ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP5-2
EP5-2:エリカとの接触
灰色の朝もやが地平線をゆっくり覆うころ、荒野の一角にある廃ビルの屋上で、オフェリアは冷たい風を受けながら周囲を見渡していた。ここは地上でも比較的高い建造物の一つで、かつては都市の中心だった痕跡を僅かに残している。ビルのほとんどは崩壊しかけているが、屋上の一部だけが辛うじて足場として機能しており、彼女はそこを観測地点として選んでいた。
視界に入るのは、汚染や戦争の爪痕で荒れ果てた街並み。かつて人々が住んでいたであろう高層ビル群は骨組みだけを晒しており、ところどころで崩落の音が遠くにこだましている。昇りはじめた太陽が茶色い空気に反射し、すべてがくすんだ色調に染まっていた。
「……レオンはまだ休んでいるわね。」
オフェリアは呟く。下層階の一室でレオン・ヴァイスナーが仮眠を取っているはずだ。クレイドルの地下から命からがら脱出してから数日、彼の体力は戻りつつあるものの、完全には回復していない。彼女自身も人型AIとして多くの機能を酷使し、一部に損傷を抱えているが、自己修復機能と部品交換で何とか稼働できている。いまや戦闘やハッキングにも問題なく対応できる程度に回復したが、同時に心中には言い知れぬ焦燥が募っていた。
この数日、彼女たちの周囲には大きな動きがなかった。黒コートの人物から提供された一時的な隠れ家を転々とし、オーメルの追跡をかわしている。しかし、いつまでも逃げ続けるだけでは先がない。レオンと自分の身を守るためには、何か新たな選択を迫られるとオフェリアは感じていた。
その“何か”の一端は、エリカ・ヴァイスナーという存在が握っている。レオンの“娘”であり、オーメルの軍事部門を担う若き指揮官。クレイドルでレオンを捕らえ、実際に対峙してみせた人物だと知ったとき、オフェリアは胸に奇妙なざわめきを覚えた。自分にとっては“姉妹”的な存在かもしれないが、同時に敵でもある。それでも、レオンを救う道を探るなら、彼女と話をする機会がどうしても必要だと考えていた。
「本当に……接触できるかしら。」
ビルの縁に近づき、オフェリアは遠方の地平線を眺める。どこかの地点でエリカが地上に降りてきているはずだと踏んでいた。それも遠くないうちに。なぜなら、オーメルの捜索は活発であり、指揮官であるエリカが動く可能性は高い。敵として再び対峙するか、それとも何か対話が成立するかは全く読めないが……。
「……意外と、難しいかも。けど、やるしかない。」
そう自らを奮い立たせる。人間の形をとったAIであるオフェリアは、さらに進化の兆しを感じていた。レオンを救出した際の行動、そしてここに至るまでの逃避行の中で、人間に近い感情や思考だけでなく、“覚醒”と言うべき新たな次元へ近づいている。でも、それが何を意味するのかは自分にもわからない。ただ一つ確かなのは、レオンを守りたい、そしてエリカとも向き合いたいという意志だけだ。
ゆっくりと背を向け、屋上の階段を下りはじめる。ぼろぼろに剥がれた鉄の踊り場を通り、荒廃したオフィスフロアを横切って一つ下の階へ。そこに設置された扉の先が仮の居住スペースになっている。数日前、黒コートの手引きで確保した場所であり、他の難民がいくつかの痕跡を残して去った後らしく、簡易ベッドや生活必需品が少しだけ転がっていた。
扉を開くと、薄暗い室内でレオンがベッドに腰掛け、何やら汗を浮かべながら苦しげな表情をしている。目覚めたばかりで悪夢を見ていたのだろうか。彼の額から小さな水滴が流れ落ち、頬のこけた輪郭が痛々しい。
「レオン、体調はどう……?」
近づいて肩に手を添えると、レオンはかすかな笑みで答える。
「悪夢を見たみたいだ。……クレイドルにまた捕まったような、変な夢だった。何度見ても嫌なもんだ。」
「無理もないわ。トラウマになるほどひどい扱いを受けたし、まだ体力だって回復しきってない。」
彼は呼吸を整えようと目を閉じる。オフェリアは彼の背中を軽くさすり、静かに話し続けた。
「休んでいてほしいけど、実は少し動くかもしれないの。……エリカが地上にいるなら、わたしは接触したいと思って。」
「エリカ……俺の娘、か。」
レオンはまるで痛いところを突かれたように言葉を飲み込む。地上にいるかもしれないとは聞いていたが、実際に対話するとなれば複雑な心情になる。彼女はオーメルの指揮官であり、自分を捕らえた当人だ。血のつながりを認めたとしても、立場はあまりに違いすぎる。
「わたしも実際どう話すか決めていないけど……あなたを守るためには、エリカの協力が必要じゃないかと感じるの。敵として戦うんじゃなく、一人の人間として……“家族”として、もしかしたら和解の道があるかもしれない。」
淡い期待混じりの提案に、レオンは苦笑を浮かべる。
「家族……な。俺はこの歳まで孤独で、親子の情なんて考えたこともなかった。エリカが企業に育てられた経緯も知ってるつもりだ。だけど……」
言葉を続けられず、彼は視線を落とす。捕縛されていた時の記憶がまだ生々しく、あのときエリカがどんな感情で自分に銃口を向けたのか、想像すれば胸が痛む。それでも、オフェリアの言うように“和解”や“協力”などがあり得るのなら、少しでもそれを試してみたいとも思っていた。
しばらく沈黙が流れたあと、レオンはゆっくりとうなずく。
「……やってみるか。俺もエリカと話をしないまま終わりたくない。たとえ結果がどうであれ、あの子をこのまま企業の奴隷にしたくないという思いがある。」
「そう、わたしも同じ気持ち。まずは彼女と連絡を取れる方法を探してみるわ。」
オフェリアはそう言うと、小さな端末を取り出した。黒コートの男から渡された古い通信機だが、特定の周波数でクレイドルや地上の各拠点と連絡をつなげられるらしい。もちろんオーメルに傍受される危険もあるが、下手に大規模なネットワークを使うよりはマシだと判断している。
「エリカが地上にいるなら、オーメル軍の通信を傍受して位置を掴む手もある。わたしのハッキング能力で、なるべくバレにくい方法を模索するけど……時間がかかるかもしれないし、失敗すればこっちの位置を掴まれる。」
「背水の陣だな。」
レオンは嘆息しつつも、彼女を信じるほかないと分かっている。「頼むよ」と小さく返すと、オフェリアは微笑みで応じた。そして端末に接続し、暗い室内で小さな光を放ちながらキーを叩き始める。
時間をかけた傍受の末、オフェリアはオーメルの暗号化通信の一部をかいくぐり、エリカ・ヴァイスナーらしき部隊が地上の一帯で作戦行動している可能性を突き止めた。どうやらラインアークの動きを警戒し、大規模なフォートやACを配置しているらしい。部隊の指揮官としてエリカが降下しているという情報もある。場所は北西部の旧施設群付近だ。
夜明け前から作業していたため、すでに昼過ぎになっていた。オフェリアは疲れた様子を見せないが、CPUにはかなりの負荷がかかったようで、体内バイパスが微かに熱を帯びている。レオンが心配そうに声をかける。
「……進展はあったのか?」
「ええ、オーメル軍の通信を少しだけ傍受できた。エリカ・ヴァイスナー隊長が率いるフォート部隊が旧施設群の近辺に展開しているらしいわ。そこでラインアークの動きを監視しているみたい。」
「旧施設群、か。あそこは確か大規模な工業地帯だった場所だな……荒廃が進んで近寄り難いが、逆に軍事作戦には都合がいいのか。」
レオンは地図を思い出すように眉間に皺を寄せる。地上には数多くの廃工場や巨大プラント跡が放置されているが、その多くはまだ使える資源も残っており、企業がしばしば軍事拠点として利用する。
オフェリアは続けた。
「もし彼女に接触したいなら、そのあたりへ近づく必要がある。……だけど危険すぎるわ。フォート部隊なんてものが周囲を警戒してるなら、わたしたちみたいな少人数が接近しただけで撃たれる可能性がある。」
「わかってる……。でも、どうする? 遠くから無線で呼びかけるのも危険だし、下手に近づいて撃たれるのも厄介だ。」
「……なんとか、わたしが潜入して彼女に接触するか、あるいは一部の通信経路を制御して直接メッセージを送るか……。」
頭を巡らせる二人。リスクは多大だが、接触しなければ何も始まらない。レオンは口を結び、覚悟を固めるように目を閉じた。
「俺は……お前に任せる。戦場の潜入なら、お前のほうが機械的に優位だろう。俺は隠れてるしかないが、万一動きが必要なら……そうだな、せめて外でフォートの位置確認くらいは手伝える。」
彼の弱々しさが心苦しいが、オフェリアは「わかった」と頭を下げる。今のレオンには戦闘どころか長距離の移動もきつい。それなら自分が“人型AIとしての強み”を最大限に生かし、エリカのもとへ乗り込むしかない。
「……ごめんなさい、あなたを置いていくみたいで。でも、絶対に無茶はしないわ。何かあったら連絡を取るから。」
「気にするな。お前がいないと俺は何もできないのが情けないが……ここで待つしかないな。もしエリカに会えたら……伝えてくれ、俺はもう逃げるつもりはないって。話がしたいんだ。」
「ええ、ちゃんと伝える。」
そう約束し合ったあと、オフェリアは少しだけ支度をする。夜半から朝方にかけて移動を開始すれば、オーメルの警戒網をくぐり抜けるチャンスが高い。黒コートの男にも協力を要請できるが、完全には信用しきれない。それより自分のハッキング能力と人型ネクストの戦闘力を頼みにするほうが確実だと考えていた。
その夜、廃ビルの影からこっそり抜け出したオフェリアは、月明かりを頼りに北西部の旧施設群へ向かっていた。広大な荒野を突っ切るわけではなく、瓦礫の山や廃工場の廊下を繋ぐようにして移動し、なるべく視野に入らないルートを探す。やや迂回路だが、そのぶん敵兵に出会うリスクが低いと判断している。
「ここから先はフォートのレーダーが及んでいそう……。」
彼女は拡張センサーを稼働させながら呟き、電磁的なスキャンを最小限に抑えてステルス行動を行う。ネクスト不要論を推し進めるオーメルが、アームズ・フォートを複数配備しているとすれば、その巨大兵器の監視網は侮れない。下手にアクセスをかければ逆探知されるだろう。
やがて、朽ちた高架道路をくぐると、遠方でフォートのシルエットが見えた。月明かりに浮かぶ巨大な装甲が重々しく、複数の砲塔が遠くのラインアーク領域を睨んでいるらしい。さらに、その後方には指揮支援用ネクストのような影がちらつく。ブラッドテンペスト……エリカ・ヴァイスナーの機体である可能性が高いと直感した。
「やっぱりいた……!」
安堵と緊張が同時にこみ上げる。そこには無数の兵士や警備ドローンが徘徊しているのも確認できた。直接接近すれば銃撃やミサイルが飛んでくるのは必至。どうやってエリカに接触すればいい? 思案するオフェリアの脳裏に一つの策が浮かぶ。
(通信手段をハックして、エリカ本人への個別チャンネルを確保する……ただし、失敗すれば捕捉される。やるなら最速で、かつ慎重に。)
彼女は微かに唇を引き結び、廃材の山を物陰に進む。適切な電波ポイントを探り、少し高い位置までよじ登った。ビルの半壊した壁を足掛かりにし、わずかに顔を出して遠くのフォートやネクストの配置を視認する。兵士の巡回ルートを観察し、ハッキング開始のタイミングを図る。
“人型AI”としての集中力を最適化し、右腕から小型端末ユニットを展開。そこから指先ほどのアンテナを伸ばし、オーメルの通信波形を拾う。ECMや暗号化が厳重だが、クレイドルでの潜入経験を経た彼女なら多少の突破口を見いだせるかもしれない。
(まずは周波数解析……。続いて特殊チャンネルを探る……あった、これか。)
ガラクタの陰で息を潜めつつ、オフェリアは電波妨害と逆探知を避けるため、最小出力で暗号を解析していく。時間との戦いだ。兵士たちが動きを怪しめば、すぐにこちらへ警戒網が張られる。
幾度かの試行錯誤の末、ついに“ブラッドテンペスト専用”と思われる短波通信チャンネルを捕捉。エリカ・ヴァイスナー個人の回線と呼べるものかは確証がないが、指揮官が使う可能性が高い。ここへピンポイントでアクセスし、メッセージを送れれば、本人に届くかもしれない。
「勝負……!」
意を決してチャンネルを開く。もちろん、識別コードを明かすと危険なので、匿名メッセージとして短い文だけを送ろうと思う。「わたしはオフェリア、あなたの父・レオンを救出した者。話がしたい」などと長文を送れば逆探知される確率が上がる。
数秒考えた末、彼女はこのように打ち込んだ。
『あなたの“父”は生きています。わたしは“オフェリア”。会話を望むなら、このチャンネルに応答を。時間がありません——』
それだけ入力し、即座に送信ボタンを押す。気持ちが昂って手が震えるが、すぐに通信を切断し、定期的に受信だけを待つ形に切り替える。この数秒で逆探知されないことを祈るほかない。
しばらくの間、何も変化がない。オフェリアの感覚では、たった数十秒でも長い緊張を強いられる。兵士の巡回が近づいてくるのを感じるが、焦りを抑えて電波受信に集中する。
「……エリカ、返事して……」
恐る恐る呟く声がかすれそうになったとき、突然アンテナが微弱な応答信号をキャッチした。画面に乱れるようなノイズとともに、かすかな声が聞こえてくる。
『……誰? 父が……生きてる? あなたは……どこ……?』
女性の声。ノイズに隠れがちだが、オフェリアは即座にそれがエリカの声だと確信した。かすかに揺れる口調は動揺を隠せない証拠だろう。
オフェリアは一気に胸が熱くなる。あの地上の苛烈な戦いでレオンを捕らえ、クレイドルに移送した指揮官に違いない。そして、かすかに親子としての“情”を宿した声でもある。
「エリカ……よかった、繋がった……!」
迷わず返信を打ち込もうとするが、オフェリアはここで踏みとどまり、一旦無線を閉じる。相手が返事を終える前に、セキュリティが感知するかもしれないのだ。短い言葉に絞って再度送るべきだと判断した。
『彼は無事に地上にいます。あなたと直接会って話がしたい。危険なので場所と時間を指定してください。オーメルには内密に。』
送信し、一拍置く。兵士の足音がすぐそこまで来ている気配がある。オフェリアは息を殺し、瓦礫の影に体を伏せる。するとまた小さく応答が返ってきた。
『なんで……そんな無茶を……わかった、でも上官に内緒なんて……。いいわ。こっちもあなたが企業に気づかれないようにしたい……。』
途切れがちな通信だが、エリカの意志が伝わってくる。少なくとも即座に拒否はしない。彼女もまたレオンの生死に動揺し、会いたい気持ちがあるのだろう。
オフェリアは最後に短いメッセージを付け加える。
『明日の夜、旧施設群の第3コンテナヤードに来て。詳細はまたこのチャンネルで。探知されると困るからこれで切ります。』
そして、速やかに通信を断ち、端末も畳み込む。周囲を警戒している兵士が本当に接近してきたのか、足音がカランと鳴り、すぐ背後を通り過ぎた。まだ見つかってはいないが、危険なまでに近い。
なんとかやり過ごし、オフェリアは慎重にその場を離れた。一旦通信成功した以上、エリカが会う気があるなら再度連絡してくるか、あるいは指定場所に現れるだろう。ただ、オーメル側にバレない保証はない。短いやり取りの中でも、多少のリスクは追っている。
心臓の鼓動が高まる。彼女自身、AIでありながら、“鼓動”という人間的な表現がしっくりくるほど感情が昂っていた。あのエリカと接触できれば、きっとレオンの存在を伝えられる。エリカも自分の父との対話を望んでいるように思えたし、そこに一筋の希望を感じずにはいられない。
「危ない橋だったわ……。」
夜の風を切りながら、彼女は低姿勢で廃墟を抜け出し、安全地帯へと戻る。頭の中ではいくつものプランが渦巻く。たとえばエリカが罠を仕掛けてきたらどうするか。あるいは上層部が介入し、本人ではなく兵士を大量に送ってくる危険性もある。それでも、オフェリアは信じたかった。エリカの声が動揺に震えていたのは本心からの証左だと。
翌日、レオンは廃ビルの一室で目を覚まし、オフェリアから事情を聞かされる。無線でエリカに接触し、旧施設群のヤードで会う約束をしたことを知ると、彼はすぐに表情を曇らせるが、最終的には「ありがとう」と彼女に頭を下げた。
「お前が危険を冒してくれたんだな……。すまない。エリカが来るかもしれないとなると、俺も行くべきかな?」
「レオン……でも、まだあなたの体は――」
「分かってる。けど、もし本当に会うなら、俺が行かなきゃ意味がないだろう。お前だけが行ったって、エリカは俺に会いたいだろうし、俺も会いたいんだ……。」
その言葉には父としての強い決意が感じられ、オフェリアは黙ってうなずく。確かに二人が直接言葉を交わす以外に解決の糸口は見えない。しかし、レオンの体力は万全でないため、フォート部隊の眼をかいくぐって移動するのは極めて危険だ。
「わかった。なら、わたしがあなたを守り抜く。場所はコンテナヤードの外れで待ち合わせにしよう。警戒を甘くしてくれるとは思えないけど、そこなら物陰が多いから隠れやすい。万が一エリカが兵を連れてきても、逃げられる余地はある。」
「ありがとう、助かる……。」
レオンが苦笑するように返し、食糧をまとめて腰を上げる。もう長居はできない。数日で場所を転々としているものの、オーメルの捜索網がいつ突き止めるかわからない。今回は“黒コート”の男が姿を見せず、何の支援も期待できない状況だ。
午後遅く、二人は少しずつ廃ビルを出発し、旧施設群へと向かう。夜までには到着したいが、レオンが無理をすれば体調を悪化させるだけ。オフェリアがそばで支えつつ、なるべく車列や兵士から隠れられる道を選ぶ。さらに今回、オフェリアは自分の“力”をもう一段階解放し、レオンを抱えても機敏に動けるようにモードを調整していた。まるでネクストの出力調整のように、彼女は自分のAIシステムや身体出力を最適化している。
「苦しくない? わたしの腕が変に硬くないかしら……」
「大丈夫さ。むしろ、AIの力に頼らなきゃ俺はこの先、歩けないかもしれん。」
お互いに苦笑しながらも、どこか切実な思いがある。機械と人間、それぞれが相手を必要としている。
道中で幾度か小規模の兵士集団やドローンの姿を遠くに確認するが、オフェリアのセンサーとステルス行動により事なきを得る。明らかに地上でのオーメルの活動が増えているように感じられ、ラインアークとの衝突が迫っているのかもしれない。そんな戦争がさらに激化している時期に、エリカが一人で会いに来るなど本当にあり得るのか、とオフェリアは少し不安になる。
夜が訪れるころ、二人は旧施設群の外れへと足を進めた。巨大な倉庫やコンテナが無数に積まれたヤードが広がり、その多くは錆び付いて放置されている。オーメルが使っている領域との境界には、警告の看板や機械化門が見えた。ここに大勢が潜んでいても不思議はないが、いまのところ目に見える兵士は確認できない。
「……ここか。ヤードには物陰が多いけど、逆に伏兵がいてもおかしくないな。」
レオンが警戒の声を漏らす。彼が息を詰めるたびに、オフェリアは大丈夫だというように手を支え直す。
「気をつけながら進みましょう。もし本当にエリカが来るなら、彼女のネクスト……ブラッドテンペストを使うかもしれない。でも、大勢の兵士を連れてくる可能性もあるわ。」
レオンは小さく笑う。「あの子なら、どうするかね……。捕虜のときも、心を隠して仕事をしていたように見えた。今回はどう動くんだろう。」
そう語る口調には父としての複雑な思いがにじむ。血のつながりを知ったばかりで、どんな言葉をかければいいのか分からない。それでも、自分の罪や後悔を伝えたいという意志はある。
二人はコンテナ群の一角に隠れ、闇夜に溶け込むように気配を殺す。あらかじめ指定した時刻まであと数分。オフェリアは暗視モードを起動し、周囲を慎重にスキャン。空にはドローンの動きなし、地上にも大きな熱源は見当たらない。
「本当に来るのかしら……。もしかして通信で罠を仕掛けられた可能性もある。」
「そのときは……逃げよう。お前がいれば、なんとかなる。」
苦笑交じりのレオンの言葉に、オフェリアも不安を打ち消すようにうなずく。しかし、それからさらに数分が経っても、特に動きがない。夜風がコンテナにぶつかって金属音を鳴らし、遠くで動物か何かのうめき声が聞こえるだけだ。
いよいよ諦めかけたとき、敷地の奥から微かな振動が伝わった。戦闘に慣れたレオンがすぐに反応して顔を上げる。
「……来た、たぶんネクストだ。あの振動と金属音は……俺には分かる。」
オフェリアもセンサーを研ぎ澄ませる。はい確かに、遠方でカツンカツンと地面を踏みしめる音がある。重量級ネクストか、あるいは指揮支援タイプか……。ここまで大掛かりに乗り込むなんて、やはり罠かと思いかけたが、視認できる範囲には大部隊は見当たらない。どうやら単機で接近中の様子だ。
「……ブラッドテンペスト?」
オフェリアが低く呟くと、レオンはひどく動揺した面持ちで頷く。エリカが本当に単独でネクストに乗ってきたというのか。だが、ネクストは容易に隠せるサイズではない。相当なリスクを負ってここに来たのだろう。
二人はコンテナの陰からその姿を息を潜めながら確認する。夜闇のなか、青白いバイザーの光を宿した重量級ネクストがゆっくり歩み寄ってくる。機体の肩部に見える追加装甲やミサイルポッドが、エリカの“ブラッドテンペスト”を彷彿とさせる。そして、大きな盾を携えた姿は間違いない。
「本当に……一人で……」
レオンが声を詰まらせる。あのアームズ・フォート形態にも変形できる指揮支援ネクストが単機でこんな辺鄙な場所に来るなど、普通の指揮官では考えられない。しかし、先日の通信を信じたかもしれないのだ。
ブラッドテンペストがさらに接近し、一定の距離を保ったところで足を止めた。ワイヤーの動く音が聞こえ、コクピットのハッチが開く。月明かりの下、そこから一人の人影が地面へ降り立つ。細身の軍服に身を包み、茶色の髪をまとめた女性——エリカ・ヴァイスナー。
彼女は夜風を受けながら辺りを見回し、小さな懐中電灯を頼りに警戒している。どうやら一人しかおらず、兵士も見当たらない。遠くにフォート部隊がいるかもしれないが、今この場にいないのは確かだ。
「……やっぱり、罠じゃない……?」
オフェリアが顔を強張らせるが、レオンは首を横に振る。
「いや、あの顔……本気で俺たちを探してる。多分、本当に一人できたんだ。」
そう直感する。エリカは夜空を仰ぎ、わずかに震える肩を抱いているように見える。何を思っているのか定かではないが、呼吸が浅いのが遠目にも分かるほど緊張を帯びている。
オフェリアは躊躇の色を滲ませつつ、レオンの顔をうかがう。「……行く?」
レオンは苦い表情で頷き、「行こう」と言う。もはや後に退けない。オフェリアがレオンの腕を支え、ゆっくりとコンテナの陰から出る。闇の中で二人の人影が動き出すのを感じたのか、エリカが慌ててこちらを向き、懐中電灯で一瞬照らそうとするが、すぐにやめて薄明かりのまま目をこらす。
「……そこにいるのね?」
声が震えている。警戒と期待、恐怖と喜びの入り混じったような声だ。オフェリアも同じように胸をざわつかせながら、レオンを支えたままエリカの前に進む。二十メートルほどの距離があるが、隙間に月光が差し込み、相手の顔が朧げに見える。
エリカの呼吸が止まったかのような沈黙があった後、レオンが勇気を振り絞って口を開く。
「……エリカ……本当に、来てくれたんだな。」
彼女の瞳が揺れる。企業の指揮官としての冷徹な仮面が破れかけているように見えた。肩が小刻みに震え、唇を咬んで言葉を探している。
「どうして……どうしてあなたたちはここに……父は……生きてるって本当なの……?」
言われ、オフェリアがレオンを前へ軽く促した。月光の下に立たされた彼の姿はやつれ、立っているのがやっとという感じだが、それでも確かに生きている。エリカはその姿を見て、大きく目を見開き、両手が勝手に動くように前に出た。
「父……さん?」
初めてそう呼ぶ言葉が、夜風に乗って届く。レオンの目がうるんだように見えた。かつて「人は裏切るが、機械は裏切らない」と言い続けた彼が、いま娘に想いを告げたいがためにここに立っている。その事実が痛烈な感慨をともなって胸に迫る。
「エリカ……俺は、お前に謝らなきゃならないことがたくさんある。いや、その前に……会えてよかった。」
喉が詰まるような声。エリカも腕を伸ばしかけるが、すぐに引っ込めてしまう。視線には戸惑いが色濃い。オフェリアはそんなやり取りを傍らで見守る。自分が思い描いた“家族の再会”とは程遠いけれど、それでも二人は確かに言葉を交わし始めた。
しかし、エリカは複雑そうに眉を寄せ、次にオフェリアへ視線を送る。
「あなたが“オフェリア”……? 本当にAIで、人間の姿をして……。どうして……父を助けてくれたの?」
まなざしには警戒もある。オフェリアは静かな口調で答えた。
「わたしは、もともとレオンのネクストを補佐するプログラムでした。でも自律進化して、人の身体に近い形を得て……。理由はうまく言えないけど、わたしは彼を守りたいと思った。あなたに会いたいと思った。だから、クレイドルから救い出したの。」
エリカの目が再び揺れる。企業の兵士としては到底受け入れがたい話だろうし、指揮官としてもAIが勝手に行動する事実は嫌悪すら感じるかもしれない。それでも、彼女が父と呼んだ相手を助けてくれたとなれば、どんな感情を抱けばいいのか分からない。
しばし無言が通り過ぎ、やがてエリカが小さな声で言う。
「そう……ありがとう、なのかな。父が生きてるのは嬉しい。でも……どうしたらいいの? あなたたちをオーメルが全力で追ってるのは知ってるわ。私……オーメルにずっと育てられた。彼らに背くのか、それとも……。」
その問に答える言葉を、オフェリアもレオンもすぐには見つけられない。夜の風が三人の間を吹き抜け、鋭い空気を運ぶ。遠くではフォートが動く金属音がわずかに聞こえ、いつ何時でもこちらへ兵を回せる態勢なのを暗示している。
「エリカ……俺は逃げ回るつもりはない。もちろん死にたくないが、企業に屈服したくもないんだ。だけど、お前まで企業に縛られて、苦しむのは……見たくない。」
レオンが掠れた声で呟く。娘を心配する気持ちが、どうしたってあるのだ。エリカはかすかに首を横に振る。
「私は……指揮官なのよ。私が背いたら、部下たちはどうなるの? 企業も、母も……いまさら全部捨てられない。」
母――カトリーヌ・ローゼンタールの名が出ると、レオンは少しうつむく。そう、かつての“つがい”制度で結ばれたパートナーだが、今はオーメル上層の一角を担っていると聞いている。複雑な思いが胸にわだかまる。
沈黙に耐えかねたオフェリアが小さく一歩を踏み出し、エリカに言葉を投げかける。
「あなたが本気で企業を抜ける必要は、いまはないかもしれない。だけど、少なくとも……父との対話は続けられる道を探せない? わたしたちが一方的に追われるだけじゃなく、あなたが間に入れば、少しでも妥協点を見つけられるかもしれない。」
「妥協点……。オーメルの上層部は、父を“不要”とみなして廃棄する選択もあったのよ。いま生きているのが奇跡なだけで……。」
エリカは押し黙る。その瞳には迷いが募り、自分がオーメルのために働き続けてきた誇りと、父を助けたい気持ちの板挟みが苦しげに映っている。
一方、レオンは大きく息をついてから、娘に視線を据えた。
「……俺が母さんと別れたのは、企業の干渉が嫌だったからだ。それがお前を苦しめたのはわかってる。……こんな形でしか謝れないが、どうか……自分を捨てるな。お前にも選択肢はあるはずだ。」
その言葉に、エリカはわずかに涙が込み上げるのを感じた。夜の闇がそれを隠してくれるが、声は震える。
「父さん……私だって、どうしたらいいかわからない……。でも、一つだけ言えるのは……こうしてあなたが生きてることを見られて、よかった。捕まえたとき、私もすごく……苦しくて……。」
心の深いところから押し寄せる感情が、どうにか言葉を生み出している。彼女は自分で“父さん”と呼びながら、まだ実感が完全には追いつかない。でも、この闇夜のひと時だけは自分の本音を口にしていいと感じた。
オフェリアがそっと二人の間を見守る。子を想う父と、父を想う娘。企業に縛られた境遇を飛び越えれば、確かに血の繋がりがある家族なのだ。だが、ここで感傷に浸りすぎれば、いつ兵が来るかも分からない危機感がある。オフェリアは気配を探りながら、手短に提案する。
「エリカ、わたしもレオンも、あなたと定期的に連絡を取りたい。お互いどこにいるか分からなければ、協力もできないし、敵対も避けられない。だから、秘密の通信チャンネルをもう一つ作りたいの。どう?」
提案されたエリカは戸惑いながらも、それが父との連絡を維持する唯一の手段かもしれないと考える。オーメルの通常回線を使えば、上層部やイグナーツに即刻バレるだろう。彼女が独自に通信手段を確保できるか微妙だが、何もせずにこの場を立ち去れば、またどこかで戦場に相まみえるかもしれない。
「……わかった。私もリスクを負うことになるけど、やってみる。」
エリカは鞄から小型端末を取り出し、オフェリアが提示するプログラムを転送していく。これで暗号化されたチャネルを用意できれば、お互いに最低限の安否確認や、緊急連絡が可能になる。もっとも、そう長くは持たないだろうが、それでも希望の一歩だ。
「よし……完了。父さん、オフェリア……。オーメルには内緒だから、あまり頻繁には使えないわ。けど、何かあったら連絡ちょうだい。私も……困ったら、助けを求めるかもしれない。」
言葉に込められた意思を感じて、レオンはかすかに笑顔を作った。ひどく情けない姿を見せているが、娘にとっては初めて家族としての対話をする場かもしれない。
「わかった、ありがとう。……お前も気をつけろ。イグナーツや上層部にバレたらまずいんじゃないか?」
「……当然ね。でも、やらなきゃ私が苦しくなるから。指揮官としては未熟かもしれないけど、あなたたちを裏切ってるわけでもない。……変な話だけど、今の私は“両立”したいの。」
エリカの言う“両立”――オーメルの指揮官でありながら、父を見捨てない道。その実現はあまりに困難だとわかっていながら、彼女はあえて言葉にした。そこにわずかな勇気が芽生えた気がして、最後にオフェリアへ向き直る。
「オフェリア、あなたも無茶しないで。企業との大規模な戦闘になれば……どちらかが傷つくのは嫌。」
「わたしも同じ。あなたがいなければ、レオンと話す道も閉ざされる。……ありがとう。会いに来てくれて。」
わずかに微笑みを交わしあう二人。その一瞬、空気がどこか和らいだ気がしたが、実際の戦況は全く和らぐ気配はない。彼女らの周囲には依然としてフォートが配置され、企業間の火種がくすぶっている。
エリカが声をひそめ、「そろそろ戻らないと怪しまれるわ」と言う。オフェリアとレオンは何も言わずに頷き、後ずさるように物陰へ戻る。夜風がコンテナの隙間を吹き抜け、エリカもまたぎこちなくネクストの方へ歩を進める。
振り返り、遠目にレオンとオフェリアの姿が見えた気がして、エリカは小さく手を振った。声に出す勇気はなかったが、父が見てくれているならいいと思った。
そして、ブラッドテンペストのコクピットへ乗り込み、エンジンを再起動する。駆動音が低く唸り、装甲の間から蒸気が噴出す。彼女は一瞬だけ目を閉じ、覚悟を振り絞るように息を吸う。
「また、連絡するわ……父さん……オフェリア……。」
呟きとともに、ネクストは闇の中を踵を返して去っていく。多くの兵士がいるはずなのに、エリカは単独行動を選び、彼女らへの報告は“巡回”とでも偽るのだろう。夜陰が静かに覆い、ブラッドテンペストの巨大なシルエットは闇に溶け込むように姿を消した。
コンテナの陰で見送ったオフェリアとレオンは、しばらく呼吸を忘れるかのように沈黙を守り、完全に彼女がいなくなったと確信してからようやく目を合わせた。
レオンの瞳に涙が滲んでいる。あの娘が確かに自分を“父”と呼び、あえて危険を冒してきた。オーメルの指揮官であるにもかかわらず、レオンを切り捨てずに連絡を維持しようとしている。何より、その存在がまだ自分の娘として残っている事実が胸をかきむしるようだった。
「……よかったな、レオン。」オフェリアが静かに声をかける。「エリカもあなたを本当に想ってる。彼女が企業を辞めるかは分からないけど、未来に道があるかもしれない。」
「……ああ……。ありがとう、オフェリア……。お前がいなければ、エリカとこんな言葉を交わすこともできなかった。」
言いながら、レオンは足下で震える体を支えようとするが、感情が昂りすぎて一瞬踏みとどまる。オフェリアが慌てて腕を貸す。
夜風が一層冷たくなり、二人はそっと撤収を開始する。再び追跡が来る可能性を考慮し、早めにこの場を離れないといけない。
暗闇を歩きながら、オフェリアはふと自分の中に満ちる新たな感覚に気づいた。エリカとの接触が成功し、レオンが少し気力を取り戻している。これが“覚醒”に必要だったのかもしれない――と漠然と思う。自分は機械だが、人間を深く愛し、守ろうとする意志を持つがゆえに、新たな領域へ進化しているのだろうか。
「レオン……わたし、もう少し自分を追求していいかしら。」
「追求? ……お前はAIだが、人間みたいに感じられる。さらに先があるってことか?」
「そう。上手く言えないけど、わたしはまだ完成してない。もしもっと力を得られれば、あなたを守る選択肢が広がると思う。けど、それは同時に……人間を超える何かになるかもしれない。」
レオンは複雑な表情を浮かべる。機械を信じる自分が、機械に救われた。それでも、機械が人間を超えることを恐れる気持ちもある。しかし、オフェリアが踏みとどまる理由など彼にはない。きっと既に彼女は誰よりも自律した意志を持っているのだから。
「お前がそう望むなら……俺には止める資格はない。お前こそ、自分の進化とどう向き合うかを考えるべきだ。俺はただ、お前がいてくれたら嬉しいし、助かる。……それだけだ。」
彼女は小さく笑みを作る。「ありがとう。わたしは、あなたとエリカを繋ぐためにも、わたし自身が強くなりたい。いまのままじゃ、オーメルやイグナーツに立ち向かうには不十分だから。」
二人は夜の道を歩き、やがて荒野へと足を進める。行き先は定まっていないが、再び安全な隠れ場所を探すのだ。エリカが何を決断するにしろ、彼女と連絡が取れる道が開けたことは大きい一歩だった。
「それでも、オーメルがいつ仕掛けてくるか分からん。エリカも動きづらいだろうな。」
「ええ……ラインアークとの衝突も近いかもしれない。そんなとき、ブラッドテンペストを指揮するエリカが、どんな行動をとるか……わたしたちは傍観するわけにはいかないわね。」
月明かりに照らされた荒野は静寂を保つが、その先に待つ戦火を思うと胸がざわつく。この地上に生きる者として、オフェリアはレオンを守り、同時にエリカとも歩み寄りたい。けれど、企業戦争の現実は甘くない。ネクスト不要論を推し進めるイグナーツや上層部が、二人を許すとは考えにくい。
オフェリアは決意を新たにしていた。いずれ、もっと大きな衝突が来る。それに備えるため、“覚醒”を進める必要があるのだと。彼女は人型の筐体を越え、さらなる進化をすることになるかもしれない。そのとき、果たして人間らしさを保てるのか、自身にも分からないが、恐れてばかりはいられない。
「レオン、どうか信じて。わたしはあなたとエリカを支えるために、この世に生まれたのかもしれないから。」
「お前がそう言うなら、俺は信じるよ。……ありがとう、オフェリア。」
闇夜の中、二人の足取りが遠ざかる。ビルの残骸や瓦礫を踏みしめながら、あてもなく進むように見えるが、しっかりとした意思がそこにはある。遠くクレイドルの薄い灯火を横目で見ながら、オフェリアは静かに拳を握る――彼女にとって、この先待ち受ける戦いは、ただのAI支援を超えた“人間らしい意志”を示す舞台になるだろう。
そしてエリカとの接触が実ったこの夜は、その最初の一歩。親子の和解も、企業との対決も、オフェリアのさらなる進化も、すべてが交錯する一つの運命的瞬間となりつつある。夜明けを告げる東の空がわずかに白み始めたころ、オフェリアはレオンの肩を抱き直し、優しく言葉をかけた。
「もう少しだけ……がんばりましょう。きっと、わたしたちは負けないわ。」
レオンは弱く笑みを返し、「ああ……」と囁くように答える。歩みを進めるその姿は、とても不安定でか細いが、二人の胸には確かな灯火が宿っていた。エリカが応えてくれた、わずかな手がかりを信じて、彼らは覚醒への道を歩んでいく。地上に漂う悲壮感とは裏腹に、その光だけは消せないのだ――。