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楽屋落ち note と私

 インフルエンザ並なら春になれば終わると思っていたコロナが終わらなかった。外出が自粛というより制限になり,旅行客が減った。旅行会社はその直撃を食らい,私も仕事が激減した。
 私の仕事は,顧客の要請に応じて旅行プランを立てるというものだ。帰ってきた客が,泊まった宿や行き先がよかったと言ってくれるのが一番うれしい。その喜びのチャンスが減った。
 しばらくすると,リモートワークと称して自宅で仕事をすることが多くなった。仕事が減れば給料も減る。妻も同様だった。なんとか生活していける程度ではあったのが幸いといえば幸いか。

 そんなとき,大学の後輩のTwitterを見ていて note の存在を知った。彼は,学校の教員。3月の突然の休校に憤りながらも,学校でのことや子育ての様子を書いたエッセイや,掌編という短い小説を note に書いていた。
 note って,なんだろう。見てみると,「クリエイターの」とは書いてあるが,別にクリエイターでなくても自由に書けるようだ。実際,彼は小説は書いているが,クリエイターではない。
 そうだ,旅行を題材にここで書いてみよう。本業にも役立つだろう。
 公私を問わず,いままでに行った先で撮った写真がある。これを使って,旅行記を書いたらどうだ。

 いろいろな人が書いたものを読んでいるうちに,私の目に留まったものがあった。Twitterでシェアされていた「18分間のストーブトレイン」だ。
 作者は青森出身で,いまはオーストラリアに住む,塩野さくらさん。昨年の夏に書いたようだ。こちらは夏だが,南半球は冬。雪の中を走る列車に乗って,故郷のストーブ列車を思い出す,というシチュエーションだ。
 高校時代,通学に使っていたストーブ列車。乗車時間は18分間。その間に,地元の人や旅人と交わしたさまざまな出来事が書かれている。1つ上の先輩との淡い恋。学校の帰りに,だれかが焼いてくれたイカをふたりで食べて,ビューーンと意気投合するという,いかにも田舎の風景が,ほんのり心温まる。
 ストーリーだけではなかった。凍てつく寒さ,窓の外の雪景色,あかあかと燃えるストーブ,地元のおじいちゃんやおばあちゃん,一期一会の旅人との会話,それらの描写が驚くほど鮮明だった。
 「#あの冬のストーブ」という,東芝が企画したコンテストで準グランプリの作品だった。

 塩野さくらさんは,フリーのライターだ。それが,私の心に火をつけた。あたかも線香花火に火をつけるように。小学校から作文は得意だった。2年生で書いた読書感想文は県の文集に載った。私も書いてみよう。線香花火のように小さなきらめきだけで終わってしまうかもしれないが。

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 1週間を費やして,「ホタルの青い味」という5000字ほどの掌編を書いた。富山の居酒屋で働く娘と,客として来る大学生のはかない恋の物語だ。キーになるのはホタルイカ。その青い光がふたりの心にほのかに灯る。
 自信作だったが,いっこうにスキがつかなかった。

 次作への構想がまとまらぬまま,旅行記の一編を書く。岡山で食べた祭寿司とままかり鮨を題材に,若い二人が弁当を分け合って食べるという,フィクション仕立てにした。
 わずか20分ほどで書き上げ,ろくに推敲もしないまま,時間つなぎのつもりで投稿した。
 それが,わずか2日で「ホタルの青い味」のスキ数を超えた。どうなってるんだ。

 いろいろ書くとともに目に付く note を読み,フォローする人が増えた。その中で,信州安曇野で珈琲店「梓川」を夫婦で経営する人が,あるとき,格安で自家焙煎珈琲を先着100名に頒布するという企画を立てた。珈琲の銘柄と店の名前から文字をとり,クプラ梓森というペンネーム。珈琲好きな私は早速応募。香り高い珈琲豆が送られてきただけでなく,Twitterでも「おともだち」になった。過去のnote を読んでみると,2年前から note をやっていて,はじめはスキも1桁だったのが,半年前にあることをきっかけに急激にアクティブになったという。

 カラっとした彼女の文体と,企画力は多くの人の支持を集めていた。友人の朗人さんとの共同企画「#酔いながら書きましょう」には100人以上の人が1晩で応募した。「酔っぱらって書くんだからあとであれこれ言うのはなしだよ」というコンセプトで,皆好き勝手なことを書く。ムソルグスキーのはげ山の一夜か。私も,日頃の鬱憤をそこでぶちまけてみた。非難されるかと思ったが,「よいよい」というあたたかなコメントが少しだけど寄せられた。そして,そのあとで,「あの投稿だけど」と言ってくる人は一人もいなかった。一晩だけのお祭り騒ぎとそれを容認する noter たち。その寛容な空気に,私はますます note への書き込みが楽しくなった。

 noter たちは,折りを見てあちこちでオフラインミーティングをしているらしい。しかし,私は一度も参加したことはなかった。だから素顔も声も知らない。そんな中,津島という人が,面白い企画をした。noter とのインタビューを音声で載せるというのだ。どうやら,本業もその世界のひとらしい。つまりプロ。そのインタビューを聴いた。クプラ梓森さんの声は,藤圭子ほどではないが,ちょっとハスキーな低音で,落ち着きが感じられた。いや,声は落ち着いているのに,話す語調は note から感じられる通りの明るさだった。

 こんなこともあった。普段から漫画作品やイラストが素敵だなあと思っていた犬原チャワンという人が,使ってください,といっていくつかのイラストをみんフォトに載せたのだ。色彩に味のある水彩画。その中のひとつを見て,以前糺ノ森の茶屋で食べたかき氷を思い出した。そこで,「二人でひとつのかき氷小豆抹茶を食べた。その相手が事故で死んでしまう。翌年,再びその店を訪れる主人公の前に姓名が同じ女性が現れる」というストーリの掌編を書いた。幽霊が現れるという意識はまったくなかったのだが,舞台は京都。クプラ梓森さんからは,舞台が京都だけに怖さを感じるという感想が寄せられた。そうだ。京都といえば,怨霊伝説の類いに事欠かない。以前,関連した神社を回る旅のコースを設定したこともあった。これで,またいくつかネタができそうだ。北野天満宮と太宰府とか,後鳥羽上皇の足跡を追うとか,いろいろできそう。いままでのツアー企画の経験が生きるし,いろいろ調べれば仕事にも役に立ちそうだ。

 こうして,コロナで空いた時間になんとなく始めた note が,私の一日の中で大きな場所を占めている。上記以外にも,初期の頃に,noteにおける段落構成の考察で影響を受けた巌白結さん,私の作品で狙ったところを的確に読み取ってくれる船田ワカメさんや,同業者でとてもいい作品を書いている北蘆ミーさん,旅行記のゆさっちさんなど,親しい人が多くできた。コロナが収まって仕事のペースが元に戻れば note にかける時間は少なくなるだろうが,今や生活の一部となった note をこれからも続けていくだろう。小説家になるかどうかは別として。

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 フィクションとノンフィクションを織り交ぜて。え?パロディ? そういう言い方もある。うん。
 置き換えたのを本物にちゃんと直すと,ほぼ実話です。
 どれが誰で,どの企画や作品のパロディか,全部当てられたらすごい。
 パロられた方,楽屋落ちということでご容赦願います。m(_ _)m

タイトル写真と,中の線香花火は犬原チャワンさんのものを(だから,違うって)使わせていただきました。

サトウレンさんのこちらのお誘いに乗りました。