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再観測:ゼーゲとネツァフ:Episode 12-2

Episode 12-2:新体制と新生活

 夕方が近づくと、廃墟の街は緩やかな静寂に包まれる。かつてのビル群が崩れ落ち、焦土に変わった地面の上には、雑草とも言えない小さな緑の芽がところどころ生い茂っている。爆撃痕の舗装道路はひび割れ、そこから粘り強く伸びる一筋の草が、まるでこの街の足掻きを象徴しているようだった。
 ただし、まったくの無秩序というわけではない。レナの散華による大きな犠牲と、ゼーゲが崩壊した衝撃を乗り越え、街の住民たちは自分たちなりの“新体制”を整えつつあった。かつての「反対派」と「懐疑派」、さらに最近はエリックのような外部から戻ってきた者も含め、協力体制を作りながら、ESPを活用して苦痛と情報を共有する仕組みを徐々に広げている。

 街の中心部ではドミニクを中心とする暫定的な指導部が生まれ、セラやカイ、研究者ミラなどが幹部や顧問的な立場で携わる形になった。食糧や医薬品、設備が不足しているのは変わらないが、「再生プロジェクト」で土壌を改良して農地を復活させようとしたり、倒壊した建物を改修して住まいを確保したりと、小さな成功と失敗を積み重ねている。そんな中、「真理探究の徒」が現れたことにより、街にはさらに複雑な空気が漂い始めた。

 夕暮れ時、仮設指揮所として使われている大きめのテントに、主要メンバーが集まっていた。ドミニクが中心に立ち、セラ、カイ、ミラなどが周囲に並ぶ。少し離れた所にはエリックも控え、会議の様子を見守っている。
 テーブルの上には地図や書類が散らばり、ランタンの柔らかい光に照らされていた。ここで街の運営方針や各地域の管理が日々話し合われている。

 ドミニクが低い声で切り出す。

「さて、まずは食糧事情だが、近隣の村との交易が徐々に再開している。エリックの協力もあり、多少の買い付けができそうだが、量は限られている。再生プロジェクトでの作物が実を結ぶまで、あとどれくらいかかる?」

 ミラが端末を見ながら渋い顔をする。

「正確には分かりません。苗の一部は順調に育っていますが、ネツァフ細胞の影響による土壌変動があるため、予想より遅れているかもしれないわ。あと1~2か月は必要かと……」

 ドミニクは苦い表情でうなずき、「それまでに飢えや病気で犠牲が出たら、レナの足掻きが無駄になる。何とか手立てを考えないとな」と呟く。セラは唇を引き結び、「どうにかならないの……? 私たちならもっと上手くできると思ってたけど……」と悲痛をこらえる。

 さらに会議は進み、ESPの管理担当者が最新の報告を行う。新体制で行う「痛みの共有」の仕組みが、徐々に街に浸透しつつあるというのだ。各区画には受信・送信の調整装置が置かれ、人々が負傷したり苦しんだりしたとき、即座に周囲が救助に駆けつける効率が上がっている。

 セラはその話を聞き、微笑んだ。

「それはいいニュースね。誰かが痛みを訴えれば、みんながそれを感じるから、自然と手助けに動く。足掻きの衝突も少しは減る……」

 しかし、同時に懐疑派の将校が声を上げる。

「反面、“自分の感情”がどこまで自分のものなのか分からなくなるという不満も増えているんだ。あの人が悲しいから私も悲しくなる。それが自分の悲しみか、相手の悲しみか分からない。そんなことを言う者も多い。まるで集団思考に流されるようで怖い、と……」

 カイは腕を組んで考え込む。

「ESPはまだ実験的システムだしね。でも、今すぐこれをやめるわけにもいかない。苦痛が緩和されている効果は大きいし、多くの人が助かってるのも事実だ」

 会議室に微かな沈黙が流れ、ドミニクが厳しい視線をテーブルに落とす。新体制のメリットとデメリットが交錯する中で、最良の道を探す難しさが皆の胸に重くのしかかる。

 そのころ、エリックは自分の家族を街に連れ来てから、仮設住宅で暮らし始めていた。街からの保護を受け、最低限の食糧と住まいを得る代わりに、防衛や農地作業を手伝っている。会議終了後、ドミニクに声をかけられ、エリックもそれに答える形で自分の見た新生活の現状を報告する。

「うちの妻は、ESPにはまだ抵抗があるみたいで……自分の苦しみを他人と共有するのが怖いと言ってる。だけど、子どもは逆に“みんなの心を感じられるのが面白い”と好奇心を見せていて……家の中でも意見が分かれてるよ」

 ドミニクは複雑な顔を隠さずに応じる。

「それが普通の感覚だろう。俺だって足掻きを否定するわけじゃないが、他人と痛みを共有しすぎるのは気持ち悪いと思ってる。……でも、生きるためには仕方ないんだろうな」

 エリックは薄く微笑む。

「何が正しいかは分からない。けど、こうして家族が死の恐怖から少しは救われてるのは確かだ。ESPがあるおかげで、もし誰かが倒れてもすぐ助けが来るし……ただ、それだけじゃ空腹や寒さは解決しないんだよね」

 ドミニクは頷き、軽く肩をすくめる。

「足掻きが終わるわけじゃない。苦痛を共有しても、物理的な欠乏はある。だから再生プロジェクトや農地の復興が重要なんだ。……だが、最近は真理探究の徒の連中が介入してきて、揉め事が増えそうだ。あいつらは独自の“新生活”を街の中に築こうとしてるからな」

 一方、真理探究の徒も街に根を下ろす形で新生活を始めている。街の外縁部にテントを張り、そこから少し離れた場所に簡易のラボや宿泊設備を造りつつある。そこで寝起きし、彼らなりの厳格な規律を守りながら日々を過ごしているのだ。

 彼らは空腹や苦痛をESPとは異なる形で捉えており、「個々人が自らの身体を超えた精神の次元に向かうべきだ」という教えを仲間内で共有している。世界の真理を求める研究者がいる一方、半ば宗教的にネツァフの残骸を崇拝する者もいて、街の住民から見ると不気味さは拭えない。

 ハベルや幹部クラスは、街側が決めたルールを表面上は守っているが、裏で勧誘や説法を繰り返し、「精神エネルギーの固定化」に興味を示す者を増やしている模様だ。これが街の新体制との二重構造を生みつつあり、少なからず対立を孕んでいた。

 ある日、街の中心部にある小さな広場で、ESPに賛同する市民が真理探究の徒のメンバーと口論になる事件が起きる。市民は「あなたたちの固定化だの研究だの、結局また人間を道具にするんじゃないか」「ネツァフの恐怖を思い出せ」と糾弾し、真理探究の徒のメンバーは「我々は痛みや死から解放する術を探っているんだ」「ESPだけが道じゃない」と反論する。

 その場は兵士が仲裁に入り、大きな暴力にはならなかったが、街の新体制への信頼を揺るがす出来事として住民に強い印象を与えた。セラとカイは報告を受けて駆けつけ、口論の双方をなだめようとするが、すでに興奮状態の市民と冷静な真理探究の徒の間には深い溝がある。

「どんな真理だろうと、私たちは自分の身体と心を大事にしたいんだ……ESPはみんなの痛みを分かち合うけど、あなたたちの固定化は魂を縛りつけるだけじゃないのか!」
 市民の叫びに、真理探究の徒の若き女性研究員が冷静に返す。

「魂を縛るわけじゃない。むしろ真なる自由を得る。死の恐怖や個の限界を超越できれば、足掻きですら永遠に……」

 セラは黙って二人の間に割って入り、「もうやめて……これ以上の言い争いは街を乱すだけ。あなたたちの考えは自由だけど、人を無理に誘わないで」と制止する。

 このままでは街の内部で分断が広がる恐れがある、とカイは感じていた。そこで、カイはドミニクやセラに提案する。「真理探究の徒とも、もう少し建設的な対話の場を作るべきじゃないか? 一方的に排除したら、彼らは地下に潜り、街を狙うかもしれないし……」
 ドミニクは渋い顔のまま、「あいつらと話し合って、本当にわかり合えるのか。リセット兵器に近いものを再興しようとする連中かもしれんぞ」と不安を吐く。
 セラは思案の末、カイに同意し、「少なくとも、堂々と議論する場を作ろう。私たちが守る街は“足掻く者を排除しない”のがモットーだし、彼らの意図を表で話してもらった方がいい」と支持する。

 結果、街として公式に「新体制下での公開フォーラム」を開催し、真理探究の徒を含む各勢力が参加して意見を交わす機会を設ける方向に話がまとまる。これは、レナが散華した後の街の方針として“誰も無視せず、話し合いを重んじる”という姿勢にも沿っている。

 フォーラムの準備が進む中、街には日常の営みが少しずつ戻りつつあった。ESPを導入した結果、負傷者のケアが迅速化し、特に医療面では回復が早まったという声もある。幼い子どもたちは、他人の痛みをある程度共有する感覚に慣れ始め、昔のように廃墟の合間でかくれんぼをする子もいる。

 農地では再生プロジェクトが試行錯誤を重ね、種や苗が徐々に育ってきた。実りまでには時間がかかるが、収穫できれば大きな前進となる。そこにはエリックが家族とともに参加していて、他の農家出身の市民と協力しながら土を耕している。妻がESPを敬遠するため、彼自身はまだ完全には足を踏み入れていないが、それでも街のために働こうという意欲を高めていた。

 しかし、新たな体制の下で暮らす市民の間には、心の葛藤が絶えない。「ESPで痛みを共有するのは助かるけど、自分の悲しみまで誤解されることがある」とか、「街が再生技術で豊かになるのは嬉しいが、それを狙う盗賊や真理探究の徒が怖い」など、恐怖や不満の声もくすぶっている。

 一方、真理探究の徒はテントを張って暮らすだけではなく、夜になると灯りを掲げて市民を招き、彼らなりの“説法”や“講義”を開き始める。「死を超えた救いとは何か」などのテーマを語り、ネツァフの残骸を例に挙げて“魂の定着”の可能性を暗示する。

 ある市民はその教えにすがるようになり、「もし固定化で家族の魂を救えるなら、もう苦しむ必要がなくなる……」と信じ始める者もいる。逆に、リセットの亡霊を感じて激昂し、彼らの集会を妨害する市民も現れる。夜の広場で小競り合いが起き、兵士が仲裁に入る場面が増えていく。

 セラはその現状に胸を痛めながらも、直接的な暴力にはならないよう調停に奔走する。カイは「フォーラムが始まるまで待とう」と粘り強く言い聞かせているが、真理探究の徒に対する嫌悪や興味は日ごとに増し、街は二極化の兆しを見せつつあった。

 ついに、「新体制下での公開フォーラム」が開催される日が訪れた。街の中心部に建てられた大きなテントの広場には、市民や兵士、研究者、そして真理探究の徒など多くの人々が集う。ドミニクやセラ、カイも壇上に立ち、運営を担う形だ。

 朝からテント周辺はざわめきが止まらず、各陣営が入り混じる。ESPにより痛みを共有している人々は、一斉に感情が高揚するような妙な連帯感を感じながらも、真理探究の徒を警戒する声も大きい。その中で、ハベルをはじめとする彼らの幹部も参加し、“精神エネルギーの固定化”や“ネツァフ死骸の活用”についての見解を示す予定になっている。

 フォーラムが始まり、司会を務めるセラがマイクを握る。前列にはドミニクやカイ、エリック、ミラなど街の主要メンバーが並び、後方には雑多な市民や興味本位の人々、真理探究の徒の信奉者が固まっている。

「みなさん、集まってくれてありがとう……私たちの街は、ゼーゲやレナの犠牲によって一時的な平和を手に入れ、再生プロジェクトやESPによる苦痛共有を進めてきました。しかし今、真理探究の徒という新たな勢力が街に加わり、“精神エネルギーの固定化”などの研究を提案しています。これが私たちの未来にどう影響するのか、ここで正直に意見を交わしましょう……」

 セラの声には、レナを失ってからの悲しみと、それでも前に進む意思が滲んでいる。多くの市民が神妙な面持ちで耳を傾け、ドミニクは腕を組みながら静かにうなずく。

 続いてドミニクがマイクを握る。彼の声は低く、渇いた響きを持つ。

「俺たちがESPを導入したのは、人々の苦しみを軽減し、足掻きを続ける助けとなるためだ。だが、ここにいる真理探究の徒は、さらに“固定化”によって死や肉体の限界からの解放を目指すらしい。……そんなものが本当に実現したらどうなる? リセットと同じように、個が失われるだけじゃないのか?」

 真理探究の徒の側に緊張が走るが、その場でハベルが頷きながら口を開く。

「懸念は分かる。だが、リセットとは目的が異なる。我々は“滅ぼす”ことではなく“留める”こと。個を失うのではなく、個を恒久的に保持して、苦痛から解放できる可能性があるのだ……」

 会場にざわめきが起き、ドミニクは苛立ちを隠さず舌打ちしそうになるが、ぐっとこらえて「俺はレナやゼーゲを見届けてきた立場として言う。身体があってこそ足掻きがあるんだ。お前らの言う“固定化”は、人が人でなくなる危険があると思う」と鋭く指摘する。

 ハベルは一歩前へ進み、理知的な微笑みをたたえる。彼の落ち着いた声がマイクを通じて響き、会場を包み込む。

「私は決して“足掻き”を否定していない。むしろ、足掻きこそ人類が進化する鍵だと考えているよ。だが、ESPや再生プロジェクトの先にある未来は、どこまで苦しみを緩和できるだろう? 肉体の死は避けられない限界がある。ならば、精神を保ったまま身体の死を超えられる術があったら……これ以上の救いはないだろう?」

 その言葉に、一部の市民が神妙な面持ちで聞き入り、ある者はうっとりと目を潤ませる。一方で、懐疑や警戒を強める人々もいて、小さく怒号のような声が上がる。

「そんなもの嘘っぱちだ! ネツァフと同じだ……人を兵器か家畜にするつもりか?」
「固定化なんて、魂を閉じ込める牢獄だ……!」

 ハベルは静かに笑んで両手を広げる。

「何かを否定するのは自由だ。しかし、君たちが足掻き続けても、死は免れない。レナを思うならこそ、彼女の意思をさらに継ぐ形はないのか? あのネツァフの死骸が真理を秘めている可能性がある……そう考えるのが、我々の新生活への挑戦だ。足掻きの先へ進むのか、ここで満足するのか……」

 耐えきれなくなったカイが口を挟む。「ハベルさん、あなたの言うことはまるでリセットと相反するようでいて、根本的には“人間を超えよう”という欲求に思えます。ESPがある今でも、痛みや死を完全に消す術など見つかっていない。でも、それが希望というなら……僕らに協力してくれるの?」

 ハベルは頷き、「もちろん。物資支援や学術的な知見、我々が持つネットワークを活かして街を助ける意志はある。ただし、ネツァフの死骸から抽出されるデータや、ESPの運用についても我々に権限を認めてほしい。そこが互恵関係の肝だろう」と切り返す。

 会場には再び動揺が走る。セラがマイクを握り直し、視線を高ぶらせるように言葉を選ぶ。

「あなたたちの研究で本当に誰も傷つかない保証はあるの? ネツァフがリセットに使われたように、また人を“固定化”する技術が兵器化されないとは……」

 ハベルは肩をすくめ、隠しきれない自信を帯びた笑みを浮かべる。

「兵器化されない保証など、この世にどこにも存在しない。ESPだっていつか支配ツールになる可能性がある。大事なのは、我々がここで“意志を持ち合い、監視し合い、共に真理を追究する”関係を築けるか否か……」

 真理探究の徒への拒否感を強める市民がいる一方、ある程度の賛同を示す者も出始める。理由はさまざまだ。「肉体が死んでも魂が残るなら家族を失わずに済むかも」「病気や老いを超えられるなら素晴らしい」など、現実の苦悩を逃れたい人々の思いが集まっているのだ。
 セラはそんな声があちこちから聞こえるのを感じ、胸が痛む。足掻きや再生プロジェクトがまだ十分な成果を出していないからこそ、真理探究の徒の“固定化”が幻想的な希望として映ってしまう。しかし、それを許せば、またリセットと同じような悲劇が起きるのでは……と恐怖がこみ上げる。

 議論は白熱するが、最終的に街の新体制としては「真理探究の徒の研究を無条件には認めない。研究や技術の成果を街に共有し、兵器化しない保証を含め、改めて協議を続ける」という結論で一旦打ち切られる。具体的な合意は得られず、ハベルたちも「協力は継続するが、我々も理想を捨てるわけにはいかない」と述べ、当面の落としどころが曖昧なままフォーラムは幕を下ろす。

 会場を出る人々の表情はさまざまだ。懸念を強める者、微かな期待を抱く者、どちらでもない傍観者……街にはまた新たな“波紋”が広がり始めた。
 セラはステージ裏で息をつき、カイに目を向ける。「これからどうなるんだろう……。でも、レナさんが残した足掻きの火は消さない。私たちが見張り続けるしかないね」と決意を込めて言う。カイは静かに頷く。

 フォーラムを終え、街はさらに複雑な“新生活”へと進み出す。ESPが市民の苦痛を部分的に緩和しながら生活を助ける一方で、真理探究の徒が街での存在感を増していく。彼らは周辺地域から物資を運び込み、実際に困窮者を支援している姿勢も見せる。
 ある市民はこう口にする。「あの人たちは不気味だが、米や薬品を分けてくれる……。正直、街のリーダーたちが用意してくれる以上に助かるよ」と。
 セラはそうした声を聞くたびに胸が痛む。再生プロジェクトがまだ十分に回っていない現状で、真理探究の徒の支援が住民の好感を得始めるのは当然といえよう。

 カイはファイルをチェックしながら、懐疑派兵に指示を出す。「彼らの支援には感謝しつつも、動向を監視し続けて。ネツァフの死骸や農地への無断立ち入りを許さないようにお願いします」
 兵士は頷き、厳戒態勢を維持する。街には相反する思惑が交差し、新体制はまだ不安定な均衡を保っているだけだ。

 夜が深まり、街の中心部にある壊れた教会跡地で、セラとドミニクが言葉なく向き合う場面がある。そこにはレナを偲ぶ仮の祭壇のようなものが作られ、花も乏しいながら供えてある。今やゼーゲも散華し、この街で生き続ける者たちが、そこに小さな灯を燈して祈っているのだ。
 セラは祭壇の前に膝をつき、手を合わせる。ドミニクは傷ついた体を押して隣に立ち、目を伏せる。しばしの沈黙ののち、ドミニクがぽつりと呟く。

「レナは真理探究なんて鼻で笑いそうだ。足掻きこそ生の証だと言ってたからな……。だけどあいつはいなくなっちまった。街を守る立場の俺たちが、どう動くか……」

 セラは悲しげに微笑む。

「レナさんは人々の足掻きを最後まで信じてくれた。その魂はきっとどこかで私たちを見守ってる……。私たちが街を守り、一人でも多くが幸せに生きられる世界を作るのが、レナさんへの供養になると思ってる」

 ドミニクは力なく笑い、肩をすくめる。

「そうだな……。俺はあいつの欠片も受け継げてるのか分からんが、守るべきものを守るしかない。真理探究の徒のせいで街が崩壊したら、レナどころかセラやカイも助からないからな……」

 一方、エリックは家族との生活を営みながら農地や守備の任務を手伝い、街への貢献を果たそうと努めている。ESPに馴染めない妻との間で意見が食い違うこともあるが、徐々に生活基盤が整う中、街の人々からは「あのリセットを拒んだ男が、今度は街を守るために頑張ってる」と半ば賞賛や期待を抱かれ始めていた。
 しかし、エリック自身には葛藤があり、「自分がスイッチを押さなかった結果が今の混沌かもしれない」といまだに自責を抱える。ある晩、彼はセラを訪ね、静かに漏らす。

「……俺たち家族を受け入れてくれてありがとう。だけど、まだ俺の中には『あのとき押していたら、今よりマシだったんじゃないか』って考えが消えなくて……」

 セラは首を振り、彼の手をそっと握る。

「そんなことないよ。あなたが拒んでくれたから、世界はゼロにはならず、こうして足掻きの道を選べた。大切な人を失った悲しみはあるけど、まだ世界は続いてる。……それが私たちの新生活よ」

 エリックは少し潤んだ瞳で苦笑し、うつむく。「セラ、ありがとう……俺も街の一員として、真理探究の徒が何をしようと、子どもを守り抜いてみせる」

真理探究の徒の出現に伴い、街はより複雑な情勢となり、新体制と呼ばれる仕組みがまだ揺れ動いている。ESPによる苦痛の共有は人々を支えつつも、個人や自由への懸念を生み、ネツァフ由来の再生技術は進展する一方で、さらなる脅威をもたらす可能性も否めない。
 セラやカイ、ドミニク、そしてエリックらがそれぞれの立場で奮闘し、新生活の基盤を築こうとしているが、真理探究の徒が示す「精神エネルギー固定化」への誘惑や、彼らの組織が持つ未知の力はどこまで街を飲み込むのか。再生の道を歩む街は、足掻きの先で新たな光を掴むのか、それとも再び争いの渦に呑まれるのか……。

 夜の闇が街に降り、あちこちで淡いランタンが灯されている。ESPによる繋がりが、人々の心を優しく緩やかに結んでいるが、その背後には真理探究の徒が差し出す“もう一つの救済”が静かに息づいている。
 「レナの散華」から立ち上がる街の者たちは、まだ迷いと希望の狭間で足掻き続ける。“新体制”とは、希望を実らせる温床なのか、それとも新たな災厄への序章なのか。
 ――そして、この足掻きの行方は、次なる大きな転機へと繋がっていく。次回、街と真理探究の徒、あるいは未知の軍勢〈ヴァルハラ〉との関わりが、さらなる波乱を引き起こすことになるかもしれない。どんな結末が待ち受けるのか、未だ暗雲は立ち込めたままである。

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