再観測:ゼーゲとネツァフ:Episode 12-3
漆黒の闇が街を包む頃、かすかな風が瓦礫と化した建物の隙間を吹き抜ける。倒壊したビルの鉄骨が月光を反射し、その影が地面を不気味に走る。街はかつてないほど疲弊した状態から、再生に向けて動き出してはいるものの、まだ多くの住民は仮設住宅や残された建物の一部を頼りに過ごしている。
ESPによって人々が苦痛を共有しあい、怪我人や病人のケアが効率的になっていることは事実だが、物資や食料は依然として不足が続く。過去の激戦で失った防衛力を完全には取り戻せず、これまで何度か襲撃を受けながらも、かろうじて足掻きの灯を絶やさずに日々をこなしている。
そんな深夜、街の境界線を巡回する兵士たちは静寂に包まれていた。時折、遠くの動物の鳴き声が聞こえるだけで、人間の足音や車両のエンジン音は途絶えている。何かが起こる前触れなのか、あるいは単なる静寂なのか――兵士たちは息を潜めながら警戒を緩めない。
一方、街の中心部に設けられた仮設指揮所のテントでは、ランタンの黄色い光が揺れ、ドミニクが机を囲んで図面や書類を睨んでいた。セラが少し遅れて入ってきて、彼のそばに腰を下ろす。カイは別の場所で物資管理の打ち合わせを行っているらしい。
「また夜更かしですか。倒れちゃうよ、ドミニクさん……」
セラが苦笑すると、ドミニクは肩をすくめる。「眠れんよ。街の新体制と呼ばれる仕組みは、まだ不安定すぎる。真理探究の徒が街に根を下ろし、ESPが広まっている今、どこかで大きな衝突が起こるかもしれない……」
セラは黙って頷く。真理探究の徒は、本格的に「精神エネルギー固定化」の研究をしようとしているという噂があり、街の中でもそれに期待を抱く者が増えている半面、強い警戒心を示す者も多い。いずれこの緊張が爆発しかねない、そんな予感がセラの胸を刺している。
「レナさんがいたら、こんな状況をどう見たのかな……」
セラはぽつりと呟き、ドミニクは苦い笑みを浮かべる。「あいつなら一刀両断したかもな。『足掻きを捨てるくらいなら死んだ方がマシ』ってね……。でも、今の街は“苦痛を共有”する形で生き延びてる。そして、真理探究の徒は“死や限界を超える”と主張してる……。極端な意見がぶつかりあってるんだ」
セラがファイルを開き、各地域の状況報告を読み上げる。再生プロジェクトの農地では若干の収穫が期待できるものの、大幅な食糧不足を解消するには程遠い。また、ESPを導入している住民が増えている一方、「真理探究の徒」の教えに傾倒し、ESPを拒否する動きも一部で見られるようになった。
「分断が進んでいるのね。ESPに参加しない人たちは、感情共有を遮断される形になってしまっている。助け合いのメリットを享受できずに“孤立”を感じる一方、真理探究の徒が差し伸べる手を取ろうとしている……」
セラは深い溜め息をつく。ドミニクは眉をひそめながらも首肯する。
「足掻きの意思が薄れるかもしれん。一方で、真理探究の徒が持ち込む物資や技術が魅力的に見える市民も少なくない。“固定化”の可能性が兵器に転じれば、俺たちが恐れてきたリセットと同じか、それ以上の惨劇になるだろう……」
そのとき、テントの外から大きな怒号が響いた。指揮所の兵士が慌てて入り、「報告! 街の外縁部で不審者が多数発見され、衝突してる。どうやら〈ヴァルハラ〉の残党かもしれないとのことです!」と叫ぶ。
ドミニクが立ち上がり、険しい顔で唸る。「くそ……こんな夜中に……」
セラはすぐに出動の用意をして、銃や防護装備を取ろうとする。ドミニクも兵士を率いて現場へ向かう支度を始める。
「街を攻めてくる気なのか? それとも真理探究の徒の拠点を狙っているのか……? いずれにせよ、俺たちが抑えなきゃ」
数分後、ドミニクとセラらが武装車両で街の外縁部へ急行すると、既に銃声と爆発音が響いていた。暗闇の向こうに火花が散り、人影が動き回る。何台かの装甲車らしきものが停止しており、その周囲で交戦が繰り返されているようだ。
ドミニクが車から顔を出し、無線で兵士に指示を飛ばす。
「敵は何名だ? ヴァルハラの紋章があるか?」
返ってくる声はノイズ交じりで、「数十名はいる模様。確証はないが、武器の種類や動きが〈ヴァルハラ〉に近い。真理探究の徒のテントが襲われているようです!」と報告を受ける。
セラは驚きの声を上げる。「真理探究の徒のテントを……? 向こうが狙われてるなんて……」
ドミニクは唇を噛み、「あいつらが被害に遭うのは自業自得かもしれんが、街の安全上、放置はできん。行くぞ!」と兵士を率いて突入を指示する。
戦闘の焦点となっているのは、真理探究の徒が設営したテント群のあるエリアだった。そこでは、武装した集団がテントを破壊し、書類や機材を燃やし始めている。白衣ローブの男女が逃げ惑い、一部が必死に抵抗しているが、戦闘訓練を受けていないのだろう、次々と倒れていく。
銃弾が飛び交い、暗闇に悲鳴が混ざる。セラとドミニクの部隊が到着すると、その集団は強引に退却しようとしているようだ。こちらが援護射撃で敵を牽制し、なんとか間に合う形で真理探究の徒を救出することに成功する。
ドミニクは地面に伏せていたハベルの姿を見つけ、駆け寄る。ハベルは腕を撃たれて血を流しており、苦痛に顔を歪ませながら倒れていた。
セラは即座に応急処置を施そうとし、防護袋から止血キットを取り出す。
「耐えて……ハベルさん!」
ハベルはかすれ声で言う。「まさか……〈ヴァルハラ〉の襲撃をここまで受けるとは……君たち……助かった……」
一方、ドミニクや兵士たちは装甲車の周囲で激しい銃撃を交わし、撤退しようとする敵を追いかける。敵は猛攻を繰り返し、こちらの兵士も数名が倒れる。しかし、夜の闇を利用したゲリラ戦を挑む敵は、一部が街の奥へ紛れ込もうとしている。
カイも別働隊と合流し、「奴らを街に入れたら厄介だ! 囲んで撃退しよう!」と指示を出す。
反対派や懐疑派の兵士が力を合わせ、迫撃砲やマシンガンの集中砲火を浴びせてやっと敵勢を後退させることに成功する。逃げ遅れた数名の敵は捕虜となり、残りは装甲車を捨てて夜闇に溶け込み姿を消す。
戦闘が一段落し、ドミニクが荒い息をつきながら戦況を確認する。「死者は……こちらが5名、負傷者十数名か……」
セラが倒れた兵士に駆け寄り、涙をこらえながら抱き起こす。血に染まった彼の胸に触れ、意識通信で苦痛を感じ取ろうとするが、すでに息絶えているのが分かる。セラは唇を噛み、ESPを通じて周囲の悲しみがじわりと伝わってくるのを痛感する。
襲撃を受けた真理探究の徒のテント群には、複数の死傷者が出ており、書類や実験装置の一部が破壊された。中には研究成果が燃えてしまったものもあるらしく、現場は混乱と絶望の声で満ちている。
セラは肩を落としつつ、まだ息がある被害者を必死に救護し、医療班を呼び寄せる。ドミニクは隊をまとめ、「真理探究の徒の生き残りは街へ保護する。あいつらをこんな所に残しておいたら、また襲われるだろう」と判断する。
カイはハベルの元へ駆け寄り、「これだけの怪我人が出たら、彼らも街の医療施設を頼らざるを得ない。ESPで苦痛を和らげられるし、しばらく街の中心部で療養すればいい」と助言する。
血の匂いと煙の立ちこめる夜闇を抜け、救護車が懸命に動き始める。普段は衝突していた街と真理探究の徒が、今は襲撃者から身を守るために協力し合わざるを得ない。まるで、皮肉な運命が二者を繋げようとしているかのようだった。
夜明け前、街の医療棟でハベルが緊急治療を受けている。腕に深い銃創があり、輸血が必要な状態だ。医師たちが必死に処置し、セラとカイも援助する。ESPを使って痛みを軽減しつつも、身体のダメージをどうにか止めねば命が危うい。
ハベルは朦朧とした意識の中、息も絶え絶えに言う。
「くっ……この街に……力を借りるとは、皮肉なものだな……。ありがとう……私たちは、リセットの亡霊とは違うと……信じて……」
セラはハベルの血を拭いながら、「喋らないで。今は助けることだけ考えてる……あなたたちが何を求めるかは別として、苦しむ人を放っておけないのが私たちの街だから」と優しく諭す。
カイが横で医師をサポートし、機器の調整を行う。やがて麻酔が効きはじめ、ハベルは昏睡状態へと落ちていく。ドミニクは外でそれを見守りながら、複雑そうに舌打ちする。
「救いたくはないが、放置すれば街が悪者になるし、奴らが恨みを募らせる。……結局、俺たちは足掻きながら共存を模索するしかないのか」
夜が白み始める頃、ドミニクやセラ、カイらは再び仮設指揮所に集まり、朝日に照らされる書類や端末を見つつ会議を行う。先の襲撃で防衛した真理探究の徒を街で保護することが決定し、その後始末を手早く進めなければならない。
兵士たちの報告によれば、襲撃してきたのは〈ヴァルハラ〉の残党の小隊であり、ネツァフの技術に執着する真理探究の徒を排除しようとした疑いがあるという。今後も似たような襲撃が起こる可能性が高い。
ドミニクは頭を抱えつつ、資料をめくる。
「くそ……俺たちが真理探究の徒を“厄介者”と思ってたが、〈ヴァルハラ〉はさらに容赦ないね。どうやらこの街がネツァフ関連の技術を持ってるのを知っていて、それを取り逃すわけにはいかないということだろう。真理探究の徒も同じく狙われる立場になったわけだ」
カイは苦い思いで口を開く。
「街には二つの危機が同時に迫っている。真理探究の徒の研究が暴走するか、〈ヴァルハラ〉が街を破壊して技術を奪うか……いずれにせよ、このままじゃ犠牲が増えるだけだよ」
セラは沈痛な面持ちで呟く。
「だけど、私たちは足掻きを続けるしかない。真理探究の徒も守るしかない。レナさんがいなくても、ゼーゲがなくても、やるしかないのよ……。これが“終わりと始まり”なのかもしれない」
襲撃後しばらくして、街の空気を落ち着かせるため、緊急の大集会が再び開催される。ドミニクをはじめ、新体制を代表する主要人物が壇上に並び、多くの市民、真理探究の徒の幹部、さらにはエリックなども参加する。
そこではドミニクが苦しそうに意を決して宣言する。
「我々は、レナの散華後にESPを導入し、再生プロジェクトを進めてきた。だが、〈ヴァルハラ〉の襲撃が絶えず、真理探究の徒という新たな要素も加わり、街はさらなる混迷を迎えている。……だからこそ、“街を一つにまとめる”新たな体制が必要だ。真理探究の徒であろうと、懐疑派であろうと、ESP賛同者であろうと、全員が協力して守り合う。そのために、“評議会”を正式に発足させる!」
会場がざわめく。セラが続けてマイクを握り、穏やかな口調で補足する。
「評議会というのは、街に住む各勢力の代表が集まり、対等に話し合い、決定を下す仕組みです。私たち反対派や懐疑派だけでなく、真理探究の徒も参加し、ESPの運用や再生プロジェクト、街の防衛を共同管理する形。これは危険もありますが、これ以上の分裂や衝突を防ぐには必要なんです……」
真理探究の徒からは、重傷のハベルに代わり、副幹部リタという白衣ローブの女性が登壇する。まだ若いが冷静な眼差しで、ドミニクらを見回す。
「私たちも襲撃で被害を受け、この街が防衛してくれた恩義を感じています。評議会への参加要請をありがたく受けます。ただし、我々の研究を止められないことが前提です。ネツァフの死骸やESPの情報交換を進めながら、お互いが利益を得る形で……」
ドミニクは鋭い口調で訂正する。
「そこはまだ協議中だ。お前たちの研究が街の危機を招く恐れもある以上、完全な自由は認められん。評議会で取り決めを行い、兵器化や人道に反する行為は厳しく制限する。分かってるな?」
リタは微笑んで頷く。
「承知しています。我々も“暴力”は望みません。ハベルも治療中だし、当面は街を守る立場に回らざるを得ないでしょう」
両者の間に張り詰めた空気があるものの、会場の市民は拍手や安堵のため息をつき、評議会発足が街を一つにまとめる手段となることを期待している様子だ。こうして、新体制の“さらに新たな段階”が見えてきたのである。
評議会の一員として、エリックにも白羽の矢が立つ。リセットを拒んだ経歴と、中立的な立場にいることから、真理探究の徒とも懐疑派ともある程度対話が可能だろうと期待されたのだ。しかし、エリックは困惑の表情を浮かべる。
「俺は何の政治的経験もない。ただ、家族を守りたいだけ……こんな重大な評議会で発言する資格があるのか」
セラは優しく微笑む。
「あなたこそ、リセットも足掻きも両方見てきた人でしょう? 家族を逃がすためスイッチを押さなかった結果、世界がこうなった。でも、世界はまだ続いてる。そういう経験を持つ人こそ大事なのよ。真理探究の徒の危険性も、実際に彼らを見てる懐疑派の視点も、両方理解してもらいたい」
エリックは唇を噛み、しばし逡巡していたが、最終的に頷く。「分かった……俺にできることがあるなら。街を崩壊させないために、そして家族をもう逃がさないためにも……俺は参加するよ」
評議会の初日、街の中心広場に簡素な壇が設置され、各派の代表が壇上に並ぶ。反対派・懐疑派のドミニクやセラ、カイ、研究者ミラ、エリックの他、真理探究の徒からはハベルが回復途中ながら代理のリタが出席し、さらに周辺農村の代表や一部の市民代表も呼ばれている。
薄曇りの空から柔らかい光が射し、壇上に集まった面々に注目が集まる。人々の期待と不安が入り混じり、息を呑むような静けさに包まれる。
ドミニクがマイクを握り、改まった声で宣言する。
「これから、この街は“評議会”によって運営する。俺やセラ、カイ、真理探究の徒のリタ、そして市民代表が対等に意見を述べ、街の方針を決めるんだ。……この街が足掻きを捨てずに生き延びるため、そして新生活を守るため、協力してほしい」
どこからともなく拍手が起こる。真理探究の徒のグループや市民の一部、再生プロジェクトで働く人々、さらにはエリックの家族など、皆がそれぞれの思いを胸に複雑な眼差しを送る。ここから先、果たしてどんな道が開かれるのか、誰にもわからない。
評議会の発足式を終えた後、セラの発案で一つの象徴的な儀式が行われる。かつて廃墟となったビルの一角、レナの想い出を象徴する場所に、小さな苗木を植えるというのだ。これは「街の再生と、レナが紡いだ足掻きの意思を記憶する」ことが目的とされている。
人々が集まり、セラが苗木を抱え、カイやエリックが周囲を囲む。ドミニクが静かに見守り、ミラや農地関係者が手伝う形で、土を掘り起こす。苗木は、わずかに緑の葉をつけた幼い木。ネツァフの死骸から抽出された有機質や、再生プロジェクトの技術を活用して育てられたものだと言われている。
「これは“終わりと始まり”を象徴する木。リセットとネツァフの時代を完全に終わりにし、でも足掻きを続ける私たちが、新しい世界を始めるための木……」
セラはかすれた声でそう説明しながら、苗木をそっと土へ埋める。会場に静寂が流れ、多くの人が祈るように見つめる。誰もが故レナや散った仲間たちを思い出し、今こそ新生活を築くんだという決意を胸に抱くのを感じる。ESPにより、その感情は周囲に波紋のように伝わっていく。
儀式が終わり、夜が訪れるころ、街のあちこちで人々が思い思いに語り合う。「評議会、どうなると思う?」「真理探究の徒が心配だけど、協力するって言ってたし……」「レナさんが残した足掻きが無駄にならないといいけど……」などの囁きが飛び交う。
ESPの効果で、街は一体感もあるが、その一体感が行き過ぎれば個々の意志が混ざりすぎて足掻きを損なうリスクもある。さらに、〈ヴァルハラ〉の脅威や、真理探究の徒が抱える未知の研究――それらがどこへ向かうか、誰も断定できない。
カイは街の路地を歩きながら、周囲の住民からの質問に答えつつ、心の中で闘志を燃やす。(僕たちがさらに研究し、再生プロジェクトを拡大すれば飢えや不安は減るはず。ESPがあれば助け合えるし、真理探究の徒の技術も平和利用できるなら万々歳だけど……) 迷いはあるが、進むしかない、と自分に言い聞かせる。
夜も更け、セラは疲れ果てた身体で仮設住宅の床に横になる。意識が薄れかかったとき、脳裏にかつて潜った仮想空間「オルド」の残響がよぎる。ESPと似て非なる、ネツァフの制御システムだったはずの場所だ。
うとうとしながら、セラは不気味な夢を見る。そこには崩壊しかけたオルドの断片が浮遊し、レナの顔がぼんやりと浮かび上がるような錯覚があった。レナが微笑み、何かを囁こうとするが、ノイズでかき消される。すると、不意に真理探究の徒のローブを纏った人物が現れ、レナを連れ去ろうとする――そんな悪夢だ。
「や、やめて……!」
セラは悲鳴を上げて目覚め、汗まみれになっているのに気づく。周囲の住人がESPを通じて彼女の動揺を感じ取ったのか、何名かが心配して駆け寄ってくる。セラは申し訳なさそうに微笑み、「ごめんなさい、悪い夢を見ただけ……平気よ」と伝えるが、胸の高鳴りは一向に収まらない。
同じ夜、エリックも眠れずに街角を巡回していた。警備兵の一人に加わり、懐中電灯を照らしながら、廃墟の通りを歩き回る。ESPへの抵抗感があったが、家族のために少しずつ取り入れ、いまは仲間と感情を共有できる自分になりつつある。
そこで、セラとばったり会い、二人は深夜の街角で話を交わす。セラは先ほどの悪夢のことを伏せつつ、微笑みを作る。
「眠れないの? 私もなの……何だか街が落ち着かなくて」
エリックは苦笑し、「そうなんだ。家族が寝てる横で、俺だけ落ち着かなくてね。もし〈ヴァルハラ〉がまた攻めてきたら、とか、真理探究の徒が奇妙な研究をして暴走したら、とか……今の街は危ういバランスの上に立ってると思う」
セラはふと目を伏せ、「でも、終わらせないよ。足掻きは……。レナさんの散華が終わりを象徴したなら、私たちが始まりを作らなきゃ。きっと彼女もそう思ってる。あなたがリセットを拒んでくれた結果、世界は消滅を免れた。だから、もう一度進むしかない……」と語る。
エリックはその言葉に力をもらったように笑みを浮かべ、「ありがとう、セラ……俺も、街の一員としてやってみる。あんたたちの足掻きに参加して、何かを残したい」と誓う。
翌朝、ドミニクは評議会で提案を行う。「もし〈ヴァルハラ〉が再度大規模に襲撃してくるなら、街の外に“最終防衛線”を築くべきだ。真理探究の徒とも協力し、警戒網を張り巡らせよう。街の内部ではESPと再生技術を普及し、新生活を継続する。あくまで足掻きを捨てない前提だ……」
リタ(真理探究の徒の副幹部)はそれを聞き、「あなたたちがそこまで防衛を固めるなら、私たちも物資と技術で応援する。ネツァフの死骸から得た“バイオロジカルセンサー”のデータも活かせるかもしれない」と応じる。
一部の市民は戦闘には消極的ながら、街を守らなければ再生プロジェクトも成立しないことを理解している。評議会はごたごたしながらも、結局は“防衛強化”と“新生活推進”の両立を決断。ここから一斉に街の各所で活動が加速し始める。
ネツァフの死骸やリセットの亡霊を引きずりながらも、街はゼーゲの崩壊後に「ESP」を導入し、人々が痛みを共有して生き延びる新体制へと進化してきた。そこに絡む真理探究の徒の台頭や、〈ヴァルハラ〉残党の脅威は、足掻きの道が終わらないことを象徴している。
しかし、“終わり”を迎えたはずのリセットの時代が、本当に過去になったわけではない。ネツァフ由来の技術が再生プロジェクトを後押ししつつ、新たな研究の種を生んでいる。そして、魂の固定化という思想が芽吹き始めた今、街の人々はまた別の選択肢に突き当たるかもしれない。
ドミニクやセラ、カイ、そしてエリックやミラたち――彼らはレナの散華を胸に刻みながら、終わりなき足掻きを“新生活”へ結びつけようと奮闘し続ける。そこにこそ、レナが信じた“生きることの尊厳”があると信じて……。
夜空を見上げれば、月明かりが淡く街を照らし、崩れたビルの鉄筋がシルエットを描き出す。足掻きの時代が“終わる”ことはないのだろう。けれど、“はじまり”を告げる小さな緑や人々の連帯が、また一筋の光を差し込んでいる。
人々の足掻きが止まらない限り、いずれこの街は再び明るい陽射しのもとで笑い合うことができるかもしれない。それこそが、新体制と新生活の希望――リセットを超えた“真なる再生”と“個の尊厳”が、次の時代を紡ぐだろう。
――そして、ここから先の物語は、真理探究の徒の研究と〈ヴァルハラ〉の暗躍を軸に、新たな局面へと移行する。Episode 12-3「終わりと始まり」は、レナの足掻きが生んだ世界で、また新たに広がる戦いと再生への序曲なのかもしれない。これが“終わり”であり“始まり”――すべては次なる足掻きへと続いていく。