「セラ、大丈夫?」
意識通信で繋がるカイの声が聞こえ、セラはコクコクとうなずく。「ここ……本当に深い。今までの階層とは全然違う、まるで無限の虚空……」
歩こうとしても床がない。二人は意識の力で進むイメージを作り出し、微妙に“空間を移動する”感覚を構築していく。第三階層には、何らかの指令やデータが潜んでいるはず――未知の軍勢がそれを発見し、利用したというのなら、同じ場所を突き止めれば手掛かりを得られるかもしれない。
「でも、どう探すの……こんな広い暗闇の中を……」とセラが不安を漏らすと、カイは仮想デバイスを発動させようとする。「前回までの手法とは違うかもね。とりあえず探索プログラムを構築して、反応を探してみよう」
カイがデバイスを操作し始めるが、従来のようなGUIは表示されず、ただ白いノイズが走るだけ。「くそ……やはり第三階層は深すぎる。普通のインターフェースが通用しない……」
セラは眉を寄せ、足下に漂う光の欠片へ手を伸ばしてみる。すると、指先が触れた瞬間にイメージが広がり、誰かの記憶の断片を垣間見るような感覚が訪れる。
「これ……人々の絶望や怒りや悲しみが結晶化したデータなのかな……」
刹那、セラの心に燃えるような恨みの記憶が流れ込み、彼女は呻き声を上げて手を離す。「ううっ……!」
カイが慌ててセラを支え、「危ない、そこら中に“結晶化データ”が散らばってるらしい。ネツァフやリセットで苦しんだ人々の思念の破片かな……」と低い声で言う。
セラは痛みをこらえて呼吸を整え、(レナさんも、この中にいるの? だってネツァフと深く関わった足掻きの果てに……)と思考する。
さらに奥へ進むと、星空のような散在データの中に、一際“薄紅”に光る欠片があるのが見える。周囲の絶望的な黒や青白い輝きとは異なり、ほんのり暖かみを帯びている。
「あれ……なんだろう。レナさんの色……なのかな?」
セラは強く惹かれ、カイも「確かに特徴的だ。近づいてみよう」とうなずく。
半ば無重力のような環境をイメージで泳ぎ、二人は薄紅の輝きに手を伸ばす。すると、欠片がゆっくり波紋を描いて拡散し、そこにレナの微かなシルエットが浮かび上がる。
「レナ……さん?」
セラが呼びかけるが、シルエットは声を発しない。ただ、その輪郭が「苦しみ」と「決意」を同時に宿したように震えているのを感じる。まるでレナが足掻く思いをここへ残しているかのようだ。
カイが仮想デバイスで解析しようと試みるが、モニターには「???」という表示が出るだけ。明確なデータではないようだ。「どうやら人の意識の結晶に近い……レナの精神が完全にここにあるわけじゃないけど、“触れれば何かがわかるかもしれない”」
セラは一瞬迷う。触れれば、また強烈な記憶や痛みが襲うだろう。それでもレナを救いたい思いが勝り、「行くよ、カイ……」とつぶやき、欠片へ手を伸ばす。
紅い結晶へ指先が触れた瞬間、セラの視界が激しく白に染まり、意識の奥で爆発するような衝撃が広がる。今まで感じてきた“残留指令”とは違う、優しさと苦痛が入り混じった波動がセラの心を揺さぶる。
―戦場の記憶が断片的に流れてくる―
夜の廃墟で、レナがゼーゲを操りながら必死に叫ぶシーン
ドミニクの声とともに“足掻き”を誓うシーン
ネツァフとの対峙、死を覚悟した瞬間
セラと初めて敵対したときの忌々しさや驚き
そして……ネツァフ暴走時に深手を負い、意識を失っていく断片的な感覚
セラはその一つひとつを受け止め、(レナさん、あなたもこんなに苦しかったんだ……)と涙を浮かべる。その感情があふれ、紅い光が脈動を強める。
同時にレナの声のようなものが心に響く。「私は……まだ死にたくなかった。足掻きの先が見たかった。けど……身体はもう動かない……ごめん……」
セラは慌てて「謝らないで! あなたはまだ生きてる! ドミニクさんも待ってる、私たちも待ってるんだよ……」と叫ぶが、声が届いているのか確信はない。
一方、カイはセラの様子を見守りながら、(レナの精神的残滓が第三階層に流れ込んでいる? それを回収できれば、現実の身体が反応するかもしれない……)と推測する。
彼は意識通信を活用し、セラのイメージと同期することで、紅い結晶と自分も繋がろうと試みる。「セラ、僕も一緒に……レナさんを見つけよう」
セラは涙を拭い、コクリと頷く。二人の意識が再び共鳴を起こし、仮想的な光のサークルが周囲に広がる。結晶の脈動がさらに強くなり、その中心にレナのシルエットがはっきりと浮かび上がる。
「レナさん……レナさん!」
セラが必死に呼びかけると、シルエットが薄紅の光を振動させながら、わずかに応じるように姿を固める。そこには苦しそうな面持ちで息をするレナの“幻影”が浮かんでいた。
そして一瞬、レナの唇がかすかに動くように見える。「セ……ラ……?」 か細い声が、青黒い空間に震えて響く。
しかし、そんな感動的な再会の兆しは束の間、周囲の暗い空間が不穏にざわめき始める。黒い靄(もや)が渦を巻き、低い唸り声のような轟音が響きわたる。
「何……? この嫌な空気……」
カイが息を呑むと、まるでオルドが自ら自衛本能を発揮したかのように、負のエネルギーが塊となって立ち塞がる。以前も遭遇した怪物的プログラムとは異なり、第三階層の守護はもっと原始的で苛烈だ。黒い竜のような形をとり、無数の炎を吐き出して二人を焼こうとする。
セラはレナの幻影を庇うようにして立ち上がり、「レナさん……大丈夫、守るから!」と叫ぶ。
カイも意識武装のイメージを展開し、(この深層で“武器”を描くには強い精神集中が要る……)と苦しそうに意識を絞る。すると、青白い剣のような光が形をとり始めたが、竜の炎に近づくだけで一部が溶解されるように消えていく。
「強い……! 今までの怪物とは比べ物にならない……!」
カイが焦りを滲ませる一方、セラは(レナさんを置いて逃げるなんて絶対に嫌だ)と決意を固めている。
黒い竜が唸り声を上げ、巨大な牙をむき出しにして突進してくる。空間が振動し、暗黒の炎が二人を包み込もうとするが、セラは叫ぶ。「レナさんを返して……!」
その一喝とともに、セラの胸に“足掻き”の強烈な意志が燃え上がる。ネツァフやリセットの亡霊、数々の死闘を経験してもまだ進む意思が消えていない――その魂の叫びがオルド内で光の奔流を生み出し、広がる。
カイも同時に意識武装を補佐し、二人の意志が合わさった結果、紅い刃と青白い盾が形を結ぶ。まるでレナの情熱と、セラ・カイの理性が融合した新たな“武器”だ。
竜が炎を吐き散らしながら迫る。青白い氷のような火花を伴って、二人は武器を重ねるように構える。「うあああっ!」
セラは剣を横一閃し、カイが盾で竜の牙を受け止める。猛烈な衝撃で体が吹き飛びそうになるが、二人の意志が結晶化した防御は砕けずに耐え抜く。
空中でバチバチと火花が交錯し、竜の咆哮が闇を震わせる。セラは歯を食いしばって剣を押し込み、カイが盾を支えながら同時に光弾を射出。再度竜の胸部を撃ち抜くようにイメージをぶつける。
竜の鱗のようなデータ粒子が粉々に砕け、暗黒の炎が衰えを見せる。だが、まだしぶとく竜が反撃に転じ、尾を振り回し二人を殴り飛ばす。「ぐあっ!」という声がオルド空間に木霊する。
セラは激痛をこらえ、意識が途切れそうになるが、“レナさんが待ってる”という思いが彼女を立ち上がらせる。カイもなんとか踏みとどまり、竜への最後の突撃を仕掛ける態勢を取る。
「カイ……一緒に!」
セラが意識通信で叫ぶと、二人が再度合体した意識を竜に向けて解放する。紅と青白が混じり合った閃光が渦を巻き、まるで螺旋状のビームのように竜を貫く。
「ギャアアアッ……!」
竜のうめきが轟き、闇が波打つように引き裂かれ、巨体が崩れ落ちる。重厚な衝撃波が空間に走り、二人は耳鳴りを覚えながらも、目の前の闇が弾けるのを見届ける。
竜が消失すると、周囲の暗黒も急速に縮小し、青白い星空のような空間が戻ってくる。第三階層を支配していた負のエネルギーが弱まったのか、空気が澄んだように感じられる。
竜が消えたあと、闇が緩んだ空に、薄紅の空間がぽっかりと穴のように開いている。その奥には、先ほどのレナのシルエットがかすかに光を放っているようだ。
セラはカイと目を合わせ、「今なら……レナさんに近づけるかも」と意思を確認する。カイも同意の表情で「行こう。彼女を救えるかもしれない……」と手を取り合う。
二人が薄紅の空間を潜り抜けると、そこには小さな部屋のような景色が広がっていた。現実の医療室に似た構造だが、壁も床も半透明で、空は淡い紅に染まっている。中央にレナの姿がベッドに横たわる形で浮かび上がり、苦しそうにまぶたを震わせている。
「レナさん……!」
セラが駆け寄り、そっと彼女の手に触れる。すると、その手がピクリと動き、レナの瞳がかすかに開いて、焦点の合わない視線がセラを探すように彷徨う。
「セラ……? ここは……私……動けない……」
掠れた声だけど、確かにレナ本人の声だ。セラは涙を浮かべながら「よかった……生きてる。レナさん、私、迎えに来たの……一緒に現実へ戻ろう!」と訴える。
レナは苦悶の面持ちを僅かに緩め、「足掻く……私、もう動けないと思ってた……。でも……あなたが……」と掠れた音を漏らす。
ところが、レナが一瞬安堵の表情を見せた直後、その瞳が揺れ、苦しみを噛み殺すように「もういい、私は……帰れない。身体は傷だらけ……意識はここに縛られて……」と弱い声で繰り返す。
セラは慌てて「そんな……私があなたを救うよ! ドミニクさんも待ってる、街のみんなも……」と必死に語りかけるが、レナは首を振るようにし、「あんたたちの“足掻き”は美しい……でも、私は……もう……」と瞳を伏せてしまう。
まるで諦めと絶望が彼女の魂を包み、その糸を自ら断ち切ろうとしているかのよう。セラは心が張り裂けそうになる。「お願い、レナさん……死なないで。あなたがいないと、みんな悲しむ……」
カイも横で援護するように「レナ、君はまだ終わってない。ゼーゲだって、街だって、君を必要としてる。ドミニクも……」と語るが、レナは首を左右に振りつつ再び苦痛の表情を浮かべる。
「私は……散るはずだったの。あのとき、ネツァフと刺し違えて終わるはずが……未練だけが残って……」
セラの目から涙が溢れそうになるが、ぐっと堪えて強く声を張る。「レナさん……そんなの嫌! あなたが足掻いてくれたから、私たちは救われたんだよ。ドミニクさんも、反対派のみんなも……だから、あなたを失うなんて我慢できない……!」
レナの瞳に揺れが生まれるが、それでもまだ苦痛に覆われている。彼女はまるで自分の存在価値を見失ったかのように、「私はもう要らない……」と小さく漏らす。
セラは思わず肩を揺さぶるようにし、「要るよ! 私、あなたの背中を追いかけてここまで来たのに……! ネツァフが無くなっても、あなたが生きて足掻いてくれなきゃ意味がないの!」と叫ぶ。カイも背後から「そうだよ、あなたは僕らの“足掻き”そのものだ。あなたが消えたら、みんな悲しむ……」と背中を押す。
レナは微かに目を潤ませ、瞳が迷いを映し出す。「……私、まだ……間に合うの……?」
セラは力強く首を縦に振り、「間に合う! 必ず帰れる。あなたが足掻いてきた証拠はここにある。ゼーゲも街も、あなたと共に歩む準備ができてる……」と何度も繰り返す。
その言葉に応えるように、レナのシルエットが淡く光を放ち始める。周囲の薄紅の空間が波打ち、その輝きがレナの身体に注がれていく。まるで意識が安定する兆候のように感じられた。
「セラ……カイ……ありがとう……」
レナの微かな笑みが浮かび、次の瞬間、視界が真っ白な光に包まれる。振り向くと、カイも同じく眩しそうに目を閉じていた。「帰ろう……このまま、現実へ……!」
セラはレナの手を握り、カイが後ろで支える。三人の意識が結ばれ、第三階層の空間が収縮し始めるのがわかる。黒や青の星空が一気に光の塵となり、二人と一人の魂をそれぞれ元の身体へ押し戻すような力が働く。
Episode 9-2「オルドの深化」はここで終幕を迎える。
――白い閃光の中、セラやカイ、そして意識を取り戻そうとするレナが一緒に“帰還”する姿を映しながら、物語は次の局面へと続いていく。
未知の軍勢の脅威は現実に残り、ヴァルターの研究もまだ途上。ネツァフが消えたはずの世界でも、人々の足掻きはなお続く。だが、セラたちが第三階層で見つけたのは、レナの意思と“生きたい”という微かな願い。果たしてレナは本当に目を覚ますのか、未知の敵はどう動くか――すべては次回へ持ち越される。
だが、確かなのは、セラが“足掻き”を信じて深い闇へ飛び込み、レナとの再会のきっかけを掴んだこと。そして、“オルド”という仮想空間が、まだまだ人々の想いを引きずり、現実世界での葛藤に影響を与え続けるという事実。
その光と闇が交わる先で、足掻く者たちの道が新たに切り拓かれていくのである。