ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP3-2
EP3-2:エリカ部隊の増援
雲ひとつないはずの空は、土埃と砲煙にまみれて重たく曇り、遠くには赤茶色の地平線がかすかに揺らいでいる。企業連合(リーグ)が管理する空中都市・クレイドルからははるか遠い場所、地上に広がる荒野では依然として戦火が絶えない状況だった。そこに、オーメル・サイエンステクノロジーの軍事部門が大規模な部隊を送り込んでいる。ネクストに加え、複数のアームズ・フォートまで展開するという噂が地上を駆け巡っていたが、実際に目の当たりにする者は少ない。もっとも、その兵力を率いる人物はよく知られている――若き指揮官、エリカ・ヴァイスナーだ。
オーメル軍事部門の移動拠点として使用されている簡易基地の一角。厚い装甲壁で囲まれた指揮管制ルームには、巨大なスクリーンがいくつも並び、衛星画像や無人偵察機からの映像が投影されていた。その中心で腕を組むように立っているのがエリカだ。茶色の長髪をきちんと束ね、襟元までしっかり締めた軍服姿は凛々しく、部下たちから寄せられる視線は敬意と緊張が入り混じっている。
「こちらの情報によれば、先ほど“ベヒモス”が何者かによって撃破されたとの報告が入っています。座標は……ここです。」
副官のグレゴール・シュタインがスクリーン上に点滅するマーカーを指す。地図には広大な砂漠地帯と廃墟が点在しており、その一点に赤い光が瞬いていた。彼は冷静沈着な口調で続ける。
「ベヒモスはアームズ・フォートのなかでも装甲と火力のバランスが優れており、一度戦闘形態に入ればそう簡単には沈まないはずでした。報告によると、ネクストの介入によるジャイアントキリングだった可能性があります。」
「ネクスト……まさか、あのヴァルザードじゃないかしら?」
エリカは眉をひそめて問う。ここ最近、ネクストの名前が上がれば、真っ先に思い浮かぶのがレオン・ヴァイスナーの存在だ。自分の“父”かもしれないという情報を知らされてから、彼女の胸の奥には常にざわつく何かがあった。だが、その影は抑え込み、あくまで指揮官として合理的な判断を下さねばならない。
すると、もう一人の副官――大胆な突撃戦術を好むレイラ・ヴァレンタインが立ち上がり、拳を軽く握って口を開く。
「ベヒモスが倒されるなんて、正直信じがたいわね。相手の火力を押し返すには、ネクスト単機だけじゃなく、相当な連携が必要じゃない? それとも、“孤高のリンクス”がまた暴れたとか……?」
レイラの言葉に、グレゴールは小さく頷く。
「その可能性は高いでしょう。噂ではフリーの傭兵集団カラードランカーが連携していたとか。実際、彼らは地上を拠点に活動し、アームズ・フォート級と何度も交戦している実績がある。それに、ラインアークが後ろ盾になっていたかもしれません。」
「なるほど……ラインアークが暗躍しているのは面倒だわ。」
エリカはそう呟き、スクリーンを眺めながら考え込む。オーメルの新たな行動方針として、地上の制圧とアームズ・フォートを中心とした軍事力のアピールを強化することが掲げられている。彼女自身も「ブラッドテンペスト」と呼ばれる指揮支援型ネクストを駆り、多数の部隊を指揮する立場だ。
だが、さきほど“ベヒモス撃破”という予想外の事態が起きた以上、上層部としてはその混乱を収拾し、むしろ“次の一手”を迅速に打ち出さねばならない。エリカに対しては「増援を派遣し、フォートやネクスト部隊を再配置せよ」との指令が下っていた。
「グレゴール、レイラ、今すぐ部隊を編成して。私もブラッドテンペストを出撃させるわ。行き先はもちろん……ベヒモスが沈んだというあたり。このまま放置すれば、地上にいる独立勢力がさらに勢いづく可能性がある。」
「了解です、隊長。部隊の動員リストをまとめます。アームズ・フォート“ブラッドテンペスト”への兵装補給はすでに完了しています。」
レイラはその言葉に追随するように、端末をいじりながら落ち着きなく足踏みをする。
「……早いほうがいいわね。相手がネクストなら、あまり時間を与えると撤退されるか、逆に奇襲をかけられるかもしれないし。」
エリカは頷き、一つ息を吐く。「父かもしれない」存在を追う感情と、オーメル軍の一員として作戦を遂行しなければならない責務。両方が心の中で葛藤していたが、今は指揮官である自分を優先しなければならない。
「作戦の大まかな流れを説明するわ。私がブラッドテンペストを指揮し、実戦部隊を率いて砂漠地帯に投入する。もしネクストやカラードランカー、さらにはラインアークの介入が確認されたら、即座に制圧を図る。ベヒモスの残骸も回収可能なら回収する。あの機体には最新鋭のテクノロジーが積まれていたはずだから。」
「その場合、隊長、上層部からの追加命令もあります。……“あの男”が見つかった場合は、できるだけ捕獲を優先するように、と。」
グレゴールが歯切れ悪く言うと、レイラが少しばかり声を潜めて疑問を漏らす。
「“あの男”って、レオン・ヴァイスナーのことよね? あれほどのパイロットなら、企業としても手元に置きたいのか、それとも――」
「そこまでよ。上層部の本音は知らないけど、必要以上に情を交えないほうがいいわ。私たちの任務は企業の戦力強化と混乱の鎮圧よ。」
そう言い切るエリカの横顔には、わずかな影がさす。もし本当にレオンがそこにいたら、あるいは“父”の名を持つ相手だったら……そんな思いがチラついても、彼女は振り払うかのように口を結ぶ。指揮官として弱音を吐くわけにはいかない。
「みんな、準備が整い次第、出撃するわ。グレゴールは防衛・支援部隊を、レイラは突撃先鋒隊を率いて。私は全体指揮をとりながら、必要に応じてネクストで直接支援に入る。」
「了解しました、隊長!」
グレゴールとレイラが同時に声を揃え、軍礼のように姿勢を正す。指揮管制ルームの大画面には、さまざまな部隊配置とルートマップが表示され始める。砂漠地帯の広大なエリアをどう制圧し、どのタイミングでブラッドテンペストを投入するか――エリカは素早く頭を巡らせてシミュレーションを組み立てた。
数時間後、オーメル軍事部門の大部隊が砂漠地帯へ展開していた。幾条にも伸びる車列、装甲車両や中量級のACが先行偵察を行い、後方では航空支援用のガンシップ群が待機している。その中心に、巨大なアームズ・フォートが悠然と進む姿があった。
とはいえ、そのフォートのメインフレームこそがブラッドテンペスト――厳密にはフォートというより、大型のネクストに近い特殊構造をもつ機体だ。エリカが搭乗する際はネクストらしい機動力を備え、指揮通信と防御補助に特化している。
同じ隊列には、他のフォートもいくつか含まれ、砲撃支援や進軍の拠点となる予定だが、エリカは自分の機体こそが部隊の核になると自負している。対ネクスト用のシールドジェネレーターや大量のミサイルポッドを備え、部隊全体の防御力を底上げできるからだ。
エリカはブラッドテンペストのコクピットに座り、周囲の状況をモニターでチェックしている。すでに先行していた偵察ユニットから、「ベヒモスの残骸を中心にカラードランカー隊が集結している」「ネクストの姿を確認」「ラインアークと思われる機体は未確認」など、様々な報告が届いていた。
彼女は端末を操作し、グレゴールの防衛部隊とレイラの突撃部隊への指示を出す。
「グレゴール、こちらの右翼から迂回して隠密に接近。何者かがベヒモスを破壊したなら、その当事者はまだ近くにいる可能性が高いわ。捕捉できたら即座に知らせて。」
『了解です、隊長。右翼ルートには廃棄施設が点在していますので、そこを利用して兵を進めます。』
続いてレイラへ話を振る。
「レイラ、あなたは左翼から揺さぶりをかけて。もし敵が複数いるなら、連携が乱れるように仕向けて頂戴。あなたの突撃戦術は多少荒っぽいけど、この開けた砂漠なら問題ないわ。」
『へへ、任されました! 派手に暴れさせてもらいますよ。ただ、“孤高のリンクス”がいるなら、慎重にはやりますけどね。』
そのレイラの声音に含まれる楽しげな響きに、エリカはわずかに苦笑する。部下たちを信頼しているとはいえ、彼らが無茶をしすぎて被害が大きくなれば指揮官としては痛手だ。
それでも、今回の目的は明確だ。砂漠地帯で自由を得た敵対勢力を鎮圧し、オーメルの威光を示す。同時に、もしあの“レオン・ヴァイスナー”が姿を現すなら、捕捉あるいは排除する。エリカにとっては個人的な葛藤があっても、作戦遂行は最優先事項だ。
巨大なブラッドテンペストがエンジンのうなりを上げ始める。まるで巨大な城塞が移動するかのように、ゴウンと地面を揺らして前進する姿は、圧倒的な威圧感を放つ。ネクストとアームズ・フォートの中間的存在ではあるが、十分すぎる火力と防御力を備えている。
コクピット内ではエリカが複数のスクリーンを確認しており、部下たちからの通信が飛び交う。
「隊長、砂嵐が来そうです。視界が悪くなる恐れがありますが、どうしますか?」
「ブラッドテンペストの指揮支援システムを使いましょう。部隊間の通信は私が中継する。ECMにも耐えられるように周波数を切り替えておいて。」
女指揮官の声は落ち着き払っているが、その胸の奥には高まる鼓動を感じてもいた。砂嵐の混乱と、敵のネクストがいるかもしれないという緊迫感。それに、ひょっとしたらそのネクストが“あの人”――父――なのかもしれないという思い。
だが、たとえそうだとしても、自分は迷わない。オーメルの命令を受けた指揮官として、ここで部隊を勝利に導くのみ。エリカは自らにそう言い聞かせる。
やがて、先行するレイラの突撃部隊が最初に火を吹いた。砂嵐の目前、まだ荒野が見渡せる地点で、カラードランカーの哨戒車両と激突する。
通信が割れるように飛び込んでくる。
「こちらレイラ! 何台か装甲車を捕捉したわ。交戦に入ります!」
「こっちも敵影を確認した。ネクストは……まだ視認できない!」
部隊のレーダーには数多くの中型ACらしき反応が映っている。どうやらベヒモスを仕留めた部隊がここで拠点を築き、残骸を守る形で布陣しているようだ。オーメル軍が来るのを警戒しているのか、その火力は侮れない。
一方、エリカはブラッドテンペストで後方から全体指揮をとりつつ、必要に応じて前線へ移動できる態勢を敷いていた。防御シールドを展開すれば、中型ACの火力程度は大部分を弾けるだろう。彼女が問題視するのは、やはりネクストが存在するかどうか。それだけが自軍にとって未知数だ。
「ブラッドテンペスト、前進開始。副砲のミサイルポッドで一帯を制圧するわ。レイラとの誤射に気をつけて。」
機体が再び大きくうなる。遅さという弱点はあれど、それを補う指揮・支援能力がエリカの最大の武器だ。無線一つで部下たちを動かし、攻撃のタイミングを的確に合わせることで、数で勝るオーメル軍が圧倒的に有利になる。
ほどなくしてミサイルポッドから複数の誘導弾が放たれ、相手の中型ACが散り散りに逃げ惑う。通信で聞こえる悲鳴や怒号が混じる中、グレゴールの部隊が後衛から包囲を仕上げようとする。
「隊長、敵が崩れ始めています。カラードランカーの数名が降伏の意を示す動きを……どうしますか?」
グレゴールの報告に、エリカは考える。一度降伏を受け入れれば、“人道的な指揮官”という印象を与えられる反面、オーメル上層部がそれをどう見るかは微妙だ。
だが、あくまで無駄な血を流す必要はない。彼女は結論を出す。
「構わないわ。降伏を認めて、武装を放棄させなさい。尋問してどんな連中が背後にいるのか聞き出す価値はある。それに、ネクストの情報が得られるかもしれない。」
「了解、隊長。」
指示を受けたグレゴール部隊が円陣を組むように移動し、一部の敵を制圧していく。その間にも何台かの車両が抵抗しており、ミサイルを撃ち込んできたが、ブラッドテンペストの防御フィールドが着弾を大きく吸収。爆炎を巻き上げるが、エリカのネクストにはさしたるダメージを与えられない。
「このままいけば、ベヒモスの残骸は私たちが手中にできるわね。急ぎなさい、みんな。ラインアークの余計な介入がある前に、制圧するわよ。」
部下たちから応答が飛び交う。誰もがエリカの的確な指示に従いながら、敵を圧倒していく。広域指揮とシールドジェネレーターを兼ね備えたブラッドテンペストは、まさに“移動砦”とも呼べる存在だ。攻守ともにバランスが取れており、彼女の指揮能力を最大限に生かせる機体でもある。
だが、エリカの内心は決して穏やかではない。この部隊には、たとえばレオンがいるかもしれない――そう考えながらも、自分の任務を全うするために感情を押し殺している。
(このまま順調にいけばいいのだけれど……。あの人は、本当にここにいるのかしら?)
一瞬、自らの心に問いかける。だが、答えは出ない。コクピットの緊迫した空気が、そんな個人的な思いを突き放すように重くのしかかる。
そのとき、通信パネルにレイラの声が割り込んだ。
「隊長! 妙な反応があるわ。どうやらあのカラードランカーだけじゃないみたい。小型AC群とは別に、ある一点から強いエネルギーシグナルが――」
レイラが言い終わらぬうち、遠方で大きな爆発が起きる。その閃光をエリカがモニター越しに捉えた瞬間、胸を強く打たれたような衝撃が伝わってくる。何者かが強烈な火器を使っているのか、それともフォートの自爆が起きたのか。
すぐにグレゴールが焦り混じりに報告する。
「砂煙の奥で……ネクストらしきシルエットを確認! ミドルクラス、熱反応の規模から見て、おそらくヴァルザード……!」
その名を聞いた瞬間、エリカの心が大きく揺れる。“ヴァルザード”――あの男が駆る機体だという情報は以前から耳にしていた。先日の交戦で一度は退けたはずだが、またここに現れたというのか。
「……レオン……」
自分でも口にしたかどうか曖昧なほど小さなつぶやき。それがコクピットの静かな空気の中に溶けていく。だが、すぐに彼女は指揮官としての声を取り戻す。
「全隊、警戒を強めて。ネクストがいる以上、我々のフォート部隊も被害を受ける危険がある。部隊を再編し、包囲網を組み立てるのよ!」
「隊長、了解! ただ、敵ネクストがどこへ動くか分かりません。既にカラードランカーの一部と共闘している可能性も……。」
レイラの言葉に、エリカは冷や汗を感じる。もしレオンがカラードランカー側に加勢しているとしたら、先ほどまでのアドバンテージは一気に崩れるかもしれない。ネクスト単機でも、フォートを撃破できる力を持っているのだから、油断はできない。
「私もブラッドテンペストを前線に投入するわ。指揮支援だけじゃなく、直接火力で敵を抑え込みましょう。グレゴール、あなたは後方から射撃援護を。レイラ、左翼を維持しながら突撃しすぎないように。」
「了解です、隊長。お気をつけて。」
巨大なアームズ・フォート形態のように見えるブラッドテンペストがギシリと稼働音を鳴らし、地面を踏みしめる。主エンジンがうなりを上げ、機体がゆっくりと加速する様は、さながら移動要塞が戦場に降り立つかのようだ。もっとも、ネクストとしての機動性も発揮できるため、エリカはいつでも高速機動に切り替えられる用意があった。
「……もし本当にレオンなら……会わなきゃいけない。けど、戦場で私がすべきは“捕らえる”か“排除”か。どちらにせよ、感情を出してはダメ。」
そう心で呟き、エリカはプラットフォームを操作する。ミサイルポッドの蓋が開き、指揮通信システムが射撃管制モードへ移行した。周囲にはオーメルの部隊が包囲形を取り始め、ドローンが上空を飛んでいる。狙いは“孤高のリンクス”を抜け道なく追い詰めることにある。
ほどなくして砂煙の向こうに、ネクストらしき影が微かに見えた。複数のACや車両とともに移動しているらしく、いくつかの火線が交差する中でもそのシルエットは揺るぎない。ほかならぬヴァルザード――その独特のフレーム形状に、エリカは一度見覚えがあった。
(間違いない……あれが、父さん……本当に、ここにいる……!)
わずかに胸が苦しくなる。子どもの頃から知らずに育った父が、いま敵の立場で目の前にいる。そして、自分はオーメルを代表する部隊の指揮官。剣を交えることも辞さない状況だ。けれど、彼女は心を無理やりにでも冷たく保たねばならない。
「……全砲門、相手の周辺に威嚇射撃。動きを封じて。ネクストを逃がすわけにはいかない。」
命令に従い、ブラッドテンペストの主砲と副砲が牙を剥き、砂漠に轟音を響かせる。誘導ミサイルがいくつもの軌道を描き、ヴァルザードを含む一帯を取り囲むように着弾する。地面が爆裂し、火柱があちこちに立ち上る。
エリカはコクピット内で戦況を刻々と把握しながら、ネクストの反応を注視する。もしレオンが巧みに回避してこちらの死角を突けば、大損害を出しかねない。
「隊長、敵ネクストがまだこちらに向けて反撃してきません。装甲車らしきものと一緒に退路を探している可能性が……。」
グレゴールからの声に、エリカは決断を下す。「退路なんて与えない。追撃隊を回して包囲網を狭めるのよ。」
「レイラ、あなたの突撃隊は正面から相手を牽制して。私がブラッドテンペストを動かして側面を抑え、グレゴールが背後を潰す。……一瞬で囲むの。」
『了解! ちょっと派手にやらせてもらうわね!』
レイラが笑う声の背後で、突撃部隊が発射するロケット弾や火線が光を引き、敵装甲車の何台かが爆散する。ヴァルザードの姿も砂煙の中でちらりと映るが、レイラと一騎打ちの形になる前に、すぐに死角へ回り込んでしまう。
(さすが……簡単には捕まらない。でも、こちらも簡単には逃がさないわよ。)
エリカは思考を巡らせつつ、ブラッドテンペストの移動パターンを切り替える。ネクスト形態に近い可変機動へとステップを移行し、一気に速度を上げられるよう調整した。大地が震え、機体の駆動音が高周波に変化する。
指揮支援型とはいえ、それはあくまで運用思想の話。エリカが本気で駆れば、重装甲ながらも機敏に動き、ミサイルポッドとシールドジェネレーターを併用して相手を囲い込むことができる。
「逃がさない……!」
砂煙を抜けて、ヴァルザードの後方に回り込もうとしたその瞬間、相手もこちらを察知したらしく、対抗するように速攻で斜め上にジャンプしながら射撃体勢をとった。閃光とともに狙撃用のビームが飛び、ブラッドテンペストの装甲をかすめて火花が散る。コクピットに警告音が鳴り渡った。
「っ……!」
装甲こそ厚いが、ネクスト同士の戦いでは一瞬の油断が命取りになる。エリカはシールドジェネレーターを素早く展開し、敵の追加射撃を防ぐ。その場から後退するか、あるいは突撃するか――迷う間もなく、彼女は前へ踏み出した。
シールドで敵のビームを逸らしつつ、ミサイルポッドを連続発射。広範囲攻撃で相手の逃げ道を潰す作戦だ。爆音と火砕流のような衝撃波が周囲を巻き込み、ヴァルザードが再び砂煙に包まれる。
(この火力で押しつぶす……!)
エリカがそう決意したとき、頭部センサーに僅かなエラーが走った。大きく砂が舞い上がり、視認が難しい。敵は一瞬だけレーダーから消え、次の瞬間には側面へスライドするように姿を現す。やはり、一筋縄ではいかない。
思わずエリカは歯を食いしばる。なんて鋭い動き。かつての交戦でも感じたが、ヴァルザードの操縦者は、理屈では測れないほどのAMS適性と戦場勘を持っている。あの人が父であるかもしれない――それが彼女の戦意を揺らがせそうになる。
「――父さん……!」
思わずそう呼びかけかけた声が、回線に乗る前に、彼女は唇を噛んで止まる。戦場で“情”に流されるのは禁物。自分はもうオーメルの指揮官なのだ。
しかし、その一瞬の迷いが命取りになる。敵のスナイパーライフルから一条のビームが放たれ、ブラッドテンペストの肩部装甲を大きく削る。装甲の一部がめくれ上がり、火花と煙が立ち上った。
「くっ……!」
コクピットが大きく揺れ、警告ランプが赤く点滅する。痛みや恐怖を感じるのは装甲と機体だが、エリカの心もひやりと冷える。ここで被弾を重ねれば、指揮支援という役割が果たせなくなり、部隊全体が弱体化する。
視界にはなおもヴァルザードの影がちらつき、その背後にはカラードランカーの車両が援護するように群れている。先ほどのベヒモスを沈めた戦力が、そのままこちらを阻む構図になっているのだ。
「隊長、大丈夫ですか!?」
通信越しにグレゴールが声を張り上げる。彼は防衛線を築きながら周囲の制圧を続けているが、エリカの被弾を見て焦りを感じているようだ。
しかし、エリカは唇を噛みつつ、わずかな笑みを浮かべる。こんなところで引き下がるわけにはいかないし、ネクストの技量を自ら確かめた以上、相手がレオンでも恐れるわけにはいかない――そう奮い立たせる。
「大丈夫よ。むしろ、あれが本命だってわかっただけ。ブラッドテンペストはまだ動けるわ……!」
彼女は操縦桿を強く握り、再び攻撃態勢をとる。ブラッドテンペストの肩部ミサイルポッドは損傷を受けたが、まだ機能している別の兵装がある。機体脇の大型シールドを展開し、追加のミサイルを発射準備。さらに副砲から散弾のように砲弾をばらまき、敵の周囲を制圧する狙いだ。
一方で、レイラの部隊が回り込んでいるはずだ。レイラは突撃戦術を好み、ネクスト同士の接近戦でも猛威を振るえる。そのタイミングを合わせられれば、ヴァルザードを仕留める可能性が高い。
「レイラ、今がチャンスよ! あのネクストの死角に入りなさい!」
『へへ、あいよ!』
レイラの声が弾む。エリカは爆風に揺れるコクピットで必死に視線を固定し、敵ネクストのシルエットを見失わないようにする。そちらへ向けて広角ミサイルを連射して、動きを制限。ヴァルザードが回避に専念しなければならない状況を作るのが目的だ。
荒れ狂う砂煙と炎の向こうに、レイラが率いる突撃部隊の車両とACが猛スピードで流れ込むのが見える。敵の装甲車を蹴散らしながら、ついにネクストへも接近しようとしている。
「やったか……!」
ほんの一瞬、エリカの胸が高鳴る。もしこれで決着がつくなら、自分は“企業の任務”を完遂した上で、彼――父――の存在を確かめられるかもしれない。
しかし、その希望はすぐに霧散する。ヴァルザードは驚くべき瞬発力で横へ大きくダッシュし、レイラの突撃を華麗にかわす。さらに、一発のスナイパーライフル弾がレイラの率いる車両の一台を撃ち抜き、爆炎を上げる。レイラ自身は無傷のようだが、彼女の部隊はひるんだ。
「くそっ……なんて動きだ!」
レイラの怒鳴り声が通信に混じる。エリカは歯がみしながら操縦桿を握り、機体を猛加速させてヴァルザードの背後を取ろうと試みる。正面から向き合えば狙撃を受けるリスクが高い。しかし、横から、あるいは後方からのミサイル攻撃なら、仕留められる可能性がある。
「逃がさない……!」
地面を揺らす重い足音とともに、ブラッドテンペストが砂塵の壁を突き破る。副砲の照準をあらかじめ合わせておき、敵ネクストが飛び出した瞬間に撃つ狙いだ。
だが、そこで予想外の通信が割り込む。微かなノイズ混じりの男の声――
「隊長、後方から別の熱源反応! これもネクスト……? 詳細不明ですが、高機動シグナルをキャッチしました。」
「後方……!?」
エリカが唖然とした声を漏らす。前方にはヴァルザード、そしてカラードランカーの部隊がいるというのに、後方にもネクストがいるというのか。混戦を極める中、予期せぬ第三勢力が姿を現した可能性が高い。
少し考えてすぐに思い浮かぶのは、ラインアークか、あるいは別の企業の介入かもしれない。こうなると、オーメルの作戦は大きく混乱する危険がある。
「ぐっ……仕方ない。グレゴール、背後を警戒して。こちらはネクストを抑え込むのが先決。もし後方からの敵がさらに混乱を招くようなら、部隊を2つに分けるしかないわ。」
声を切ると、エリカはブラッドテンペストを制御して再度正面へ戻す。ヴァルザードを囲むはずの作戦が、予期せぬ新手の出現で破綻しかけているのだ。敵もエリカも、両者が砂煙を舞台に息を潜めながら、次の一手を探り合っている。
そのわずかな静寂の中、エリカの心臓は大きく脈打つ。レオンがそこにいる確信を得ていながらも、自分はオーメルの部隊を率いている。もし顔を合わせたら、再び剣を交えるか、あるいは捕獲するか――いずれも困難で、そして苦しい選択だ。
「……隊長、どうします!? このままじゃベヒモス残骸の回収どころか、ネクスト同士の乱戦に巻き込まれますよ!」
グレゴールが焦りを隠せない声を上げる。たしかにオーメルが本来やるべきは制圧と回収だが、ネクスト数機の存在がそれを難しくしている。しかも、“父”かもしれない人物がこの混戦を利用して逃げる可能性すらある。
エリカは唇をかみしめ、ディスプレイに映る砂煙の視界を凝視する。ついに決断が必要だ――このまま一気に攻勢をかけるか、それとも状況がわかるまで待つのか。
(逃がすわけにはいかない。でも、父さんをここで……)
頭をよぎる言葉をかき消すように、彼女は冷たい声で命令する。
「全隊、集中砲火を行うわ。正面のネクストへミサイルと副砲を集中。動きを封じて、その間にグレゴールが後方を警戒。もしもう一機のネクストが介入するなら、迎撃態勢を取る。後で上層部に追加支援を要請しましょう。」
「了解です、隊長! やりましょう!」
レイラが再び突撃の掛け声を上げ、グレゴールは後方へ布陣を移す。ブラッドテンペストは中央からミサイルを大量に放ち、砂漠をさらに黒煙と火柱で満たす。すさまじい振動が空気を揺らし、敵装甲車やACが悲鳴を上げて爆発する光景が広がる。
それでもヴァルザードの姿は容易に捉えられない。爆炎の合間をすり抜け、俊敏に方向を変えては射線から外れる。エリカの心は焦りを増し、何度もブースターを使って地形を踏破しようとするが、相手もまた一流のリンクスだ。
(どうして……こんなにも胸が苦しいの?)
自問しても答えは出ない。戦場で指揮をとる立場の自分が感情を交えてはいけない。そうわかっていても、あのネクストを画面越しに見るたび、エリカは微かな痛みを感じていた。まるで、本能が「親子」であることを叫んでいるかのように――。
だが、彼女は目を閉じて深呼吸し、再度命令を発した。
「このまま押し切るわ。ネクストが回避に専念しているうちに、装甲車や味方ACを進行させて、ベヒモス残骸周辺を完全に制圧する。あそこを拠点に据えれば逃げ場は減るはずよ。レイラ、突撃前進!」
『オッケー! ちょっとばかり無茶するけど許してね、隊長!』
レイラの車両群が爆音を立て、砂丘を乗り越えて前進を始める。大量の機銃掃射が鳴り響き、カラードランカーの車両たちが次々と破壊されていく。彼女の荒っぽい戦術は味方にも危険を及ぼしかねないが、手っ取り早く戦局を動かすには適していた。
エリカもブラッドテンペストを動かし、副砲で広範囲を掃射。まるで制圧射撃による“弾幕”が戦場を埋め尽くすかのようだ。その圧倒的な火力の前に、カラードランカーの軽装車両は次々と白旗を上げるか、破壊されるかの二択を迫られていた。
「これで……!」
エリカは確信しかけた。このままいけば、ヴァルザードの退路を断ち、回収あるいは撃破に持ち込める。だが同時に、新たなネクスト反応が依然として背後でうごめいている報告が上がっている。完全な包囲網を敷ききれないまま時間が過ぎるのはリスキーだった。
「隊長、後方のネクストが接近を止めました。周辺を探るように動いているようです。正体不明のまま……どうします?」
「……気にしなくていいわ。まずは目の前のヴァルザードを抑えることが先決よ。」
そう言い放ち、エリカはミサイルの再装填を指示する。だが、その内心は決して穏やかではない。もし背後のネクストがラインアークの援軍だったら、二正面作戦を余儀なくされる。父かもしれないヴァルザードと、もう一機――想像するだけで頭が痛む。
(大丈夫。私は負けない。オーメルの部隊も……私を信頼している。ここでうろたえては指揮官失格……。)
自分を鼓舞するように、操縦桿を握る手に力を込める。けれども、コクピットのガラス越しに見える光景は苛烈な戦火だ。ドロップシップが墜落し、無数の装甲車が燃え盛る砂漠には、もはや希望の色は見えない。
前方、ミサイルの炎が舞い散る中でわずかに姿を覗かせたヴァルザード。その機体を見つめるたびに、エリカは魂が軋むような痛みを感じる。あれが父だとは信じたくない半面、確信がある。逃げたい気持ちと向き合いたい気持ちがせめぎあい、心を引き裂かれそうになる。
「グレゴール、全力でミサイルを叩き込んで……敵をここに釘付けにする。私もシールドを前面に出して、直接の撃ち合いに入るわ。」
「隊長、それは危険です! 接近戦ならともかく、ネクストの狙撃力を考えると――」
グレゴールが制止しようとするが、エリカは振り切るように言い放つ。
「私は指揮官よ。最も危険なところにこそ、私が行かなければ部下はついてこない。――行くわ!」
大きく駆動音が高まり、ブラッドテンペストが地面を踏み割るかのようにブースターを噴射して加速する。分厚い装甲とシールドジェネレーターを前面に展開し、あくまで正面からヴァルザードに挑む構えだ。自ら囮となって、部下たちが背後や側面を突くタイミングを作る算段でもある。
視界が大きく揺れ、砂煙の中にネクストの姿が見える。遠くからはカラードランカーの車両が何台か救助を求めるように逃げ回っているが、そこへレイラの部隊が追いすがる。ガンガンと弾丸が飛び交い、爆発が絶えない大混戦。
「撃ち合いなら……私のブラッドテンペストのほうが火力も装甲も上よ!」
エリカはそう口にすると、副砲とミサイルを連動発射させ、ネクストが入り込む余地を狭めるような弾幕を張る。地響きが轟き、音速を超える破裂音が周囲を飲み込む。だが、敵のネクストも負けじとスナイパーライフルを放つ。かすっただけでブラッドテンペストの上部装甲を削り取り、火花が散る。
想像以上の激戦。コクピット内の計器が赤い警告を灯し、エリカの心拍は限界近くに達している。けれど、ここで引けない理由がある。父かもしれない相手との戦い――もし倒すことになるなら、心を鬼にしなければいけない。あるいは捕獲できるなら、それも含めて覚悟がいる。
「隊長、無理はしないでください! 一瞬の隙を突くんです。ブラッドテンペストは……あまり接近しすぎると危険が――」
グレゴールの忠告が聞こえる。しかし、エリカは進む。轟音と爆炎、どこまでも広がる砂の海。その真っただ中で、重厚なフォート形態のネクスト“ブラッドテンペスト”が咆哮を上げ、孤高のネクスト“ヴァルザード”を追い詰めようとする。
それは単なる作戦の一幕であり、企業間の争いの駒の一つかもしれない。けれどエリカの胸中には、「父と知らずに生きてきた自分を証明する」戦いの意義が宿っている。同時に、どこかで救いを求めている自分にも気づいていた。
(父さん……もしあなたが本当に……。でも、私は……!)
複雑な感情に苛まれながら、エリカは操縦桿を握りしめ、目をそらすことなく戦場を睨み続ける。勝利に近づくのはどちらか。砂塵の嵐がますます激化し、激しい風が両者の視界をさらに奪っていく。
その嵐の中、オーメルの部隊は確実に増援を整え、前進を続ける。ブラッドテンペストを中心に何重にも火線を張り、敵を消耗させようとする。増援がさらに合流すれば、ヴァルザードにも太刀打ちできないほどの物量が押し寄せるはずだ――エリカはそれを計算に入れていた。
「……逃がすものですか……! ここで絶対に……決着を……!」
自分に言い聞かせるように叫ぶ。誰にも聞こえない声かもしれないが、その一言には様々な想いが詰まっている。オーメル軍の隊長として、そしてどこかに押し込めた“娘”として。
砂嵐が濃くなり、視界はさらに悪化する。通信やレーダーも乱れ始めているが、ブラッドテンペストの指揮支援システムがそれを補い、最低限の情報を保っている。ネクスト同士がこの嵐の中で戦えば、どちらかが大きく傷つくのは必至――あるいは両者とも。
(……これが私の戦い。父であれ何であれ、私は指揮官として勝利する。)
最後にそう心中で誓うように、エリカは後方からミサイル再装填完了の合図を受け取り、ブラッドテンペストを猛然と前進させる。行き先は、ヴァルザードの反応があった方角。砂と煙が荒れ狂う戦場で、彼女の重い決意だけが揺るぎなく光を放っていた。