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ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP10-3
EP10-3:アレス部隊の猛攻
市街地の東側から、耳を裂くような警報とともに鋭い衝撃が伝わってきた。すでに何度となく爆発に揺さぶられた街並みだが、今の一撃はひときわ大きく、瓦礫と埃が激しく噴き上がる。灰色の空がさらに黒く染まるように見えた。そこには「アレス」と呼ばれる量産型ネクストの大部隊が、血も涙もないAI制御で襲いかかっているのだ。
「アレス部隊がさらなる猛攻を仕掛けてくるわ!」
カラカラに乾いた喉を振り絞って告げるのは、オフェリアだ。彼女は人型の小型ネクストに搭乗し、電子戦やハッキングを担う“AIの娘”として仲間を援護している。その周囲では火の手が何本も上がり、路上には旧式装甲車や兵士たちが必死に応戦していた。人間の意志を捨てないために、旧式の兵装であっても足掻いている姿はまさに執念に満ちている。
「くそっ、さっき潰したアレスは一握りかよ……!」
レオン・ヴァイスナーが駆る試作ネクスト「リュミエール」は、両肩の装甲が砕け、機体中の警告ランプが激しく点滅している。ここまで幾度となく市街地を蹂躙していたドラゴンベインやAI制御ネクストとの激闘を乗り越えてきたが、追撃のアレス部隊はさらなる数を誇り、休む隙すら与えない。
「こちらリュミエール、まだ動ける……オフェリア、状況を教えてくれ」
“家族”であるオフェリアへ通信を飛ばす。雑音がひどく、破裂音混じりではあるが、彼女がすぐに返答してきた。
「ドラゴンベインのほとんどはローゼンタールやラインアークが鎮圧済み。でもイグナーツが送り込んだアレス部隊が合流してきて、全域で新たな戦いが激化してる。人間の兵士たちも分散して対処してるけど……このままだと押し返される恐れがあるわ」
「分かった。エリカたちの部隊もどうにか踏みとどまってるはずだ。俺たちがアレスを何機か落としてやれば、流れも変わる……!」
レオンの言葉とともに、リュミエールのブースターが再び轟音を上げる。完全には仕上がっていない試作機だが、彼のAMS適性の高さとオフェリアのAIサポートがかろうじて動力限界を超えずにすませている。
しかし、視線の先には縦横に散開するアレスの群れが見えた。量産型とはいえ元々は“アレス”という高性能ネクストの血筋を持ち、それをAI統制で扱うとあれば、十分すぎる脅威だ。グループごとの連携に乱れがなく、無駄のない動きで街の建物や防衛線を粉砕している。
「あの隊列……個体ごとに完璧に役割分担してやがる。まるで軍事演習の教科書を体現したような隊列だな」
息を切らしながらレオンが吐き捨てるように言う。人間同士なら多少のズレや指示ミス、心理的動揺があるものだが、AI同士なら瞬時に最適化されたフォーメーションを組める。しかもイグナーツが裏からデータリンクを行っている可能性もある。
その光景を、エリカ・ヴァイスナーは建物の瓦礫の隙間から睨んでいた。旧式装甲車と歩兵の人海戦術でAIを翻弄するという彼女の作戦は、一定の成果を上げているが、アレスはネクストゆえの火力と機動力が桁違いだ。相手の攻撃範囲に入れば、人間の兵士が一瞬で葬り去られてしまう。
「隊長、こちら側が大破した旧型AC一機と多数の歩兵が戦線離脱。これ以上持ちこたえられません!」
部下の報告にエリカは歯噛みする。彼女自身もアサルトライフルを携え、同志の兵士たちと共にビルの上階に陣取り、射撃や爆弾を使ったゲリラ攻撃を繰り返している。しかし、相手はAIの塊、人数で押すにも限度がある。
「分かった……後退しながらこっちの陣形を再編して! ネクストにまとわりつくように散開して、手榴弾やロケット弾でかき乱すのよ! 完全には勝てなくても、時間を稼げれば父さんたちが突破口を開くはず……」
エリカの指示に、兵たちが意を決して動き出す。互いを庇い合うように路地へ散り、アレスの死角を狙った攻撃を繰り返す。どこかで爆発音が響き、人間の叫びと鉄が擦れる悲鳴が混ざり合う。この生々しさこそが“人の戦い”——効率だけで言えば無謀そのものだが、AI支配を拒絶する気概がそこにある。
そんな中、エリカは通信端末を握りしめて周囲を見回す。と、一瞬だけノイズが走ったのち、レオンの声が飛び込んできた。
「エリカ、いるか!? 今そっちに向かってる!」
「ここよ、南東区画のビル群……気をつけて、アレスが大量に展開してるわ!」
「分かった、他の仲間とも連携する。父さんが必ず食い止める……!」
通信が切れたあと、エリカはわずかに胸を撫で下ろす。父親の存在は、いまの彼女を心強くさせる最大の要因だ。以前は憎しみも抱いたが、今は“家族”として互いを認め合っているからこそ、この絶望的な戦場でもくじけない。
ところがその直後、上空を旋回していたアレスの一機がエリカの小隊を発見し、高速でダイブを開始した。白い光の尾が軌跡を描き、ビームブレードがきらめく。兵士たちが気づいて散開するが、あまりにもスピードが速い。
「くっ……待っ——!」
エリカが声を上げる前にブレードが路面を斬り裂き、吹き飛ばされた数名の兵士が瓦礫の山に叩きつけられる。床が大きく抉れ、煙が激しく舞う。気づけばエリカ自身も轟音に巻き込まれ、倒れ込んだところを粉塵で視界を奪われていた。
「隊長! エリカ様!」
副官の叫ぶ声すら遠くに聞こえるほど、金属音と衝撃が重なる。アレスがビームを光らせ、次の一撃を加えようとしているのが影越しに見える。まさに絶体絶命——彼女の足元から血が滴る仲間の姿が目に入り、エリカの心を切り裂くような怒りと無力感がこみ上げる。
「ここで終わるわけには……」
自分を奮い立たせようにも、体が言うことをきかない。苦い鉄の味が口を満たし、吐きそうなほど痛みが襲ってくるが、それでも後退して助かるわけにはいかない。部下が危機に瀕しているのだ。
しかし——そのとき、耳をつんざく爆撃音がアレスの背後で爆ぜ、白いフレームが揺らぐ。何かの砲撃を受け、アレスが横に仰け反った。かろうじてトドメを刺されずに済んだ。
「伏せて!」
別方向から鋭い声が聞こえ、エリカは条件反射的に伏せる。すると、旧式ACらしき機体がビルの陰から現れ、アレスへ集中的な射撃を叩き込みながら近づいていく。レールガンの類だろうか、連射を浴びせてAIネクストを足止めする姿は、先ほどまでの歩兵との乱雑な連携とは違い、わずかに訓練の跡を感じる。
「よかった……援軍か」
副官が叫び、エリカは膝をついて周囲を見回す。足を負傷した兵士を手招きして安全圏へ誘導し、自分も壁を背にして立ち上がった。アレスは旧式ACの粘り強い射撃と歩兵の手榴弾で動きを乱され、じわじわと優位を失いつつある。
そこへ、がらりと空気を変えるようにリュミエールが飛来した。市街のビル上を踏み台にして跳躍し、プラズマブレードを抜き放ちながらアレスの頭上を一閃で切り裂く。
「よっしゃあ、決まった……!」
光の破片とともにアレスが崩れ落ち、そこにはネクスト“リュミエール”の威容が立っている。肩やフレームに無数の傷があるが、まだ戦意は衰えていない。コクピット越しにレオンの声が響く。
「エリカ、無事か! あいつを仕留めたぞ!」
「父さん……良かった……!」
激戦の埃まみれになりながらエリカが応えると、リュミエールは膝を曲げて着地し、彼女をかばうように背を向けた。まるで親鳥が雛を庇うような姿に兵士たちは驚きつつも安堵の表情を浮かべる。
「オフェリア、他のアレスの動きはどうなってる?」
レオンが通信を開くと、電子戦を行うオフェリアが慌ただしい声で返す。
「ラインアークのホワイトグリントとローゼンタールのフォート隊が主要な市街地を制圧しつつある。アレスも何十機かは撃破したみたいだけど、まだAIが秩序を取り戻しつつあるわ。隊列が再編される前に叩きたいけど……」
「人海戦術も限界ってわけか。エリカ、これ以上は危険だ。兵を退かせろ」
リュミエールが軋む音を立てながら立ち上がる。遠方にまだアレスの大群が控えている気配があるが、今は限界を超えているのが現状だ。このまま続ければ、エリカの部隊もローゼンタール軍も大損耗を起こしかねない。
「分かってるわ、父さん。でも、ここで引いたら、街がまたAIの手に落ちる。何としても守り通さないと……」
「でも、死んだら意味がない! ここまで時間を稼げただけでも上等だろう。お前が引いた分、ほかの部隊が前面に出られる」
荒い息を吐きながらレオンが説得すると、エリカも唇を噛むように視線を伏せた。たしかに兵士たちがかなりの死傷を出しており、続行は危険極まりない。ここは一時後退し、体勢を立て直すのが得策だと頭では分かっている。
そのとき、オフェリアから緊急報が入る。
「みんな、あれを見て! 大通りの奥……アレスが横一列に整列してる! 一斉射撃を始める気だわ!」
エリカやレオンが思わず視線を向けると、街の大通りの向こう側に十数機のアレスが等間隔に並び、遠距離用の火器を構えていた。どうやら市街地を蹂躙した後、一か所に結集して一斉砲撃のモードへ切り替えたように見える。まるで「AIの悪夢」とも呼ぶべき光景だ。
「まずい、あんな隊列で一斉砲撃されたら、この一帯が焦土になる……。ラインアークやローゼンタールが頑張ってる市民救助にも影響が及ぶ。くそっ、間に合うか」
レオンが操縦桿を握りしめ、ブースターを噴かす。ラストスパートだ。このタイミングで動けるネクストはリュミエールと、近くにいるホワイトグリント部隊の数機。彼らがアレスの隊列に突っ込み、散開攻撃を仕掛けるしかない。人海戦術の歩兵たちも火力支援してくれるが、長距離砲撃を食らえば一瞬で壊滅しかねない。
「行くぞ、オフェリア。エリカ、兵を退かせ!」
「分かった、父さん……気をつけて」
エリカは未練がましく振り返ったが、もう決断は覆せない。部下たちに「後退!」と指示を出し、旧式装甲車や歩兵が破壊の射線から逃れるようにビルの陰へ散っていく。
一方リュミエールが振り向き、残ったホワイトグリント数機と合流。空からオフェリアの電子支援を受けつつ、市街地の大通りを駆け抜ける形でアレスの横列へ突撃をかける。
「はああっ……頼む、リュミエール。耐えてくれよ」
警告音が煩雑に鳴るが、レオンは猛然と推進器をふかす。背後の路面が焦げつき、ビルの残骸が風圧で舞うほどの加速だ。アレスはそれを感知して砲撃準備を中断し、一部機体が迎撃行動を取ろうとするが、微妙に隊列を崩しきれない様子。オフェリアの電子撹乱が効いているのだ。
そこにホワイトグリント部隊が上空からミサイルを投下し、アレスの中隊をさらに混乱に陥れる。どこかしらで爆炎が巻き上がり、白いフレームが弾け飛ぶ。しかしAI同士の連携は凄まじく、残った機体がすぐに弾幕を張って反撃。
「ここが正念場……っ!」
レオンはビルの瓦礫を踏み台にしてジャンプし、空中で姿勢を翻してアレスの一機を見据える。束の間の静止とともに、右腕のプラズマブレードを突き出す。相手もビームソードを振りかざして応戦してきたが、一瞬早くこちらが斬りかかり、コアを貫く。強烈な閃光が散り、アレスが爆発。衝撃波がリュミエールを揺さぶるが、必死に制御して地上へ着地した。
その瞬間、仲間のホワイトグリントも二機、次のアレスを横合いから包囲しているのが視界に入る。連携攻撃が功を奏し、AIが想定していなかったアングルからの突撃をしかけているようだ。人間の柔軟さとチームワークが上手く発揮されたかたちだ。
さらに、オフェリアのハッキングが成立したのか、何機かのアレスが動きを止め、一瞬だけ混乱状態に陥る。通信障害が誘発されたのか、フォーメーションがバラバラになり始め、その隙をとらえてレオンとホワイトグリント部隊が刈り取っていく。
「決まった……っ! オフェリア、ナイスだ!」
レオンが咆哮するように声を張り上げる。コクピットの表示には被ダメージ警告が残るが、勝敗を決するのはこのタイミングだ。アレスの隊列が崩れ、白いフレームが粉砕される様子が視界の端々に映る。爆炎と火花が重なり、かつての静謐な都市は見る影もないほど瓦礫の山と化しているが、ここで止めなければさらなる惨劇を招く。
「今……この一瞬で仕留めるぞ!」
レオンが操縦桿を捻り、リュミエールを振り向かせる。別方向から動きを再開したアレスが何機かこちらへ躍り出るが、プラズマブレードとビームランチャーで一機ずつ確実に破壊していく。ホワイトグリントも空中から射撃を重ねる。至近距離で爆発が起こるたび、激しい衝撃がコクピットを叩くが、なんとか倒れずに耐えている。
「はあっ、はあっ……!」
息が乱れる。汗が額を伝う。機体のフレームも悲鳴をあげている。だが、次の瞬間、最期の一撃がまるで雷鳴のように鳴り響いた。ローゼンタールのアームズ・フォートが遠距離砲撃を仕掛けたのだろう。大通りの先で巨大な閃光が膨れ上がり、それまで隊列を組んでいたアレス数機がまとめて焼き尽くされる。空を衝撃波が走り、ビルの窓ガラスが連鎖的に砕け散った。
硝煙と塵が舞い上がるなか、レオンは崩れかけたリュミエールの姿勢をどうにか保つ。近くにいたホワイトグリントが無傷ではないが浮遊モードを維持しており、「やったか……!?」と通信で呟くのが聞こえる。アイコンが視界に映り、彼らも被害を受けつつ殲滅に成功したらしい。AIであれ、人間の意地でここまで追い詰められたのだ。
オフェリアが興奮した声を送る。「どうやらアレスは壊滅したみたい。イグナーツが投入したこの大部隊……倒せたのね。あなた、怪我はない?」
「こっちはボロボロだが、まだ動ける。エリカたちがあの“人海戦術”でアレスを乱してくれなきゃ、こんなに上手くいかなかったさ」
実際、エリカの旧式兵士たちが散発的なゲリラ攻撃を仕掛け、“最適化”されたAIの隊列を寸断してくれたのが勝因のひとつだ。ホワイトグリントやローゼンタールのフォートが集中砲撃をかけて仕留める段取りが機能し、人間の力でAIの強さをねじ伏せた形になった。
街は見る影もなく廃墟と化しているが、ともかくアレス部隊を撃退できた以上、この地域は勝利を収めたと言っていい。あとはドラゴンベイン残党が小規模で残っている程度……それも周辺のラインアークとローゼンタールが順次掃討していくはずだ。
ホワイトグリントの一機がレオンの横に降り立ち、パイロットの通信が入る。「こちらラインアークの部隊長。協力ありがとう。あなたと歩兵の作戦がなければ、正直突破されてたわ。負傷者は多いけど、市民の避難も終盤みたい。いまのうちに後方へ休め」
「いや、俺は……まだここで踏み止まる。次のフェーズに備えたいからな。イグナーツがこの程度で終わるとは思えない。何かがまだ……潜んでるはずだ」
レオンがそう返しながら、額の汗を拭う。AIに操られた“アレス部隊の猛攻”は破られたものの、イグナーツが持つ主力の切り札——アポカリプス・ナイトは姿を見せていない。想像を絶する戦いがまだ控えている気がしてならない。
そこへ一台の旧式装甲車が近づき、エリカの姿がハッチから顔を覗かせる。汚れだらけの軍装に、疲労の色も濃いが、依然としてまっすぐな目でレオンの方を見た。兵士たちも頑張っているが、荒野のど真ん中でどうにかAIを撃退した状況だ。
「父さん……よくここまで戦えたわね。あなたこそ、満身創痍じゃない」
「いや、まだ動ける。お前こそ大丈夫か? お前がバカみたいに人海戦術やるから、こっちもハラハラしたぜ」
「うるさい。わたしはこれが最善だと思ってやったの。AIには誤算を与えるのが一番なのよ」
エリカは皮肉気に笑ってみせる。その背後では部下たちが「隊長、こちらも被害が大きいけどなんとかなりました」と報告していた。彼らが生き残れたのは、ネクストの援護と、何より兵たちの団結力があったからだろう。
オフェリアがそっと人型ネクストの姿で駆け寄り、電子戦モジュールを収めながら二人を見つめる。「あなたたち、一度合流して仕切り直したほうがいいかもしれない。負傷者や壊れた装甲車も多いし、ローゼンタール本隊も市街地全域をカバーできるわけじゃない」
「わたしもそう思う……もしイグナーツの真打ちが来たら、この消耗状態じゃ立ち向かえない」
エリカが頷く。レオンはリュミエールのコクピットを開こうか迷ったが、まだ敵が潜んでいる可能性もあるため、乗ったままで周囲の警戒を続ける。続々と報告が入り、「とりあえずアレスの大半を撃破、ドラゴンベインの残党も沈黙に近い」とのこと。
それにしても、これだけのAI部隊が猛攻を仕掛けたのに、イグナーツ本人や彼の象徴的機体アポカリプス・ナイトは姿を見せない。まるで、まだ準備が整っていないか、あるいは大勢力が自滅するのを狙っているのか。嫌な静けさだ。
「……ま、ひとまずは勝利か。あくまで局地戦での、だけどな」
肩の痛みに耐えながら、レオンがぼそりと呟く。エリカは小さく笑い、「でも、ここで負けてたら全部終わりだったじゃない」と苦しそうに返す。
そう、もしAIの猛攻を食い止め損ねていれば、この市街地だけでなく周辺の無辜の人々が大量に犠牲になり、ローゼンタールとラインアークは“テロリスト”の汚名を着せられたまま壊滅へ追い込まれたかもしれない。ぎりぎりのところで踏みとどまれたのは、人間の意思がギリギリで上回ったからだ。
「よし、撤収だ。怪我人を後方へ運び、機体を整備し直す。イグナーツは、きっとこのままじゃすまない。AI対人間という構図を明らかにした以上、やつはアポカリプス・ナイトを出してくるはず……」
レオンがそう言うと、エリカは戸惑うように瞬きをした。「アポカリプス・ナイト……そういえば、オーメルで噂されていたわ。あれが、本当の“最終決戦”になるかもしれない」
「そうだ。だから、そのときまで生き延びろ。お前は何度も言うが無茶するなよ、娘」
「娘、なんて慣れない呼び方しないでよ……でも、ありがとう」
一瞬だけエリカの表情に照れが走り、すぐ真顔に戻る。そして旧式装甲車の兵士たちへ「撤退ルートを確保!」と声をかけ、全員がぞろぞろとビルの陰へ消えていく。周囲では煙と炎がまだくすぶり、人々の悲鳴や安堵の声が交錯していた。
オフェリアが最後に不安げな声を投げかける。「わたしたち……これで本当の決着がついたわけじゃないわ。イグナーツはこれほどの部隊を失っても、まだ奥の手を隠していると思う」
「もちろんだ。奴はAI管理の完成を目論む男……。こんな程度の損失は想定済みで、俺たちを疲弊させるための前座かもしれない」
レオンは縁の下に残る痛みをこらえながらコクピットを少し上げ、外の景色を見下ろす。破壊され尽くした街を歩く歩兵たちの姿が映り、その先には煙の向こうにかすかにローゼンタールのフォート群が並ぶのが見える。さらに上空にはホワイトグリントが旋回し、ドローンが確認飛行している。
たとえ勝利に近い状況でも、今度は“真の地獄”が来るかもしれない。アポカリプス・ナイトが現れれば、“AI対人間”は最終形態へ突入するだろう。だが、エリカが人海戦術でアレスを撹乱し、レオンやオフェリアがネクストで切り込んだ結果、多くの命が救われた。
この小さな成功が、次の大戦に生きるに違いない。レオンは重い息を吐きながら、リュミエールの動力を低出力モードに落とす。オフェリアの支援ユニットもそれに倣い、電子戦モジュールをオフラインに。兵士たちはようやくかすかな戦いの終息を感じて、倒れ込む者もいる。
「ふう……終わった、とは言えないけどな。しばしの休息、そして再構築が必要だ」
「早めに整備を済ませて、次に備えましょう。父さんもエリカも……死なせないわ。イグナーツの思い通りにはさせない」
オフェリアの静かな声にレオンは同意し、エリカも力を込めて拳を握る。“AI対人間”という巨大な争いの只中、こうした“人の工夫”がアレスの猛攻を打ち破った事実が、未来へ光を灯していると信じたい。
かくして、地上の一大激戦はひとまず鎮静化に向かう。イグナーツが送り込んだアレス部隊の猛攻は、人海戦術とネクスト、フォートらの火力、そして家族や仲間を思う意志によって止められた。だが、戦いの先に待つのは、さらなる脅威かもしれない。朝日は昇り切り、焦土と化した街の隅々に、焼け焦げた臭いが漂っている。多くの犠牲を出しながらも、まだ戦いは終わらない。
イグナーツが予定している“次の一手”——アポカリプス・ナイトの降臨が近づいていると誰もが感じながら、レオン、エリカ、オフェリアたちは勝ち得た束の間の勝利に息をついていた。大量破壊を繰り返すAIの脅威はまだ消えず、真の決着は、いよいよこの先に控えているのだから。