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ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP1-3
EP1-3:次なる戦場へ
荒廃した地平線に、ぼんやりと赤錆色の陽光が差し込んでいる。まだ朝とは呼べない早朝の時間帯。大気に混じった微細な砂塵が逆光の中を浮遊し、幻想的な風景を作り出していた。だが、ここは決して美しい観光地などではない。企業戦争の爪痕が刻まれ、汚染にまみれた地上――その一角に、ネクスト「ヴァルザード」の姿があった。
レオン・ヴァイスナーは昨夜、謎の地下施設での戦闘を終え、いくつかのデータを回収したのち、仮拠点としているベースキャンプへ一度帰還していた。そこは地上にポツンと建てられた廃倉庫を改装したもので、彼が独自に整備したメンテナンス設備やAI制御の防衛システムが備わっている。人間の姿はなく、すべて無人機とロボットアーム、そしてレオンのAIサポートが稼働しているだけだ。
日の出前、レオンは早々にヴァルザードの調整を終え、倉庫の外へ機体を出していた。コクピットに搭乗したまま、腕組みをして思案に沈んでいる。コールドスリープ中に得た眠りの時間など、もはや彼にとってはどうでもいい。
問題は、“あの地下施設”で手に入れた断片的な情報だった。新型アームズ・フォートや無人ネクストらしき設計図の一部。すでに廃棄されたように見えた施設が、実は最新の研究拠点だったとは――。彼は端末に並ぶファイルを睨みながら、苦々しく呟く。
「ずいぶんと手の込んだ隠し事をしていやがる……。“企業”か、それとも別の勢力か。少なくともオーメルのロゴはどこにもなかった。まあ、裏で動いているのがオーメルとは限らねぇけどな。」
ヴァルザードのAIが合成音で応じる。
『レオン、先ほど解析したファイルから一部の断片情報を復元しました。半分以上が破損していますが、量産型アームズ・フォートのテストレポートと、AI制御に関する記述が確認されています。特定企業名は不明です。』
「やはりな。AI制御を推し進めているのはオーメルの専売特許ってわけじゃないってことか……。クソッ、ただでさえ企業連合(リーグ)の動向がきな臭いってのに、別口まで出てきやがるとは。」
レオンはバイザー越しにグラフやテキストの嵐を一瞥し、それを一括保存した。今すぐ解明できる問題でもない。だが、いずれ売れる情報になる可能性はある。独立傭兵である彼にとって、情報は金そのものだ。
しかし同時に、金儲けだけで終わらせる話ではないという予感が胸をかすめる。
わずかな時間、レオンは仮眠を取るようにコクピットシートを倒す。外では朝日が昇りつつあるが、彼は特に急ぐ理由もなく微睡んでいた。機体の警戒システムはAI任せ、少しの間だけ身体を休めるのだ。
数時間後、地平線の向こうから重い爆音が響いてきた。まるで地鳴りのように、大気を通じてヴァルザードのフレームに振動が伝わる。レオンは浅い眠りから目を覚まし、素早く各種センサーを確認する。
レーダーには微弱だが“衝突エネルギー反応”が捉えられている。大口径砲や爆薬が使用されている可能性が高い。
彼はコクピットの操作桿を握り、機体をゆっくりと立ち上がらせた。背部のブースターユニットが起動音を奏で、ヴァルザードの青白い駆動光が差し込む朝日に混ざってゆらめく。
「またどっかで小競り合いか……最近やたら多いな。まあ、この辺りは企業が手を引いた場所のはずだが、もう何が起きてもおかしくはないか。」
オーメルか、ローゼンタールか、あるいは別の企業か、あるいは無法者同士の争いかもしれない。地上には想像以上に多様な勢力がうごめいている。
レオンは、念のためその方角に向けてドローンを飛ばしてみようと考える。少し遅れてAIが提案する。
『状況把握のために軽装ドローンを発進させます。距離およそ15km先、地形は砂丘と岩場が混在しています。大規模な部隊ではなく、小規模な戦闘と思われます。』
「頼む。……俺はどうするかな。面倒ごとには首を突っ込みたくないが、放っておいても厄介になりそうだ。誰かがさっさと片付けるに越したことはない。」
やがてドローンが映し出す映像は、曲がりくねった乾いた川底のような場所に、数台の装甲車らしきものが転がっている様子を捉えた。煙が立ち上り、明らかに交戦の痕跡がある。そばには、スーツ姿の武装兵たちが数名倒れており、その横を軽装の民兵らしきグループがうろついているのが見える。
しかし、それだけならまだしも、その更に奥――砂の上に巨大なキャタピラの轍が走っている。アームズ・フォートほどのサイズではないが、かなり大きな自走砲か装甲プラットフォームが動いた形跡だ。
「どういうことだ……? こんな荒野に大きな兵器が入り込んでる。何をやってるんだか。よし、ちょっと行ってみるか。」
レオンは決断を下すと、AIにドローンの続報を待たずしてヴァルザードの推進器を吹かした。ゴウッという噴射音とともに機体が地表を滑るように加速していく。ネクストの重量を感じさせない軽やかさで、砂丘をいくつも乗り越えていく。
彼は可能な限り警戒しながら、目的地を目指す。もしアームズ・フォートやネクスト級の敵がいたとしても、不意打ちを避けるためだ。先ほどの地下施設での戦闘が、まだ身体に若干の疲労を残している気もするが、気にしていてはきりがない。
砂丘を越えた先に広がる渓谷状の地形。枯れ果てた河川の跡には、大量の瓦礫や錆びた鉄骨の破片が散乱している。一昔前はダム施設でもあったのか、所々にコンクリート壁らしきものが崩れたまま放置されている。
ドローン映像で見えた装甲車の残骸は、この河床に転がっていた。地面には爆発の焦げ跡が点在し、少なくともつい先ほどまで激しい戦闘が行われていたのが分かる。
しかし、ヴァルザードのセンサーは大きな敵兵器を捉えていない。レオンは慎重に機体を停め、一旦コクピットから降りようと判断した。
「AI、警戒モードで待機。必要があればすぐに遠隔起動できるようにしといてくれ。」
『承知しました。ヴァルザード、攻撃態勢レベル2でスタンバイします。』
コクピットハッチが開き、レオンは個人装備を身につけて地上へ降り立つ。防塵マスクと簡易的なボディアーマー、そしてホルスターに収めたハンドガンを確認。加えて、電磁警棒を腰のベルトに下げている。
人間の兵士が相手なら、これで十分だろう。ネクスト相手なら戦場にもならないが、ここはあくまで白兵戦の可能性を想定しておく。
「……ふう、相変わらずイヤな臭いがするな。火薬とオイル、血の混じった匂いだ。」
彼は転がっている装甲車の近くに足を運ぶ。ドアが吹き飛んで内部は黒焦げ。中で焼かれた兵士らしき姿が影になって見えるが、もう助かる余地はなさそうだ。企業のエンブレムも見当たらないが、装備の質からするとどこかの武装組織の車両だろうか。
そこから少し先へ歩みを進めた瞬間、崩れた瓦礫の影に伏せている複数の人影を見つける。彼らは民兵服を着用しており、手にはライフルや短機関銃を握ってこちらを警戒している。
レオンは静かに手を挙げ、相手に友好の意思を示す。しかし、相手が撃ってくる可能性もあるので、一応体をやや斜めにして警戒姿勢を取る。
「撃つな。俺は通りすがりの傭兵だ。お前たちとやり合うつもりはない。何があった? 大きな兵器を見なかったか?」
返ってきたのはガラガラにかすれた声の男の罵倒だった。
「くそっ、あんた何者だ……企業の犬か? 仲間のフリをするつもりなら、こっちもやるぞ。」
銃口がわずかにレオンを狙う。彼は手を挙げたまま、冷静に言葉を返す。
「俺は企業には属してない。見りゃ分かるだろ。あそこに停めてるのは俺の“ネクスト”だ。個人用のな。……ま、とにかくここであんたらを襲う理由はないって言ってる。」
男たちが視線を交わす。ネクストがある以上、こちらが絶対的優位に立っていることは明白だ。撃ち合っても勝ち目がないと踏んだか、それともレオンの言葉を一応信じてか、しばらくの沈黙の後、男の一人が銃を少し下げた。
「……あんた、本当に傭兵なのか? 見かけねえ顔だな。俺たちはここで仲間と一緒に移動してたんだが、突然謎の装甲車両に襲われて、皆やられちまった。そいつは大型のキャタピラ付きで、見たこともない砲を積んでたんだ。やけに無人っぽく見えたが……。逃げる間もなく攻撃されて、俺たちはかろうじて生き残っただけだ。」
レオンはその説明を聞きながら、あのキャタピラ跡との関連を確信する。無人車両が地上を徘徊しているのか? 企業が試作兵器を撒き散らしているのかもしれない。もしそうなら厄介だ。
伏せていた別の人物、まだ若い顔をした女性が、震える声で口を開く。
「……それに、あれは途中で人を乗せてた。私たちの仲間を捕まえて、そのままどこかへ連れて行ったの。まるで“サンプル”でも集めるかのように……。」
レオンの眉が動く。人を拉致して何に使うのか。戦力として強制徴用? あるいは人体実験? いずれにせよ、まともな行動とは思えない。
彼は少し考えた後、低く息を吐き出して呟いた。
「分かった。大体の方角はどっちだ? 装甲車のキャタピラ跡が続いているんだろう?」
男たちは顔を見合わせると、崩れたコンクリート壁の先を指さす。
「どうせあんたがネクストを持ってるんなら、あれを破壊してくれ。俺たちの仲間を助けられるかもしれねぇ。……だけど、相手はとんでもなく強力だ。俺たちは何もできなかったんだ。」
レオンは首を振る。
「仲間を助ける保証はできん。俺には俺の都合がある。だが、その兵器には興味がある。見つけたら片付けるかもしれない。それでいいか?」
「……仕方ねぇ。頼む。俺たちにできることはほとんどない。近づいたら撃たれるだけだし、ここで死に損なってるのがやっとだ……。」
そう言うと男たちは絶望の表情で地面に腰を下ろす。見ると、数名は怪我を負って出血している。まともに移動もできそうにない。
レオンはチラリと彼らの様子を見つめ、しばし黙った後、通信端末を取り出す。
「おい、AI。俺のビークルの位置を指示するから、自立走行でここまで来させろ。あと簡易医療キットも積んでるはずだから、彼らに譲ってやれ。」
『了解しました。地形の考慮により到着まで15分程度かかる見込みです。』
男たちはレオンの行動に驚いたようだが、すぐに安堵の色を示す。まさか見ず知らずの傭兵に助けられるなど思ってもみなかったのかもしれない。
「……恩に着るよ。企業じゃないってだけで、あんたのことを多少は信じてみるか。」
「別に感謝はいらん。俺は俺のやりたいようにやるだけだ。」
そう呟いてレオンは背を向け、再びヴァルザードのもとへ戻った。地面を踏みしめる彼の歩調は速く、迷いの色は感じられない。ただ、企業が実験兵器を放って人を攫うような真似をしているなら、放っておくわけにはいかないと感じているだけだ。
“人は裏切るが、機械は裏切らない”――そう思っていたはずなのに、彼はこうして人間を助けようとしている。それが矛盾であることも分かっているが、戦場で散っていく人々を見捨てるのは、どうにも後味が悪いという本能が働くのかもしれない。
キャタピラの轍を辿っていくと、やがて岩場の狭い道へ続く。ゴツゴツした地形が入り組んでおり、ネクストの高速機動には向かないが、ヴァルザードの中量級フレームなら何とか通行は可能だ。
レオンはブースター出力を抑え、慎重に進む。センサーに僅かな反応があり、どうやらこの先に目標がいるようだ。
視界が開けた先には、小さな高台になった平地が広がっており、そこに鋼鉄製の大きな車両が鎮座していた。キャタピラを備え、砲塔のような構造が幾つも露出している。大きさとしてはネクストよりは小ぶりだが、その砲口はやけに太く、プラズマやレールガンの類かもしれない。
『警告。この兵器から高エネルギー反応を検出。武装は複数。近距離での直撃は危険です。』
「確かにな。あんな狭い車体にどれだけ火器を詰め込んでるんだか。……まあ、ぶっ壊して中身を見ればいい。」
レオンはコクピットの操作桿を握り直し、ヴァルザードのスナイパーライフルを展開。肩部のマウントがせり上がり、長大なライフルが姿を現す。彼の高精度射撃はネクストにおける最大の武器だが、この地形と相手の装甲を考えると一撃で沈められるとは限らない。
しかし、相手もこちらに気づいたのか、キャタピラ車両がゆっくりと旋回しはじめ、砲塔のひとつがヴァルザードを狙うように動いた。まるで無人機のように冷ややかな動き。レオンはわずかに舌打ちする。
「早いな。仕方ない、やるしかねえ。」
次の瞬間、閃光と爆音がほぼ同時に走る。車両の主砲が発射され、周囲の岩肌を砕いて土煙を巻き上げた。ヴァルザードは横移動でかろうじて直撃を回避するが、衝撃波で機体がぐらつく。
レオンは即座に反撃。スナイパーライフルの照準を合わせ、一発を放つ。鋭い発射音とともに高速弾が車両の装甲をえぐるが、思ったよりも厚いのか、大きな損傷には至らない。
「くそっ、硬いな。この規模の車両にしては妙に頑丈だ。企業の実験品かよ?」
車両側は複数の副砲を立て続けに放つ。連続砲火が岩を砕き、破片が雨のように飛び散る。ヴァルザードはブースターを吹かしながら斜面を上下に移動し、射線をずらしつつ反撃のチャンスを窺う。
しかし、一撃離脱を得意とするはずのヴァルザードも、この地形では思い切った機動が難しい。さらに相手が無人制御らしきため、動きに迷いがなく的確に砲撃してくる。
「なら、ECMディスチャージャーで目を奪ってやる……!」
レオンはスイッチを押し、電子戦装置を起動。ヴァルザードの装甲の一部が展開し、強力な電磁妨害パルスが放たれる。通常の敵機なら照準が狂うだろうが、車両はわずかに動きを鈍らせた程度で、すぐに砲口をこちらに向け直した。
再びド派手な爆風が轟き、機体が大きく揺さぶられる。レオンは咄嗟にブーストでバックダッシュし、次弾を回避。あわや直撃かというタイミングで射線を外すことに成功するが、徐々に追い詰められている感覚があった。
「なんてしつこい火力だ……ネクスト級のパイロットが乗っているわけでもなさそうだが、AI制御の完成度が高いのか?」
ヴァルザードのモニターにはダメージ警告が点滅。かすめた砲弾の破片が脚部装甲を損傷させたようだ。深刻なレベルではないものの、長期戦は避けたい状況だ。
レオンはライフルを一旦格納し、左腕に格納されているプラズマブレードを展開。近接戦闘の方が効果的かもしれない。とはいえ、あのキャタピラ車両に接近するのはリスクが高いが、逆に中途半端な距離を取っていると一方的に砲撃され続ける恐れがある。
「やるしかない……。近づいて斬り刻んでやる。」
彼はマニュアル操作でブースター出力を一気に上げ、低空飛行のような姿勢で車両の側面に回り込む。敵の砲塔が追随しようとするが、ECMの効果がわずかに残っているのか、その動きは完全には追いつけない。
瞬間的に距離が詰まり、プラズマブレードの青白い刃が閃いた。レオンは機体を捻り込み、車両の装甲を切り裂くが、厚い多重装甲らしく一撃で貫通はしない。ただ、装甲板の一部がめくれ上がり、内部のメカ部分が露出する。
「もう一撃……!」
再度ブレードを叩き込もうとしたとき、車両上部の小型砲塔が旋回し、至近距離で発砲。ネクストでなければ一瞬で蒸発しかねない直撃弾がヴァルザードの肩装甲をかすめ、火花が散る。レオンのコクピットに衝撃が走り、一瞬視界が真っ白になる。
「がっ……ぅ!」
目を焼く閃光、スパークが計器を狂わせる。機体が制御を失いかけるが、レオンは気力で姿勢を立て直し、プラズマブレードを突き刺すように振り下ろした。ガキンという金属音とともに、車両の砲身が根元から折れ曲がる。
続けざまに、ヴァルザードは右腕に切り替えたカスタムスナイパーライフルをすぐさま突きつけ、至近距離でトリガーを引いた。大口径の弾丸が内部構造を吹き飛ばし、車両の動力部を破壊する。黒煙が勢いよく噴き出し、やがて車体全体が嫌な金属音を立てながら止まった。
敵車両の駆動音が消え、周囲は砂塵と爆煙の幕に包まれる。しばらく警戒を解かずに待っていると、車両からパチパチと火花が散るだけで、もはや動く気配はない。
「ふう……どうにかやったか。」
レオンは肩で息をしながら、機体各部のダメージレポートを確認する。肩装甲に深いへこみ、脚部にも細かい亀裂が走っているが、緊急修理さえすれば問題なく動きそうだ。
彼はコクピット内で小さく舌打ちした。ほんの一台の自走砲タイプにここまで手こずるとは、相手の技術力が相当高い証拠だろう。もし量産されていたら、地上での脅威になりかねない。
敵車両を沈黙させたとはいえ、中に何があるかは分からない。人間のパイロットが乗っている可能性も否定できないし、捕らえられた民兵の仲間が囚われているかもしれない。そう考えたレオンは、もう一度地上に降りて直接確認することにした。
ヴァルザードを車両近くに待機させ、外部監視モードを強化。コクピットハッチが開き、レオンはライフルを携えた軽装備のまま砂地に降り立つ。ヘルメットのディスプレイに車両の赤外線反応などが映し出されるが、ほとんど熱源が感じられない。
(どうやら無人か、もしくはすでに内部が焼けているか――。)
車両は焦げくさい煙を上げながら停止している。すでに動力部分は破壊され、油や火花が混ざって不気味な音を立てていた。レオンは懐中電灯のように使える小型ライトを手に、車体側面の装甲の隙間を探す。
運良く、プラズマブレードで斬り裂いた辺りに大きな穴が開いており、そこから内部へ侵入できそうだ。内部構造は想像以上に複雑で、単純な自走砲というよりは小型ラボのような雰囲気を醸し出していた。
「……こりゃあ、まるで研究所をそのまま載せたような作りだな。あちこちに制御コンソールとケーブルがある。」
焼け焦げたパネルを蹴飛ばしながら奥へ進むと、閉鎖されているはずのドアが爆風で開放されており、そこから緊急用の通路へ繋がっている。慎重に銃口を先に向けて進むと、やがて奇妙な金属製カプセルが何基も並ぶ狭い区画に行き当たった。
そのうち数基は砲弾が突き抜けたかブレードで切断されたかで中身が散乱しているが、中には生体組織らしき塊が見える。血のようにも見える赤黒い液体が床に広がり、鼻をつく異様な臭いが漂う。
「人体実験……か? 冗談じゃねえ。」
思わず息を飲む。何らかの生物学的検体か、あるいは人間を改造しようとでもしていたのか。戦場で散見される極秘研究の一端が、こんな形で巡ってくるとはレオンも想定外だった。
さらに奥へ踏み込むと、監禁部屋のような設備があり、だがここも被弾のせいで内部が崩れ、積み重なった機器の下敷きになっている。人がいる気配はない。しかし、その隣の区画に、小さくうめき声のようなものが聞こえた。レオンは警戒を強めながら近づく。
「おい、誰かいるのか?」
足元の鉄板をどけると、そこには囚われていたのか、手枷をつけられた状態のまま倒れている人物がいた。かなり衰弱しているようで、顔色が悪く、服もボロボロだ。脇腹あたりに赤いシミが広がっているのが見える。
レオンは敵か味方かを判断する前に、まず手枷を撃ち抜いて外し、相手の意識を確認しようとする。相手はか細い声で呟いた。
「た、助けて……くれ……。あいつらが……無理やり、実験を……。」
「大丈夫だ。落ち着け、深呼吸しろ。」
レオンは自分の携帯救急キットを取り出し、止血パッドを当てて応急処置を試みる。手際は慣れていないが、それでも何もしないよりはマシだ。
しかし、ここで治療を続けるのは危険すぎる。いつまた火薬や燃料が引火して爆発するか分からないし、外部から増援が来るかもしれない。
「歩けるか? 外に俺のネクストがある。そこまで行けば安全だ。」
倒れている男は虚ろな目でレオンを見る。どうやら限界が近いらしい。それでも少しだけ首を縦に振った。レオンは腕を貸し、男を引きずるようにして破損した車体の出口へ向かう。
しかし、あと数メートルというところで、車両内部の奥深くから大きな爆発音が響いた。どうやら弾薬かエネルギー源に引火したらしい。白熱した炎が通路を舐め、天井を揺るがす。
「まずい……急げ!」
レオンは男を抱えるようにして強引に穴から抜け出し、地面へ倒れ込む。直後に大規模な爆発が起き、車両上部の金属板が弾け飛んだ。空には黒い煙と火の粉が舞い、猛烈な熱気が周囲を襲う。
辛うじて安全距離を保てたものの、衝撃波でレオンは数メートルも転がる。男も強打を受けて再び意識を失いかけている。
何とか体勢を整えたレオンは、咳き込みながら上半身を起こす。ヴァルザードが警戒するように武装を展開し、周囲を照らしているのが見える。
「ったく……ギリギリだ。まぁ、車両の中に用はもうないな。」
男の身体を引きずりながら、ヴァルザードの足元へ移動。エントランスハッチを開かせ、コクピット下のスペースに男を座らせる。酸素供給も行える簡易シートがあるので、最低限の応急処置はできる。
男は浅く呼吸しながら、かすれた声でつぶやいた。
「助けてくれて……感謝する。名前は……?」
「名乗るほどのもんじゃない。……レオン・ヴァイスナーだ。もう一度言うが、俺はただの傭兵だ。お前たちに用はない。」
そう応じたレオンの横顔には、どこか影が差しているように見えた。実験体とも思われる生々しいカプセル群、そしてこの男の深い傷――企業戦争の歪みがここまで露呈している事実に、彼は苛立ちすら感じている。
人は裏切る。だが、こうして目の前で苦しんでいる人間を、果たして見捨てていいものか。自問しながら、彼は機体のAIに呼びかける。
「AI、生命維持モードを起動してやってくれ。応急処置が終わったら、こいつを安全な場所まで連れていく。あの民兵どもも含めて、暫定的に保護が必要だろうな。」
『承知しました。付近には民兵グループが数名待機しているようです。負傷者は彼らの拠点へ移すのが得策かと。』
「……おせっかいが過ぎるかもしれんが、放っとけば死ぬだけだ。企業のゴミどもと違って、俺はそこまで腐っちゃいない。」
それからしばらくして、レオンは燃え上がる車両を尻目に近隣の安全地帯まで移動した。先ほどの民兵たちもビークルで応急治療を受け、何とか命を繋いでいる。幸いにも死者は増えずに済んだが、ここから先の回復には専門の医療設備が必要だ。
しかし、そのための資源や設備は地上には乏しく、民兵たちは苦悶の表情を浮かべる。そんな彼らを横目に、レオンは手持ちの端末を覗き込んでいた。車両内部で得たデータ断片をAIが再度解析し、興味深いファイル名を発見したのだ。
『ファイル名“Project_Artemis”、断片率60%。内容は人体実験、AI連携兵器のテストに関する記述と思われます。開発元企業の名は伏せられています。』
「Project_Artemis……か。どこかで聞いたような、聞いたことがないような。ともかく、こいつを誰かに売るにしても、まだ足りないな。さらに情報が必要だ。」
レオンは苦々しい表情で呟く。一方で、AIが新たな通信をキャッチしたことを通知する。どうやら、匿名の発信元からの連絡が来ているようだ。企業か、それともただの傭兵仲間か。
レオンは通信を開くと、低いノイズ混じりの音声が聞こえてきた。
「――聞こえるか。こちら、名を名乗るほどの立場じゃないが……情報を買いたい。お前が回収したデータが必要だ。詳しい交渉はコントラクターを通じて行うが、興味があるなら指定の座標まで来てほしい。」
唐突な通信に、レオンは警戒を緩めない。恐らく自分が車両から回収したデータの存在を嗅ぎつけた勢力がいるのだろう。
座標はさらに荒廃の進んだ北部の都市跡地。そこは長らく放棄されていると言われていたが、リース制のロボット工場や研究施設がいまだに残っているとの噂がある。
「……なるほどな。こっちの行動を見てたってわけか。まあいい。金になるなら会ってもいいが、罠かもしれんしな。」
彼は民兵をどうするか一瞬考えるが、結論としては「ここにいる限り安全とは言えないが、手助けはした。あとは本人らの意思次第だ」という判断を下す。民兵のリーダー格だった男も同じ意見で、「あんたが余計な干渉をする義理はない」と諦観気味に言っていた。
最低限の物資と医薬品を提供し、彼らの仲間を助けた男――あの瀕死だった人物――もなんとか意識を取り戻したが、深追いはできない。
そして、レオンはヴァルザードに搭乗すると、次の戦場へ向かうための準備を始める。指定された座標が何を意味するのか分からないが、どうせ企業の息がかかった存在だろう。
「さて、依頼が舞い込むってのは悪い話じゃない。“孤高のリンクス”は金を稼がなきゃ生きていけない。もっとも、これ以上わけの分からねえ戦闘を続けるつもりはないが……。」
ひとりごとを零しながらも、その瞳には次の戦いに備える光が宿っている。オーメルやローゼンタール、あるいは謎の新勢力――誰が裏で糸を引いているかは分からないが、レオンは自分のやり方で、必要な時には剣を振るい、情報を奪い、金を稼ぐ。それが孤独な傭兵としての生き方だ。
一方、その頃。オーメル・サイエンステクノロジーの基地――Part Bで描かれた大規模な混乱は徐々に収束し、イグナーツ・ファーレンハイトが新たな作戦を開始しようとしていた。
エリカ・ヴァイスナー率いるアームズ・フォート部隊も、地上へ降下する準備を整えつつある。彼女のフォート「ブラッドテンペスト」は前回の施設内戦闘で軽微な損傷を負ったが、整備班が徹夜作業で応急修理を完了させた。
「隊長、オーメル本部からの指令です。地上の一帯で謎の兵器が暴れているとの情報があり、可能なら撃破か回収をしてほしいと。」
副官のグレゴールが報告する。彼はタブレット端末に表示された作戦概要をエリカに見せる。
「どうやら、企業連合(リーグ)全体でも把握していない“試作自走砲”らしきものが複数確認されているようです。すでにいくつかの小勢力を襲撃し、死傷者を出しているとか。」
「試作自走砲……まさかオーメルの独自開発じゃないわよね。もしそうなら、わざわざ私たちに情報を回すとは思えない。別の企業か、あるいは完全な“違法研究”かも。」
エリカは苦い表情でそう言いながら、ブラッドテンペストのコクピットに乗り込む。周囲ではメカニックが最終チェックを行い、巨大なアームズ・フォートが格納されたプラットフォームがゆっくりと動き出す。
彼女の部隊は数機のフォートと多数の支援車両から成り立っており、地上への降下作戦を複数地点で同時に行う予定だ。エリカ自身は指揮支援型フォートで後方から全体をコントロールしつつ、必要に応じて前線へ出る。
「それから……父、“レオン・ヴァイスナー”がその付近で活動しているとの噂も入っています。」
グレゴールが言いづらそうに伝えると、エリカの目がわずかに揺れる。先日のオーメル内部で知らされた父の存在。それはまだ実感の伴わない事柄だが、胸の奥に小さなノイズを生じさせる。
「分かった。もし彼が現れたとしても、私は任務を最優先に遂行する。それがオーメルの意志……そして、私の決断でもあるわ。後手に回るつもりはない。」
彼女の口調は固いが、その奥底には微かな戸惑いが滲む。自分には血のつながった父親がいて、しかもネクストを操る天才パイロット。そんな情報を、どう受け止めればいいのか分からないまま、日々が過ぎているのだ。
しかし、今は企業戦争の只中。個人的な感情に浸っている暇などない。エリカは意を決して通信回線を開く。
「こちらエリカ・ヴァイスナー。全隊、降下手順を開始。アームズ・フォート“ブラッドテンペスト”、メインエンジン起動。……目標エリアは廃棄都市の北部に設定。謎の試作自走砲の確認と対処を行うわ。」
彼女の声が指揮系統の全チャンネルに響き渡り、整備兵や副官たちが一斉に動き始める。巨大なハッチが開かれ、クレイドルの下部に繋がる軌道が展開される。そこから地上へ降下するための大型リフトがエリカのフォートを乗せてゆっくりと降りていくのだ。
オーメルがこの作戦に全幅の信頼を寄せている証拠だろう――地上での戦いが次第に苛烈さを増していることを伺わせる。
「さあ、行くわよ。私たちがやるべきことは、地上の脅威を排除すること。……それが企業のため、あるいは人々のためになるかどうかは分からないけど。」
エリカは自分に言い聞かせるように言葉を吐き、深い息をつく。彼女には“親”を想う気持ちなど、まだ芽生えてはいない。ただ、自分が戦う理由を確かめたい――そう願う思いが胸に渦巻いていた。
荒野に出たレオンが目指すのは北方の廃棄都市。そこには何か秘密が眠り、また新たな依頼人が待っているらしい。ヴァルザードのブースターを低出力で維持しながら、彼は走り去る戦場の跡地を振り返る。爆発炎上する試作車両の残骸と、息も絶え絶えの人々――それが地上の日常であり、企業の“裏側”だ。
彼の通信端末には相変わらず匿名の呼び出しが残り、報酬条件までは提示されていない。しかし、こういった“闇取引”が結果として真実を暴く手掛かりになることもある。
「ま、そう遠くないうちに真相が見えてくるだろう。AI、機体の損傷箇所は最低限でいいから修復プロセスを進めてくれ。移動しながら頼む。」
『了解しました。左肩装甲の修復に重点を置きます。脚部フレームには小さな亀裂が多数ありますが、当面の運用には支障ありません。』
「助かる。それと、今後の戦闘が激化するなら、追加の弾薬がいるな……あとで補給ルートを探らねえとな。」
彼はぶつぶつと独りごちりながら、廃棄された高速道路の高架下を潜り抜ける。コンクリートの柱は崩落しかけ、遠くの空にはクレイドルの影が薄く漂う。かつて地上を捨てた人類の象徴が、今なお空から地上を見下ろしているかのようだ。
同じ空の下、エリカ・ヴァイスナーの部隊もまた、北部へ向かって降下を開始する。広域の監視網に映るネクストの活動があるとすれば、それを捕捉し、排除も辞さない構えだ。父かもしれないが、それは彼女にとって重要な問題ではない……はずだ。
そして、イグナーツ・ファーレンハイトはオーメルの支配領域を拡大すべく、ドラゴンベインやアポカリプス・ナイトといった“究極の兵器”を整え、時代遅れのネクストを完全に葬ろうと目論む。
あちこちで散発的に起こる戦闘は、やがて一つの大戦へと繋がる運命にあるのかもしれない。技術力の暴走、企業の陰謀、人間同士の争い――全てが絡み合って、地上を混沌へ引きずり込んでいく。
レオン・ヴァイスナーは謎の依頼を受け北方の廃棄都市へ向かい、そこにはさらなる試練と、思いも寄らぬ邂逅が待っているだろう。
一方、オーメル側ではエリカ・ヴァイスナーがアームズ・フォートを率いて地上へ降り、今度こそ“ネクスト不要論”を実践するための作戦を主導する。彼女が父との再会を果たすのか、それとも敵同士として相まみえるのかは、まだ誰にも分からない。
イグナーツ・ファーレンハイトの野心は留まるところを知らず、ユーリ・ノイマンのAI開発が進めば、地上のあらゆる戦闘はオーメルの完全管理下に置かれるかもしれない。だが、未確認の自律機体や試作兵器があちこちで暗躍し、人間を捕獲して実験に用いるなど、不穏な影がさらに広がっている。
――すべてが、この汚染された地上で交錯し始めている。
人は裏切り、機械もまた人の手を離れるときがある。そんな混乱の只中で、レオンは自分が捨てたはずの“人間らしさ”に再び向き合わざるを得なくなるかもしれない。
戦いはまだ始まったばかり。新たな戦場が、その先の物語を刻むために待ち構えているのだ。