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ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP10-2
EP10-2:エリカの人海戦術
夕闇がまだ薄く残るオーメル本社の区画。そこでは深夜から続く厳戒体制が敷かれ、廊下や司令部のモニターには「ローゼンタールのテロ行為を断罪すべし」という煽動的なプロパガンダ映像が流れていた。実際にはイグナーツ・ファーレンハイトの仕組んだドラゴンベイン暴走事件であることを、企業の大半は知るよしもない。むしろ、情報操作によって「ローゼンタールこそ裏切り者」という空気が作られ、いまや怒りと警戒が高まっている。
そんな企業の中心部にある軍事司令室。その一隅で、エリカ・ヴァイスナーは細めた瞳をバイザースクリーンに向け、複数の戦場データを解析していた。ローゼンタールとラインアークの連合軍が、暴走したドラゴンベインを鎮圧しようとしている。その情報がクレイドルにも届いているが、イグナーツはあえて何も指示を出していない。
彼女は焦燥感を噛み殺しながら、自分の部下となる特殊部隊や残存兵士たちをどう動かすか思案していた。本来ならイグナーツに従い、ローゼンタール討伐へ向かうべき地位にある。だが、エリカはもう内部から彼に反逆する決意を固めているのだ。
「……父さんたちが、あの地上で決死の戦いをしているんだ。私だって、ここでただ指をくわえて見ていられない」
小さく、誰にも聞こえないように独りごちる。その声に気づいた側近の副官が一瞬首を傾げたが、エリカは何も言わずに端末を操作した。イグナーツの命令系統を掻い潜る形で自軍を動かすには、それなりの根回しが必要だ。
まばゆいスクリーンに並ぶユニット表——オーメルの兵士やAC(アーマードコア)部隊、そして残留傭兵のリストが表示されている。エリカは少し前から密かに「局地戦力」という名目で彼らを自身の指揮下に集めはじめていた。イグナーツの支配が徹底するほどに、上層部も忙殺されているのか、細部までは目が届いていないようだ。
「副官、あの部隊は用意できそう?」
「はい、エリカ様。第五混成小隊と第七歩兵大隊、それに空中支援ドローン二十機ほど。とはいえ、AI制御のアレス量産機などイグナーツ派に押さえられているので、こちらの兵力は旧式装備が中心です」
「十分よ。それがあれば“人海戦術”を使うだけの量になる。……イグナーツに正面から挑むには力不足だけど、地上へ降ろせばローゼンタールの助けになるかもしれない」
エリカは硬い調子で言いきり、副官が目を丸くする。「ですが、イグナーツの監視が……わたしたちが勝手に地上へ兵を送れば、あなたも危険に晒されます」
「分かってる。でも、ローゼンタールを潰そうとしてるのはイグナーツだけじゃないわ。このままでは“人間の意志”を信じる私たちが根こそぎ排除される。だったら、今動くしかない」
切迫した面持ちのまま、エリカは端末のキーを素早く操作し、部隊の移動プランを画面に打ち込んでいく。リストには「隠密降下」と明記され、場所はシェルター化された市街地の端。ちょうどローゼンタールとラインアークが戦っている一帯から少し外れた場所だった。
「わたしは、少なくとも父さんたちを見殺しにはしない。もしこんな企業の論理で家族を奪われるなら、オーメルを内部から壊してでも構わないわ。分かってくれる?」
その問いかけに、副官は複雑な表情を浮かべながら深く頭を下げる。「……あなたについていきます。エリカ様の覚悟があればこそ、わたしたちにも戦う理由があります。イグナーツのAI制御を黙って受け入れるつもりはありません」
「ありがとう、あなたのような仲間がいるなら心強い。企業を内部から変えるのは難しいかもしれないけれど、少しでも時間を稼ぎたい。……わたしの部隊を動かすときが来たわ」
そう言うとエリカは、作戦書類を閉じて勢いよく席を立つ。司令室の奥にはイグナーツ派の将校もいるが、ここはエリカにとっての“局地指揮領域”となっており、彼らの目が及びにくい。それでも長くは誤魔化せないだろう。
“人海戦術”——エリカがあえて選んだのは、旧式の歩兵大隊や古いACを大量に地上へ投入し、ドラゴンベインやアレス量産機を足止めするという荒業だ。完璧に統制されたAI部隊に対抗するには無謀かもしれないが、戦場を混沌に導くことができれば、隙が生まれる。そこにローゼンタールやラインアークが付け込めるはずだ。
「わたしの兵を全員、シャトルへ乗せて。隠密降下ルートは第三ハッチ……内部記録はわたしが改竄しておく。やるなら今よ」
エリカの声が凛として響く。副官や準備をしていた兵士たちが大きく頷き、通路を急ぎ足で移動する。ヘルメットを被る者、武器を携える者、それぞれがこの奇襲的な作戦に同意しているらしい。
「エリカ様、本当に大丈夫ですか? もし失敗すれば、オーメル内部であなたは反逆者扱いされ……」
部下の一人が意を決して尋ねる。するとエリカは少しだけ笑ってみせる。「構わない。わたしがなりふり構わず父さんたちを救いに行くのは、もう決めたこと。人がAIに従属する世の中なんて見たくないの」
その表情には凛々しさと、一抹の不安が混じっている。だが、娘として、そしてかつてローゼンタールの“軍事エース”だった彼女は、この選択以外に道がないと覚悟していた。
降下シャトルのハッチがゆっくり開き、数百の兵士や旧式装甲車、旧型ACがぎしぎしと音を立てて載せられていく。イグナーツの監視が厳しいクレイドル内では、この規模の部隊を動かすなど本来許されないはず。だが、エリカは自らの権限をかき集め、“局所制圧任務”という名目で出撃命令を出した。
「エリカ様、積載確認完了。ですがアレス量産機やドラゴンベインには対抗しきれない可能性が高いかと……」
副官が不安げに報告するのを、エリカは静かな目で受け止める。「充分よ。手持ちの戦力がこれしかないのは分かってる。でも、わたしは一人でも多くの味方を地上に送り込みたい。戦場のどこかで父さんやオフェリア、ローゼンタールの皆が苦戦してるのなら、そこへ辿り着いて援護するの」
彼女が語る言葉に、兵士たちは頭を垂れて決意を固める。イグナーツのAI制御には数の暴力すら無駄だと言われるが、人は人、AIはAI。エリカはあえて人海戦術を信じている。大量の歩兵がゲリラ的にビルや地形を利用すれば、AIが想定する“最適解”を崩せるかもしれないからだ。
「オーメルも大きい企業だとはいえ、すべてがイグナーツに加担してるわけじゃない。私がこれだけの兵を借り出せたのが証拠よ」
シャトルのランプが点灯し、ゆっくりと格納ベイが閉じる。冷たい金属の扉が兵士たちを飲み込み、後は打ち上げ準備——もとい、降下準備が始まる。エリカも最後に乗り込むところで、通信端末に目を落とす。
そこには数十分前に届いたレオンたちの戦況報告が簡潔に映し出されている。ドラゴンベインとアレス量産機に苦戦しているが、ローゼンタールとラインアークの共闘で何とか持ちこたえているらしい。彼らが支えてくれる間に、エリカの部隊が横合いから援護できれば、イグナーツの読みを外す形で戦場を混乱にできるはずだ。
「父さん……エリカ、来たぞって驚くかしら。私だってあのときの少女じゃない。ローゼンタールの教えと、オーメルの軍事教育は伊達じゃないわ」
自分に言い聞かせるように呟き、シャトルのランプが緑に変わるのを確認すると、エリカはタラップを上がってハッチを閉じる。シートに腰掛け、肩の装甲を締め直す。兵士たちもざわめきながら黙々と準備を続けている。
こうして、五百を超える歩兵と旧式装甲車、そして十数機のACが“オーメル内部からの脱出”を敢行した。これがイグナーツに対する最大規模の裏切り行為となるのは間違いないが、エリカは覚悟のうえで人海戦術を展開する。自分の命も、地位もすべて捨てる覚悟で……家族を守りたいという一心だ。
「発進準備よし、エリカ様。カウントダウン開始……!」
副官が叫ぶように報告し、シャトルのメインエンジンが低く唸った。計器が振動を示し、外部ゲートが開く。冷たい風がハッチの隙間を吹き抜け、兵士の表情が引き締まる。彼らは“人間”として戦う意義を失っていない。それこそがエリカの誇りだった。
「行くわよ……すべては明日の朝焼けを、父さんやみんなと共に見るために」
シャトルが加速し、クレイドルの下層部から降下ルートに乗る。短い落下のあと、操縦士が横方向へ機体を振り、雲間を切り裂いて地上へ向かうルートを取っていく。オーメルの監視を欺くため、レーダーに映りにくい高度とタイミングを狙ったのだ。
むろんリスクは大きい。迎撃を受ければ対空火器で撃墜されかねない。だが、ここで立ち止まれば、エリカが目指すもの——家族の再会や人間の意志を守る未来——は永遠に失われるかもしれない。それだけは絶対に受け入れられないのだ。
「副官、みんなに言っといて。地上へ降りたら、すぐ撤退ルートと救援ルートを確保。私は……混乱させるために先陣を切る。ドラゴンベインやアレス量産機がわんさかいても、ちょっとくらい揺さぶれるわ」
副官は緊張で顔をこわばらせながらも、大きく頷いた。「了解です。私たちはエリカ様の人海戦術を支援し、できる限り戦場を混乱へ導きます。これでローゼンタールが動きやすくなるなら……賭ける価値はある」
「そうよ。これはもう……“オーメル”の戦いじゃない。私の、家族を守る戦いだもの」
エリカの瞳は確かな決意と熱を宿している。幼き頃に知らなかった父親への憎悪や、企業への信頼感の崩壊。それが根底で彼女を苦しめてきたが、今はその名残を力に変えている。
人海戦術など“AIの論理”から見れば旧時代の産物かもしれない。けれども彼女は信じていた。人が力を合わせれば、無機質な制御を超えられると。たとえ負け戦に見えても、実際に行動しなければ勝機はゼロだ。
その頃、地上の戦場ではローゼンタールとラインアークが共闘してドラゴンベインを抑え込みつつあった。市街地の一部は焼け落ちているが、多くの市民が救出され、アレス量産機の猛攻も徐々に封じられている。
リュミエールを操るレオンは荒い息でコクピットに凭れ、パネルを睨んだ。機体あちこちに傷が増え、警告ランプが点滅している。だが、まだ戦える。少なくとも、街を焼き尽くしたドラゴンベインがあと数機になったのは確かな成果だった。
「はあ……はあ……まだ残ってる奴を片付けないと。オフェリア、状況は?」
「アレスの残余をこっちで引き受けてる。一部が撤退を始めてるけど、何か嫌な予感がするわ。まるで……後退して再結集するような動き」
オフェリアは人型ネクストで走り回りながら電子戦に集中しているが、敵が既定ルートで整然と下がっている様子が見え、毒々しさを感じていた。無人AI制御下のアレスたちが撤退するというのは、明らかに何かを狙っている。
すると、ラインアークから警戒の通信が届いた。「こちらラインアークのフィオナ! イグナーツ派のメイン艦隊が接近中との情報があります。大規模なAI制御ネクストとフォートが一斉に展開しそうです」
「なんだって……もう第2波かよ」
レオンは顔をしかめる。身体は限界に近いが、ここで引けばオーメルの思うつぼだ。ローゼンタールもラインアークも、完全管理戦争を認めるわけにはいかないのだから。
しかし、そのとき意外な報が舞い込んだ。オフェリアが驚きの声を上げる。
「レオン、オーメル本社から“未識別の大部隊”が降下しているって情報が入った。ローゼンタールには属してない勢力が市街地南側で展開してると……人間の歩兵や旧式装甲車が大量に目撃されたって!」
「は? そんな部隊が今さら参戦するのか? 何者だ」
「分からない。でも、“エリカ・ヴァイスナー”の名前がチラッと聞こえた。彼女が兵を連れて地上へ降りてきた可能性があるわ」
思わずレオンは息を呑む。エリカが……オーメル内部で動けずにいたはずの娘が、この地獄のような戦場に“人海戦術”を展開しに来たというのか。
すると、実際に地図上の一角に大きな反応が増え始め、ドラゴンベインやアレスの一部がそちらへ向かっている痕跡が観測される。無数の赤いマーカーが、人間の歩兵や装甲車に接近し始める様子だ。
「ええい、何という無茶を……エリカ……!」
雷鳴のように胸を揺さぶる動揺が、レオンを焦らせる。旧式装備でAIのフォートやネクストを相手にするなど狂気に近い。それでもエリカは、ローゼンタールやラインアークを助けるため、大量の歩兵を地上に送り込んだのだ。
オフェリアが必死に通信ラインを探り、かすかなノイズ混じりの音を拾う。「……こちらエリカ・ヴァイスナー! 聞こえるなら応答を……父さん……助けに来た」
その声を認識したとき、レオンは力が抜けそうな安堵と激しい動揺を感じた。「エリカ……! 馬鹿野郎、そんな旧式兵器で何を……お前、死ぬぞっ!」
「何言ってるのよ……! 私はオーメルの内部から、あなたたちと同じ思想を持つ兵たちを集めた。AI制御に支配される未来なんて認めない。大勢いるから、一部はドラゴンベインを足止めできる! わたしも母さんとローゼンタールを見捨てたくないの!」
ノイズの向こうから彼女の声が響く。背後で銃声や爆発音が混じり、人々の怒号が飛び交っている。どうやらすでにアレス量産機との戦闘が始まっているらしい。
「エリカ、無茶すんな! 今そっちはどうなってる? 正直、AI相手に歩兵戦は危険すぎる」
「知ってるわ。でも人数で混乱を起こせるかもしれない。AIは確かに完璧な動きができるけど、人間の予測不能な動きが集まれば……やれるはず!」
エリカが息を乱しながら叫ぶ。オーメルに育てられた過去を捨て、いまは父や母と同じ道を歩む。そう決めたからこそ、彼女はこの人海戦術を行うのだ。大量の歩兵と旧式ACでビルの陰に隠れ、ゲリラ的に砲撃や攪乱を仕掛ければAIも対応が遅れるという考え。
通信は雑音だらけで途切れがちだが、レオンは歯を食いしばる。
「分かった……必ず助けに行く。お前も死ぬなよ。俺がドラゴンベインやアレスを潰してやる」
「ええ、待ってる……父さん」
そう言ってエリカの声は通信が切れた。周波数が乱れ、再び戦場の喧噪だけが耳をつんざく。リュミエールのコクピットでレオンは激しい息を吐き、「オフェリア、エリカの位置を割り出せるか。そっちへ向かう」と即断する。
「分かった、センサーを拡張して探してみる。ローゼンタールのフォート隊がまだドラゴンベインと交戦中だけど、こちらはラインアークと連携して抑えられるはず。あなたはエリカを救いにいくのね?」
「ああ。あいつの部隊が全滅する前に、何とかしてやらないと……」
オフェリアはAIとして行動ロジックを瞬時に組み立て、「分かった、わたしも随行するわ。人海戦術でAIを翻弄できるとはいえ、アレスの猛攻をまともに受ければひとたまりもないもの」と答える。
かくしてリュミエールは再びブースターを全開にし、高層ビルの残骸を飛び越えながら、エリカがいるとされる南地区へ急行を始めた。街の一部にはまだ炎が残り、地面には残骸や瓦礫が散乱しているが、彼らに迷っている時間はない。
空を振り返れば、複数のホワイトグリントがドラゴンベインを包囲し、アームズ・フォートも砲撃の嵐を放っている。まさに“AI対人間”の大規模戦争が各所で展開され、激流のなかをレオンたちは突き進む。
これがイグナーツの思惑だろうか。各勢力を散り散りに攻撃させ、バラバラの思考で疲弊させる。しかし、エリカが命を賭して人海戦術を選択した以上、レオンはその思惑を逆手に取るように合流し、AI部隊を各個撃破するつもりだ。
「……待ってろよ、エリカ。馬鹿娘だけど、そういう血は俺に似たかもしれないな」
独り言に、小さな微笑を含ませながらリュミエールの加速をさらに上げる。視界の端では、オフェリアの人型ネクストが地面を低く疾走し、近づくアレスに牽制射撃を加えつつ、ハッキングを試みている様子が映る。
吹き荒れる炎と炸裂音、舞い上がる灰色の煙。まさに“最終決戦”が始まった感がある。だが、そこでエリカが選んだのは“人の力”を信じる策だった。旧式装甲や歩兵ならAIに圧倒されて普通だが、多勢が不規則に動けばAIの演算を越える乱数になるかもしれない。その賭けが成功すれば、イグナーツが構築したAI支配を揺るがせる——エリカはそう考えていたのだ。
—
数分後、レオンが市街南端の開けたエリアへ出ると、そこには混沌とした地獄絵図が広がっていた。倒壊したビルの合間で、旧式ACが必死の射撃を行い、人間の歩兵がゲリラ的にAIネクストの足元を攻撃している。そのAIネクストは無数のアレス量産機の一部で、チームを組んで歩兵を一網打尽にしようとしている。
「くそ……予想以上に数が多い! これじゃエリカの部隊が……」
足場を踏みしめ、リュミエールが踏み込む。市街戦に不慣れなAIネクストたちを背後から襲う形となり、電撃的にプラズマブレードを振り下ろす。金属質の爆音とともにアレスの脚部が粉砕され、そのまま倒れ込む機体へ背部火器を撃ち込んで止めを刺す。
周囲では歩兵たちがそれを見つけ、「ネクスト……助かった!」と声を上げるが、すぐに別のアレスが青い閃光を走らせて反撃を仕掛ける。人間の歩兵は散り散りに退避し、旧式ACの援護もすぐには届かない。
「リュミエール、行くぞ……落ち着け、もう一機!」
レオンが深呼吸しつつスラスターで急加速し、青いアレスと一瞬の近接戦を交わす。ビームブレードがリュミエールの胸部を掠めるが、彼は紙一重で回避し、逆に右腕のプラズマ刃を横薙ぎに叩き込む。ガガンと衝撃が走り、アレスの装甲が裂ける。
「お前らAIがどれだけ完全制御でも……人間には予測不能な動きがあるんだよっ!」
吠えるように叫び、限界近い出力を出す。アレスの頭部を粉砕し、制御ユニットを破壊する。周囲で歓声を上げる歩兵たちに囲まれ、レオンは慌てて警戒を促す。
「まだ油断するな! 散開して構えてろ。いつまた違うAIが来るか分からない!」
「り、了解です! あなたがリーダーの娘さんの……父上? エリカ様の父上なんですか!」
「後で話す。それより、まず生き延びろっ!」
息を切らしながら、レオンは辺りを一瞥する。多くの装甲兵が瓦礫を盾にしてアレスと互角に近い戦いを演じている。まさに人海戦術——数百人の歩兵が散らばり、不規則に動いて射撃を繰り返すことで、AIの優位を崩しているようにも見える。
だが、それでも被害は甚大だ。ここもあそこも倒れた兵士が血を流し、旧式ACの山積みの残骸が目に入る。その地獄の只中、ビルの倒壊現場から威厳ある声が聞こえた。
「踏ん張って……まだいけるわ! 散らばれ、分隊ごとに袋叩きを狙うの! ネクストは単独最強だが、人の数で乱せば隙は作れる!」
エリカ・ヴァイスナーの声だ。レオンは振り返り、その姿を視界に捉える。腰まである茶色い髪をまとめ、オーメル軍の軽装アーマーを着込んだエリカが、ボロボロのアサルトライフルを片手に堂々と立っている。周囲の瓦礫を乗り越えながら号令をかける姿は、戦場の指揮官そのものだ。
「エリカ……っ」
レオンが呆然と呟く。彼女の肩や頬には血や埃の汚れが付着し、まさに死線をくぐってきた証がにじんでいる。それでも凛々しい表情を崩さず、仲間を指揮している。
「こっちへ向かってるAI機、一機だわ。分散して動き回って! ネクストだからって萎縮しないで、人数で追い詰めるのよ!」
兵士たちが応じ、四方に散ってアレスを追い込む。各所で手榴弾や火炎瓶が投げ込まれ、旧式ACが盾となりながら射撃を行い、AIネクストの動きを止めようとする。その一方で、アレスがビームブレードを振りかざせば数名が一瞬で昏倒する危険があるが、あえて人海戦術で封じ込めるのだ。
そこへレオンがスラスターで割り込み、「危ない、あんたら下がれ!」と警告する。リュミエールが一撃でアレスを退けると、その破壊力に歩兵たちは目を見張る。シンクロするように、エリカが大声を張り上げた。
「父さん! 間に合ったのね!」
エリカは瓦礫を乗り越え、レオンの近くへ駆け寄ろうとする。しかし、その瞬間、別方向からアレス二機が曲線を描いて突撃してきた。ビルの間を縫いながら一気に反転し、エリカの部隊を狙っている。
「エリカ、下がれっ!」
レオンはとっさにリュミエールを動かし、ブーストジャンプでエリカの前に立ちふさがる。ビーム射撃が彼の機体を叩き、肩部装甲が裂けるほどの衝撃が来るが、踏みとどまって攻撃を受け止める。プラズマブレードを横合いに繰り出し、アレスの片脚を吹き飛ばすことに成功したが、もう一機が上空に旋回している。
「く、くそ……もう一機が上から!」
下方に留まるエリカへ攻撃が来れば大惨事。そんな思考が一瞬によぎったとき、上方から金色の火線がアレスを打ち抜いた。援護射撃の主は旧式ACらしき機体のパイロットか、あるいはオフェリアが操作する電子戦装備かは分からないが、とにかくアレスの動きが鈍った一瞬を見逃さず、レオンが駆け寄りブレードを突き立てる。
「あああっ……!」
激しい力感が腕部に伝わり、アレスのコアを真っ二つにする。轟音とともに装甲が弾け、火花と粉塵が宙を舞う。ネクスト同士の戦闘による衝撃波が周囲を薙ぎ、エリカの部下が慌てて伏せる。
アレスが大きく沈んでいくのを見届けると、レオンは息を荒げながらエリカを振り返る。「大丈夫か、エリカ!」
「ええ……ありがとう、父さん。私なら平気よ」
エリカは多少の擦り傷こそあれ、後方の瓦礫を足場にバランスを取り、あくまでも冷静だ。二人がこうして戦場で肩を並べるのは、ある意味で初めてのことだ。以前は敵同士でネクストを向け合ったが、いまは同じ目標——イグナーツへの抵抗を共有している。
「お前、馬鹿だろ……こんな危険な場所に大量の歩兵と旧ACを連れてくるなんて」
レオンは思わず怒るように声をかけるが、エリカは表情を崩さず、「人間の力を甘く見ないで」ときっぱり返す。
「父さんたちがAI戦争に挑むなら、私だって人間の意思を捨てたくない。大勢の仲間が私に賛同してくれた。イグナーツが作った統制システムなんてクソ喰らえよ」
その言葉に、レオンは苦笑まじりにやれやれと頭を振る。「本当に俺に似たんだな……ああ、分かったよ。もう説教は後だ。助かったぞ」
二人の視線が交わり、ほんの一瞬の静寂が生まれる。父娘として、今度こそ同じ戦線に立ち、命をかけてAIに挑む。そこに複雑な感情はあれど、いまはただ共闘の事実が心を強くしていた。
その束の間、街の外れから新たな爆音が響く。ドラゴンベインがまだ一機残っているのか、それともアレスが再結集したのか。あちこちで火の手が再び上がり、ラインアークやローゼンタールの友軍が悲鳴を上げている。
「いまはまだ終わらないわ」
エリカが銃を握り直して奥の路地を睨む。人海戦術の兵たちが一斉に散開し、装甲車が警戒体制を敷く。レオンはリュミエールの損傷をチェックしながら、小さく呟いた。
「お前の部隊を守る。市民の避難が終わるまで時間を稼ぐぞ。幸いローゼンタール本隊が北から押し上げてきてるし、ラインアークも空から援護を続けてる。ここを凌げばイグナーツの戦略も狂うはずだ」
「ええ、信じてるわ。父さんとわたし、オフェリアや母さんが組めば……人間の意志は捨てられないってことを、あの男に思い知らせるの」
そう言い放つエリカの瞳には厳しく燃える光があった。家族の絆を胸に、人海戦術によるゲリラ戦でAIネクストの優位を崩す。それがどれほど危険な賭けでも、いまの彼女は迷わない。
周囲には兵士たちが無線で連絡を取り合い、旧式ACが瓦礫を踏みしめて前に進む音が響く。遠方からはアームズ・フォートの咆哮とミサイル爆発が重なり合い、激しい戦火が空を焼いている。まさに“AI対人間”の大戦争が本格化し、夜明け前の世界に血と炎と硝煙を刻んでいく。
だが、エリカは仲間とともに力を合わせると信じていた。イグナーツの強大な支配の論理を、人間の結束と情熱で打ち破るために。父レオンは新生ネクストで切り込み、オフェリアがハッキングを行い、カトリーヌが指揮するローゼンタール軍やフィオナ率いるラインアークのネクストが周囲を包囲する。そして、彼女自身が率いる“歩兵の人海戦術”が、AI部隊を乱し、弱点を露呈させるのだ。
遠くで爆発音が連続するのを耳に、エリカは再び走り出す。レオンはブースターで追従しながら、「いいか、お前が危ないときは遠慮なく呼べ!」と叫ぶ。エリカは振り向きもしないまま、しなやかな動きでビルの影へ潜む。その背中に“娘の成長”を垣間見て、レオンは静かな感慨を覚える。
「大丈夫さ、いまこそ家族みんなでイグナーツに勝ってやるんだ」
リュミエールが鉄塵を蹴散らし、瓦礫の上を跳んでいく。その先にはAIの大群と、破壊された市街が広がっているが、心は折れない。この戦いこそが最終決戦へ向かう大いなる山場。エリカが編み出した“人海戦術”の大胆さと、レオンやオフェリアのネクスト連携が合わされば、どんなに最適化されたAI戦術も狂わせられるかもしれない。
明けかけの空は、未だ闇と朝日が混ざり合う状態。戦火がその境界を染め上げ、遠方にはドラゴンベインとフォートが稜線に影を落としている。そこに人々が立ち向かい、血を流し、意地と誇りでAIに挑む図式——誰が勝者になるのか。
しかし、エリカは悲壮感を抱いてはいなかった。むしろ父レオンや母カトリーヌ、AIの妹であるオフェリアと同じ道を進み、人間として“支える”ことができる喜びを感じている。もしこの戦場で命を落としても後悔はない——そんな静かな覚悟すらあった。
人海戦術によるゲリラが火を噴き、アレス量産機を着実に追いつめる場面が増えていく。AIが計算した動きが、人間の予測不能な連携で損なわれるのを肌で感じていた。下手すれば大勢の死者が出るが、それでもイグナーツの“合理主義”を食い破るための実力行使がここにある。
そして空からはホワイトグリント、地上からはリュミエールとフォート群が合流し、ついに戦況を逆転し始める——。夜明けを迎えながら、エリカたちが切り開く“人間の力”が確かに活路を作り出していた。
「負けない……イグナーツが何を仕掛けようと、人間は簡単には屈しないって見せてやる!」
エリカは声を上げ、兵士たちに指示しながら無数の足音をまとめ上げる。そこにこそ“家族”を知る喜びがある、と彼女は思う。父の血がそうさせるのか、母の気概が呼び覚ましたのか分からないが、いま確かに人を動かしているのは彼女自身の意志に違いない。
こうして最終決戦への舞台が整った。イグナーツはAIネクストの追加投入も辞さない構えかもしれないが、エリカをはじめ人々の行動がそのシナリオを狂わせつつある。果たして彼女の人海戦術がどこまで有効か。答えは戦場が決める——もう一歩も引けない状況で、家族を思う心がすべてを奮い立たせる。
黎明の太陽が今にも昇りきろうとする空の下、エリカとレオン、オフェリアたちが交わり、AIと人間が争う命懸けのドラマが形を帯びる。神々しささえ覚える破壊の光のなかで、一人一人の人間が機械を超える可能性を秘めていると、彼女は信じていた。
そして、それこそが“AI対人間”という最終テーマに挑むためのエリカの作戦——“人海戦術”が既存の論理をどこまで塗り替えられるか。答えを見出すのは、この激突の結末に違いない。やがて騎士たちや歩兵の鬨の声が響き、エリカが突撃の合図を手を振って示す。一斉に旧式装甲車が前進し、ビルの倒壊を利用しながらアレス量産機へ肉薄する。
夜明けはすぐそこ。人の意志とAIの論理が、まさに火花を散らす一幕が始まりつつあった。エリカの瞳に浮かぶのは恐れではなく、必ず勝ち抜いて家族の前に帰るという強烈な願い。むろんレオンも、ローゼンタールの全軍も、その思いを背負って最終決戦へと身を投じていく。