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再観測:ゼーゲとネツァフ:Episode 8-1
Episode 8-1:現実世界での戦闘
朝方、反対派本拠地の周囲に霧が立ちこめていた。昨夜は珍しく雨が降ったらしく、鉄骨やコンクリートが湿気を帯び、うっすらと光を反射している。廃工場を要塞化したこの拠点には、朝日が差し込むのが遅く、薄暗い雰囲気が続いた。
セラはひとり、レンガの壁にもたれかかるように腰を下ろしていた。肩にはまだ“オルド侵入”の疲労が残っているが、身体は随分と動くようになった。気を張り詰めていたせいか、身体中の筋肉が重く感じられる。
「ネツァフを止めたんだ……でも、まだ戦いは終わらない……」
薄い嘆息とともに、足元に水たまりができているのを見て、そこに映る自分の顔がやけにやつれていることに気づく。肌は少し青ざめ、眠れていない証拠だ。
背後から足音が近づき、振り返るとカイが不安げな表情で立っていた。「セラ、大丈夫? 少し休んだ方がいいんじゃないか……身体が回復してないみたいだけど」
セラは小さく首を振り、ぎこちなく微笑む。「大丈夫。眠りが浅くて気怠いだけ。カイこそ、オルドの影響で頭痛がするって言ってたでしょう……?」
カイは肩をすくめて短く笑う。「寝不足はお互いさまだ。だけど、今はそうも言ってられない。ドミニクが“警戒態勢を強める”って通達を出してきたんだ……」
その言葉に、セラは背筋を伸ばして聞き返す。「警戒態勢? 強行派の残党が襲ってくるの?」
カイは低い声で頷く。「どうもそうらしい。街の外れで見慣れない装甲車が目撃されてるって報告があって、反対派の偵察隊が帰ってこない。ドミニクは“ただの盗賊とは違う動きだ”って推測してるみたいだよ」
セラは少し震えを感じながら立ち上がる。(もうリセットは崩壊した。それでも、力で世界を支配しようとする者がいるのか……?)
「わかった。じゃあ、私たちも準備しなきゃ。ドミニクさんのところへ行こう。もし戦いになるなら、ゼーゲや懐疑派の部隊を動かさなきゃ……」
廊下を走って中央ホールに着くと、反対派や懐疑派の将校が集まり、ざわざわと話し合いをしている。中心にはドミニクがおり、地図を広げて険しい顔を浮かべていた。彼はセラたちを見るなり、「来たか。いいところに……」と声をかける。
「状況を教えて」
セラが息を整えて尋ねると、ドミニクの部下が地図を指し示す。「西の山麓地帯で、装甲車が十数両集結しているとの情報がある。指揮官らしき人物が“もう一度リセットを掲げる”などと言ってるらしい……」
セラは唖然とする。「リセット? でもネツァフは止まってるのに……」
ドミニクは苦々しい顔で続きを述べる。「おそらく強行派の生き残りが、新しい兵器か何かを持っているらしい。“痛みなく消す”まではいかなくても、大規模な爆破や化学兵器で“世界を壊す”といった話が飛び交ってるんだ……要するに、“死なばもろとも”の狂気だな」
カイは頭を抱え、「ネツァフを失った彼らが、破壊的手段に走る可能性がある……それはまずい。市街地や反対派本拠地を攻撃してくるだけでなく、また大量の死者が……」と焦りを見せる。
ドミニクはテーブルを叩き、「出るぞ。俺たちが先手を打って止めるしかない。セラ、カイ、ゼーゲの汎用モードが一応完成したろ? 誰が乗るかは後で決めるが、連れて行くぞ。懐疑派にも援護を頼む」と指示を飛ばす。
即座に部隊が編成され、反対派の装甲車や懐疑派が合流した輸送トラックが本拠地から出発する。朝の陽光は薄雲に覆われ、どこか不吉な影が空一面に広がっている。地面は雨上がりのぬかるみで、タイヤが泥を跳ね上げながら前進していく。
セラはドミニクとともに指揮車に乗り込み、カイと数名の懐疑派将校が護衛車両に分乗する。ゼーゲはまだトレーラーに乗せられた状態で出発し、現地で展開する計画だ。運転席ではメカニックの若者が緊張の面持ちでハンドルを握っている。
「まったく、せっかくオルドを封じたと思ったら、今度は強行派残党が自爆兵器でも使う気なのか……嫌な予感がするぜ」とドミニクが唸る。
セラは窓の外を見つめ、「もう一度世界を巻き込む気なの……? リセットもできないなら、ただの破壊でしかない……どうして……」と胸を痛める。
ドミニクは苛立ちを隠せない声で「狂信的なんだよ。あいつらにとっては“世界を壊す”ことが唯一の救済なんだ。ネツァフがなくとも、爆弾や毒ガスを使えばいいというわけさ……」と吐き捨てる。
数時間の道のりを経て、部隊は西の山麓地帯へ近づく。そこは以前、炭鉱町として賑わっていたが、戦乱や経済破綻で放棄された地区らしい。道端には朽ちた家屋や鉄屑が散乱し、人の気配はほとんどない。
案の定、遠くのほうから煙が上がっており、装甲車らしき黒い影が見える。偵察隊の報告では、あのあたりに強行派残党の集団が拠点を構えているという。
ドミニクが車内無線で全車両に向けて指令を発する。「目標は廃村の中心部だ。奴らがここで大型爆弾を製造している可能性がある。即時制圧し、爆発を阻止する。殺戮は最終手段だ、余計な血は流すな……!」
セラはヘルメットを被り、防弾チョッキを身に着ける。心拍数が上がってきた。(また戦闘か……でも、何人もの命が危険にさらされるなら、止めなきゃいけない。ネツァフと違って機械的な大破壊兵器なら、ゼーゲと火力で抑えられるはず……)
カイも通信機を構え、「ゼーゲを展開するには平地が必要だ。この廃村の入口でトレーラーから降ろして、汎用パイロットが乗り込む段取りだね。セラ、あまり前に出ないように……」と忠告する。
隊列が廃村に入りかけた瞬間、周囲に仕掛けられていたトラップが起動した。地雷とみられる爆発がドン!と轟き、先頭車両が転倒する。土埃と破片が空を舞い、かろうじて逃げた兵士が転げ出てくる。「くそっ、罠を仕掛けてやがったか……!」
「みんな伏せろ!」
ドミニクが指示を飛ばす。車両のドアを開け、セラとカイも外へ出るが、瓦礫や煙が視界を妨げる。強行派の残党が遠くのビルから銃撃を浴びせ、火線が交錯する。
反対派兵と懐疑派兵が散開し、応射して応酬するが、敵も地の利を活かして狙撃してくる。戦火が一気に激化し、辺りに硝煙の匂いが広がる。
セラは身体を低くして廃車の陰に隠れ、隣でカイも地図を確認する。「敵は想定より多いかもしれない。廃ビルの屋上や窓から狙ってる……!」
ドミニクが歯を食いしばり、無線を握る。「ゼーゲを展開しろ! 汎用パイロットは準備完了してるか? 早く火線を制圧しないと……!」
「了解、ドミニク隊長。トレーラーからゼーゲを下ろします!」
部下の声が応じ、後方で大きな機械音が響く。ガシャガシャという金属の音とともに、ゼーゲが緩やかに下降し、起動準備に入る。自走できるとはいえ、まだ汎用モードでどこまで戦力になるかは未知数。だが、ここで使わなければ何のための強化か分からない。
整備班が慌ただしくケーブルを外し、パイロット志願の若い兵士がコックピットに乗り込む。彼は以前シミュレーターである程度の訓練を積み、汎用モードなら操縦可能と判断されていた。
「よし……動力オン! 制御ソフト、汎用モードで稼働!」
外装に光が走り、ゼーゲの目にあたるセンサーが赤く点灯する。数秒の後、機体がゆっくりと上半身を起こし、格闘と射撃に対応するポジションをとった。
セラが遠くからそれを見て、(頼む……レナさんの姿がない今でも、街を守るために力を貸して……)と心で祈る。ドミニクは銃を構えながら、「ゼーゲ、そっちの建物を壊してでも敵を叩き出せ! 市民が住んでるわけじゃない廃村だ、躊躇するな!」と無線で命令する。
ゼーゲは装甲車を踏み越えるように前進し、右腕のモーター音を響かせながら瓦礫を払いのける。ビルの上階から飛んできたロケットランチャーを受けるが、強化された装甲が砲撃を弾き、僅かな被害で済む。
「こいつ……思ったより動ける!」
パイロットの声が無線に乗り、ゼーゲが左腕部に装備されたシールドで敵火力を受け止めながら、右腕のマシンガンをビルに向けて掃射する。コンクリが砕け、強行派の狙撃手が転落して悲鳴を上げる。
一方、強行派もただ黙ってやられるつもりはないらしく、背後の広場から大きな装甲車が進み出てくる。そこには大きな砲塔が載せられており、まるで“自走式榴弾砲”を改造したかのような姿だ。
「あれは……かなりの火力だぞ。ゼーゲといえど、まともに食らえば危険だ!」
ドミニクが焦る。装甲車の砲口がゼーゲを狙い澄ませ、ドン!という大音量とともに榴弾が炸裂する。ゼーゲは咄嗟に体をひねって回避しようとするが、飛び散る破片が脚部に直撃し、火花が散る。
「うああっ!」
パイロットが悲鳴を上げ、機体が片膝をつくようにバランスを崩す。しかし、汎用モードでの制御はしっかりしているらしく、大破までには至らない。パイロットが歯を食いしばって操縦桿を引き、ゼーゲは再び立ち上がった。
セラは廃車の陰からそれを見守り、(がんばれ……戦って! ここで踏ん張らなきゃ、強行派がまた街を壊すかもしれない……)と苦しい息をつく。カイも隣で頭を巡らせ、「ゼーゲに遠距離火器を使わせるしかない。榴弾砲を優先的に叩かなきゃ……」と無線に指示を送る。
ゼーゲが中距離マシンガンを連射し、敵の装甲車に弾幕を浴びせるが、相手も装甲が分厚く一筋縄ではいかない。さらに歩兵が側面からロケットを発射し、ゼーゲの上半身を揺さぶる。
「このままじゃ持たない……!」
パイロットが悲鳴じみた声を上げる。ドミニクの部下が地上から援護射撃を試みるも、強行派は高い士気を保ち、「リセットがなくても世界を破壊できる!」という狂信的な叫びを上げて立ち向かう。
そのとき、ドミニク自身が前に飛び出し、部下数名を率いて側面から装甲車を攻撃し始める。銃撃と手榴弾を連携し、無謀ともいえる突撃を敢行するのだ。「撃てえっ!」
激しい火花と破片が舞い、ドミニクの隊が装甲車の前輪を狙い潰そうとする。装甲車は揺れ、砲撃が狙いを外し、弾が空中を切る。一瞬の隙が生まれ、ゼーゲが真っ直ぐ突進を開始する。脚部がきしむ音が響き、パイロットが気合いの声を上げる。「うおおっ!」
機体が豪快にジャンプして装甲車の砲塔を叩き潰そうとする瞬間、敵が必死に榴弾を一発撃ち返す。「ドン……!」という衝撃でゼーゲの右肩が吹き飛びかけるが、強化済みのフレームがギリギリ持ちこたえ、砲塔を押し倒すように両腕を振り下ろす。
メリメリと金属が裂け、敵兵が悲鳴とともに装甲車から飛び降りてくる。煙が充満し、装甲車が倒れ込むように止まった。
装甲車の陥落を見て、強行派兵は一気に士気を失い、混乱して逃げ出す者が続出する。中には「リセットなどどうでもいい、もうやってられるか!」と泣き叫ぶ兵士もおり、その狂気の姿にセラは背筋を凍らせる。
ドミニクはすかさず降伏勧告を行い、銃を下ろすよう呼びかける。「もう終わりだ! 大人しく武器を捨てろ。痛みなく消すどころか、自分たちが消えてどうする……」
強行派のリーダー格も重傷を負ったのか、地面に膝をつきながら呆然と呟く。「リセット……俺たちの救い……もうない……全部無意味だ……」と言い残して、銃を握ったまま気を失う。
戦場に漂うのは硝煙と鉄錆の匂い。そして苦痛の呻き。やがて反対派や懐疑派の部隊が一斉に進み、残存する敵兵を拘束しながら捜索を進める。セラとカイは、砲撃で崩れたビルの瓦礫をかき分け、負傷者を救出して回る。
「誰か、生きてる人は? 応答して!」
セラの呼びかけに、瓦礫の下からうめき声が返る。彼女は反対派兵と協力して瓦礫をどかし、若い兵士を引き出す。男は胸を押さえて血を流しているが、弱々しく目を開けている。「くそ……もうどうでもいい……」と力を失っている。
セラは苦しそうに歯を食いしばりながら、男を安全な場所へ運ぶよう仲間に命じ、心の奥で(もうこんな戦闘を繰り返さないで……)と涙を浮かべる。
こうして、強行派残党の装甲車隊は事実上壊滅し、一部が逃亡したものの、大勢が武器を捨てる形で戦闘は終わりを迎えた。荒野に拡がる廃村の風景はさらに荒れ果て、瓦礫の山と化した。
「……やったな、ゼーゲ。汎用モードでもここまで戦えるのか……」
ドミニクが指で汗を拭い、ゼーゲを見上げる。右肩を爆撃で損壊したものの、機体は自立し、戦闘能力を残している。その背中は「人を守るために戦う」という決意を象徴するかのように、重々しいシルエットを描いていた。
パイロットがコックピットから降りてきて、息も絶え絶えに笑う。「はぁ……ギリギリだった……。でも、なんとかやり遂げました。これで強行派残党の脅威はほぼ消えたはず……」
セラは拍手を送りたい気持ちを抑えつつ、負傷者救護に忙しい。カイはトランシーバーで医療班と連絡を取り、「救急車両を呼んで。市街地から救護を……」など指示をしている。
それでも、死者と負傷者が大勢出た現実は厳しい。あちこちで兵士や強行派残党が横たわり、うめき声や静かな絶命が繰り返される。セラは心が痛むが、ドミニクの部下が血の付いた腕で彼女の肩を叩き、「セラ、こっちにも生きてる奴がいる! 手伝ってくれ!」と促す。
彼女が駆けつけると、若い女性兵士が胸を撃たれ、最後の息を引き取ろうとしている。その顔は驚くほど安らぎを感じさせ、「……もう、苦しまなくて……いい……?」というか細い声でセラを見つめる。
「そんな……! しっかりして、まだ救えるかもしれない……!」
セラが必死に声をかけるが、女性は淡い微笑を浮かべながら、静かに目を閉じる。セラの手が血で赤く染まり、その温かさが奪われていくのを感じ、胸が締め付けられた。
(リセットやネツァフで痛みなく消すのではなく、足掻きのなかで命を散らす……それが人間の生き死になんだ。私はこれでも、進むしかないの?)
セラの瞳に大粒の涙が溢れそうになるが、押し殺して周囲を見回す。まだ助けを求める声があるなら、動かなければならない。
夕方、ようやく救護や捕虜の処理が終了し、反対派部隊はゆっくりと撤収の準備を始める。赤い夕陽が廃村を染め、あちこちで上がる黒煙が影を伸ばしている。
セラはぼんやりと石の上に腰を下ろし、地面に散った血痕を見つめていた。カイは少し離れて通信や事後処理の指示をしている。そこへドミニクが来て、「無事か? お前も手伝いすぎだろう」と声をかける。
セラは虚ろな笑みで首を振る。「大丈夫じゃないけど……どうしようもなくて。こんな悲惨な戦い、もうやめたい……でも、足掻くためにこうして戦わなきゃいけないなんて、辛い……」
ドミニクはそれを聞き、腕を組んで黙った。しばし沈黙が流れたあと、ゆっくりと口を開く。「俺も同じだよ。レナがいたころからずっと、戦ってばかりで、今も変わらん。だけど、ネツァフを封じたのはお前だろ? それで救われた命が沢山ある。……正直、気に入らねえが、お前がいたからこの戦闘も最小限で済んだかもしれん」
セラは少し驚き、ドミニクがそんな風に評価してくれるとは思っていなかった。彼女は目を潤ませ、「ありがとう……。でも、あんなに死者が出てるのに、最小限だなんて……」と苦しむように呟く。
ドミニクはやるせない表情で呟き返す。「戦争なんてそんなもんだ。ネツァフやリセットを使わなくても血が流れる。お前が足掻くから、少しは救われる命がある……それでいいじゃないか」
その一言にセラは切なさを抱きながらも、(足掻き続ける意義がここにあるのか……)と覚悟を再確認する。
日が暮れかける頃、トレーラーに乗せられたゼーゲは、本拠地へ戻るための道を走り始める。右肩を破損したままだが、一応自力移動は可能そうだ。メカニックたちが応急処置を施し、ゆっくりとトレーラーの平台に固定してある。
セラもドミニクと一緒に指揮車で帰路につくが、途中の峠道で突然エンジンが故障し停まってしまう。「くそ、整備が追いついてないか……」とドミニクが苛立つ。
セラとカイが工具を持って応急修理を試みるが、夜の闇が深まる中での作業は骨が折れる。外は寒く、雨がまた降りそうだ。
「こんなとき、レナならパッと直し方を見つけてくれるのに……」とドミニクが自嘲する。レナは修理の知識も豊富だったらしい。セラは微笑して「きっと、また帰ってくるよ。そしたらゼーゲだって活躍できるはず……」と励ます。
そこにカイが「修理は一晩かかりそうだ。ここで仮眠をとるしかないね……」と申し訳なさそうに言う。仕方なく、周囲を警戒しつつ野営を行うことになった。
仮にテントを張り、焚き火を囲んで兵士たちが身体を温める。セラ、カイ、ドミニクもそばに座り、少し黙って火を見つめる。先ほどの戦闘の記憶が甦り、皆が暗い気持ちを抱えているが、どこか安堵もある。
ふと、ドミニクが意外な声で口を開いた。「セラ、カイ……お前らがネツァフを止めてくれたおかげで、俺たちはまだ戦い続けることができる。皮肉なもんだが、感謝してるよ。レナがいたらなんて言うかな……」
セラは笑顔を浮かべる。「レナさんなら、『馬鹿みたいに足掻く姿は嫌いじゃない』って言うかも。少なくとも、血を流すだけの戦いよりは一歩進んだ気がする……」
カイは手をかざして火を暖めながら、「でも、まだ課題は多い。ゼーゲは汎用モードしかないし、強行派残党を倒しても、別の勢力が出てくる可能性は高い。世界が足掻きを必要としている状況は続くね」と苦笑する。
ドミニクは深い息を吐き、まるで自分に言い聞かせるように呟く。「たとえネツァフが終わっても、戦争は終わらないのかもしれない。……それでも、レナが希望を見たというお前たちの“足掻き”を信じてみるよ。俺たちもゼーゲを完成させて、今度こそ守りたいものを守るために戦うんだ」
翌朝、エンジン修理が完了し、部隊は再出発する。夜に雨が降らなかったため、道はそこまでぬかるまなかった。日の出前から走り始め、空がほんのり朱色に染まる中、装甲車やトレーラーが山道を抜けていく。
セラは車窓から最後に見える廃村の風景を眺め、(あんなに死と破壊が溢れた場所だけど、いつか人々が戻ってきて再生するのかな……)と淡い期待を抱く。きっと簡単ではないが、戦いに勝った今こそ、新しい一歩を踏み出せると信じたい。
カイは隣で仮眠をとっているが、セラは眠れずに考えを巡らす。(現実世界での戦闘は終わったけど、また何かが起きるかもしれない……レナさんがいない今、私にできることは何?)
ドミニクの車両が前方を走るが、その後ろ姿からは疲労と決意が読み取れる。(ドミニクさんも苦しいだろうに……必死に皆を導いてる。私も負けずに足掻かなきゃ……)
朝日が昇るころ、反対派本拠地に戻った一行を仲間たちが迎える。「よく戻った!」「戦況はどうだった?」と口々に問いかけられ、ドミニクが複雑な表情で「一応、勝った。強行派残党は壊滅だ」と答える。
兵士たちが歓声を上げる一方、死者の報告も流れ、喜びと悲しみが入り混じったムードになる。誰かが泣き出し、誰かが沈黙し、誰かが仲間の戦死を悼む。セラはこれを見て、(戦争に完全な勝利も敗北もない)と思い知らされる。
ゼーゲは右肩を損傷した状態で工廠に運び込まれ、ライナスらメカニックが対応に追われる。パイロットは汗だくでコックピットを出てくるが、周囲から称賛の声が上がる。「お前がいなかったらもっと被害が出た!」「よくやった!」
セラはその様子を見て微笑む。「汎用モードでも、ここまで活躍できたんだ……。レナさんが見たら、どう思うかな……」と呟く。カイは同感の表情で「嬉しいと思うよ。自分の機体が、生きた証拠を見せてるわけだから」と言葉をかける。
戦闘報告を済ませた後、セラは医療棟に向かう。そこには未だ昏睡から十分に回復していないレナが横たわっている。反対派専属の医師が熱心に看病しており、セラはゆっくりとベッドに近づく。
レナの顔色は以前よりは少し良くなった気がするが、まだ目を開けず、かすかな呼吸音だけが聞こえる。
「ただいま、レナさん……私、また戦ってきたよ。ゼーゲも、汎用モードでもけっこう頑張ってた……」
セラは握りしめた拳を見つめる。手にはまだ乾ききらない血の痕が残っていて、戦場の匂いが蘇る。「あなたがいたら、もっと上手くできたかもしれない。でも、私たちは足掻き続けたんだよ……」
微かにレナのまぶたがピクリと動いたように見える。セラは息を呑むが、やはりそれ以上の変化はない。しかし、彼女の中では、(レナにこの勝利を伝えたい、いつか一緒に笑い合いたい)という強い思いが込み上げる。
数日後、戦後処理が進む一方で、ドミニクと反対派は街の再編に精力的に取り組む。懐疑派や市民と協力し、強行派の残党を拘束・裁く体制を築きつつ、廃墟となった地区の復旧作業を進めようとしていた。
セラやカイも医療支援や物資輸送に奔走するが、その裏でヴァルターが何をしているのか、気がかりだった。オルドを封じたあとも、彼は“新たな研究”と称して研究施設に籠り、外部との交流をほとんどしていないらしい。
「ヴァルター様……何を考えてるんだろう」
セラが戸惑いを漏らすと、カイは「僕にもわからない。でも、リセット兵器を失った彼が次に何を狙うか……警戒は必要だよ。ドミニクにも警告しておかなきゃ」と言う。
(また“精神エネルギー固定化”やネツァフの余剰データを悪用する可能性も……あるいは、別の破壊兵器を作り出すのかもしれない。世界の足掻きは、まだ不穏な影を孕んでいる。)
そんな中、医療棟から思わぬ連絡が入る。「レナさんの脳波に変化があった。意識が戻りかけているかもしれない」と医師が興奮混じりに言うのだ。
セラは胸を高鳴らせ、ドミニクも瞳を見開いて喜びを隠せない。もしレナが再び目を覚ませば、反対派は大きな希望を取り戻し、ゼーゲが真の力を発揮する日は近いかもしれない。
しかし医師は慎重な面持ちで続ける。「まだ断言はできないが、微弱な脳波パターンが変化している。数日、数週間先に目覚める可能性もある。一方で、また悪化するかもしれない。要注意だ」
セラはドミニクと顔を見合わせ、「でも、前に比べれば大きな進歩だよ……きっともう少しで、レナさんにこの世界が足掻き続けてることを教えられる……」と声を震わせる。ドミニクはこくりと頷くが、その瞳には熱い決意が宿っている。「俺も待ち続ける。あいつが目覚めたときに、世界を守る土台を作っておいてやる……」
強行派残党との激突によって改めて示されたのは、ネツァフやリセットという巨大兵器が失われても、人間同士の争いが依然として絶えないという現実。しかし、ゼーゲ汎用モードの出撃や反対派と懐疑派の協力が機能し、より多くの命を守れたのも事実だ。
セラとカイはオルドを封じ、レナの復帰を待ち、エリックの失踪を案じ、ドミニクと共に街の平和を築こうと足掻くが、ヴァルターという存在や未知の敵が今後どのように姿を現すかは不透明。
同時に、レナの容体がわずかに上向きになったニュースは、みんなの胸に一筋の希望を灯す。いつの日か、レナがゼーゲを再び華麗に操縦し、世界を照らすような足掻きを見せてくれるかもしれない。
血と硝煙に包まれた戦場を乗り越え、反対派本拠地には帰還したが、これが本当の終わりではない。戦いはまだ続く――街を守り、人々の未来を勝ち取るために、セラたちはさらに先へ進まなければならない。そう、“足掻き”とは戦闘だけではなく、生き続ける意志そのものなのだから。