ヨーロッパ的なるもの:小話19 ヨーロッパと英語
【ヨーロッパと英語】
ロンドンの地下鉄で車内アナウンス。「ザ フロントドーズ ウイル ノット オープン」。ホームが短くて、一両目のドアが開かないときの決まり文句です。この「ドーズ」は doors。英国人、少なくともロンドナーは door を「ドー」と発音します。car は「カー」と同様に、door は「ドー」。最後の ”r” を発音しないのです。とすると、hair はほぼ「へー」に近い(へー)。
デパートに花瓶を買いに行った時のこと。売り場が分からないので、売り場のおばさんに聞きました。「ヴェイス(vase)」はどこですか?」 おばさんはキョトン。花を入れるポットとか何とか説明して、ようやく「ヴァーズ」と大声。大口を開けて、もう一度「ヴァーズ」。周りの人が振り返って恥ずかしい。紅茶の「アールグレイ」を頼むと通じず、「オールグレイ?」。違いの原因の一つは、米語と英語の違い。英国で、「アドヴァ―ティスマント」「プリヴァシィ」「シェジュール」「リジュース」「オックスフドゥ」が耳になじむにはある程度の時間がかかります。
加えて、英国は(も)多様多彩な方言の国。大昔のメリーポピンズの映画では、ロンドンだけでも、その発音でロンドンのどの地区に住んでいるかが分かるとしていました。それは現代でも、ある程度は残っています。英国全土となると大変。スコットランドは言わずもがな、イングランド各地に行って、相手の言っていることが全く分からないことも少なくありません。ビジネス上では、ある程度の役職にある人は標準に近い発音のことも多いのでまだましです。厄介なのは、街中で用を足すときです。特に何かを聞くなど、数語だけ交わすときは、一語も聞き取れないことさえあります。
もっと困るのは、カスタマーセンターに電話するとき。新聞の電子版他、申込みはネットでできるのに、解約は電話受付けのみと言うことがあります。しかしどこのセンターにつながるか分からない。解約できなければ引落しが続く。緊張します。あまりにすごい訛りなので何度も聞き返したら、ある男性は短気を起こして切ってしまいました。別のあることで何度目かの電話をした時。その時は相手の言うことが良く分かる。思わず「あなたはロンドンに住んでいるのか」と関係の無いことを聞いてしまいました。答えは「そうよ」でした。
(病院では聞き取れないと、命にかかわることもあるかもしれません。長くなるので省略)
これは英国内の問題?(事情?)と言うわけではありません。ヨーロッパ各国の人々が学ぶのは、米語ではなく英語です。彼らにとってEnglishはEnglishです。ドイツ人のEU委員長も、ロンドンの大学も出ています。その場合、doorは「ドー」です。advertisementは「アドヴァ―ティスマント」です。これに母国語の発音が混ざります。フランス人は、chanceは「シャンス」、homeは「オーム」。マクロン大統領さえ、「オーム」に近い発音をしています。オランダ人が「ファイフ」と言うのを聞けば five と頭の中で変換しなくてはなりません。「フートゥ」と言えば good(goed)。「ホーホ」は Goch(ゴッホ)。
ヨーロッパ人は、他国の発音の特徴がある程度頭に入っています。日本人の同僚と一緒に、フランスのホテルマンと英語で話した時のこと。同僚が話し始めると、相手は即座にイタリア語に切り替えました。同僚は日本人ですがイタリアの大学を失業してから英国に来ました。そのフランス人は、その発音を聞いて即座にイタリア語に切り替えたのです。本人も「私の英語はイタリア英語なんだ」と驚いていました。
英国がEUを離脱した時、頭に浮かんだ疑問の1つは「EUは英語の使用を止めるのだろうか?」 ということでした。ヨーロッパの歴史では、長らくフランス語がリンガ・フランカでした。フランス人は昔は英語が大嫌いでした。そこでフランスのリヨンの商工会議所に行った時に、聞いてみました。答えは明快。「英国がEUを離脱しても、ヨーロッパの公的な場やビジネスでは、英語は共通語として使われ続ける」と断言しました。「虎は死して皮を留める」ならぬ「英国は離脱して英語を留める」です。
これからは、ヨーロッパ各国の発音が混ざった、新ヨーロッパ英語がますます進化していくでしょう。英国人が、ヨーロッパ英語を学ぶために大陸に留学する日は遠くないのかもしれません。
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