変なニホンゴ1:押下
近年、流行語・流行表現がこれまでにない様相にあると思います。私には「なんだかなあ」と思わせる、使い手のセンスを疑うことばが、いくつも市民権を得るようになりました。
例えば「レンチン」――はやっていても使いたくないことばナンバーワンです。どうしてレンジで加熱するじゃダメなの? なにゆえそこまで短縮したいの? でもま、日本人の「4文字化短縮癖」の話は別途書こうと思っているので、レンチンはひとまず脇に置くとします。
コロナ流行の数年前、長く見積もっても10年前頃でしょうか、ウェブの巷に「押下」なる語が散見されるようになりました。この語、読み方は「コウゲ」らしいですが、まともな国語辞典にはまず登場しません。造語ですね。なぜこの造語が登場したか、一つの可能性をば。
商業(ビジネス)翻訳――出版(文芸)翻訳じゃないほう――では、「漢語風熟語」のほうが「和語」よりも格が高いとみなされる奇妙な風習があります(もちろん翻訳会社や担当者にもよります)。これは翻訳業界だけではなくて、遅くても明治以降、日本に抜き難く存在する信奉に近い何かかもしれません。
例えば「燻す」(和語)と「燻蒸する」(漢語風熟語)。「吐く」と「嘔吐する」、「床ずれ」と「褥瘡」などなど。確かにすべてを和語で揃えると幼稚な感じがする場合はあります。が、やみくもに漢語風熟語がいいとするのも、学的根拠のない思い込みのレベルです。
「押下」は、常日頃、漢語風熟語、漢語風熟語と迫られている翻訳者(多分にIT系)が、press downという英語を漢語風熟語にしようとして編み出したのではないでしょうか? その人は、「押します」*よりも「押下します」のほうが上等にみえると思う程度のセンスの持ち主だった(結構辛辣なこといってますよ)、それを目にした別の翻訳者が、”世の中には「押下」ということばがあるのか、よしこれからは「押下」でいこう”と安易に考えた、そして翻訳業とは関係ない一般の人が「押下」を目にして安易に使い、ついには蔓延するようになった・・・・・・。こんなところじゃないかと推測します。
このdownはただ、「下げる/下ろす」とか「下」という意味ではなく、確実に押す、しっかり押すぐらいの意味ですけどね。
どうでしょう、「押下」の登場は、このあたりが真相ではないでしょうか?
私は、流行語や流行表現の一部に日本人の国語力低下または国語センスの低下をみます。が、ことはそう単純ではないかもしれません。それを掘り下げていくためにも、おかしいと思うニホンゴを俎上に載せてめった切りに、いえいえ、お料理しようと思っています。シリーズ化します。
*「押し下げる」という訳語を示す辞書もありますが、「押し下げる」自体、取り付けや工事などに当てはまるだけで、たいていの状況でニュアンスが違いますね。