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ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP11-1

EP11-1:逆転への布石

 夜明けが過ぎ、朝日が地上を照らしはじめるころ、ローゼンタール前線拠点の広い司令室には、まだ戦火の臭いが色濃く残っていた。幾度となく警報と衝撃が起き、深夜から続く攻防で多くの兵士が疲れ切っていたが、それでもなお人々の目には決意と熱が宿っている。なぜなら、大規模な戦闘をいったん制圧できた今こそ、次なる“逆転への布石”を打つ好機だと誰もが感じ取っていたからだ。

 司令卓にはカトリーヌ・ローゼンタールをはじめ、ローゼンタール幹部や騎士たちが集まり、血にまみれた装甲服のまま地図を広げている。ラインアーク側の代表もホログラム越しに参加し、先ほど合流したエリカ・ヴァイスナーとオフェリア、そして試作ネクスト「リュミエール」を駆るレオン・ヴァイスナーも揃っていた。激戦による傷を負いながら、皆がぎりぎりの状態で意識をつなぐ。

 「……先ほどの市街地戦闘で、アレス量産型のほとんどを撃退できました。ローゼンタールとラインアークが共闘した結果、大きな犠牲を出しはしたが、ドラゴンベインの暴走も鎮圧できつつあります」

 カトリーヌが落ち着いた声で報告を確認する。傍らには血と埃にまみれながらも凛とした表情のエリカが立っており、その視線は戦場の地図に向いている。いまだにあちこちで兵士が崩れ落ち、医療チームが悲鳴を上げるように駆け回っているが、戦況はひとまずローゼンタール側の優位に動いていた。

 「けれど……これでイグナーツが終わるとは思えません。あれほどの物量を投入してきたのに、まだアポカリプス・ナイトを見せていないなんて。あいつは、いわば最終兵器を温存しているわ」
 カトリーヌが厳しい顔で続けると、周囲の貴族や騎士らも険しい表情を返す。総力戦の只中で、まだイグナーツが本命を出していない事実がどうしても引っかかるのだ。

 「だからこそ、こちらも一息つく間もなく“逆転への布石”を打つ必要がある。イグナーツの完全管理戦争が完成する前に……最終決戦をこちらの土俵で仕掛けるのよ」

 そう言い切るカトリーヌの目には、誇り高き貴族企業としての強い矜持が宿っていた。イグナーツはこのまま“ローゼンタールとラインアークがテロを起こした”と世論を操作し、さらにAI制御部隊を投入して圧殺する可能性が高い。だが、現実には人間の結束がAIの想定外の力を発揮することを、先の市街戦が示した。そこで生まれた勝機を拡大するのが、この場の最重要課題でもある。

 エリカは、その提案を聞きながら深く息を吐く。自身の旧式兵力による人海戦術は大きな成果を上げたが、すでに数え切れないほどの犠牲が出ている。ここから先は、さらなる命の消耗を避けつつイグナーツに一撃を食らわさなければならない。
 「母さん、わたしもわかってる。イグナーツと戦うには、アポカリプス・ナイトが出てくる前に、ある程度仕掛けを作る必要があるってこと」
 エリカが柔らかく言うと、カトリーヌは娘の顔をちらりと見て微笑む。そう、かつてこの二人の親子は遠く隔たれていたが、いまローゼンタールを救うため並んで戦う。その結びつきが、彼女たちをさらに強く後押ししている。

 「具体的にはどう動く気だ? アポカリプス・ナイトは……俺が当たるつもりだが、その前にイグナーツは仕掛けてくる可能性があるだろう」
 レオン・ヴァイスナーが低く問いかける。試作ネクスト「リュミエール」のコクピットから降りて、額に結んだ包帯を押さえながら席に着いている。先の激闘で機体も身体も傷だらけだが、家族や仲間を守るため、まだ気力を失ってはいない。

 そのレオンに答えたのは、ホログラム映像で参加しているラインアーク代表のフィオナ・イェルネフェルトだった。彼女は辛うじて動いている通信回線を通じ、声だけを送ってくる。
 「わたしたちは一部のホワイトグリント部隊を再編して、イグナーツの主力拠点へ突撃する準備を進めています。ドラゴンベインの大半が落ちた今がチャンス……でもアポカリプス・ナイトと正面からぶつかるのは避けたい。一撃離脱が基本ね」

 カトリーヌもそれを聞いて頷き、地図を示す。オフェリアの解析やエリカの内通情報から、イグナーツがオーメルの支配下に置いた複数の支援拠点が判明しており、それを同時に叩くことで補給と連携を寸断する作戦だ。大規模な本隊決戦ではなく、“逆転への布石”として時間差を作り出すのだ。

 「イグナーツのAIが全戦線を制御するには、大型の通信施設やエネルギー配給拠点が必須。それを分散攻撃して混乱させるわ。AIの強さは統制力。ならばそこを裂けばいい」
 カトリーヌの指先がいくつかの施設名を指す。ラインアークの機動力、ローゼンタールのアームズ・フォート、そしてエリカが指揮する旧式兵力を組み合わせて奇襲し、イグナーツの“指令網”を切り裂くという計画。それが成功すれば、AIに前線全体を束ねられなくなり、アポカリプス・ナイトすら孤立する可能性がある。

 「つまり……短期間で各支援施設を潰すってことか。ネクストやフォートがまだボロボロなのに、そんなに動けるか……?」
 レオンは半信半疑に言うが、エリカは鋭く指摘する。
 「父さん、あのまま正攻法でアポカリプス・ナイトと向かい合っても、勝てる保証なんてないわ。むしろイグナーツが描く“完全管理”の土俵でぶつかれば、こっちは数も機材も不足している。だから、わたしたちが“非合理的”な方法で揺さぶりをかける必要があるの」

 「非合理的……」
 レオンは思わずにやりと笑う。“孤高”だったかつての自分では想像もできない大規模な連携作戦。だが、すでに彼は人海戦術や、家族の絆がAI制御の隙を突く可能性を学んでいる。ならば、こういう奇策もありなのだろう。
 「分かった。ローゼンタール側は長距離砲とフォート部隊で陽動を行い、ラインアークはホワイトグリントで奇襲する。それとエリカの歩兵部隊が拠点を占拠する……って感じか。俺は“リュミエール”でどう動く?」
 レオンが問うと、カトリーヌが後ろに控えていたシモーヌ・アーベントを見やって一度うなずく。そして口を開いた。

 「あなたには最後の一手、つまりアポカリプス・ナイトが出てきた場合に備えて待機してほしいわ。今のままじゃ“リュミエール”も満身創痍でしょう。最低限の修理と調整を施して、最終決戦に万全で臨めるようにしなくてはならない」

 重苦しい沈黙が落ちる。たしかに“リュミエール”は重要な戦力だが、先の戦闘で大ダメージを受けている。このまま連続して戦えば、本当に本番——イグナーツとの直接対決のときに動けなくなる恐れがある。レオンは悔しげに唇を噛むが、カトリーヌの意図は理解できる。

 「……分かった。俺も無理はすべきじゃないか。イグナーツは絶対に出てくる。それまでに機体を再調整して、アイツを迎え撃つ準備をする」
 「ありがとう。あなたが背後を守ってくれるなら、わたしたちの奇襲は成功率が上がる」

 こうして方向性が固まり、場を仕切っていたカトリーヌが皆を見回す。「何としてもイグナーツの完全管理を完成させる前に、拠点群を抑えてAIの統制網を分断する……人間の意志が、AIの論理を崩す最後のチャンスかもしれないわ」
 周囲の人々は大きく頷き、低く唸るような意欲を感じさせる。すでに誰もが疲労を限界まで背負っているが、一歩も退く気はない。市街戦で幾多の命を散らしたからこそ、ここで止まってはすべてが無駄になるのだ。

 「ローゼンタールのアームズ・フォート群は後方から砲撃を行い、ラインアークのホワイトグリント隊が高機動で施設を奇襲。エリカの地上兵力が拠点を制圧し、管理端末を落とす。そして……レオンが最後の切り札として“リュミエール”を仕上げ、アポカリプス・ナイトが出てきたときに対応する」
 エリカが、地図のポイントを順番に示しながら復唱する。それが今回の「逆転への布石」だ。すべてが成功しなければ、決定的な勝利にはつながらない。

 「お前の兵たち、まだ動かせるのか?」
 レオンが心配そうに尋ねる。エリカは小さく息を吐き、「多くが傷ついたけど、まだ戦意は落ちてない。旧式装備しかないけど、無秩序の人海戦術こそAIの予測を乱す最大の武器になり得るわ」と答える。

 「……馬鹿が。死ぬなよ」
 「ええ、死ぬつもりはないわ。だって“家族”がここにいるもの」
 二人の間に、一瞬だけ優しい空気が流れる。厳しい作戦ではあるが、互いを思いやる心があるからこそ、乗り越えられるとも信じている。

 「では、わたしはラインアークのホワイトグリント部隊をまとめて、オーメルの支配拠点へ急襲をかける。そちらが開いた穴を、エリカ部隊がこじ開ける形で内部へ侵入……イグナーツのAIコア関連装置を部分的に破壊してくれれば、アポカリプス・ナイトが動く際に支障が出るはず」
 通信の向こうでフィオナが冷静に説明し、カトリーヌがそれを受ける。「了解。実現できれば、イグナーツの計画に決定的な亀裂を入れられるわね。ただ、犠牲も出るでしょう。皆が最大限協力し合わなければ」

 作戦の大枠が固まると、ここにいる面々——カトリーヌ、エリカ、レオン、オフェリア、さらにはラインアーク代表者たちがそれぞれ動き始める。戦火はまだ尽きていないが、この一手こそが逆転への大きな足がかりとなるだろう。


 仮設テントに戻ったエリカは、部下の兵士たちへ改めて作戦説明を行っていた。身体中に巻かれた包帯や装甲服には血の跡もあるが、その声はまるで嵐の中の灯火のように力強い。
 「これが最後の大勝負よ。AIがどれだけ強力でも、やつらを動かすにはコアと通信がいる。その拠点に人海戦術をぶち込んで混乱させる。危険は承知だけど、いま引けばわたしたちの未来はないわ!」

 兵士の一人が立ち上がる。「了解です、エリカ様。俺たちも、あなたと共に戦います。もう、この状況を黙って見過ごせません。AIに支配されたら、人の尊厳なんか存在しなくなる!」

 エリカは小さく微笑み、「ありがとう」と口にする。旧式装甲車や歩兵が主体のこの部隊だが、一度市街戦でAIを翻弄した実績がある。その誇りが彼らを再び震え上がらせる勇気へ変えていた。
 「いずれアポカリプス・ナイトが出てくれば、父さんとリュミエールが戦う。でも、それまでにわたしたちが“イグナーツのAI統制”を乱すのよ。無茶でもやる価値はある。みんな、覚悟はいいわね?」

 「おおっ!」

 士気の高い返事がテントに響く。エリカはひそかな安堵と同時に、背筋が引き締まる思いを抱えていた。自分が指揮する兵士たちをまた血の海へ投入する。それは指揮官として重い決断だが、このままでは世界がAI管理に塗り潰され、家族も仲間も消えてしまう可能性がある。その恐れこそが、彼女を突き動かす動機だった。


 一方、レオンは別の整備区画でリュミエールの修復を受けていた。シモーヌ・アーベントら技術者がフレームのヒビに補強材を埋め込み、部分的に焼け焦げた装甲を取り換え、動力系のチェックを慎重に行っている。
 ネクストとして未完成だった機体を強引に実戦投入し、何度となく斬り合いや砲撃戦を繰り広げたのだから、もはやぼろぼろと言っていい。それでも、イグナーツの“本命”が出る前に少しでも元の性能を取り戻す必要があった。
 「出力調整を+5%に上げてみます。限界点ぎりぎりの設定になりますが、大丈夫でしょうか」
 シモーヌがパネルを捻り、振り返ってレオンを見る。彼は唇を引き結び、迷うような素振りもなく頷いた。
 「勝たなきゃ意味がない。ギリギリどころか限界を超えていいさ。AMSで制御してみせる」
 「あなたの身体も心配です。すでにAMSストレスがかなり溜まってるはず……」
 シモーヌの声にレオンは肩をすくめ、「今さら言うな、足りないくらいだよ。家族を守るためなら何だってやる」と低く返す。もともと“孤高のリンクス”と呼ばれた彼が、ここまで周囲のために力を尽くす姿は、周囲の整備兵にも勇気を与えていた。

 「くれぐれも無茶はしないで。あなたが倒れたらリュミエールも無意味になってしまう」
 「分かってる……でも、イグナーツを止めないと、誰も生き残れない」
 レオンは小さく笑い、メカニックたちが必死で整備を続ける様子を見て心が温まる。これまで嫌ってきた“企業”という枠組みのなかにも、人間が確かに息づいている——技術者たちは単に利益のためではなく、人を救いたいという思いでこの修復に当たっていることが伝わってくる。


 オフェリアは近くの端末で再び電子戦データをチェックしていた。市街地のあちこちに残るAIユニットの断片を解析すれば、イグナーツが次にどの通信拠点を使ってくるか、何らかの予兆をつかめるかもしれないと考えている。
 「……イグナーツは計画の最終段階にいるはず。ドラゴンベインとアレスで暴走事件を起こしたのは、ただの前哨戦。アポカリプス・ナイトを完成させ、ほんの数刻後には大攻勢を仕掛けてくる可能性が高いわ」
 スクリーンに広がる無数の数字を目で追いながら、オフェリアは人型ボディの背中を伸ばす。意識の片隅にはAIである自分の“覚醒”がさらに進んでいる感触があった。もはや人間と変わらぬどころか、それ以上に多くの情報を処理できる。だが、そこには怖さもある。

 「これが……わたしのAIとしての最終形態かもしれない。でも、人のために使う力だって思えば怖くはない」
 オフェリアは自分自身へ言い聞かせるように呟き、端末を閉じる。レオンやエリカ、カトリーヌと出会う中で彼女は学んだ。人間の感情や意志は機械には真似できないと信じていたが、いまや自分の内面にもその揺らぎが宿っている。それがあればイグナーツのヴァルキュリアシステムとも対峙できるはずだ。


 夕刻が近づくころ、各部隊が慌ただしく再編を終え、ローゼンタール本隊やラインアークのホワイトグリント群がそれぞれのルートへ出撃し始めた。エリカの歩兵部隊も隠密行動の準備を整え、都市の陰を利用しながらオーメルが押さえる通信施設へ向かう予定だ。
 それはまさに“逆転への布石”となる大掛かりな作戦だった。AIが論理を巡らせる前に突撃し、多くの拠点を一気に潰すか混乱に陥れてしまう。そうすれば、アポカリプス・ナイトが稼働したとしても、すべてを掌握するだけのインフラが揃わず、単独での戦いに追い込まれる可能性が高い。
 司令室でカトリーヌは静かに指令を出しながら、レオンへ視線を向ける。「あなたの“リュミエール”はどう? もう少しで完成する?」

 「シモーヌたちが頑張ってくれてる。ぎりぎり実戦に耐えられる状態までは持っていくそうだ。次の出撃が本番だな……覚悟はいいさ。お前のほうこそ、無茶しないでくれ」

 「ありがとう。私も騎士たちと前線を回るわ。イグナーツの手には落ちない、必ずそう証明するために」

 二人が短い会話で励まし合う。エリカはその光景をちらりと見て、いつの間にか和解している両親の姿に妙な感慨を抱く——企業の都合で結ばれたはずの二人が、いまは本気で家族や世界のために戦っている。それが“人間の意志”の奇跡かもしれないとエリカは感じていた。
 あとは突撃をかけるのみ。ラインアークのフィオナからは「高速移動部隊が準備完了、出撃待機に入る」との報が届き、ローゼンタールのアームズ・フォートも再度編成を終えている。人海戦術で活路を開いた勢いそのままに、次の一撃を放つチャンスが来た。
 「行ってくるわ。すべてが終わったら……父さん、ちゃんと家族の食卓を囲みましょう」
 エリカが小さく口にし、レオンは柔らかい笑みで「もちろんだ」と返す。オフェリアも横で穏やかに微笑む。カトリーヌは胸を張り、二人に「必ず生きて戻ってきなさい」と言い残して立ち去った。騎士たちが彼女を先導し、司令室は一気に出撃準備の空気へ変わる。

 こうして、最後の突撃は形となる。夕刻から夜にかけて、一挙にオーメルの管理下にある施設を攻撃し、AI管理網を破壊するという賭け。イグナーツのアポカリプス・ナイトはまだ動きを見せていないが、ここで仮に相手が動かなければ、そのままこちらが勝利を手繰り寄せるだけだ。
 反面、アポカリプス・ナイトが姿を現せば、レオンの“リュミエール”が最後の盾となる。果たしてどちらに転がるかは誰にもわからない。


 陽が落ちて、荒野に夕闇が深まるなか、ラインアークのホワイトグリント部隊は無数のジェット音を引き連れて空を切り裂き、ローゼンタールのフォート大隊は重々しい足取りで地上を踏み進む。人海戦術を再編したエリカ隊は裏道や地下ルートを利用してオーメルの主要拠点へ向かう。そのすべてを纏めるカトリーヌは後方指令室で偵察を重ね、レオンはネクストの修理を続けながらラスト出撃に備える——。

 まさに“逆転への布石”が動き出した夜だった。イグナーツが招いたAI対人間の大戦争のなかで、人々が協力し合いながら新しい勝利の形をつかもうとしている。表向きは絶望的に思えたが、実際にはドラゴンベインやアレス部隊との戦闘をくぐり抜けた今、家族や仲間の意志はさらなる強さを帯びている。
 ローゼンタールの士官が沈痛な面持ちで歩み寄り、レオンに報告する。「リュミエールの修理がだいたい完了しました。フレーム強度は当初の八割ほど取り戻せそうです。ブースターや武装は完全ではありませんが、アポカリプス・ナイト相手にもなんとか……」

 「ありがとう。最初から完璧を求めてないさ。これで十分だ。俺が仕留めてやる」

 レオンは息を止めるほどの熱い決意をにじませ、傷だらけの体を奮い立たせた。隣にはオフェリアがそっと立ち、アシストAIとしてではなく、ひとりの“家族”として手を差し伸べている。
 「あなたがこの世界で得たすべてが、イグナーツの完全管理を超える力になると……わたしは信じてる」

 「俺も信じる。家族と仲間を得たからこそ、アポカリプス・ナイトに勝てる可能性がある。今度は逃げない」

 そう決めて、二人は工廠の広大なゲートを見つめる。外には暗い夜の帳が落ちているが、フォート群やホワイトグリントがライトを照射しながら移動している光景が遠くに見える。エリカたちももう移動を開始したはず。みんなで総力を挙げて“逆転”を起こすのだ。

 やがて、警報が一瞬だけ鳴り、司令部から次の指示が飛んできた。「レオン・ヴァイスナー、リュミエールの調整が終わり次第、出撃を準備せよ。ラインアーク部隊が開戦の合図を送ったわ。わたしたちにも急報が来るはず」

 「了解。最後までやってやるさ」
 レオンは短く返し、ヘルメットを抱えたままブースへ歩く。そこに、戦いの火蓋が再度切られる足音が確かに響いていた。ドラゴンベイン暴走やアレス猛攻を乗り越えてきたローゼンタールとラインアークが、いよいよ主導権を握り返そうとする最終の賭け——それが“逆転への布石”という大きな戦略に結実する。

 この夜の静寂は、やはり嵐の前の沈黙にすぎない。だが、AIに屈しない人間たちの姿勢はもはや揺るがない。イグナーツが“超合理主義”を掲げれば掲げるほど、人々は“非合理的”な情や協力の力を固めていく。まさに「どちらが本当の未来を切り開く力を持っているのか」を示す決戦となるだろう。
 スクリーンに映るオーメルの占拠領域と通信施設、それを落とすために動き出すエリカの混成部隊。ラインアークのホワイトグリントが駆け抜けるルートを示す線が地図に描かれ、カトリーヌが頭を下げるようにモニターを睨む。
 「……頼んだわ、エリカ。あなたが少しでも施設を制圧すれば、イグナーツの管理が崩れるはず。それまでわたしたちがフォートとネクストで支える。レオンも……仕上げに備えて」

 深夜から明け方へ。そしてまた夜へ——この戦場は時間の感覚を失うほど苛烈で切迫している。だが、いまは誰も疑わない。次に動く一手が決まれば、やがてイグナーツ本人を呼び出し、アポカリプス・ナイトとの一騎打ちになる。それこそが正真正銘の“最終決戦”だと。

 レオンはラストにヘルメットを被り、シートに腰掛ける前に心のなかで家族を想う。カトリーヌとエリカ、そしてAIのオフェリア。“どちらも大切だ”と、かつては思いもしなかった存在が、いまはかけがえのない宝になっていた。

 「イグナーツ……やつはこれまで多くの命を踏みにじってきたが、ここで終わらせる。AIの凶暴な合理性に負けてたまるか」

 静かに呟き、リュミエールのコクピットへ滑り込む。整備士たちが最後の配線やケーブルを外して退避し、合図を送る。動力を入れると、機体が低く唸って目を覚ますように振動する。遠方からは激しい砲火の響きがかすかに伝わってくる。
 「さあ、最終章が始まる。お前たち準備はいいか……」
 レオンはコクピット内で誰にともなく呟き、スイッチを操作する。メインモニターが光を放ち、制御系が起動音を奏でる。ブースターの燃料ゲージがチカチカと表示され、紅い警告も出てはいるが、これ以上は贅沢を言っていられない。

 そっと通信が入る。「ここオフェリア。わたしはあなたと共に動くわ。イグナーツが最後に何をしでかすにしても、絶対に支えるから」
 「助かるよ……いくぞ。これが“逆転への布石”の本番だ」
 深い呼吸とともにレオンはスラスターを起動し、リュミエールを再び戦場へ解き放つ。足元の整備デッキが喧騒と火花に包まれ、ブースが開かれるとともに夜の空気が流れ込み、機体は低く飛び跳ねるように浮き上がる。

 加速。爆音。工廠を後にして空へ向かう途中、眼下にカトリーヌの姿が小さく見える。彼女が騎士たちと共にこちらを見送るように手を振っているのが分かり、レオンはわずかに気恥ずかしくも手を上げ返した。
 「生きて戻ってこいって顔してやがる……大丈夫さ、帰るさ。家族と一緒にこの世界の夜明けを見てやる」
 胸にそう誓いながらスラスターを全開にし、イグナーツの拠点方向へ飛ぶ。AI対人間の最後の幕が下りる前に、こちらから仕掛ける——それがローゼンタールとラインアーク、そしてエリカとレオンたちが選んだ“逆転への道”だった。成功すれば人間の意志が勝るかもしれないし、失敗すればイグナーツの完全管理時代が到来するだろう。まさに背水の陣。
 暗い闇を切り裂く機体の光が、わずかに希望を表すかのように深い夜空で瞬く。エリカが率いる地上兵力、フィオナのホワイトグリント群、そしてレオンのリュミエールが一堂に作戦を展開すれば、イグナーツの計算式も崩れ始めるかもしれない。“どちらも大切だ”という思いが、この危機を乗り越える力となるのだ。

 ブースターの燃焼が紫電を帯び、風を切り裂く音が夜の空気に轟く。荒野にはまだドラゴンベインやアレスの残骸が散り、廃墟となった街の明かりが弱々しく燃え上がっている。しかし、その破壊の果てに見えるのは、人々の犠牲を糧にした決意——すべてがイグナーツを倒すための礎なのだ。
 「必ず勝つ……オフェリア、準備はいいか」
 「ええ、あなたを守る。人間とAI、その両方を大切にできる世界へ……わたしは導くわ」
 静かに交わされる言葉の熱量が増し、リュミエールは再び闇を駆け抜けていく。夜風が鋭く機体を包むが、レオンは操縦桿を握りしめて微塵の迷いも見せない。この“逆転への布石”が成立すれば、アポカリプス・ナイトを孤立させ、彼の“完全管理”をくじく可能性が開ける。

 やがて、遠くに見えるオーメルの拠点らしき灯りがちらちらと瞬いた。そこが最終の決着の場になるのか——思いを巡らせつつ、レオンはエリカやカトリーヌたちとの絆を胸に刻む。世界はAIだけでも、人間だけでも成立しない。“どちらも大切だ”という思想を実践するのが、自分たちの戦いの意味なのだと知っていた。

 夜はまだ深いが、もはや引き返すことはない。ローゼンタールとラインアークが仕掛ける奇襲に呼応し、エリカがオーメル内部から通信設備を叩き、レオンのリュミエールがイグナーツの切り札を迎え撃つ。すべてが繋がれば、ネクストとAIの時代を変える真正面からの逆転劇が生まれるかもしれない。
 遠くから聞こえる戦火の音は、いったん収まったかに見えたが、これから始まる最終の波乱を示唆するように不気味な静寂をまとっている。どちらが真の夜明けを迎えるかは、まだ分からない。しかし、その静寂の中で、家族や仲間が再会して火花を散らす運命を察知できるのが、レオンたち人間の感性だといえた。

 漆黒の夜を切り裂くスラスターの光跡が、一条の閃光となって荒野を照らし出す。逆転への布石が打たれた今、イグナーツがいかなる手段で対抗してくるかは、ほぼ間違いなく恐ろしい。しかし、それすらも恐れず、レオンは前へ進む。そこに“家族を守る”という不撓の精神がある限り、AIの冷酷な合理性はくじかれるかもしれない。
 激しい破壊の果てに生まれる希望がある——そう信じる彼らは、最終決戦のステージを求め、静かに火蓋を切る瞬間を待ち受けていた。夜空は暗いままだが、雲の端にわずかな光が混じりだす。新しい朝を迎える前に、イグナーツとの最終決着をつけるために。どちらも大切だ、という結論を勝ち取るための“逆転への布石”が、いよいよ動き始める。

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