「救急車体験記」
2018.6.22
怪我をした。
懇親会の日、セルフ飲み放題の店で、自分で注いだ日本酒の一升瓶を冷蔵庫にしまおうとして、左手が滑った。
このままこの高さから落としたらまずい。せめて途中でキャッチしなければ。
再び瓶をつかもうと、両手であたふたともがく。
せめて落ちるスピードを低減させて最後の最後にゴトッという音を立てて転がる、というエンディングになってくれないか、と床すれすれまで粘り願ったが、努力も空しく瓶が割れた。
パリーンという音が響き、まだ大半残っていた酒が床に拡散し、履いていたサンダルにも酒がかかった。
その時の心境は、驚きよりも諦めの境地に近かった。
あぁ。割ってしまった。
割れたガラスを一つ拾い上げたとき、左手の親指から血が膨れ上がり出したのが分かった。
どうなったのか分からないが、多分、最後まで瓶を握ろうとしていたのだと思う。
音を聞きつけた店員さんが、すぐおしぼりを持ってきてくれた。
ばんそうこう頂けますか、とお願いして持ってきてもらったが、とても絆創膏ではおさまらない。
救急車呼びましょうか、と言われ、やむなくお願いすることにした。
もう本当に申し訳ないです、いえいえお店は全然大丈夫ですよ。いやもう、お仕事増やしてすみません。名前と年齢がいるみたいです。あ、そうですか。38です。
しばらくすると、救急車のサイレンが聞こえてきた。あぁ、これの対象者が自分になろうとは。
懇親会に参加していた皆に暇を告げ、救急車に乗り込む。
あぁ、お寿司食べたかった。あら汁一口しか飲んでない。久々に行きたかった店だったから楽しみにしていたのに。
あ、すみません、バッグ自分で持てます。店員さんごめんなさい。あ、はい。大丈夫です。自分で乗り込めます。階段失礼します。
生まれて初めて乗った救急車に、普通に座った。
「付き添いの方いらっしゃいませんか?お一人ですか?」
全員飲酒中の懇親会メンバーを呼べるわけもない。しかもいたところでどうしようもない。
一番近くの病院で良いですか、ここから5分くらいです。
はい、正直どこでも良いです。
状況を聞かれながら血圧と脈拍を測られつつ、免許証を出す。
え、神戸ですか。はいそうです。
とにかく酔っ払ってやったのだと思われないよう、努めて冷静にはきはき答える。
何だかもう、指一本のために3人も救急隊員の人に来てもらったのが本当に申し訳ない。日本の医療費を無駄に遣ってしまった。皆さんごめんなさい。
本当にすぐ病院到着。
救急車の後ろのドアがノックされてから開く。こんなところにも礼儀正しさがある。
あ、大丈夫です。歩けます。
救急車の中で応急処置をしてもらった指を上に掲げつつ(心臓から上キープというやつ)、建物の中に入る。
看護師さんが2人、何か書類を書いている人が1人、一緒に入ってきたさっきの救急隊員が2人。
荷物はこちらへどうぞ、はい、分かりました、ひとまずこちらへ。
と、部屋の真ん中にある椅子に座る。
血圧、脈拍、体温測定。年齢確認。
え、神戸ですか。大丈夫です、今日は梅田に泊まります。
泊まるのが良かったんだかどうなのか、何だかよく分からない。
程なくして、白衣を着たお医者さんが現れた。
続く。