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再観測:ゼーゲとネツァフ:Episode 10-1

Episode 10-1:ゼーゲの最終攻撃

夜明け前の街には、依然として戦火の残り香が満ちていた。廃墟化した高層ビル群の向こうから、薄い太陽の光が射し込む。数日前まで激戦が続いていた市街地は一時の安堵を得たが、人々の疲労は限界に近い。
 「未知の軍勢」は一旦退却したものの、足を止めるとは考えにくい。反対派と懐疑派の連合軍は束の間の勝機を活かして前線を再構築し、再度の侵攻に備えている。その中心には、かつてリセット派と戦いつつも世界を守った英雄的存在――ゼーゲの姿があった。
 しかし、ゼーゲはここ最近の激戦で深刻なダメージを負い、装甲もフレームも限界に近い。汎用モードで何とか戦線を支えてきたが、「最終決戦」に向けた改修が必要不可欠だった。

 セラは仮設テントの外に立ち、朝焼け色に染まる街を見つめていた。眼下には焼け残りのコンクリートや、まだ生存者の捜索を続ける兵士たちの姿がある。彼女自身もオルド深層への幾度ものダイブと、現実世界での激戦でボロボロだが、立ち止まるわけにはいかないと自らを奮い立たせている。

 (レナさんが目覚めつつある……。あれだけ深い意識の闇から、私たちが引き上げたんだ。きっともうすぐ……)
 その思いが、セラの疲れ切った身体を支えていた。今こそ、レナが“足掻きの象徴”として復活し、ゼーゲと共に未知の軍勢を打ち破る道を切り開いてくれるかもしれない。そんな期待を胸に抱きつつ、彼女はテントに引き返し、仲間と合流する。

 医療棟には、ドミニクが包帯を巻いた姿で立っていた。先日の戦闘で被弾した脇腹がまだ痛むのだろうが、彼は無理やり動き回っている。ベッドにはレナが横たわり、うっすらと瞳を開いているところだった。
 「レナさん、調子はどう?」
 セラが声をかけると、レナは微かに笑みを浮かべ、弱々しい声で応じる。
 「……頭がまだぼんやりするけど、起きられる……気がする……」
 ドミニクはほっとした表情を浮かべ、「医師は一旦ベッドから起きてリハビリを始める許可を出した。無理はするなよ」と言葉をかける。

 レナはうっすら微笑みつつも、視線をセラに合わせ、「ねえ……あれから……ゼーゲは……大丈夫?」と尋ねる。セラは少し迷いながらも事実を伝える。
 「修理が追いついてないの。汎用モードで何とか戦い抜いてきたけど、今、最終的な改修をしようとしてる。レナさんが元気になれば、本来の力を取り戻せるかもってみんな言ってるよ……」
 レナは切なそうに瞳を伏せ、「そっか……私がいなくても頑張ってくれてるんだね、ゼーゲ……。でも、私はまだ……足掻けるのかな?」と自嘲するようにつぶやく。

 ドミニクが穏やかな口調で「お前が死にかけたところ、セラたちがオルドの深層から意識を引き上げてくれた。その命を、もう一度使う気があるなら……あの機体もきっと応えてくれる」と語りかける。レナは微かな笑顔を浮かべ、「そっか……ありがと……」と辛うじて伝える。

 その日の夕方、修理施設の一角では、整備班が深刻な顔をしてゼーゲのフレームを確認していた。セラやカイも立ち会い、メカニックリーダーのライナスが苦い表情で説明をする。
 「脚部のフレームが限界を超えている。再度の大規模戦闘に耐えられるか微妙だ……」
 カイが端末を見ながら「でも、ここをこう補強して、エネルギーシステムを再調整すれば何とか……」と提案するが、ライナスは首を振る。「マージンが薄すぎるんだよ。もし“最終攻撃”のような形でゼーゲをフル稼働させるなら、一撃に賭けるしかないかもしれない」

 セラは思わず言葉を失う。ゼーゲが何度も戦場を駆け抜けてきたのは、レナの足掻きや汎用パイロットの努力のおかげだが、限界は近い。ライナスは重苦しい声で続ける。
 「要は“最終攻撃”だよ。レナが操縦して火力を最大化すれば、敵を一撃で粉砕できるかもしれない。だが、その後はゼーゲが立ち上がれなくなる可能性も高い。フレームがもたんだろう」
 セラは胸が痛み、「そんな……。でも、今のままじゃ未知の軍勢の主力を相手に勝ち目は薄い。もしレナさんが乗れたら……」と俯く。

 カイも唇を噛み、「つまり、ゼーゲの“最終攻撃”を実行すれば、機体は動けなくなる可能性が高い。レナも危険だ。でも、それしか大規模戦闘を切り抜ける手段がないとすれば……」と苦悩を浮かべる。

 そんな矢先、街の司令部に敵側からの一方的な通信が入った。懐疑派将校が混線を整えて再生すると、低いノイズとともに英文に近い言語が流れ、その後、ぎこちない翻訳が再生される。
 「我々は〈ヴァルハラ〉を名乗る。汝ら抵抗勢力に通告する。三日後、我々は全面攻勢を開始し、汝らの都市を制圧する。我々の技術はオルドを超えて進化し、貴様らの足掻きなど……無力である」
 セラとカイは顔を見合わせ、ドミニクが苛立ちを隠せない。「ヴァルハラ……知らない名だが、国外勢力の一つか? 全面攻勢……だと?」
 将校が地図を広げながら「この三日間で、連中は新たな補給や増援を受けてる可能性がある。今までの攻撃が小競り合いに見えるほど強力な軍が来るかもしれない……」と唸る。

 セラは目を伏せ、(三日後……もう猶予がない。レナさんはまだ身体が万全じゃない。ゼーゲも修理が不完全で、“最終攻撃”に賭けるしかない……?)という考えが胸をかきむしる。
 ドミニクは唇を結び、「ここが正念場だ。レナが起きようが起きまいが、ゼーゲの最終攻撃で一気に決着をつける以外の道はなさそうだな……」と呟く。

 翌日、仮設医療棟で眠っていたレナがじわじわと意識を取り戻し、かろうじて会話ができるまで回復する。ドミニクやセラがそばに付き添う中、レナは弱々しくも懸命に言葉を紡いだ。
 「……あの、未知の軍勢……が、また……攻めてくるのね……?」
 ドミニクは頷き、苦い口調で説明する。「三日後に全面攻勢だそうだ。街を守れるかはわからん。……ゼーゲの最終攻撃に望みを託すしかない。でも、身体の状況を考えれば、お前を乗せるのは……」
 するとレナは弱々しくも瞳に決意を宿し、「私以外に……誰がゼーゲを活かせるの……? 汎用パイロットじゃ……間に合わない……」と返す。

 セラは止めようとする。「でも、あなたはまだ本調子じゃないよ。体が動くの……?」
 レナは薄く笑みを浮かべる。「足掻きの本質は……そういうものでしょう。身体が万全じゃなくても、やるしかないなら……私はやる。だって、ネツァフを倒すためにここまで来たんだから……いまさら怖がったら笑われるわ……」
 ドミニクはその言葉に目を伏せ、歯を食いしばりながら「わかった……だが、無茶はするな。ゼーゲのフレームも限界に近いらしい。最終攻撃を放ったら機体が自壊してもおかしくない……お前は死ぬかもしれないんだぞ」と声を震わせる。

 レナはじっとドミニクを見つめ、「死ぬために戦うんじゃない。生きるために足掻くの……あなたもわかってるでしょ?」と静かに微笑む。ドミニクは震える唇で「……ああ、わかってる」と応える。

 レナが出撃を決めたことで、ゼーゲの修理工廠は一気に活気づく。大量のパーツや補強材が運び込まれ、メカニックリーダーのライナスが小声で「この性能限界を超える改修は無謀だが……レナが乗るならやるしかない」と意気込む。
 セラも手伝いに駆け回り、工具を渡したり、配線の接続をサポートする。カイは端末でフレーム強度や出力分配のシミュレーションを行い、最後の微調整を施す。
 しかし、装甲は何度も再利用されたもの、フレームは歪みを溶接で誤魔化しているだけ――到底長時間の戦闘には耐えられない。ライナスが念を押す。
 「“一撃離脱”を前提に作り直すしかない。つまり、最大火力の瞬間を放ったあと、ゼーゲが自壊してもおかしくない。下手をすればパイロットごと爆散する……」
 セラは歯を食いしばり、(それでもやるしかない、レナさんも覚悟を決めた……)と心中で繰り返す。

 三日後の全面攻勢まで、残された時間はわずか。夜半、レナは医師の許可を得て一度だけ工廠に来て、完成間近のゼーゲを見上げる。呼吸は荒く、点滴スタンドを引きずりながらでも、その瞳にはかつての鋭い輝きが戻りつつある。
 セラがそっと寄り添い、「レナさん……本当に乗れるの? 体がまだ……」と心配を述べる。レナは微笑して、肩をすくめる。
 「乗るしかないじゃない……ネツァフを倒すために、私は生き残ったんだと思ってたけど……世界はまだ戦いが終わらない。この足掻きに、私が役立つならそれでいい」

 セラは目を潤ませつつ、「でも……死んじゃだめだよ。私、あなたにちゃんと“ありがとう”って伝えたいんだから……」と震え声で言う。
 レナはそれを聞き、苦笑いのような表情を浮かべる。「ありがと。死ぬつもりはないわ。ドミニクにも、あなたたちにも、まだ伝えたいことが山ほどあるから……。でも、もしこれが“最終攻撃”になるなら……勝ちに行くわよ。中途半端は嫌いなのよ」
 その言葉にセラはうなずき、静かにレナの腕を支える。「レナさんと一緒に戦えるなんて夢みたい……ネツァフと戦っていた頃は想像もできなかった」と胸で呟く。

 決戦前夜に、まさかの報せが飛び込む。「〈ヴァルハラ〉の主力部隊が予定より早く動き出した。明朝には市街地を再び攻撃するとの情報がある……!」
 偵察隊からの緊急連絡に、反対派と懐疑派の司令部が慌ただしく活気づく。ドミニクはまだ回復していない体を押して指揮車へ向かい、「奴ら、三日後って言ってたのにな。裏をかく気か……!」と苦い声を上げる。
 セラは「ゼーゲの修理はまだ終わってない! レナさんは準備できるの?」とライナスやメカニックたちに詰め寄る。彼らは大慌てで部品をはめ込み、「あと数時間あれば一応仕上がるが、試験も何もできないぞ……」と応える。
 レナは呼吸を乱しつつ、「それで十分。どうせ試してる暇なんかない。最後に私が乗ればいい」と言い張る。顔色は白いが、意志の火が揺らがない。

 外では爆撃音が遠くに聞こえるようになり、夜明けが近い空がかすかに赤く染まっている。司令部の仮設テントで、ドミニク、セラ、カイ、レナ、懐疑派将校らが地図を囲み、最終作戦を固める。
 「作戦はシンプルだ。敵が市街地を踏み荒らす前に、ゼーゲが集中攻撃で敵の指揮官機や主力機動兵器を一撃で叩く。周囲の味方は援護しながら隙を作り、その隙に“最終攻撃”を叩き込む」
 ドミニクが息を詰め、地図上に赤い印をつける。「ここが激戦区になるだろう。敵が集結したところを狙ってゼーゲが突入。数分以内に決着をつける。それが唯一の勝機だ……」

 レナは車椅子に座りつつも、その地図を見ながら「装甲車と歩兵が囮になってる間に、私が突き抜けて敵の中心を破壊するって感じね。下手するとゼーゲもろとも爆散しかねないわ……」と淡々と受け止める。
 セラは思わず「そんな……もし失敗したら?」と声を震わせるが、レナは苦笑し、「もともと一度死にかけた身だし、未練があるからこそ戦うのよ。大丈夫、成功させる。それが私の“足掻き”だから……」と言い切る。

 ドミニクが無言で目を伏せ、頷く。カイは何か言いかけるが、結局言葉にならない。皆がレナの決意を見つめる。その瞳には、一点の曇りもなかった。

 夜が明けきる直前、敵軍〈ヴァルハラ〉の装甲車列が市街地南部から押し寄せる。偵察隊が「数は以前の倍近いかもしれない!」と叫び、銃声や砲撃音が響き始める。街に設置された防衛線が一斉に応戦し、赤い閃光がビル群の間で入り乱れる。
 セラは前線近くの指揮ポイントに待機し、ドミニクやカイとともに事態を見守る。既にレナは車椅子のまま工廠へ移動しており、最終調整の終わったゼーゲのコックピットで「最終攻撃」を待つだけの状態にある。
 「敵の人型兵器も複数確認……向こうに新型がいるかもしれない……!」
 将校が声を上げる。モニターには遠方で移動する謎の大型機影が捉えられており、かつての指揮官機を上回るサイズと推定される。

 カイが焦りの面持ちで「あれが敵の切り札かもしれない。早くレナを送り出さないと、こっちが壊滅する……」と呟く。
 ドミニクは「タイミングを誤ればレナが囲まれる。一気に叩くなら、奴らがある程度集結した頃合いを狙わなきゃならん……あと少し、耐えてくれ」と部隊に指示を飛ばす。

 一方、工廠にて。レナは点滴の管を引き抜き、整備班の手を借りながらゼーゲのコックピットへ乗り込んでいた。動くたびに傷が痛むようで、血の気のない唇を噛みしめる。
 メカニックリーダーのライナスが外からマイク越しに確認する。「操縦桿に右手、ブースターと出力制御は左パネル……フレーム損傷の警告が出たら即座に離脱だ。いいな?」
 レナは笑みを浮かべ、「離脱先なんて考えてないわ。やれるとこまでやるだけ。それが足掻くってことでしょう……」と答え、ハッチが閉まる。コックピットにややきしむ音が響き、モニターが緊急接続している様子だ。

 セラとカイも駆け込んできて、外から最後の言葉をかける。「レナさん……必ず帰ってきて!」
 レナは内部カメラを見て微笑む。「セラ、カイ……あなたたちが私を引き戻してくれたんだもの。私はあんたたちを信じる。死なないよう頑張るわ……後は頼んだ」
 ハッチが完全にロックされ、ゼーゲのメイン駆動音が低くうなり出す。ブースターの排気が工廠の床を焼き、整備班が大慌てで退避する。

 市街地の一角からレナの操るゼーゲが歩み出る。背中の補助ジェットが唸り、右肩は補強プレートでごつごつと覆われているが、本来の曲線美は失われ、痛々しい姿。それでもメカニカルな存在感は十分だ。
 レナはコックピットで苦痛に顔を歪めつつも、操縦桿を確かに握り締める。視界モニターに映るのは、炎と煙に包まれた市街地の遠景。そこに無数の敵部隊が展開し、凄まじい砲火が交錯している。
 「これが私の最後の足掻きかもしれない……でも、必ず勝つ……!」
 そう呟き、レナは操縦桿を強く引き、ブースターを全開にする。ゼーゲの脚部が強い反動を受けて加速し、ビルの間を跳躍しながら前線へ向かう。外から見れば白銀の機体が朝日に照らされ、まるで光の矢のように見えた。

 味方兵が「ゼーゲだ! レナが戻った……!」と歓声を上げる。士気が一気に盛り上がり、連合軍が再度反撃を試みる。敵はそれを感知し、距離を詰めて迎撃体制を整え始める。街の中央を舞台に、恐るべき最終決戦が幕を開けようとしていた。

 ゼーゲが中枢エリアに到着した瞬間、遠方から巨大な砲弾が飛来し、ビルの壁を豪快に吹き飛ばす。舞い散る破片を盾で防ぎながら、レナはコックピットのスキャンをチェック。すると、マーカーが敵主力の機影を示す。
 それは過去の指揮官機よりもさらに大きい、人型に近いがより獣的なフォルムを持つ機動兵器。肩に巨大なランチャーを装備し、背面には高エネルギーブレードを携えている。通信傍受から判明した名前は“ギャラルホルン”というらしい。
 「あれが……奴らの切り札……」
 レナは息を呑む。機体のパワーレベルが尋常でなく、周囲の量産機が護衛を務めているのが見える。ドミニクからの無線が入る。「あれが敵司令官の乗る機体だ。叩けば全軍が指揮を失うはず……やるしかない!」

 レナは短く「了解。最終攻撃を仕掛ける」と応答し、モニターを睨む。ゼーゲの稼働時間は限られ、装甲も脆い。敵に包囲される前にギャラルホルンを一撃で仕留める以外に勝機はない。
 「大丈夫……私ならやれる……あんたたちが繋いでくれた命、無駄にはしないわ」と呟き、操縦桿を押し込む。エネルギーゲージが赤を振り切り、最後の力を振り絞る準備を始めた。

 市街地中央の広場が突如、戦火の中心となる。ギャラルホルンが重々しい金属音を鳴らしながら前進し、肩のランチャーを構えて周囲にロケット弾をばらまく。その衝撃で建物が崩れ落ち、地面が振動する。
 レナはゼーゲでビルの側面を蹴り、上空に飛び上がって回避を図る。空中で機関砲を連射しながら、相手に牽制をかけるが、ギャラルホルンは分厚い装甲で弾丸を弾き、ランチャーの砲口をゼーゲに向ける。
 「来る……っ!」
 ランチャーから放たれた高出力弾が直撃する寸前、レナは咄嗟にバーニアを噴射して姿勢をひねり、ゼーゲの胸部装甲にかする形で済ませる。しかし、その衝撃で内部回路が火花を散らし、コックピットが警報を鳴らす。「警告:装甲耐久度15%低下……」の文字が映し出される。

 「くっ……まだ一撃かすっただけでこれ? なんて火力……!」
 レナは汗を流しながら操縦桿を握り直し、(一発でもまともに食らえば終わり……逆に言えば、それ以上先にこっちから“一発で仕留める”しかないわね)と意を決する。

 だが、ギャラルホルンの護衛として、周囲に複数の量産機が展開している。ビルの合間を縫ってゼーゲを挟撃するよう動き、ビームやミサイルを撃ってくるため、なかなか懐に飛び込めない。
 そこでドミニクやセラ、カイが各所で援護射撃を指揮し、「ゼーゲを援護しろ!」「今が決戦だ!」と部隊を鼓舞する。反対派・懐疑派の装甲車やロケット兵が量産機の足止めを行い、その一部が撃破され、炎上する瓦礫の山が広がる。
 セラも狙撃手たちを誘導して「あのビルから射線が取れる……! 一斉射撃であの量産機を倒して!」と慣れないながらも必死に陣頭に立つ。敵の反撃で何度も味方が倒れ、血が飛ぶが、それでも皆、レナの“最終攻撃”に最後の希望を託している。

 その間にゼーゲは護衛の薄い箇所を見極め、ギャラルホルンへ急接近するタイミングを図る。レナは息を荒らしながら「距離200……180……あと少し……」とつぶやく。フレームが悲鳴を上げているのが操縦桿を通して伝わるが、気にしてる余裕はない。

 ついに、レナはギャラルホルンから中距離程度の距離まで詰め、ブースターを全開にして猛加速する。敵はランチャーを再度構えるが、レナは曲線軌道で左右に回避しながら短射程ビームを撃ち返し、ギャラルホルンの肩部装甲を削る。
 「今しかない……!」
 コックピットのパネルに「フレームブレイク危険」という警告が点滅するが、レナは無視して“最終攻撃”用に開発された高出力コンデンサを解放する。これにより機体内部のエネルギーを一挙に放出できるが、フレームが強烈な負荷に耐えきれない可能性がある。
 同時に、ギャラルホルンが胸部ビーム砲を起動し、まばゆい光が尖ってゼーゲを狙う。どちらが先に致命弾を放つか――それは一瞬の勝負だった。

 レナは叫ぶように操縦桿を押し込み、「ゼーゲ……あんたの限界まで足掻いて……! 私たちは、まだ……死なない!!」と声を張り上げる。ゼーゲの装甲が軋み、内部フレームが赤熱化するほどエネルギーが高まるのを感じながら、両腕を突き出す。
 「撃てえっ……!」
 放たれたのは強大なビームか砲撃か、あるいは両腕のブースターからのエネルギー衝撃か――とにかく、ゼーゲの全出力を凝縮した“最終攻撃”が光の奔流となってギャラルホルンを貫く。

 同時にギャラルホルンのビーム砲も放たれ、空間が閃光に包まれる。「ドォン……!」という轟音が街を揺らし、衝撃波がビルを粉砕し、地面を掘り返す。真っ白な光が視界を奪い、味方兵たちが「何だ……何が起きた……!」と叫ぶ。

 閃光がゆっくりと収まると、そこには中央の大地がクレーターのように陥没し、断続的に火の粉が舞う惨状が残る。遠巻きにいた兵士たちが恐る恐る近づき、「ゼーゲは……? 敵は……?」と声を上げる。
 視界が晴れるにつれ、ギャラルホルンの巨大な機体が半分崩れ落ちた姿が見える。上半身が酷く損傷し、装甲が焼けただれて黒煙を吐いている。敵兵の通信がノイズだらけに乱れ、どうやら指揮系統が機能を失ったようだ。
 「敵機……破壊したのか……!?」
 連合軍の兵士が目を見張る。しかし、その隣にはゼーゲの姿が見当たらない。いや、よく見るとクレーターの中心に、歪んだフレームの塊が倒れていた。薄銀色の塗装がところどころ剥がれ、煙が上がっている……それがゼーゲだった。

 セラが遠くから駆けつけ、「ゼーゲ……! レナさん……!」と叫ぶ。カイも後ろから呼びかけるが、火花が散って近寄るにも危険なほど熱を持っている。
 やがて、装甲が一部砕け散りながらも、ゼーゲのコックピットハッチがむりやり開く動きを見せる。「キィ……ガシャッ……」という音とともに、熱気と煙の中からレナが這い出すように姿を現す。

 兵士たちが咄嗟に消火器を撒きながら、レナを抱えてコックピットから引きずり出す。彼女は装甲片や破片で全身を切り刻まれ、血まみれだが、息はある。セラが顔を押さえながら「レナさん……レナさん、しっかり……!」と呼びかける。
 レナは苦しげな息を吐きつつ、朦朧とした眼差しでセラを見上げる。「……やった……? ギャラルホルンを……倒せたのね……?」
 セラは涙をこぼしながら、「うん、あなたの攻撃が直撃して、敵は崩れた。街は守られたよ……」と答える。周囲から「やったぞ!」「勝った、ゼーゲが勝った!」と歓声が上がる。兵士たちが一気に湧き上がり、ドミニクも負傷を押して駆け寄る。
 レナは薄く笑い、血で汚れた頬をセラの手に預けて「……最後まで足掻けたわね、私……死にたく、ない……」と掠れ声を返す。医療班が担架を用意し、カイが点滴の準備をする。消防ホースでゼーゲの火を消し止める一方、レナを緊急搬送する準備が整えられる。

 ギャラルホルンの撃破をもって、敵は再び総崩れで退却を開始した。市街地に残っていた量産機や装甲車も後追いの形で撤退し、砲撃や銃声が次第に収まっていく。
 セラは看護兵の手伝いをしつつレナの横を離れず、ドミニクとカイが指揮車で確認するところ、もはや敵は姿を消し、後方で残骸だけが散らばる状態になっている。
 「勝った……ゼーゲの最終攻撃が大成功だ……!」
 指揮車の兵士が泣き笑いしながら吼えると、周囲の仲間たちも歓声と抱擁を交わす。長く苦しい戦いの末、ようやく未知の軍勢の主力を撃退し、街は生き延びたのだ。
 市街地の各所で悲しみや痛みを伴いながらも、再び「生き抜いた」という喜びが湧き上がる。担架に乗せられたレナが意識を失っていく姿を見守る人々も、それでも彼女の功績を称え、必死に応急処置を施している。

 レナが自らの命を賭した一撃で、未知の軍勢の主力機「ギャラルホルン」が撃破され、市街地はさらなる破壊から救われた。しかし、その代償は大きく、ゼーゲは自壊するほどに損傷し、レナも重傷を再び負ってしまう。
 ドミニクもセラもカイも、仲間たちの大量の犠牲と倒れ伏すレナの姿を目の当たりにしながらも、一筋の光を感じている。それは、リセットやネツァフなどの古い亡霊に囚われることなく、“未知の軍勢”という強大な敵に対してなお足掻き抜いた――人間の意志の証でもある。
 街は焦土と化した区域が広がり、負傷者と死者も数多く出たが、この“束の間の勝利”は人々に深い安堵と、生きるための希望を与えた。ヴァルターの研究「ESP」の完成や、オルドのさらなる謎、そしていつ再び襲い来るかもしれない敵の脅威――多くの問題は山積みだが、レナの最終攻撃が放った光は、人々の心に確かな明かりを灯している。

 ゼーゲが跡形もなく崩れ落ちた瓦礫の中で、なお燃えるエンジンの残照が朝焼けと交わり、幻想的な空気を作り出す。その風景を見上げながら、セラは涙を拭い、心の中でレナに言葉を送る。
 (ありがとう、レナさん……あなたが足掻いてくれたから、街はまた生き延びることができた。どうか、あなたが生きて、再び笑ってくれますように……)

 最終攻撃に散りかけたゼーゲの雄姿は、足掻く人々の希望を確かに示した。そしてその先に、さらなる闘いと再生の物語が続いていくのだ――。

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