ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP4-2
EP4-2:エリカの疑問
エリカ・ヴァイスナーはいつものようにクレイドルの夜景を見下ろしていた。透明なドームを介して見えるのは、いくつもの光の帯が交錯する人工の空。そこには地上の汚染や荒廃の面影など微塵も感じられず、空調が作り出す穏やかな空気が広がっている。しかし、彼女の胸中はまるで視界とは逆に重苦しく、底知れぬ闇を抱えていた。
ここはクレイドルの一角に設けられた、オーメル軍事部門の指揮・研究区画。巨大な廊下やセキュリティゲートが連なり、一般市民の立ち入りが厳しく制限されている場所だ。先日捕縛したレオン・ヴァイスナーを移送したのもこの区画で、軍事研究施設や拘束施設が集約されているいわば“企業の裏側”でもある。
エリカは長い廊下を一人歩きながら、ちらりと大窓越しに外を眺めた。遠くのドームの向こうに、小さな人工太陽が仄暗く光り、街を朝の気配で包んでいる。地上の汚染を捨て、安全と豊かさを享受できるはずのクレイドル。しかし、そこには知られざる管理と独裁が潜み、彼女自身もまた“オーメルの指揮官”として、自由とは程遠い立場にいる。
「隊長、お疲れさまです!」
廊下ですれ違う兵士が敬礼する。エリカは軽く頷き返し、そのまま足を止めずに奥へと進む。足元のヒールがカツンと鳴るたび、胸がひどくざわついた。地上で生きる人々、汚染された荒野、ネクスト同士の苛烈な戦い。そして……捕虜となったあの男。彼女の“父”である可能性が高いレオン・ヴァイスナー。会話を交わしたときの記憶が、頭から離れない。
(地上での戦いが終わっても、私の心はちっとも落ち着かない。むしろ、今のほうが苦しい……。)
彼女がレオンを捕らえたことは、軍事的には大きな功績だ。上層部や周囲からは「さすがにエリカ隊長だ」と称賛の声が上がり、オーメルの威光を地上でさらに広められると期待されている。けれど、その裏で彼女の胸中には言いようのない葛藤が渦巻いていた。レオンが自分の実の父であると知りながら、それでも企業の任務を優先して捕縛した現実はどうにも割り切れない。
「お疲れさまです、隊長。検査データを報告に来ました。」
ふいに声をかけられ、エリカは身をこわばらせた。白衣をまとった研究員が端末を手にして立っている。彼女が一瞬でピンとくるのは、そのデータが“レオンに対するもの”であることだ。拘束されている被検体の状態や脳波スキャン、体調管理などを毎日行っている研究班だろう。
「……報告を。」
抑えた声で促すと、研究員は小さく一礼してから端末を操作し、淡々と読み上げる。
「レオン・ヴァイスナー被検体について、身体検査とAMS適性の測定結果は概ね安定しております。少々栄養が不足しているようですが、配給を増やせば問題ないレベルです。ネクスト乗りとしての潜在能力も健在。
ただし、精神面での不安要素が認められます。長期の拘束によるストレスや、今回の敗北・捕縛のショックなどが影響しているようです。刺激を与えすぎると暴走の可能性があるかもしれないとの意見もあります。イグナーツ様からは『使い道がある限り、大事に扱え』と指示をいただいております。」
「……そう。あなたたちは、彼をどうしたいの?」
エリカが思わず問い返すと、研究員は目を伏せるようにして苦笑する。
「私ども研究班は、正直なところ“武器”としての利用価値を確かめるのが仕事です。AMS適性が高い人物は、AI研究との比較試験にも使いやすい。もし本人が協力的なら、再度ネクストを操ってもらい、各種テストをこなす可能性もあります。もっとも……企業に歯向かう態度が抜けなければ、廃棄処分も視野でしょうね。」
「……廃棄処分、ね。」
その言葉にエリカの胸はかき乱される。地上での激戦を経験してきた彼女にとって、人命が軽々しく扱われるのは珍しいことではない。しかし、対象が実の父かもしれない人物となると、事情はまったく異なる。
感情を押し殺して「わかったわ。続けてちょうだい。」とエリカは言った。研究員はさらに淡々と報告を重ねる。
「ほかに特筆すべきはありません。イグナーツ様の意向次第かとは存じますが、何かありましたら私どもへ連絡を。では、失礼します。」
そう言い終わると、研究員は再度一礼し、足早に立ち去る。廊下にはエリカだけが残され、彼女は大きく息をついた。
(父を“武器”と呼ぶのか……。私だって、自分が企業の道具として使われていることは自覚してる。でも……これはあんまりじゃない?)
――そうは言っても、彼女自身がその構造の一部にいる。オーメルの部隊を指揮し、地上の紛争を制圧してきたのは自分だ。だからこそ味わう苦悩は尋常ではない。何度も口にしかける“父さん”という呼びかけが、頭の中に渦を巻いているのに、現実では「被検体」と呼ばれる対象でしかない。その矛盾が胸を締めつけた。
「隊長、もうすぐブリーフィングが始まります。イグナーツ様と上層部の方々が集まるとの連絡です。いかがなさいますか?」
すぐそばに控えていた副官のグレゴール・シュタインが静かに声をかける。エリカは振り返って一度は言葉を飲み込んだが、すぐに意志を固める。
「わかった。行きましょう。……どうせ『ネクスト不要論』の話でしょ。レオン・ヴァイスナーの扱いも議題に上がるかもしれない。」
「そうかもしれません。お気をつけて。」
「ええ、ありがとう。」
彼女は短く返事をし、グレゴールに続いて歩き出す。足取りは迷いを孕みながらも、オーメルで培ってきた“指揮官”としての姿勢が自然と彼女の背筋を伸ばす。――それでも、その胸中にある“疑問”が大きく広がる一方だ。
廊下を進み、管理区画の奥にあるエレベーターホールへ到着すると、そこにはイグナーツ・ファーレンハイトが数人の幹部と談笑している姿があった。相変わらず高い顎と冷徹な瞳が際立ち、周囲を圧倒する雰囲気を醸し出している。エリカが視界に入ると、彼は手短に談笑を切り上げ、こちらに目を向けた。
「エリカ・ヴァイスナー隊長。待っていたよ。さっそくブリーフィングルームへ行こうか。」
イグナーツの言葉に、エリカは敬礼する。
「はい。ご指示通りに。」
大勢の兵士や幹部が行き交う中、イグナーツは軽く手を振って先導し、エリカはそれに続く。彼女の副官グレゴールは定位置で後方を固め、警戒を怠らない。ブリーフィングルームへの道中、イグナーツはちらりと彼女を振り返り、冷たい笑みを浮かべる。
「どうかね、エリカ。父君の調子は?」
ひどく無遠慮な問いかけ。エリカは一瞬息を飲みつつも、平静を装う。
「問題ないようです。研究スタッフからも異常報告はありません。」
「そうか。君が捕縛したリンクスも、企業に歯向かう者でも、利用価値があれば歓迎できるからね。ネクスト不要論を証明するための実験材料として……あるいは、別の形で使うことも考えられる。」
「……そうですね。」
ぎこちない返事しかできない。エリカには何も否定する権限がない。上層部の意向に反する言葉を発すれば、自分の立場が揺らぐだけだ。だけど、イグナーツの言葉にはゾッとするような冷酷さがにじんでいて、彼女の心がますますささくれ立つ。
「いずれにせよ、君の手柄は大きい。地上でベヒモスを倒したネクストとリンクスを捕らえたんだからな。オーメル内の評判は上々だよ。今後も企業に尽くしてくれたまえ。」
イグナーツは言葉の裏に「感情に流されるな」という圧力を込めているようだった。エリカはその心中を察しながら、形だけ微笑んで「了解です」と言う。自分の心がどう揺れていようと、企業にとっては指揮官としての役割を果たしてくれればいい。その程度の扱いなのだ。
ブリーフィングルームに入ると、大きな円卓と大型スクリーンが設置され、多くの幹部が席についていた。イグナーツが中央に座り、エリカは前列に陣取る。他にも作戦部長や研究責任者らしき人物が並ぶ。話題は地上の制圧状況、そしてドラゴンベインやアポカリプス・ナイトなどの新兵器開発が中心だ。
「では、まず地上へのさらなる進攻計画について。ラインアークが新たに拠点を拡充したとの情報があり、次の目標となる可能性が高い。エリカ隊長、君のブラッドテンペスト部隊の戦力は充実しているか?」
作戦部長が投げかける質問に、エリカは即座に応じる。
「はい。先のベヒモス鎮圧やネクスト捕縛で一部装備を損耗しましたが、すでに補充を受けています。ブラッドテンペストのメインシステムも整備が完了し、いつでも出撃可能です。」
「結構。それと、先日捕らえたレオン・ヴァイスナーの処遇に関しては、現在イグナーツ様が検討中だ。もし実戦テストに協力させるのであれば、君にも関係が出てくるかもしれん。」
議題があの男の名前に差し掛かった瞬間、エリカの胸がひりついた。けれど周囲の視線は淡々と書類に注がれ、彼を単なる「被検体」か「敵兵捕虜」とみなしている。彼女には、それがたまらなく不快だった。
イグナーツは相変わらず涼しい顔でテーブルを軽く叩き、「ドラゴンベイン量産」と「ネクスト不要論」に関するプロジェクトの進捗を語り始める。やがて、レオンの役割について話題が移るが、そこでも人としての尊厳はまるで考慮されていない。
「レオン・ヴァイスナーは、AMS適性の非常に高い実験体だ。近々、ヴァルキュリアシステムとの比較試験を行うつもりだ。もしエリカ隊長、君が協力してくれるなら、現地での実施に当たってブラッドテンペストを動かしてもらう可能性もある。」
「……わかりました。」
自分の父を“実験”のために使おうという提案に、エリカは歯ぎしりを我慢するように唇を結ぶ。場の空気を読むならば、ここで逆らうのは得策ではない。だが、あまりにも企業の論理が冷たく割り切られている現実に、彼女の心はざわめきを増すばかりだ。
(私は、父をまた戦場へ送り出すの……? そんな馬鹿なことがある?)
しかし、何も言えない。上層部の面々はそれぞれ利益や開発スケジュールに興味を注ぎ、家族の情など眼中にない。イグナーツもまた、「感情に流されるなよ」と言わんばかりにエリカを見つめていた。
こうしてブリーフィングはさらに進み、地上への侵攻作戦の具体案やフォートの新配備予定が議論される。エリカは軍人として黙々とメモを取り、適宜質問に答える。会議が終了して幹部が散会するとき、彼女は打ち拉がれたように椅子へ沈み込んだ。
「隊長……お疲れさまです。」
グレゴールが気遣う言葉をかけるが、エリカは震える声で小さく返すだけ。
「ええ……。ありがとう。すぐに出るわ。」
ミーティングルームの空気が薄く感じられる。大きく息を吐き出してから、エリカは立ち上がった。ここで立ち止まっても何も変わらないし、父を救う方法など見当たらない。むしろ自分が企業の指揮官である以上、積極的に協力せねば立場を失うかもしれない。しかし、その先にはどんな結末が待つのか……。
(私には疑問が多すぎる。オーメルが目指す“完全管理された戦争”に本当に意味があるの? 地上の人々やネクスト乗りはどうなるの?)
娘としての心と、軍人としての責務。いずれもエリカを駆り立てるが、その行き着く先は食い違いを含んでいる。彼女は己の苦悩を抱えながら、廊下を小走りに進んだ。
廊下を抜け、彼女はブラッドテンペストの格納庫へ向かう。ここは先日の戦闘で損傷したパーツを整備するためのスペースで、巨大なフレームがクレーンで吊られ、何人ものメカニックが鋭意作業に当たっている。エリカは整備班のリーダー、レイラ・ヴァレンタイン(副官の一人で突撃戦を好む女性とは別人の整備専門スタッフ)に声を掛けて現状を確認する。
「ブラッドテンペストの修復、どう? メインフレームやシールドジェネレーターは問題ない?」
「隊長、順調ではあるんですが……先日の戦闘で肩部ユニットが深く傷んでまして、完全な交換が必要です。あと2日はかかるかと。」
「わかった。急いでちょうだい。近いうちに出撃要請が来る可能性があるし……私もブラッドテンペストがないと、何もできないから。」
小さくそう呟いた言葉には苦味が漂う。彼女が地上の戦場で無敵のごとく振る舞えたのは、ブラッドテンペストという防御・指揮・火力を兼ね備えた“ネクスト&フォート”機があったからこそだ。これを失えば、自分もまたオーメルの道具の一つにしか過ぎない。それを理解しているからこそ、急ぎ修復を願う。
「隊長、当面はブラッドテンペストを起動できませんし、他の隊員たちには補給と訓練をさせておくよう指示しますか?」
「ええ、そうね。地上の作戦が再開されるまで、部隊の再編を進めて。私も……少しやることがあるから、あとでまとめて報告をお願い。」
整備班リーダーと話を終えると、エリカは格納庫を後にする。深いため息とともに、彼女の意識はまたレオンの存在へ飛ぶ。彼が再び戦場へ駆り出されるのを自分は見るのか。それとも、検査台に縛られたまま“廃棄”される姿を傍観するのか。
廊下をうろつくうち、静かな小部屋の前を通りかかったエリカはふと足を止める。そこはクレイドルの資料室の一角で、大勢が利用する場所以外に、個人的な閲覧端末が置かれたプライベートブースがある。彼女は誰にも告げずその部屋に入り、端末を起動した。
(オーメルのデータベースには、父の情報や昔の記録が残っているはず。私が調べても問題はない……隊長権限なら、ある程度アクセスできる。)
エリカはそう考え、画面にIDカードをかざす。すると膨大なファイルの山が表示され、検索欄に「レオン・ヴァイスナー」と打ち込んだ。結果は多岐にわたり、研究職として所属していた頃の技術資料やAMSの基礎理論、ネクスト開発史に関わる断片的なファイルなどが散見する。
ただし、アクセス制限のかかったファイルも多い。トップシークレット扱いの情報にはイグナーツや企業幹部の許可が必要で、エリカの権限をもってしても開けない部分があるようだ。
(……企業が隠してる真実って何だろう。)
興味と嫌悪の入り混じった衝動で、彼女はいくつかの閲覧可能なファイルを開いてみる。そこにはレオン・ヴァイスナーの経歴、かつての研究成果、そして“娘”に関するごくわずかな情報が書かれていた。それは、企業の計画として“一定の血筋を保存する目的”で彼女が生まれた可能性を示唆する内容。
エリカがそれを読み進めるほどに、胸の奥が悲鳴を上げる。自分は本当に愛されて生まれたのか、それとも企業の“つがい制度”や人為的な計画の一環で作り出されたのか。そうした疑問がさらに膨らむ。
「そんな……知らなかった……。」
思わず声に出ていた。書面によれば、当時のオーメルはAMS適性を持つ子孫を増やすため、優れた研究者やネクスト乗り同士を制度的に“つがい”として結びつける試みを進めていたらしい。その結婚が実質的に形だけのもので、自由を求めるレオンが離脱した可能性は非常に高い。
事実、彼は企業を嫌って独立したという話を耳にしていたが、それがこんな事情と重なっているとは、エリカ自身も初耳だった。
「父さん……あなたは企業に縛られたくなくて逃げたのか、それで私と母を置いて行った……?」
頭がズキリと痛む。母カトリーヌとの関係も、ただの企業間の取り決めによる結婚だったというのか。エリカは知らずに拳を握り、机を軽く叩いていた。
その衝撃に端末が微かに揺れ、エラー音が鳴る。彼女は慌てて心を静め、画面を閉じる。こんな場所で取り乱せば、誰かが不審に思うかもしれない。急いでログアウトし、椅子を押し込んで資料室を出た。
廊下に戻ると、またつんと冷たい空気が頬を撫でる。エリカの心はますます混乱していた。父レオン・ヴァイスナーが企業を出奔した背景に、そんな“つがい制度”や計画的な血統管理の影があるとすれば、自分の存在意義は一体何なのか。
「わたしは……ただの駒? 血筋を引き継ぐために生まれ、戦場を支配するために育てられた駒なの?」
声には出さない独りごとが、頭を巡る。答えは出ないが、思わず俯くうちに誰かが彼女の名を呼んだ。振り返ると、副官のグレゴールだった。彼は心配そうに近づく。
「隊長、ずいぶんお疲れのご様子だ。先ほどのブリーフィングでも元気がなかった。大丈夫ですか?」
「ええ……大丈夫よ。何か用?」
「はい、イグナーツ様が新たな会議を開くそうで、再度召集がかかっています。地上侵攻の追加スケジュールと、例のレオン・ヴァイスナー……被検体の件を含めた大筋の報告があるとのことです。」
グレゴールの丁寧な口調に、エリカは微かに苛立ちを感じる。彼にも罪はないが、あまりに企業と軍務に忠実な態度を見ると、自分の不安定な思いが浮き彫りになるからだ。
「わかった……すぐ行くわ。」
言葉少なに答え、エリカは再度歩を進める。視界がゆらりと歪むような気がして、思考がうまくまとまらない。父が捕虜としている限り、企業の支配を抜け出す術はない。自分もまた、部下を率いる立場として逆らうことができない。このままレオンが“不要”とみなされれば、あっという間に廃棄されるかもしれない。
(そんなの、耐えられない……。でも、私にどうしろっていうの?)
感情を抑えきれぬまま、彼女は再び上層部の会議室へ向かう。廊下の先には、仄暗いライトが当たるオーメルの紋章が刻まれていた。その象徴は、企業の威光を見せつけるかのように重々しくそびえ、エリカの不安を増幅させる。
そこにイグナーツが待ち構えていた。薄い唇にうっすら笑みを帯びながら、彼はエリカを迎える。
「やあ、エリカ・ヴァイスナー隊長。早速だが、地上への次の進軍計画を再設定するぞ。ラインアークの動向もあるが、今は“レオン・ヴァイスナーをどう動かすか”が焦点だ。君にも協力してもらう。」
その一言に、エリカは背中を冷たい汗が流れるような感覚を覚える。やはり彼女もこの計画に深く関わる立場にあるのだ。否が応でも、父の運命を左右する役割を担わざるを得ない。イグナーツの目は、彼女の内面を読もうとするかのように鋭い。
(父を……利用するっていうことね。でも私は、それに従うしかないの?)
声にならない問いが胸の奥で叫ぶ。だが、エリカは苦渋の表情を消して、指揮官らしく唇を引き結ぶ。そして、しっかりとイグナーツを見返した。
「……わかりました。詳細をお伺いします。」
企業の歯車として自分に課せられた責務と、娘としての感情。それを両立させる術があるのか、エリカは必死に模索しながらも答えを見出せずにいた。けれど、オーメルの無慈悲な論理は時間を待ってくれない。彼女の疑問はますます深まる一方で、どの道を選べば正解なのか、光すら見えない闇を彷徨っているような感覚に苛まれている。
こうして、クレイドルの檻のなかでエリカ・ヴァイスナーは迷いを抱えたまま、企業の戦略会議に再び身を投じていく。かつて地上で絶対的な権勢を誇った彼女の意志は、父を捕らえた事実によって揺らぎ続けていたが、それでも表向きは指揮官としての威厳を崩さない。
いずれ、ネクスト不要論が勢いを増すにつれ、父を失うか、自分が企業にとって都合のいい傀儡となるか――エリカの胸を占める葛藤は、一刻ごとに暗い影を広げていくのだった。