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ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP7-3

EP7-3:新たなる目標

深夜のローゼンタール前線拠点は、廃墟と化した工業区画を改修したとは思えないほどに整然としていた。巨大なクレーンやパイプラインが影絵のように組み上げられ、その隙間を縫うように装甲車が行き交う。警戒態勢を維持しつつも、企業としての精密な秩序が漂い、施設の照明は昼夜を問わず明るさを保っている。
その奥まった区画にある仮設の司令ブース。そこでレオン・ヴァイスナーは、かつての妻でありローゼンタールの実質的な主導者の一人、カトリーヌ・ローゼンタールと、AIとして自律進化を遂げた相棒のオフェリアとともに今後の動きを協議する形で集まっていた。長い逃亡と激戦の末、オーメルの追撃からは一時解放されたものの、決して安泰とは言えない状況が続いているからだ。


仮設ブースの壁にはローゼンタールの紋章が掲げられ、かつて貴族企業と呼ばれた誇りを象徴している。十字架と優美な文様が組み合わさったその意匠は、一見すると芸術的にさえ見えるが、いまは企業の力を結集する“旗”としての意味合いが強い。
ブースの中央に大きなモニターが設置され、そこに荒れ果てた地上の地図と周辺の勢力配置がリアルタイムで投影されている。オーメルやラインアーク、そして諸勢力の動きが色分けされ、マーカーが刻々と更新される様子は、まるで巨大なチェス盤を見下ろすようだった。

「……現状、イグナーツ・ファーレンハイトはアポカリプス・ナイトの修復をほぼ完了させ、地上部隊を再編中との報告があるわ。オーメル本社や他の企業がどう絡むかはまだ不透明だけれど、いずれ大規模な作戦を再開してくる可能性が高いわね。」

そう説明するのはカトリーヌに付き従う参謀役の男性。レオンとオフェリアは黙ってそのモニターを見つめていた。何度も苦しめられたアポカリプス・ナイトが、また動き出すことを想像するだけで、胃のあたりが重くなる。

「……最悪だな。」

レオンが抑えた声で呟く。隣でオフェリアが気づかうように彼を見やる。「イグナーツが本格的に攻めの姿勢に出れば、ローゼンタールはどう動く? 彼らもあなたたちを狙い撃ちにしてくるはずよ。」

「当然よ。」

モニターを見つめるカトリーヌが、静かに言葉を継ぐ。「わたしたちローゼンタールは、オーメルとの距離を置き始めてる。既存のリーグ(企業連合)の枠組みに従うより、独自の道を進みたいという意思表示ね。だから、オーメルの強硬派――つまりイグナーツたちとは正面衝突するかもしれない。あなたたちを保護した時点で、敵対は避けられないでしょう。」

「ええ……カトリーヌ。」

レオンが深刻な表情で答える。「お前はそれでいいのか? ローゼンタールの貴族としての地位が危うくなるかもしれないぞ。」

「そんなもの、もうとっくに危ういわ。」

カトリーヌは自嘲気味に笑みを浮かべる。「わたしは貴族企業としてのプライドを捨てたくないけれど、それ以上に“企業体制の支配だけが全てじゃない”ことを知ってる。あなたとエリカ、そしてオフェリアの存在が、新しい可能性を示しているのよ。」

「新しい可能性……。」

レオンは複雑な思いを噛みしめる。企業間の争いを生き抜くためにずっと「機械と技術」に頼ってきた自分だが、今や“家族”という繋がりが鍵になると感じている。それがカトリーヌにも伝わっているのだろうか。
オフェリアがモニターを見つめ、地形データを読み取りながら静かに言葉を挟む。「現状、わたしたちが欲しいのは“ネクストの戦力”や“アームズ・フォートの制圧力”だけじゃない。もっと大きな意味で、オーメルの動きを抑止できる権限や政治力が必要だわ。」

「そのとおりね。」

カトリーヌは同意の仕草を見せ、「だからこそ、あなたたちが“新たなる目標”を打ち立てる必要があるの。これまで単に逃げ回るだけだったレオンも、もう逃げずに企業全体を変革させるための旗印になる。それができるのは、あなた――孤高だったリンクスが家庭を取り戻すことで、企業のあり方に疑問を呈する姿そのものよ。」

「旗印、か……。」

レオンが渋い顔をする。「俺はそんな大それたこと……。」

だが、隣でオフェリアが力強く言葉を続ける。「あなたならできるわ。わたしも支える。エリカも父を支えてくれる。カトリーヌだって、あなたを“利用”するだけじゃなく、“愛して”くれているかもしれない。」

カトリーヌは僅かに笑みを浮かべ、「そっけないわね、オフェリアさん。まあ、否定はしないけれど」と返す。確かに、その言葉には打算だけでなく情がこもっているようにも見える。
レオンは苦い表情をさらに深めてしまう。気恥ずかしさや、過去に対する後ろめたさ、しかしやはり“新たな道”を模索したい気持ちが入り混じる。最終的に、意を決したように大きく息を吐き、言った。

「……分かった。俺は“新たなる目標”を探る。イグナーツの進める完全管理戦争を止める。それだけじゃなく、企業や人間が機械に飲み込まれる時代を変えたい。俺ももう一度ネクストに乗れればいいが……今はやるべきことがある。」

「そう。」

カトリーヌは穏やかに微笑む。「わたしは、あなたとエリカがいずれ合流し、ローゼンタールの加護を受けながら“次のステージ”へ進むことを期待してる。イグナーツを止めるためにも、わたしたちが協力できる余地は大きい。……もちろん、あなたが本気で動くなら、わたしも後押しするわ。」


会議が一区切りついたころ、オフェリアはそっとカトリーヌに近づいた。「少し、よろしいですか? カトリーヌさん。」

「ええ、何かしら。」

二人は司令ブースの隅で視線を交わす。レオンは一足先に部屋を出て、待機している兵士や参謀と交わって次の確認事項をしているらしい。メカニックをどう確保するか、装備をどう揃えるか、やるべき事務が山積している。
オフェリアは静かに言葉を選ぶ。「あなたが言う“新たなる目標”というのは、具体的にどのような形を想定していますか? ローゼンタールを再建するだけではなく、レオンやエリカを巻き込むなら、相応の戦いが起きるでしょう。」

「そうね。正直、戦いは避けられないと思っている。わたしはネクストやアームズ・フォートを使うにも限界があると考えてるわ。完全な物量戦でオーメルに挑めば、甚大な被害が出るでしょうし、イグナーツはAI制御を推し進めてる。……だからこそ、もう少し違うやり方を探したいの。」

カトリーヌの言葉には、企業の利害だけでなく、もっと大きな目的が見え隠れする。オフェリアはその瞳を見据え、静かな熱を感じ取った。彼女はレオンを再び得ることで、新しい時代を作ろうとしているのではないか。

「例えば、オーメル内の穏健派やラインアークの協力を得て、イグナーツたちを抑止する道があるかもしれない。エリカを中心に、企業そのものを変革することも不可能じゃない。わたしたちローゼンタールは、そのための支えになるわ。」

「なるほど……。しかし、イグナーツは本当に容赦しないでしょう。アポカリプス・ナイトもそうだけど、大きな部隊を動かすだけの権限を持っています。」

「だからこそ、レオンが旗印になる必要がある。孤高のリンクスだった彼が、家族と再会して企業の不条理を暴く……。それが世論を動かす力になるかもしれない。そしてエリカも合流すれば、オーメル内部の兵士がどれだけ動揺するか分からないわ。」

カトリーヌが持つ“貴族的発想”と“現実的打算”が入り混じる計画が、オフェリアには興味深く映る。確かに、単なる武力衝突ではなく、企業の根幹を変える策が必要という点は、イグナーツへの対抗手段として理にかなっている。
しかし、オフェリア自身も記憶にある“地上での苛烈な戦場”。イグナーツが本気になれば、レオンたちをピンポイントで消し去ることも難しくはないはずだ。そうさせないためには、ローゼンタールや他勢力を巻き込み、一大流れを作るしかない。どこまで実行できるのか――。

「レオンは覚悟を決めつつあるわ。わたしも、彼を支えるためなら、覚醒を深めるかもしれない。けれど、その際に人間の心を失わないように気をつけたいの。」

オフェリアの口調には本音が滲む。“機械としての力”を高めれば、イグナーツと渡り合えるかもしれない。しかし、それが自らを人間から切り離す道なら、本末転倒だ。カトリーヌはそんな彼女の言葉を聞いて微笑する。

「あなたが人間のように苦悩しているのは、レオンにとっても大きな救いだと思うわ。昔の彼なら、あなたのようなAIを決して受け入れなかったかもしれない。でも、今の彼は違う。……だから安心して。わたしもあなたを捨てたりしない。」

「……ありがとう。」

少し意外に感じつつ、オフェリアは頭を下げる。こうしてカトリーヌと話すと、確かに冷徹な計算を感じるが、その裏に情や優しさがあるのも事実だった。むしろ“貴族企業”としての立場と、“一人の女性”としての想いを両立しようとしている姿が、いまのカトリーヌには見える。


その夜、レオンはカトリーヌの進める話を大まかに聞き届け、部屋へ戻ってオフェリアと合流した。彼女からも情報を得て、これまでの経緯を踏まえたうえで、どう動くかを再度考えることにした。
部屋の窓からは夜の工業区が見下ろせる。ライトアップされた重機やパイプラインの陰で、兵士たちが警戒に立ち、センサーが大きく稼働している姿が見える。対照的に、この室内は落ち着いた雰囲気で、机の上にはローゼンタールから提供された食事と飲み物が並んでいた。

「……カトリーヌは、本気で俺たちを助けるつもりだ。エリカとも協力して、企業を根本から変える気でいるらしい。」

レオンはフォークを手に取りながら、皿の上に盛られた薄い肉のステーキを口に運ぶ。一口噛んだ瞬間、味がしっかり染み込んでいて、荒野の粗末な食事に比べると天国のようだ。
対面で座るオフェリアは湯気の立つスープを口にしようとするが、実際はAIなので摂食が必要なわけではない。ただ“人間と同じ”という理由で、こうして口にする動作を再現している。

「エリカも企業を根本から変えたいと思ってる。だからカトリーヌと連携しやすいはず。問題はイグナーツがどこまで強硬に動くかね……。」

オフェリアがスプーンを置き、レオンを見つめる。「あなたはどうする? 企業改革だなんて壮大すぎる。ほんとうにやりたいの?」

「さあ……正直、俺にはピンと来ない。昔の俺は孤高でいいと思ってたし、家族なんて二の次だった。けどエリカやお前、そしてカトリーヌまで俺を救ってくれた。少なくとも、守りたい人たちがいるなら戦う意義はあると思う。」

レオンはそこで一拍置き、目を伏せる。「でも、“新たなる目標”なんて言われても、俺は本当にそんな大それたことができるのか……いまだに疑問だよ。逃げ癖がついてた男が、急に大義を掲げるなんて。」

「ううん、わたしはあなたならできると思う。」

オフェリアの声ははっきりしている。「あなたは“孤高のリンクス”としての名もあるし、技術者としての知識もある。何より、あなたを想う人がこんなにもいる。それを生かして次のステップへ進むかどうかは、あなた自身が決めることだけれど。」

「次のステップ、ね……。」

レオンはうなだれつつ少し笑ってみせる。「家族のことさえうまく守れなかった俺に……。だけど、エリカやカトリーヌがそんな俺を信じてるなら、どうにか応えてみたい。……お前もそうだろ?」

オフェリアは頷く。「もちろん。わたしはあなたがた家族を支えたい。そのためなら覚醒を深めてもいい。あなただけじゃない、エリカやカトリーヌも守ってあげたいと思ってる。」

レオンの胸中で複雑な感情が渦巻く。家族と呼ぶには関係が入り組みすぎているが、だからこそ一度は失ってしまった繋がりを取り戻す意味があるのだと、僅かに希望を感じる。
窓の外にはローゼンタールの旗が揺らめき、照明が薄闇を切り裂いている。この光景こそ新しい地平を示しているようにも思える。企業戦争の只中にいながら、確かに“違う未来”を見つめられる可能性が芽吹いているのだ。

「よし……カトリーヌとの方針に乗る。ローゼンタールを後ろ盾に、イグナーツを止める。エリカも仲間になって、企業の在り方を変える……。馬鹿げた理想かもしれないが、やるだけやろう。」

レオンが決意を言葉にし、オフェリアは力強く笑顔を浮かべる。「ええ、わたしも全力でサポートする。……正直、イグナーツとの戦いは避けられないと思うわ。アポカリプス・ナイトは強大だし、物量だって侮れないでしょう。」

「そのときは、お前が俺の機体になってくれるか?」

レオンが冗談めかして言うと、オフェリアは目を丸くして笑う。「わたしが機体になるって、どういう意味よ。人型AIとはいえ、さすがにネクスト並みの大きさになるのは難しいわよ?」

「はは、冗談だ。ただ、俺がまたネクストに乗る可能性があれば、お前のサポートが欠かせない。機体を新造するか、ローゼンタールの試作機を借りるか分からないが……今のままじゃ、アポカリプス・ナイトには立ち向かえないだろう。」

「そこはカトリーヌの計らいもあるでしょうね。試作ネクストの情報がいくつかあるみたいだから。」

オフェリアはそっと目を細める。ネクストの存在は企業戦争の要であり、イグナーツがネクスト不要論を掲げているからこそ、彼に対抗するにはネクストの力が必須だという皮肉。ただ、戦いが不可避なら、できるだけ人間性を失わない形で臨みたいという思いもある。


翌朝早く、レオンとオフェリアが司令ブースに顔を出すと、そこには見慣れない女性将校の姿があった。ローゼンタールの制服を着ているが、どこかしら機械的な雰囲気があり、足元に装着された補助ユニットが光を放っている。

「あなたが……レオン・ヴァイスナー。カトリーヌ様から聞いているわ。わたしはシモーヌ・アーベント、ローゼンタール試作ネクスト開発班の一員よ。」

低く通る声で挨拶する彼女は、厳格そうな顔つきだが、尊大な態度をとるわけでもない。レオンは肩の痛みをこらえつつ会釈する。「ああ、よろしく。試作ネクスト開発班、ということは……カトリーヌが何か考えてるのか?」

「ええ、次世代ネクストを独自開発する計画があるの。まだ研究段階で、まともに動かせるかも分からないけど……あなたがAMSの高適性を持ち、さらに技術的なノウハウもあるなら、協力してほしい。カトリーヌ様の意向よ。」

レオンの心が軽くざわつく。再びネクストに乗る可能性――それがまさに今、目の前に提示されたのだ。イグナーツのアポカリプス・ナイトに対抗できるネクストを、ローゼンタールが作り上げるというのか。
オフェリアも興味深げに一歩前へ。「それが実現すれば、イグナーツへの対抗馬になるわね。技術面の詳細を聞きたいわ。」

シモーヌは表情を動かさず、端末を差し出す。「ここにある簡易データを見てちょうだい。コードネーム“リュミエール”――ローゼンタールが持てる技術を結集したフレームとAI制御システムを搭載予定。問題は制御の難易度が高すぎて、適性を満たすリンクスがいないこと。……あなたなら、あるいは。」

レオンは端末を受け取り、表示された数値や設計図の概略に目を通す。頭の中で思わず技術者としての本能が目を覚ますような興奮を覚えた。確かにまだまだ未完成だが、彼が昔オーメルの研究部門で培った知見とAI連携の経験が活きるかもしれない。
「なるほど……。ただのフレームじゃないな。コジマ粒子の応用と、パワーマネジメントが相当複雑だ。俺も協力すれば……完成に近づくかもしれない。」

「そう。完成に近づけば、あなたが搭乗者として性能を引き出せるはず。オフェリアさんのAIサポートも加われば、アポカリプス・ナイトに匹敵するか、あるいは凌駕する力を持てるかもしれないわ。」

シモーヌの言葉に、オフェリアはレオンと視線を交わす。ここにきて急にネクスト開発への協力要請が舞い込み、かつ自分たちが操縦者候補になる構図は、まるで思ってもみなかった展開だ。
だが、“新たなる目標”を形にするのなら、ネクストを手にしてイグナーツを制止する手段を持つ意義は大きい。レオンは複雑な思いを抱えつつも、端末を凝視しながら息をつく。

「分かった。協力しよう。俺も再びネクストに乗ることを避けてはいられないからな。カトリーヌがこう仕向けたんだろうが……構わないさ。イグナーツを止めるには必要なことだ。」

シモーヌは小さく頷き、「じゃあ早速、工廠へ案内するわ」と短く言う。端末を回収し、ブースの扉を開けて先導する。外には複数のローゼンタール兵が待機し、レオンたちを守るような配置を取っている。
オフェリアはレオンに寄り添いながら、小さく声をかける。「大丈夫? 身体は痛まない?」

「慣れたさ。痛みはあるが、こうして動ける程度には回復した。お前こそ、覚醒の加減がまだ不安定じゃないか?」

「平気。いざというときに力を引き出せばいい。通常は人間らしく振る舞えるわ。」

二人がそんな言葉を交わす姿に、シモーヌはちらりと視線を送るが、あえて口にしない。どうやら彼女にもいろいろ思うところがあるらしいが、任務に徹するという雰囲気だ。
そうして歩む先で、レオンは改めて決意をかみ締める。**「新たなる目標」**とは何なのか。家族との再会と保護だけがゴールではない。イグナーツが推し進める完全管理戦争に風穴を開け、企業と人間の在り方を変えようとする動きに自分がどう貢献できるか。エリカが信じてくれる限り、そしてカトリーヌが手を貸してくれる限り、その目標は夢物語だけでは終わらないかもしれない。


暗い廊下を抜けると、天井の高い倉庫のようなエリアに出る。ガードレールのない金属製の通路が上層へ続き、作業クレーンがいくつも頭上を走っている。奥には黒い覆いをかけられた巨大なフレームが確認でき、その周囲で技術者たちが忙しなく動いている。これがシモーヌの言っていた試作ネクスト“リュミエール”の部品なのだろう。
レオンは視線を巡らせ、アームズ・フォートのパーツらしき巨大装甲も見受けられるのに気づく。「ここは本気だな。ローゼンタールはアームズ・フォートも独自に持ってるのか?」

「一部はそうね。ただ、アームズ・フォート単体でイグナーツに対抗できるとは思ってない。ネクストとの連携を強化する必要があるわ。」

シモーヌの冷静な声が響く。整備士が敬礼して彼女を出迎え、「試作品の進捗は55%程度ですが、搭乗可能にするには補助系統の調整が必要です」と報告する。
レオンはそのやり取りを横で聞き、「55%か……。だが、あの骨組みが仕上がれば十分に戦力になるかもしれない。俺も知っている理論が使われてるようだが、時間と部品がもっと必要だろう。」と感想を漏らす。

オフェリアは黙って大きなフレームを眺め、その設計思想を頭の中に描き出す。もしこれがネクストとして稼働すれば、彼女のAIサポートを組み合わせることで独自の戦闘スタイルを構築できる可能性がある。アポカリプス・ナイトを相手にしても、互角以上の性能を発揮するには相応の工夫が要りそうだが、やってみる意義は大きい。

「わたしも協力するわ。レオンをサポートするなら、機体側にわたしの制御モジュールを組み込んでほしい。それができれば、イグナーツのヴァルキュリアシステムにも対抗できるかもしれない。」

オフェリアが提案すると、シモーヌは興味深げに首をかしげる。「あなたの制御モジュール……覚醒AIとしての処理能力か。うまく組み込めれば、ヴァルキュリアシステム並みの高度連携が可能になるかもしれないわね。」

レオンはそのやり取りを聞き、唇をわずかに動かす。「頼もしい限りだ。……結局、俺がこれに乗るときは、アポカリプス・ナイト相手に一騎打ちを演じる羽目になるかもしれないんだな。」

“孤高のリンクス”としてのプライドが微かに疼くが、同時に家族を守る戦いになるなら、過去のように孤独である必要はないのだとも思う。オフェリアやエリカ、カトリーヌの存在を背負って、今度こそ戦う――それこそが“新たなる目標”の一端かもしれない。
シモーヌは端末を操作してフレームの設計図をレオンとオフェリアに見せる。「完成までにまだ数週間はかかる計算よ。その間にオーメルやイグナーツがどう動くか……時間との勝負になるでしょう。でも、あなたが協力してくれるなら、完成を早めることも可能。覚悟はある?」

「やるしかないさ。俺ももう逃げるのはゴメンだ。」

レオンが力強く言い放つ。オフェリアはその背中を支えるような眼差しで微笑む。工廠には金属の匂いと機械油のにおいが混ざり、作業服を着た技術者が走り回っている。彼らの視線も一部はレオンたちに注がれているようだ。噂に聞いた“孤高のリンクス”がローゼンタールの試作ネクストに乗るという話は、すでに施設内で話題になっているのかもしれない。
こうして彼らは工廠を一周し、フレームや武装パーツの状況を把握する。コジマ粒子を扱うコアユニット、推進系を補う追加ブースター、そして強力な火器や防御シールドなど、多数の装備構想が積み重なっていた。見るだけでも圧倒されるが、レオンの頭にはかつて研究に携わった頃のノウハウが蘇り、目が輝いているのをオフェリアは感じ取る。

「レオン……楽しそうね?」

「馬鹿言うな。これが完成しても死線を越えなきゃならんのだぞ。」

苦笑混じりに否定しつつも、その表情にはかすかな高揚感が宿っていた。機械と技術を愛しながらも孤独を選んだ過去がある彼にとって、今度は“家族を守るため”にこそ技術を振るう意味がある。それが彼のモチベーションを引き上げるのかもしれない。


その日の夕方、工廠を後にしたレオンたちは再び司令ブースへ戻り、カトリーヌや幹部たちと打ち合わせを行った。ネクスト開発の進捗、オーメルの情報収集、イグナーツへの警戒、さらにはエリカが合流する可能性など、議題は山積だが、ひとつひとつ話し合いが進む。

会議の締めくくりで、カトリーヌが優雅な仕草で席を立ち、全員に向けて静かに語りかける。

「結論としては、わたしたちローゼンタールは“イグナーツの完全管理戦争”に賛同しない。むしろ反対の立場を鮮明にして、自衛と改革を同時に進める方針よ。ネクスト“リュミエール”が完成すれば、我々は大きな駒を得ることになる。レオン、あなたが再び表舞台に立つときが来たの。」

レオンは拳を握りしめつつ深く頷く。「ああ、俺はもう逃げ出したりしない。エリカをはじめ、オフェリアやお前との絆を失いたくないし、イグナーツに世界を好き勝手にはさせない。」

「それでいいわ。」

カトリーヌは満足げに微笑むが、その瞳はどこか揺れているようにも見える。「あなたに対して恨みがないわけじゃないけど、こうして再会したことも運命かもしれない。家族として残された時間を取り戻してほしいし、ローゼンタールにも力を貸してちょうだい。」

家族を取り戻すことと企業の運命を左右することが密接に結びついている――それが“新たなる目標”の核心なのだろう。単に生き残るだけなら、どこかで隠れてやり過ごすという手もあった。しかしレオンはそれを選ばず、残された人生を懸けて挑む道へ進む意志を固めている。
オフェリアもまた、会議の終わりを感じ取り、静かな表情でいるが、内部には強い決意を宿していた。自分はレオンとエリカ、そしてカトリーヌを繋ぐ“家族”の一員として機械と人間の橋渡しをし、イグナーツの圧政を止めたいと願っている。覚醒の力を使うことがあっても、決して人間の心を見失わない――その誓いを胸に抱く。


夜が更け、施設の照明が薄暗く落とされると、レオンは部屋に戻って安いベッドに横たわる。天井を見つめながら、暗闇の中でこれまでの人生を回想する。
企業を嫌って飛び出した若き日々。エリカを知らずに過ごした孤独。オフェリアとの出会いと、厳しい逃亡生活。そして今、ローゼンタールの手を借りて“もう一度舞台に上がる”ことになる。名実ともに“孤高のリンクス”ではなく、“家族を守るための戦士”として。
「親父らしく、夫らしく振る舞うなんて、昔は考えもしなかったな……。」

かすかな独白が部屋に溶けていく。すぐ隣のソファにはオフェリアが人工睡眠のスタンバイに入っているが、耳(センサー)は聴こえているのかもしれない。
レオンは目を閉じて小さく微笑む。過去の痛みに苛まれる日々を経て、ようやく“新たなる目標”が見え始めた。イグナーツとの決戦は避けられないが、それを乗り越えた先にエリカやカトリーヌと本当の意味で家族として再会できると信じたい。
同時に、企業そのものを変えるほどの大きな革新が起きれば、荒廃した地上やクレイドルに住む人々にも希望が芽生えるかもしれない。自分がそれを可能にする一人になれるなら――亡き仲間たちや捨ててきた時間への償いになるだろうか。
意識が浅い眠りへ沈む中、レオンは微かに口の端を上げる。ここが終着点ではなく出発点だ。オフェリアとの縁、エリカの決断、そしてカトリーヌとの再会。それらすべてが織り成す未来図こそ、“新たなる目標”が示す道。彼はその先を歩む覚悟を持ち始めていた。


夜が明けかけの空。東の地平線がわずかに青白さを帯び始めるころ、ローゼンタールの警備ドローンが拠点上空を巡回し、淡いサーチライトを落とす。静かに風が吹き、砂が舞う光景のなか、施設内の兵士たちが交代で哨戒を続けている。
オフェリアは廊下に出て、窓越しにそんな光景を見つめる。AIの視界には、通常の人間より細かなデータが映り、気温や風向、センサーの異常がないかを瞬時に検証している。それでもその瞳には感傷的な色が宿っていた。

「わたしたちは、本当に世界を変えられるのか……。」

自身へ問いかけるように小さくつぶやき、そして答えを出さないまま微笑む。「きっと答えは、レオンやエリカ、カトリーヌと一緒に探すもの。機械として最適解を求めるだけじゃない。人間の感情が交わるからこそ、未来が生まれるんだわ。」
そう思い定めて部屋へ戻ると、レオンが軽く目を開けていた。彼女を捜すように顔を上げる。

「どうしたんだ、オフェリア……まだ夜明け前だろう?」

「ごめんなさい、眠れなくて。あなたは大丈夫? また起こしちゃったかしら。」

レオンは首を振り、「いや、もう少ししたら起きるつもりだった。カトリーヌやシモーヌに会って、ネクスト開発の件を詰めたいし……色々考えることがあって。」と返事をする。
二人は視線を交わし、夜明けの光が薄く射し込む部屋で静かに心を通わせる。外には機械的な音が鳴り続けるが、それを“不吉”ではなく“準備”の合図として捉えているのは、確かな新しい意識の表れだ。

「じゃあ、行きましょうか。あなたの新しい道を作るために、わたしも全力を出す。」

オフェリアが微笑み、レオンも小さく笑う。「ああ、行こう。俺たちの“新たなる目標”のために……。逃げないし、孤独でもない。家族や仲間とともに、イグナーツに立ち向かうんだ。」

彼らは立ち上がり、荷物をまとめて廊下へ出る。ローゼンタールの兵士が遠くで行き交い、整備士らしき人々が忙しなく移動する様子が見える。まるで大きな作戦が今にも始まろうとしているかのようだ。
外の東の空は淡い光が増しつつあり、地上にはまだ長い影が落ちている。しかし、その影を踏み越えるようにレオンたちは足を進める。これまでの自分とは違う、“家族を守る戦士”としての一歩。
そして、ネクスト開発や企業の変革を通じて、真に人々の生き方を変えられるかもしれないという予感。カトリーヌもエリカも、オフェリアも信じてくれているならば、もう二度と孤高を装う必要はないのだ――。

そう信じられるだけの光が、今や彼らを照らし始めている。暗く長い夜は終わり、少しずつ“新たなる目標”に向かう朝が姿を見せる。レオンはまぶたを少し閉じ、心のなかでエリカの笑顔やカトリーヌとの昔の思い出を思い浮かべる。
(もう逃げるのはやめよう。今度こそ、俺が守るんだ。ネクストに再び乗ることになっても、それが家族や世界を救うためなら――俺は踏み出せる。)

その強い決意を胸に刻み、レオンとオフェリアはローゼンタールの広い通路を進んでいく。夜明けの光が外の荒野に差し込み、アームズ・フォートやネクストの影が長く伸びる。やがてカトリーヌやシモーヌが待つ工廠へ足を運べば、新しい闘いの支度が始まるのだろう。
“脱出と再会”を経た彼らが、真に“家族”として意志を貫くための準備は、まだ始まったばかり。しかし、その重厚な一歩こそが未来を切り拓く。イグナーツがいずれ起こすであろう大嵐を前に、レオンはもう逃げるつもりはない。

「行こう、オフェリア……。」

「ええ、レオン。」

二人の声が静かに溶け合う。次に待つ戦いを思えば、心は不安もあるが、それ以上に“家族であり続ける”という強い決意が彼らを鼓舞する。通路の先、ローゼンタールの兵士たちが待ち受ける光景へ、レオンとオフェリアは足並みを揃えて歩き出した。そこには、もう孤独も後悔もない。“新たなる目標”が、彼らの先を照らしているのだから。

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