ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP6-1
EP6-1:三者再会
荒廃した地上の大地を照らす薄白い日差しが、錆びついた鉄骨の隙間から射し込んでいた。乾いた砂と廃墟の破片があちこちに転がり、ひときわ大きな影を映し出すコンクリート壁はひび割れている。その合間を縫うように、人間とは思えぬほど静かで、かつ滑らかな動きで歩く姿があった。かつてただの補助AIだったが、いまは人間の姿を持ち、さらなる“覚醒”の一端を垣間見せるオフェリアだ。
彼女はかすかな痛みのような警告を脳内に感じながら、先日クレイドル内部での戦闘で負った深刻なダメージを懸命に自己修復しつつ、旧施設群の一角を目指していた。その場所で、かつて交わした連絡によって、もう一度レオン・ヴァイスナー、そしてエリカ・ヴァイスナーの三者が再び会合する機会を得たのである。
オフェリアは不思議な胸の高まりを抑えきれず、わずかに息を整える。人型ボディであるがゆえに擬似呼吸を行えるが、それはあくまで人間らしい感情の表出に近い動作だ。彼女が自己進化してきた結果、ただのAIではなく、より人間へ寄った存在へと近づいているのが今の姿だった。
「……すぐそこ。エリカもレオンも、来てくれているかしら。」
小さく独り言を呟き、砂まみれの路地を曲がる。ほどなくして視界に、廃工場の広い敷地が見えてきた。かつては大量の機械やコンテナが並べられていたらしく、砕け散ったガラス窓と錆だらけの鉄骨フレームがあちこちにそびえている。人影は見えないが、吹き抜ける風が何かを暗示しているようにも感じられた。
オフェリアは歩を緩め、周囲の警戒を強める。エリカとレオンが再会するという話はすでに聞いていたが、どちらも企業と敵対しかねない立場であり、この場所が安全とは断言できない。ひょっとすればオーメルの追跡がすでに入っているかもしれないし、謎の黒コートの男ら他勢力が暗躍していてもおかしくはない。
「エリカ、ちゃんと来てくれるのかな……。レオンは無事にたどり着けたかしら。」
そう心配しながら工場敷地の入口へ足を踏み入れた瞬間、風に乗ってかすかな声が届いた。奥のほうから誰かが話しているようだ。鋭く耳(センサー)を凝らすと、聞き慣れた低い声が混じっている。――レオンの声だとオフェリアは即座に判断した。
胸を撫で下ろすように屋内へ進み、廃材の山を回り込むと、そこに見慣れた背中があった。ボロボロのコートを羽織り、髪はところどころ白髪が目立つが、かつて企業戦争を戦い抜いた姿勢は失われていない。立ち尽くす彼の視線の先には、フォートの残骸が転がる空間の真ん中でネクストらしき巨大なシルエットが微かに揺れていた。――ブラッドテンペスト。エリカ・ヴァイスナーが乗る指揮支援型ネクストの機体だ。
その機体のコクピットハッチが開き、彼女が降り立ったばかりの様子。薄い軍服を着込んだまま、砂埃を避けるように手を軽くかざしている。その髪は茶色く揺れ、廃工場の薄暗い光に包まれて何とも寂しげな雰囲気を帯びていた。オフェリアは安堵と警戒が入り混じる感情を抑えつつ、さらに歩を進め、二人の近くまで来る。
「オフェリア……!」
真っ先に気づいたのはレオンだった。彼は背後から近づいてくる彼女の気配を感じ取り、驚いたように振り返る。その表情はまだ疲労の陰が濃いものの、ここまで到達したのは決意の証だ。
「レオン、よかった……。あなたが先に着いてたのね。」
オフェリアは駆け寄り、彼の腕を支える仕草を見せる。とはいえ、レオンは以前よりは回復している様子で、どうにか自立できるまでに回復したようだ。深い皺が刻まれた顔には安堵の色が浮かんでいる。
「俺が先に呼び出した形だからな……お前のほうこそ大丈夫か? クレイドルでの戦闘後に大きなダメージを負ったと聞いたが……。」
「あれは……どうにか修復したわ。まだ肩と脚に痛みが残るけど、動ける程度には回復してる。でも無理はしないで。あなたの体こそ、いつ悪化してもおかしくないんだから。」
互いを気遣う短いやり取り。その間、エリカは少し離れた場所で静かに二人を見つめていた。ネクストの陰に身を置きつつ、そこからすっと歩み寄ってくる。歩調は固く、その瞳には迷いが宿っているが、同時に何か決意めいたものも感じられた。
「オフェリア……父さん……。こうして三人が同じ場に揃うの、初めてね。」
エリカの声は震えている。軍服の襟をしっかり締め直しながらも、その姿勢には張り詰めた緊張が見て取れる。まるで“企業の指揮官”と“娘”の狭間にいる複雑さが露わだ。オフェリアは彼女の表情を見て、胸が痛むような感覚を覚える。――この少女は間違いなく“父を想う”気持ちを持ちながらも、企業という大きな枠組みに縛られている。
「エリカ……わたしもあなたに会えて嬉しいわ。先日は短い言葉しか交わせなかったから、話したいことがたくさんあるの。」
静かに言葉を選びながら、オフェリアは足を進める。レオンと彼女が両側に立ち、三人が三角形のように向き合う形になる。工場の天井が高く、そこから差し込む陽の光が埃を浮かび上がらせ、まるでスポットライトのようにも見えた。
エリカは息を吐き、わずかに表情を引き結ぶ。
「……先に言うわね。今の私に、企業を裏切るつもりはないの。でも、父さんやあなたを守りたい気持ちがある。どっちも捨てられなくて……苦しいの。」
その言葉に、レオンは苦しげに眉を寄せる。企業を捨てられないと言う娘の心中を察すれば、無理にこちら側に引き込むのは酷だ。オフェリアもエリカの葛藤を理解しながら、口を開く。
「わかるわ。あなたはずっとオーメルに育てられ、部下を率いる責任がある。それに……自分を否定したくない、兵士たちとの絆もあるでしょう。無理に辞めろとは言わない。わたしたちは、どうすればあなたと共存できるかを考えたいの。」
エリカは神妙な面持ちのまま沈黙を続ける。そうして数秒、息をのみながらも、口を開いた。
「共存……。でもオーメルは、あなたたちを“不要”とみなすかもしれない。クレイドル脱出の件で父さんは完全に企業の目の敵だし、オフェリアも危険な覚醒AIとして警戒されてる。」
「……知ってるわ。」
オフェリアは心中でクレイドル内部の激闘を思い出す。アポカリプス・ナイトとの対峙をかろうじて生き延びたが、イグナーツの計画はきっと進行しているはずだ。もしあれが完成すれば、オーメルによる“完全管理”が現実味を帯びるだろう。
「でも、わたしたちは簡単には諦めない。イグナーツが進めるネクスト不要論……それは企業の支配力を強化し、あなたたち兵士まで要らなくなる未来を作り出すかもしれない。そこに……あなたが満足する居場所はある?」
問いかけるオフェリアの声には切実さがにじむ。エリカはわずかに瞳を伏せ、思案に沈む。自分も企業人でありながら、リンクスやネクストを“捨てる”という発想にすんなり賛同できないのだろう。
「……私も……ネクスト不要論には疑問がある。父さんを捕えたときからずっと、何かが違うって感じた。だって、個人の意志を無視してAIや大部隊が支配する戦争なんて……。そこに人間の心はあるの?」
その言葉に、レオンが強く頷く。
「そうなんだ。戦争そのものが間違いだとまでは言えないかもしれないが、人間を捨てるような在り方を企業が選ぶなら、俺は断固反対だ。イグナーツが進めているアポカリプス・ナイト計画は、まさにそれを象徴してる。覚醒AIに対抗しようとしているのも、そのためだろう。」
エリカの表情がさらに曇る。「アポカリプス・ナイト……実はあれが起動しそうだって話は聞いてたけど……本当に稼働してしまうなら、企業は想像以上に軍備を拡大するわね。ラインアークや地上のレジスタンスなんてひとたまりもない。」
オフェリアはほぼ確信めいて一言を加える。「それだけじゃない。あの機体は人間の意思を最小限に抑えるAI制御ネクスト。いずれ企業は兵士や指揮官さえ不要にするかもしれない。」
三人は短い沈黙を共有し、砂埃が舞い上がる工場跡に立ち尽くす。エリカは自分のフォート形態ネクスト“ブラッドテンペスト”を見やりながら言葉を探し、やがてレオンを見て問いかける。
「父さん……あなたは、どうしたいの? オーメルを倒すの? それとも和解を探るの?」
その質問に、レオンは困ったように唇を噛みしめる。長い戦争をくぐり抜け、企業を嫌って独立してきたが、娘がそこにいる以上、単純な敵対を選びたくはなかった。だからこそ考えあぐねいている。
「俺は……自分が生き延びるのはもちろん、機械だけを信じてた昔の自分を変えたい。正直、企業と戦うのは怖いが、イグナーツたちのやり方は受け入れられない。和解できるなら、それに越したことはないけど……。」
「和解……難しいわね。上層部は、あなたたちを“危険分子”とみなしてるし……。」
エリカはかすかな自嘲の笑みを浮かべる。まったく対立しか道がないのか、何か妥協点があるのか自分でも判断しかねているのが見て取れる。
オフェリアは二人を見渡し、再度意見を口にした。
「わたしに考えがあるの。イグナーツのアポカリプス・ナイトが本格起動する前に、あなたやレオンが企業内部で一部の理解者を得られれば、戦争を止める可能性がわずかにある。たとえば……カトリーヌ・ローゼンタールとか、他の企業幹部の意見を動かすことはできないかな?」
母親の名が出たことで、エリカの瞳に一瞬迷いの色がよぎる。カトリーヌ・ローゼンタールはエリカの母であり、企業内でそれなりの権力を持つ人物だ。かつてレオンの“つがい”でもあり、オフェリアも話には聞いている。だが、その関係は複雑な利害が絡み合うはずだ。
「母……。確かにあの人なら、わずかな可能性はあるかもしれない。でも、今の母はローゼンタール家を再興するために企業の動きを利用している部分があって……簡単に味方にはなってくれない。むしろ自分の利益を優先するかも。」
「それでも、何も動かないよりはマシだわ。あなたはどうする?」
オフェリアの問いかけに、エリカは苦しげに眉を下げる。だが、迷いの中にも若い指揮官としての決意が芽生えているのを彼女自身が感じていた。父と母、そして自分――三人が今までほとんど接点を持たずにいたが、オーメル内外の利害関係を調整すれば、あるいは意外な化学反応が起こるかもしれない。
「……わかったわ。私も、父さんをこのまま見捨てたくないし、イグナーツに全部を委ねるのは嫌。母に会って、どうにか交渉してみる。上層部全員がイグナーツの思惑に賛同しているわけでもないはずだから。」
それを聞いて、レオンは小さく安堵の息をついた。娘がそこまで腹を括ってくれるとは思わなかったからだ。確かにカトリーヌを含むいくつかの権力者を動かせば、イグナーツ独裁の流れを止められるかもしれない。
「頼むよ、エリカ……。もし母さんに会えるなら、俺のことも伝えてくれ。まだ俺が生きていると。こうしてお前と再会したことで、俺も昔の罪を償いたい気持ちが強くなったんだ……。」
エリカはその言葉に複雑な表情を見せつつ、それでも肯定するように首を縦に振る。
そのとき、外から鋭い金属音が響き渡る。風に乗って聞こえるバタバタという音は、回転翼機か何かかもしれない。オフェリアが一瞬身を硬直させ、施設の入り口を注視すると、遠方の空に黒い影が横切るのが見える。
「……ヘリ? オーメルか、あるいは他の企業か……。とにかく、長居はできない。」
オフェリアが警戒モードに移行すると、エリカもまるで呼応するように眉をひそめる。「私も、部下を長く誤魔化すのは難しい。ここで見つかれば、二人とも危険に巻き込むわ。」
「そうね。じゃあ、一度解散しましょう。わたしはレオンを地上の隠れ家に連れ戻す。エリカ、あなたはクレイドルへ戻るの?」
エリカは視線を伏せ、一度小さく息を吸う。
「うん。母に会ってみる。もし交渉できる余地があれば、再びこの場か別の安全地帯で会合したい。……連絡は前と同じ秘密チャネルを使うわ。」
「わかったわ。しっかりね……。あなたが危険になったら、すぐ教えて。」
そうオフェリアが答えた瞬間、何かの端末がノイズを発するようなかすかな響きがエリカの軍服ポケットから漏れ出す。どうやら企業側からの呼び出し通信らしい。エリカの表情が一瞬にして引き締まり、仕方なく返信せざるを得ない様子だ。
「はい、こちらエリカ・ヴァイスナー。……ええ、すぐ戻ります!」
通話を切ると、エリカは短く一言だけレオンに目を向ける。
「また話しましょう。私はいま、あなたを撃つ気なんて毛頭ないから。」
レオンは苦笑まじりに小さく頷く。「ありがとう、エリカ……気をつけろよ。」
「ええ、父さんも……オフェリアも。」
そう言い残し、エリカは静かに踵を返す。廃工場の床を踏みしめ、分厚い鉄骨をすり抜けるように戻っていくと、そこには待機していた巨大なネクスト「ブラッドテンペスト」があった。彼女がコクピットへ乗り込むのをレオンとオフェリアは息を呑んで見守る。
ネクストのバイザーが薄青く光り、重々しい歩行音が巻き起こった。それは決して戦闘態勢ではなく、静かに工場の屋根を避けるように後退する動き。やがて開けたスペースへ出て行き、巨大なスラスターが噴射。ブラッドテンペストは埃を巻き上げながら浮かび上がると、低空飛行で夜の空へ消えていった。
「エリカ……ありがとう。」
レオンが呟き、オフェリアは彼をゆっくり支えながら別方向へ歩き出す。会話こそ短かったが、三者が同じ場所で言葉を交わすのは初めてともいえる出来事だ。
二人は工場の裏手へ回り、そこに忍ばせておいた車両に乗る段取りだ。砂と瓦礫を踏みしめながら、レオンは一度だけ立ち止まり天を仰ぐ。
「オフェリア……やっぱり、あの子は親を想ってくれてるんだよな。俺が無理やり企業を壊すわけにはいかない……。どうにか共存の道を探したい。」
「ええ、わたしもそう思う。イグナーツがネクスト不要論を推し進めようとする今、あなたとエリカが協力すれば、きっと何か手がかりが見つかるはず。わたしも手助けする。」
オフェリアは小さく笑みを作るが、同時にクレイドルでの戦闘やアポカリプス・ナイトの脅威が脳裏をよぎる。“覚醒”したAIとして、次の戦いはさらに苛烈になるかもしれない。だが、それでもレオンとエリカを支えたいという意志は強く揺るぎない。
しばし沈黙しながら歩き、裏手の荒れた駐車場に到着。そこには黒コートの男が用意したらしい四輪の古い装甲車が一台停めてある。運転席に向かうオフェリアを見て、レオンは後部座席へゆっくり乗り込み、息をつく。
「お前に運転を任せていいのか……?」
「大丈夫、AIだから運転プログラムはバッチリよ。」
少しおどけた口調で返し、彼女はエンジンをかける。ごうんと低い音が車体を震わせ、屋根の埃を落としていく。古い装甲車なので故障の心配もあるが、しばらくは使えるだろう。
薄暗い廃工場を後にして、車はデコボコ道をゆっくり進む。二人の心にはやはり重苦しいものがあるが、さっきの再会の光が明日の希望へと繋がっていると感じられた。
「エリカは企業を捨てない、と言った。俺は企業に戻る気はない。でも、彼女となら何か奇跡が起こせるかもしれん……。」
レオンの呟きに、オフェリアは深く頷く。
「そうね。わたしも彼女の力があれば、イグナーツの計画を止められると思う。いずれカトリーヌ・ローゼンタールとも交渉が進むかもしれないわ。あなたが昔失った家族との絆を取り戻すチャンスでもある。」
「……家族、か。お前も含めて、俺の大切な存在だ。機械とか人間とか、そういう境界を超えて……な。」
不器用な言葉だが、それが彼の本心なのだろう。オフェリアは胸に熱いものを感じ、笑みを浮かべる。人間とAIを繋ぐ絆を求めて自己進化を続けてきた自分にとって、レオンやエリカと共に生きる未来は何よりも大切だ。
車が荒野を抜けて遠ざかっていく。廃工場の煙突が小さく視界から消え、次の拠点へ向かう道が続く。やがて、夕暮れの陽が地平線を茜色に染める頃、三者が再会を果たした場面は静かに幕を引いていく。だが、この交わりがもたらす“意志の共鳴”はまだ始まったばかり。イグナーツの台頭、アポカリプス・ナイトの脅威、カトリーヌ・ローゼンタールとの交渉……これからあらゆる難題が押し寄せるだろう。
それでも、かつては孤高を貫いたレオンと、企業の名門に縛られたエリカ、そして機械から生まれたオフェリアが、こうして同じ空の下で互いを思いやれるようになった。それこそが彼らにとって大きな一歩。人間とAIの狭間で苦悩するオフェリアは、もう少しだけ自分の“覚醒”を信じてみたくなる。レオンは誰にも頼らないと豪語していた過去を捨て、今は素直に娘に希望を感じている。
三人の意志が共鳴し合うほど、それに抗おうとする勢力が渦を巻いてくるのも必至だ。だが、夜明けを前にして、彼らはわずかに心の距離を縮めた。その火は企業の陰謀や戦争の嵐さえも砕き、ひとつの未来を切り拓く鍵となるかもしれない。荒野の道を行く装甲車に揺られながら、オフェリアはそう信じてやまなかった。