見出し画像

再観測:ゼーゲとネツァフ:Episode 3-1

Episode 3-1:反対派の存在

 まだ朝日が地平線に薄く顔を出し始めたばかりの頃、広大な荒野を一本の軍用トラックが走っていた。その車体は砂埃でくすんだグリーンに染まり、車輪ががたがたと乾いた地面を震わせる。トラックの荷台部分は簡易的なシートで覆われ、中にはセラとカイ、そして数名のリセット派兵士が身を潜めるように乗り込んでいる。

 少し前――エリックを追って黄昏の街へ向かったはずのセラたちは、そこでリセット派と反対派の対立が激化している実態を目の当たりにし、結果的にリセット派の指示を仰ぐ必要に迫られた。ヴァルターに連絡を取り、再度の“探索任務”として一時帰還した後、このトラックで新たな目的地へ向かっているのだ。

 セラは荷台の隅で両膝を抱えながら、心の中のもやを拭いきれずにいた。最初はエリックの足取りを探すための旅だったが、結局行き先を絞りきれず、人手も装備も限界になっていた。ヴァルターの命により、今回はリセット派が独自に掴んだ**「反対派の大規模拠点」**へ先行調査に向かうことになったのである。

 「セラ、寒くないか?」
 カイが隣で声をかける。砂漠化の進んだこの荒野は、昼夜の寒暖差が激しい。夜明け前後は特に冷えるのだ。セラは薄い毛布をもう一枚肩に巻き付けながら、小さく首を振る。

 「……大丈夫。気持ちのほうが落ち着かなくて。反対派って、やっぱり恐ろしい人たちなんだろうか。黄昏の街で見た“足掻き”とはまた別なのかな」

 カイはどこか複雑な表情を浮かべる。
 「ヴァルター様は『反対派はリセットを阻む過激派だ』と言ってるが、実際にはいろんな層がいるようだ。完全に武装している集団もいれば、ただリセットに反対して隠遁している人もいる……。僕たちが向かうのは、その中でもわりと規律があって、指導者もいる大拠点だってさ」

 セラは小さく息を吐く。リセットの正当性を信じるリセット派と、それを断固拒否する反対派との対立は激化する一方。自分はどちらの陣営に心から与しているのか、わからなくなってきているが、今は命令に従って事態を把握しなければならない。

 兵士の一人が通信機で運転席に連絡を入れ、「そろそろ目的地が近い」と告げる。セラとカイも立ち上がり、荷台の幌をめくって外を見ると、遠方に岩だらけの台地があり、その向こうに巨大な工業施設らしき建物群が見えていた。廃工場か研究施設の跡のようでもあるが、ところどころ煙が立ち上り、何者かが活動していることを窺わせる。

 「ここが……反対派の拠点。やっぱり、黄昏の街からも離れたこんな場所にいるんだね」
 セラは背筋が冷えるのを感じる。黄昏の街を出て砂漠化した大地を走り、ようやく辿り着いたこの荒れ地に、そんな大集団が本当に潜んでいるのか――目の前の光景は、その疑問を否定するかのように、巨大な影を見せつけていた。


 やがてトラックは小高い丘の裏手に止まり、セラたちは荷台から降りる。そこにはすでにリセット派の遠征部隊が野営の準備をしていた。十数台の軍用車両と、それに付随する兵士たちがキャンプを張っており、テントや指令車が並んでいる。ヴァルターの下で動く主力――とはいえ、これだけの兵力をここに集めるのは相当に大きな作戦の予兆だろう。

 「セラ、カイ、よく来たな」
 出迎えに現れたのは中年の将校。リセット派の制服を着こなし、階級章からして指揮官クラスとわかる。彼は手短に状況を説明し始める。

 「我々が把握した情報では、この先数キロにある“旧ブラスト工業地帯”を反対派が拠点として使っている。人数は数十から百名規模と推定され、武装も相当整っているらしい。……こちらはこれから交渉、もしくは制圧も視野に入れた行動を取る。君たちにはその前に、内部の様子を探ってきてもらいたい」

 「内部を……?」
 セラは一瞬ひるむ。大規模な兵力がある中で、なぜ自分とカイが先行するのか。将校は続けて言う。

 「もちろん、危険なのはわかっている。だが、君たちは黄昏の街で反対派や無法者との接触経験もあるし、セラ自身はリセット派のパイロットとはいえ、まだ若く民間人然とした雰囲気がある。変に兵士の大群で向かうよりは話を引き出せる可能性があると、ヴァルター様が判断したのだよ」

 なるほど――要するに、リセット派の精鋭部隊が強行突破する前に、情報収集や交渉の芽を作るためにセラとカイが選ばれたわけだ。確かにセラはまだ16歳の少女で、カイも研究者であり前線の兵士ではない。それを活かして、反対派の拠点で穏便に会話が成立するなら、無駄な血を流さずに済む……という理屈だろう。

 カイは唇を引き結び、**「まさか僕らが“尖兵”になるとは……ただ、命令なら従うしかないですね。交渉が失敗したらどうするんです?」**と確認する。将校は軽く首を振る。

 「無論、救出のために我々の部隊が動く。君たちが戻れなければ攻撃を開始する。その場合、こちらも後戻りはしない。……ヴァルター様の方針は“リセットを妨害する者を見逃すな”だからな」

 その宣告は冷たく、セラの背筋を凍らせた。リセット派は、もはや反対派の存在を看過しないということだ。話し合いが決裂すれば、容赦のない戦闘が待ち受けるだろう。

 「わかりました。私たちも、できるだけ平和的に接触してみます」
 セラはそう答えながらも、不安を拭いきれない。以前、荒廃の街で見た反対派のメンバーは、一枚岩ではなく様々な思想を内包していた。中には極端にリセット派を憎む者もいるし、単に“足掻く”ことを生きる意義とする者もいる。まともに話が通じる相手を探せるだろうか。


 準備を整えたセラとカイ、そして護衛役として兵士が数名ついてくる形で、廃工業地帯を目指すことになった。武装は最低限で、重火器を持ち込むと相手を刺激しかねないため、小型のサブマシンガンや拳銃程度に留まる。セラ自身はほぼ武器を持たず、身を守るための防弾ベストを着込むだけだ。

 「セラ、いいか? 危なくなったら迷わず逃げるんだ。僕らが何とかするから」
 カイは真剣な眼差しで念を押す。セラは苦笑いして頷く。確かに16歳の少女が戦闘を主導できるわけもないが、何もしないでいると罪悪感ばかりが募る。

 一行は目印になる岩山を回り込み、工業地帯の外周へ近づく。かつてここは大規模なプラントが稼働していたらしく、巨大な煙突やパイプラインが網のように張り巡らされている。今はどれも錆びつき、倒壊しかかっているが、遠目にはまだ壮観だ。

 「反対派がいるなら、どこかで見張りがいるはずだが……」
 先頭を行く兵士が双眼鏡を覗き込みながら言う。すると、すぐに**「あった。あそこだ」**と指をさす。パイプラインの上部に設置された足場のような場所から、小さく人影がこちらを監視しているのが見える。

 こちらが武器を全面に突き付けないよう、両手を挙げ気味に歩を進める。セラは内心でドキドキし、呼吸が荒くなるのを感じた。
 (頼むから、いきなり撃ったりしないで……)

 すると、案の定パイプライン上から拡声器を通した声が響く。「そこの連中、止まれ! ここは立ち入り禁止だ!」
 カイが先頭に立って両手を大きく広げる。

 「交渉に来た! 我々はリセット派だが、敵対するつもりはない! 話を聞いてくれ!」

 しばし沈黙があった後、パイプラインの見張りは何やら無線で会話しているのか、遠くの建物側とやり取りをしているようだ。待機を命じられたセラたちはその場で固唾をのんで結果を待つ。下手をすれば狙撃されるかもしれない。

 数分後、見張りが叫んだ。「代表者だけ建物に入れ。武装したままだと撃ち落とす! ……そっちの女の子と、そちらの男だけ来い。兵士たちは置いていけ!」

 セラとカイは顔を見合わせ、護衛の兵士をどうするか目で会話する。兵士たちも困惑しているが、作戦としては情報収集が最優先だ。将校からも**「君たち二人で行って来い。それでもし何かあれば、こちらは攻撃を開始する」**との指示が出ている。セラたちは意を決して、兵士と別れて敷地の内部へ足を踏み入れた。


 廃工場のゲートを抜けると、そこにはかろうじて舗装された広い中庭があり、折れ曲がったクレーンやコンテナが散乱している。工場のメインビルは三階建てほどだが、一部が崩れているのかパイプや配管がむき出しになっている。そこかしこに人影があり、ローブを着た者や迷彩服を着た者がせわしなく動き回っていた。

 「……結構な数がいるな。武器も小銃程度じゃないか」
 カイは小声でセラに報告する。確かに、チラリと見ただけでも十数人が銃を持ち、警戒モードでこちらを注視している。リセット派の兵士が侵入すれば一触即発だろう。

 敷地中央では、小さな焚き火がいくつも灯され、その周りに人々が集っている。男女の年齢層はバラバラだが、どこか悲壮感と情熱が混在した空気を纏っている。それが反対派特有の“足掻く意志”なのだろうか。

 近寄ると、武装した青年が一人、セラとカイを睨むように出迎えた。「武器は持ってないだろうな? 身体を見せろ」
 二人は従い、上着を広げて拳銃などを持っていないことを示す。すると青年は「あっちだ」と顎で示し、メインビルの方向へ促す。

 「幹部が待ってる。変に余計なことをすれば即座に撃つからな。わかったか?」
 殺気立った目つきにセラの心は震えるが、何とか気丈に振る舞う。カイも無言で頷き、誘導に従ってビルの入り口へ向かった。

 ビルに入ると、内部はまるで仮設基地のように各所にテーブルやマットレスが置かれ、書類や武器の部品が雑然と散乱している。中央の大きなホールには数十人が集まり、談話や休憩をしているらしい。壁には**「NO RESET」や「FOOT THE FUTURE」(足掻いて未来へ)**などのスローガンがペイントされている。

 セラはここが一種のコミュニティのように機能しているのを感じた。子供を抱えた女性が通り過ぎ、年配の男が鉄パイプに寄りかかりながら雑談している。すべてが荒涼とした雰囲気の中で、かすかな希望を支え合う集団――それが反対派の一側面らしい。

 (みんな、リセットを拒否してここまで来たのかな。苦しい暮らしに違いないのに……それでも、なぜこんなに堂々としていられるんだろう)

 そう考え込むセラの前に、突然見覚えのある姿が現れた。ショートカットの髪が鋭く揺れ、深い緑色のジャケットを着た女性――レナ。以前、荒れた街の荒野でゼーゲの機体を駆り、セラと交戦した反対派のパイロットだ。

 「……あんたは!」
 レナも気づき、思わず目を見開いてセラを睨む。周囲もピリッとした空気に包まれる。レナはゼーゲのパイロットであり、反対派の中でも武闘派のエース格として知られているらしい。ここでの影響力も大きいのだろう。

 セラは冷や汗を感じながら、声を震わせる。「久しぶり、ですね……あの時は戦ってしまったけど、私は今、あなたと争いに来たわけじゃなくて、話がしたいんです……」

 レナはしばらく沈黙し、やがて肩の力を抜くように息を吐き出した。
「ふん……リセット派の犬がまた来たのか。今度は何を企んでる? ここを潰すつもり?」

 「違う! そんなつもりは……。私たちは、あなたたちが何を考えているのか知りたいし、無用な衝突は避けたいんです」
 セラが必死に訴えると、レナは目を細めてカイをちらりと見やる。カイも大きく首を縦に振った。

 その時、奥から低い声が響く。
「やめろ、レナ。ここで客を追い出しても意味はない……。彼らと話そう」
 見ると、30代後半くらいの筋肉質な男性が姿を現した。長髪を後ろで結び、右頬には深い傷跡がある。彼こそがこの拠点のリーダー――名をドミニクというらしい。

 レナは苦々しげに顔を背けながらも、ドミニクには逆らえない様子だ。ドミニクはゆっくりとセラたちの前に立ち、深い声で続ける。

 「リセット派の子供がここへ何しに来た? 交渉だと? ヴァルターにでも言われてきたのか」

 セラは深呼吸し、まっすぐドミニクの目を見返す。「私はセラ……ネツァフのパイロットの一人です。ヴァルター様の命令もありますが、正直、私自身もあなた方と戦いたくないと思っています。リセットには……疑問を感じているから」

 場が凍りつく。反対派のメンバーが一斉にざわつき、レナは「馬鹿な……」と呟く。ドミニクは険しい表情を崩さないが、その瞳に微かな興味が宿る。

 「ネツァフのパイロット、だと? そんな子供が……。だが、もし本当なら君は“リセット兵器”を起動できる存在だ。我々にとっては、まさに最も危険な相手じゃないか」

 ドミニクの言葉に、セラは身震いする。自分が敵陣の真っ只中で、それもリセットの象徴として認識されているなら、一歩間違えれば殺されるだろう。しかし、彼女は恐怖を飲み込み、さらに踏み込んだ言葉を紡いだ。

 「……リセットが絶対の正解だとは、もう思えなくなったんです。街を見て、人々が足掻いて生きているのを見たから。ヴァルター様はここを“制圧”しようとしてる。でも、私は皆さんと話して、衝突を避けたいと思っています」

 「……甘いな」
 ドミニクは静かに言い放つ。周囲のメンバーからは嘲笑や怒りの声が上がるが、ドミニクが手を上げて制止する。

 「いいだろう。君の言う“衝突回避”がどれほど現実味を帯びているか……確かめてやる。我々が守ろうとしているのは、“リセットされない未来”だ。それを踏みにじるなら、ただでは済まさない」

 そこにレナが割って入り、ドミニクに鋭い視線を送る。「隊長、こんな奴らを信用するの? 奴らはいつか背後から撃ってくるかもしれない。……私たちが血を流して手に入れた“足掻く権利”を、リセット派が奪おうとしてることに変わりはないわ!」

 レナの声は切迫感に満ちている。彼女は何か個人的な過去や恨みから、リセット派を心底憎んでいるようだった。荒野でセラと戦った時も、その眼差しには激しい憤怒が宿っていた。

 ドミニクはレナを宥めるように肩を叩き、**「わかっている。だが彼女はパイロットでありながら、疑問を抱いていると言う。……いいだろう、少し話を聞こう。ここで頭ごなしに排除しても、逆に向こうの軍が容赦なく踏み込んでくるだけだろう」**と説得する。

 レナは苦々しい表情を崩さないまま黙り込み、周囲のメンバーは様子をうかがっている。ドミニクはセラとカイに向き直り、**「ここじゃ落ち着かない。奥の部屋へ来い。話し合いの場を設けよう」**と提案する。


 廃工場の奥には幾つかの小部屋があり、その一つが会議室のように使われていた。元は事務所だったのか、テーブルや椅子が倒れたまま放置されているが、最低限の整頓はされている。ドミニクとレナ、他に数名の反対派が同席する一方で、セラとカイは向かいの椅子に腰を下ろす。

 窓からは午後の光がうっすら差し込み、埃が舞っている。空気は重く、どこからか油のような臭いも混じっていた。壁に貼られた手書きの地図やスローガンが、ここが反対派の拠点であることをはっきり示している。

 「で、何を話す? まさか、私たちに“リセットを受け入れろ”などと言いに来たわけじゃないだろうな?」
 ドミニクがテーブル越しに腕を組む。背筋が伸びたままの姿勢は、相当な自信と覚悟があるように思える。レナはその隣で腕を組み、鋭い視線をセラに浴びせ続けている。

 セラは恐怖を感じながらも、視線をそらさず答えた。
「いいえ、私は……あなたたちを説得しに来たんじゃなくて、むしろ“争わずに済む方法があるかどうか”を知りたいんです。ヴァルター様がここの存在を知れば、きっと大軍を送って制圧しようとする……それを、私は止めたい」

 その言葉にレナが吠えるように反応する。
「止めたい? 本気で言ってるの? あんたはリセット派で、ネツァフを動かせるパイロットなんでしょ。私たちを消し去るための兵器を背負ってるのに、“止めたい”だなんて、よくそんなことが言えるわね」

 セラは唇を噛む。確かにネツァフを起動すれば、彼らを含む多くの存在を痛みなく消去する恐れがあるのだ。自分はその“心臓部”として訓練されてきた。だが、いざ外の世界を見て、人々の足掻きを知ると、その行為が本当に救いなのか疑問を持ち始めた。

 「……私が矛盾しているのはわかっています。でも、私が兵器を起動しないように努力すれば、少なくともあなたたちが消される可能性は下がる。だから私は……あなたたちに協力してほしいんです。戦わずに、ヴァルター様と対話できる道を探したい」

 ドミニクは沈黙のまま眉を寄せる。レナは苛立ちを隠せず、机を拳で叩いた。「ふざけないで。ヴァルターなんて男が私たちと“対話”するはずがない! あいつはリセットが唯一の正解だと疑わず、ちょっとでも反対する者を“消す”つもりだわ!」

 カイが静かに口を開く。
「ヴァルター様が強硬なのは認める。だけど、僕らは軍事力で互いを殲滅する未来を回避したい。……反対派にもいろいろな考えの人がいるだろうが、ある程度の勢力で説得できれば、ヴァルター様も話を聞く余地はあるかもしれない」

 レナは「はっ」と鼻で笑うが、ドミニクは目を閉じて何か思案しているようだ。やがて、彼は深い溜息をつき、口を開く。

 「理想を語るだけなら簡単だ。私たちは、“リセットは無意味かつ残酷だ”と確信している。世界が滅びかけているのは事実だが、それを上から一掃するやり方は、結局また同じ過ちを繰り返すだけだと思っているからな」

 セラはその言葉に心を揺さぶられる。確かに、リセットで一度白紙に戻したところで、人々が同じ破滅へ再び向かう可能性も否定できない。反対派は、それを理由に“足掻くこと”に価値を見出しているのだろう。

 「……だから、私たちは足掻くんだ。たとえ不完全で苦しくても、自力で未来を作る道を探す。この拠点に集まっている仲間も、同じ思いだ。……そこに突然、あんたたちが『戦わずに済む方法を探したい』と言ってきても、信用するのは難しい」
 ドミニクの視線は冷徹だ。セラは思わずうつむくが、なんとか言葉を振り絞る。

 「それでも……リセット派が大軍を率いてくる前に、何か手がないかを模索したいんです。あなたたちも、命を賭して抗うよりは、別の可能性を探したくはないですか……?」

 レナは更に苛立ったように噛みつく。
「そんなもの、建前だわ。いずれ奴らは私たちを叩き潰そうとするに決まってる。私たちは準備を進めてる。ゼーゲの改修も終わり、いつでもネツァフを迎え撃つ準備がある」

 「ゼーゲ……」
 セラの胸が痛む。あの荒野で交戦した青と銀の機体。リセットを否定し、人々の足掻きを体現するかのようなロボット。もしネツァフとゼーゲが正面衝突すれば、膨大な犠牲が出るだろう。

 カイは静かに言う。
「ゼーゲの改修が進んだ……。君たちは本気でリセット兵器ネツァフに対抗するつもりなんだね。ならば、なおさら話し合いが必要だ。このまま正面衝突すれば、双方に甚大な被害が出る」

 ドミニクは再び沈黙し、部屋に重苦しい空気が流れる。しばらくして彼はため息をつき、**「少し考えさせてくれ。今ここで決定はできない」**と言い放った。

 レナが「隊長、まさか彼らを見逃すつもり?」と詰め寄るが、ドミニクは低い声で嗜める。
「俺たちも無闇に血を流す趣味はない。奴らが本気で話し合いを望むなら、一時的にでもそれを利用するのも手だろう」

 そうして、ドミニクはセラとカイを見据え、**「しばらくここに滞在しろ。勝手に動くなよ。俺も仲間との合議で結論を出す。それまではレナがお前たちを監視する」**と告げる。

 半ば軟禁のような形だが、少なくとも即処刑というわけではなさそうだ。セラは胸をなで下ろし、**「ありがとうございます。私たちもできるだけ率直に話します」**と答えた。


 ドミニクとの話し合いが終わり、レナの監視下でセラとカイは工場の一角へ案内された。そこには簡素な部屋があり、机と椅子がいくつか並べられている。どうやら昔の事務所区画らしく、書類棚の残骸や錆びついたPCのようなものも転がっていた。

 「あんたら、ここで大人しくしてなさい。下手にウロウロすれば撃たれるかもしれない。わかった?」
 レナは冷徹にそう告げ、扉の外に一人の若者を立たせて見張りとした。セラとカイはほぼ自由を奪われた形だが、命の危険が今すぐ襲う状況でもなく、ひとまず静かに待機する。

 「……どうなるんでしょうね、カイさん」
 セラは椅子に腰掛けてため息をつく。カイは窓の外を見やりながら、**「正直、わからない。ドミニクやレナのように明確なリセット拒否を掲げる人もいれば、単に避難してるだけの人もいるようだ。ここがまとまりきっていない可能性もあるし、俺たちがどう扱われるか……」**と返す。

 その言葉が終わるか否か、外から怒声と金属がぶつかる音が響いてきた。セラとカイは驚いて立ち上がり、扉に近づく。
 「また何かトラブル……?」
 しかし扉は閉ざされており、見張りの若者が「開けるな!」と叫ぶ。内部で何か小競り合いが起きているらしく、人々が走り回る足音や怒鳴り声が錯綜する。

 数分ほど混乱が続いた後、廊下が再び静かになる。セラは心配そうに見張りへ話しかける。

「何があったんですか?」

 若者は舌打ちして
「一部の連中が物資を巡って喧嘩してるだけだ。よくあることだ。……反対派って言っても綺麗事だけじゃやってられねえんだよ」と吐き捨てるように言った。

 セラはその言葉に胸が痛む。リセット派にしろ反対派にしろ、世界が荒廃する中で生き抜くためには汚い衝突が避けられないのかもしれない。確かにレナのように理想や信念を持つ者ばかりではないのだろう。


 夕方が近づく頃、レナが再び部屋を訪れる。彼女は険しい表情のままセラとカイを睨みつける。背後には彼女の仲間数名が控えている。

 「隊長の結論はまだ出ない。あんたたち、何をしに来たか正直に言いなさいよ。リセット派が全面攻撃を仕掛ける前に、情報を探ろうとしてるだけでしょ?」

 セラは首を振る。
「違う。私たちは確かにヴァルター様から派遣されてきたけど、全面攻撃を避ける道を探すためでもあるんです。ドミニクさんにもそう言いました」

 レナは明らかに不信感を募らせ、「馬鹿なことを……。全面攻撃なんて、もう避けられないわ。ヴァルターは私たちを消そうとしてる。だから、私たちもゼーゲをはじめ全力で準備してる。あんたたちがここで何を言っても無駄よ」と吐き捨てる。

 カイが落ち着いた声で説得を試みる。
「レナさん、確かにヴァルター様は強硬だ。だが、あなた方もゼーゲで戦えば大勢が死ぬかもしれない。足掻くことは尊いが、戦争で失うものも大きいはずだ。……セラはそれを何とか回避しようとしてるんだよ」

 レナはカイの言葉に憤慨し、机を拳で打つ。
「回避だと? ふざけるな。私たちは“リセットなんかに屈しない”と決めた。そのために血を流す覚悟だってある。この腐りきった世界でも、私たちは足掻いて生きていく。その自由を奪われるくらいなら、戦うしかないのよ!」

 セラはレナの視線を受け止め、瞳を揺らしながら答える。
「……自由を奪われたくない、その気持ちはわかる。私も、こんな荒廃を見てリセットが正義だと思えなくなった。けど、本当に戦うしかないんですか? もし話し合いができたら……」

 「甘いわ!!」
 レナは怒号を上げ、椅子を蹴り倒す。周りの仲間たちもピリピリと武器を握りしめる。
「あんたはまだ子どもだから知らないんだろうけどね、リセット派がどれだけの人間を苦しめてきたか……私は見てきたのよ! 足掻くことを笑って、“痛みなく消せばすべて解決”なんてほざく奴らが、どれだけ残酷かわかる!?」

 セラは息を飲む。確かにリセット派は“痛みのない消滅”を謳っているが、その裏にあるのは全世界を白紙に戻す絶対的な力。否応なく犠牲になる命が数え切れない。レナの怒りは、そこから来ているのだろう。

 「……ごめんなさい。それでも、私はあなたたちに死んでほしくない。戦争ではなく、何か別の道があると信じたいんです。レナさん……!」

 レナは叫ぶように吐き捨てる。
「私たちが死にたくないのは当たり前よ。でも、死ぬ覚悟がなきゃ足掻けないこともある。あんたに何がわかるの?」

 その場の空気が最高潮に張り詰める中、突然廊下からドミニクの声が飛び込んだ。「やめろ、レナ」
 ドミニクが姿を現し、乱雑に倒れた椅子を見て顔をしかめる。どうやら彼はもう一度、セラたちと話をしにきたらしい。

 「隊長……」
 レナは苦い顔のまま一歩下がる。ドミニクはセラとカイを見やり、**「落ち着け。俺が話をしよう。レナ、お前は一旦外に出ろ」**と指示を出す。レナは反発したいのをこらえ、睨みつけるようにセラを見てから足音荒く部屋を出ていった。


 レナが去り、部屋にはドミニクとセラ、カイ、そして数名の見張りだけが残る。ドミニクは静かに椅子に腰を下ろし、厳しい表情のまま口を開く。

 「レナが。あいつが怒るのも無理はない。俺たちはリセット派に家族や故郷を奪われた者も多い。あんたたちが“和解したい”と言うのは、正直耳を疑う話だ。……だが、ヴァルターが大軍を動かす前に打開策があるなら、俺も試してみたいとは思っている」

 セラは希望を感じ、身を乗り出した。
「ありがとうございます! それなら、ヴァルター様との会談を――」

 だがドミニクは手を上げて遮る。
「勘違いするな。俺が言ってるのは“反対派の中には話し合いを求める声もある”という程度のことだ。全員が賛成するわけじゃない。特にレナや彼女に賛同する戦闘派は“絶対にリセット派を許さない”と吠えてる」

 カイが険しい表情で相槌を打つ。
「でも、ドミニクさんがリーダーなんですよね。あなたがまとめれば――」

 「そう単純じゃない」
 ドミニクは苦笑いを浮かべ、コンクリートの床を足で小さく叩く。「反対派にも派閥や意見の食い違いがあってな。レナは“ゼーゲで武力を示し、リセット派を撃退する”派閥の代表格だ。俺はそこまで強硬ではないが、彼女や仲間たちの支持は大きい。まとめるのは容易じゃない」

 セラは複雑な気持ちになる。リセット派が一枚岩でないように、反対派も統一された勢力ではない。彼らを相手に交渉するためには、どの派閥を説得すればいいのかすら判然としないわけだ。

 ドミニクは続ける。「それでも、もしあんたたちが“本気”で戦いを回避しようとするなら、ここの皆に納得させる材料が要る。具体的には――ヴァルターが私たちを一方的に殲滅しないと保証できるのか? そんな確約が得られるのか?」

 その問いはまさに核心だ。セラは苦悩を滲ませた顔で答える。「ヴァルター様を説得できるかはわかりません……でも、私は少なくとも、その可能性を探したい。もしあなたたちが一斉に武力を構えれば、ヴァルター様はますます強攻策に出るでしょう」

 ドミニクは腕を組み、深く考え込むように視線を落とす。「難しいな。足掻いて生きるために戦力を捨てろというのか。もしリセット派が裏切ったら、我々はあっという間に消されるだけだ。あんたはネツァフのパイロットなら、その恐ろしさはわかってるはず」

 セラは強く頷く。ネツァフがどれほど圧倒的な力を持ち、反対派を一蹴できるか、彼女自身がよく知っている。
 しかし、その力を“起動しない”と約束できる立場にはないのが現実だ。ネツァフを動かすにはセラの同意や融合が必要とはいえ、他のパイロットやリセット派の科学者が強制起動の手段を持っているかもしれない。

 「ならば、私が……ネツァフを封印できるよう働きかけます。強行されるなら、私が抵抗します」
 セラの声は震えているが、その瞳には決意が宿っている。ドミニクは一瞬驚いたような表情を見せ、やや目を細める。

 「そこまで言うか……。だが、お前一人が逆らったところで、ネツァフを止められるかは疑問だ。……もし本気で言っているなら、我々としても協力してやってもいい」

 「協力?」
 セラとカイは思わず顔を見合わせる。ドミニクは口調を低め、**「例えば、ネツァフの起動システムを破壊する手段を一緒に探るとか……。だが、それはヴァルターにとって完全な裏切り行為だ。あんた、覚悟あるのか?」**と問う。

 その問いは重く、セラの心を大きく揺さぶる。ヴァルター様への忠誠、そして自分が背負ってきたリセットの使命。それを捨てるのか――。だが、目の前の状況を考えると、もし何もしなければ再び血で血を洗う戦いになるだろう。

 「……今はまだ、即答できません。でも、私はリセットで皆が消えてしまうのは嫌なんです。もしそれを止められるなら、私にできることをやる」

 ドミニクは静かに頷く。「いいだろう。じゃあ今すぐ答えを出せとは言わない。まず、あんたたちをこの拠点で保護する。お互いの思惑をもう少し探り合ってもいい……ただし、レナや武闘派に納得してもらうには、それなりの説得力が必要だ」

 セラは安堵と不安の入り混じった表情を浮かべる。レナがどう出るか――あの激しい怒りはそう簡単に収まらないだろう。一方で、もしネツァフを起動しない確約をセラが提示できない限り、武闘派が先制攻撃に踏み切る可能性もある。

 「……わかりました。私も、あなたたちを裏切らない方法を必死で考えます。とにかく、争いを避けたいんです」
 セラの言葉に、ドミニクは疲れたように微笑み、椅子を立ち上がる。
「ふん、足掻くのは俺たちの得意分野だが、まさかリセット派のパイロットに教わる日が来るとはな……」


 部屋を出ると、すでに夜の帳が降り始めていた。廃工場の広い通路にはランプやトーチが灯され、反対派の人々が忙しそうに移動している。武器や弾薬の整備をしている者、食料や医療品を運んでいる者、書類を抱えて議論している者――まるで小さな国家のように機能している。

 セラがそっと窓辺へ近づくと、外の中庭が見える。そこには大きなロボットのシルエットが鎮座していた。「ゼーゲ……」。反対派が誇る人型兵器で、以前荒野で激突したあの機体だ。今はメカニックが周囲に集まり、機体にケーブルを繋いで最終チェックを行っているようだ。

 それを見たカイが小声で言う。
「もしリセット派が本格的に攻めてきたら、ゼーゲはネツァフに対抗するための唯一の希望となるだろう。……でも、その衝突はとんでもない惨劇を生むはずだ。ネツァフの圧倒的火力と、ゼーゲの頑強な意志の対立……想像するだけで恐ろしい」

 セラは胸を抑え、じっとゼーゲの姿を見つめる。あれは“足掻く意志”の象徴と聞いたが、同時に多くの血を流す凶器でもある。ネツァフだって同じだ。それを起動すれば、世界を一瞬で焼き尽くす力がある。

 (私に何ができるの……。ネツァフを止める? でも、その権限を持つのは本来ヴァルター様や上層部。私が勝手にそんなことを決めたら、リセット派すべてを裏切ることになる)

 葛藤が渦巻く中、遠くで雷のような重低音が轟いた。外の荒野に光が走り、爆発の余響が空気を震わせる。まるで砲撃か、ミサイルの着弾のような振動がビルを揺らした。

 「なんだ……!?」
 周囲の反対派メンバーたちが一斉に動揺し、武器を抱えて外へと走り出す。セラとカイも窓から遠方の様子を見やるが、煙や火柱が上がっている気配がある。

 「リセット派の部隊が先に手を出した……?」
 セラは青ざめた顔で呟く。もし外の荒野で砲撃が始まったなら、遠征部隊がこちらに威嚇か先制攻撃を仕掛けた可能性が高い。彼女たちが戻って来ないのを敵意とみなしたのだろうか?

 すぐにドミニクの叫ぶ声が聞こえる。「皆、配置につけ! 敵が来るぞ!」
 工場内は一気に戦闘態勢に入る。警報らしきホイッスルが鳴り渡り、兵士たちが走り回る。レナもゼーゲの方へ向かって駆け出し、すぐにメカニックがハッチを開けているのが見える。

 (まずい、もう開戦になってしまう……?)

 セラは焦りに襲われ、思わずカイにしがみつく。カイも戸惑いながら**「僕たちはどうする? ドミニクと話を――」**と言いかけるが、すでにドミニクは外へ走り去って指示を出しているようだ。

 激しい爆音が連続し、廃工場のコンクリート壁が音を立てて揺れる。粉塵が舞い、照明がちらつく。屋外からは反対派の怒号と指示の声が絶え間なく聞こえ、乗り込んできた車両のエンジン音が唸る。


 状況は一気に混乱に陥った。セラとカイは工場の廊下を駆け、必死にドミニクを探そうとするが、人々がごった返す中で見つからない。外に出れば銃撃や砲撃が始まっている可能性が高い。

 「こんなの、嫌だ……。話し合いどころか、すぐ戦闘だなんて……」
 セラは泣きそうな声を上げる。もしここで大規模戦闘が勃発すれば、ネツァフとゼーゲの直接対決が現実味を帯びる。そんな事態を回避しようとしてきたのに、ほんの些細な行き違いがこの惨事を呼んだのか。

 廊下の突き当たりでレナらしき姿が見えた。既にパイロットスーツを着込み、ゼーゲの整備士たちと急ぎ足で移動している。セラは思わず**「レナさん!」**と呼びかける。レナは鋭く振り返り、相変わらず険しい表情を浮かべる。

 「よくも私の邪魔を……! あんたたちの部隊が先に仕掛けてきたんでしょ! もう何もかも遅いわ! ゼーゲを出撃させるしかない」
 彼女の目には狂おしいほどの決意が宿っている。セラは震える声で返す。

 「違う……私たちもこんなこと望んでない! でも、今ならまだ止められるかもしれない。ドミニクさんに……」
 言いかけた瞬間、レナは手を振り上げてセラを突き飛ばし、壁に叩きつける。カイが慌てて駆け寄るが、レナの冷たい視線に射竦められる。

 「いいか、セラ。あんたが何を言おうと、リセット派は攻撃を始めた。私たちには選択肢がないの。これが“足掻く”ってことよ……わかった?」

 そのままレナは弾かれたように走り去って行く。残されたセラは壁に背を預け、苦しげに肩で息をしている。カイが支え起こし、**「大丈夫か……!」**と声をかけるが、セラは無言のまま涙がこぼれるのを感じた。

 (もうダメなの? 何もかも手遅れで、ゼーゲとネツァフが激突して、どちらか、あるいは両方が滅びる未来しかないの……?)

 外から再び激しい轟音が響き、コンクリートの天井が振動する。ビルの奥で火花が散り、警報が鳴る。反対派の人々は一斉に動き回り、メカニックたちはゼーゲの格納庫へ集まっている様子が伺える。

 「くそ……僕らがここでじっとしていていいのか? 何とかドミニクに掛け合って攻撃を止めるか、外へ出てリセット派の指揮官を説得しないと……」
 カイが焦りを露わにする。セラも頷きながら、わずかに立ち上がろうとする。そこへドミニクが走ってきた。顔には粉塵がこびりつき、額から血がにじんでいる。

 「……お前たち、まだここにいたのか。リセット派の砲撃が始まってる。こちらも迎撃する。お前らは屋内で待機してろ。外は地獄だぞ」
 ドミニクは荒い息のまま状況を説明する。どうやら外周でリセット派の砲撃部隊が陣取り、牽制しているらしい。大規模な襲撃はまだだが、いつ本格的に攻め込まれても不思議ではない。

 「待ってください! 私、外へ行きます。リセット派の兵士に話を――」
 セラが懸命に訴えるが、ドミニクは「無茶だ」と即答する。「お前一人が出ていったところで、連中が砲撃を止めるか? もしネツァフのパイロットと知られたら、逆に狙われるぞ」

 カイも歯噛みするように声を上げる。「でも、このままじゃ大勢が死ぬだけだ! 僕たちはここへ争いを止めに来たのに……!」

 ドミニクは険しい表情で二人を見つめ、**「わかってる。だが、こうなった以上、こっちも簡単には武器を置けない。部下を納得させることも難しい。俺だって、血を流したくないが……足掻くために戦うしかない時もあるんだ」**と答える。

 その言葉がセラの胸に突き刺さる。レナもそう言っていた――戦わずして足掻けるのか、と。自分が探している道は、単なる理想論に過ぎないのかもしれない。それでも、何とか一筋の光を見つけたくてここに来たのだ。


 戦火の始まりを告げるように、夜空が赤く染まり始めた。リセット派の砲弾が距離を測り、何発かの爆撃が廃工場の周囲に着弾している。工場敷地の周囲には、反対派が設置した防衛陣地や機関銃座がいくつもあり、闇夜に閃光が走る。人々は悲鳴を上げ、弾丸がコンクリートを砕く。

 廃工場の格納庫では、ついにゼーゲが起動を始めた。レナがコックピットに乗り込み、エンジンの轟音が金属の建物を震わせる。工場の外へ進むゼーゲの姿は、まるで蒼い彗星のように光を反射し、武装を展開している。もしネツァフがここに現れれば、壮絶な死闘が避けられないだろう。

 「セラ、どうする?」
 カイが息を切らせて問いかける。セラの瞳には涙が浮かび、唇が小さく震えている。もはや、ここでの対話は崩壊寸前だ。戦いが始まれば大量の血が流れる。だけど、彼女にはもう一つ選択肢がある――ネツァフを起動しないと誓って、リセット派と反対派の間に割って入ることだ。だが、それはリセット派への裏切り行為ともなりうる。

 外では激しい銃撃音と爆発音が鳴り響き、あたりが明滅している。反対派の兵士たちが怒号とともに走り回り、ゼーゲがゆっくりゲートを出ていく。さまざまな悲鳴や衝撃が、廃工場全体を揺るがす。

 (私……どうすればいいの? 本当に、ただ足掻くだけじゃ、この破局を止められないの……?)

 セラは震える手でペンダントを握りしめ、必死に考える。ヴァルターが率いる大軍がすぐそばまで来ているなら、彼女が何か行動を起こさない限り、一方的な殲滅戦が始まるだろう。ドミニクと話せても、レナはゼーゲで出撃するつもりだ。

 カイの目は悲壮感で潤んでいる。
「こんな結末、僕は望んでなかった……。セラ、まだ可能性があるなら、一緒に探そう。どちらか一方が全滅するしかないなんて、あまりにも――」
 その言葉は弾けるような爆音でかき消される。上空で何かが炸裂し、火の粉が雨のように降りかかった。

 事態は切迫の度合いを増し、リセット派と反対派の全面対決へと傾いていく。かつて荒廃の街で目にした小競り合いとは比較にならない規模だ。セラの目には、闇夜の中で点滅する無数の銃火器の閃光が、この世界の最後の花火のようにも映る。

 (でも、まだ終わりじゃないはず……!)

 セラは涙を拭い、拳を固めた。たとえ可能性が薄くても、まだ足掻く道を捨てるわけにはいかない。ここで身を引けば、ネツァフが動き、ゼーゲが動き、双方が死闘を演じるだけの未来が待っている。

 そして、黄昏ではない、漆黒の夜が訪れる――



いいなと思ったら応援しよう!