再観測:ゼーゲとネツァフ:Episode 7-2
Episode 7-2:ゼーゲの強化
反対派本拠地として利用されている旧グラント工場の一角、工廠(こうしょう)エリア。かつては重機や武器の整備を行うラインが並んでいた場所で、今は反対派のメカニックたちが細々とした修理・改造作業に没頭している。朝日が差し込むと、埃交じりの空気にオレンジの光が帯び、どこか神秘的な景観を醸し出した。
セラはスチール製の階段を降りながら、鉄骨の柱が連なる通路を見渡していた。日々、ここで兵器のメンテナンスが行われているが、今日は特別な計画がある――機動兵器「ゼーゲ」の全面的な強化だ。
(レナさんが操縦してきた、反対派の希望でもある機体……でも、あの戦いで大破して今は使えない状態。ドミニクたちはそこを立て直して、新たな未来へ向けた足掛かりにするつもりなんだ……)
カイが隣を歩きつつ、地図や設計図を携えている。「セラ、大丈夫? まだネツァフの停止で無理した影響が残ってるんじゃないか」
セラは気を引き締めるように肩を回し、「うん、痛みはあるけど、動けるよ。ネツァフの件も片付いて、今はリセットが起動する心配は少ない。だからこそ、ドミニクも“ゼーゲ強化”に本腰を入れる気になったんだと思う」と微笑む。
カイは少し苦い表情で「まあ、ゼーゲが強化されれば、反対派はさらに大きな力を持つ。でも、それが逆にリセット派とのバランスを崩すかもしれない……」と不安も口にする。
そうして工廠の入口をくぐると、鉄骨の天井に明かりが取り付けられ、大型のメカニックアームが並んでいる風景が目に入る。床には厚いグリッド鉄板が敷かれ、油や泥の染みが無数に点在する。そこに人々の声が交錯し、鉄を切削する音や溶接の火花が飛び交う。
「この先で、ゼーゲが待ってるはず……」
セラは心を奮い立たせて、奥へ足を進めた。
工廠の最奥に設置された大きなプラットフォームの上に、ゼーゲが横たわる。かつては反対派の象徴的な機体として、レナが操縦し、強行派やリセット派の軍隊と渡り合った。その姿は今、機体各所の装甲が剥がれ、内部フレームも大きく歪み、見る影もない損傷を抱えている。
体躯そのものはリセット兵器ネツァフほど巨大ではないが、やはり人型のフォルムを保ち、力強いラインが垣間見える。所々に焦げ跡や爆裂痕があり、ここで激戦を繰り広げてきた歴史を語っているようだ。
「これが……ゼーゲ……」
セラは目を奪われる。レナが命を賭けて操り、反対派を支えてきた存在。荒廃した機体からは、どこか切ないオーラすら感じる。部下たちが整備用クレーンを動かし、慣れた手つきで装甲板を取り外しているが、その作業はあまりにも大掛かりだった。
「ああ……前に市街地で戦ったとき、けっこうなダメージを負ったからな。レナが瀕死の怪我を負ったのも、この機体がここまで破損した一因だ」と低い声で話しかけてきたのは、ドミニクだった。彼はセラの隣に立ち、深刻な表情を浮かべる。
「レナさん……」
セラの胸が痛む。あの壮絶な戦いで、レナの身体も心も深く傷ついた。ゼーゲは今もそんなレナの苦しみを抱えるように眠っている気がした。
ドミニクは小さく息を吐き、「だからこそ、このゼーゲを再生する。レナがいなくても操縦できるようにアップデートし、さらにパワーを上げて、俺たちの砦にするんだ。リセット派を蹴散らすんじゃなく、街を守る力として……」と、どこか複雑な決意を滲ませる。
セラたちはプラットフォームに上がり、ゼーゲのそばまで歩み寄る。複数のメカニックが点検リストを見ながら作業を指示し合っている。頭部の装甲を外した状態では、内部に無数の基盤やケーブルがむき出しになっており、火災の痕が焦げ茶色に広がっていた。
カイは端末を開いて、ドミニクから提供された設計図を確認する。「なるほど、内部フレーム自体は再利用可能な部分が多いけど、動力源と制御系が完全に壊滅してる。新たにソフトウェアを入れ直す必要があるわけだね」と厳しい顔をする。
ドミニクは頷き、「ああ、そこでお前ら懐疑派の技術力を借りたい。俺たちだけじゃ限界があるし、リセット派のメカ技術にも興味がある。市街地の住民を守る“自衛の力”として、ゼーゲを強化しておきたいのさ……」
その言葉にセラは少し胸をなでおろす。「そう……それなら私たちも協力するよ。もうリセット派の強行派は崩壊したし、今は足掻くための兵器として活かすんだよね?」
ドミニクは少し苦渋の表情で「まぁな。とはいえ、“兵器”であることに変わりはない。いつまた戦いが起きるか分からんが、レナが戻ってきてからも操縦しやすいように改造を進める予定だ。……それに、お前らのリセット派がまた手のひら返しをして暴走するかもしれないだろう?」と警戒を隠さない。
セラは低く息を吐き、「仕方ないよね。でも、同じ街や人々を守るために使うんだもん。私もレナさんが戻ってきたら、一緒に見たい……このゼーゲが復活するところを」と微笑む。
そこへメカニック班のリーダーと思しき壮年男性が近づいてきた。灰色の髪を短く刈り込み、油まみれの作業着を着込み、無骨な印象を与える。ドミニクが彼を紹介する。
「こいつはライナス。ゼーゲの主要エンジニアだ。レナの戦闘スタイルに合わせてカスタマイズを施してきた男だよ。今回はゼーゲ強化計画の中心人物だ」
ライナスはドミニクに軽くうなずきつつ、セラたちを鋭い眼光で見やる。「おい、リセット派の連中が手を貸してくれるってか? まあいい、頼むから余計な口は出さないでくれよ。こっちは時間との勝負なんでな」
カイは柔らかく笑みを浮かべ、「わかってる。技術的な部分はこちらがサポートするけど、指揮はライナスさんにお任せする。部品やソフトウェアの調達ルートもある程度は協力できると思います」と返す。
ライナスは目を細め、「ふん……“親切”だな。だが、俺が考えるゼーゲ強化は、パイロットとの親和性が何より大事だ。レナには特別な感覚があったから、操縦が“直感的”にできるように設計してきたんだが……」
セラはその言葉に興味を惹かれ、「レナさんの操縦……私も少し聞いたことがある。“足掻き”を体現するようなダイナミックな動きとか……? もしレナさんがいない間も動かすとなれば、別のパイロットが必要だよね……?」と尋ねる。
ライナスは大きく頷く。「ああ、現状は“誰でもそこそこ動かせる”汎用化が第一目標だ。もしレナが復帰すれば、新たな機能を最大限に使えるよう追加改造をする。急場しのぎだけど、対無法者や市街地の防衛にはゼーゲをもう一度動かさなきゃだめなんだ……」
さっそく作業が開始される。ライナスが指揮を執り、チームのメカニックたちがゼーゲの外装をひとつずつ取り外し、損傷したフレーム部分を交換していく。鉄と複合素材を組み合わせた骨格には、数多くのヒビや欠損が見つかったが、溶接や新パーツの追加で修復を進める。
セラとカイは脇で見守りつつ、適宜アドバイスをする。カイが端末で解析ソフトを走らせ、フレーム強度のシミュレーションを見せて「ここを補強しないと、歩行時に大きな負荷が出る。もっと軽量化できる素材を使えるかも」と提案すると、ライナスの部下が頷いて一緒に検討する。
「悪くない……ただ、俺たちの材料は限られてるんだぞ」
ライナスが何度も苦言を呈するが、カイは粘り強く他の選択肢を提示し、反対派が独自に蓄えていたストックの中に適合する合金を発見する。「これなら対応可能じゃないですか?」
ライナスは唇を噛みつつ「上等じゃねぇか。仕方ない、使ってみるか……」と手を動かす。まわりのメカニックたちもバーナーやリベットガンで素早く作業を進め、錆びたプレートを外しては新しいパーツを取り付ける。火花が飛び散るたびに、ゼーゲが生まれ変わっていくイメージが湧くようだった。
セラは溶接の光を見つめながら、不思議な感慨を覚える。(ネツァフがあれだけの破壊衝動を見せたのとは対照的に、ゼーゲは人間の手で再生されようとしている。兵器は“人を殺す道具”だけど、こうして努力すれば“人を守る道具”にもできるんだ……)と思い、淡い希望を抱く。
フレーム修理が一段落すると、セラはライナスの許可を得てゼーゲのコックピット内部を見学する。外装を大きく開けているため、中に入っても危険は少ないらしい。
細い梯子を登り、胸部付近に設置されたコックピットへ足を踏み入れた瞬間、セラは息を止める。そこは思った以上に狭く、計器類や配線がめまぐるしく張り巡らされている。操縦桿やモニターは破損している部分が多く、むき出しのパネルには焼け焦げた痕があった。
「ここで……レナさんは、何度も出撃してたんだ……」
セラはシートに触れ、胸が締め付けられる思いだ。レナが命を賭けてゼーゲを動かし、リセットに対抗し、足掻きを続けてきた。その気迫や苦しみが、このコックピットの空気に染み付いているように感じる。
背後からカイが入ってきて、計器類をチェックしながら首を振る。「相当ひどいな……制御システムは全部リセットしなきゃ動かない。でも、レナの操作履歴や設定が残ってるかもね。そこから何か得られるかもしれない」
セラはシートに手を置いたまま、小さく笑む。「レナさんの癖とか、戦い方のコツとか……データがあれば、新しいパイロットが乗ってもそれを活かせるかも。いつかレナさんが戻ってきたら、もっと強くなったゼーゲを使える……」
その言葉にカイも頷く。「うん、ここを修理してハードウェアをアップグレードすれば、レナさんが復帰したときに“加速”するかもしれない。無論、今の段階で誰か他のパイロットが必要になる可能性はあるけど……」
セラは一瞬、眉をひそめる。「もしレナさんが回復する前に大きな戦いになったら……私が乗ることになるのかな? 私、ロボットの操縦なんて……」
カイは苦笑しながら肩をすくめる。「今は考えないほうがいいよ。でも、いつなんどき誰が必要になるか分からない。訓練の手配くらいは頭に置いておこう」
コックピットから降りると、外には反対派兵士が数名おり、そのうち一人が不満げな顔をセラに向けていた。「おい、お前らリセット派だか懐疑派だか知らんが、あまりでしゃばるなよ。ここは俺たちの拠点だ。ゼーゲはレナと俺たちが育てた命も同然なんだ」
セラは慌てて手を上げて制し、「ごめん、そんなつもりはないの。私はただ手伝いたいだけ……レナさんを想ってるのは一緒だから」と真摯に謝意を示す。
しかし、兵士は苛立ちを収めず、「仮契約なんて信じてないんだ。ドミニク隊長やレナの意志を尊重してるが、リセット派に仲間を殺された過去は消えない。それがわかってるのか?」と声を荒らげる。
するとドミニクが近づき、「やめろ、セラはレナを救った存在だ。暴言は許さないぞ」と鋭い目でたしなめる。兵士は悔しそうに唇を噛み、「すみません、隊長……でも、俺の気持ちも少しはわかってほしい」と目を伏せる。
セラはその様子に胸が痛む。「当たり前だよね……私たちがリセット派と名乗るだけで、憎いと思う人もいる。私、何も返せないけど……本当に、ごめんなさい。これから一緒にやっていきたい……」と頭を下げる。
兵士は表情を曇らせながらも、そっと視線を外す。ドミニクはセラに向き直り、「仮契約が成立しても、俺たちの仲間の心がすぐ晴れるわけじゃない。お前らには残酷な過去があるんだ。だが、足掻きってのはそういうことだろ? 乗り越えてみせろよ……」と静かに呟く。
セラは頷き、ぎこちない笑みを浮かべる。「うん……私、諦めない。一歩ずつでも進むよ……」
周囲の兵士たちがうつむくように動きを止めるが、その胸には微かな変化が生まれているかもしれない。互いに抱えた恨みや痛みを越えなければ、真の“同盟”には至らないことを、セラも痛感していた。
強化作業は昼夜をかけて進み、フレーム修復や基本的な動力システムの交換がほぼ完了した。数日後、工廠ではゼーゲの稼働テストが行われることになり、メカニック達が意気込んでいる。
プラットフォーム周辺には消火器や安全装置が並び、万が一の暴走に備えている。ドミニクやセラ、カイ、ライナスらが見守る中、メカニックがコントロール台を操作し、ゼーゲを起動させようとする。
「よし……主電源オン。動力炉圧力、徐々に上昇……」
機体外部に取り付けられたパネルが鮮やかな光を放ち、内部のエンジン音がゴウン…ゴウン…と力強く響く。フレームが震え、関節部のシリンダーから空気が噴出して白い蒸気が立ち昇る。
セラは思わず息を呑む。「すごい……まるで“生き返って”くるみたい……」
ライナスがタブレットを見ながら喉を鳴らす。「動力は安定。制御系も再起動完了……よし、腕を動かしてみるぞ。5秒カウント!」
メカニックの掛け声とともにカウントダウンが始まり、ゼーゲの右腕がガクンと動いた。関節部に新たなシリンダーが導入されており、そのモーター音は以前より静かながら、内に大きな出力を宿している様子だ。ギギギ…という軋みとともに、腕をゆっくり持ち上げ、指先にあたるパーツが器用に曲がるのが見える。
ドミニクは目を見開いて微笑み、「いいじゃないか……確かに力強い。一時はスクラップ寸前だったこのゼーゲを、よくここまで……」と感慨深そうに呟く。
カイは端末で計測値を見ながら「パワーは従来比の120%近く出てるかもね。あとは制御アルゴリズムを微調整しないと歩行が不安定だ」と解析を行う。
しかし、順調に見えたテストは思わぬ事態を迎える。ゼーゲが上半身を起こす仕草をした瞬間、バチン!という衝撃音とともに、右肩関節から火花が走った。続いてエラーメッセージが大量に画面に溢れ、「Overload Detected!」という警報音が鳴る。
「くそ……肩軸が噛み合ってねえのか?」
ライナスが駆け寄り、非常停止をかけるが、制御系が一時的に暴走しているのか、ゼーゲの右腕が勝手に大きく動き、クレーンの支柱を叩き壊しそうになる。周囲のメカニックが「危ない!」と叫んで退避し、セラも息を詰めて身を低くする。
カイが必死にキーボードを叩いて停止命令を送るが、反応が遅い。「まずい……動力断が不十分だ!」
ドミニクが部下に合図し、「消火器を用意しろ、万が一燃料系に引火したら大爆発だ!」と指示を飛ばす。工廠内には悲鳴と金属の折れる音が響き、一時的なパニックに陥りかける。
「セラ、こっちへ!」
ドミニクがセラを引っ張り、安全な場所へ移動する。ゼーゲは制御が半分効かず、右腕を大きく振り回す形でプラットフォームを傷つけるが、やがてライナスらの緊急停止措置が功を奏して動作が落ち着き始める。「……主動力オフ! 補助電源に切り替えろ!」
最後の火花を撒き散らしながら、ゼーゲは完全に沈黙した。床に倒れ込むように姿勢を崩し、装甲の一部からわずかな煙が上がる。
セラは心臓がばくばくし、手汗がにじむ。「大丈夫……?」と周囲を見回すと、メカニックたちが倒れた同僚を助け起こしたり、破片をどけたりしている。どうやら死傷は少ないらしい。ライナスが渋い顔で肩を落とし、「すまん……どうやら関節と制御プログラムが噛み合わなかったか。出力が大きすぎるんだ……」と苦い声を漏らす。
数時間後、混乱が収まり、誰もが肩を叩いてため息をつく。プラットフォームは一部破壊され、ゼーゲも再び修理が必要になった。大破とまではいかないが、予想より深刻なトラブルだった。
「ちくしょう……」
ドミニクは悔しそうに拳を握る。「ここまで苦労して強化しようとしたのに、あんな動作不良でまた一からか……。時間がないのに……」
ライナスは額の汗を拭き、「悪いが、一気に出力を上げすぎたのかもしれん。もう少し慎重にプログラムを組むべきだったな。数日はかかりそうだ……」と肩をすくめる。
カイも端末を確認しながら「やはり、レナさんの操縦スタイルを想定したままだと、他のパイロットに適用する制御が過剰負荷になるのかもしれない。汎用化と高出力化を同時に狙ったのが問題か……」と冷静に原因を探る。
セラは沈黙したまま、ゼーゲの沈黙する姿を見つめる。機体の右腕は修理直後よりもさらに焦げ、関節部からオイルが滴っている。(レナさんが戻るまでに完成させたいと思ったのに……こんなに難しいんだ。やっぱり兵器を扱うって甘くない……)
その夜、ドミニクとセラ、カイ、そしてライナスは対策会議を開く。工廠の奥まった一室に設置された簡易テーブルを囲み、灯りは少なく、皆の疲弊が色濃く浮かび上がる。
ドミニクが図面を指しながら苛立った声で言う。「ここまで改良して、“汎用化”と“高出力化”の両立は厳しい。レナが戻るなら、レナ専用に特化させる手もあるが……いつ復帰できるかもわからん」
ライナスが腕を組み、「あいつの身体が戻るまでには何カ月もかかるかもしれん。一方で、俺たちはすぐにでもゼーゲを使いたい。どうする?」と問いかける。
カイは苦悩を表情に浮かべながら「例えば、段階的に二つのモードを用意するのはどうかな? 初期は汎用モードで誰でも操作できるように低出力で設定して、レナが復帰したら高出力モードへ切り替える……」と提案するが、ライナスは歯を鳴らし「そんな器用なプログラムが簡単に書けるわけねぇ……」と唸る。
セラは黙りこくって話を聞いていたが、ふとレナの姿が浮かんでくる。彼女がいかにゼーゲを信頼し、命を賭けて操縦してきたか……。「レナさんの操縦データは残ってるんだよね。そこからヒントが得られないかな? 足掻きの動きっていうか、レナさん独自の機体感覚を再現する方法……」
ライナスは眉をひそめる。「それが一番の核心なんだが……レナは“共感システム”みたいな直感を機体に反映してた。ただの機械じゃなく、彼女の意思と同期するようなチューニングを施してたんだ。だから、ほかの奴が乗っても性能を引き出しきれない。今回の強化で汎用化すると、そのレナ独自の“エッセンス”が損なわれて不安定になる……」
(なるほど、だから今回の出力オーバーが起きたのかもしれない……。レナさん用に“魂”まで染み付いた機体を、一般用に変えようとしたから……)とセラは頭の中で思考を巡らせる。
カイがため息をつき、「二つの選択肢が見えてきた。ひとつはレナ特化型にして高出力に仕上げ、彼女が戻るまで運用を諦める。もうひとつは汎用化して制御を抑え、誰でも乗れるようにするだが、出力は落ちる……」と総括する。
ドミニクは腕を組んで深く考える。「どちらも長所と短所がある……俺たちは市街地を守りたいし、いつ大規模な戦闘が起きるかわからん。だがレナが戻ってこないなら、この機体の真の力を発揮できないってことか……」
作戦会議室の空気が重く沈む。誰もが結論を出せないまま、沈黙が流れる。セラはレナの気持ちを想い、二つの道を天秤にかける。「レナさんが戻るまで待つのは、街の人を危険に晒すことになる。でも、あの人が愛したゼーゲの力を失わせるのも……悔しい……」
するとドミニクが意外な表情を浮かべ、セラをまっすぐ見つめた。「セラ、お前はどう思う? お前はリセット派から来て、レナを救い、ネツァフの暴走も止めた。俺は正直、お前の考えに興味がある……」
セラは戸惑いながらも目を閉じ、一呼吸してから口を開く。「……レナさんはきっと、“守るために戦う”人だと思う。だからゼーゲを強化して街を守りたいなら、汎用化の方向で人々が乗れるようにしてほしいんじゃないかな。だけど、あの人が戻ってきたら、またゼーゲを通じて“足掻きたい”って思うかもしれない……」
言葉を噛みしめるように続ける。「それなら、中間案がいいと思う。まずは汎用化で動かせるようにしておいて、レナさんが復帰したときは追加改造で“レナ用モジュール”を組み込むとか……時間はかかっても、そういう選択は可能なんじゃないかな……」
ライナスは少し唸り「なるほど……中途半端な二刀流を狙うということか。でも、プログラムや構造が複雑になりすぎて、故障リスクが跳ね上がるぞ?」と警告する。
セラは肩をすくめ、「それでも、戦わないよりましでしょ? 今、街を守る手段としてゼーゲを使えるなら使う。それでレナさんが戻ったら、また強くできるように再改造する。二度手間かもしれないけど……私にはそれがいいと思う」
ドミニクは唸りながらも苦笑を浮かべる。「フッ……お前らしいな。遠回りだが、確かに“誰も諦めない”プランだ。よし、じゃあ俺はライナスと相談して、その方向で調整させる。時間はかかるが、レナ用モジュールも残しておくってことだな……」
セラの提案が受け入れられ、ライナスやカイ、メカニックたちは急ぎ新しい設計コンセプトを練り直す。以下のポイントが主題となった:
「通常モード」(汎用化)
出力と反応速度を抑え、誰でも最低限操縦できるようにする。
戦争経験の浅いパイロットでも使いこなしやすく、街の防衛などに役立つ。
制御プログラムは安定性を重視し、レナの特殊操作には対応しない。
「レナ・モード」(仮称)
レナ復帰後を想定し、彼女が本来の足掻きの動きを再現できる高出力設定。
普段はロックしておき、必要なときだけ切り替える。
ただしエネルギー消費や機体負荷が大きい。制御プログラムも複雑で、今すぐ完成させるのは難しい。
このモード切替を可能にするため、新たなOSやファームウェアの開発が必要になる。ライナスは渋い顔で「これじゃ“二度手間”なんてもんじゃねえ……でも、レナが戻るまでに最善を尽くすしかない」と愚痴をこぼす。
カイは端末を操作しながら「プログラム部分は任せて。僕や懐疑派チームが手を貸せば、なんとかなるはずだ。難しいけど、足掻く価値はある」と応じる。
こうして、ゼーゲ強化計画は再び動き出す。セラはその光景を見ながら、(遠回りかもしれないけど、レナさんの意思を生かしつつ、街を守れる“今のゼーゲ”を作る……)と胸を熱くする。
数日後、計画の途中経過を確認するため、懐疑派の将校や反対派の主だった兵士が集まる。リセット兵器ネツァフの脅威が遠のいた今、新たな「人々を守る兵器」としてゼーゲが注目され始めていたのだ。
セラが工廠の奥で作業の様子を覗いていると、ドミニクの部下や懐疑派将校が口々に感想を漏らす。「本当に動くのか……?」「レナが戻ったら、俺たちの守護神になるかも……」などなど。
セラは微笑んで「レナさんがこの機体に込めた思いをみんなが知れば、もっと戦いがなくなるかもしれない。足掻きはこうやって形になっていくんだ……」と思う。
一方、ドミニクは浮かない顔で「足掻きが形になっても、敵がいなくなるわけじゃない。まだエリックの所在も不明だし、ヴァルターの動きも曖昧だ。……だけど、ゼーゲが完成すれば、俺たちも本気で“守り”に徹する道が見えるだろう」とぽつりと話す。
セラは彼を見上げ、静かに「ありがとう、ドミニクさん。あなたがこうしてゼーゲを“守るための兵器”と認めてくれたから……わたしもレナさんも救われる」と言葉をかける。ドミニクは照れを隠すように目を逸らし、「うるさい……俺はただ街を守りたいだけだ」とつぶやく。
夕暮れ時、工廠の作業が一段落し、皆が休憩に入る。闇が降りる前にセラが外に出ると、夕日に染まる旧工場のシルエットが美しく浮かび上がる。かつては陰鬱な廃墟だった場所が、今は人々の声や灯りで活気づいている。
ドミニクが提案し、簡素だが温かい“集まり”が開かれることに。荒野の匂いと、金属に染み付いた油の匂いが混じる夜風の中で、反対派兵士たちが食事を共にし、セラやカイも同席する。
「これが俺たちの飯だ。カンパンや干し肉、少しの野菜しかないがな……」
ドミニクの部下が皮肉っぽく笑うが、セラは嬉しそうにその皿を受け取る。「ありがとう……一緒に食事できるなんて、思ってもなかった。これが足掻きの証なんだね」と素直に礼を言う。
兵士たちが微苦笑しながら、「まったく、お前がそんなセリフを言うなんてな……」「まあ、リセット兵器を封じた英雄でもあるしな……」とぼやく。どこかぎこちないが、確実に相手を受け入れ始めている雰囲気がある。
カイは食べ物を口に運びつつ、「うん……味は質素だけど、しみわたるね。こんな場面が増えれば、僕らも本当に協力できるだろう」と微笑む。
食事の後、ドミニクが少し離れた場所で焚き火を見つめているのを見つけ、セラはそっと近づく。彼の横に腰を下ろし、揺れる火の光を二人して見つめた。
「レナさんがここにいたら、何て言うかな……」
セラの呟きに、ドミニクは哀愁を帯びた苦笑を浮かべる。「あいつなら『バカみたいに意地張らずに協力しなさいよ』とか言いそうだ……。俺がプライド捨ててリセット派と組むのを知ったら、喜んで笑うかもな」
セラは優しく微笑む。「きっと安心するよ。ドミニクさんも、ゼーゲも、無事に街を守ってるところを見たら……レナさんはすごく救われると思う」
ドミニクは口をへの字に曲げ、「あいつは俺よりずっと強かった。いや、強いというか、意志があった。どんな苦境でも絶対に折れない意志……。セラ、お前にはあいつの欠片が見える気がするんだ」と低く語る。
セラは胸が熱くなる。「そんな……私はまだ何もできてないよ。レナさんの背中を追いかけて、足掻いてるだけ……」
ドミニクは小さくうなずき、「それでいいさ。足掻き続ければ、いずれレナとも対等に立てる。それがあいつの望みでもあるだろう。……だから、ゼーゲを頼む。お前たちがしっかり改良を完遂して、レナが戻ったときに恥ずかしくない機体にしてくれ……」と小さく呟く。
セラは静かに涙を浮かべるが、すぐに拭って微笑む。「うん、絶対にそうする。レナさんと、ドミニクさん、そして私たちみんなが誇れる“兵器”にしてみせる。戦いじゃなく、守るための足掻きの証として……」
翌日から、ゼーゲ強化のプランが再設定され、作業班は再び動き出す。ライナスを中心に、「まずは汎用モードを優先して完成させる」方針のもと、過剰出力部分をセーブする調整が行われる。
カイはプログラム面で、「レナモード」をオフにして通常モードのみ実装する形でテストが可能な状態を作ろうとする。やがて新たなシステムソフトを導入し、機体の反応を確かめるテストが連日繰り返された。
セラも道具を運ぶなど手伝いをしながら、時にパイロット視点の意見を求められる。「私は操縦経験がほとんどないけど、こういう画面表示はわかりやすいと思う……」とGUI(グラフィカルユーザーインターフェース)の改善を提案したり、椅子の高さを調整して、幅広い体格に対応できるよう助言をする。
ライナスはそっけなく「フン」と聞いているが、実際に修正を加えており、裏表のない実直さを感じさせる。
そして数週間の奮闘の末、ゼーゲの汎用モードが形になり始めた。試験パイロットを務める反対派兵士がシミュレーションルームで仮想コックピットに入り、動作シミュレーションを試す。画面上のゼーゲが歩行・ジャンプを繰り返し、アクションに大きな乱れはほとんどない。
「いいじゃないか……今度は暴走の兆候もないし、動きもなめらかだ」とメカニック班が口々に喜ぶ。ライナスは腕を組みつつも、微かな満足感を隠し切れていない。
最終テストとして、実機のゼーゲを工廠外の広場に移動して歩行テストを行うことになった。反対派兵士の中でも操縦訓練を受けた若い男がパイロットを志願し、コックピットに乗り込む。セラやカイ、ドミニク、ライナスらが周囲で見守る。
「よし……主動力オン。出力は汎用モードに制限、エラーなし……」
パイロットの声とともに機体がぐぐっと上体を起こし、ゆっくりと両脚を伸ばして立ち上がる。何度か関節を動かしながら歩を進めると、重厚な金属音が広場に響いた。
セラは胸が高鳴るのを感じる。前回の暴走が嘘のように、安定した動きでゼーゲが歩みを刻む。もちろんレナの操縦時のような華麗な動きには程遠いが、最低限の戦闘や市街地防衛には役立つはずだ。
ドミニクは満足げに鼻を鳴らし、「よし、このまま射撃や小走りのテストも頼む。お前ら、周囲を警戒しろ。万が一、暴走しても止められるようにな」と部下たちに指示する。
走行テストでも大きな問題は起きず、ちょっとした小躍りすら可能だった。パイロットがマイク越しに「おお、動ける! すげぇ……これなら俺にも操縦できるぞ!」と興奮を声に出し、周囲から歓声が上がる。
セラは安心し、(これがゼーゲの“もう一つの姿”……レナの専用機から、みんなで使える守護機体に変わったんだ……)と感慨深く思う。
テストが終わり、ゼーゲはゆっくりと工廠に戻される。ライナスは一同を前に、「今回は汎用モードの完成まで漕ぎ着けた。これで俺たちは一応、ゼーゲを実戦投入できる。だが……本当の“ゼーゲの強化”はまだ終わってない」と宣言する。
周囲が息を飲む中、彼は図面を掲げて続ける。「“レナ・モード”を構築するには、あと何倍も複雑な制御や高出力エンジンのチューニングが必要だ。まだ取りかかってすらいない。レナが戻ってきても、今のゼーゲじゃ彼女の動きに追いつかないだろう」
セラはうなずきながら、「でも、今の段階でも街を守れる手段ができたんだから、一歩前進だよね。レナさんの復帰を待ちながら、少しずつ『レナ・モード』も試作すればいい」と笑顔を向ける。ライナスは苦い顔のまま「ああ、遠回りだが、それしかねぇ……」と応じる。
ドミニクは腕を組み、「レナが戻ってこの機体を“自由に踊らせる”姿を見たいもんだ。あいつがいれば、俺たちの足掻きはさらに強固になる……」と嘆息を交える。
こうしてゼーゲの強化計画は、大きな転機を迎える。汎用モードが実装されたことで、反対派や懐疑派の兵士が操縦できる最低限の機体となり、市街地の防衛や治安維持に寄与することが期待される。一方で、本来の“レナ・モード”はまだ遠い夢の段階。レナが復帰し、その足掻きを反映した高出力化が完成するまで、道のりは長い。