再観測:ゼーゲとネツァフ:Episode 7-1
Episode 7-1:反対派本拠地
夜が明けたばかりの冷たい風が、セラの頬を刺していた。リセット派と反対派の一時的な協力関係──「仮契約」が機能し始め、強行派の制圧に成功してから数日。街の混乱は徐々に収まりつつあった。
しかし、それは「完全な和平」や「未来の安定」を意味するわけではない。ヴァルター率いるリセット派の上層部、反対派のリーダー・ドミニク、そして市民たち。それぞれに抱える思惑は尚もくすぶり、いつ新たな対立が起きるか分からない状況だった。
そこで、ドミニクは「真の合意」を形成するために、自分たちの反対派本拠地へセラやカイを招き、具体的な交渉・連携を続けようと打診してきた。リセット兵器ネツァフが暴走を止められても、世界が再び破滅へ向かう可能性はまだ消えたわけではない。
「一度、俺たちの本拠地を見に来い。足掻きがどういうものか、改めて感じさせてやる」
ドミニクはそう言い残して出発し、後日セラたちを迎えにくる手はずを整えた。
そして今、セラとカイ、少数の懐疑派将校は、小型の装甲車に乗り込んで街を離れ、荒野を走っていた。反対派の案内役が先導し、地図にも載らない細いルートを通る形で、拠点へ向かっている。
車窓に広がるのは茶褐色の大地と、朽ちかけた風車の姿。遠方には灰色に染まった山並みがあるが、人の気配はほとんどない。風の音だけが乾いた地面を駆け抜けている。
「市街地から離れると、こんなにも荒れてるんだね……」
セラは思わず寂しげに呟く。ベッドでの療養生活から一転し、外の世界をじっくり見るのは久々だ。ネツァフの暴走を止めてから、身体の痛みや倦怠感はまだ残るが、一応動ける状態まで回復した。
カイが隣で地図を見下ろしながら答える。「うん、リセット派の影響が及ばなかった地域は、だいたいこんな感じだ。インフラが断絶して、住民が流出したまま……反対派の拠点は、こうした“忘れられた場所”に存在しているケースが多いみたい」
車両に同乗している反対派兵士が、短く言葉を挟む。「ここを通った先に、俺たちの本拠地がある。もともとは軍需工場だった場所を改修してな……拠点と呼べるだけの設備があるんだ。ドミニク隊長が直々に案内するだろう」
セラは神妙に頷く。「わかった……私たちも、そこであなたたちの“足掻き”を見せてもらうわ」
――それが、リセット兵器による“痛みなく消す”を拒み続けてきた人々の最前線。セラの胸には高まる緊張と期待、そして足掻き続ける意味への再確認が広がっていた。
道中、セラは窓の外を眺めながら、二人の仲間を思い浮かべる。
一人はレナ。ネツァフの暴走を防いだ後も、重傷のままリセット派の医療棟で療養中だ。少しずつ意識が戻っているが、まだ体を動かすには程遠い。レナは反対派の英雄とも言える存在であり、彼女が元気になれば、この“仮契約”もより強固になるかもしれない。
もう一人は、エリック。かつてリセット承認を拒み、世界を大混乱へ導いたとも言われた男。家族を守りたい一心で逃亡を続けていたが、最近になって失踪してしまった。今も行方はわからない。反対派や懐疑派で捜索を進めているが、まだ見つからないという。
(レナさん、早く良くなって。この目で、あの人が笑顔を取り戻すところを見たい。エリックさんも……大丈夫かな。家族を探して勝手に外へ出たのか、それとも誰かに攫われたのか……)
セラは唇を噛んで、焦燥と不安をかみしめる。カイがその様子に気づき、そっと手を重ねてくる。「大丈夫だよ。レナは必ず回復するし、エリックもきっと足掻きをやめてない。僕らは今は反対派本拠地へ向かい、新たな一歩を踏み出そう」
セラは小さく微笑み、心を落ち着ける。「うん……私たちが足掻く限り、あの人たちの帰る場所を守れるよね……」
車両が荒涼とした道をさらに進むと、地平線の向こうに巨大な建物群が見えてきた。鉄骨が剥き出しになった高い煙突や、コンクリートブロックの塀のようなものが幾重にも連なっている。
反対派兵士が車窓から指を指し、「あれが俺たちの本拠、旧グラント工場だ。外からは廃墟に見えるが、地下区画や外壁を改修して、しっかり守りを固めている。ドミニク隊長の命で拡張し続けてるから、中は意外に広いぜ」と誇らしげに語る。
セラは大きく息を飲む。朽ちた錆色の外観からは、かつて工場として機能していた面影を感じるが、随所に増設された金属バリケードや監視塔が混在し、“要塞”と呼ぶにふさわしい迫力がある。
(ここが、ドミニクたちが“足掻き”を続けてきた場所……? 市街地とは全く違う雰囲気だな……)
ゲート付近に近づくと、何重もの鉄柵があり、迷路のように折れ曲がったルートを経由しなければ中へ入れない仕組みになっている。外周には銃を構えた見張りがいて、こちらの車両を見下ろしてくる。
カイが少し声を潜めて「さすがに厳重だね。こんな大きな拠点を隠していたのか……今までは敵対してたわけだし、知らなくて当然だが、改めて驚く」と漏らす。
複数の兵士がゲートに立ちはだかり、「身分証を見せろ」「車両を調べる」などとチェックを行うが、同乗の案内役が暗号パスやサインを提出すると、すぐにゲートが解錠された。ギギギ……と鉄柵が動き、装甲車がゆっくり工場の敷地内へと入り込む。
ゲートを抜けた先に広がる光景は、外観から想像する以上に整然と管理された空間だった。朽ちた工場の建物内部を仕切り直し、廊下には板金やコンクリートで補修が施され、長い通路が無数に続いている。ところどころに電灯が張り巡らされ、最低限の照明は確保しているようだ。
地面には「こちら→武器庫」「←医療区画」といった手書きの看板が取り付けられ、行き交う兵士や作業員が忙しなく動いている。中庭のようなスペースには改造した車両やトラックが多数停められ、まるで小さな独立国家のような活気がある。
装甲車を降りたセラとカイは、漂う油や金属臭にむせ返りそうになりながらも、好奇と警戒が入り混じった視線を覚える。「意外と……活気があるんだね」とセラがつぶやくと、兵士が「当たり前さ。俺たちが生きてる限り、ここは俺たちの砦だ。リセットなんて勝手な言い分は通させないからな」と胸を張る。
しばらく歩くと、中央部に広いホールがあり、天井が高く吹き抜け構造になっている。かつての工場ラインがあった場所だろう。今は大きなテーブルや椅子が並び、反対派の作戦司令室のようにも見える。
「すごい……ここで作戦会議をしてるの?」
セラが感嘆すると、案内役がうなずく。「ああ、戦いが頻発してたときは、ここに地図を広げて隊長が指揮を執ってた。今は“仮契約”で内戦は止まったが、その分、市街地の治安維持や物資配布に追われてるね」
カイは周囲をきょろきょろ見回しながら「こういう環境で彼らは本当に何年も足掻いてきたんだ……よく崩壊せずにやってこれたな」と素直に感心する。基地内部の設備と比べればかなり簡素で不便だが、彼らはそれでも自給自足に近い形で生き抜いてきたのだろう。
大きなホールを抜けた先、通路の奥で待っていたのはリーダー・ドミニクだった。脇には数名の部下を連れ、いつもの険しい面持ちで腕を組んでいるが、どこか誇らしげでもある。
「やっと来たか、セラ、カイ……ここが俺たちの本拠地だ。気に入るかは知らんがな」
ドミニクはぶっきらぼうに言うが、その態度には敵意よりも迎え入れる雰囲気が感じられる。
セラは丁寧に一礼し、「招いてくれてありがとう、ドミニクさん。思ったよりも大きい施設で……こんなにたくさんの人が暮らしているんだね」と声をかける。ドミニクは鼻で笑い、「生きるために集まった連中だよ。リセット派や中央政府が当てにならないなら、自分たちで作るしかない、ってな」と返す。
カイは視線を巡らせながら「これだけの人口を支えているなら、物資や食料も大変でしょう。市街地との取引や自給など、色々と工夫が必要ですよね」と尋ねる。
ドミニクの部下が「ああ、実際苦労続きだった。農地を確保しても干ばつに苦しみ、盗賊からの襲撃も絶えなかった。リセット派との戦闘で大勢が死んだしな……」と肩を落とす。
セラは胸が痛む。過去のリセット派との衝突がどれほど彼らを追い詰めてきたかを改めて知り、(私はリセット派側のパイロットだった……)と申し訳なさを噛みしめる。だが、ドミニクは表情を変えず、「今は“仮契約”だ。俺たちも未来を掴みたいからな」と短く言った。
ドミニクの案内でセラとカイは本拠地の内部を回る。大雑把に区分すると、以下のエリアに分かれているようだ:
居住区画:かつての事務室や倉庫を改装して宿泊スペースにしている。家族連れや孤児、負傷者などが雑多に暮らしている。
医療・衛生エリア:小規模な診療所があり、自然から得た薬草や限られた医薬品で治療を行う。看護師らが反対派の負傷者や一般住民をケアしている。
武器庫・訓練場:工場設備を活かして小火器の整備を行い、敷地内には射撃レンジや格闘スペースが設置されている。反対派兵士が頻繁に訓練している。
農耕実験区画:建物の屋上や敷地の一部を畑に改造し、自給自足を試みているが、成功率はまだ低い。
作戦司令室:工場ラインのあった大ホールを転用して、本拠地の中枢として使っている。ここで作戦や方針を決め、連絡を取り合う。
セラは居住区画で生活する家族連れに声をかけられ、短く挨拶を交わす。「こんにちは。今までリセット派と戦ってたのに、今は同じ街を守ってるなんて、不思議な感じがします……」
母親らしき女性は少し警戒しつつも、「ええ、でもあなたが街で民間人を守る姿を見ました。子どもを抱えて逃げたとき……ありがとう」と頭を下げる。セラは胸がじわりと温かくなった。
カイは医療エリアを見学し、現地の看護師と情報交換する。「ここでの治療は限界がありますね……設備が足りない。でもあなたたちはそれでも人を救おうと努力してる……本当にすごい」
看護師は微笑んで「戦いばかりじゃ未来はないもの。みんな足掻いてここに集まったのよ。私たちも、いつかは“普通の病院”として外の世界と繋がりたい」と返す。
本拠地の案内を終え、セラとカイが作戦司令室の脇を歩いていると、不意に「おい……セラか?」という声がかかる。振り向くと、そこに立っていたのは屈強な体格の男。かつてリセット派と戦った場で、一度すれ違った記憶がある反対派兵士だった。
「あなたは……前に廃工場で戦った……」
セラが記憶を呼び戻すと、男はぎこちなく頭を掻く。「ああ、あのときは敵として鉢合わせしたが……いまは俺たち、同じ方向を向いてるらしいな。変な話だ」
互いに一瞬苦笑し、そして男は真顔で「あんときは仲間が何人も死んだ。恨みがないわけじゃない。でも、お前がネツァフの暴走を止めてくれたって聞いた。だから、少しは感謝してる」と率直に言う。
セラは神妙に頷き、「私もあの戦いで、あなたたちの足掻きを目の当たりにした。私はリセットがすべてを救うなんて信じられなくなって、ここまで来たんだ……」と返す。
男は少し苦い表情を浮かべつつ、「そっか。……まあ、仇同士が一瞬で和解できるわけじゃないが、俺たちが一緒に街を守れるならそれでいい」とつぶやく。その言葉にセラの胸はじんと熱くなり、(これが“足掻き”の成果なのだろうか……)と感じた。
司令室に戻ると、ドミニクが部下たちと地図を見ながら話し込んでいる。彼はセラの姿を認めると、部下を下がらせて近づいてきた。
「見て回ったか? どうだ、俺たちの本拠地は。こんな場所でも人は足掻いて生きてるんだ。リセットなんかより、よほど泥臭いだろうが……」
セラは力強く微笑んで「すごく頑張ってると思う。私も、ここでならレナさんが戻っても過ごしやすいかもしれないって感じた」と素直な感想を述べる。
するとドミニクは腕組みして軽く笑う。「そうか。そう言ってもらえると嬉しいな。……で、ここからが本題なんだが……」
部下たちがそわそわと視線を送り、ドミニクは冷静に告げる。「お前たちがここまで来たのは、俺たちに信頼されたいからだろ? ならば、ひとつ試してほしいことがある。簡単に言えば、“合同演習”みたいなもんだ」
「合同演習?」
カイが目を見開く。ドミニクは地図の上に指を滑らせながら説明する。「市街地からさらに先にある荒野に、盗賊の一団が根を張ってるらしい。そこは俺たち反対派も関与しきれない強硬な流れ者の集団だ。放っておくとまた襲撃してくるかもしれない。そこで、俺たちとお前ら懐疑派部隊が一緒に出向き、治安維持を実践するんだ……」
セラは驚きつつも納得する。「なるほど、それで信頼を得るんだね。私たちが戦う姿を見せて、本当に『街を守る側』であると証明するわけ……」
ドミニクは無言で頷く。部下の一人が苛立ちまじりに「正直、俺たちはリセット派なんぞ信用してない。だが、戦場で互いの背中を預けられれば話は違う。セラ、お前がどれだけ“足掻き”を語るか、見せてもらおう」と低く言う。
カイは苦い面持ちで、「戦闘か……できるだけ血を流したくないが、無法者が市民を襲う可能性があるなら避けられないかもしれない。セラ、体は大丈夫?」と気遣う。
セラは昨日までの怪我や疲労がまだ残るが、ここで断ればドミニクたちの信用を得られないし、街が再び危険にさらされるかもしれない。「大丈夫、やるわ。荒野に行こう。私も協力する」と強い意志を示す。
翌日早朝、セラとカイは懐疑派部隊数名とともに、反対派の大隊に合流する。改造装甲車数台と軽トラックに分乗し、数十名規模の部隊が荒野を目指す。目的は盗賊の掃討か、もしくは説得して降伏させること。
ドミニクが隊列の先頭に立ち、地図を片手に指示を飛ばす。周囲は砂塵が舞い、日差しが強く照りつける。荒野の中を走る道は整備されず、車両は揺れに揺れる。セラはシートベルトを締め直しながら思う。(これが反対派流の“治安維持”……今まで市街地だけの足掻きだと思ってたけど、まだまだ先があるんだな)
カイが横で汗を拭いつつ「この部隊が一丸となって行動すれば、盗賊も大人しくなるかもしれない。戦いになるなら、できるだけ被害を減らしたいけど……」と眉を下げる。
セラは頷き、「うん、ドミニクさんも“足掻き”を信じてくれたはずだもの。市民を守るためには、この荒野の脅威も取り除かないと……」と決意を固める。
隊列が荒野の奥へ進むと、やがて岩山の陰に小さな集落のようなものが見えてきた。簡素なバリケードや見張り台があり、そこに十数名の武装集団が陣取っているらしい。ドミニクの部下が双眼鏡で確認し、「奴らは市街地を襲って物資を奪い、ここで拠点化している。ここ最近、さらに勢力を拡大してるって話だ」と報告する。
ドミニクは腕を組み、低く言葉を吐く。「まったく、こんな辺鄙な場所で好き勝手暴れて……。よし、周囲を包囲して降伏させる。交渉してダメなら武力制圧だ」
セラは身震いしながらも納得する。「私も交渉に参加させて。もし話が通じるなら、血を流さずに済むかもしれない……」
ドミニクは斜めに彼女を見下ろし、少し迷う素振りを見せるが、「わかった。ただし、甘く見てると撃たれるぞ。盗賊どもは義理も人情もない連中だからな」と釘を刺す。
こうして部隊は二手に分かれ、正面からはドミニクとセラが交渉を試み、背後を回ったカイ率いる小隊が援護する段取りを組む。
やがて装甲車がバリケードの手前で停まり、砂塵が舞い上がる中、ドミニクとセラが降車する。遠くから盗賊側の男がライフルを構え、「動くな! 何者だ!」と怒鳴る。いかにも荒くれ者で、隠れた影にも数名の姿が見える。
ドミニクは大声で名乗りを上げる。「俺はドミニク、反対派のリーダーだ。こっちにはリセット派のセラもいる。市街地を守るために来た。お前たちが物資を奪って暴れているなら、今すぐ止めろ!」
盗賊のリーダーらしき男は笑い飛ばし、「反対派とリセット派が一緒? 冗談だろう。お前らが手を組んだって、俺たちには関係ない。ここは俺たちの荒野だ。何が痛みなく消すだ、仮契約だ、そんなもんに従う義理はねぇよ!」と嘲る。
セラが一歩前に出て、両手をあげて穏やかに示す。「争いたくないの……。あなたたちも、生きるために足掻いてるんだよね? でも市街地の人たちを苦しめるやり方はもうやめてほしい……一緒に考えていける道があるはず……」
男は鼻で笑い、「何が“足掻き”だ。俺たちは盗るか殺すかしなきゃ生きていけねえんだ。お前らは余裕があるからそんな綺麗事言えるんだよ」と怒声で返す。
空気がさらに殺気立ち、背後からドミニクの部下が銃を構える。セラは緊張で唾を飲み込み、(もう交渉の限界か……)と身構える。
カイが後方で通信を握りしめ、「交渉が破綻したら強制制圧する……それでもいいか、セラ?」とアイコンタクトする。セラは苦い表情を浮かべ、「こんな形で血を流すのは嫌……でも……」と断腸の思いを抱く。
結局、盗賊リーダーは歯を剥き出しにし、「もういい、やっちまえ!」と部下に号令をかける。男たちが一斉に銃を構え、タタタッと激しい銃撃を浴びせてきた。周囲の岩陰からも火線が走り、空気を裂く銃弾がドミニクらを襲う。
「伏せろ!」
ドミニクが叫び、セラは地面に転がる。弾丸が装甲車のボディを跳ね、金属音を鳴らす。反対派兵たちも瞬時に散開し、ライフルを応射する。砂煙が舞い上がり、視界は最悪。
「セラ、下がって!」
ドミニクの部下がセラの腕を引き、車両の陰に連れていく。彼女は咄嗟に呼吸を整え、「カイは……?」と探すと、カイも離れた場所で小隊を指揮し、回り込もうとしているのが見える。
「くそ……やっぱりこうなるのか……!」
セラの胸には虚しさがこみ上げるが、今は命を守るのが先決。弾が頭上をかすめ、地面に衝撃痕を穿つ。
ドミニクが形勢を整えるように大声で指示を飛ばす。「回り込め! 正面から突っ込むな!」
反対派の兵士が左右に散開し、岩や廃車を盾にしながら盗賊の陣地を包囲しようとする。激しい銃撃が応酬され、炸裂する火花と埃が辺りを満たす。灰色の空に血と硝煙が入り混じり、荒野はまた戦場と化した。
一方、カイは懐疑派の部隊を率いて、敵の背後を突く動きを始める。小さなトランシーバーを使い、「あっちのルートを回って遮蔽物を確保してくれ。俺はセラを援護しに行く……!」と指示を下す。
そのタイミングで盗賊が近距離から射撃してきて、カイが瞬時に地面に伏せる。弾丸が彼の横をかすめ、岩を砕く音が耳を裂く。「ひっ……!」という声を飲み込みながら、カイは拳銃を握りしめて一発応射し、相手を牽制した。
カイは科学者としての頭脳を活かし、地形や風向きを考慮して兵を配置していく。数は盗賊側が少ないが、防備が固い陣地を築いているため、正面から突っ込むと危険だ。そこを巧みに迂回し、射線を制圧する作戦だ。
反対派兵と懐疑派兵が協力して進み、「カイさん、こっちのルートは制圧完了!」という声が届く。カイは緊張を抱きながらも冷静に微笑み、「よし、セラのほうへ援護射撃を頼む!」と応じる。
再びセラの視点。彼女は装甲車の陰から体を起こし、遠くに陣取る盗賊たちを見据える。ドミニクの部下がスナイパーライフルで牽制し、徐々に前線を押し上げ始めるが、盗賊側も必死に抵抗してくる。
「行くしかない……」
セラは決心し、懐から小さな拳銃を取り出す。彼女はもともと直接戦闘に慣れていないが、今は自分が動かないと仲間が危険に晒されるかもしれない。足を震わせながら、低姿勢で前進する。
「セラ、下がってろ!」
ドミニクが叫ぶが、セラは首を振り、「私もやる!」と気迫を示す。彼女が目指すのは盗賊リーダーと思わしき男が barricade の上に身を隠すポジションだ。そこを落とせば、戦況が一気に収まる可能性がある。
岩陰に近づいた瞬間、タタタッと激しい射撃がセラの頭上をかすめる。弾丸が岩を砕き、破片が頬を傷つける。「くっ……!」と痛みに耐えながらも、セラは深呼吸して拳銃を構える。狙いを定めるのは難しいが、やらなければ。
しかし、心臓が鳴り響き、(撃つ……の? 私……本当に……?)という葛藤が脳裏をよぎる。痛みなく消すどころか、この手で相手を殺すのかもしれないのだ。
その瞬間、ドミニクが横から滑り込み、ライフルを連射して盗賊を一掃する。「セラ、迷うな……」と短く声を飛ばし、拳銃を握る彼女の手を押さえる。
「だが……」とセラが言葉を探すと、ドミニクは低く唸る。「今さら躊躇しても、相手は引かない。血を流してでも守るか、殺されるかなんだよ。足掻きだろうが何だろうが、戦場は残酷だ……」
そのリアルにセラは苦しそうに俯く。確かに、目の前で仲間が殺されるのを放置すれば意味がない。リセットがなくても、人間同士の殺し合いは続く――それが“足掻く”世界なのだと痛感する。
「わかった……私は戦うよ。だけど、無意味な血は流させない!」
そう言ってセラは銃口を下げ、「降伏しろ! これ以上撃ち合っても、何も得られない!」と怒鳴った。盗賊側は動揺し、数人が逃げ出し始める。
反対派と懐疑派の混成部隊が次第に優位に立ち、盗賊たちは次々と追いつめられる。激しい銃撃が絶えないものの、多くのリーダー格が負傷し、戦意を喪失した彼らはやがて白旗を上げ始める。
装甲車が前進すると、「やめだ! 降伏する……!」という声があちこちで上がり、無造作に武器を捨てる者が続出。深夜から早朝にかけての激戦は、荒野に数多くの血痕と破片を残しながら決着を迎えた。
翌朝、朝日が昇りつつある荒野の集落跡で、セラは瓦礫に腰を下ろし、深いため息を吐いていた。疲労困憊で体が重い。カイが水筒を差し出し、「飲んで……お疲れさま」と声をかける。セラは水を啜りながら、涙がこぼれそうになる。
「結局……また殺し合いになっちゃった。人が死んだ……。でも、もうどうしようもなかった……」
カイは切なげにうなずく。「うん……これが“戦闘演習”ってやつなんだろうね。ドミニクが言うには、互いに命を預け合う現場こそ、信頼を築く術だと……」
ドミニクが血染めの軍服を脱ぎながら近づく。「見たか、セラ。これが俺たちが日常的にやってきたことだ。リセットが消えても、人間同士の争いは消えない……。お前はこれからも足掻くのか?」
セラは声を失いかけるが、強い眼差しで答える。「うん……。この苦しみこそ、私が背負うと決めたものだから。私が足掻きを諦めたら、結局リセットと同じだもん……」
ドミニクは困惑しつつも、内心どこか納得しているふうに鼻を鳴らす。部下たちも何か言いたげだが、戦いを共にする中でセラへの敵意は和らいだ様子だ。「ふん……確かに俺たちも無駄な血は流したくない。この街を生き抜くなら、足掻き続けるしかないだろう」
盗賊が降伏したあと、反対派は武器を回収し、生き残りを拘束する。市街地の治安維持に使えそうな物資を確保し、無法者の脅威をひとつ取り除くことに成功した。この一連の作戦を通じて、セラやカイは反対派とさらに強い絆を築いたと言える。
朝日が昇りきる頃、彼らはまた装甲車に乗り込み、反対派の本拠地へ帰還の道を進む。道中、数台のトラックには盗賊の負傷者を載せ、彼らも治療や取り調べを受けることになっている。
車内、セラは窓から差し込む強い光を浴びながら苦い吐息をこぼす。「こんな形で協力を証明するなんて……辛かったけど、仕方ないのかな……」
カイは肩をすくめ、「戦場で生死を分かち合うのは、互いの信頼を築く最速の方法だとドミニクが言ってた。……だけど、もう少し平和的なやり方があればいいのにね」と同意する。
どれだけ足掻いても流血は避けられず、セラの胸には虚しさが渦巻いているが、それでも仲間との連帯感は確かに深まっていた。
反対派本拠地へ戻ると、正門で兵士たちが出迎え、作戦成功を喜んでいる。特に今回の行動で、セラやカイが危険を顧みず住民を守りに奔走した姿は、多くの兵士に好感を与えたらしい。
「お帰り! 怪我はないか?」「同じ釜の飯を食う仲間って感じだな!」
あちこちから声が飛び交い、セラは少し照れながら笑みを返す。カイも疲れた表情をしつつ、「何とか無事です……」と皆に頭を下げる。
ドミニクは最後にひとこと言葉を残す。「セラ、お前らの働きには礼を言う。今回の件で、俺たちも“仮契約”を守る価値があると思った。……でも、これで終わりじゃない。まだ世界には、もっと大きな闇があるからな」
セラは真剣にうなずき、「私も、これからも街を守るために動く。レナさんやエリックさんが戻れる場所を作っておきたいんだ……」と返す。ドミニクはそれを聞き、無言で微笑のような何かを浮かべると、即座に踵を返して部下を連れて行ってしまった。
数日後、反対派本拠地で“仮契約”に基づく取り組みが続き、街との連携もある程度スムーズに回り始めた。強行派は壊滅的打撃を受けたが、一部は逃亡し、ヴァルターの動向もなお不透明だ。ネツァフは停止状態とはいえ、再び動く可能性を完全に否定はできない。
セラは本拠地の一角にある簡素な部屋を宛がわれ、寝泊まりしている。夜、かすかなランプの灯りの下、彼女は机で日記のようにメモを書き付けていた。「足掻き……ドミニクたちとの協力……。今のところ、街は少し落ち着きを取り戻してるけど……」
そこへカイが入ってきて、コーヒーらしき飲み物を差し出す。「疲れたでしょ? リセット派だった君が、反対派拠点で過ごすなんて、想像もしてなかったよね」と笑う。
セラはカップを受け取り、小さく笑みを返す。「うん……でも不思議と落ち着くところもあるよ。ここでは皆が必死に働いてる。レナさんの言った“足掻き”を本当に体現してる人が多くて……だからこそ、こんなに強いんだね、反対派って」
カイは頷きながら床に腰を下ろし、「あとはエリックとレナ、それにヴァルターがどう動くかだね。ドミニクも戦うばかりじゃなくて、新しい生き方を模索し始めてるし……。君がネツァフを止めたのは無駄じゃなかったと思うよ」と静かに語る。
セラは視線を落としてカップを見つめ、「……ありがとう。まだ不安だけど、やるしかないよね。いつか本当の“和平”を築けたら、レナさんやエリックさんも安らげるはず……」と決意を口にする。カイは軽く肩をすくめ、「うん、足掻くしかない。僕らはその道を選んだんだから」と柔らかく返す。
その夜、セラは本拠地の外壁に立ち、星の瞬く夜空を見上げた。荒野を渡る風は冷たく、廃工場の鉄骨が月明かりに鈍く光っている。反対派兵士が巡回しており、時折「ご苦労」と声をかけてくれるのが、かつての敵同士だったことを忘れさせるくらいに穏やかな空気だ。
(リセットがなくても、人はこうやって手を取り合える。血が流れてしまうこともあるけれど、それを乗り越えれば新しい繋がりが生まれる……)
セラは胸の奥がちくりと痛むが、それは苦しみだけでなく微かな希望の痛みでもある。レナも、いつかこの風景を見られるように回復してほしい。エリックも、この世界に戻ってきてほしい。ネツァフの脅威が再燃しないことを祈りつつ、でももし再燃したら、また自分が止める──その覚悟はある。
夜風に髪をなびかせながら、セラはそっと目を閉じる。「足掻くんだ、どこまでも……」と心の中で繰り返し、薄闇を抱いた。