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ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP1-2

EP1-2:オーメルの動向

薄曇りの空が、クレイドルの下部構造を覆うように広がっている。ここはオーメル・サイエンステクノロジーの上級幹部たちが集う会議室――巨大な円形テーブルを中心に、企業エンブレムが誇らしげに飾られた広い空間だ。外部から隔絶されたように静かなこの場所は、まるで要塞内部の司令室を思わせる厳重なセキュリティに包まれている。
 しかし、そんな緊張感に似つかわしくないほど静寂が満ちていた。わずかに聞こえるのは、壁際の空調ファンが回る低い振動音だけ。そしてそこに、ひとりの若き軍事技術者の足音が加わる。

 イグナーツ・ファーレンハイト――27歳にしてオーメルの中枢に上り詰めた天才だ。
 彼は長いコートの裾を揺らしながら、テーブル正面の席へと歩み寄った。淡々とした表情の奥に鋭い知性が宿り、その瞳はどこか冷たさを感じさせる。
 彼が手にしているのは、先ほど彼自身が取りまとめた最新の軍事レポート。そこには、新型アームズ・フォートの量産計画と、無人制御技術に関する詳細なデータが記されている。彼は自分のレポートを机上に並べると、既に着席している数名の幹部へ視線を向けた。

「ご苦労だったな、イグナーツ。」
 落ち着いた低い声でそう言ったのは、オーメルの中でも古参にあたる幹部の一人。白髪まじりの頭を短く刈り上げ、軍服を模した制服を身につけている。
「はじめに、連合(リーグ)の理事会へ提出する資料を簡単にまとめてくれ。私たちも早速、その概要を把握したい。」

 イグナーツは小さく頷くと、手際よくホログラム端末を起動させた。円卓の中央に浮かび上がった立体映像には、アームズ・フォートの図面やAI戦術プログラムの概略図が並ぶ。

「では、報告させていただきます。皆様ご存じの通り、私どもオーメル・サイエンステクノロジーは、旧来のネクスト兵器を“時代遅れ”と位置づけ、新型アームズ・フォートの量産と無人兵器群の整備を推し進めております。この戦略は、いわば“完全管理された戦争”への第一歩と言えるでしょう。ネクストという一人のリンクス(パイロット)の技量に頼る兵器より、我々が統制するAIと組織力こそが、次代の戦争を支えると確信しております。」

 彼の声には明確な自負があり、それを疑う余地さえない冷徹な自信が感じられる。一部の幹部は彼の若さと大胆な意見にやや圧倒されているようにも見えるが、誰も反論の言葉を挟まない。イグナーツの実績がそれだけ突出しているのだ。

「そこで、我々が新たに進めるプロジェクトが“ドラゴンベイン”――ご覧の通り、複数機のアームズ・フォートを完全AI制御により連携させる計画です。実際に十機同時運用することで、たとえネクストが相手でも一瞬たりとも逃さず包囲殲滅できる戦力を実現します。」

 ホログラムが切り替わり、十機のフォートが並んで展開する映像が浮かぶ。まるで一糸乱れぬ軍隊の行進のように隊形を組み、想定されるネクストの動きを即座に捕捉し砲撃を浴びせるシミュレーションが再現される。
 幹部たちからは感嘆とも嘲笑ともつかない声が漏れた。ネクストの脅威は彼らも十分認識している。AMS適性を持つリンクスが操るネクストは、一機で巨大な要塞をも破壊するジャイアントキリングをやってのける存在。逆に言えば、そんな“個”をどれだけ効率よく仕留めるかが企業戦争の鍵でもあった。

「しかしだ、イグナーツ。仮にこのドラゴンベインを量産しようにも、莫大なコジマ粒子リソースや工数が必要だろう? オーメルの単独力で賄えるとは思えんが。」
 白髪の幹部がいぶかしげな顔で問いかける。
「リーグ全体からの資金や素材提供は期待できないのか? ローゼンタールや他の企業がどう動くか……」

「ローゼンタールは、表向きは協力的です。しかし、あの“貴族企業”が本気で我々オーメルを支援するかは疑問ですね。カトリーヌ・ローゼンタールはどういうわけか、ネクスト研究にも理解を示しているようですから。彼女は“リンクス”をまだ信じているのかもしれない。」

 イグナーツの口調には嘲笑めいた色が混じる。彼にとって、ネクストもリンクスも過去の遺物でしかない。AIの計算が生む完璧な戦術があれば、個人の天才的な操縦技術などあまりに不確実な要素だと考えているのだ。

「そうか……それでは、こちらも企業間の調整を進める必要があるな。引き続き、君の手腕に期待しよう。イグナーツ。」
「ありがとうございます。もちろん、私としても最善を尽くすつもりです。」

 そこまで言うと、彼はホログラムを操作し、別のファイルを呼び出す。映し出されたのは、ネクスト「ヴァルザード」の性能データ……正確には、オーメルがかつて保有していたファイルの名残である。
パイロット名にはレオン・ヴァイスナーという文字が残っている。

「ところで、報告がもう一つ。先ほど連絡が入りましたが、地上のある廃墟で“ヴァルザード”らしき機体が目撃されました。どうやら、リンクスのレオンがまた何かを探っている可能性があります。」

「レオン……か。あの男は確か、かつてオーメルに所属しネクスト開発を担った研究者でもあったな。娘がいたはずだが、消息がどうなったか……」
「ええ。“エリカ・ヴァイスナー”――現在は我々オーメルの軍事部門に籍を置いています。これまで彼女は自分の父を知らずに育った。しかし、皮肉なことに、父がネクストで戦場を荒らす一方で、娘はアームズ・フォートを指揮しようとしている。まさに“個vs組織”の典型のようです。」

 イグナーツは唇の端をわずかに吊り上げる。興味深い、とでも言いたげな表情だ。

「状況次第では、あのリンクス“レオン”を再びオーメル側に引き込むことも可能かもしれません。彼のAMS適性と研究者としての知識は、未だに利用価値がある。もっとも、本人がそれを望むかは別問題でしょうがね……。」

 幹部たちの何人かが顔を見合わせている。レオンの技術力やAMS適性は確かに魅力的だが、彼は企業の干渉を嫌い独立したという経緯がある。並大抵の条件では戻ってこないだろう。

「引き込めないなら排除する。それだけのことだ。」
 イグナーツはあっさりと言い切った。その瞳にはまったく迷いが感じられない。合理的な計算だけが彼の行動原理であり、人間の感情など計算外だと切り捨てているのが明白だった。

「まあ、いずれにせよ、彼がオーメルに従うかどうかは問題ではありません。私の最終目標は“ネクスト不要論”の完成ですから。……戦争は、組織とAIの完全管理下に置かれるべきなのです。個人など不要、という形を証明してみせますよ。」

 誰も即座には反論しない。ただ、その言葉にわずかな違和感を覚えた幹部もいるようだ。しかし、イグナーツがこの若さでここまでの地位を確立していることを考えれば、その理論に多くの者が賛同しているのも事実だった。


 会議を終えたイグナーツが向かったのは、オーメル軍事部門が管理する巨大ハンガー区画である。そこでは最新型アームズ・フォートの点検や、さまざまな無人兵器の試験運用が日夜行われていた。
 整然と並ぶアームズ・フォートの格納庫は、天井が遥か彼方に見えるほど高く、機体を支える支柱や作業クレーンが組み合わさってまるで近未来の工場のような光景だ。

 その片隅で、エリカ・ヴァイスナーが部下たちと何かの打ち合わせをしていた。彼女はまだ若いが、アームズ・フォート部隊の指揮官として軍事部門では評価が高い。滑らかな茶色い長髪を後ろでまとめ、顔立ちはどこか冷たい雰囲気を帯びているが、彼女が指揮を執るときは部下からの信頼も厚い。
 エリカは腕を組みながら、フォートの脚部ユニットを指差して部下に指示を出していた。

「この部分の装甲補強が不充分ね。もし“ネクスト”が接近戦を仕掛けてきた場合、脆弱ポイントになるわ。防御だけでなく、応急のダメージコントロールができるよう再設計を。……聞いている?」

「はっ、了解です、隊長!」
 整備兵たちは慌ててメモを取りながら、彼女の指示を確認する。アームズ・フォートは巨大なため、全体をまんべんなく見回すだけでも膨大な手間がかかるが、エリカは的確な指摘を連発し、一切の妥協を許さない。

 その光景を少し離れた場所から眺めていたイグナーツは、やがて歩み寄りながら口を開いた。
「ご苦労だね、エリカ・ヴァイスナー。アームズ・フォートの点検は順調かい?」

 エリカは振り返ると、すぐに姿勢を正した。上官とはいえ、イグナーツは自分より年が近い。だが彼女は彼を侮っていない。
「はい、イグナーツ様。現在、部隊の再編成が進んでいます。今度の実戦テストでは、アームズ・フォート“ベヒモス”を筆頭に複数機を連携させ、一度に大規模攻撃を行う予定です。」

「素晴らしい。やはり君は優秀だ。……ところで、先ほどの会議でも話題に上がったのだが、君には“父”がいるそうだね。」

 エリカが一瞬、目を見開く。内心では驚きと警戒心が湧き上がるが、声には出さない。
「……そのようですね。私自身、詳しい事情はわかりません。母は何も語ってくれませんし、私が“ヴァイスナー”という名を継いだのも、オーメルに所属してからのことです。」

「そうか。まぁ、興味本位で尋ねただけさ。ただ、彼の名は“レオン・ヴァイスナー”。もし本当に君の父親だとしたら、企業を抜けた厄介者ということになるね。……今後、戦場で邂逅する可能性もあるだろう。」

「構いません。もし相手が誰だろうと、私が指揮する部隊に敵対するなら、排除するまでです。」

 エリカの瞳には揺るぎない決意が宿っていた。今はまだ、自分が追うべきものはオーメルでの使命であり、「父親」という存在など想像もつかないのが本音だ。
 イグナーツはそんな彼女の態度を、まるで楽しむかのように見つめた。彼は自分の思惑の中で、この親子関係をどのように利用できるかを既に計算し始めている。

「頼もしい限りだよ。では、続けてくれ。私は今からアームズ・フォート“ブラッドテンペスト”の完成度を確認しに行く。……あれは君の専用機だったか?」

「はい。私は指揮支援特化のフォートを運用し、前線の情報統合と防御指示を行う予定です。ネクストにはない、組織力を活かした戦い方が私の信条でもありますから。」

 エリカの言葉に、イグナーツは満足そうに頷く。まさに「個ではなく、組織と統率」の力で勝利を掴む――その理念を体現する指揮官がエリカなのだ。もし彼女が“レオン・ヴァイスナーの娘”であることを自覚し、父親との感情的対立を抱えたとしても、今はオーメルの歯車として最適な働きをするだろう、と彼は計算している。


 一方、ハンガー施設のさらに地下深くには、小型の試験フィールドが存在した。通常のアームズ・フォートやネクストを動かすには狭すぎるが、白兵戦用の小型兵器や無人ドローンの挙動をテストするには十分な広さを持つ。
 真っ白い照明が辺りを照らす中、強化ガラスの観覧室越しに、何体もの人型ロボットが配置されていた。そこへオーメルの研究員数名と、護衛役を兼ねた兵士たちが姿を見せる。

「では、こちらの試作ビットドローンとの連携実験を開始します。複数の無人ユニットが相互通信しながら、模擬ターゲットを包囲し撃破するまでのプロセスを記録してください。」

 主導しているのはオーメルの研究開発チームの一員であるユーリ・ノイマン。数字と理論を愛する「戦場の数学者」とも呼ばれる男だ。彼はイグナーツの片腕としてAI戦術プログラムの構築を手がけている。
 実験室には十数体のビットドローンが浮遊しており、軽快にホバリングしながら仮想ターゲットへマシンガン射撃を行う。壁面に設置された標的が瞬く間に粉砕されていく様子は圧巻だが、一方でロボット側のデータ連携に微妙な遅延があることも分かった。

「やはり同期ズレが生じますね。ヴァルキュリアシステムのアルゴリズムをもう少し最適化しないと、同時に射撃するはずが1.2秒ずれてる。」

「1.2秒もですか……厳密には大きい誤差ですね。実戦では命取りになるかもしれない。」

 研究員たちが悩ましげにメモを取り合う。この小さな遅延が戦場全体の統一攻撃で生まれれば、ネクストのような高機動兵器にとって格好の回避チャンスを与えることになりかねない。
 ユーリは苦い表情で端末に向かい、速やかに修正パッチを送る。ビットドローンが再調整され、改めて演習が始まろうとしたそのとき――突然、内部ゲートのロックが解除される音が響いた。

 スライド式の扉が横に開き、黒い防弾装備に身を包んだ複数の兵士が押し入ってくる。彼らはオーメルのセキュリティチームだが、何か緊急事態が起きたのか、その動きは明らかに殺気立っていた。

「実験を中断しろ! 侵入者がいる!」

「侵入者……? ここはオーメルの最深部だぞ、何者が入るというんだ!」

 研究員が驚いて叫ぶ。兵士たちは無線で指示を受けながら、ビットドローンを一部遠隔操作モードに切り替え、警戒網を構築しようとする。
 だが、観覧室の奥から聞こえる機械音が突然止まり、照明が数回点滅した。電磁的なハッキングか、何らかの妨害工作が行われているのかもしれない。

「まずい、ドローンが制御不能に……!」

「どういうことだ! 電源ユニットが勝手に遮断されるなんてあり得ない!」

 混乱する研究員と兵士。その場にいる全員が、状況を理解できず戸惑っていた。そのとき、銃声が瞬間的に響きわたる。まるで一発の合図のように、ドローンの何機かが暴走し始め、そして闇雲に弾丸を撒き散らす形になった。
 ガラスの観覧室に何発もの弾痕が刻まれ、警報ブザーがけたたましく響く。兵士たちは慌ててしゃがみ込み、応戦態勢に入るものの、誰が敵なのかも判別がつかない。

「落ち着け! 敵はどこだ!」
「分かりません! ですが、ドローンが何らかの指令を受けているのか……!」

 ドローンを止めるために、現場の兵士たちは一時的に電磁パルスを展開することを決断。研究員も散開し、コンソールを通じて非常停止モードに切り替えようとするが、通信が遮断されていて上手くいかない。

「やむを得ない。撃て!」

 兵士の一人が声を張り上げ、ドローンを銃撃し始める。白兵戦の訓練を積んだオーメルの隊員たちはアサルトライフルで正確に射撃を行い、複数のドローンを撃破することに成功。床に落下していく機体からは火花と煙が噴き出し、研究設備は一気に破壊の渦へと変わった。
 しかし、その中の一機のドローンは狂ったように動き回り、人間をターゲットとして容赦なくマシンガンを掃射する。弾幕をかわしきれずに被弾した兵士が苦悶の声を上げ、その場に倒れ込む。

「くっ……! このままでは全滅だ!」

 兵士が2名、血を流してうずくまる。研究員たちも身の危険を感じてパニックに陥る。そんな地獄絵図をよそに、ユーリ・ノイマンは冷静な目で状況を眺めていた。彼は自分の端末に急いでコードを打ち込み、ドローンの通信プロトコルを強制切断しようと試みる。

「……計算外の事態ではあるが、ここで動揺していてはイグナーツ様の期待に応えられん。」

 彼はキーを連打しながら、脳内で膨大な数式を組み立てる。ドローン内部のAIルーチンを逆算し、誤動作の原因が外部からのハッキングなのか、それとも単なるバグなのかを判別しようとする。
 だが、その作業の最中、凄まじい爆発音が響き、観覧室の壁が揺らいだ。見れば、一台のドローンが手榴弾に似た爆発物を放出し、施設の支柱を吹き飛ばしたらしい。大破した柱が倒れ込み、そこから黒い影が姿を現す――まさか侵入者が本当にいるとは。

「そこだ! 撃て!」

 兵士たちが一斉に銃口を向けるが、黒い影は人間とは思えぬ早さで視界から消え、また別のドローンを的確に破壊する。彼は何者なのか。あるいは彼女なのか――。
 しかしよく見ると、その姿は人型ではあるが、肌に見えるのはどこか機械的な光沢。いわゆるサイボーグあるいは人型AIに近い印象を与えるシルエットだ。頭部には目のような発光パーツがあり、一瞬だけ光の反射が兵士たちの目を射抜いた。

 実際には、これが“オフェリア”――ではない。まだ別の試作AIユニットか、あるいはオーメルの関係者が送り込んだテスト用偵察機かもしれない。現場の誰にも正体は分からない。ただ、その存在によって暴走したドローンは次々と破壊され、やがてフィールド内の脅威は鎮圧された。
 混乱が収まったころには、地面には複数の破壊されたドローンの残骸が散乱し、兵士が数名倒れ、血の臭いが漂っていた。煙の向こうに立ち尽くす黒い影は、一瞥するかのように周囲を見渡すと、先ほどまではなかった側面扉を開いて、どこかへ立ち去ってしまう。

「な、何だったんだ……」
「報告しないと……誰に、いや、どうやって……」

 兵士たちはパニックを引きずりながら無線の復旧を試みる。ユーリ・ノイマンもまた端末を抱えたまま立ち尽くしていた。彼は一連の状況を分析しようとしていたが、あまりに突発的すぎて論理的に説明がつかない。
 一方で、彼の脳裏には、AIが自律進化している可能性――すなわち、イグナーツが最も警戒していた“制御不能のAI”が存在するのではないかという疑念が浮かぶ。
 だがそれは、まだ彼の思考の端にすぎなかった。今はただ、目の前の惨状を収拾するしかない。


 同じ頃、上階の管制室では警報が鳴り響いていた。先ほどの白兵戦の混乱がハンガー全体にも影響を及ぼし、一部の制御システムが機能停止している。エリカは部下たちとともに手際よく復旧作業を進めていたが、状況は刻一刻と悪化しているようだ。
 大規模なデータリンクが遮断され、格納庫にあるアームズ・フォートの運用プログラムにも異常なエラーが出始めた。もしこれが外部からのハッキングか、あるいは内部のスパイ行為ならば、重大な危機となる。

「ブラッドテンペストのシステムにまで影響が出ているわ……エンジニア班、急いで原因を突き止めて!」

「隊長、何者かが無人制御ユニットを暴走させたとの報告です。ですが、詳細は不明で……」

 焦燥をにじませる副官の声に、エリカは短く答える。
「わかった。私がアームズ・フォート“ブラッドテンペスト”を起動させる。そいつを使えば施設内部の安定化ができるかもしれない。もし侵入者がまだ残っているなら、出撃準備の段階であぶり出せるでしょう。」

 ブラッドテンペストはエリカ専用に設計された重防御型アームズ・フォートだ。その最大の特徴は“指揮・支援能力”であり、フォートの大出力センサーと通信システムを利用して味方にリアルタイムの戦況データを配信できる点にある。さらに、部隊全体の防御力を高めるシールドジェネレーターも搭載しており、まさに「組織戦に特化した要塞」と言える。
 元来、アームズ・フォートは巨大すぎて施設内部で起動するような代物ではないが、ブラッドテンペストは試験運用用の小型フォートであり、最低限の移動と戦闘は十分に可能だ。

「……起動コード、認証。エリカ・ヴァイスナー、アクセス開始。」

 巨大なハッチがゆっくりと開き、黒い装甲に紅いラインが走るブラッドテンペストの本体がせり上がるように姿を現す。搭乗口へ向かうエリカの足取りは早いが、その目には一抹の不安がうかがえた。こうした施設内での緊急起動は危険を伴うからだ。それでも、指揮官としてやらなければならない。

 フォートのコクピットは、ネクストに比べて広々としているが、その分多くのモニターや制御端末が配置されている。エリカはシートに腰を下ろし、無線ヘッドセットを装着。各種システムのオンを確認すると、操作パネルに指を走らせた。

「ブラッドテンペスト、メインエンジン始動。通信回線を優先的に復旧して、他の区画との連携を試みるわ。」

『こちら管制室、了解。既に大半の回線がダウンしていますが、ブラッドテンペストの拡張通信システムを使えば一部再接続が可能かもしれません。』

 コクピットのスクリーンが複数立ち上がり、施設内のマップや被害状況が表示される。エリカはそのデータを素早く確認しながら、フォートをゆっくりと移動させた。施設内部はやや手狭とはいえ、ブラッドテンペストは装甲車両の数倍はある巨体だ。ウォーミングアップを兼ねて、慎重に進行する。

「こちらエリカ・ヴァイスナー。各部署、状況を報告せよ。」

 通信はところどころノイズ混じりではあるが、いくつかの返答がかろうじて返ってくる。
「第3セクション、被害甚大。ドローン暴走による死傷者多数。侵入者らしき人影を確認しましたが、速すぎて対処不能……」
「第5セクションは火災が発生中。自動消火システムが一部故障し、手動で鎮火作業中。」

 聞こえてくる報告はいずれも悲惨なもので、エリカの眉間には深い皺が寄る。
「まるで内側から破壊工作をされたみたいね。……仕方ない。最優先は人命救助と火災鎮圧。戦闘要員は慎重に侵入者を捜索しなさい。アームズ・フォートで動ける場所は限られているから、私も通路沿いをカバーする。」

 ブラッドテンペストは大きくうなりを上げながら、施設内の広い搬入口を進んでいく。その際、壁面の配管や装置がフォートの装甲にぶつかり、火花を散らす。まるでこの巨大兵器の通行を拒んでいるかのようだった。しかしエリカは引き返さない。彼女は「組織を守る」ためにここにいるのだ。
 そのとき、モニターの一つに警告表示が出た。何か高エネルギー反応が近づいている――。施設内で高出力のブースターを吹かすとなれば、ネクスト級の機体か、あるいは似たような試作兵器かもしれない。

「まさか侵入者がネクストに乗っているというの……? 管制室、何か情報は。」

『ありません。こちらもまったく把握できていない存在です。危険です、退避を――』

 そこまで言うと、通信がぶつりと切れる。次の瞬間、搬入口の天井部分が激しく破壊され、鉄骨とコンクリートの破片が降り注いだ。ブラッドテンペストが防御姿勢を取った瞬間、爆風が通路に巻き込み、モニターが激しく揺れる。
 煙の中から、黒光りするシルエットが一瞬だけ見えた。ネクスト……というほどのサイズではないが、人型機動兵器らしきフォルム。それが上方に設置されたカタウォークを蹴り、ホバリングしながらこちらを睥睨するようにして止まった。
 エリカはその機体を一瞥してすぐに警戒レベルを引き上げる。どうやら敵意をむき出しにしているようだ。

「……誰!? オーメルの所有物ではないわね。」

 相手からの反応はない。ただ、爆発で倒壊した天井の一部を蹴飛ばしながら、ゆっくりとこちらに銃口を向けてくる。その武器は中型のビームキャノンか、プラズマ系統の火器だろうか。
 ブラッドテンペストは指揮支援型とはいえ、一通りの重火力を備えている。だが、施設内部で大火力武器を発射すればさらなる崩落や火災を招く恐れがある。エリカはハンドルを握り直し、即断する。

「シールドジェネレーター展開……周囲の施設がこれ以上壊されないように防御するしかないわ。射線は最低限に抑えて――」

 フォートの側面からエネルギーフィールドが広がり、空中に幾何学模様のような輝きを描きながら防御壁を形成する。その間に、エリカは施設マップを呼び出し、味方の位置を確認。
 しかし、その隙を突くように敵機が高速移動で接近してきた。上方から俯瞰する形でキャノンを発射し、ブラッドテンペストのシールドに直撃させる。眩い閃光と衝撃波が走り、コクピットが大きく揺れた。警告ランプが点滅し、エリカは咄嗟に制御桿を操作してフォートを後退させる。

「ぐっ……! やるわね、こんな狭所でその機動力。まるでネクスト……!」

 エリカは歯を食いしばる。攻撃を受け止めるのがやっとで、反撃のタイミングを掴めない。施設を破壊しないよう威力を抑えた射撃では敵機を仕留められそうにない。相手が何者かも分からぬまま、ただ手を拱いている状況が彼女を苛立たせた。

「指揮支援用の火器では荷が重い……でも、ここで下がるわけにはいかない。私が退けば、施設内部が更に混乱するわ!」

 通信が不安定なため、外部の増援を呼ぶこともままならない。そんな中、エリカの脳裏に浮かんだのは「個でしか戦えない」というネクストの存在。しかし、彼女はあくまでアームズ・フォートを運用する指揮官であり、ネクストに乗ることはない。
 この狭い空間で、しかも相手がネクスト級の高機動を誇るなら、どう迎撃するか。思案するエリカは、ふとコクピットのサブパネルに映る部下からの通信メッセージに気づいた。

『隊長、私が施設の非常通路から回り込みます! そちらの隙を引きつけてください!』

「誰だ……副官のグレゴール? そんな危険な真似を……!」

『大丈夫です。このままでは隊長が集中攻撃を受けてしまう。私が白兵戦装備で奇襲をかけます。それと、レイラも合流予定です。遠距離兵器は使えないでしょうが、相手の注意を逸らすには十分かと。』

 それはエリカの直属の副官たち、グレゴール・シュタインとレイラ・ヴァレンタインからの救援申し出だった。彼らはアームズ・フォート戦術の中核を成す二人だが、それぞれ性格も戦術スタイルも異なる。
 グレゴールは防衛戦術を得意とし、慎重な性格。一方、レイラは突撃戦術を好む一匹狼タイプで、白兵戦にも高い適性を持っている。

(なるほど……フォート同士の殴り合いが無理なら、個人の白兵戦を組み合わせるしかないのね。)

 エリカは小さく息をつくと、ブラッドテンペストのシールドを強化し、再び敵機の攻撃を受け止める。ものすごい衝撃が装甲を揺さぶるが、この間にグレゴールたちが側面から接近できれば勝機があるかもしれない。

「了解。私が囮になる。合図を送るまでには慎重に位置取りして。あまり無理をするんじゃないわよ、二人とも。」

『承知しました、隊長。』

 通信が切れると同時に、エリカは操縦桿を押し込み、ブラッドテンペストを斜め前方へ突撃させた。狙いは相手を大きく後退させ、その隙に脇道から白兵部隊を突入させること。
 防御シールドを前面に展開したままの強行突撃は、フォートの重量を活かした体当たりにも等しい攻撃だ。敵機がそれをかわそうと上方へ逃げるが、天井の残骸が邪魔をして身動きが鈍る。そこにブラッドテンペストのシールドがぶつかり、火花と金属音を盛大に散らす。

「いける……!」

 エリカが思わず拳を握るが、敵機はすんでのところでバーニアを吹かし、上空へと跳躍する。フォートの攻撃は寸前で空振りに終わり、施設の壁を大きく削り取った。衝撃でコクピットが振動し、エリカは歯を食いしばって耐える。

「ちっ……逃がさないわよ。」

 再び照準を合わせようとするが、敵機は高機動でブラッドテンペストの後方へ回り込み、大口径キャノンを構える。次の一撃はシールドで耐え切れないかもしれない――そう思った瞬間、管制パネルに合図が届いた。

『隊長、グレゴールです。敵の真横、死角に入りました。レイラと共に仕掛けます!』

「今よ……!」

 エリカが叫ぶと同時に、ブラッドテンペストの大出力センサーが稼働し、敵機を強烈なジャミングで包み込む。指揮支援フォートのもう一つの強み――高性能な電子戦装備による短時間の妨害攻撃だ。急に動きがぎこちなくなった敵機を、白兵戦の装備を持つグレゴールとレイラが横合いから襲う。

「レイラ、あまり前に出過ぎるんじゃないぞ!」
「うるさいわね、わかってる。私に指図するなっての!」

 レイラは突撃を得意とする一匹狼タイプ。彼女は細身のサブマシンガンを携え、邪魔な装甲プレートを狙い撃ちながら、近接爆弾を投擲する。すさまじい爆風が起き、敵機は姿勢を崩して地面へと叩きつけられた。
 グレゴールは防御専門のシールドを構え、仲間を守るように展開しつつ、手持ちのグレネードランチャーで牽制射撃を行う。二人の連携は完璧とは言えないが、こうした狭い空間でネクスト級の機体に対抗するには十分すぎるほどの手際だ。

「隊長、今です!」

 レイラの掛け声と共に、エリカはブラッドテンペストを操作し、敵機がダウンした位置へと足を踏み出す。巨大な四肢パーツがゆっくりと稼働し、まるで怪獣が獲物を踏み潰すような迫力をもって敵機を押さえつける。
 敵機はもがくが、フォートの質量に対抗する術はない。キャノンを発射しようにも、ジャミングによる制御障害が生じているのか、トリガーが反応しないようだ。

「降伏するつもりはある? ……いや、そんなやり取りが通じる相手かも怪しいわね。」

 コクピット内でエリカが低く呟く。もし有人機なら、通信で警告を発するが、今は相手が何者かすらわからない。無人ならそのまま破壊するまでだ。だが、施設への被害はこれ以上増やしたくない――エリカはそこで一瞬迷いが生じた。
 その迷いをつくように、敵機は一部の装甲を展開させ、中から奇妙な光の球体を放出する。プラズマか、それともEMP系の即席爆弾か――! 反応する間もなく、眩い閃光が走り、ブラッドテンペストの各種センサーが一時的にダウンする。
 次の瞬間、機体の下敷きになっていたはずの敵機が闇の中へと逃亡していた。まるで瞬間移動でもしたかのように、そこには何も残っていない。ただ床に焼け焦げた跡と、飛び散った金属片が散らばるのみ。

「いない……だと?」

 シールドを下ろして周囲を警戒するエリカ。グレゴールとレイラも混乱を隠せないまま、煙立ち込める通路を探索するが、すでに敵機の反応は消えていた。
 ひどい損害と混乱を残して姿を消した“謎の機体”――いったい、誰が操っていたのか。オーメルの兵器なのか、それとも外部の侵入者が何らかの手段で持ち込んだのか。答えはまったく見えない。


 しばらくして、ハンガー区画や試験フィールドの混乱がようやく沈静化し始めるころ、イグナーツ・ファーレンハイトは状況を把握するための緊急ブリーフィングを開いた。
 場所はハンガーに隣接する簡易指令所。壁にはひび割れや焦げ跡が残り、床には煤や瓦礫が散らばっているが、ここがいちばん被害が少ない区画だという。

「……結局、侵入者の正体は不明。ドローン暴走の原因も未解決。試験中のフォートと無人兵器の大半が破損し、死傷者も出た。この損害は甚大だな。」

 イグナーツの口調に怒りや焦りはない。ただ淡々と事実を積み重ねている。彼はデータパッドを操作しながら、まるでパズルのピースを一つひとつはめ込むかのように事態を分析している。
 一方、対面に立つエリカ・ヴァイスナーは眉をひそめる。アームズ・フォート“ブラッドテンペスト”にも軽微ではあるが損傷があり、その修理コストや時間を考えれば、すぐに次の作戦行動に移れるかも怪しい。

「私の部隊でも被害が出ています。侵入者の機体はネクストほどのサイズではありませんでしたが、あの機動性は……」
「ふん。仮にネクストでなかったとしても、我々の防御を突破したわけだ。……何者であろうと、看過できない存在だね。早急に対策を立てる必要がある。」

 イグナーツはそう言いながら、脳裏でいくつかの可能性を組み立てていた。オーメル内部の裏切り者の仕業か、それとも外部からのスパイか。あるいは、噂に聞く“自律進化したAI”が意図的にドローンを暴走させたのか。
 いずれにせよ、彼が出した結論は一つ――“ネクスト不要論”の実証を急がねばならない。もし制御不能の存在(AIであれ、人間のリンクスであれ)が台頭すれば、オーメルの理想は揺らいでしまう。

「エリカ・ヴァイスナー、今後はフォート部隊をフル稼働させ、地上の動向を探ってくれ。君が指揮を執ることで、企業連合(リーグ)にも“オーメルの意志”を示すことができる。……父親であるレオン・ヴァイスナーが何を企んでいるかも、ついでに調査しろ。」

 突拍子もない指示に、エリカはわずかに目をそらす。
「地上の廃墟で謎の動きがあるというのは確かですが、それが父と関係あるかどうか……私にはわかりません。ですが、任務であれば遂行します。」

「フフ……頼もしいね。まったく、血縁などという非論理的な要素があっても、君は動じないか。」

 彼の言葉は褒め言葉なのか挑発なのか、どちらとも取れる。エリカは答えず、ただ敬礼のように軽くうなずいてみせる。
 こうして、オーメル内部の混乱はひとまず収束したが、その代償として多くの実験データと装備が破壊された。ある意味、イグナーツにとっては一種の“計算外”と言える損失だ。しかし、彼は感情を表に出さない。最終的に自分の理想――“完全管理された戦争”が達成できれば、多少の犠牲など取るに足らないと冷酷に割り切る。

「それにしても、興味深い展開だ。ネクストでもない、奇妙な機体の乱入。まるで“人と機械の境界”が揺らいでいるようにも見えるな……。」

 自らもそう呟きながら、彼はその視線を遠い先へ向ける。そこには、オーメルが地下で極秘開発を進めていた“アポカリプス・ナイト”の設計図がホログラムに浮かんでいた。自動化を前提としたネクスト兵器――ネクストのAMS制御をさらにAIで補完し、リンクス(パイロット)の負担を最小化するという発想。しかし、真に目指すのは“リンクスすら不要”という世界だ。
 この先、“個”として戦場を駆けるレオンと、組織・AIの力を象徴するイグナーツが正面から衝突する日は近いかもしれない。エリカを挟んだ親子の因縁が、企業間の対立へと絡み合う未来が訪れるのを、彼らの誰もが正確には予想していなかった。


 ハンガーの修理作業が一段落し、アームズ・フォートの被害箇所も応急処置が施された頃。エリカ・ヴァイスナーは部下を率いて地上に降りるための準備を着々と進めていた。
 彼女は広大な整備区画の中央に立ち、整然と並んだフォート部隊と兵士たちを見渡す。大きく深呼吸し、マイクに向かって声を張り上げる。

「今回の出撃目標は、“地上の廃墟”を捜索し、所属不明の機体を捕捉、あるいは排除すること。そして、オーメルに敵対する勢力がいないかどうかを調べる。……これ以上の混乱を許すわけにはいかない。私たちの力を示すのよ。」

 隊員の中には、今回の侵入者事件で友人や同僚が負傷した者もいる。彼らの目には怒りと悲しみが混ざった感情が見えていた。しかし、エリカはそれを抑え、冷静に指揮することを強いられている。個人的な感情で動くことは、自分の戦術理念に反するからだ。

「副官のグレゴール、レイラ、あなたたちは先行偵察を行って。アームズ・フォートの大部隊を運用する前に、地上の汚染レベルや敵の配置を確認する必要があるわ。絶対に無理はしないで。」

「了解。隊長もブラッドテンペストの調整はしっかりしておいてくださいよ。」
「へへ、あの怪しい機体に先に一太刀浴びせてやらなくちゃね!」

 レイラが不敵に笑い、グレゴールは苦笑いしながら彼女の背中を小突く。そんな彼らのやり取りを見て、エリカはほんのわずかに口元を綻ばせた。自分が率いる部隊は個性派揃いだが、それでも企業戦争を生き抜いてきた頼れる仲間でもある。

 一方で、イグナーツ・ファーレンハイトは遠くからその光景を見下ろしていた。彼は高層フロアの展望窓越しにフォート部隊の整列を見守り、冷笑ともつかない表情を浮かべる。

「フッ……どんなに優れた指揮官がいようと、最終的にはAIの方が合理的に戦線を制御できる。いずれエリカも、彼女自身の無力を思い知るだろう。」

 彼はそう呟きながら、自分の端末に表示される“ヴァルキュリアシステム”のデータを確認する。新たなアームズ・フォート“ドラゴンベイン”の量産に向けたシミュレーションが順調に進めば、レオンがどこにいようと関係なく、ネクストの時代を終わらせられると信じている。
 たとえエリカがレオンと血のつながりを持っていようとも、それはただの“人間的な要素”にすぎず、戦争理論の中ではノイズでしかない、と彼は断じるのだ。

「さて、近いうちに“アポカリプス・ナイト”の実験段階へ移行できる見込みが立つ。そうなれば、私自身がネクストの操縦桿を握ってみるのも悪くない。もっとも、AI制御が完成形ならパイロットなど不要になるが……。最終的に“リンクス”など駆逐される運命さ。」

 彼は一瞬、窓の外を流れる灰色の雲を眺める。空の上にはクレイドル群があり、人々が安全に暮らす社会がある。しかし、その社会を支えるためには地上の支配が欠かせず、企業間の覇権が絶えず争われてきた。イグナーツにとって、その企業戦争を“完全管理”することこそが、自らの理想にほかならない。

「人間という予測不能な要素を排除し、戦争を数学的に掌握する。それが私の使命……いずれ証明してみせるさ。」

 どこまでも冷静で、しかし野心に燃える若き策士の横顔に、たったひとつだけ欠けているもの――それは“人生経験”と揶揄されるほどの人間的な温度だ。だが、彼は必要としていない。不要な感情は計算を乱すだけだと断じ、あくまで合理性を最優先する。


 かくして、オーメル内部で起こった異常事態は、未解決の謎を多く残しながら、ひとまず表面上は沈静化した。しかし、その背後ではエリカ・ヴァイスナー率いるフォート部隊が地上へと向かい、イグナーツ・ファーレンハイトの構想がますます加速しようとしている。
 ネクスト不要論を唱えるイグナーツが、やがて自ら新型ネクスト“アポカリプス・ナイト”に乗り込むことになるとは、まだ誰も想像していない。あるいは、謎の機体と“レオン・ヴァイスナー”がどこかで交錯し、エリカがその場に居合わせる――その未来すら、今は朧げな影を落としているだけだ。

 破壊と再生が繰り返される地上。そこで孤高のリンクスが何を思い、企業の歯車として生きてきたエリカがどんな運命を迎えるのか――オーメルの動向は、その鍵を大きく握っている。
 次回、もしレオンとエリカが戦場で対峙することになれば、イグナーツが描く「完全管理戦争」の序曲となるだろう。あるいは、人間の意志がAIや組織の計算を超越する瞬間が訪れるのかもしれない。

 今はまだ、オーメルの動きが世界を動かしていることを、当の彼らでさえ意識していない。
 ただ一つ確かなのは――“企業連合(リーグ)”の頂点を目指し、ネクストを不要とする野心に燃えるイグナーツの冷徹な瞳が、これから起こる大きな戦乱の火種を揺らめかせようとしている、ということだけであった。

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