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国内旅行体験記 #2(後編)
靴下を縫い止めてあるプラスチックの外し方など、
大学院で何を学ぼうともどこにも書いてはいない。
でも、人生を生き抜くうえで必要な能力はむしろこんなときどうするか、だ。
…ということを考えながらしばらくの間爪で押さえ、ねじり、T字の片方の端を突き通っている穴に通し戻して抜けたりしないものか、と格闘すること10分。
フロントに下りて「すみません、ハサミ貸してください」と頼んだ。
30秒で切れた。
再び部屋に戻ったが、明るさ問題が解決されていない。
ランタンは相変わらず目によろしくない。
間接照明なら大丈夫か、とあれこれ角度を変えたりトイレットペーパーを二重に巻いてみたりカバンを使って高めの位置で固定してみたりスマホのライトで代用してみたりするが、落ち着かない。
隣でデロンギがふんわり頑張っている。
だんだん寒くなってきて、
肩にかけていたストールを足にも回るように体に巻きつける。
ひとまずシャワーを浴びることにしよう。
浴室内を見上げると、シャワーカーテンが突っ張り棒で固定されていた。
備え付けじゃないんだな。
櫛とタオルは持ってきた。お湯は出るか。大丈夫だ。
あれ、おかしいな。
栓をしていないのにお湯がたまっていく。
もらった使い切りのシャンプー&リンスの香りがやたら良い。
リッチかアンリッチなのか判断に迷う。
あ、そういやドライヤーないな。髪を洗いながら気づいた。
あ、ティッシュもない。
水量が排水のキャパシティを超えているんだろう、と思いつつ、
やがて足首まで浸かったお湯がゆっくり排水されるのを待ち、
足を洗って浴室を出る。
再びレポートにかかる。明かりが気になる。
思いついて、紙袋の上部を破って巻きつけた。
暖かい光の色になった。
しかし、手元は明るくならなかった。
ケース課題とノートを置いてあれこれ疑問を洗いだそうとする。
しかし、いまだ集中力高まらず。
それでも最後の1時間ほどにようやく気合いが入り、
家で机に向かった場合と変わらない時間から1枚目を書き出す。
デロンギが横で相変わらずふんわりする。
あまり遅くなりすぎては体力が心配だ。
30%くらいできたところで諦めた。
ランタンは消えていた。
私はコートを着てストールを巻いていた。
目覚ましをセットして、寒さ予防にデロンギを枕元に持ってくる。
お、いい高さだ。
布団なら寝る位置が低くて全然暖かくないと思うが、これはまるでベッドに合わせたかのような高さ。
デロンギを少し見直した。
部屋の明かりを全て消して寝る主義だが、真っ暗すぎると朝になっても気づかない恐れがある。
そのため普段ならカーテンを少し開けるのだが、今回は開けられない。
無論、フットライトなどというこじゃれたものはない。
周囲を見渡すと、ランタンがあった。
ランタンに紙袋をかぶせてさらにカバンの向こうへ置いた。
いい感じの間接照明になった。
ランタンを少し見直した。
明日、風邪引いていませんように。
布団をかぶって目を瞑り、しばらくじっとしていると、何やら手のあたりがほかほかしてきた。
おや、羽毛ぶとんのおかげかな、と思っていると、じわじわと暖かさが広がっていく。
なるほど、これがデロンギか。
エアコンと違って乾燥しない。風が吹かない。
まぁ当たれば熱いから起きるだろう。
この仄かな暖かさは心地良いぞ。
そう思いながら眠りに落ちた。
朝。目覚ましで起きた。
「…」
目覚ましで起きた。つまり、途中で起きなかった。
布団から出た。
「…」
すぐ出られた。
寒くない。部屋が寒くない。
平均4℃の朝は体温が上がるまで動けないが、いますぐにベッドから出られた。
君か。君のおかげなのかデロンギ。
喉も痛くない、乾燥を防いでいるぞデロンギ。
でかしたデロンギ。こういうことだったのかデロンギ。
ホテルに対する評価に迷いを覚えつつ、身支度を始める。
部屋の鏡に向かい、髪を結ぼうと身を屈めたとき、鏡の上部に蛍光灯が見えた。
慌てて覗き込むと、裏側に蛍光灯がある。
スイッチはどこだ。
あった。最初に充電器を差し込んだすぐ上の黒い四角。これスイッチだったのか。
点けると、果たして明るい光が広がった。
あぁ、神よ。
私が求めていたのはこの光です。
暗すぎない、かといって明るすぎない、黄色すぎない白すぎないこの光です。
蛍光灯がついて感動したのは、
中学の時に技術の授業で電気スタンドを作ったとき以来だ。
とは言え、今点いても間に合わない。
ランタンもったいなかったな、と思いながらホテルを出た。
もちろん、レポートは終わらなかった。