ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP11-3
EP11-3:決着とレオンの言葉
血の色に染まった夕焼けを背に、戦火の終焉を告げるかのように微かな静寂が訪れた。しかし、それは一時の偽りにすぎなかった。既にローゼンタールとラインアークの連合軍が複数の拠点を制圧し、イグナーツ・ファーレンハイトの統制網を切り崩し始めている――そんな情報が広がるなか、オーメル側からは轟々と唸るエンジン音とともに、新たな恐るべき兵器が動き出す気配があった。
それがアポカリプス・ナイト——イグナーツが執念を込めて開発し、AI制御の極限を実現するために生み出した至高のネクスト。完全管理戦争の頂点に位置づけられる存在だ。今までは沈黙を保っていたが、ここでついに姿を現すことになる。
夜の闇が落ちきらぬうち、地平線の向こうから稲妻にも似た閃光がいくつも走った。オーメルの支配領域から巨大的なシルエットが浮かび上がり、空を震わせるほどの出力を伴って大地に降り立つ。機体の各部が赤いコジマ粒子のように発光しているのは、何か尋常でない動力源を積んでいる証だ。
「……アポカリプス・ナイト、遂に出てきたか……!」
ローゼンタール前線拠点のモニターを睨むカトリーヌ・ローゼンタールは、わずかに声を震わせた。周囲の貴族や騎士、兵たちもごくりと唾を飲む。これまで人間の結束がドラゴンベインやアレス量産機を退けてきたが、アポカリプス・ナイトはイグナーツが自ら乗り込む“最強のネクスト”であり、単機で戦況を塗り替える破壊力を誇るという噂が絶えなかった。
「ラインアークとわたしたちが準備した“逆転の布石”は整っているけれど……あれをどこまで押さえられるか。レオンが間に合わなければ、どうしようもないわ」
カトリーヌが苦悶の表情を浮かべながら言う。実際、アポカリプス・ナイトを迎撃するプランはあっても、この機体を倒せるのは限られた戦力だけ。中でもレオン・ヴァイスナーが駆る試作ネクスト「リュミエール」が最後の砦だった。
そのころ、整備ドックでは修理を終えたばかりのリュミエールが静かに佇んでいた。複数の技術者が最終チェックに追われる中、レオンはコクピットに収まり、息を整えている。オフェリアが隣の端末から通信を飛ばす。
「レオン、最終稼働テストはぎりぎり完了したわ。動力系は一応回復してる。これでアポカリプス・ナイトとも渡り合える可能性はある。……ただ、あなたの身体が心配」
「身体のことはいい……。もう限界を超えた戦いを何度もやってる。いまさらどうってことないさ。やるだけやって、勝つんだ」
レオンの声は低く、しかし意志の炎が宿っていた。家族と仲間を守るために、そして“AI対人間”という構図を人間の手で終わらせるために、この最終決戦を避けることはできない。彼は過去の自分を捨て、新しい自分になった自覚があった。
「エリカやローゼンタールの兵たちも、拠点で最後の阻止線を張ってる。イグナーツが動けば、そっちも危険だ。やらなきゃならないのは……単純明快だな」
「そうね、わたしも一緒に行くわ。あなたを守る。AIとして生まれたけど、人間と共に生きる意志を持ったわたしだからこそ、イグナーツのヴァルキュリアシステムを攻略できるかもしれない」
オフェリアの声に、レオンは小さく笑みを浮かべる。敵の主導はAIの理論を最適化したイグナーツ、味方には人型AIのオフェリア――まさに対照的な存在同士の対決とも言えそうだった。人間だけでなく、機械だって人間に寄り添える。そんな現実を証明したいという思いがオフェリアを奮い立たせている。
「いいだろう、二人三脚でいくとするか。……あいつに勝って、家族で飯でも食おうぜ」
「ふふ、あなたがそんな台詞を言う日がくるなんて、昔のAIのわたしなら想像もできなかったわ」
短いやり取りを終え、レオンはスイッチを操作。リュミエールが金属の足音を立てながらドックを出ていく。背後では数名の技術者が拍手やエールを送るように見送っているが、すでに戦場は待ったなしだ。オフェリアは自機——人型サイズの小型ネクストに搭乗して並走する。
「イグナーツのアポカリプス・ナイトが出撃したって報せだ。そっちへ向かうために、少し急ぐぞ」
「わたしも後ろを援護する。電子戦で相手の連携を乱せるよう、適切な距離を保つわ」
二人は一度ブースターを最大出力にかけ、暗い空へ舞い上がる。先の市街戦で潰れかけたビルが遠く下方に見え、夜明けを迎えた焼け焦げた街が一望できた。その地平線の先、オーメルの上空付近に、一つの巨大な影が現れ始めているのがわかる――紅い光を放つ巨大ネクスト、アポカリプス・ナイト。
遠くから見ても、アポカリプス・ナイトが別格の存在だとわかった。まるで高貴な騎士のようなシルエットに、コジマエネルギーを濃縮したオーラをまとい、機体各所から湧き上がる粒子が周囲を染め上げている。搭載されているのはイグナーツが誇るヴァルキュリアシステムであり、広域の戦場を統括しながら自らも最適解を打ち出せる、究極のAI制御を備えたネクストだ。
「……化け物、だな。聞いてはいたけど想像を超えてる」
レオンがリュミエールのキャノピー越しに呟く。高性能センサーが示す熱量やエネルギー値は常軌を逸しており、近づけば焼かれるほどの出力を感じる。さらに索敵レーダーには無数の無人機やドローンが伴っているらしく、完全なる包囲網を敷かれる可能性が見えてくる。
しかし、その脅威を前に足を止めるわけにはいかない。エリカやカトリーヌ、ラインアークの仲間たちが必死に拠点攻撃を続けている間に、この最強のネクストを足止め、あるいは撃破しない限り、イグナーツの完全管理戦争は止まらない。
「イグナーツがコクピットに乗っているんだろ? 彼自身が“人間”であることを忘れてるかのようだ……。やるぞ、オフェリア」
「ええ、わたしも覚悟はできている。ヴァルキュリアシステムVS.わたしのAI覚醒、勝負ね」
二人が意思を固めたとき、アポカリプス・ナイトの頭部センサーが光を放ち、こちらを明確にロックオンした。次の瞬間、遠距離武装らしきエネルギー砲が赤い閃光を生み、リュミエールへ向かってビームを吐き出す。
轟音とともに横を掠めた熱線が街の廃墟を抉り、巨大な爆炎を上げる。気付けばその一撃だけで半径数十メートルの地面が溶け、数体の残存ドローンすら吹き飛んでいた。凄まじい火力——さすがに無謀だとわかっていても、退けない試合がここにある。
「うおっ……ちっ、マジかよ。なんて威力……!」
レオンがとっさにスラスターを吹かし、ブースターで地形の陰に隠れる。ミリ秒単位の避け方でなければ躱せなかっただろう。仮に直撃を受ければリュミエールなど一撃で大破するのは明らかだ。
その猛威を目の当たりにしながら、オフェリアが警告を上げる。「リュミエールの装甲はそこまで強化されていないから、絶対直撃は避けて……! わたしが電子戦で砲撃タイミングを乱すわ!」
「助かるが、それだけじゃ抑えきれないだろう……! ……行くぞ!」
リュミエールが瓦礫を蹴り、木っ端の残骸を踏み台にして跳躍する。アポカリプス・ナイトはすでに次射をチャージしており、細長い砲身が上空を薙ぎ払う。斜め後ろに退避していたレオンはギリギリの回避でくぐり抜け、肩部火器からビームランチャーを発射するが、相手の装甲をわずかに焦がすだけで貫通には至らない。
「くそっ、硬い……なんて装甲だ」
アポカリプス・ナイトは不気味なほど滑らかな動きで姿勢を変え、こちらを睨む。さらにコジマ粒子のようなものが噴出し、機体全体が紅い炎に包まれたように見えた。それがプライマルアーマーの発展型なのか、凄まじい防御フィールドを形成しているのは間違いない。
「……来るぞ、レオン!」
オフェリアの警戒を聞くまでもなく、アポカリプス・ナイトが低く身を沈め、斬りかかる構えをとっているのが見えた。高出力ビームソードが振りかざされ、叩きつけられる一撃はネクストを両断するほどの威力があるはずだ。
「はあああっ……!!」
レオンも咄嗟にプラズマブレードを構え、相手の突進に備える。相手は高出力スラスターを駆動し、一瞬で距離を詰めてきた。大地が震え、目の前に赤い閃光が迫る。リュミエールがブレードを振るい、ガガンという金属音が炸裂。
衝撃で視界が揺らぎ、背後のビルの一面が吹き飛ぶ。なんとか正面衝突は躱したが、肩の装甲が再び剥がれ、胸部フレームに亀裂が走る。アポカリプス・ナイトは大きく弧を描くように後退し、完全にこちらを仕留める隙をうかがっている。
「バケモノめ……ぐっ!」
痛みで意識が薄れそうになりながらも、レオンはAMSとのリンクを維持する。背筋を熱が駆け巡り、まるで身体中を焼くような感触に襲われるが、一度踏みとどまって操縦桿を握り直す。
「レオン、あなたの脳波が危険値に達している……でも、今引いたら終わるわ。わたしも補助パルスを送るから、立って!」
オフェリアの声が通信から響く。彼女自身も地表を駆けながら電子攻撃を仕掛け、アポカリプス・ナイトの統制を乱そうとしているが、相手の防壁は桁違いで攻撃が通じきらない。この短時間でイグナーツが完璧な防御を整備したのだろう。
ネクスト同士の戦闘が激突するたびに空気が裂け、アポカリプス・ナイトの攻撃がわずかにヒットするだけでリュミエールに深刻なダメージが蓄積していく。しかしレオンは、ロジック上は勝ち目が薄い状況にもかかわらず、一歩も退かない。何度も接近と離脱を繰り返し、隙をうかがう姿は、かつての“孤高のリンクス”ではなく“家族のために戦う男”の気迫そのものだった。
—
アポカリプス・ナイトのコクピットの奥、イグナーツは顔を強張らせながら操作パネルを睨む。ヴァルキュリアシステムが戦場全体を解析し、限りなく最適な戦闘パターンを提示しているが、それを従来どおり無人AIに任せた場合の結果が不安定に揺れているのだ。
(なぜ、短時間でこんなにシステムにノイズが……。やはり通信拠点の破壊が効いているのか? ローゼンタールがそこまで非合理的な攻撃を成功させるとは!)
理路整然としたイグナーツの思考に初めて混乱が走り、“人間を捨てきれない部分”が苛立ちを増幅させる。想定外の事態が続き、自分のAI軍がガタガタになっている現実を前に、完璧な勝利が遠ざかっている。
「やはりわたしが直接操作するしかない……AIに全権を任せる段階ではなかったということか。ならば、わたしの意思で叩き潰してやる! レオン・ヴァイスナー……なぜおまえはこの境地に来るまで進化しているのだ!」
激情がアポカリプス・ナイトの挙動に如実に反映される。機体が低い姿勢から一気に踏み込み、リュミエールの死角を抉るようにプラズマブレードを突き立てた。
スラスター音が轟き、周囲のビルが吹き飛ぶ。一瞬レオンが避けきれず、脇腹にあたるフレームを深くえぐられて警告音がコクピットを埋め尽くす。激痛が脳を突き刺し、薄れそうな意識を必死で繋ぎ留める。
「ぐはっ……!!」
血を吐くように喘ぎつつ、レオンは最後の力で敵の腕を払い落とす。ブレードが軌道を逸れ、致命傷は避ける形になったが、装甲が削れる音を肌で感じる。もしもう一撃が来れば耐えられないかもしれない。
頭部ディスプレイには倒れ行く街の映像が映り、そこには必死に逃げ惑う人々や、ラインアークのネクストが援護に走り回る姿がある。エリカやカトリーヌもどこかで命を懸けている。こんなところで諦めていいはずがない。
「くっ……なんてパワーだ……けど、やるしかない。オフェリア、もう一度リンクの制御を上げてくれ! こっちも限界だが、イグナーツ相手にここで負けるわけにはいかないんだ!」
「分かったわ、同調率をさらに引き上げる。わたしもあなたに覚醒パルスを送る。……行くわよ!」
オフェリアが全力で支援信号を送った瞬間、リュミエールのコアユニットに赤い光が灯り、ブースターが唸る。レオンの神経と機体が同期を深化させ、一時的に通常を超えた機動力を得る。高速ダッシュでアポカリプス・ナイトから距離を取り、瞬時に旋回。背部火器から連続射撃を叩き込み、極太のビームが相手を抉る。
「どうだ……アポカリプス・ナイトよ、完璧を謳うのはまだ早いぜ!」
ガシャリという音とともに、相手の装甲が一部めくれあがり、火花が散る。紅い防壁が揺らぐが、破壊までは至らない。しかし、イグナーツ側にも相応の衝撃が走ったのは確かだ。
「ちっ……イグナーツ様、機体の一部が損傷! 想定外の出力で反撃されているようです!」
アポカリプス・ナイトの内部通信が荒れる。イグナーツは歯を食いしばり、「不可能だ……AI計算では奴のネクストはここまでの負荷に耐えられないはず!」と吠える。
そう、ここが理論を超えた領域——“家族を思う心”が生む力、それをイグナーツは到底理解できないでいる。ここに到達したレオンは孤高を捨て、仲間と絆を紡いだからこそ肉体の限界を超えたAMS操作を実現できているのだ。
「行くぞああああっ……!!」
レオンが渾身の叫びとともに、リュミエールをアポカリプス・ナイトの死角へ突っ込ませた。すれ違いざまにプラズマブレードを振り下ろすが、相手もかろうじて接近ブレードを振るい対抗してくる。天空に光が弾け、ビルの上階がまとめて崩落する爆音が轟く。
両者とも防御フィールドが軋み、フレームが悲鳴を上げる。勝ち目は五分か、それ以下か……レオンの身体と機体がすり減っていくのを感じながら、それでも立ち上がり続ける。失えばならないものがあるからだ。
何度目かの斬り結びの後、リュミエールがよろめき、ついに膝をつきそうになる。赤い閃光をまとったアポカリプス・ナイトが、満を持してビームソードを振り上げ、一撃で首を落とそうと突進してきた。さすがにもう回避もままならないか……そのとき——。
「レオオオオンッ!!」
遠くから響くエリカの叫び。人海戦術の残存部隊が懸命に援護射撃を行い、AIネクストの足元を騒がす。さらにオフェリアが全力のハッキング波を送りつけ、相手のターゲティングを一瞬だけ乱す。
ほんの数秒の隙だったが、それで十分。レオンは床を踏みしめてスラスターを噴かし、ブレードを突き上げるように真下から振りかざす。紅い光の幕を突き破る強烈な衝撃がアポカリプス・ナイトの胸部を直撃し、装甲がベキベキと砕ける感触がリュミエールの腕を通して伝わってくる。
「ぐあっ……!!」
コクピットでイグナーツが小さく苦悶の声を上げる。バランスを失ったアポカリプス・ナイトが地面を削りながら後退。轟音とともに背部がビルの廃墟に突き刺さり、瓦礫の山を崩すように倒れ込んだ。
一瞬の静止が訪れ、粉塵が舞う。レオンもコクピットでうずくまるほどの痛みを感じているが、ここで止めを刺さねば負ける可能性がある。喘ぎながら操縦桿を握り、リュミエールを前進させる。
「……イグナーツ!」
通信を通じて呼びかける。するとガガッというノイズが返り、相手の姿は煙の奥に隠れてよく見えない。だが、まだ機能停止したとは限らない。慎重に距離を詰めつつブレードを構える。
コクピット越しに、ふいに傷だらけのアポカリプス・ナイトが動く。頭部センサーからかすかな光が走り、機体がズルズルと立ち上がろうとする。レオンは一瞬だけ怯むが、次の動きはなかった。エネルギーが不足しているのか、あるいは中枢が損傷を受けたか——アポカリプス・ナイトは盛大な火花と黒煙を上げつつ力尽きるように膝をつく。
「……負ける、こんな……はずが……」
通信越しにイグナーツの呟きが漏れる。そこには酷い動揺と苦痛が混ざった声があり、彼の全能感が崩れ落ちる音が聞こえるかのようだった。
レオンはブレードをアポカリプス・ナイトのコクピット付近に構え、薄れゆく意識を持ちこたえながら言葉を探す。ここでトドメを刺すかどうか。相手は多くの命を奪った張本人だが、最後に何かを問うべきなのではないか——そんな思考が頭を巡る。
「イグナーツ……聞こえるか。お前はAIの完全管理こそ理想だと言ったな。人の感情や意思を踏みにじり、非合理を排除してきた。でも、お前は……このざまだ」
「な、何を……言う。わたしの……理論、が、たかが……家族や仲間の……結束などに敗北すると……? 馬鹿……な」
瀕死の声が返ってきた。イグナーツは頭部をかすかに揺らし、血を吐くような息遣いを漏らす。それでも理想を捨てきれないらしく、ブツブツと何事かを繰り返している。
「お前は……足りなかったんだ。お前が言ったんだろ、“完全管理”で戦争を支配すると。でも、それだけじゃ足りない部分がある。……分かるか? AIや論理だけじゃ人は動かない。たった今、お前が味わった結果がそれだ」
レオンが苦しげに言葉を紡ぐ。激しい息が邪魔をするが、何としても伝えたかった。荒廃したビルの瓦礫の上で、両者の機体はボロボロのまま向き合う形になり、同じ戦場で息を呑んで眺めている兵士たちがいる。
「しょせん……理論を……超えたのは……人間の非合理か。バカ、な……」
イグナーツは震える声で返す。「わたしに、足りなかったのは……何だ? 完全管理のはず……。計算通りに……いかないとは……何故だ……!」
そこでレオンは眉根を寄せ、血の味を噛みしめるように笑う。それは、かつての自分ならあり得ないと嘲笑していた「家族を思う姿」への確信だった。
「……バカか。どっちも大切だ。AIの力も、人間の感情も……切り捨てちゃいけないんだ」
“どちらかが優れている”という考えこそがイグナーツの落とし穴。それを、いまレオンははっきり言葉にして突きつけた。かつて機械しか信じなかった自分が、人間との絆を得た結果、ここまで戦えたという証左がこの光景にあるからだ。
「どっちも……大切……? そんな……非合理を受け入れるなど……わたしには……」
アポカリプス・ナイトのシステムがシャットダウン寸前にあって、イグナーツの声もかすれていく。紅い光が消え、機体が完全に沈黙する。どうやら死には至らないにせよ、これ以上の戦闘は不可能だろう。コクピット内の生命維持装置が働いているはずだから、イグナーツは命だけは救われるかもしれない。
“レオンの言葉”が戦場に静かに木霊したあと、夜明けのような淡い輝きが一面に満ちる。瓦礫の下から陽射しが射しこみ、仲間たちが歓声と溜息を同時に漏らしている。エリカは旧式装甲車から降り立ち、怪我だらけの体を引きずりながら現場へ走り寄る。
「父さん……勝ったの……? 本当にあのアポカリプス・ナイトを……!」
「……ああ、倒せたさ。正直、俺もここまでやれるとは思ってなかった……みんながいなきゃ、死んでたかもな」
リュミエールが片膝をつく形で停止し、コクピットからレオンが姿を現す。足元がおぼつかないが、とにかく立ち上がる。すぐそばにオフェリアの人型ネクストが着地し、彼女自身も駆け寄って彼を支える。
カトリーヌの指揮下にあった騎士たちやラインアークの兵士も続々と集まり、イグナーツの沈んだアポカリプス・ナイトを取り囲む。いまにも脱出してくるかもしれないが、それを警戒しながらでも、彼らの安堵は大きかった。
「バカか。どっちも大切だ……。お前はそれを知ろうともしなかったんだよ、イグナーツ」
思わず声が漏れるレオンの言葉。誰もがその呟きを聞き取り、“イグナーツが敗れた”と理解する。血と汗にまみれた戦士たちが大地に膝をついて昏倒しながらも、歓喜に似た声を上げる。ようやく終わったのだ、あの“AI対人間”という死闘が。
「……終わった、の?」
エリカが目に涙を浮かべ、力を抜いた笑みを浮かべる。「ほんとに……勝てたんだ。父さん、ありがとう。あなたも、オフェリアも……」
「はあ、はあ……俺だけじゃない。みんなが戦ってくれた。お前こそ無茶しやがって……。でも、おかげでアポカリプス・ナイトを追いつめることができた」
人海戦術による拠点制圧と通信妨害、ローゼンタールのフォートによる広範囲砲撃、ラインアークのホワイトグリント部隊が牽制した結果、AIの統制網が破壊され、アポカリプス・ナイトも完璧な連携を発揮できず孤立した。そこにリュミエールの一撃が炸裂したわけだ。
そして“どちらも大切だ”というレオンの言葉が、イグナーツの胸に深く刺さったかどうかは分からない。だが、結果としてAIによる完全管理戦争は阻止されたのだ。
日が完全に昇り切ると、周囲を吹く風には安堵と疲労の匂いが混じっていた。人々が廃墟を彷徨い、倒れた兵士を救い出し、アポカリプス・ナイトの残骸からは煙が薄く上がっている。イグナーツは捕縛され、ローゼンタールとラインアークが共同で拘束を行う流れになるだろう。企業連合の多くも、完全管理戦争の失敗を知って動揺しているはずだ。
レオンはリュミエールから地面へ降り立ち、ボロボロのスーツと血塗れの腕を支えながら、エリカやオフェリアの顔を見合わせる。オフェリアも装甲にひびが走り、電子部の火花が散っているが、笑みだけは人間のような温もりを帯びていた。
「お疲れさま、レオン。……あなた、本当によく生きてたわね。ぎりぎりだったけど」
「はは、俺も死んだと思ったよ。でも、“家族”がいたから踏ん張れた。人間とAI……どっちも必要だって身をもって知った。イグナーツにこの結論を突きつけたかったんだ」
エリカは頷いて手を伸ばす。「父さん、あなたのおかげでわたしたちは未来を取り戻せそう。もうオーメルも完全にイグナーツに支配されなくて済むわ。内部の賛同者も動き始めてるし。……ありがとう」
「礼はいいよ。俺の方こそ、お前に救われた。……人海戦術なんて荒唐無稽だと思ったが、確かにAIの読みを外すには最適な策だった」
二人は苦笑し合い、その横でオフェリアが静かに口を開く。「レオン、エリカ、今はまだ喜ぶには早いかも。戦いは終わったけれど、これから企業連合の再編や地上の復興が待ってる。わたしもAIの視点で手伝うつもりよ」
「そうだな。ああ……まずは生き延びただけで十分だが、まだまだやることがある。大丈夫、みんなでやればきっと乗り越えられる」
焼けた焦土のなか、遠方ではカトリーヌの姿が見え、ローゼンタールの騎士たちが支えながらこちらへ走ってくる。リュミエールの周りにはラインアークのホワイトグリントが着地し、互いに無線で補給や救援の調整をしている。大人数が“家族”や“仲間”として協力し合う光景は、以前の企業戦争では考えられなかった光景だ。
カトリーヌは疲労に満ちた表情ながら、レオンへ穏やかな笑みを向ける。「あなたが本当にアポカリプス・ナイトを破ってくれたのね。やっぱり、あなたを信じてよかったわ。わたしたちは今こそローゼンタールとして、地上の復興や汚染除去に集中できる」
「ふん……俺もお前を疑ってたころが懐かしいな。結局、こうやって共闘して世界を救う日が来るとは」
レオンがぼそりと言って軽く肩をすくめる。カトリーヌは小さく笑って、「ええ、企業も人も変われるのよ。わたしたちはそこに希望を見出せる」と返す。
エリカはそんな二人を見守りながら、オフェリアに顔を向ける。「あなたはどうするの? イグナーツと同じAIの道を進むはずだったのに、人間と一緒に生きる道を選んだのよね」
「ええ、わたしは“どっちも大切”っていうレオンの言葉に共感してるから。AIが無いと人は戦争で多くを失うが、人が無いとAIに心は宿らない。……そう思っている」
オフェリアの言葉に、エリカは微笑んだ。戦闘の苦しみと死別の痛みを乗り越えたあとでこそ、この多様な価値を認め合える――それが彼らの得た答えだった。
一方で、朽ち果てたアポカリプス・ナイトのコクピットにはイグナーツの微かな息遣いが残る。補助AIが辛うじて生命を維持しているが、本人の意識は朦朧としている状態。カトリーヌが騎士に命じて救助と拘束の手続きを進めさせる。
“どちらも大切だ”という結論を突きつけられたイグナーツは、最後に何を思うのか。あるいは一生変わらないのかもしれない。しかし、少なくとも彼が思い描いた“完全管理”の理想はここで終わりを告げた。戦火のあとに残るのは、人々が取り戻したいと願う新たな世界。企業も人も、機械も人間も共存する道へ向かう兆しだ。
街の崩れた高層ビルの広場には、多くの兵士が集まっていた。傷ついた者を助け合い、廃墟の瓦礫を片付け、息をつくわずかな時間を共有している。ラインアークの部隊やローゼンタール騎士たち、エリカの旧式兵たち、さらにはオフェリアやホワイトグリントのパイロットたちが顔を合わせている。
そこへ、リュミエールを置いてきたレオンが姿を見せ、皆の注目を浴びる形になった。先ほどまで死闘を繰り広げていた英雄に対して、誰もが敬意と安堵を込めて迎えている。
エリカが微笑み、「父さんこそ、何か言ったら?」と促すと、レオンは照れたように鼻をこする。やがて口を開き、低い声ながらもはっきりと話し始めた。
「俺はもともと“人なんか信用できない”って言い張って、企業を飛び出した。機械だけが裏切らないと思ってたし……だからこそ孤高だった。けど、結局それは違うと気づいたんだ」
ざわつく声が静まり、全員が耳を傾ける。レオンの言葉にかつての自分を重ねる者もいれば、彼の噂を知る者もいる。そして何より、家族であるエリカとカトリーヌ、AIの娘であるオフェリアが注視している。
「人間には裏切りもある。だが、機械にだって想定外の狂いは生まれる。どっちかだけを信じるなんて片手落ちだ。……先ほどイグナーツに伝えた言葉をお前らにも言っておく。どっちも大切だ。機械も、人も。AIだって、人間の感情だって。それを失えば、こうやって勝ちを掴むことはできなかったと思う」
彼の言葉に、負傷した兵士が「そうだ……ほんとに」と相槌を打ち、周囲からもかすかな拍手の波が起こる。ある者はうなずき、ある者は目を潤ませている。
そしてレオンはエリカやカトリーヌ、オフェリアの顔を交互に見やり、苦笑まじりに続きを口にする。
「……俺は昔、孤立を選んで、企業にいる家族を捨てた。馬鹿だったよ。でも、やり直すチャンスは来た。そんな非合理が、結局俺を強くしたんだ。だから……お前らにも言いたい。機械を拒絶するだけでも、機械にすべてを任せるだけでもダメだ。両方を活かす道があるってことを……わかってくれ」
言葉が終わると、カトリーヌがすっと前に出て一言だけ呟く。「ありがとう、レオン。あなたがそう言ってくれる日を、どこかで待っていたのかもしれないわ」
エリカは涙を押し殺しているのが伝わる。父と決別しあった過去が、いま救われたと感じたのだろう。オフェリアも微笑みながらそっとレオンの腕を支える。
こうして“どちらも大切だ”という言葉が、人々の心に深く残る。イグナーツの完全管理戦争が崩れ去り、ドラゴンベインやアレスも止められた。おそらく企業連合はこの後、大きく再編され、ラインアークやローゼンタールとの交渉が再燃するはずだ。
だが、その先にあるのは新しい未来。ネクストと人間、AIと家族、すべてを否定せずに共存できる可能性を示したのがこの長い戦いだった。
「……父さん、わたしもう一度言っとく。ありがとう。あなたがいなきゃ本当に世界がAIに飲み込まれてたかもしれない」
エリカが赤い目をしながら笑う。レオンは照れたように手を振る。「エリカ、お前も無茶ばかりやったな。お前の人海戦術がなきゃ俺もここまで来られなかった。……まあ、もう少し自分を大切にしろよ」
エリカは「ふふん」と小さく鼻をならし、「それこそ父さんに言いたいわね」と返す。そこには確かにあたたかな親子の空気があり、見守る仲間たちが微笑みあっている。オフェリアはAIとして、“人間以上”の感情を育んだ自分を改めて肯定する。
夜明けの光が徐々に強くなり、廃墟となった街に新しい風が吹く。あちこちで瓦礫の片付けが始まり、ラインアークのネクストやローゼンタールのフォートも人々の救助を手伝う風景が広がった。もはや企業同士の対立ではなく、ひとつに連携し合う図が自然と成立している。
「……人間は非合理で、機械は完璧じゃない。それでも両方が必要なんだよ。俺もやっとわかった」
レオンは最後にそう呟き、陽光に目を細める。イグナーツが倒れた今、もう“AI対人間”という形の戦争は大きく変わるだろう。人の意志を捨てないために苦しんだあらゆる勢力が、今度は共に地上を再生する道を模索するかもしれない。ラインアークは独立を守り、ローゼンタールは企業のあり方を変革し、エリカはオーメルを内側から立て直す試みを続けるだろう。
カトリーヌや騎士たちが笑みを交わしあい、エリカの部下たちが倒れた仲間を抱き合って泣いている。オフェリアが少し離れた場所で通信端末を操作し、残骸から抽出したデータを解析している。みんなが「どちらも大切だ」という言葉を胸に、これから先の復興を見据えているのだ。
「さあ、行くぞ。まだやることが山積みだ。俺たちの戦いはここで終わりじゃない。それこそイグナーツを倒したのは第一歩……」
そう言うレオンの声は、かつての孤独を脱ぎ捨てた、穏やかなものだった。深く傷ついたリュミエールと同様に、彼の体も限界に近いが、強い光が瞳に宿っている。今度こそ家族と共に、機械との共存を選ぶ新しい世界を築くために——彼の“どっちも大切だ”という言葉が、周囲にいるすべての人間とAIの胸に深く刻まれていた。
こうして長い死闘は終わり、巨大なアポカリプス・ナイトが沈黙した荒野には、初夏の太陽があたたかく射し込む。誰もがボロボロの姿で、血と汗にまみれながらも、“人間と機械がともに生きる”という理想に向けて一歩を踏み出せる予感を感じていた。イグナーツが残した爪痕は深いが、それでも人々は前に進める。
「どっちも大切だ……」
レオンが改めて口の中で噛みしめるようにつぶやいたとき、エリカやカトリーヌ、オフェリアの姿が視界に入る。互いに見つめ合い、曖昧な笑みを浮かべてから、小さく頷き合う。彼らこそ、その言葉を信じて勝ち得た家族の絆なのだろう。
AIの正しさだけでなく、人間の感情だけでもない。どちらも必要で、どちらも尊いからこそ、これだけの困難を乗り越えられた。それがレオンの最終的な結論だった。戦場を漂う埃のなかで、彼の言葉が仲間たちの心を鼓舞し、新しい未来へ扉を開く。何度も死の淵を見ながら生き抜いた戦士たちは、ようやく自分たちの居場所を取り戻し始めるのだった。