無いものはない
見えない行間読もうとして
黄金郷を覗き込んだ
空間を切り裂いてラマチが乱入してきたよ
ゾニキがラマチを呼んだって
返事もろくにしなかった
最後まで喧嘩腰 君を二人でおいつめてやった
oh yeah ah
当記事について
こちらは7.0メインクエスト、グラフィックスアップデート等の運営方針、プレイヤーコミュニティを対象とした批判感想記事です。
前回と比較して、最新パッチである黄金のレガシーに内容をフォーカスしている為、ネタバレを多分に含みます事を予めご了承ください。
はじめに
黄金のレガシーは何もかもが不気味でした。
シナリオ、演出、グラフィック、運営方針、プレイヤーコミュニティ、その他諸々その殆どが不気味でした。
不快や退屈より不気味という表現がしっくり来ます。
その理由は運営及びその狂信者と「気付きを得た人々」で、それぞれの寄せていた関心が全く違っていたからではないかと考えています。
同じものを見ていた筈なのに、感じ方が全く違う。「果たして自分の見ているモノは何だったのだろうか。そもそも存在していたのだろうか。」と不気味で不安な気持ちになるのです。
その為当記事では、既に2回記事を書いても尚晴れることのない不安な気持ちを少しでも払拭したいので、どこがどう不気味だったのかをなるべく詳細に書きました。前回、前々回の記事と一部内容が重複している箇所がございますのでご了承ください。
また公的な文書ではないため好き勝手に私見で書いております。ではどうぞ。
不気味なシナリオ、キャラクターデザイン
※前提として、筆者には声優やモーションアクターといった演者様への批判の意図は一切無いことをご承知おき下さい。
黄金の登場キャラクターは殆どが運営の想定したキャラクターデザインと実際に描かれたシナリオが尽く矛盾していました。
ポジティブな評価に値しない言動行動態度が肯定され続ける演出が常にある為、とてつもなく不気味な仕上がりになっています。
ウクラマトばかりが槍玉に上げられていますが、彼女に限らず今回のキャラクターはその殆どがおかしいです。
彼女はなまじ出番が多い故に汚点数が絶対的に多くなってしまっただけなのです。
また7.0シナリオ支持者が狂ったように繰り返し言う「批判者は馬鹿だから行間が読めていないだけ」という反論も非常に不気味です。
なぜなら今回のシナリオには世界観や人物像を補完できるような、腑に落ちる整合性≒行間がほぼ存在しないからです。
無いもの有るものとして扱う事はできないし、ヒステリックに批判派を中傷するような冷笑集団は不気味と呼ばざるを得ません。
しかし、こんなに矛盾だらけの不気味で不安になるシナリオにも支持者がいるという事実だけは確かにあり、何故これを面白いと思えたのかについては興味が湧きました。なので自分なりにその行間とやらをとても頑張って読むことにしました。
以下に、なんとか行間とも言えないような絞りカスから辛うじて得られたなけなしの描写から、自分が感じたシナリオとキャラクターの不気味に感じた点を書いていきます。
ウクラマト
この人物はただのいじめっ子です。
彼女は一貫して「お前は間違っているから正しいアタシの手で正しきに導いてやる」というスタンスを他者に振りかざし続けました。
ゾラージャには武が、コーナには理が、では自分は偉大な父から何を受け継いだのだろうか?とアイデンティティに疑問を持ち、優秀な兄弟にコンプレックスを感じるシーンがありました。
そして最終的に「アタシには優しさがある!」「ラマチ♡には優しさがあるじゃない!」という結論に。
でも彼女に対して優しさや勇猛さ、そして人の上に立つに足り得る理知や器の大きさを感じられるシーンなぞ全く皆無でした。
恐らく運営が想定したキャラデザは、
・お転婆で脳筋だけれども、卑怯者には啖呵を切り積極的に戦いに身を投じる勇敢さ
・船酔い持ちや食いしん坊な面もあるお茶目な可愛らしさ
・出会ったばかりでも、対立した者でも、分かり合おうと歩み寄り添う優しさ
・時には残酷な選択も厭わない、果断にして即決な王に相応しい器
・こんなにも明るく、皆を照らす太陽のような存在なのに、優秀な兄弟にコンプレックスがあるネガティブな一面を持っている
これらが支持者の言う、所謂行間なのでしょう。
しかし実際に描かれたシナリオは、
6.58という初期も初期からロクに理由や本心を知らないのに、ゾラージャに対し絶対王にしちゃならねぇと決めつける。
当然、6.58時点で主人公はゾラージャに会ったことがないし、頭ごなしに否定する彼女の口から彼の人物像が語られる事すら無かった為、一体何に目くじらを立てているのかも、何故王にしてはならないのかも分からなかった。
そもそも彼女には王権を手にした際の具体的なマニフェストが何も無いので兄を否定できる権利も立場も説得力もない。
反対意見を持たないのに「アイツのことがなんか嫌なのでアタシが代わりに天下を取るのに協力してくれ」と言われるのは意味不明だし、影響力の大きさが懸念されるので政治には関わらないよう表面上解散した暁の代表がそれに対して「うん!」してしまうのも凄まじく意味不明で不気味。
食の試練では当たりたくないペアにならなかった事を本人の目の前で声を大にして喜ぶ無礼者で、更にその後は他人が作った料理(しかも嘗ていがみ合っていた2部族の和解の象徴となったもの)を敗者に見せつけて煽る
家族を大切にしているという描写がありながらゾラージャを探す素振りすら見せず、式典で彼を国ぐるみで総シカト
行方不明だった兄が突然現れ、未知の技術で武装し父に決闘を挑む。手出しをするなと言われていたが、ただ事ではない雰囲気であることは明白なのに棒立ちで父を見〇し
家族を大事にしている、知りてぇ分かりてぇと言った矢先にゾラージャを殺してやると宣言。にも関わらず、嫡子のグルージャには親切にする。その後は息子の眼の前で父を粛清。ここまでされたのにゾラージャもグルージャも何故かラマチ♡してる
知ることを大事にしている人物だとクドクドクドクド描写しておきながらミララ族の歴史を辿るクイズラリーに乗り気じゃない
スフェーンと分かりあいたいと宣いながら彼女が何よりも大切にしている永遠人を皆〇しにして揺さぶりをかける。そしてラマチ♡
要職に就けたいなどと発言をするまで頼りに(利用)していた主人公を最終決戦ではスフェーンと2人仲良くガン無視
ザックリでもこれだけおかしい描写があるのにも関わらず、出会う人全てに「強くて優しい我らの王様バンザーイ!」されるのが不気味で不気味で仕方がないです。
彼女に煽られたバクージャジャや、散々無視された挙句に息子の目の前で殺されたゾラージャですら最終的には「ラマチ♡」と洗脳完了したシーンは真夏なのに背筋が凍ったのを鮮明に覚えています。
「武勇のゾラージャ、理知のコーナ、そして仁徳のウクラマトの3人なら偉大な父を超えられる」では何故駄目だったのでしょうか?
優しくも強くもないコイツが何で武と仁を2つとも独り占めして持って行っちゃうんですか?
散々擦られた「知る」も人の心に土足で上がる無神経な要素にしかなっていませんでした(特にゾラージャ、スフェーンに対して)。そして案の定「歩み寄ってくれるラマチ♡優しいだいすき♡」
それこそゼロの使ってたメモリアとかいう能力が活きたのでは?
超える力が無くとも他者の記憶を追体験できるアイテムでしたよね?
ヴォイド編も相当退屈でしたが、今拡張でゼロを活躍させてあげれば「ヴォイド編つまらなかったけどやってよかったな」って思えたのでは?
臆病者で強くもないのにゾラージャから武を取り上げ、これっぽちも優しくないのに登場人物のほぼ全員から仁徳を評価され、無神経なのに他者との交流に積極的で、愛国心をアピールしているのに地理や情勢の無知を晒す。それなのに人の上に立ちたがる。
こんなのを本気で人気が出ると思ってデザインしたのであればあまりにも彼女が可哀想だと思います。
今後も掘り下げをする予定とのことですが、彼女に必要な掘り下げはキャラ背景ではなく埋葬する為の穴です。
コーナ
実は彼は想定されたキャラデザ通りにシナリオを歩んだ数少ないキャラクターです。
ラマチ♡大好きシスコン一発芸人
それ以外に彼の存在意義と理由は無いです。
彼の想定されたキャラデザは、
・普段は知的でクールに決めている
・しかし義妹のラマチ♡が大好きなシスコンな一面というトゥルアワのようなそぉらここで萌えろや要素
これだけなのです。
つまるところ、RPGで街について説明してくれる為だけに入口に配置されている名前も無いようなNPCと同じですね。
そして不気味なくらいゾラージャとの会話シーンが無い。
わざわざラザハンと国交を結んだ展開にしたのも、ナブディーンとのブラコンシスコン張り合い対決一発芸を今後のシナリオにねじ込むためであることは想像に難くありません。
改めてシナリオ班の底の浅さが知れる大変滑稽なキャラクターだと思います。
しかしコイツの不快な要素はこれだけに留まりません。
他の黄金キャラクターは主人公をひたすらにガン無視しましたが、信じられない事にコイツは一応味方陣営なのに主人公を邪魔者扱いしてくるのです。
黄金の不快に感じたシーンといえば、ラマチ♡の「要職に就けたい」という発言がよくあがりますよね。あろうことかコイツはこの発言を結婚だと曲解し「どこの馬の骨とも知らない奴にキャワユイラマチ♡はやらん😤」という態度をとりました。
このシーンは皮肉にも”物語における登場人物は、作者以上の頭脳を持つことができない”という通説の証明になったと思います。
頭が良いというキャラを出してしまったからにはそれっぽい描写をしなければなりません。しかしライターの思考が全く追い付いていない為、こうした吐き気がするようなワザらしいギャップ萌え()で平常時と比較して知能を下げるしかなかったわけです。
ヤ・シュトラも同じ被害に遭っていましたね。冷静沈着でミステリアスな魔女、でも師匠マトーヤにはペースを崩されてしまう人間臭さもあるのが魅力。そんな彼女はトゥルアワで知能を下げてギャップ萌え()を狙うことでしか普段の冷静さを演出できなくなりました。
先にも書いたように、彼はキャラデザとシナリオの乖離は少ない方でしたか、その分不快な面が相対的に強調されることになりました。
逆に言えば、他のキャラクターはあまりにも矛盾が多すぎてシナリオ破綻を引き起こしているため、不快を通り越して不気味になってしまっているだけですね。
どの道黄金のキャラクターは不気味で不安になる不快な要素が多分にあるという事実は変わらないです。
単純に不気味と不快の比率の違いです。
ゾラージャ
個人的に新キャラクターの中では一番マシです。
航海技術もマトモに確立されていないのに外征政策がマニフェストだったり、育児放棄をしていたのに本心では息子を愛していた描写があったり、散々ハブにした張本人にラマチ♡したことに目を瞑ればの話ですが。
彼は多くを語りませんでしたが、アイデンティティを脅かされ、アイデンティティに苦しめられ、誰にも孤独を理解してもらえなかった、ということは伝わりました。
そして何よりラマチ♡をはじめとするいじめっ子たちに無視され続け、肉親にすら冷遇され、アイデンティティを取り上げられ、その上に邪魔者として排除されたという境遇がプレイヤーと同じでした。言わば自分は彼に同情してしまったわけです。
だからこそ断末魔がラマチ♡だったことが本当に残念でなりませんでした。
彼が最後までウクラマトを拒絶し、差し伸べられた手を振り払っていれば、彼も彼女も評価が違ったのでは?と思います。
「ラマチ♡優しくてだーいすき♡」と言う人もいれば、「昔からベタベタしてくるお前が大嫌いだったんだよー」と大事にしていた(実際はコーナ共々仲良くガン無視していた)兄に正反対のことを言われてしまう展開なら、さすがに人の心に土足で上がり込む無神経ラマチ♡も自分の信念とアイデンティティを脅かされる為、成長を演出できたのではないでしょうか。
結局こうしたウクラマト全肯定シナリオが全てをおかしくしていると思わざるを得ません。
みーんな「ラマチ♡のウンチ♡おいち〜♡」してます。
彼女は誰にも否定されないので自分を見つめ直す機会が無いんです。だから成長したと言われてもピンと来ないです。
彼はそのポジションになれた筈なのに、色々と勿体ないキャラクターだと思いました。
バクージャジャ
不良がいいことをすると聖人に見える展開一発芸人
コーナや彼に限らず、このシーンがヤリタカッタダケーのシナリオ班による一発芸人が黄金には多数登場します。
本当は優しい子なんです!と唐突に言われても災厄を解放したり泥棒したり営利誘拐したり、ロールクエスト同様に超えてはいけないラインをライターがわかってなさすぎます。
負傷した部下を置き去りにする描写なんか入れてる場合があったら、
部下「さっすが祝福のバクージャジャ様!過去の"出来損ない"とはワケがちがいますねぇ!」
バク「もう一回行ってみろ!ボコー」
みたいなシーンがあったらコイツ何かイチモツ抱えてるのかなーと思えたんですけどね。
余談ですが7.0クリア後は天深きセノーテの入口に突っ立っています。話しかけてもプレイヤーに一瞥もくれず虚空に向かってくっちゃべってるサマがウケるのでオススメです。
ただの一発芸人なので大して書くことがないです。
エレンヴィル
カフキワとの離別シーン一発芸人
想定されたデザインは、
・物静かだが冷静に物事を分析し、適切な判断を下せる(ヴァリガルマンダ捜索時)
・非戦闘要員であるがその事を受け入れており、自分の役割を理解しているが、歯痒くも思っている
・家族の事や昔馴染みの話題にはやや饒舌になる
こんな記事をわざわざ見ている貴方ならすぐにお分かりいただけた事でしょう。コーナと役割がダダ被りなんですよ彼。
ただでさえ口数の少ない人物な上にキャラ被りまである為、ボロは出さなくともメインを張った割にはあまりにも印象に残らないキャラクターです。
影が薄いのでカフキワとの渾身のお別れ感動ポルノも何も心が動かされませんでした。
こんな感じで黄金のレガシーって知らない人が知らない人と勝手に盛り上がってるシーンを一生見せられているので何も感じないんですよね。だってその人たちの事を好き嫌いになる以前に何も知らないので。
あまりにも印象が薄いので書くことがないです。
グルージャジャ
猛毒親
想定されたキャラデザは、
・偉大な建国の父で、豪放磊落・豪胆な歴戦の勇士
・それ故に子供達にとっては目標であり、立ちはだかる壁
・血の繋がりのない養子だからといって冷遇せず、嫡子だからといって甘やかさない平等な心
実際に描かれたシナリオでも、まさしく国主に相応しい、厳しくも優しい良き親と言え、るわけがない極悪ネグレクト親父でした。
本来、双頭の遺伝子は子を成せない為、養子をとるというのは当然です。
しかしゾラージャという奇跡が産まれました。
それは確かに奇跡かもしれませんが、特別な存在というのは孤独でもありました。
己は双頭というマイノリティであり、血を分けた我が子は奇跡がなければ産まれてこられなかった究極のマイノリティの中のマイノリティなのです
ここで、
・少数者であるゾラージャを護ってやらねばと過保護になってしまう
・少数者であることを強調せず、他者と平等に扱う事で孤独を感じさせないようにした
何れの描写でも親としての優しさも、ゾラージャが拗れてしまう演出もできたと思います。
こいつには髪の毛の先程も優しさを感じる要素が無いので、ラマチ♡がコイツの優しさを受け継いだと言われても納得できません。
この親にしてこの子あり、という演出を狙ったのであれば満点です。しかし大変残念な事におそらくライターは本気で良き親と優しき義娘、それに賛同しない冷酷嫡子として書いているので手遅れですね。
グルージャ
ゾラージャとの今生の別れシーン一発芸人
育児放棄しているたった一人の肉親に何故か懐いていますが、最終的にはラマチ♡教祖による笑顔教に無事入信しました。
お前の親父を今から粛清しに行くからな
→本当に眼の前で親父が粛清される
→青い肌のトカゲはお前と今アタシがぶっ転がしたお前の親父だけだよ
(アメリカ大陸をモデルにしたトラル大陸での発言)
ここ、八百長胸糞食の試練、ガン無視胸糞式典と並んでかなりヤバい胸糞シーンだと思います。
何もかもが意味不明支離滅裂矛盾最低倫理観一般常識皆無で不気味です。もはやどこがどう不気味なのかとか説明不要です。上の文章を見ただけで腰を抜かせると思うので感想は省きます。
とりあえず彼の今後についてですが、墓荒らしして他人の魂をリサイクルする倫理観の民が、マイノリティの彼を大事にするとは思えません。なのでラマチ♡教祖による摂関傀儡政治になることは間違いないです。
ケテンラム
老害の擬人化
シナリオ冒頭から「伝説の冒険家がいる」みたいな話をアルフィノが語っていた為、まさかそんな偉大な方がご存命でしかもお目にかかれるとは!
という展開を描きたかったのだろうなと思います。
そんな感じで散々強キャラ設定ハードルを上げて有能風吹かしていたのに
・棒立ちで後ろからトカゲにぶん殴られて国の最重要機密をパクられる
・地獄のミサワみたいなセリフと共に謎生還
・戦犯なのに友人の遺体と遺族の目の前でケツ向けて偉そうに胡座をかく
グルージャジャや八百長親父や荒野パートのもはや名前すら覚えていないチャイヌズモドキ保安官もそうですけど、有能風ド無能老害キャラが多すぎませんかね?
ヴォルデモートがいくら作中で悪い奴と言われていても、分霊箱を1箇所にまとめて保管してたら悪い人というよりタダのバカ丸出しの印象しか残らないじゃないですか。
作者以上に頭のいいキャラクターを出すことはできないという通説がまたまた証明されているなと感じました。
スフェーン
ラマチ♡の一番の大親友になれたなんてイイナーウクラマシ‐
想定されたキャラデザ
・生前は誰からも愛される優しき聡明な王が、過去の記憶までもを完全に再現したクローンとして復活
・それを恨むどころか最後まで民の安寧を願っていた
・確かに彼女は群衆の都合で墓を掘り起こされたが、それがなければ最後にウクラマトという友を得る未来を歩むことはできなかった
まず大半のプレイヤーに超絶嫌われているウクラマトと友達になれたことを全く羨ましいと思えないので何も感じません。
もれなくこいつも他キャラと同様に最後まで主人公に一瞥もくれずにラマチ♡しているので殊更です。
彼女を羨ましく思える部分なんて、精々人中が目立たないフェイスモデリングくらいではないでしょうか。
終盤のメインを張った割には全然印象に残らないキャラクターでした。故に書くことがあまりないです。
暁メンバー
全員ラマチ♡ 洗脳済み
クルルは暁月でかなり酷い扱いだったのにそれを遥かに越えてくるとは思いませんでした。耳飾りで鍵要員にならずグルージャが開けるシーンですね。
あと、カフキワの鶴の一声で永久人を皆◯しにするシーンもクソやばいです。
前作ラスボスの思想と行動を、まんま宇宙の果てまで共に戦った暁が誰も躊躇せず疑問も持たず実行に移す。
ライターの正気を本気で疑いました。
グラハのアイス早食いシーンはキツすぎて飛ばしました。
とりあえず、理由あって解散したのに「かすかべ防衛隊、ファイヤー!」のノリで集まるのはやめましょう。
主人公
眼の前で繰り広げられるいじめを傍観するカメラ
パンチの為だけに駆り出される暴力装置と化したアンパンマン
NPCだけで勝手に盛り上がった宴会場の残飯処理をさせられるザンパンマン
今シナリオにおける当人物については悲しくなるのでこれ以上は書けないです。
不気味は如何にして作られたのか
今回のシナリオの不気味さはシナリオ班にセンスが無いからという単純な理由ではなさそうなんですよね。文才云々よりも一般常識や倫理観が欠如した人が書いている感じがしました。
そしてこれらが欠如するとどうなるかというと、信頼関係の構築が書けなくなるのです。自分の行動によって相手がどう感じるかを想像できず、会話が書けないのです。
この信頼関係とは、主人公とNPC間のことではありません。今まさに画面の前にいる我々プレイヤーとNPCとのメタ的な信頼関係です。
プレイヤーがそのNPCに興味を持ち、感情移入ができるか、という意味です。
黄金のシナリオは、終始プレイヤーにとってはついさっき知り合ったばかりのキャラクターが突然死んだり悩んだりヒステリーを起こしたりします。
ライターの脳内でキャラ設定が補完されたままで、物語にアウトプットされないのでプレイヤーがずぅーっと置いてけぼりです。
プレイヤーにとっては何の思い入れもないので、感情的になられても意味のわからない面倒くせぇやつだな、というイメージだけが残ります。
キャラ付けや内面的な事、世界観を知る()ことのできるチャンスは多々あったにも関わらず、
・タコス食べよう!→食べられません
・ロネークに乗ろう!→乗れません
・黄金郷に突入だ!→尻尾巻いて逃げ帰る、からのトカゲに漁夫の利
・鉄道に乗ろう!→乗れません
・おやつ食べよう!→やっと食べられたけど味しません
こんな感じで一々水を差す
兎にも角にも「どんなときでも諦めない強くて優しい可愛い我らの太陽ラマチ♡を描きたい!」というライターのエゴが常に先行しており、シーンの繋ぎがめっっっちゃくちゃになっています。
遠ーーーーーーーーーくの方で知らない人が知らない人と抱き合って盛り上がってるサイコ劇場を延々と見せられて「今のアツい抱擁、エモかったでしょ!」って言われてもこちらは「その前にあなた達は誰?」ってなるしかないです。
「この人物はこの状況ならどのような選択を採るか」ではなく「この人物にこの演出でこの台詞を言わせたいから状況は後で考える」という結果ソレアリキサンダーな描き方をしている為会話が成立していません。
今回のメインライターの描く話は全部そうです。
ウェルリト戦役
数年会っていない養子モドキに父親ヅラするガイウス。数年ほったらかした親父モドキに何故か絶大な信頼を寄せる養子モドキ達。
「くそ!次こそは救ってみせる!」
これを4回やって全員見殺し。主人公は徹頭徹尾アンパンチだけしにくる暴力装置カメラマン。
ライターの脳内はおそらく、
”数年ぶりに再会を果たした義理の親子は、戦争によって引き裂かれる。皆が望まぬ戦いに身を投じ、改めて戦争の悲惨さを思い知る事となる。最期は父親自らが罪と業を背負い、この惨劇に終止符を打つ”
しかしこれも結局、
・あのガイウスに子どもが!パパ属性!ギャップ萌え!
・いたいけな子どもたちが惨たらしくグチャ!ベチャ!精神を汚染されちゃった!あらら脳みそだけになっちゃった!グロいでしょ!戦争は悲しいでしょ!
・がーんばれ!がーんばれ!SNSで流行間違いなし!
これがやりたいだけ。
これは学のない戦争孤児が犬死する文字通りの負け犬物語です。感動ポルノにすらなっていません。そして主人公が空気。いや兵器。
万魔殿パンデモニウム
登場して早々にエリクトニオスがヒスを起こす。
エリクトニオス、テミス、ラハブレアで勝手に盛り上がる。
主人公がアンパンチ動員され解決。
エンディングは主人公ハブでNPCだけで盛り上がって終了。
パンデモニウムは内容が薄すぎてライターが何を描きたいのかすら分かりませんでした。
とりあえず3層のワザとらしい演出はサムいです。
中心人物なのにエリクトニオスだけ声が付いていないので印象に残らないです。
あれで喜べるような人なら確かに黄金も満足できたのだろうと納得できました。
これで数字を取れると思っていた開発が存在したという事実が一番面白いです。ff14はシナリオ班の同人即売会ではないです。
あと、今回のシナリオはポリコレだから失敗したという批判はやめたほうがいいと自分は考えています。
ゲームに所謂ポリコレ要素を入れるのは多様性やグローバル思考に配慮する為というのは建前です。
真の理由は批判点を全て所謂ポリコレ要素とされているものに集中させる為のタンク役です。
プレイヤーをフォビアだと断定し、批判から目を背ける極めて邪悪な手法に嵌められないようにしましょう。
不気味な支持派プレイヤー達による批判派への誹謗中傷
ff14の現状を支持している派閥は、
・自分の真下に線を引いて冷笑する、狂暴で不遜な排他主義者
そのクセに他人と積極的に関わりたがる
・自己肯定感が低い
そのクセに自己顕示欲は一丁前
・無神経な言動と仕草で簡単に愛想を尽かされる
そのクセに相手のメンタルが弱いと決めつけ背中に向かって罵詈雑言を浴びせる
こんな人物です
…おや?この特徴の人物について、直近で散々綴ったような気がしてなりません。
確かウで始まってトで終わる、名前を言ってはいけない人だったような…?
そしてもはや教典にでもなっているのか?と疑ってしまう程のワンパターンな誹謗中傷フレーズがこちら
「お前達は行間の読めていないただの馬鹿。まだ序盤なのに待てないとか馬鹿なの?そもそも暁月みたいなエモ展開は期待するなって言ってたよバーカ」
「何でも自分中心じゃないとヤダヤダっておこちゃまじゃんバーカ」
世の中は残念ながら支持派様ほど頭が良くない「馬鹿」が大半だったため、激甘評価Steamで不名誉な烙印を押されてしまったんですよね。
しかし「馬鹿」相手の商売なのにその「馬鹿」をバカにして「馬鹿」に愛想を尽かされたら商売にならないのですよ。
馬鹿は天才に合わせられないけど、天才は一時的に知能を下げることで馬鹿に合わせられますよ。コーナやヤ・シュトラのように。
ツマラナイのは序盤だからは何の言い訳にもならない
物語の初っ端からむちゃくちゃ面白い作品なんてゴマンとあります。
物語の序盤とは即ち第一印象です。
人間は第一印象でその人物の人となりの8割を決め付けると言われています。その第一印象がサイアクというのは、続きを読みたいと思えなくなるということです。
そもそも「シナリオが面白いMMO RPG」という触れ込みを散々なされていたのは、他でもない運営様とプレイヤー達です。
自分達でハードルを上げておいて酷評を貰えばお前のセンスが無い、序盤だから展開を待てと言い訳を並べ、まるで相手の感性に非があるような発言はとてつもなくみっともないと思います。
MMOは誰のためのゲームなのか
折角キャラメイクができるゲームでマイキャラをもっと映してほしい、物語の中心に置きたいと思う事はおかしいのでしょうか。
ff14で一番人気のキャラクターとは誰でしょうか。
オルシュファン?エメトセルク?ウクラマト?いいえ、各々のマイキャラクターです。
エディット主人公だからやる価値があったんです。
マイキャラを差し置いてNPCにハマれる人はff14をやりません。原神をやります。
開発の規模もモチベーションもゲームとしての面白さ、新しさもまるで比べ物にならないくらいあちら様の方がクオリティが高いので。
それでもff14にしがみついてきたのは偏にキャラメイク機能があるから、これがとても大きいです。
たとえ人中を抉られようがおかしなハイライトで目がギラつこうが、大事なマイキャラクターがタコス食べるところ見たい、ロネークに乗るところ見たい、鉄道の窓から顔出して風景を堪能してるところを見たい、そう思うことは本当にただのワガママでしょうか?
ラマチ♡のわざとらしい食レポなんかより余程需要があると確信を持って言えます。
「自分自分自分て馬鹿みたい。エディット主人公の事なんて気にしたこともない」
では何故エディット主人公のいない、且つ貴方の大好きなPDが丹精込めてお作りになったff16を未だに購入されていないのですか?
最終決戦の曲名が「ふたりの路」であることに本当に何の落胆も覚えないのですか?
そこまで言うなら主人公が中心でなくとも面白い、もしくは見られるシナリオをいくつか語りますね。
新生友好部族クエスト
長くなってしまう為良いと思った理由だけ書きます。
メインクエストでは蛮神を召喚するなど、得体が知れず恐ろしい面ばかり描かれる獣人族を主体に、彼等の全く別側面を見ることができます。
常に主人公とプレイヤーにとって良い意味でカルチャーショックの連続が起こるという、RPGや旅の醍醐味が沢山あるのが良いです。
お使い感は強いですが、ゲストキャラ同士の掛け合いは勿論、悩みや葛藤を主人公の介入によって解決していくシナリオが読めます。
友好派と対立派の背景も語られるなど、世界観がグッと拡がるので是非とも体験していただきたいです。
吟遊詩人ジョブクエスト
ギドゥロとサンソンが主体で話が進みます。
Lv52クエスト最後のカットシーンでは、ギドゥロが主人公に賛同を求める台詞の後に、ゆっくりカメラが横に移動してマイペースにハープをポロンポロン弾いてる主人公が映ります。
さりげないことですが、主人公がその場にいて置いていかれてないというのが分かる良い演出です。
黄金のライターさんと同じ方のようですが、何故この程度の距離感で別のシナリオも書けなかったのだろうと残念に思います。
事件屋クエスト
ヒルディやナシュ、拡張毎のゲストNPCが主体で話が進みます。
主人公は爆弾バレーボールしたり、フライパン野球したり、ルゲイエバスケしたり、カットシーンではアクティブ且つ様々な表情を見せてくれます。
その為ヒルディやナシュ、パパママといった濃いメンツが大暴れしても存在が薄れませんでした。
セイブ・ザ・クイーン
主人公とボズヤレジスタンスが主体で話が進みます。
最期は主人公がミーシィヤに引導を渡す、と思いきや、レジスタンスリーダーであり、ボズヤの民であるバイシャーエンが「それは自分の役目だ」「主人公にまで罪は背負わせない」と制止し「二度と貴方のような咎人は出さない」「母なるエーテル界で再会しよう」と誓いを立てる。
途中までは主人公が主体で、最期はNPCが魅せるという展開が逆にとても良い演出でした。
ボズヤ奪還の為に三度英雄として担がれた主人公と、ボズヤの民を守る為に祀り上げられ、その民に裏切られた哀しき女王の末裔であるミーシィヤとの対比も素晴らしかったと思います。
彼女はミコトにだけ本心を語りました。ミコトが死に目に立ち会えなかったというのは心残りでしたが、切ない演出として充分です。
このように話の中心や最期の見せ場が主人公でなくとも、ff14という世界の住民であり、そこに存在して生きているんだと感じられる演出があれば話が心に入ってくるのです。
なので支持派様も黄金のレガシーはどこがどう面白かったのかしっかりと具体的に言語化するべきではないでしょうか?
それすらせずに自治をきかせるお時間があるならff16を購入されたほうが、貴方がたの愛してやまない運営様は大層お慶びになられるかと存じます。
素人相手の商売で素人を小馬鹿にする開発
グラフィックについてです。
根本のシステムが変わってしまう事なのに、顧客にデメリットを説明しないというのは、ものづくり企業としてどうなのでしょうか。
ff14はオンラインゲームサービスという無形商材です。サ終して残るものは思い出だけです。
どうしてユーザーが大事にしているものに寄り添っていただけなかったのでしょうか。
自信満々に出したものが思っていた反応と違い、鼻っ柱をへし折られた気にでもなったのでしょう。
だから「書き込みのウソ」「リアルのハイライト表現は新グラフィックの方が正しい」だのどーたらこーたら言って「お前達素人は正しさが理解できていないからおかしく見えている」と小馬鹿にする。
そうやって客の足下ばかり見ているから客の顔色が見えていない。
もうスクウェア・エニックスでなくとも美麗なグラフィックで壮大なファンタジーはいくらでも遊べる時代になっています。
定食でもプレイヤーが付いてきたのは、ファイナルファンタジーという世界を、自分だけのキャラクターで、自由に冒険できる、という強みがあったからです。
まさかそれを自ら捨ててしまうとは思いませんでした。
おわりに
もうff14はプレイするにしても青汁みたいな楽しみ方しかできないのかな、と諦めています。
どんなひでぇまじぃモンが出てくるのか、そしてそれを飲み干せるのか。
令和も7年になろうとしています。幸いなことに娯楽は溢れかえっております。
青汁を片手間で啜るも、こんなもん飲めるかと吐き捨てるも自由です。
これで以上になります。お疲れ様でした。
ここまでお読みいただきありがとうございました。