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ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP8-2

EP8-2:ラインアークとの連携

灰色の空がどこまでも広がる地上の荒野は、相変わらず血の匂いと埃の風に満ちていた。企業同士の終わりなき戦火が続くこの世界において、ラインアークは独自の理想を掲げる「独立都市国家」として知られている。企業連合(リーグ)の支配を嫌い、“ホワイトグリント”という象徴を中心にテクノロジーを発展させてきた勢力だ。
 そのラインアークと手を結ぶために、ローゼンタールが極秘に派遣した交渉団が、この荒れ果てた地に姿を現しつつあった。まるで砂塵をかきわけるように進む装甲車列と、空中を低空飛行する小型の輸送ヘリ。それらには高貴な紋章と、貴族企業を象徴する意匠がはっきりと描かれている。

 装甲車の車内に身を預けるのは、かつてオーメルを抜けたリンクスであり、今はローゼンタールの保護下にあるレオン・ヴァイスナーと、彼を補佐しながらも自律進化したAIのオフェリア。さらに、その護衛として数名のローゼンタール兵が同行していた。彼らの目的は――ラインアークとの連携を模索すること。オーメルの強硬派を率いるイグナーツ・ファーレンハイトと対決する覚悟を固めたローゼンタールは、新たな同盟相手を探していたのだ。

 とはいえ、ラインアークのリーダーであるフィオナ・イェルネフェルトが、ローゼンタールの申し出をすんなり受け入れるかは未知数だった。ラインアークは企業の権威を何より嫌っているし、自分たちでネクストを運用し、独立を貫いている。そこに大企業の一角であるローゼンタールが協力を願い出るという構図は、簡単にはまとまらないだろう。しかし、イグナーツがアポカリプス・ナイトとAI制御の軍団を動かし始めている昨今、ラインアークにとっても無関係ではない。

 装甲車が砂塵の坂を越えるたび、サスペンションがガタガタと揺れ、レオンは顔をしかめた。数週間の安息をローゼンタールの前線拠点で過ごし、痛みや疲労はだいぶ軽減したが、それでも激しい振動は体に堪える。隣に座るオフェリアが気遣うように声をかける。

「平気? 座席の振動、強いわね」

「大丈夫。さっきよりずっとマシだよ。お前に言われたとおり、ストレッチもこなしてるからな」

 レオンは苦笑しつつも、その瞳には焦りを帯びていた。完全管理戦争を推し進めるイグナーツを止めなければ、人類はAIの支配とアームズ・フォートの暴力にのみ頼る世界へと突き進む。あるいは、人間の意思を排除する仕組みが完成してしまうかもしれない。その危機感が、彼を再び荒野へ駆り立てているのだ。

 オフェリアはふと窓外に視線を向け、「見て、あれ。ラインアークの前衛がいるようね」と呟いた。遠くの地平線上に、白いシルエットと複数の軽装甲車が停止しているのが見える。白いシルエットは、かつて“ホワイトグリント”と呼ばれたネクストを量産した機体かもしれないし、あるいは別の守備隊用ネクストかもしれない。いずれにせよ、ラインアークが外部からの接近を警戒している証だ。

 レオンは唇を引き結ぶ。「交渉団を送り込むって話だったが、実際には双方かなりの武装を整えてるな。まあ、信用されてないってことだろう」

「仕方ないわ。ラインアークから見れば、ローゼンタールも“企業”の一員だから。まったくフラットにはなれない」

 そんな会話が交わされるうちに、装甲車の車列が徐行し始める。先頭車両がラインアークの守備隊と対峙し、双方が拡声器で呼びかけ合っているのが見える。雪のように白い装甲を纏ったネクストが小さく動き、警戒態勢を取っているらしく、その外観にはラインアークの紋章が刻まれていた。

「ここで降りるのか……?」

 レオンが兵士の一人に問いかけると、兵士はうなずく。「はい、まずは外でラインアークの守備隊に身元を確認してもらいます。危害を加える意図はないと示せれば、リーダーであるフィオナ・イェルネフェルト様の元へ案内される予定です」

「分かった。……ふう、落ち着け、俺」

 レオンは深く息を吐き、肩の痛みを意識しないように努める。彼の体はだいぶ快方へ向かったが、まだ完全とはいえない。だが、いまはそんな弱音を言っている暇などない。オフェリアが戸口に先んじて立ち、彼を支えるように手を差し出してくれる。

「行きましょう。わたしが護るから」

「ありがとう、心強いよ」

 車両のドアが開くと、砂混じりの風が一気に流れ込む。まばゆい陽射しが荒れ地を照らし、ラインアークの兵士たちがこちらを注視する。彼らは青みがかった装甲の軽車両を列に並べ、さらに白いネクストを展開することで圧力をかけている。
 レオンとオフェリアが降り立つと、風になびく砂の音が耳を打つ。後ろの装甲車からはローゼンタールの代表格が数名降り、兵士とともに前へ進む。互いに武器こそ向けていないが、空気には緊張感が漂っていた。

「ローゼンタールの交渉団とお見受けするが、そちらの目的を明かしていただきたい」

 ラインアークの兵士の一人が、ヘルメット越しに低い声を響かせる。こちら側の指揮官らしき人物――ローゼンタールの高級将校が一歩進み、しとやかに会釈する。

「わたくしどもは、カトリーヌ・ローゼンタールの名代として参りました。オーメルの強行路線に対して、ラインアークとの協力関係を求めるための使節団です。この者が……レオン・ヴァイスナー。かつてオーメルに属しながらネクストの開発と操縦を担い、いまはイグナーツに反対する立場にあります」

 レオンは小さく敬礼まがいの動作をし、兵士たちの様子を伺う。ラインアークの兵士には硬い表情が多く、なかには「企業の手先が何を……」という不満げな視線を投げる者もいた。それでも、彼らは警戒を維持したまま、すぐに射撃を行う気配はない。どうやら少なくとも話は聞く態勢らしい。

「ラインアークのイェルネフェルト代表に面会を求めたい。少しでも協力できれば、イグナーツという脅威に対抗する術が増えると思う。俺もその一端を担えればと――」

 レオンが絞り出すように言葉を続けると、白いネクストが小さく動いた。カメラアイが微かに光り、上部から通信の音が響く。

「……わたしがフィオナ・イェルネフェルト。遠方よりご足労、感謝します。でも、企業を名乗る方々がラインアークに協力を求めるなんて奇妙な話ね。何を企んでいるのかしら」

 淡々とした声がスピーカー越しに伝わってくる。ネクストの足元にタラップが下り、そこから一人の女性が姿を現した。ラインアークの指導者――フィオナ・イェルネフェルトだ。淡い髪を後ろで束ね、軍服というよりは機能的なジャケット姿で、威厳を感じさせる雰囲気を纏っている。

「……あなたがフィオナ。俺はレオン・ヴァイスナー。オーメルのAMS適性を活かして一時はネクストに乗ったが、今は企業の在り方に疑問を持ち、イグナーツとは敵対してる。仲間を連れて、ラインアークと手を結びたい」

 レオンは強い視線を投げかける。フィオナはその目を一瞥し、続いてオフェリアにも目を向ける。AI特有の落ち着いた雰囲気を感じ取ったのか、少しだけ眉を上げる仕草を見せた。

「オフェリア……。噂には聞いている。人型AIでありながら自律進化を遂げ、人間とも対等にコミュニケーションする存在だと。あなたたちは、オーメルの支配に反抗するため、こうしてラインアークに助けを求めるの?」

「正確には、ローゼンタールも一緒だ。わたしたちが企業を抜け出して独自路線を進もうとしてるのは、イグナーツの完全管理戦争を止めるためでもある。あなたたちラインアークも、企業の支配に屈しないで独立を続けているでしょう? そこに協力の余地があるはず」

 オフェリアの言葉は至極冷静で、かつ理路整然としている。フィオナは鋭い瞳で見据えたまま、しばらく黙っていたが、やがて息を吐いた。

「ふう……あなたたちの必死さは伝わってくる。イグナーツという脅威も、わたしは把握しているわ。ラインアークが地上で完全に独立を続けるには、あのアポカリプス・ナイトやAI制御された要塞の存在は脅威以外の何物でもない。……いいわ、話を聞きましょう」

 そう言ってフィオナはハンドシグナルを送る。周囲の兵士たちが武器を下ろし、警戒モードを一段階緩める。レオンは安堵の息をつき、オフェリアもわずかに肩の力が抜けるのを感じた。どうやら、すぐに撃ち合いになる事態は避けられたらしい。
 かくして、ローゼンタールの交渉団とラインアーク守備隊は、近くの古い整備施設に足を運ぶことになった。そこには簡易的なブリーフィングルームが設けられており、ラインアークの幹部や技術者たちが集まっている様子だ。


 かつては軍事企業が使っていたらしい整備施設。荒廃しながらも、ラインアークによる独自改修で最低限の設備が整えられ、壁にはラインアークの紋章が映し出されている。
 そこでフィオナやラインアークの幹部たち、そしてローゼンタール側の代表が向かい合い、広いテーブルを囲んで座った。レオンとオフェリアは端のほうに席を譲られる形になり、見守るように腰を下ろす。

「――イグナーツはすでに企業内で大きな権限を握り、ネクスト不要論とAI制御兵器の量産を推し進めている。一方で、わたしたちローゼンタールは貴族企業としての理念を捨てず、オーメルからの独立へ近づいている最中。そこで、ラインアークとも協調路線を築きたいのです」

 ローゼンタールの代表がスライドを切り替え、各勢力の配置図を示す。イグナーツ側が地上各所にアームズ・フォートを配置し始め、さらにアポカリプス・ナイトの新型が生産されかねない、という情報が表示されると、ラインアークの幹部たちからは低いどよめきが起こった。

「彼らがそんなに急ピッチでネクストを捨て、フォートとAI兵器を増強しているとは……。ラインアークが黙っていては、いずれ独立は綻びるかもしれない」

「ホワイトグリントを中心にした防衛網も、過剰なアームズ・フォートの物量には対処しきれない。ここらで外部の力を借りるのも一手か……」

 幹部同士の小声が聞こえてくる。フィオナは腕を組み、目を閉じたまま数秒考え込むようだったが、やがて静かにテーブルを見やる。

「ロジックは分かったわ、ローゼンタールさん。わたしたちラインアークがオーメルの暴走を阻止するために協力するのは自然な流れ。でも……あなたたちも企業よ。全幅の信頼はできない。貴族の打算でこちらを利用してくる可能性も考えなくては」

「もちろん、互いに利益を得るための協力であることは否定しません。ただ、イグナーツを放置すれば、わたしたちもあなたたちもいずれ滅ぼされる可能性がある。その脅威の前で手を結ぶのは合理的では?」

「合理的、ね」

 フィオナは目を開き、横に座るレオンとオフェリアへ視線を移す。「あなたたちは、ローゼンタールの思惑をどう捉えてる? 特にレオン・ヴァイスナー、あなたは元オーメルの技術者かつネクスト乗りだったと聞くけれど、いまはどう立ち回るつもりなの?」

 不意に投げかけられた問いに、レオンは背筋が伸びるのを感じつつ、思い切って答える。

「確かに昔はオーメルの研究部門に属し、“孤高のリンクス”などと呼ばれた時期もあった。だが今は、イグナーツのやり方に反対する一人として動いている。ローゼンタールに拾われたのは事実だが……俺は『企業の都合』だけで動く気はない。あくまで家族や仲間を守るため、ラインアークとも共闘したいと思ってるんだ」

 フィオナは少しだけ唇の端を上げ、相手を見透かすような眼差しを向ける。「家族や仲間、ね。あなたが孤高だったころの噂を聞く限り、それはずいぶん変わった姿勢に思えるわ」

「……ああ、変わったんだ。俺は逃げ出した結果、娘にもつらい思いをさせてしまった。だからこそ、今は守るべきものがある。それに、オフェリアやローゼンタールの連中が俺を支えてくれる。ラインアークにも何か“大切に守るべきもの”があるはずだろう?」

 レオンの声には揺るぎない決意があった。たとえ企業に属しているとはいえ、いまは“企業に縛られる存在”ではない。逆に、ラインアークほど“独立”を貫く人々には共感できる部分がある。
 オフェリアが静かに補足する。「イグナーツを止めることは、ラインアークが独立を続けるためにも必須だと思います。それが私たちとの協力関係の土台になるのでは?」

 フィオナは短く息を吐き、「分かったわ。あなたたちの覚悟は一応信じましょう。ただ、ラインアークの戦力には限りがあるし、かといってローゼンタールを無制限に施設へ迎え入れることはできない。具体的な協力内容を詰める必要があるわね」と締めくくるように述べる。

「もちろんです。ローゼンタールは必要な技術や装備を一部ラインアークにも提供する意向があります。互いに情報共有を進めれば、イグナーツの軍事行動を先回りして対処できるかもしれないわ」

 ローゼンタールの代表が落ち着いた声で応じ、テーブルの上のホログラムに作戦図を表示する。その図には、地上に点在するオーメルの前線拠点やドラゴンベインの配備位置が示されていた。ラインアーク側が知りうる情報を合わせて、さらに精度を上げたいというわけだ。
 こうして、企業同士の利害を超えた“連携”が模索されていく。レオンはそれを横で聞きながら、複雑な気持ちを抱きつつも、この動きこそが未来を開く鍵になると自分に言い聞かせる。


 しばらくして会議は休憩を挟む。皆が部屋を出て一息つくと、外の整備区画ではラインアークの部隊とローゼンタールの部隊が懸命に互いの機材をチェックしている様子が見える。
 特に目を引くのは、ラインアークが誇る“ホワイトグリント”をベースとした量産ネクストの群れだ。白い装甲に黒いラインが走り、軽量かつ機動性を重視したフォルムを持つその機体は、かつてラインアークを象徴した名機の量産型とも言われている。一方、ローゼンタール側は貴族的な意匠を入れた重厚なACを複数台運んでおり、アームズ・フォート用のパーツも車載している。

「……初めて見たが、これがラインアークの量産ホワイトグリントか。少し小柄だけど、機動力はなかなかのものだろうな」

 レオンが感嘆まじりに独りごちると、オフェリアが微笑む。「彼らは企業に依存せず、自前の技術でネクストを造ってるから。オーメルの標準機とは一味違うわね。もしイグナーツの大軍に対抗するなら、こうした連携が命綱になるかも」

 装甲が磨き上げられた白い機体がズラリと並ぶ光景は、一見美しいが、同時に重苦しさも感じさせる。これらが戦場に投入されれば、必ず被害が出る。レオンは苦渋の思いで視線を引きはがした。
 ローゼンタールの兵士が近づいてきて小声で伝える。「レオン様、オフェリア様。もうすぐフィオナ・イェルネフェルト様と二人の幹部が合流して、細かい作戦プランを詰めるそうです。そちらへもご参加を」

「分かった。すぐ行くよ」

 レオンは軽く答え、オフェリアも頷く。つまり、これから具体的に“ラインアークとローゼンタールがどこで、どうイグナーツの部隊と戦うか”を詰めるステップに入るのだろう。彼が今更ながら感じるのは、“戦い”がいよいよ避けられないという事実だった。逃げるわけにはいかないし、結束して立ち向かうしかない。

(俺自身が再びネクストに乗る日は近いかもしれないな。中途半端な覚悟じゃ務まらない……)

 そんな独白を抱えつつ、レオンは誘導されるままにラインアークのブリーフィングルームへ向かった。つい先ほどの会議の続きが行われるというわけだ。


 ブリーフィングルームでは、フィオナ・イェルネフェルトが大きなホログラムテーブルを囲むように腕を組んで立っている。そこへローゼンタールからの代表と幹部数名、そしてレオン、オフェリアが加わり、輪になった。
 テーブルの上には地図が投影され、数箇所に赤いマーカーが点滅している。明らかにオーメルが占拠する戦略拠点や兵站拠点、さらにドラゴンベインの部隊配置が推定されている場所だ。その近くには、ラインアークが警戒する支配領域も示されている。

「――イグナーツはまず地上の主要流通路を押さえ、ドラゴンベインとアレスの量産機を用いてラインアークを締め上げる腹づもりでしょう。わたしたちが黙っていると数週間で支配網が拡大し、ラインアークは孤立してしまう」

 ローゼンタール側の幹部が、淡々と情報を語る。イグナーツはオーメルの中でも急進派をまとめ上げ、巨大な戦力を短期で展開する力を持つ。それが地上の要所を抑えれば、ラインアークは補給路を断たれ、抵抗するうちに消耗しきる可能性が高い。
 フィオナは苦い顔で地図を睨む。「オーメルの兵糧攻めか。最悪のシナリオね。わたしたちにはホワイトグリント量産型が数十機あるけれど、さすがにドラゴンベインの大群を相手にしきれない。助力を願うしかないわね、ローゼンタールさん」

「そちらが望むなら、わたくしどももアームズ・フォートの派遣を検討します。もちろん、カトリーヌ・ローゼンタールの承認が必要ですが……ローゼンタールとラインアークが共同で作戦を展開すれば、イグナーツの前進を食い止められるかもしれない」

 幹部同士のやり取りが続く中、レオンとオフェリアは黙って耳を傾けていたが、やがてフィオナがレオンに視線を向ける。「あなたはどう? 今後、もしネクストが必要になれば、乗る覚悟はある?」

「ええ、すでに決めています。俺が再び操縦して戦うことも視野に入れてます。ローゼンタールが試作ネクスト“リュミエール”を完成させようとしているので、間に合えばそれを運用するかもしれない」

「リュミエール、ね。興味深いわ。ラインアークにも独自の機体設計があるけれど……あなたの経験値なら、戦力として頼りになりそう」

 フィオナは少し笑みを浮かべて続ける。「もっとも、イグナーツが本腰を入れたとき、普通のネクストやアームズ・フォートでは歯が立たないかもしれない。それでもやらなきゃいけないのよね。わたしたちには地上での自由や理想を守る責務があるから」

 オフェリアが静かに頷く。「はい。わたしたちはイグナーツのAI制御による戦争支配を止めたい。そのためには、ラインアークとの連携が不可欠だと思っています。わたしたちが信じる“人間の意志”を形にするためにも」

 その言葉に、ラインアークの幹部たちが目を見交わす。企業と手を組む違和感は拭えないが、この緊急事態では背に腹は代えられない。フィオナが椅子を引き、テーブルに手を置いてまとめに入る。

「分かったわ。あくまで条件付きだけれど、ラインアークはローゼンタールとの同盟を暫定的に受け入れます。具体的には、オーメルの動向を共有し、必要に応じて兵力やネクストを互いの陣地へ派遣できる形。わたしたちはネクスト“ホワイトグリント”部隊を機動戦力として提供しましょう」

 ローゼンタールの幹部はその提案を聞き、頷く。「ありがとうございます。わたしたちはアームズ・フォートの一部と試作ネクスト開発のデータを共有します。もしイグナーツが大部隊を動かしたときに即応できるような連絡体制を築きたい。そして……レオン・ヴァイスナー殿やオフェリア殿も、その連携要員として活動していただく予定です」

 こうして、両陣営の代表は深い緊張を保ちながらも、お互いに合意して握手を交わした。すべてがうまくいく保証はないが、現段階で最大の“共通の敵”であるイグナーツに立ち向かうためには、避けて通れない道だった。


 ブリーフィングが終了した後、夜の荒野にラインアークの警戒ライトが広がる。レオンとオフェリアはキャンプ地に設営された仮のテントへ向かい、胸に湧き上がる思いを静かに整理する。
 テント内は最低限の照明がついており、床には補給物資が積まれている。ローゼンタール兵が少し離れた場所に詰めており、ラインアークの兵士も巡回する形で周辺を警護している。

「大きな話になったわね……。まさかラインアークまで味方に付けることになるなんて」

 オフェリアはテントの奥でブーツを脱ぎながら声を漏らす。レオンはベンチに腰を下ろし、首を回して筋を伸ばす。「ああ、本当だよ。カトリーヌとフィオナが協力するなんて、ちょっと前の俺には想像もつかなかった」

「でも、企業同士の決裂が進むなかで、ラインアークが独立を保っているのは奇跡的とも言えるし、ありがたい存在よ。イグナーツのやり方に対抗するには、ラインアークのメカやノウハウが大きな助けになる」

「確かに……。ただ、その先には大規模な戦いが待ってる。イグナーツやドラゴンベイン軍団との衝突は避けられないだろう」

 レオンは呟くように言い、手を握り込む。自分が再びネクストに乗る未来が迫っている。今度は「孤高の力」の証明のためではなく、家族と新時代を守るためだ。かつて逃げ出した責任を取るかのように、今度は最前線に立つことを求められている。

「わたしは、あなたがこれから歩む道を信じるわ。覚悟してね、危険は大きいけど……あなたなら何とかしてくれる気がする」

 オフェリアの瞳はどこまでも真剣だ。レオンは彼女の手をそっと取り、かすかに笑う。「ありがとう。お前がいれば、俺も心が折れずに済む。……実際、俺は孤高を気取ってたくせに、すぐ寂しがり屋になっちまったみたいだ」

「ふふ、それでいいのよ。孤独じゃ、世界は変えられないから」

 二人の静かな時間を切り裂くように、外の通信機がノイズを発する。「……レオン、オフェリア、もしやすいなら来てほしい。合同警戒網に異常はないか確認したい」
 短いアナウンスに、二人は顔を見合わせて小さく苦笑する。落ち着く暇もなく、企業間の連携作業が始まっているというわけだ。ラインアークとローゼンタールの協調がどこまで円滑に進むか、確かめる必要がある。

「じゃあ行こうか。これが新しい仕事だな」

「ええ、イグナーツがいつ仕掛けてくるか分からないもの。怠けてる暇はなさそう」

 そう言いながら、レオンは再びブーツを履き、オフェリアとともにテントを出る。夜風が砂を運び、冷たく頬を撫でていくが、その冷気の中にわずかな高揚を感じている自分にレオンは気づいた。
 “新たなる目標”――それは、イグナーツの暴走を止めること。そして企業全体を変えるほどのインパクトを与え、家族や仲間とともに未来を創ることだ。ラインアークとの連携はその大きな一歩であり、まだ始まったばかり。この先多くの苦難が待ち受けるだろうが、レオンはもう逃げない。
 夜の荒野を見据える視線には、決意と熱が宿っている。かつては孤独を選んだ男が、いまは多くの仲間と家族を得て、世界の変革に踏み出しているのだ。その背を支えるオフェリアの存在も、いつになく頼もしく感じられた。

「さあ、行こう。……まだ暗いけど、一緒に夜明けを迎えようぜ」

 レオンの何気ない言葉に、オフェリアが笑みを浮かべる。「ええ、“一緒”がいい。わたしはあなたを独りにしないわ」
 こうして二人は、ラインアークとの共同作業の場へ向かう。夜の闇のなかで照明が作業区画を照らし、白いネクストとローゼンタールの装甲が混在する光景がそこにあった。企業が決裂する大きな潮流の中で、今ここに“協調”の動きが生まれている。
 果たして、イグナーツの完全管理戦争を阻止し、“人間の意思”を取り戻す日は来るのか。レオンが新たなる目標に向けて歩む道は、ラインアークの力を得て、ようやく微かな光を帯びはじめていた。闇が深いほど、星が瞬くとも言う。ならばこの荒れ地の深夜にも、希望の灯がともり始めるだろう。
 夜風に砂が舞い、白く照らされたネクストの装甲がぼんやりと輝く。その姿は、まるで“企業と人間の結節点”を守護する天使かもしれない――かつては敵対してきた勢力同士が、ここに集い、新たなる日を待ちわびているのだから。
 そしてレオンも、オフェリアの手に支えられながら夜の巡回へ歩みだす。家族や仲間とともに、企業の運命を変える激流へ身を投じる覚悟を胸に。夜明けを告げる一条の光が、いつか彼らの戦いを照らしてくれることを信じて。


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