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再観測:ゼーゲとネツァフ:Episode 8-2

Episode 8-2:オルドへの侵入

 夜明け前、反対派本拠地の廃工場跡には、まだ睡魔が残る冷たい空気が漂っていた。先日の戦闘で負傷した兵士たちが医療区画に収容され、あちこちで仮眠や仮設のテント暮らしを続けている。しかし、今夜はなぜかざわつく声が絶えない。
 まだ空が灰色に滲む頃、セラは中庭の一角でひとりベンチに座っていた。彼女の耳には、規則的に聞こえる金属が擦れる音があり、工廠から整備士たちが微かに話す声が届く。ゼーゲの修理や強化は続いているが、次にいつ戦闘が起きるか分からない不安が、胸中を重く押し下げる。

 「オルドのこと……一度、封じたはずなのに……」
 セラはかすかな声で独り言を漏らす。前の侵入(Episode 7-3 に相当)で、一度はネツァフの暴走源を破壊したつもりだった。しかし、最近、ヴァルターからまた怪しい連絡があったという。仮想制御空間「オルド」にどうやら“残留データ”が見つかったらしいのだ。

 (また潜る必要があるの……?)
 身体の奥がじんじんと痛む。前回の侵入で味わった激しい精神的ショックと、心を抉る幻覚――それらがフラッシュバックする。セラは拳を握りしめてうつむくが、そこへ足音が近づき、カイの優しい声が響いた。
 「セラ、ここにいたのか。まだ眠れていないんだね……またオルドに潜る話、気になってる?」
 セラは顔を上げ、微笑むように唇を緩める。「うん……ヴァルターさんから『もう一度、確認してほしい部分がある』って。実際に完全に消しきれなかった“何か”があるらしくて……」と吐き出す。

 カイも表情を曇らせ、「僕らはあれほど苦労してリセットの核を削除したのに、まだ残ってるかもしれないなんて……。でも、ネツァフが再起動するかは別問題だ。オルドに潜るのはリスクが大きいよ」と真剣な面持ちで答える。
 セラは意を決したように瞳を見開き、「私が行かなきゃ……レナさんがいない今、ネツァフ関連のことは私とカイが一番知ってるわけだし。ドミニクさんは反対派本拠地を離れられないし……」と静かに語る。

ドミニクからの警告――リセット派への不信感
 朝が来ると同時に、セラとカイは中庭でドミニクと顔を合わせ、ヴァルターから届いたメッセージの詳細を伝えた。ドミニクは辛辣な眼差しで地面を見つめ、腕を組んで考え込む。
 「オルドをまだ引きずるか……あのヴァルターが“残留データ”だと? 疑わしいが、放置してネツァフが復活したら最悪だ。お前らが行くなら、俺は止めない。だが正直、リセット派を信用できねえよ。何を企んでるか……」
 カイが落ち着いた声で応える。「確かに、リセット派がまた何か狙っている可能性はある。でも、ヴァルターも強行派を失い、ネツァフをほぼ破壊された今、表立った力はないはずだ。ましてオルドを使った陰謀をやるなら、こちらも潜って対処するしかない」

 ドミニクは苛立ちを隠さず、一拍置いてため息をつく。「わかった……お前らには世話になりっぱなしだが、今回も頼むしかない。オルドに潜り、もし奴らが悪事を画策してるなら暴いてきてくれ。だが、死ぬなよ。レナが起きて、お前らがいないなんて話にならんからな」
 セラは嬉しそうに微笑み、「ありがとう、ドミニクさん。今度こそ“何も残さない”ように全部消してきます」と力強く答える。

ヴァルターからの再招集――研究施設へ向かう道
 翌朝、セラとカイは懐疑派の将校数名を伴い、再びリセット派研究施設へ向かうことになった。以前の経緯(Episode 7-3 など)と同様に、軍用車両に乗り、荒れた道を進む。
 空は曇天で、微弱な雨粒がフロントガラスを叩く。セラはやや不安げにカイを見やり、「前回のダイブでも酷い幻覚に苦しんだ。今回はどうなるんだろう……」と呟く。
 カイは端末を見ながら「大丈夫、僕がそばにいる。前回より短時間で済むはずだし、ヴァルターも余計なことはしないだろう。……ただ、備えはしっかりしておこう」と言って静かに微笑む。

 懐疑派将校は後部座席で眉をひそめる。「ヴァルターを信じられないが、もし本当ならネツァフ関連のデータを完全に消去できる。それは悪い話じゃない。今後の争いを一つ減らすことになる」
 セラは頷き、(終わらない争いの種を、少しでも断ち切りたい……オルドの残渣なんて残しておけない)と心に決める。

研究施設の新貌――ヴァルターの準備
 再度ゲートを通過したセラとカイを待っていたのは、前回とは変わった印象の研究施設だった。警備兵はだいぶ減り、代わりに白衣の研究員が増えている気がする。廊下の照明が暗く、機材やケーブルがあちこちに露出している。まるで急ピッチで改装中かのようだ。
 「これは……何をしてるんだろう」
 セラは眉をひそめながら研究員の一人に声をかけるが、無言で敬礼されるだけで答えは返ってこない。重苦しい沈黙が施設の空気を支配している。
 カイが小さく息を吐き、「ヴァルターの“新研究”の一環かもしれない。足掻く人々を支援すると言ってたが、実際に何をやってるのか……」と呟く。

 さらに奥まった部屋へ通されると、そこにヴァルターが立っていた。白髪混じりの髪と痩せた頬は相変わらずだが、その目には微妙な活気が戻っている気がする。彼は静かに手招きし、「来たか……思ったより早かったな。さあ、オルドの接続装置は再調整した。いつでも潜れるぞ」と告げる。
 セラとカイは複雑な表情を浮かべつつ、礼儀程度に頭を下げて部屋の中へ入る。室内には大型モニターや装置が並び、まるで近未来のICUを思わせるベッドがセットされている。

オルド再侵入の理由――“残留指令”を封じよ
 ヴァルターはその場で端末を操作し、青白い画面を見せながら説明を始める。「前回、お前たちがオルドの中核を破壊したことで、リセット機能はほぼ消失した。だが、ネツァフが持っていた防衛本能の一部が“残留指令”として隠しフォルダに潜んでいる可能性がある。もちろん、僕らも警戒はしていたが、微細なデータ断片を検知したんだ……」

 セラは大きく息を吸って「残留指令……それが実行されれば、またネツァフが動き出すわけ?」と問いかける。ヴァルターは首を横に振る。「リセット兵器としての稼働は難しいだろう。だが、もし誰かがそのデータを利用すれば、ネツァフほどではないにしろ、大規模な精神攻撃や制御プログラムを作り出すかもしれない。放置は危険だ」

 カイが画面を覗きこみ、「じゃあ僕らが再びオルドへ潜り、その残留指令を削除するんだね? どこに潜伏しているかわからないなら、全域を探索するしかない……」と冷静にまとめる。
 ヴァルターは薄く笑って「ああ、そのつもりだ。前回と同じく“精神ダイブ”方式だが、範囲はもっと深層になるだろう。危険も増す。君たちにしか頼めないというのが、正直なところだよ。私は他にやるべき研究があるのでね」と告げる。

再ダイブの準備――不安と決意
 研究員たちが端末にセラとカイの生体データを入力し、今回の侵入セッションをセットアップする。床には円形のデバイスが並び、頭部センサーや心拍モニターも併設されている。まるで“逆融合”を再現するかのような装置構成だ。
 カイは苦笑して「まるで新型のオルド接続器に改造してるね。以前より効率良くなってるかもしれないが、その分、深く潜ってしまう危険性もありそうだ……」と言う。
 セラは心の準備をしながら、深く呼吸する。「またあの幻覚を見たらどうしよう……でも、今度こそ終わりにするんだ。レナさんが目覚めたときに、ネツァフ関連の不安が全部消えてたら、どんなに楽か……」

 ヴァルターは黙って二人の様子を見守り、邪魔しない様子だ。その表情からは、かつての“冷徹なリセット推進者”の影は薄く、代わりにどこか「観察者」としての興味が感じ取れる。
 「では、準備ができたら言ってくれ。すぐに接続を開始する。くれぐれも慎重に、時間は30分以内だぞ。例の“強制切断”をするかしないかは、君らが決めろ。私からは無理に止めない……」
 含みのある言い方に、セラは少し警戒を抱くが、「やるしかない」と気を引き締める。

オルドへの二度目の侵入――深淵への一歩
 ついに接続装置のベッドに横たわり、セラとカイはセンサーを頭部や胸部に貼り付けられる。研究員が最終チェックを終え、周囲のモニターに二人の脳波や心拍数が表示される。いつも通り不安を掻き立てる機器音がするが、今回は準備万端に見える。
 「行こう、セラ。負けないよ……」
 カイが微笑んで手を伸ばし、セラはそっと握り返す。「うん、何があっても一緒に帰ろう……」と強い決意を込めて応じる。

 研究員がカウントダウンを始める。「10、9、8……オルドゲート接続開始……」。そして、二人の瞼が重く閉じられ、身体から力が抜ける感覚が急速に押し寄せる。
 セラは意識が沈んでいく中で、心臓の鼓動が耳鳴りのように響き、(もう一度……この“深い海”に潜る……大丈夫、カイがいるから)と自分に言い聞かせる。

オルド第二層――虚空の海と螺旋回廊
 目を開くと、またしても重力感のない青白い空間に立っていた。だが、前回と違って“足下”すら不透明な、混沌とした環境だ。まるで海中のように水の抵抗を感じるが、呼吸はできる不思議な感触が体を包む。
 カイが隣に浮かんでおり、意識通信で話しかけてくる。「セラ、無事? ここは前回より深く入り込んでる気がする……視界が歪んでるし、妙な圧力を感じる」
 セラは頷き、少し恐怖で息を呑む。「うん、でもやるしかない……あの残留指令があるなら、さらに奥へ行かないと」

 視界の先に薄暗い螺旋状の回廊が浮かび上がり、そこから氷の結晶のような破片が漂い出している。近づいてみると、ブロック状のデータが混ざり合っているようにも見え、あちこちでバチバチと放電する光が走る。
 「ここが第二層か……前回は表層を破壊しただけ。今回はもっと根深い“影”が残っているのかもしれない」とカイが緊張の声を発する。セラはイメージで防護フィールドを形成し、「何か出てきたら対抗できるようにしよう」と注意を促す。

幻覚の再来――罪悪感の喚起
 螺旋回廊に足を踏み入れた途端、周囲が暗転するように色を失い、そこに幻影が滲み出す。セラが恐れていた記憶の断片や、人々の悲鳴が混ざり合った光景が、立体映像のように展開されていく。
 「ねえ、セラ……あなたが救ったというけど、私たちは死んだわ……」
 倒れ伏す兵士や市民、そして無表情のまま睨むレナの姿が重なり、「あなたが足掻いたせいで、この苦しみから逃れられない」と責めるような言葉が耳に突き刺さる。

 セラは耳を塞ぎつつ、「これは幻覚……本物じゃない!」と自分に言い聞かせる。しかし、記憶とリンクする強い感情を揺さぶられ、足がすくみそうになる。
 カイがそばで必死に呼びかける。「セラ、こっちを見て! 幻影はただのデータノイズだ。惑わされないで、僕らは足掻いて多くを救ったんだ……!」
 セラは震えながら目を閉じ、一度呼吸を整える。「そう……あれは私の罪悪感を利用しているだけ……私は“守るために”足掻いた。もう言いなりにはならない……!」

 その決意とともに、青白い空間に光の衝撃波が走り、幻影が薄れていく。そこに電流をまとった影が浮かび上がり、怪しげなうなり声を上げる。
 「敵だ……さっきの怪物か?」
 カイが仮想デバイスを構え、セラも意識で武器をイメージする。再び電脳的な怪物との戦闘が始まりそうだ。

電脳怪物“オルド・ガーディアン”の襲撃
 怪物は前回遭遇した“守護者”よりも禍々しい形状をしている。腕や足の区別がなく、無数の触手がスパークを放ちながらうねり、中心部にひとつだけ赤い目がある。「不正侵入者……残留指令を守る……」という機械ボイスが鳴り響き、触手が鞭のように二人へ振り下ろされる。
 「くっ……!」
 セラが閃光の剣をイメージで生成し、触手を斬り払うも、怪物は全く怯まず反撃してくる。カイも遠距離砲のイメージを作るが、怪物の動きは素早く、光弾をかわして再び突進してくる。

 バチバチと青い火花が弾け、空間が歪むほどの衝撃が二人を襲う。セラは意識のバリアを張るが、一瞬破られかけ、苦痛に悲鳴を上げる。「ああっ……!」
 カイがすぐさまサポートを試み、二人の意識を再びシンクロさせる。「セラ、落ち着いて……“二人で”イメージを重ねるんだ。そうすれば出力が上がる……!」
 (そうだ……一人ではダメ。カイと一緒になれば、どんな幻覚だって乗り越えられる……)セラは心を決め、カイの気配に意識を向ける。

共鳴の力――怪物への逆襲
 二人の精神が合わさると、オルド空間に虹色の波紋が広がる。セラは両手に剣と盾を同時にイメージし、カイは光弾の砲台を引き寄せる。怪物が触手を振り回して再度攻め込むタイミングで、二人は一斉に放出する。

セラの剣:前方に閃光が走り、触手をまとめて切り裂く。「ザシュッ」という音が空間に無数の粒子を飛ばす。
カイの砲撃:紫電を伴う光弾が怪物の核心を直撃し、内部を浸食するように爆発を起こす。
 「ギュアアアッ!」という電子じみた悲鳴が響き、怪物の形が崩れ始める。しかし完全に倒し切るには至らず、残された触手が最後の一太刀を繰り出してくる。セラが剣を再度振り上げ、力の限り振り下ろすと、怪物が閃光に呑まれて粉々に砕け散った。

 静寂の余韻とともに、二人の胸の鼓動が高鳴る。「やった……?」とセラが手を下ろすと、カイが慎重に周囲を見渡す。「完全に消滅したみたいだ。もう残骸もない……。これがオルドの深層に配置されてた“最終守護者”か……」

残留指令の核心――オルドの暗黒領域
 怪物を倒すと、空間の一角が穴のように崩れ、そこに漆黒のモヤが渦巻いているのが見える。カイがデバイスを展開し、スキャンしながら呟く。「多分、あそこが“残留指令”の在りかだ。ネツァフの一部が独立して隠れてたんだろう」
 セラは深呼吸して頷く。「うん、行こう……これで最後にしよう。世界からリセット兵器の亡霊を完全に消すんだ……」

 黒いモヤをくぐると、そこは暗黒に包まれた領域で、歩くたびに足下から血のような赤い液体が染み出す奇妙な世界だった。空には闇色の雷光が走り、遠くで人の嘆き声のような音が漂う。
 「これ……何? まるでネツァフの暴走が形を残しているみたい……」
 セラは震える声で言うが、カイは端末を見つめながら「恐らく、リセットに失敗した際の“破壊衝動”や憎しみが凝縮されたデータ群じゃないかな……」と推測する。

 中心には、真っ赤に光る球体が浮かび、そこから腐食性の瘴気が噴き出している。見れば、その球体に無数の“人”の顔が浮いては消え、唸り声のようなものを発している。
 セラの心臓が嫌な形で締めつけられる。(人々の恐怖や絶望が、こんな形でデータ化して残ってる?)

残留指令との対決――悲しき断片
 セラとカイが球体に近づくと、そこでまた幻覚が始まる。今度はより直接的に、強烈な映像が二人の意識へ侵入する。
 “セラが数多くの命を見捨てた戦場”
 “カイが苦悩する姿と、レナが瀕死になる瞬間”
 “リセット派の裏切りや、ドミニクの血戦”

 様々な場面が細切れに襲い、痛みや後悔、怒りが混然一体となって二人を苦しめる。
 「もうやめて……!」
 セラは悲鳴を上げ、頭を抱える。カイも動悸を抑えきれず、よろめく。球体から伸びる黒い触手が、二人を縛り付けるように絡みつき、「人は苦しみから逃れられない……リセットこそ救いだ……」という声が頭内に響く。

 「違う……!! リセットはもう終わった! 私たちは足掻いて生きるんだ……!」
 セラは必死に反論するが、触手はさらなる圧力で二人の意志を押し潰そうとする。まるで心の奥底へ食い込み、自責や絶望を増幅させるかのようだ。
 (ダメ……ここで折れては。足掻きが無駄になる……!)セラはふいにレナの笑顔を思い出す。「あんたならできるわよ、セラ」という声が幻聴のように頭に浮かび、わずかに力が戻る。

意志の力――最後の浄化
 カイもまた覚悟を固め、セラの手を握りしめる。「僕らがどれだけ痛みや後悔を抱えようと、それでも前に進むんだ……ネツァフやリセットの亡霊には負けない……!」
 二人の共鳴が再びオルド空間を波紋のように震わせる。黒い触手が悲鳴を上げ、ジリジリと後退する。球体からは闇が噴き出すが、それをセラとカイの光が押し返す。
 「君たちが足掻いても、人は争いを止めない……無駄な足掻きだ……」
 球体の声が最後の嘲笑を吐き出すが、セラは悲愴な決意で剣を振り下ろし、カイが援護射撃を重ねる。「僕らの足掻きが無駄かどうかは、僕らが決める……!!」

 ゴオッという閃光の爆発が球体を裂き、黒い闇が泡のように散って消えていく。声は「……救われない……」と微かに残響を残して消滅する。
 空間が一気に揺れ、暗黒領域が崩壊を始める。床が砕け、壁が溶けるように消え、青白い光が差し込んでくる。「早く退出しなきゃ……!」とカイが言い、セラと手を繋いで意識の“帰還”を試みる。

帰還――無からの生還と決着
 セラは一瞬、全身が無重力のように宙へ放り出される感覚を味わう。視界が白く染まり、何度もぐるぐると旋回する錯覚。呼吸が止まるような不安が込み上げるが、カイの温もりがまだ手に残っている。
 (あきらめない……私は足掻いて生きる……!)と心で叫ぶ。その叫びが終わると同時に、全身にドスンと重力が戻り、まぶたをゆっくり開ける。

 またもや、リセット派研究施設の薄暗い部屋。モニターに映る二人の脳波が急激に安定していき、周りの研究員が「帰還したぞ!」と声を上げる。セラはベッドで荒い息をしながら、カイの手を離してチェックする。カイも焦点が定まり、顔を上げると穏やかな笑みを浮かべる。
 「……成功だ。セラ、おかえり」
 セラはへとへとになりながら、カイに向けて「ただいま……」と答える。

ヴァルターとの対峙――思惑の終焉か、継続か
 意識を取り戻してしばらく経つと、ヴァルターが無言でモニターの数値を確認する。研究員たちの話によると、オルドの“最深部”からも異常データが完全に消失しているらしい。
 ヴァルターは静かに振り向き、「大したものだ。私が長年築き上げたリセットの中枢を、ここまで完膚なきまでに消し去るとは……」と呟く。
 セラは苦しげにベッドから起き上がり、「これで……本当にリセットの亡霊はなくなったわけね。あなたも、もうリセットができない……」と視線を向ける。

 ヴァルターは唇をひき結び、何を思っているのか計り知れない表情を浮かべる。やがて、わずかに苦笑を漏らした。「ええ、リセットは終わった。しかし、人類が苦しみから自由になる道が閉ざされたとも言える。今後は足掻いても、争いや苦しみは絶えないだろう……」
 カイが力を振り絞り、「そんなことはない。痛みは消えなくても、人々は歩き続ける。僕らはそれを望んでいる……」と返す。

 ヴァルターは目を伏せ、「私にはまた別の形での救済が必要だと考えている。だが、それはもう君たちの邪魔にはならないだろう。……ありがとう。おかげで私も次の研究に専念できる」と淡々と言う。
 セラは複雑な表情で「あなたが何を研究するかはわからない。でも邪魔にはならないって、どういうこと……?」と問うが、ヴァルターは答えず、部屋を出て行ってしまう。足音だけが消え、研究員たちも沈黙を守る。

再び懐疑派と反対派の元へ――最後の報告
 数時間後、セラとカイは体調を整えて懐疑派の将校と合流し、再び研究施設を後にする。車両に乗り込んで外へ出ると、夕暮れが近い空に淡い雲が浮かんでいる。
 車内でセラは深く息をついて「終わったね……本当に。“残留指令”も消したから、今度こそネツァフは蘇らない」とつぶやく。カイは小さく微笑んで頷く。「うん。これでリセットやネツァフに振り回されることは、もうないはずだ。……ヴァルターが別の研究をするとか言ってたけど、それはまた別の問題かな」

 懐疑派将校がステアリングを握りつつ「とりあえずドミニクのところへ戻ろう。足掻き続ける世界にとって、リセットの影は消えたと言える。次に何が起きても、自分たちの意思で立ち向かわなきゃ」と声を上げる。

帰還する道――霞む夕陽と静寂の安堵
 車列が荒野を走っていると、遠くの地平線にオレンジ色の夕陽が沈みかけていた。セラは車窓に頬を当てながら、前回と同じ風景を思い出す。しかし、心の重荷がいくらか軽くなったように感じる。
 (もう、リセット派がネツァフを使って世界を消し去ることはない。強行派の自爆的な暴走も抑えたし、残った亡霊も消した……あとは、レナさんの回復とエリックさんの捜索が残るけど……)
 胸の奥で、寂しさと微かな希望が混じり合い、セラは瞳を閉じてカイの手を軽く握る。カイも目を細めて、小さく微笑む。「これで、少しはドミニクたちも楽になるかな……」

ドミニクへの報告――“リセットは終わった”という事実
 反対派本拠地へ帰着すると、ドミニクが待合室で待機していた。彼は焦りの表情をみせるでもなく、ただ静かにセラとカイを出迎え、短く言葉を発する。「どうだった?」
 セラは疲労した表情ながらも、大きく頷いて答える。「もう残留指令すら消したから……ネツァフは二度と蘇らない。リセットも完全に終わり、と断言できる」
 ドミニクは目を伏せ、息を吐いて「そうか……いや、ありがとう。これで本当にリセットの呪縛が消えたんだな。足掻く世界が続くってことか……」と言葉を絞り出す。彼の声にはわずかな安堵と、まだ消えぬ苦悩が混在していた。

 周囲の兵士たちもホッとした様子で口々に「これでリセット派がいつか世界を消すなんて不安は消えた……」「本当によかった……」と呟き合う。
 セラは複雑な笑みを浮かべて「そう……でも、まだ課題はたくさんある。強行派残党が完全に消えたわけじゃないし、ヴァルターが何か研究を続けてるし……」と付け加える。ドミニクも頷き、「ああ、それらは俺たちの足掻きで乗り越えるしかない。リセットがないなら、戦いも再建も自分の手でやるしかねえ……」と言い放つ。

セラとカイがリセット派研究施設を訪れ、再びオルドに潜り込むことで、ネツァフに残っていた最後の亡霊――“残留指令”を完全消去することに成功した。リセットの脅威はこれで本当に終わり、世界は再び“足掻く”道を歩まざるを得ない状況を受け入れるしかない。

ネツァフとリセットという巨大な脅威は、これで永久に過去のものとなった。

しかし、世界の争いは続く。ドミニクたちの反対派本拠地、懐疑派、ヴァルターの研究、新たな勢力の出現、そしてエリックやレナの行方――多くの要素がまだ解決されていない。
それでも、セラはレナの回復を待ちながら、ゼーゲや足掻きを通じて街を守る意志を貫いている。もう二度とリセットに頼らず、自分たちの手で未来を作っていくのだ。

戦いはこれで終わりではなく、むしろ“世界を生き抜く”ための本番が始まったばかり。オルドが完全に沈黙しても、人々が抱える痛みは消えず、それでも足掻きはやめない。セラもカイも、ドミニクもヴァルターも、そしてレナがいつか目覚めれば、その未来をともに選び取ることになるだろう。

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