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ゼーゲとネツァフ:Episode 3-1
Episode 3-1:反対派の存在
世界はリセットに失敗し、荒廃の一途を辿っていた。国家体制は崩壊し、社会インフラの大半が停止したことで、大規模な都市はもはや廃墟と化している。疫病や餓えに苦しみ、略奪や内戦が絶えない――それでも生き延びる人々は、限られた地域に集まるか、あるいは小さな集落を築き、互いに助け合うことでなんとか現在を繋ぎ止めていた。
しかし、リセットが失敗したからといって、世界がただ“終わり”を迎えたわけではない。足掻く人々は、新たな“希望”や“未来”を見出そうと奮闘する勢力を生み出している。その一つが「反対派」――リセット計画そのものを否定し、今の世界を生き抜く道を探そうとする集団だ。
彼らはリセットの施行前から既に暗躍していたが、失敗後の世界ではより活発に、あるいは散発的に活動を続けている。理念も手法も統一されておらず、平和的に技術を再興しようとする一団もあれば、武力で秩序を作り出そうとする集団もある。ただ総称として“反対派”と呼ばれ、世界各地に散在しているのが現状だ。
セラとカイ――リセット派の基地で育ち、しかしリセットの失敗とエリックの逃亡をきっかけに外の世界へ飛び出した二人は、これまで荒廃した街や軍閥、変異生物との死闘を乗り越えながらエリックの足取りを追ってきた。そして、エリックが「反対派」と呼ばれる勢力の一部と接触した可能性が高いとの情報を得る。
今宵、二人は南方の山岳地帯にあるという“反対派”の拠点へ向かう決断を下す。そこにはどんな人々が暮らし、どんな理念が息づいているのか――リセットという救済を拒み、生き延びる道を選んだ者たちの姿は、セラとカイにとって大きな衝撃をもたらすだろう。
前回の旅を終え、セラとカイは一時的に隣町の集落で休息を取っていた。エリックが南方に向かったとの確証を得た以上、そこへ向かわなければ話にならない。しかし、周囲から伝わってくる情報によれば、その山岳地帯は険しく、ギャングや武装ゲリラ、さらには怪しげな生物までが出没する危険地帯だという。
夜明け前、二人は荒れ果てたビルの一角で支度を整え、静かに息を交わす。セラはブレスレットを点検し、できるだけ身体の調子を整える。カイも持ちうる武器を確認し、弾薬を限界まで用意する。それでも心もとないが、出発を先延ばしすればエリックとの距離は開くばかりだ。
セラ「カイさん……本当に山岳地帯に“反対派の拠点”があるんですよね。そこには、エリックさんが向かったと……」
カイ「ええ。隣町の人たちもそう言ってた。『もしエリックに会いたいなら、山岳を越えた谷の辺りを目指せ』って……だけど危険極まりないみたいだ。」
隣町のリーダーがくれた簡易地図には、ざっくりと山岳地帯の輪郭が示されているが、詳細は一切分からない。地形が崩壊したり、トンネルや橋が落ちていたりで、どの道が通れるのかさえ確証がないのだ。
まだ薄暗い早朝に、二人は集落のバリケードを出発し、南方を目指し始めた。街外れの道路は、既に亀裂と瓦礫で舗装が崩れ、徒歩でなければ進めない箇所が多い。時折、廃車やバリケードの残骸を乗り越えながら、一歩ずつ進んでいく。朝の空気は冷たく張り詰めており、セラの胸の奥が高鳴る。
カイ「もし山道で遭遇したら、どうする? “反対派”がすべて友好的とは限らないし、武装集団がほとんどだって話だ。撃たれたら……」
セラ「それでも私たちが伝えたいこと、聞きたいことがあるから……下手に隠れるより、話し合いを試みるしかないでしょう? リセットが失敗したこの世界で、彼らはどう足掻いているのか……」
カイは眉間に皺を寄せながらも、「まあ、やるしかないね」と呟いて歩を進める。遥か先には山の稜線がシルエットとして浮かび、その周囲には濃い森が取り囲んでいる。
山岳へ向かう途中、大きな森が広がっていた。地図によれば、この森を抜けて山道に入る道が一番早いらしい。とはいえ、そこにはギャングや武装勢力が潰し合った痕跡が多数あり、危険であると警告されていた。
実際、森の入り口を入ってすぐ、巨木の根元に複数の弾痕と血痕が残り、焼け焦げた車両の残骸が転がっている。誰かがここで戦闘を繰り広げたらしく、硝煙の匂いこそ消えているが、重苦しい空気が漂っている。
セラ「また、こんな殺伐とした痕跡……誰が何のために戦ってるんでしょうか。」
カイ「リセットがなくなった今、人々は生きるために奪い合うしかないと考える連中が多いから……。反対派といっても一枚岩じゃないし、力づくで秩序を作ろうとする奴らもいる。」
黒々とした森の奥へ踏み込むと、外界からの日差しは薄れ、濃い木々が視界を遮る。足元には苔や落ち葉が湿っており、ヘビのような小動物が草むらを動く気配もある。サワサワという風の音が樹間を渡り、時折遠くで鳥の声が響く。
二人は警戒を怠らず、少しでも人の気配を感じたら木陰に隠れるか、道を外すなどしてやり過ごす。だが、そんな慎重さを保っていても、不測の衝突は避けられないことが多い。
実際、数時間進んだ頃、森の奥から不審な声が聞こえた。
「この辺りじゃないのか? 奴らの痕跡があるって……」
聞き覚えのない男の声だ。複数人で動いている様子が分かる。セラとカイはすぐ茂みに隠れ、やり過ごそうとする。
やがて視界に現れたのは、武装した男たちの一群。迷彩服や古い軍服を混ぜ合わせており、銃は比較的近代的なライフルを持っている。人数は5~6名。どうやら誰かを捜索しているのか、周囲を警戒しながらゆっくり移動している。
カイ(小声)「やばい、下手に見つかったら撃たれそうだ……どこか反対派の分派かもしれない。」
セラ(小声)「うん、今は戦わずに避けよう。……でも、彼らも何かに追われているのか、あるいは何かを探しているのか……。」
不意に、男の一人がこちらを振り向いた。セラとカイは息を殺すが、茂みがガサッと音を立ててしまう。男は「誰だ!」と叫び、ライフルを構えて突進してくる。逃げる隙もなく、絶体絶命の場面だ。
カイは咄嗟に両手を挙げ、「待ってくれ、撃たないで!」と声を上げる。セラも同様に両手を挙げて姿を現す。男たちが囲むようにライフルを向けてくる。
「何者だ、お前たち……! ここで何してる?」
リーダー格と思しき男が睨みつける。カイはできるだけ冷静に答える。「俺たちは旅人だ。反対派を探している。リセットに反対する勢力に用があって……もしあなた方がそうなら、話をしたい。」
男たちは顔を見合わせ、やや警戒を緩める。すると一人が「お前ら、武器は持ってるか?」と尋ねる。セラとカイはホルスターにハンドガンを収めているが、無闇に抜くわけにはいかない。カイが「最低限の護身用だが、使用する気はない」と応じ、ゆっくりとハンドガンを地面に置く。
男たちがそれを確認し、リーダー格の男は「俺たちは『林道分隊』だ。反対派の一部だが、危険の多いこの森を巡回してる。……お前ら、本当に反対派を探してるのか?」と問い質す。
セラは恐る恐る頷く。「エリックさんという人を追ってきたんです。世界の……リセット派だった代表が、ここを通ったと聞いて。私たちは彼を見つけたい……。」
突然、「エリック」の名に男たちが過敏に反応する。「エリック……? まさか、あのリセットをぶち壊したと噂の男か……」
リーダー格が少し困惑の表情を浮かべ、仲間と視線を交わす。「……彼なら、うちの本隊に接触していたかもしれないな。詳しくは分からんが、反対派全体で“足掻き続ける道”を探す議論があって、エリックとかいう男が加わっていたって話を聞いた。」
セラの胸が高鳴る。本当に、エリックは反対派と深い繋がりを持っているのかもしれない。男たちは互いに頷き合い、リーダーが「よし、ちょうどいい。俺たちの拠点へ来い。指揮官が判断する」と提案してくる。
カイ「ありがとうございます。本当に助かります……ただ、途中で襲われたりしませんか?」
リーダー「大丈夫だ。この辺りは俺たちがパトロールしてるからな。むしろ今は、ゲリラや怪物のほうが手強い……。お前らが変な動きをしなければ撃たない。もし嘘をついているなら……その時は容赦しないがな。」
セラとカイはお互い目配せして、男たちに従うことを決める。これまでもギャングや軍閥など、いろいろな武装集団を見てきたが、彼らは一応“反対派の分隊”と名乗っている。危険はあるが、エリックの情報を得る絶好の機会かもしれない。
こうして二人は林道分隊と合流し、彼らの拠点へ向かう形となった。
森の奥深くまで数キロ進むと、突然開けた盆地のような地形が広がった。そこには高い柵と見張り台が設置され、テントやバラックが点在する小さな集落らしきものがある。まるで軍の野営地のように武装を整えながら、農作物を育てる畑まで見える。
「ここが……反対派の一角なんですね。」
セラは驚きとともに呟く。想像以上に大きな規模だ。人々が行き交い、子どもの姿すらある。武器の整備をしている者、焚き火で食事を煮込んでいる者、それぞれが役割を持って生活しているのが見て取れる。
林道分隊のリーダーが「まあ、本拠地の一つってところだ。うちは山岳地域を中心にいくつか拠点を持っている。リセットなんか当てにしないで、この世界を生きようって奴らが集まってるんだ」と説明する。
入口の警備と合図を交わし、セラとカイはキャンプの中へ通される。武装した若者が多いが、中には年配者や子供もいて、さながら“村”のような活気がある。ただし、物資は決して豊富ではないらしく、皆が節約を意識しながら生活している雰囲気だ。
徐々にテントや施設を抜け、中央に設けられた大きな仮設ホールのような場所へ案内される。そこは指導者クラスの者が集まり、会議や物資の配分を話し合う場らしい。
「指揮官……外部から来た二人を連れてきました。エリックを探しているそうです。」
リーダー格の男が声をかけると、ホールの奥で地図を眺めていた長身の女性が振り返る。髪を短く切り揃え、迷彩柄のジャケットを着た姿が印象的だが、瞳には芯の強さと優しげな光が混じっている。
指揮官(女性)「あなたたちが……エリックを探してるの? 彼がここを訪れたのは少し前だけど、もう去ってしまったわよ。」
セラ「やっぱり……そうなんですね。私たちはリセット派の基地から……いえ、もう今は……。とにかく、彼と話がしたいんです。もし何か手掛かりがあれば教えてください……!」
指揮官は小さく息をつき、キャンプの周囲を見回すように顔を上げる。「彼はここで数日を過ごし、反対派の考え方について学ぼうとしていたわ。私たちも、リセットが失敗した今、どうやって世界を再建するかを模索している。エリックは“家族を守る”という意志から動いているように見えた。でも、詳しくは語らなかった。ただ、南のほうにもっと大規模な“再建計画”を進める勢力があるとか言っていて、そこへ向かったの。」
セラの目が輝く。「南ですか? どのくらい南へ……?」
指揮官は地図を指し示し、粗い輪郭が描かれた地域を指す。「ここよ。私たちからはかなり遠い。途中で汚染地域や戦乱地帯を越えないといけないし、私たちの力じゃカバーできない領域。エリックは“やるべきことがある”と言って出発したわ。具体的に何をするつもりかは語らなかったけど。」
カイが腕を組み、「南方の大きな勢力……まさか、そこが新しい都市か、あるいは別の大規模拠点があるのか?」と呟く。指揮官は肩をすくめ、「分からないわ。私たちが知る限り、リセットの崩壊後に急速に台頭した謎の組織がある程度。そこに彼が行った可能性が高い。」
セラは頭を抱えつつも希望を捨てない。「ということは、私たちもそこを目指せば、エリックさんに会えるかもしれないんですね……。行くしかありません。」
指揮官は少し考え込み、「あなたたちはあまりにも危ういわ。途中で命を落とすかもしれない。それでも行くの?」と尋ねる。セラはきっぱりと頷く。「はい。私たちは、リセットを否定したエリックさんにどうしても会いたいんです……世界をこんな風にしてしまった責任があるのかもしれないと思っていたけど、実際には彼の行動にも意味があるはずだと信じたくて。」
指揮官の目がわずかに優しさを帯びる。「エリックを責めるでもなく、かといって賛美するでもなく、ただ会いたい――面白いわね。私たちはリセットに反対だから、彼が承認を拒否したこと自体には感謝してるけど、世界がこうなった責任を全部彼に負わせる気もない。結局、元凶はリセット派のやり方にあった。」
セラは胸が締め付けられる思いだ。リセット派が悪だったのか、それとも世界があまりにも汚染されていたから仕方なかったのか――もう答えは出ない。
「ところで、あなた方はしばらくここに滞在していく? 山道を越えた先は、さらに過酷よ。私たちも何か協力できるか考えてみるわ。」
指揮官は椅子から立ち上がり、周囲の仲間を見回している。彼女たちもまた、この混沌の世界で必死に生き延びようとしているのだとセラは痛感する。
落ち着いた場所に案内され、セラとカイは指揮官や主要メンバーたちと話をする機会を得た。焚き火の周りに座り、薄暗いランタンの光の下で、彼らの思いや活動内容を聞く。
「私たちは、リセットを拒否した“理由”を抱えている。みんな動機はバラバラだけど、一つだけ共通しているのは、“まだ世界を捨てたくない”ってこと。たとえ痛みがあっても、足掻くことで生まれる何かがあるはずだと信じているんだ。」
指揮官が落ち着いた声で語ると、周囲のメンバーも頷く。ある者はかつて家族を失いながらも、誰かを守るために戦っている。ある者は技術者として過去のインフラを復旧させようと試みる。ある者はただ“生き続ける”ことに意味を感じると言う。
青年A「リセットが成功してたら、確かに苦しまなくて済んだかもしれない。でも、それって本当に救いなのか? 何もかもが無に帰るだけだろう。俺は、死んだ家族の思い出まで消してしまいたくなかったんだ……」
女性B「私も同感。いくら苦しくても、愛した人の記憶まで消えるなんて嫌だった。痛みが残ったっていいから、ここで生きるわ。」
セラは黙ってその言葉を受け止める。リセット派の施設で育ち、ずっと「痛みなく世界を消す」こそが最善と教えられてきた自分にとって、こうした声は新鮮かつ衝撃的だ。
カイは小声でセラに、「リセットの失敗後、こういう人々が増えてるんだろうな。“生きる価値”を見いだしている……」と囁く。セラも大きく頷く。
そして、話の中で自然とエリックの名が上がる。「彼は家族を守るためにスイッチを押さず、結果的にリセットが破綻した。しかし、その後はどう行動しているのか?」と指揮官が言う。
指揮官「エリックは、“足掻くことこそ人間の本質だ”と主張していたわ。リセット計画を止めたのも、その信念の一部らしい。でも、彼自身がその後どんな具体策を持っているのか、私には分からない。何か重大な目的があるように見えたが……」
セラは胸が熱くなる。エリックとの再会はまさに近いと思われるが、当の本人はこの地を既に去ってしまった。次の行き先に何があるのか、想像もつかないが、反対派が手を結ぼうとしている“新たな勢力”かもしれない。そこが物語の次の舞台となるだろう。
翌日、セラとカイは反対派のキャンプでしばし休息を得ながら、南方へのルートを探っていた。指揮官は「山道は多くの危険があるから、最小限の装備で隠密に進むのが得策だ」とアドバイスする。
しかし、昼過ぎになると急報が入る。遠征中のパトロール隊がゲリラに襲撃され、こちらのキャンプにも攻撃が予想されるというのだ。キャンプは一気に緊張状態に入り、バリケードを強化し、武装兵が配置につく。セラとカイも、恩返しの意味を込めて手伝おうと申し出る。
指揮官「ごめんなさいね。こんなときに出発しても、危険なだけ。ゲリラは容赦なく撃ってくるし……やり過ごすほうがいいわ。手伝ってくれるなら助かるけど、無理はしないで。」
セラは半ば吹っ切れた表情でブレスレットを確認する。「大丈夫です、私たちももうこの世界の現実を見てきましたから……。少しでも役に立ちたいんです。」
火薬や古い装甲板を使ったバリケードがキャンプ入り口付近に築かれる。女性Bや青年A、そして他の兵士たちが銃を持ち、配置につく。セラとカイは中央のテント後方に回り、もし敵が回り込むようなら迎撃する役割を任された。
やがて遠くで爆発音がしたかと思うと、森の向こうに黒い煙が上がり、銃声が響き渡る。ゲリラがこの拠点へ急襲を掛けている証拠だ。住民の多くは地下施設や建物の奥へ避難し、戦闘員のみが残って応戦の体制を整える。
しばらくして、前方で激しい銃撃音がとどろき始める。青年Aが倒れ込みながら「来たぞ……複数だ……」と叫び、仲間が救護に駆け寄る。セラとカイは確認のため外へ出るが、既に正面ゲートで火花が散っているのが見える。
指揮官の声がホールを通して響く。「落ち着いて射線を確保して! 奴らに突破されるわけにはいかないわ!」
ゲリラ側も相当な装備を持っているのか、手榴弾の爆発が起き、テントが崩壊する。煙と炎が混ざり合い、悲鳴が飛び交う。セラは咄嗟に駆け寄り、倒れた兵士を引きずりながら安全な場所へ移そうとする。カイも援護射撃を試みるが、敵の位置が不明瞭で弾が当たらない。
セラ「くっ……どこにいるの……?」
カイ「周囲に散開してるみたいだ……森の木々や茂みを使って接近してる!」
このままでは分が悪いと判断した指揮官は、部下たちに「一旦後退し、第二防衛ラインを敷く!」と指示する。セラとカイも共に後方へ走り、バリケード裏に再集結する形だ。
しかし、ゲリラは攻撃の手を緩めない。銃声はますます激しくなり、爆発の振動が地面を揺るがす。指揮官が歯を食いしばりながら仲間に声を飛ばす。「落ち着いて……数は多くないはず。しっかり撃ち返して押し返すのよ!」
まるで大規模な戦場のような騒動だ。セラの頭には、これまでに見てきた荒廃と暴力の惨状がフラッシュバックする。リセットを逃れた世界は、ここまで戦闘が絶えず、血を流し続けなければならないのか――。
体が震えながらも、セラはブレスレットを軽く操作し、わずかな補助を発動させる。脚力を高め、敵の位置を把握できれば少しは戦況を変えられるかもしれない。カイが「無理するな……」と言うが、彼も必死に拳銃の弾をリロードしている。
そして、ある瞬間、ゲリラの一人がバリケードを乗り越えて突進してきた。手にはサブマシンガンのような武器を持ち、一斉掃射を始める。周囲の仲間が弾を浴び、後方へ倒れる。セラは悲鳴を飲み込みながら、そのゲリラに飛び込み、銃の軌道を逸らす形で抱え込むように組み付く。
「離せっ……!」
ゲリラは怒声を上げ、サブマシンガンを乱射。数発がバリケードを破壊し、派手な音を立てる。セラは腕に力を込め、ブレスレットの補助で相手を押さえ込もうとするが、相手も鍛えられた身体で容易に抵抗を許さない。
揉み合いの末、セラは頬を殴られ吹き飛ばされる。視界が揺れるが、そこへカイがカバーに入り、ゲリラの腕を掴んで脚を払う。一瞬のスキに拳銃を突きつけ、引き金を引いた。銃声が地を揺るがし、ゲリラは絶命する。
カイ「セラ、大丈夫か……」
セラ「う、うん……ありがとう……」
ほかのゲリラも次々とバリケードを破壊しようと突撃を繰り返すが、反対派の兵士たちも必死に応戦している。爆発音が鳴り響き、木くずや土埃が舞い上がり、一種の混沌がキャンプ全体を覆う。
やがて、ある程度の死傷者を出したゲリラ側が「撤退!」の声を上げ、森の中へ逃げ帰っていった。反対派の兵士が勝利の声を上げるが、すぐに倒れた仲間の元へ駆け寄り悲鳴がこだまする。負傷者が多く、死亡者もいる。
セラは血に染まった地面を見つめる。先ほどまで談笑していた顔見知りの兵士が倒れている姿が視界に入り、足がすくむ。
「また……こんな……」
指揮官が呆然としながら事後処理を始める。「遺体を集めて、救護班を……ここはもう長く維持できないかもしれない。」
カイが胸を痛めながらセラを支える。「セラ、まだやらなきゃいけないことが……救護を手伝おう。」
セラは涙で視界が滲むが、必死に首を縦に振り、負傷者を運ぶ作業に参加する。悲惨な光景が広がる。負傷者は腕や脚を失い、叫び声を上げる者もいる。薬も包帯も足りず、数人は手の施しようがないという状況だ。
翌日、混乱が少し落ち着いたキャンプでは、多数の死傷者を出したショックが広がっている。彼らは「リセット」ではなく「足掻いて生きる」選択をしたが、それがいかに過酷な道であるかを改めて痛感させられる事態となった。
指揮官は憔悴の色を隠せず、血だらけの軍服を着たままセラとカイのもとへ来る。「あなたたち、巻き込んでごめんなさい。エリックがここを通ったことを教えたばかりに、こんな目に……。」
セラは首を振る。「いえ、私たちも分かってて来ました。それに、誰も巻き込まれたわけじゃないです。ここで起きたのは、この世界がそういう現実を強いてるから……。」
指揮官は微かな笑みを浮かべる。「ありがとう。そう言ってくれると救われるわ。……それで、あなたたちはまだ南へ行くの? この先はもっと危険かもしれないのに。」
カイが答える。「はい、エリックに会うために。あるいは、彼が選んだ道を確かめるために。この血塗られた世界で、彼は何をしようとしてるのか……知りたいんです。」
指揮官は大きく息を吐く。「そう。なら、せめてもの礼をさせて。ゲリラの襲撃を防いでもらったおかげで、私たちも少し猶予ができた。多少の物資と地図情報を渡すわ。ルートは危険だけど、これを使えば少しはマシでしょう。」
こうして、セラとカイは反対派から具体的な地図と、最低限の食糧や医薬品を受け取ることになった。そこには山岳地帯を抜けるルートや、峠の位置などが簡易的に示されている。もしここを越えられれば、南方の“再建計画”を進める勢力が拠点を築いているという場所に辿り着けるかもしれない。
セラは深く頭を下げ、「本当に……ありがとうございます。私たち、必ずエリックさんと会って、何かを変えられる手掛かりを見つけたいんです。皆さんもどうか安全で……」と別れの言葉を紡ぐ。指揮官や兵士たちは手を振って見送るが、目には複雑な感情が浮かぶ。
指揮官「私たちは、リセット派の残党を憎んでいたけど、あなたたちを見て少しだけ考えが変わった。どんな形であれ、足掻くって尊いことなのね。いつか再会したら、お互い笑顔でいられるように祈ってる……。」
セラとカイはその言葉を胸に刻み、キャンプを後にする。リセットが失敗した荒廃の世界で、血と苦難の中でもなお生きる意志を捨てない人々。彼らこそが“反対派”の存在意義を体現しているのだろう。
指揮官から受け取った地図を頼りに、二人はキャンプの南門を出発した。そこから先は、さらに標高が上がる峠道が続き、一部は崖沿いの細い道だという。
地図には「峠のトンネルは崩落が多く、野生生物も出没。ルート選択を誤ると帰れない」と赤字で注意書きがある。セラは不安を抑えきれず、小さく喉を鳴らす。
「カイさん、私たち……本当に行けるんですか? 毎回、危険が増すばかりで……。」
カイも苦笑いしながら「正直、無謀かもしれない。でも、ここまで来て引き返すわけにもいかない。エリックに会うのが、俺たちの答えを出すカギだと思うんだ。」
森を抜けると、険しい岩場が現れ始める。木々がまばらになり、石ころや段差の多い地形が二人を翻弄する。所々に小さな滝が流れ、流れ落ちる水音が谷底にこだまする。
途中で獣の吠え声が聞こえたり、崖沿いで足を踏み外しそうになったりと、命綱のようなスリルと緊張が続く。セラは体力の限界を感じながらも、ブレスレットの補助を最小限に使い、どうにか歩を進める。
セラ「ここを乗り越えたら……また新しい街か拠点があるんですよね。きっと、そこにも人々が暮らしていて……。」
カイ「そうだね。荒廃した世界でも、多くの人が“まだ生きたい”って思ってる。リセットがなくなったからこそ足掻く価値を感じる人もいるんだろう。」
日が傾くころ、峠の中腹でわずかに平坦な場所を見つけたので、二人はそこでテントを張ることにした。夜間に崖道を進むのは自殺行為だ。
焚き火を起こし、湯を沸かして簡単な食事をとる。長い戦いと移動の疲れで、セラもカイもくたくただが、お互いを励まし合うように言葉を交わす。
セラ「反対派の人たち……みんな強い意志を持っていましたね。リセットを拒否するなんて、私たちが基地で教わったことからすれば“愚か”だったけど……実際にはすごく素敵でした。」
カイ「うん、結局、足掻くのは苦しいことだけど、それ以上に生きる意味を見出している。エリックもそういう人々を見て回って、何かを確信したのかもしれない。」
夜が更け、星が輝く。セラは空を見上げる。リセットが起きていれば、この星空も“消えて”いたのだろうかと思うと、不思議な切なさと安堵が入り混じる。もしやリセットの破綻は、彼女自身にとっては幸運だったのかもしれない――そんな複雑な感情が押し寄せる。
(私は……ネツァフの心臓部でありながら、この世界を見て、苦しさや温かさを知ってしまった。エリックさんは何を感じてここまで来ているんだろう?)
次の日、夜明けとともにさらに峠道を進む。崖沿いの狭路では落石に注意し、草木の生い茂る箇所では野生動物を警戒する。疲労に耐えながら歩くうちに、時折エリックの足跡でも見つかれば――などと思うが、砂や土に変わっているこのルートでは、個人の足跡を確認することは難しい。
それでも南方へ進むにしたがい、荒廃した山岳地帯の向こうに、わずかに人為的な工作物が視界に入ってくるようになる。遠くには鉄塔らしき影が立ち、古い橋が谷間を繋いでいるようにも見える。そこにこそ、次なる拠点があるのだろうか。
険しい山道を抜け、最後の崖を回り込むと、視界に小さな集落の灯りが見え始めた。どうやらそこが目的地――もしくはその入り口なのかもしれない。日が傾き、オレンジ色の夕焼けに染まる山肌が美しくも悲しい。
セラは額の汗をぬぐい、カイに微笑む。「もう少しで着きそうです。きっと……ここでエリックさんの足取りを、また新たに掴めますよね……。」
カイもうなずく。「そうだといい。ここまで来たんだ。何としても彼に追いつかなきゃ。俺たち自身、リセットの失敗後に何をすべきか、それを確かめたいんだ……。」
振り返れば、反対派のキャンプや街、軍閥の採石場、変異生物との死闘など、数えきれないほどの試練を乗り越えてきた。リセットが失敗した世界は血と混乱に溢れていたが、その一方で“リセットに頼らない”人々の力強い姿も目の当たりにした。
セラは歩きながら、ブレスレットをそっと手で覆う。ネツァフの心臓部として自分が存在する意味が、少しずつ変化しているのを感じる。このままエリックを追い、彼の真意と行動を知ることで、新たな道が開けるのではないか――そう期待してしまう自分がいる。
**Episode 3-1「反対派の存在」**は、こうして幕を引く。
痛みなく消滅するはずだった世界で、足掻く者たちの逞しさや団結心を目の当たりにしたセラとカイ。リセットという大きな枠組みが崩れ去ったにもかかわらず、それでも生きる選択を貫く人々が作り出す“反対派”の存在感は、彼らの価値観を大きく揺さぶり始めている。
そして、その延長線上でエリックを追う道は、ますます険しく、不確かな危険に満ちている。だが、セラはもう迷わない。たとえ苦しみが待ち受けようとも、この足掻きの果てにこそ大切な答えが隠されていると――そう信じて前へ進むしかないのだから。
物語は次のステージへと続く。果たして、セラとカイはエリックとの再会を果たし、この世界が抱える苦悩と、リセットを拒否する人々の未来をどう見届けるのか。反対派が成し遂げようとする“足掻き”は、真の救いに繋がるのか、それともまた新たな破局を迎えるのか。
全ては、これからの道行きと、セラたちの選択に委ねられている――。