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いのちを、育む。

未知数すぎる「出産」に、
「どれくらい痛いの?本当に生まれるの?私、生きて帰れるのかな・・・」
怖さには嘘をつけなくて、できるだけシュミレーションしたくて、
ネット上にある体験記を読み漁った。

終えてみて思うことは「それ、先に教えて欲しかった!」そう叫びたいことが山ほどあったことと、「私の出産は世界に一つしかない」ということだった。

ネットに自分が経験する通りの出産記録は無いけど、
この記事を読んで世界に一つの擬似体験ができる人が一人でもいたらいいなと思う。

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母になる瞬間

「はい!終わったよ!お母さんがんばったねー!少し休んでね。」

出産から1時間半後。
産道まで切れて出血の多かった私は、そのままベッドの上で縫合の手術を終えた。点滴の針と、お手洗いに行けないために挿さったお小水の管で体の自由こそ利かない。でも、やっと一区切りついた安堵感でいっぱいだった。

「赤ちゃん抱っこしたいです。」
「いいよ、おっぱいあげてみる?」

助産師さんがそっと脇の下に置いてくれた赤ちゃん。お乳をくわえさせてみると、原始反射で口を一生懸命動かした。

「あ、生きようとしてる。」

私はこの時、この子に母親にならせてもらった。
愛おしさって、こういうことだ。

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"まさかの展開" その1

入院のベッドに戻ったときは、すでに夜中の2時を回っていた。
血がついていたけど、着替える労力がその時はなんだか面倒くさくて、分娩着はそのまま。分娩自体は7時間。短かった方だけどやっぱり疲れていたのかすっと眠った。目が覚めた時は5時。1ミリも体制が変わっていない自分に驚く。無意識に体についている針を意識していたのだと思う。

「渡部さん、調子どうですかー?」助産師さんが、満面の笑みで朝の挨拶にきてくれた。

「全然大丈夫です!」と私。
体はボロボロ。でも、心は晴れ晴れで嘘は無かった。
赤ちゃんが無事生まれてくれたことだけで良かった。

「まずは、検診しようか。」
そう言われて、診察室へ移動するとき、、、激痛が走る。

点滴に捕まりながらなんとか一歩ずつ歩きつつ、骨盤はガタガタ、縫合した後の傷口はちょっと動かすだけで感じたことのない場所から痛み。「出産の時に比べたら・・・」呪文みたいに反復してた。

なんとか診察台に座った私。分娩の時にいた先生たちの顔を見ると、まるで戦友のような気分だ。

そして始まる診察。先生たちの表情が一瞬で変わる。
「産後の手術痛かったね、、、、頑張ったね。」
そう言いながら完全に「憐れみ」の表情をしてた。笑

そして、しばらくして信じられない一言が。

「あれ、まだ一部から血が止まってないみたいだね、、一箇所だけしっかり縫合しようか。」

なんと・・・まさかの、追加縫合!
「嫌です!」と叫びたくても血が止まらない方がもっと困る。先生たちの全力の申し訳なさそうな表情が忘れられない。正直、治りかけの傷口にさらなる縫合の痛みは一番こたえた。

さらに天井を見ながら痛みに耐えていると、目の前がボヤ〜っとくすんでくる。「あれ、ヤバイ。」そう思ってすぐさま「先生、貧血みたいです。意識遠のいてます。」とまるで他人事のように伝えた自分がいた。

普段だったら我慢してしまうことも、今は人生ではじめての出産直後。遠慮なく言った私は気づいたら担架でベッドに戻されていた。

そんなこんなでやっと縫合も終え、赤ちゃんと共に過ごす準備ができた。

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"まさかの展開"その2

私が出産した病院は、産後1日目から母子同室。
母乳をあげたり、オムツを変えたりとすぐに母としての役割が待っていた。

・・・いや、待ってるはずだった。

赤ちゃんを待っていると、そこでまたもや、まさかの報告が。

「赤ちゃん、吐き戻しが続いていて出血防止のお薬が飲めていない状態です。体も小さいので、NICUで入院することになりました。良いですか?」

もう、色々と突然すぎる。戸惑っていられないほどに初体験が続々やってくる。今思えば赤ちゃんのために大事をとってNICUに入れてもらえたことは感謝でしかないのだが、当時は「え、本当に大丈夫なの?」と疑心暗鬼にもなった。だからこうして事前の情報は大切だと思う今に繋がるのだけど。

そこから通い妻ならぬ、通い母の生活がはじまったのだ。

▷『いのちを、育む。1日目。』

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