ACFA_NEVER FALLEN LIONHEART:EP3-1
EP3-1:レオンの再出撃
暗く淀んだ空気のなかを漂う、煤けた灰色の太陽光がわずかに地表を照らしている。汚染された大地と錆びついた廃墟の廊下が広がる中、修復を終えたばかりのネクスト「ヴァルザード」が静かに姿を現した。中量級フレームの装甲にはまだ新しい継ぎ目が残り、ところどころに溶接の痕が浮かぶが、その佇まいにはかつての孤高の気迫が戻りつつある。
コクピットのシートに腰を落ち着かせたレオン・ヴァイスナーは、ヘルメット越しに計器類を確かめながらゆるやかに息を吐いた。先日の激戦で脚部に深刻なダメージを負い、機体の一部をほぼ再生する羽目になったが、ようやく最低限の稼働にこぎつけたのだ。工具と資材を掻き集め、廃ビルの一室を仮の作業場にしての修理は想像以上に骨が折れた。
「……なんとか動きそうだな。AI、試運転はどうだ?」
彼が問いかけると、ヴァルザード内部に搭載されたAIが合成音で答える。
『はい、脚部フレームと動力系の調整はおおむね完了。まだテスト不足の要素は残っていますが、通常の移動やジャンプには耐えられるでしょう。出力を最大まで上げるのは、もう少し様子を見たほうが安全かと。』
「分かった。ここでズルズル足止めされてても仕方がない。少し離れた場所まで行って……依頼をこなすとしよう。」
レオンはコクピット内のスイッチを順番に入れていき、メインモニターを起動する。パネルに表示されるのは、受信していた新たな依頼の概要だ。差出人は名乗っていないが、どうやらラインアーク方面の連絡らしい。細かい経緯は不明だが、かの独立勢力が何か大きな獲物を狙う計画を進めており、「協力者を募集する」とのことだった。
「……まさか、ラインアークが俺を誘ってくるとはな。まぁ、エリカやオーメルに追われる立場としては、少しでも稼ぐ手段があるに越したことはないか。」
つぶやいた声はどこか冷めているようでいて、わずかに熱を帯びていた。地上で独立を唱えるラインアークは、企業連合(リーグ)の支配から逃れた数少ない拠点を持ち、ホワイトグリントという象徴的なネクストを保有している――という噂だけは知っていた。しかし、直接協力したことはなかったため、不信感と興味が入り混じっている。
ヴァルザードがゆっくりと立ち上がり、朽ちたコンクリートの壁を押しのけるように前へ進む。外は相変わらずの砂混じりの風が吹き抜け、視界を茶色い粒子が舞っている。低く暗い雲の合間からはクレイドルの残骸がうっすらと見えるが、今さらそこに救いを求めるつもりはない。レオンは操縦桿を握り、機体の脚部を慣らすように慎重にステップを踏む。
「……悪くない。脚が軽くなった気がする。前よりも装甲は補強しているし、余計な部品を排除した分、多少の機動性が上がってるかもな。」
先日の激戦による破損が逆に生かされ、改造の自由度が増した面もあるのだろう。ネクストがひとたび動き出せば、その潜在能力は依然として高い。何よりレオン自身が、機体に対する不思議な愛着を持っていることが大きい。
「さて……出るとするか。AI、コースの設定を頼む。ラインアーク方面ってのがどこまで正確か分からんが、そっちに向けて北上だ。」
『了解です。衛星通信がほぼ遮断されていますので、ローカルマップの断片データから推定ルートを組み立てます。周辺は企業の哨戒網が厳しく、オーメルだけでなくローゼンタールの小隊も点在している可能性が高いです。十分ご注意ください。』
レオンは口の端を少し吊り上げて苦笑する。どのみち安全な道など存在しないと悟っているからだ。今さらどの企業が出てこようが、まともにぶつかる気はない。しれっと回避して、依頼をこなし報酬を得る。それが独立傭兵として彼が生き抜く術だった。
ヴァルザードの背部ブースターが青白い光をわずかに放ち、機体が地表を撫でるように浮上する。音を最小限に抑えながら、廃墟の合間を抜けていく動きは、レオンが得意とする隠密戦闘スタイルにも通じる。とはいえ、まったく見つからない保証はない。ネクストの大きさを完全には隠せないからだ。
行く手には、かつての幹線道路だったとおぼしきルートの残骸が続いていた。アスファルトはひび割れ、ところどころ瓦礫に埋もれているが、高架橋が辛うじて崩れずに残っている部分もある。レオンはそこを利用し、地形の陰に身を隠しながら少しでも早く北へ進もうとする。
「よし……脚も問題なさそうだ。推進器をもう少し吹かしてみるか。」
ブースターの出力を上げ、ヴァルザードが加速する。錆びたガードレールを軽々と飛び越え、見渡す限りの荒野を滑空するように疾走。整備したばかりの関節部がきしむ音を立てるが、それでも確かな手応えがあった。
レオンの瞳には、久方ぶりの自由な移動に伴う高揚感が浮かんでいる。とはいえ、それが長く続く保証などない。周囲の空には企業のドローンが飛び交っているだろうし、いつどこで戦闘に巻き込まれるか分からない。
――そのとき、AIが警告を発した。
『レーダーに広域のアームズ・フォート反応を捉えました。距離は約10キロほど先。出力の大きなエネルギー信号を確認しています。恐らく大型フォートが複数……。』
「フォート……か。やれやれ、また面倒な奴らが集合してるってわけだ。」
レオンはコクピット内で首をかしげる。アームズ・フォートが複数配置されているとなれば、企業間の大規模な作戦かもしれない。下手に近寄れば、先日のように追い立てられる可能性が高い。とはいえ、このままでは目的地にも辿り着けそうにない。
『付近には複数の通信チャンネルが飛び交っています。どうやら何者かがフォートの存在を警戒し、接触しようとしているようです。解析してみましょうか?』
「頼む。もしラインアークの関連なら、俺が合流すべき相手かもしれないし、まったく別の勢力かもしれない。」
静かにそう呟くレオンの横顔には、先日エリカ・ヴァイスナーと戦ったときの苦い記憶がうっすらと影を落としている。だが、あの因縁を思い返しても、今はどうしようもない。目的地を目指すことに集中するしかないのだ。
AIが周波数を探り始め、断片的な音声がスピーカーに流れ出す。
「……こちらカラードランカー隊。おい、誰か聞こえないのか? ベヒモスが砂漠地帯で暴れ始めている。単機での対処は厳しい……助けが要る。……応答せよ!」
雑音混じりの声。だが“ベヒモス”という名前にレオンは反応する。アームズ・フォートのうちでも、特に強固な装甲と火力を誇るタイプであり、その圧倒的物量と重装甲で知られている危険な要塞兵器だ。報酬次第では、まさに“ジャイアントキリング”を狙うチャンスかもしれない。
「……カラードランカー、だと? 傭兵団の一つだったな。確か企業と渡り合う実績もあった連中だ。」
レオンは記憶をさらうように思い返す。カラードランカーはフリーの傭兵集団で、企業間の戦争に参戦し、金で雇われては各地を飛び回る職業軍人たちだ。縁があるわけではないが、同業者としてその名を聞いたことはある。
AIはさらに解析を進め、数秒後には別の通信も拾う。
「……ラインアークの支援要請により、ベヒモス撃破を試みるが、火力が足りない。ネクストの援護が不可欠……。我々の座標は……繰り返す、支援を要請……!」
断続的に入る通信を聞きながら、レオンは短く息をつく。どうやらラインアークがアームズ・フォートのベヒモスに対抗しているが苦戦中で、フリーの傭兵であるカラードランカー隊が共闘している状況らしい。
彼は目を伏せ、しばし考え込む。もしベヒモスとやらを撃破できれば、かなりの報酬が見込めるのではないか。しかし、ネクスト単機でアームズ・フォートを相手にするのは極めて危険だ。だが――レオンには、かつてジャイアントキリングを成し遂げた過去がある。ある意味で、誇りに近いものだ。
(ジャイアントキリング……か。今の俺にそこまでの力が残っているのか? このヴァルザードの状態で、あの化け物を倒せるのか?)
疑念はあるものの、背に腹は代えられない。ラインアーク方面への道を求めるなら、ベヒモスを迂回するにしても、いずれ衝突は避けられないかもしれない。逆に言えば、自分が先にベヒモスを倒せば、ラインアークは大きく恩を感じるだろう。
さらに、カラードランカーがすでに地上戦を展開しているなら、彼らと協力して報酬を山分けする形も考えられる。
「AI、ベヒモスの位置を探れ。カラードランカー隊とやらの座標も……できれば戦場の状況を把握したい。やるからには、確実に仕留める準備が必要だ。」
『了解です。戦場からの電波強度を追跡……2時方向に強い反応。距離約8キロ先、そこが主戦場と思われます。』
レオンは操縦桿を操作し、機首をわずかに右へ向けた。どうやら砂地と化した平原が続くエリアで、アームズ・フォートを運用するには絶好の地形とも言える。そこへむやみに踏み込めば、一瞬で長距離砲の餌食になる可能性も高い。
だが、彼の胸には静かな闘志が揺らめいていた。かつてネクスト乗りとして企業に所属していた頃、彼は何度もアームズ・フォートを相手取って戦った記憶がある。その経験が今こそ役に立つかもしれない。
「まぁ、やるしかないか。企業に追われる傭兵としては、大物を一つ仕留めるのも悪くない。ジャイアントキリングは派手だが、俺の得意分野だ。」
ヴァルザードがエンジン音を唸らせ、速度を上げる。かすれた笑みがレオンの唇に浮かぶが、その奥には油断ならない緊張感が張り詰めていた。脚部の修理は終えたとはいえ万全ではないし、敵は強固なフォート。それでも一気に火花を散らす戦いを望む自分がいることを、彼は無意識に感じ取っていた。
昼とも夜ともつかない曖昧な光の下、ネクスト「ヴァルザード」は砂の海を滑空するように移動を続けた。地上は廃棄物と砕けた岩が散乱しており、時折ボコボコと噴き出す煙のような地帯がある。汚染の影響か、あるいは昔の爆発痕の名残かもしれない。
やがて視界の先に、巨大なシルエットが浮かび上がってきた。遠くからでもわかる重々しいフォルム。まるで動く城壁のようなアームズ・フォートが、一帯を支配するかのように踏みしめている。
「……あれが“ベヒモス”か。すげえ威圧感だな。少し前に同系統のフォートと交戦したことはあるが、今回のはまた別格かもしれない。」
フォートの上部には巨大な砲塔がそびえ、装甲は分厚い鋼鉄の塊。側面からは多数のバンカーバスターが並び、大口径のレールキャノンのような発射孔が見える。移動はやや遅いが、その火力と装甲を活かし、地形ごと蹂躙して前進する戦術をとることで知られている。
周囲を見渡すと、すでに複数の小型爆発が起きており、遠目にカラードランカー隊の装甲車両や中型ACが逃げ回っている姿が確認できる。フォートの火力を前に、近づけずに一方的に撃たれている状況のようだ。
「AI、カラードランカー隊が出していた通信を拾えるか? こちらからコンタクトしてみる。互いの協力が必要かもしれない。」
『承知しました。少々お待ちください……。』
AIが周波数を合わせると、断続的な砲声の合間に男の怒号が聞こえた。
「――こちらカラードランカー隊! 誰か応答してくれ! クソッ、まるで岩山が動いてるようなフォートだ。遠距離砲で牽制しても焼け石に水……」
レオンは通信を開き、声を張る。
「おい、そっちのカラードランカー隊。俺はネクスト乗りだ。ヴァルザードのレオン・ヴァイスナー。今すぐそちらへ加勢してやってもいいが、条件を聞きたい。」
通信の向こうで男があえぎ混じりに返答する。
「レオン・ヴァイスナー? ……へっ、噂には聞いたことがあるぜ。企業を抜けた孤高のリンクスってか。上等だ、こっちは火力が足りねえ。条件ってのは……金か?」
「そういうことだ。ベヒモスを沈めたら、報酬をよこす。それだけでいい。ラインアークが資金を出すって話を聞いたが、それが嘘じゃないことを祈るよ。」
「わかった、そこは俺たちが保証する。ラインアークがこの件に金を出すのは確かだ。俺らもそれを当てにして来てるんだ。いいだろう、そっちが仕留めたら報酬はたんまり用意されるはずだ!」
男の声は苦境にあっても血の匂いを感じさせる、まさしく修羅場を潜ってきた傭兵の響きだった。レオンは安心とは程遠いが、同業の匂いを感じて少し口元をほころばせる。
「なら話は早い。状況を教えてくれ。あの化け物をどう封じ込める?」
「まるで壁そのものだ。足回りは遅いが、とにかく装甲が厚い。俺たちのACや車両程度じゃ歯が立たねえ。遠距離から砲撃しても一部が焦げる程度だ。真正面から突っ込むなんて自殺行為だが……ネクストなら、あるいはってところだな。」
男の言葉に混じって、爆発音が何度も響く。フォートの砲口が炎を上げるたびにカラードランカー隊が翻弄されている様子が伝わってくる。
レオンはコクピットのモニターに映る巨大なフォートを睨みつけ、どう攻略すべきか思考を巡らせる。このまま正面突撃すれば集中砲火に見舞われ、ネクストといえど無事では済まない。だが、フォートの巨体ゆえに死角や装甲の薄いポイントがあるはずだ。
(たとえば、エンジンブロックを包む装甲の継ぎ目がどこかにある。それをハッキングと同時に攻撃すれば……あるいは。)
レオンが迷っていると、AIが補助的な提案を示す。
『アームズ・フォート“ベヒモス”は従来型の多重装甲を採用し、横腹や下部に若干の隙間が存在する例が報告されています。背後や側面からの奇襲が有効かもしれません。ただ、あれほどの火力を正面で受けるのは危険すぎます。迂回して狙う必要があります。』
「だな……。カラードランカー隊に陽動を頼むしかない。そいつらがフォートの前方を引きつけている間に、俺が側面から突撃。スナイパーライフルで装甲を削り、プラズマブレードで肉薄……強引だが、それしか手がないか。」
通信チャンネルを再度開いてレオンは簡潔に指示を出す。
「そっちでフォートの注意を引いてくれ。正面でもいい。頭数はいるんだろう? 俺が横合いから仕掛けるから、その隙に砲塔を分散させろ。」
「わかった! 俺たちはどうせ逃げてもジリ貧だ。ここで腹をくくってやるさ。こっちの部隊が正面を叩いてやるから、お前は好きに暴れろ。」
男の力強い声に応じるように、あちこちでカラードランカー隊の砲火が高まり始める。遠目に見ても、フォートの正面で爆発が繰り返されているが、ベヒモスの装甲は揺るぎなく反撃を始める。瞬間、巨大な砲撃が大地を抉り、熱波と砂煙があたりを覆う。
レオンはヴァルザードのブースターを最大まで引き上げ、フォートの側面へ回り込むルートへ一気にダッシュする。
「よし……行くぞ。ジャイアントキリング、再びだ。」
機体が砂の海を駆け、廃ビルや車両の残骸を飛び越えていく。ブースターの火力を維持しながら、レオンは慎重に計器を睨む。修理したばかりの脚部に過負荷をかければ致命的だが、ここで弱気になっても仕方ない。前へ進むしか道はない。
何発かの余波弾が空をかすめ、地面を爆裂させる。フォートがこちらにも気づきはじめたが、正面の攻撃で忙しいのか、主砲までは回してこないようだ。軽めの副砲がわずかに爆発を起こす程度で済んでいる。
「ブースト加速……あと3秒で側面へ到達。AI、ECMと狙撃の連携を準備しろ。必ず一撃で装甲を貫通させるんだ。」
『了解。ECMの残量は少ないですが、短時間の妨害なら可能です。あなたの狙撃精度次第で装甲を突破できるかどうかが決まるでしょう。』
瞬間、ヴァルザードがダッシュ状態からジャンプし、フォートの巨大な横腹が目前に迫る。側面には無数の副砲やミサイルポッドが配置されているが、最も脆い部分を狙ってスナイパーライフルを構えた。レオンは息を詰め、照準を定める。
巨大な鉄壁にも必ず継ぎ目がある――その確信を胸に、彼はAIの補正を最小限だけ借り、あくまで自分の感覚でトリガーを引いた。
「そこだ……っ!」
閃光とともに炸裂する高威力の弾丸が、フォートの側面装甲をえぐる。鈍い衝撃音が響き、わずかながら金属の破損が視認できる。が、それだけでは決定打にならない。
ベヒモスが副砲の一部をこちらへ向ける。次の瞬間、レオンはECMディスチャージャーを発動させ、電子ノイズを撒き散らして砲撃を狂わせる。大きく左右へ飛び散る火球の合間を縫うように、彼はさらに2発目、3発目の狙撃を続けた。
「くっ……硬いな。だが、装甲内部が歪んでる。もう少しで奥へ届くか……!」
ようやくできた継ぎ目にプラズマブレードを叩き込めば、内部のエンジンブロックへダメージを与えられる可能性がある。レオンは瞬時に操縦桿を引き、ヴァルザードをフォートの側面に貼り付けるように接近させる。
しかし、その距離まで入るのは極めて危険だ。フォートの近接迎撃システムが稼働すれば、小口径の機銃や散弾ミサイルでネクストをひき肉にしかねない。実際、コクピットに衝撃音が何度も伝わり、ヴァルザードの装甲が小さく削られているのがわかる。
「あと少し……!」
機体を横滑りさせながら、プラズマブレードを展開する。高熱のエネルギー刃が青白い閃光を描き、フォートの側壁を切り裂こうとするが、まるで岩盤を切り裂くような抵抗感がある。火花が飛び散り、警告アラームが響く。
それでもレオンは弱音を吐かず、操縦桿を力いっぱい押し込み、ブレードをねじ込むように深く突き立てた。数秒の格闘ののち、ついに装甲の一部がめくれ上がり、内部の構造が見え始める。
「今だ……!」
機体が副砲の反撃を受けながらも、レオンは耐え抜き、穴の開いた部分へ狙いを定めた。左腕のブレードを引き抜いて破孔をこじ開け、すかさず右手でスナイパーライフルを突き込む。離れた距離で撃てば弾かれたかもしれないが、この至近距離なら外しようがない。
トリガーを引く。フォート内部で爆発が起き、何かの制御ユニットが弾け飛んだのか、外壁のパネルが大きく揺れる。副砲が一瞬沈黙し、炎が吹き出している。
「やった……か?」
一瞬の静寂。そのすきにレオンは機体を後退させようとするが、ヴァルザードの脚部に再び衝撃が走る。今度はフォートの重心が揺れているのか、巨大な装甲ブロックが崩落し、道を塞ぐように転がってきたのだ。
逃げ道を失いかけたレオンは、咄嗟にブースターを吹かして上方へ飛びのく。だが、タイミングが悪く、脚部に激しい負荷がかかった音がする。再び警告が連打されるが、ここで止まれば確実に巻き添えを食らうだろう。
「……耐えてくれ……!」
かろうじてブロックが落ちる直前に離脱したヴァルザードは、上空で身をひねるように姿勢を変え、フォートの背後へ回り込む。もし本体がまだ動けるなら、ここで最後の砲撃を喰らう可能性がある。
ところが、その瞬間、カラードランカー隊の車両が横をすり抜け、フォートの下部を集中砲火していた。どうやら彼らも隙を見て側面や背後に回っていたらしい。大した火力ではないが、小型ミサイルの連打が内部に浸透し始め、フォートが大きく振動しているのが見える。
「よっしゃあ! こいつ、もうヤバいぞ!」
通信越しに聞こえる男の歓声に、レオンは安堵とともに再度プラズマブレードを構える。最後の一撃でコアを完全に破壊すれば、ベヒモスは沈黙するだろう。今やフォートは側面からの大ダメージにより、砲撃もままならないほど出力が乱れている様子だ。
「AI、エネルギー残量をチェック。トドメの一撃にはどの程度のパワーが必要だ?」
『ギリギリですが、プラズマブレードを最大出力で叩き込めば、内部構造に大穴を空けられる可能性が高いです。ただし、脚部の損傷が進んでおり、着地時に大きな負荷がかかります。』
「構わん。ここで倒せばいいんだろ……!」
レオンは操縦桿を大きく倒し、ブースターを限界近くまで噴かす。ヴァルザードが高速で旋回し、フォートが揺れ動いて開いた裂け目を狙って突入する。重厚な装甲の隙間をすり抜け、内部のコアフレームに到達する寸前――
轟音とともに副砲の残余弾がヴァルザードの肩をかすめ、コクピットが激しく揺さぶられた。だが、勢いは止まらない。唸るプラズマブレードが青白い閃光を帯び、コアを突き破るように振り下ろされる。
「うおおおおっ……!」
すさまじい金属の悲鳴とともに、何かが千切れるような衝撃が伝わる。続いてフォート内部で連鎖爆発が起き、外殻パネルがばらばらと吹き飛ぶ。レオンは慌てて機体を引かせ、瓦礫の嵐から退避する。
カラードランカー隊の車両も距離を取りながら、一斉に雄叫びを上げる。ベヒモスの巨体がゴウン、ゴウンと軋む音を立て、ゆっくりと沈み始めるのが見える。火と煙が噴き出し、膨大なエネルギーが散逸しながら、ついに動きを止めた。
「……やった……のか?」
コクピット内でレオンは肩で息をしながら、モニターに映る崩れ落ちたベヒモスを凝視する。あれだけの物量兵器も、ネクストの精密攻撃には勝てなかったということだ。まさにジャイアントキリング。その痛快さを感じる反面、体中の力が抜けるような脱力感にも襲われる。
直後、通信がざわめきと歓声に包まれた。カラードランカー隊の男たちが「おい、見たか!」「あの化け物が落ちたぜ!」と口々に叫んでいる。
「お前、まじでやりやがったな、ヴァイスナー! おかげで助かったぜ!」
男の声に苦笑しながら、レオンは一言だけ返す。
「俺の仕事だからな。これで依頼料はたんまりもらうぞ。」
「もちろんだ。ラインアーク側に連絡を取って、報酬を用意させる。お前とカラードランカー隊で山分けだが、その分、十分デカい額になるはずだ。いつかまた組もうぜ、ジャイアントキラーさんよ!」
うるさいほどの歓声が響くなか、ヴァルザードはゆっくりと砂地に着地しようとする。しかし、脚部に無理をさせすぎたのか、最後の一歩で機体がぐらつく。レオンが咄嗟に姿勢制御を試みるが、損傷がかなり深刻な様子だ。どうにか転倒は免れたものの、ブースターの火は消え、脚部から妙な異音が聞こえる。
「くっ……やっぱり限界だったか。まぁ、敵さんも沈んだし、しばらくここで休ませてもらうか。」
彼はコクピット越しに、まだ煙を上げるベヒモスの残骸を見つめる。あれだけの巨体を自分の手で倒した達成感は大きい。だが同時に、この先の戦いがさらに激化していく予感も拭えない。企業の大規模兵器をこうして沈めるほど、レオンはますますオーメルや他の組織から目の敵にされる可能性があるからだ。
それでも今は、勝利の余韻を味わうことにする。狂ったように砲撃を繰り返していたベヒモスが、ただの廃鉄となって沈黙している光景には言葉にできない衝撃がある。まるで山脈が動かなくなったようなものだ。
「ジャイアントキilling……またやっちまったな。俺らしいと言えばそうか。」
レオンはシートに体を預け、小さく笑う。コクピットに充満する火薬と金属の匂い、そして遠くで続く爆発音――まったく騒がしい世界だが、これが傭兵としての現実だ。
やがて、カラードランカー隊の一部がこちらへ合流しようとする様子がモニターに映る。彼らは救護と補給のために車両を回すらしい。ラインアークの支援部隊も近くまで来ているという。レオンにとっては朗報だ。脚部のダメージを再度修理する機会も得られるかもしれない。
「悪くない結果だな。修理が済んだら、ラインアークとやらの“依頼主”に挨拶でも行くか。何か大きな仕事の匂いがする……。」
そう呟きながら、彼は目を細める。再び戦場で血を浴びることは避けられないにせよ、この荒野に生きる者として、息をつなぐ手段を見つけたことは確かだ。
くたびれた身体を何とか奮い立たせながら、レオンはAIにコクピットの換気を指示する。遠くでは爆発の残響がまだ続いているが、少なくとも目先の脅威は排除された。ひとまずこの廃墟の上で安堵の息をつける。
「……ジャイアントキリングの次は、どんな獲物が待っていることやら。」
自嘲気味に笑い、レオンはぼんやりとモニターに映る夕暮れ空を見上げた。荒野の空は相変わらず錆びたような赤みを帯び、クレイドルから伸びる影が地上に落ちている。だが、その風景の中で、ヴァルザードとレオンの存在感は、誰にも否定できない大きさを放っていた――たとえ企業やオーメルがどう動こうとも、孤高のリンクスは再び戦場を駆け抜ける覚悟を固めている。
大破したベヒモスを背にして、荒野で立ち尽くすネクスト。その佇まいは誇り高く、同時にどこか悲壮感を漂わせる。戦いに勝ったとはいえ、まだ果てしなく続く企業戦争の一幕を乗り越えただけにすぎないのだ。
それでもレオン・ヴァイスナーは、ここから先の運命を自分で切り開いていく。もう企業に縛られず、そして娘と知らず戦ったエリカをも避けられないだろう。だが、それをどう受け止めるかは、彼自身の意思次第だ。
砂塵の風が巻き起こり、ヴァルザードの足元をさらっていく。その旋律は、まるで勝利を祝う小さなファンファーレのようにも聞こえた。レオンはコクピットを閉ざし、再び起動系を最小出力で動かしながら、カラードランカー隊の接近を待つ。
背後には、破壊された巨躯から立ち昇る黒煙が、赤茶けた空をさらに暗く染め上げていた。ジャイアントキリング――また一つ、レオンの名を知らしめる戦果が刻まれたが、その代償として機体も自分の身体も限界近い。そんな夜明け前の戦火のなか、彼はひとまず安堵の息をつくことにしたのである。