再観測:ゼーゲとネツァフ:Episode 11-3
Episode 11-3:再生技術の兆し
黄昏時、焦土と化した街に、ほんのわずかな緑が芽吹いている場所がある。かつて何も生えなかったコンクリートの亀裂から、小さな草の芽が顔を出し、埃や灰にまみれた空気の中に生気を宿している。ESPの効果で痛みを共有する人々は、そこに希望を見いだし、互いに励まし合いながら少しずつ瓦礫を取り除き、生活の再建へと手を伸ばす。
しかし、この街は未だに大きな傷を負っている。ゼーゲの最終攻撃で街の主要区画は壊滅的被害を受け、レナの散華によって人々の心には深い喪失感が刻まれていた。苦痛をESPで和らげられるとはいえ、失われた命や崩れたインフラが戻るわけではない。
セラはそんな街の一角に立ち、遠くのネツァフの死骸が朽ちていく丘を眺める。レナを失った空洞が胸に刺さり続ける一方、足掻きを捨てずに歩いていくという誓いが、彼女の心を支えていた。そこへカイがやってきて、声をかける。
「セラ、ここで何してる? そろそろ会議が始まるよ。『再生プロジェクト』について重要な報告があるって」
セラは振り返り、穏やかに微笑む。
「うん、ちょっとぼんやりしてた……行こう。私も“再生技術”がどういうものなのか、詳しく知りたいから」
指揮所となっている仮設テントに入り、セラとカイはドミニクや何名かの懐疑派の将校、研究者、そして街の自治を担う代表格の人々と顔を合わせる。以前はレナもここにいたのだが、今はもういない――その事実が胸をえぐるような寂しさを漂わせる。
テーブルの上には大まかな地図が広げられ、街の外周や郊外の農地、そして荒地が示されている。そこに何本かの赤い線とメモが書かれ、地域ごとの土壌の状態や水源の分布が記されているらしい。
ドミニクが腕を組んで端に立ち、顔を上げる。
「よし、皆そろったな。“再生プロジェクト”の現状を、学術班のミラから話してもらおう。ESPの管理も大事だが、食糧や水、そして街の緑を取り戻すことが最優先だ」
指名された若い女性、ミラと呼ばれた研究者が端末を取り出してプレゼンを始める。彼女は落ち着いた口調だが、内に熱を秘めたような雰囲気を漂わせる。
「はい、学術班のミラです。現在、街の至る所が荒廃し、土壌が汚染され、農地が壊滅状態に近い。しかし最近、ある地点で土壌がわずかに回復している兆候が確認されました。その原因として考えられるのが、“ネツァフの死骸由来の生体エネルギー”と、ESPの影響による人々の意識の集中――これらが、土壌改良の契機になっている可能性があるんです」
ミラの説明に、セラとカイは目を見開く。ドミニクも深刻な顔つきで唸る。
「ネツァフの死骸が、土壌を再生させるきっかけになる、だと……? そんな馬鹿な。あれはリセットの象徴だったんだぞ」
ミラは淡々と続ける。
「確かにネツァフは危険な兵器でした。ですが、あの死骸に含まれる微量の生体エネルギーや有機物の腐敗が、土壌に独自の栄養素をもたらしている可能性があります。以前から一部の研究者は、“ネツァフの細胞には環境修復効果を持つ因子がある”と示唆していました。たとえば汚染された土中の重金属を一部吸着・中和する作用がある、とか……」
セラが呆然と呟く。
「ネツァフが世界を救う要素になるなんて、皮肉だね……。足掻きを否定して世界をリセットしようとした存在が、死骸になって土を甦らせるかもしれないって……」
カイは腕を組み、端末のデータを覗き込みながら疑念を示す。
「でも、それって証拠ある? 一部地域で植物が育ち始めたというだけで、偶然かもしれないだろう」
ミラは力強く頷く。
「そう、まだ確定ではありません。ですが、サンプルを分析すると、通常の土壌よりも微生物活性が高く、ネツァフ細胞に近い遺伝子配列の痕跡が見つかっているんです。おそらく廃棄物として散らばった微粒子が、土壌の毒素を緩和している可能性がある」
ミラの報告はさらに続く。エネルギーを共有するESPのネットワークが、街の各地に住む人々の意識を繋ぎ合わせているが、その集中や“生きたい”“再建したい”という願いが、何らかの形で物質界に影響しているのではないか――という仮説だ。
「さすがにオカルトのように聞こえるかもしれませんが、実際ESP発動後、一部の地域で植物の発芽率が高まっているという報告があります。足掻きを続ける人々の“生”への願いが、超微弱な場のエネルギーを作っている可能性があるんです」
セラは半信半疑ながら、レナの散華以後、街の雰囲気が僅かに暖かい連帯を帯びていると実感していた。ESPにより痛みが共有され、相互扶助の意欲が増している面は否めない。それが土壌改善に作用するとなれば、まるで“奇跡”だ。
ドミニクは渋い表情で、机を軽く叩く。
「いい話に聞こえるが、うかつに信じるのは危険だ。これまでネツァフやリセットがどれほどの惨劇をもたらしたか……だが、もし再生技術につながるなら、街にとって朗報だな」
カイが腕を組み、
「研究を進める価値はあるね。しかし、“真理探究の徒”や他の勢力に情報が漏れれば、またネツァフの細胞を悪用する連中が出るかもしれない。慎重にやらなきゃ」と提案する。
会議はさらに進み、街の郊外にある小さな農地区画で実験的に土壌改良を進める方針が決まる。ネツァフの死骸から採取される微量の有機サンプルを適切に処理し、汚染された土地に撒くことで、実際に農作物が育つかどうかを検証する、という案だ。ESPの影響で住民たちの“育てたい”意識が高まれば、相乗効果も期待できる――という目論見である。
セラはそれを聞いて、心を弾ませる。「私、やります! 足掻く道って、苦痛や戦いだけじゃなく、こういう再生の可能性も含まれてるはず。レナさんが散華してくれたこの街を、もっと緑に満ちた場所にしたい……」
ドミニクは苦い顔を崩さないまま、「危険はつきまとう。ネツァフ細胞がまた変な毒を生むかもしれないから、警戒は怠るなよ。あんたたちESP賛同者はすぐに“希望”を信じたがるが……」と釘を刺す。
カイは笑って、「ありがとう、ドミニク。注意しながら実験を進めるよ。僕らもレナの散華を無駄にしないために、街を変えたいんだ」と応じる。
数日後、計画の準備が整い、セラとカイ、研究者のミラらが郊外の小さな農地へ足を運ぶ。そこは土が硬く、放棄された畑が残るだけだったが、運び込んだ“ネツァフ由来の有機剤”を混ぜて再度耕し、苗を植えることで実験を始めようというのだ。
周囲には護衛の兵士が数名配置されており、ESPで互いの状態を感覚的に把握しながら警戒している。セラは苗箱を抱え、耕したばかりの畑に足を踏み入れると、土が妙に柔らかくなっているのに気づく。
「おかしいわね……この前までカチカチだった土が、少しだけフカフカしてるような……」
ミラが計器を見つめて微笑む。
「ネツァフ細胞の腐敗物質……厳密には“有用微生物の活性化”を促す分解酵素が働いているのかもしれない。まだ正確なメカニズムは分からないけど、これは本物の“再生技術”へつながるかも」
カイが感嘆の息をつき、「まさかネツァフの残留細胞が、こんな形で恩恵をもたらすなんて……」と目を見開く。
セラは黙々と苗を一つずつ畝(うね)に植え、土をかぶせて軽く押さえる。ESPによって痛みを分かち合う街の住民数名も手伝いに来ており、互いに励まし合う言葉が行き交う。
「苦しみは減らないけど、こうして作物が育つなら、また家族を養えるわ……」
「リセットされなかったからこそ、こうして土を耕せるんだよね……」
耳に入る住民たちのささやきに、セラは胸が熱くなる。リセット兵器ネツァフが止められ、レナが散華し、ゼーゲも失った中でも、人々が新たな一歩を踏み出しているのだ。レナの足掻きを受け継いだ自分として、こんな形で街を再生へ導けるなら、それはレナの誇りでもあると感じる。
「私も……レナさんの魂が見守ってくれている気がする。こんな形で“生”を繋ぐなんて、彼女もきっと喜んでくれる……」
セラは苗の根元を優しく撫で、そう心中で呟く。カイが横で小さく微笑む。兵士たちも、荒地がゆっくりと畑へ変わっていく光景に、戦闘とは異なる温かさを感じ取っていた。
実験的な農地整備が進む一方で、街の偵察部隊からは不穏な情報が届けられる。「謎の集団が再生プロジェクトに興味を持っているらしい。真理探究の徒だけでなく、〈ヴァルハラ〉の残党や盗賊集団も“ネツァフ細胞による再生技術”を欲しがっているかもしれない」という報告だ。
ドミニクがその報告を受け取ると、眉をひそめて唸る。
「当然か……“世界を再生できる力”があるなら、利用しようとする奴は出てくる。ESPと同じく、新たな兵器に転用されたら厄介だ。どうする、セラ、カイ?」
セラは険しい表情をしながらも、揺るぎない意志を込めて答える。
「街の活性化と食糧確保のためにも、この技術は捨てられない。人々が“生きたい”と願う力を裏切りたくない。だからこそ、しっかり管理して悪用されないよう守らなきゃ……!」
カイもうなずく。
「そうだね。足掻きの結果、生まれた再生技術が戦争の火種になったら本末転倒だ。真理探究の徒や〈ヴァルハラ〉に渡る前に、街が中心となって運用ルールを決める必要がある。ドミニク、僕らに協力してほしい」
ドミニクは腕を組みながら、苦々しい顔で納得しているようにも見える。
「よし……分かった。なら、反対派や懐疑派が警備を固める。街に迎え入れられたエリックや、その家族も労働力になるだろう。みんなでこの技術を守るんだ」
ちょうどその頃、エリックが遠方の農村から家族を連れて無事に戻ってきた。カイたちの護衛のおかげで盗賊集団の襲撃を最小限に抑え、子どもや妻を連れて街に避難させることができたのだ。
エリックは街に着くなり、セラやドミニクに深々と頭を下げる。
「ありがとう……本当に助かった。俺の家族もようやく安住の地を得られるかもしれない……。街には多くの問題があるって聞いたけど、俺にも手伝わせてくれないか?」
セラは微笑みながら、さっそく再生プロジェクトの農地での作業を提案する。
「なら、一緒に来てよ。私たち、荒れ地を耕してるの。ネツァフの残留細胞を使って土壌を改良してるの。あなたが農村で培った知識があるなら、きっと役立つはず」
エリックは戸惑いながらも頷き、家族に安置場所を用意してから、自ら農地へ向かうことを約束する。
数日後、エリックはセラとカイ、そして研究者ミラらと共に、再生プロジェクトの農地を訪れた。すでに小さな苗が数本育ち始め、枯れ地に一抹の緑が映える光景が広がっている。
しかし、まだ状況は安定していない。温度や水分、土の成分バランスが不安定で、苗がうまく育たない箇所も多い。ミラはタブレットを見つつ、指を滑らせてデータを表示する。
「土壌の一部には毒素が残っていて、植物が奇形を起こす可能性もある。ネツァフ細胞の分解生成物による土壌中の成分が、正常な作物成長を阻む面もあるようで……」
エリックは経験則でアドバイスする。
「俺たちがいた農村でも、戦闘の影響で土が汚染され、作物が変色することがあった。そこでは木炭や灰を混ぜ、微生物を活用して土を再生してたよ。ネツァフ細胞との併用が可能なら、試してみる価値があるかも」
セラは目を輝かせ、「それって具体的には……」と身を乗り出す。エリックが農家のノウハウを説明し、カイやミラが科学的観点で検証するやり取りが続き、まるで希望に満ちたワークショップのような空気が農地に生まれる。
ところが、ほのぼのとした空気を引き裂くかのように、遠くから小さな爆発音のようなものが響く。兵士が警戒態勢に入り、無線でやり取りを始める。
「どうした? また〈ヴァルハラ〉の残党か……?」
「詳細不明。北西の荒野で火の手が上がったという通報が入った。盗賊か、あるいは別勢力か……」
セラとカイが顔を見合わせ、不穏な雰囲気に包まれる。エリックは青ざめた表情で、「家族がまだ落ち着いていないのに、また戦闘があるのか……」と不安をこぼす。ミラは書類を抱え直し、「農地を放棄すべきかもしれない……まだここは安全とは言えない」と尻込みする。
しかし、セラは意志を強くする。「いいえ、ここで逃げたら私たちの足掻きが止まってしまう。ドミニクが防衛に動いてくれるはず。私たちは農地を守り抜きたい……」
エリックは複雑な思いで黙り込むが、やがて「わかった。俺もここに残って協力する。もう逃げるのはやめだ」と頷く。
その日暮れ近く、突如として農地の外れから銃声が聞こえた。夜の闇が迫るなか、兵士が悲鳴を上げる。
「襲撃……! 敵がこっちへ接近してる!」
反対派兵と農地で作業していた市民が慌てて遮蔽物を探し、セラたちも建物の陰に身を伏せる。カイが端末で監視カメラを動かすと、数名の武装した男たちが距離を詰めてきているのが映った。どうやら盗賊か、あるいは真理探究の徒の過激派か……この農地の“再生技術”を狙う連中かもしれない。
緊張が高まり、セラは震える声で兵士に尋ねる。
「私たち……どうすれば?」
「ここを死守するしかない。奴らに農地を荒らされたら実験も何も終わりだ……」
小銃やハンドガンを構えた兵士が応戦し、カイも咄嗟に物陰から頭を出してカバー射撃を試みる。エリックは顔を青ざめながらも、銃を握りしめる。先日、山道での襲撃に苦戦した記憶が蘇るが、今は逃げるわけにはいかないと歯を食いしばる。
静かな農地が一気に戦火に包まれた。銃声がバリバリと走り、豆粒のような弾丸が土を抉り、肥料袋を破り、建物の壁を粉砕する。ESPの効果で痛みを分かち合う住民たちは互いに励まし合い、負傷者を即座に救助する動きが自然と取れるようになっている。
兵士が叫ぶ。
「数は5~6人程度だが、動きが素早い! 崩れた倉庫を盾にしてる!」
セラは身を伏せつつ、カイに通信で状況を確認。カイが苦い顔で首を振る。
「人数は少ないけど訓練されてるみたい。〈ヴァルハラ〉の残党かもしれない……なんとか地の利を活かして反撃しよう。エリック、手伝ってくれ!」
エリックは顔をこわばらせながら、意を決して銃を構える。「……やるしかない。ここを奪われたら家族の未来も失うんだ……!」
一斉射撃で盗賊らしき敵を牽制し、仲間の兵士が回り込みながらグレネード弾を放つ。爆風が倉庫跡を揺らし、敵が飛び退く。そこへ機関銃の掃射が畑を薙ぎ払うが、土嚢と岩を利用して防ぐ。
敵が二手に分かれて攻め込んできた瞬間、エリックは「いまだ……!」と心中で叫び、思い切って姿を出す。震える腕で銃を引き金にかけ、狙いを定める。かつてはためらいや恐怖が勝ち、なかなか撃てなかった。しかし、家族のため、街のために守るものがある今、引き金を絞ることを選ぶ。
「ぐっ……うおおっ……!」
銃声が響き、敵の一人がたまらず膝をつき、悲鳴を上げる。別の兵士がその隙に追撃して止めを刺し、残りの敵は散開して撤退を図る。カイも端末を握りながら周囲の兵士を誘導し、連携した射撃で敵を押し返していく。
「後退するぞ……!」
敵のリーダー格が檄を飛ばし、銃撃を振りまきつつ倉庫の向こうへ逃げる。兵士たちが追おうとするが、地雷やトラップの可能性もあるため慎重に動き、結果的に敵は闇に紛れて逃走する形になった。
数十分ほどで銃声が止み、周囲の兵士が安全確認を行う。倒れた敵兵数名と、こちらも負傷者が複数出ている。農地の一部が荒らされ、苗が踏みつけられているが、全滅には至らず、多くが守られた。
セラは息を詰めていた胸をなで下ろし、負傷した兵士に駆け寄って応急処置を手伝う。カイはバイタルを測定しながら意識通信で状況を共有し、エリックはぼう然と立ち尽くす。さっき撃ったばかりの銃を見下ろし、手がまだ震えている。
「お疲れ……エリックさん、助かったわ。ありがとう」
セラが微笑むと、エリックは複雑な感情をにじませる。
「……人を撃つなんて、初めてかもしれない。俺……こんな形で家族や街を守ることになるなんて思わなかったけど、避けられないんだな……」
そこに兵士たちが近寄り、礼を述べる。「いや、あんたのおかげで被害が最小限で済んだ。ありがたい」
エリックは唇を引き結び、まだはっきりとした喜びは感じられない。だが、守りたいもののために一歩踏み出した自分を少しだけ誇りに思う気持ちも芽生えていた。
今回の襲撃により、農地での作業は一時中断されたが、主要な苗は残された。カイが計器の故障を確認しつつ、安堵の表情を見せる。「大丈夫、地面へのダメージは軽微だ。苗もまだ生きてる。きっと復活できるよ」
ミラや研究員たちは落ち込むように項垂れながらも、「いつまた襲撃が来るか分からないけど、私たちは撤退しない。再生技術の可能性を確かめるためにも……」と意欲を絶やさない。
セラはささやくように言う。
「レナさんが生きていたら、笑ってくれるだろうな……。私たちが戦いつつ、街を蘇らせるために足掻いてるって。彼女の散華を無駄にしないように、ここを守り抜きましょう……!」
エリックや周囲の面々が頷き、それぞれの思いで再建への士気を高める。ESPによって苦痛を共有することはできるが、そこにある意志や努力を代わりにしてくれるわけではない。むしろ、一人ひとりが役割を自覚し、互いを支える形で足掻き続けていくのだ――。
夜が明けて、戦闘による負傷者を街へ搬送するため、セラ、カイ、エリック、そして残りの兵士たちは装甲車に乗り込む。負傷者の包帯を巻き直したり、応急処置を再度確認しながら、農地を一時離れることになる。
エリックはトラックの荷台に座り、心地良い風を顔に感じながら、視線を遠くへ投げる。かつての自分は家族を守るためにリセットを拒み逃亡し、世界がどうなろうと背を向けた。今の自分は、その同じ街のため、銃を握り血を流す人々の一員になろうとしている。
カイが横に座り、穏やかに声をかける。
「ありがとう。君が居なければ、もっと被害が出たかもしれない……。どう? 今の気持ちは」
エリックは少し笑みを浮かべてから、寂しそうに囁く。
「正直、怖いし悲しいよ。でも、ここに希望があるのを感じる。ネツァフの残骸やESPがあっても、足掻きを捨てない人たちがいる。俺はそこに価値を見出したいんだ……」
カイは頷き、車窓越しに農地を見返す。「再生技術が本物なら、街は本当に甦るかもしれない。僕たちはもっと警戒を強めなきゃいけないけどね……〈ヴァルハラ〉や真理探究の徒の思惑が絡むと厄介だ」
街へ戻り、指揮所に集まる面々。セラとカイ、そして研究員ミラが農地での成果と襲撃の状況を詳しく報告する。ドミニクは厳しい表情で耳を傾け、資料を睨みつけるように読んでいる。
「小競り合いか……敵は少人数だったようだが、油断できん。再生プロジェクトが広まれば広まるほど、狙う輩が増えるだろう」
セラはそれでも笑顔を見せる。「苗は生きてます。土が少しずつ回復してるし、今のところ悪い毒性の拡散もない。レナさんが生きてたら喜んでくれたと思うんです……!」
ドミニクは黙ってテーブルを軽く叩いたのち、「分かった。警備体制をさらに増強する。農地近辺にも柵を作り、警戒拠点を設置しよう。お前らは引き続き研究を進めろ。だがくれぐれも安易な期待を広めすぎるなよ。空騒ぎで終わらないことを祈る」と告げる。
カイはホッとした表情で「ありがとう、ドミニク。きっと、この“再生技術”が街を生き長らえさせる大きな一歩になるよ」と微笑むが、ドミニクはあくまでも警戒を解かない雰囲気だった。
“再生プロジェクト”の噂は瞬く間に街中に広がり、みんなが喜びや期待を口にするようになる。「作物が育てば飢えなくて済むかもしれない」「街の緑が戻るなら、子どもたちを外で遊ばせられるかも」という声が上がる一方、「本当に大丈夫か」「ネツァフの亡霊が蘇るんじゃないか」と不安を抱く市民も少なくない。
ESPによってお互いの感情がわずかに共有され、熱狂も警戒も連帯するかのように広がる。この独特な空気は、かつてのリセットを巡る対立と似ているようでもあり、根本的に異なるようにも感じられる。
エリックは街の通りを歩きながら、そんな人々の反応を肌で感じ、胸をどきりとさせる。カイが隣で微笑む。
「すごいでしょう。ESPがあるおかげで、街のみんなが自然と意識を合わせられる。だから再生プロジェクトへの期待が大きいんだ」
エリックは少しうなずき、視線を遠くに泳がせる。「でも、もし失敗したら……この期待の反動は大きいだろうな」
カイは苦笑して「そうだね。でも、足掻きとはそういうものだ。失敗を恐れて何もしなければ、何も変わらないから」としっかり答える。
ネツァフの遺骸から偶然にも見いだされた生体エネルギーの恩恵。ESPがもたらす苦痛の共有と連帯。未知の軍勢〈ヴァルハラ〉や真理探究の徒による暗い影。そして、街が守り抜いた農地での小さな緑の芽――それらが交錯する中、人々は新たな一歩を踏み出そうとしている。
レナの散華によって空いた穴は大きく、ゼーゲの最終攻撃の代償は計り知れない。だが、再生の兆しを前にして、セラやカイ、エリックたちはもう一度「足掻きの価値」を噛みしめる。リセットや破壊ではなく、時間をかけて世界を修復していく手立てがあるなら、どんなリスクがあろうとも挑むしかない。
ESPに絡む疑念や、真理探究の徒が狙うネツァフ由来の秘密、〈ヴァルハラ〉の再襲来への恐怖――そんな苦悩の連鎖は止まらない。だが、街にはほんのわずかな緑と、明日への期待が芽生えつつある。「もしこの再生技術が本物なら、もう一度私たちは笑顔を取り戻せるかもしれない」という囁きが、ESPを通じてゆっくりと広がっていくのだ。
夕暮れの光が、崩れたビルや荒れ地を黄金色に染めていく。そこに芽生え始めた小さな苗が、そっと揺れる。その光景はまるで、「足掻きの先にも確かな実りがある」と告げているようだった。
――果たして再生の道は順調に進むのか。それともさらなる争いを生むのか。人々は苦痛を共有しながらも、互いに支え合い、足掻き続ける。レナの想いを胸に刻み、誰もが「再生」の可能性に賭けるのである。