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再観測:ゼーゲとネツァフ:Episode 9-1

Episode 9-1:現実世界の激戦

灰色の雲が低く垂れ込める朝、反対派本拠地の廃工場跡は、まるで次の惨劇を予感させるように静まり返っていた。雨が降りそうで降らない、湿り気だけが重苦しく漂っている。
 セラは工廠の高い場所にある展望デッキに立ち、遠方の地平線を見つめていた。廃墟のビル群が影絵のように並び、その先にはかつての市街地が広がる。以前まで繰り返された戦いはひとまず収束したかに見えたが、彼女の胸には不可解なざわつきがある。

 (ネツァフの残留指令を消して、リセットはもう終わった。強行派残党も前回の激突で大半を潰えた。……なのに、どうしてこんなに不安が消えないんだろう)
 セラは腕を組み、風が吹きつけるままに髪をなびかせる。レナはいまだ意識不明で、ヴァルターの研究施設で行われた治療により高熱は下がったが、目覚める気配はない。
 ドミニクやカイは別の場所で情報収集を続け、街には“第三勢力”なる怪しい噂が飛び交っている。静寂と混沌が混じり合い、まるで呼吸をするように世界の均衡が揺れているようだった。

 展望デッキから降りると、階下でドミニクと懐疑派の将校たちが地図を広げていた。ドミニクは相変わらず険しい表情で、周囲の隊員に指示を飛ばす。セラが声をかけると、彼は短く首を振って応じる。
 「セラ、ちょうどいい。どうやら“未知の軍勢”が南部から近づいているって報告が入った。俺たちが相手にしてた強行派やヴァルターの弟子筋とも違う、まったく別の集団らしい」
 セラは息を呑む。「別の集団……リセットと関係はないの?」
 ドミニクは苛立った口調で「まだわからん。だが、兵器らしきものを多数保有し、街を蹂躙しながら進軍しているそうだ。“外の国”から来た傭兵団とも言われているが、詳しい情報が少ない……」と述べる。

 カイも横から口を挟む。「もし本当に国外勢力だとしたら、リセット派との内戦とは別次元の侵略行為になるかもしれない。僕らは備えなきゃ……ゼーゲも、もう使えるよね?」
 ドミニクは地図を指しながら苦渋の表情で「ああ、汎用モードのゼーゲなら稼働できるが、右肩がまだ完全じゃない。フルパワーは出せないのが痛い……。それでも、敵が大軍なら、こちらも総力戦になるだろう」と言う。

 セラは胸が痛む。新たな戦争が始まるのかという恐怖もあるが、守らなければいけないものがある。レナが眠る医療棟、街や市民、そして“足掻き”の象徴としての反対派本拠地を。「わかった。私も手伝う。ドミニクさん、やれることを教えて」と強い口調で決意を示す。

 その日のうちに、反対派本拠地を含む周辺一帯が警戒態勢に移行する。市街地での混乱を避けるため、避難民が本拠地付近に集まり始め、臨時のテントやバリケードが張り巡らされる。
 セラは物資配布を手伝いながら、難民たちの怯えた目に胸を痛めていた。「国籍不明の軍隊が迫ってくるって、本当ですか?」「ここにいれば安全でしょうか……」という声が飛び交う。
 (私が答えられるわけじゃない。でも、できるだけ安心させたい……)
 セラは不安を拭うように微笑み、「大丈夫、私たちが守るから」と言葉をかけるが、その瞳には焦りが混ざっている。

 カイは医療スタッフと連携して負傷者や体調不良の者を対応し、ドミニクは地図を片手に偵察隊を組織している。そこへ、前線に出ていた偵察兵が息を切らして戻ってきた。「やはり大部隊だ……市街地を焼き払いながら、こちらへ向かってる。装甲車や人型機動兵器まで目撃した!」

 ドミニクが歯を食いしばる。「くそ……人型兵器って、まさか他国製の量産機か? 俺たちのゼーゲがどこまで相手にできるか……」
 セラは思わず目を伏せる。「人型兵器……そんなに複数あるの?」 (ネツァフと同じような存在とは言えないけど、人型ロボットが多数押し寄せてくるなら、ゼーゲ一機では厳しい……)

 状況が逼迫する中、反対派と懐疑派は再度“仮契約”を強化し、本格的な共同軍を組むことを決断する。カイが懐疑派との通信を仲介し、ドミニクがリーダー格として市街地を中心に新たな防衛線を敷く作戦を立案。
 「奴らが接近するルートは二つ。市街地を突き破ってくるか、山麓を回るか……どちらも危険だが、市民を守るには街で迎え撃つしかない」
 ドミニクが地図上で指を走らせ、反対派兵がうなずく。「了解、ゼーゲは市街地中央で待機し、装甲車隊は南端に布陣します。セラはどうします?」

 セラは一瞬、迷いを覗かせる。「私は……市街地の避難民を誘導したい。銃撃戦は苦手だし、レナさんのいる医療棟もある……」と提案しようとすると、ドミニクがため息混じりに頷く。「お前が助けてやれ。足掻きの価値を市民に伝えてきたのもお前だろう?」
 セラは力強く頷き、(私が戦闘の最前線に出ても役に立てるかわからない。それより市民を守って、倒れた兵士を救護所に連れていくのが最善……)と心に決める。

 午後に入り、偵察隊からの報告で敵の動きが確定する。市街地南端で大軍が確認され、実際に戦闘が開始されたというのだ。主力は大型装甲車と多数の歩兵、そして4~5機の人型機動兵器がいるらしい。
 市街地は廃墟同然の区域が多いが、人々がわずかに住み着いているエリアもあり、そこを防衛ラインとして利用する方針が固まる。懐疑派や反対派の合同部隊が最前線に配置され、ゼーゲは中央交差点付近で待機し、要所に援軍を送る形だ。

 日が沈む頃、空はオレンジから深い藍色へ変わり、街の高層ビル群が影を落とす。風がざわざわとビルの隙間を吹き抜け、戦闘前の緊迫した空気を伝えている。
 セラはドミニクと一度話を交わしてから、医療班と一緒に後方支援に回る。「みんな、慌てず市民を安全圏に誘導して……私も手伝う!」
 遠くで爆音が聞こえ始め、市街地に火花のような閃光が散る。ついに“未知の軍勢”と反対派・懐疑派の激突が始まったらしい。

 市街地南端、崩れたビルの残骸を盾にした防衛線が敵の侵攻を迎え撃つ。反対派兵がロケットランチャーを放ち、懐疑派の装甲車が機関砲を連射するが、敵の装甲車や歩兵も相当に訓練されているらしく、正確な射撃で応酬してくる。
 「くそっ……火力が強え! こんなの兵力だけじゃ勝てない!」
 前線の兵が叫び、爆発がビルの壁を粉砕する。火の手が上がり、黒煙が空に立ち昇る。街の一角が轟音に包まれ、夜の闇と火炎で視界が混ざり合う地獄絵図へ変わっていく。

 さらに人型機動兵器が姿を現し、全長3~4メートルほどの量産型と思われる機体がズラリと並び、関節部のモーター音を鳴らして前進してくる。敵のエンブレムは見慣れないデザインだが、無骨な鉄の塊がゆっくりこちらを睨むように進軍する光景は圧巻だ。
 指揮を執る懐疑派の将校が無線で「ゼーゲ、投入せよ! 敵の人型機動兵器を最優先で排除しろ!」と指示を飛ばす。

 ゼーゲは中央交差点付近に待機していたが、この報せを受けて脚を踏み出し、敵の機動兵器に向かって進軍を開始する。右肩は依然として完全修復されていないが、汎用モードでも中距離射撃と格闘は可能だ。
 コックピット内のパイロット――以前にも操縦した若い兵――が深呼吸し、無線に向かって言う。「行きます……足掻いてみせる!」
 周囲に散開していた反対派兵が「おお、ゼーゲが来た!」「これで勝てるかもしれない……」と歓声を上げる。セラも遠目にその姿を確認し、(レナさんが操縦してたころほどの力は出せないかもしれないけど、街を守る砦となってくれる……!)と祈るような気持ちになる。

 ゼーゲが脚部ブースターを噴かしながら前進し、ビルの壁をかすめて軽やかにジャンプする。そこから右腕の機関砲を連射し、敵の人型機を牽制する。タタタッと火線が夜の街を切り裂き、敵の装甲を抉るように粉塵が舞う。
 しかし、敵も慣れた手つきで回避行動をとり、複数機が同時にゼーゲを取り囲むように動く。「こいつ……ただの汎用ロボじゃねえ!」とパイロットが息を呑むほどに、敵機の動きは速い。矢継ぎ早に発砲があり、ゼーゲの装甲に火花が走る。

 街の中心部で起きる巨大ロボット同士の戦いはまさに地響きを伴い、ビルの壁が次々と崩れていく。爆発音が絶えず、地面にはクレーターが幾つも生まれる。市民が避難しているとはいえ、建物が壊れる衝撃が続くたびに悲鳴がこだまする。
 ゼーゲのパイロットは汗で髪を濡らしながら操縦桿を握りしめ、「こんな量産機にここまで苦戦するなんて……!」と苦悔の声を上げる。しかし、強化作業が完了していない右肩が痛手となり、砲撃精度が落ちているのだ。

 「こいつら、どうしてこんなに統制が取れてる……!」
 ドミニクが指揮車でモニター越しに叫ぶ。映像には、敵の機動兵器が一糸乱れず陣形を組み、ゼーゲの死角を狙う動きが映っている。どうやら単なる雇われ傭兵ではなく、綿密な訓練や連携を持った“軍隊”である可能性が高い。
 反対派や懐疑派の歩兵が援護射撃を繰り返すも、敵が使う自動迎撃システムで弾道が阻まれ、まともにダメージを与えられない。市街地の一角がまるごと修羅場と化し、火炎と煙が闇夜に赤い輪郭を走らせる。

 セラは後方で市民の避難誘導を行っている。マンホールを経由した地下道や、崩れかけのビルの非常階段を使って、高齢者や子供を安全地帯へ急がせる。
 しかし、敵の砲撃が近くのブロックに命中してビルが半壊するたび、埃と破片が降り注ぎ、悲鳴が広がる。恐怖や絶望に駆られてパニックになる市民をなんとか落ち着かせようと、セラは声を枯らして訴える。「大丈夫、こっちへ行けば安全! 急いで!」
 だが、自分自身も震える脚を必死に動かすので精一杯。心の中では(もう戦いは終わったはずなのに、なぜ……どうしてこんなにも争いが絶えないの……)と叫んでいる。

 カイが一瞬だけ合流し、武器を持った市民を制止している。「やめて、あなたたちには無理だ……専門の兵士に任せて早く逃げて!」と言うが、血気盛んな若者が「この街は俺の故郷だ、逃げるくらいなら戦う!」と拒むシーンが起きる。
 セラはその場に割って入り、「逃げるのは恥じゃない。生き延びなきゃ意味がないんだよ……!」と必死に説得し、ようやく若者が折れて拳銃を置く。短い衝突でも人々の意志と足掻きが交錯し、混乱が続く。

 戦場に視線を戻すと、ゼーゲと複数の敵機動兵器が乱戦を繰り広げていた。火花が闇夜を赤く染め、コンクリートの破片が幾度も舞う。パイロットの悲鳴が無線に乗る。「敵機に囲まれた……! このままじゃまずい!」
 攻撃を集中されたゼーゲは徐々に装甲を削られ、脚部の動きが鈍る。右腕の出力が不安定になり、砲撃が軌道を外してしまう。装甲車による援護射撃も、敵の高度な連携で妨害される。
 「まだだ……汎用モードでも負けられない……!」
 パイロットが意地を張るが、敵の一機が猛然と格闘戦を仕掛けてくる。金属が衝突する音が耳を裂き、ゼーゲが背中から押し倒されそうになる。

 そのとき、敵の後方に新たな機影が見える。通常機より一回り大きいフォルムで、頭部には鋭いセンサーアレイが装備されている。周囲の機体がそれに道を譲くように展開し、どうやらエース機か指揮官機のようだ。
 「あれは……指揮官機か? 嫌な予感がする……」
 ドミニクが指揮車でモニターを見て唸る。機影は渋い銀色の塗装で、高性能ジェットを搭載しているらしく、瞬間的な加速で瓦礫を飛び越え、ゼーゲめがけて一直線に突進してきた。

 ゼーゲのパイロットが悲鳴に似た声を上げる。「こいつ……速い! 狙えない……!」
 指揮官機は左右にステップを繰り返しながら接近し、右腕部の高周波ブレードを振り下ろす。ゼーゲは咄嗟に左手シールドを構えるが、ブレードがシールドを割るほどの衝撃を与え、一部を切り裂く。
 「ぐああっ……!」
 パイロットが痛みを感じるかのように叫び、機体が衝撃でバランスを崩す。すかさず敵機が蹴りを叩き込み、ゼーゲが地面に叩きつけられる。アスファルトが粉砕され、巨大な轟音が夜空に轟く。

 「ゼーゲが倒された……!」
 セラの心臓が凍る。周囲で反対派兵が援護射撃を試みるが、他の敵機がカバーに入って弾幕を張り、指揮官機を傷つけられない。「くそ……あいつ一機に勝てないのか?」という声が焦燥を煽る。
 倒れ伏すゼーゲに向け、指揮官機がブレードを真下から突き刺そうと身構える。「ここで終わりだ。反対派の希望など潰す!」
 パイロットは咄嗟に機体を捻り、ブレードが胴体を深く貫くのをギリギリで回避する。しかし、右肩部分が完全に破損し、回路の火花が飛ぶ。パイロットが肩で息をしながら操縦桿を引き、なんとか機体を起こそうと試みる。

 絶体絶命の瞬間、施設の上階を占拠していた懐疑派部隊が一斉に重機関砲を発射し、指揮官機に集中砲火を浴びせる。複数の弾丸が雨のように降り注ぎ、指揮官機の装甲に火花を散らす。さすがに装甲を持ってしてもダメージは拭えず、一瞬の隙が生まれる。
 「今だ……!」
 ゼーゲのパイロットが気合を込めて機体を起こし、倒れ込んだ体勢からのカウンターキックを繰り出す。指揮官機の胸部を思い切り蹴り、敵がよろめく。
 さらに、パイロットが左腕部に内蔵されたブレードを展開して大振りし、指揮官機の胴体を斜めに裂くように叩き込む。「くっ……!」という敵の声が通信ノイズ越しに漏れ、指揮官機がバチバチと火花を散らす。

 「行ける……!」
 ゼーゲが再度ブレードを振り下ろすが、指揮官機は紙一重で後退し、煙を吐きながら跳躍して遠ざかる。周囲の敵機がカバーしに入り、戦いが膠着する。
 パイロットは荒い息で「今のうちに一気に叩き込むんだ……!」と叫ぶが、敵はフォーメーションを組み直しており、追撃は容易じゃない。

 敵は厄介な指揮官機だけでなく、複数の量産機や装甲車を前線に投入し、各所で大規模な砲撃を始める。市街地の建物が次々と崩落し、火炎が夜を染める。避難しきれなかった市民が取り残されて悲鳴を上げる場面も出始める。
 セラとカイは急いで救援に向かうが、砲撃が激しく、まともに近づけない。廃墟化したビルのアーチを抜けるたびに爆風が吹き抜け、破片が肌を切る。
 「ああっ、どうすれば……!」
 セラは銃を扱えない自分に苛立ちつつ、なんとか負傷者を背負い、裏通りから安全地帯へ運ぶ。カイが援護しながら周囲を警戒する。「しっかりして、医療班のところまであと少し……!」

 夜の空には黒煙が渦を巻き、遠雷のように砲声がとどろく。かつてのリセットとの闘いに勝ったはずが、現実世界には新たな激戦が常に芽生える――その事実がセラの胸を締め付ける。
 (終わらないの? この足掻きは本当に意味があるの……?) 誰にも分からない闇が頬を濡らし、しかしセラは立ち止まらない。足掻きを捨ててしまえば、全てが終わってしまう――それだけは確かなことだった。

 ゼーゲと敵の人型兵器群との戦いは熾烈を極める。指揮官機を含む数機がゼーゲを包囲する形でじりじりと詰め寄り、ゼーゲ側は損傷した右肩を庇いながら回避と反撃を繰り返す。
 ところが、敵指揮官機が突如“アタッチメント”を背面から展開し、巨大なランス(長槍)状の武器を取り出した。スパークが走り、ランスの先端が高周波振動を発し始める。
 「こいつ……まだ切り札を隠してたのか!」
 ゼーゲのパイロットが焦りを見せるが、敵のランスが一閃し、ゼーゲの左腕ブレードを粉砕してしまう。キン!という甲高い音とともにブレードの破片が宙を舞う。

 「ぐあっ……!」
 衝撃がコックピットにも伝わり、パイロットが制御不能寸前で踏みとどまる。ゼーゲは左腕を失いかけ、右肩も損傷済みで満足に武器を使えなくなってしまう。
 (もう限界か……?) ドミニクが唇を噛みしめながら指揮車で叫ぶ。「下がれ、ゼーゲ! 一旦後退して修理しないと……」 だが、ゼーゲが下がる前に敵機が囲いを狭めてくる。

 ゼーゲは苦闘し、脚部のブースターを噴射してなんとかビル陰に逃げ込もうとするが、敵の量産機が先回りしてバズーカ砲を放つ。ドン!と爆発が近距離で起き、瓦礫が飛び散り、ゼーゲの装甲をさらに削る。
 「もう持たない……」
 パイロットの声は半ば絶望に染まる。だが、背後には市街地中心部があり、そこには多くの市民や味方兵がいる。もしここでゼーゲが倒れれば、敵が一気に侵攻して更なる悲劇が起きるだろう。

 指揮官機がランスを構え直し、ビルの瓦礫越しに狙いを定めている。まるで“とどめ”を刺すタイミングを計っているかのようだ。周囲の敵も息を潜めて狙いをつけ、ゼーゲが迂闊に動けば一斉射撃が降り注ぐ。
 まさに絶体絶命の状況。パイロットは無線で「指揮車! 援護を……!」と叫ぶが、味方の火力は既に尽きかけており、砲弾やミサイルを撃ち尽くしている。ドミニクや懐疑派将校が応じる声も混乱の中に沈む。

 一方、瓦礫の裏で避難民を誘導していたセラにもこの情報が届く。「ゼーゲが……押されてる! このままじゃ敵に潰される!」
 セラの脳裏に、レナが操縦していた頃のゼーゲの雄姿が過る。今のパイロットだけでは、この窮地を凌げないかもしれない……ならばどうする? 自分は戦闘訓練も十分じゃない。しかし、レナの気持ちを少しでも継げるなら、この瞬間を見逃していいのか……?
 (レナさん……あなたがいたら、こんな時にどうするんだろう。足掻きの本当の意味……あなたなら、きっと……)

 セラは唇を噛み、周囲の兵士に市民対応を引き継ぎつつ、意を決して走り出す。「どこへ行くんだ、セラ?」とカイが驚くが、彼女は「ゼーゲに乗る……私しかいないなら!」と叫ぶ。カイは目を見張り、「無茶だ……君は操縦が得意じゃ……」と止めようとするが、セラは振り返らずに駆け抜けていく。

 夜の街を縫うように走るセラ。爆発で照らされる破片を避けつつ、ゼーゲが隠れているビルの陰へ辿り着くと、そこでは汎用パイロットが半ば絶望のまま操縦を続けていた。機体は大破寸前で、あと一撃でアウトになりかねない。
 セラが外部スピーカーに向かって「ハッチを開けて……! 私に交代して!」と声を上げる。パイロットは驚愕しながら「馬鹿言うな、素人が乗ってどうする……」と拒否するが、セラは「私にはレナさんの記憶がある。彼女がゼーゲを愛した理由を知ってる……。ここで下がったら街が崩壊するかもしれないのよ!」と熱く訴える。

 その迫力に圧倒されたパイロットは「……わかった。もう俺にはどうしようもない……」と渋々承諾し、ハッチを開く。機体が短時間動きを止める瞬間を見逃さず、セラがよじ登ってコックピットに入る。瓦礫が崩落する音がすぐそばで響き、ヒヤリとする。
 「操縦桿はあそこ……非常用ブースターのスイッチはここ……」
 パイロットが速やかにセラへレクチャーし、「下手に動くと死ぬぞ。くれぐれも……生きろよ」と小声でエールを送り、すぐに外に脱出する。

 コックピット内は煙と警報音が充満している。右肩の装甲は破壊され、左腕ブレードも切断され、稼働率はわずかに30%台を示しているモニターがまざまざと惨状を伝えている。
 「こんな状態で、私が……」
 セラの心は恐怖で潰れそうになるが、ふとレナの声が脳裏に響くように感じる。「足掻き続けるしかないのよ。誰かを守るために、今ここで……」
 意を決して操縦桿を握り、ペダルを踏み込む。機体がうめき声にも似た動作音を出しながら立ち上がる。「動く……動いてくれるの……!」とセラは嬉しさと恐怖が入り混じる感覚を覚える。
 敵はゼーゲがまだ息を吹き返したことに気づき、狙いを定め始める。しかし、セラは荒っぽく操縦桿を引きながら、コツコツと学んだ汎用モードの操作を自分流にアレンジする。「当たれえっ……!」と左腕に残された機関砲を撃ちながらステップで回避。ぎこちないが、どうにか敵の包囲を抜け出そうとする。

 混乱する敵のフォーメーションの隙を突き、ゼーゲは指揮官機へ急接近する。左腕しか使えない状態だが、セラは(レナさんなら……この程度の不利は足掻きで跳ね返したはず)と思いをぶつける。
 指揮官機は再度ランスを構え、「しぶとい奴が……!」と音声が歪む。互いに距離を詰め合い、深夜の街を切り裂くように金属同士が激突。ランスが閃光を放ってゼーゲの胸元を貫こうとするが、セラはぎりぎりで操縦桿を引き、体を捻ってかわす。

 「そこ……っ!」
 セラは最小限の動きで左腕の機関砲を近距離射撃し、指揮官機の肩関節を破壊。轟音が響き、内部のフレームがちぎれる音がコクピットに届く。敵はたまらず後退しようとするが、ゼーゲの脚部キックを浴びて地面に倒れ込む。
 「あと少し……!」
 セラは必死に操縦桿を引き、機体の限界を超えた出力でジャンプして上空から降下しながら、左腕を叩きつけるように敵の頭部を粉砕する。ガガンッという激しい衝撃で指揮官機が完全に沈黙し、周囲の量産機が一斉に動揺を示す。

 指揮官機を失った敵勢は士気が下がり、一気に退却を開始する。装甲車も火炎を上げながら後退し、量産機たちは散り散りに夜の街から離脱していく。反対派や懐疑派の部隊が一斉に追撃し、一部の敵兵を捕虜にするが、大半は夜の闇に紛れて逃亡する。
 こうして、“未知の軍勢”による大規模な侵攻は失敗に終わった。しかし、戦場に残ったのは無数の瓦礫と炎、負傷者の呻き、そして再び大きく破損したゼーゲの姿だった。

 指揮車にて状況把握にあたっていたドミニクが、セラがゼーゲを操縦していたことを知り驚愕する。「何……セラが乗ってたって? 無茶しやがって……!」と唸り、すぐさま部下に安全確認を命じる。
 ゼーゲは薄明かりの下で膝をついており、セラはコックピット内でぐったりとしている。通信マイクがかすかにノイズを載せて「やった……街は……守れた……」という声を伝える。カイや兵士たちが駆けつけ、ハッチをこじ開けてセラを救出する。

 セラは疲労困憊で気を失いかけだが、唇に微かな笑みを浮かべていた。「レナさんの……足掻きが……」という呟きが聞こえ、ドミニクは目を閉じて「馬鹿野郎……でも、よくやった」と微かに微笑む。
 街にはまだ炎がくすぶり、夜明け前の空は濃い煙で混濁している。戦いは勝利とも敗北とも言えないが、一つの“激戦”が終わり、人々はまた足掻きの先にある明日を探すために、泣き、傷つき、それでも生き延びる。

 Episode 9-1「現実世界の激戦」は、ここで終幕を迎える――。
 しかし、こうした衝突は人々の足掻きをさらに続けさせる。ネツァフの亡霊を消し去っても、争いは絶えない。レナは昏睡のままで、ヴァルターの言動も不透明。未知の軍勢が何者で、何を求めていたのか、未解明のままだ。
 それでもセラは、痛みとともに「足掻く価値」を再確認し、レナがいつか目覚めたときに誇れる未来を築くため、目を閉じて短い休息を取る。戦場が夜明けを迎えるころ、街にはまた新たな火種がくすぶり続けていることを誰もが知りながら……物語はなお先へと足を進めるのである。

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