夏の日の思い出2
事故から目覚めて半年、その間は色々な出来事があり過ぎて目まぐるしかった。
まずは、警察がやってきた事だろう、強面の男に一瞬ビクつき警戒したが、話を聞いている内に普通にいい人だと分かると自然と警戒が溶けた。
その警察官、勇(いさむ)さんは俺が事故にあった事や記憶を失った事、更には俺の過去についての調査を担当したらしい。
まず勇さんが話したことは事故についての事だった。
「まず、黒木さんの息子さんの話ですが事故起こした後、彼は怖くなりその場から逃走、しかし事故に合わせた相手が生きており目撃証言もあります、本来は即逮捕なのですが、本来ならば」
本来ならば、そう、俺は黒木さんと取引をした、この件に関して何も言わず訴えずただ静観する、その代わり黒木さんは俺に金銭的免除を図ると。
俺はその取引を承諾しこの件に何も言わず何もせずにすると、恐らくこの取引を勇さんは知っているのだろう、警察としては不正はあまり好ましくないのだろうだからか、強面の眼光で俺を見てくる。
その視線に自然に溶けていた警戒心が一瞬だけチラついたが、ぐっとそれを抑え込み、勇さんにたいして、ぎこちなくなったが何も知らないといった様子で笑みを返した。
「まぁ、本人がそれでいいのならば警察としても動けないんですけどね」
「えへへ」
「はぁ~」
あれ? 何故か呆れられ溜息を吐かれた、確かにぎこちなくなったがそんなに笑顔が下手だっただろうか?
ま、まぁ俺は何も知らない無垢な一般人だ、これ以外は何も知らない、そういう事にしておこう、うん。
「あのそろそろ、その笑顔やめた方がいいですよ、なんか、顔が引き攣れてますし」
「あっ、そうですか、じゃあやめます」
スンッ、と笑みをやめて普通の表情をとる、あれだけの笑顔を見せたのだこれ以上は何も聞いてこないはず。
「これで、事故の件に関しての事については、これで終了とさせていただきます、それでは別の調査、つまり......さんの過去についての調査結果です」
ついに来たか、俺は事故の件よりこれが一番に気になっていた、何せ自分が何をしてどうやって生きて来たのかの過去が気にならない訳がない。
少しだけ、胸がざわつく、多分緊張している、勇さんもそれが分かっているのか何も言わず俺が心の準備が終わるまで待ってくれているのだろう。
深く深呼吸をする、肺の中の古い空気が捨てられ新しい空気が肺を満たす、その行為は何処か心を落ち着かせる。
心の準備を終えると、俺はその言葉を口に出した。
「ふぅー、勇さんお願いします」
「分かりました、ではまず......」
その言葉を皮切りに、俺は口を閉じ、ただ黙って聞いていた、勇さんの口から語られる俺の人生の数々、どこに住み、どこで働き、どういった交友関係を持ち、どういった家族関係だったのか。
俺はただ黙ってそれを聞いていた。
勇さんは、勇さん達の調べ上げた知る限りの俺を俺に教え終わると一息ついて、開いていたメモ帳を閉じる。
「以上が我々警察が調べ上げた......さんの経歴です」
「なるほど」
噛みしめるようにそう呟く、今の自分では知らない過去の自分の生きてきた人生、それを知ることが出来た、がどうも実感が沸かない、それが正直な反応だ、過去の俺の人生の記録は今の俺にとっては別物だから、そういう風に思っているからかもしれない、事実その通りだから。
そんな様子を察したのか、勇さんは俺の顔を見て心配そうに声を掛けてきた。
「大丈夫ですか?」
「えっ、ああ、大丈夫ですよ」
「そうですか、では失礼しました」
そのまま部屋から退室しそうな勇さんを見て俺は声を掛けた。
「あの勇さん!」
「はい、何でしょう?」
「ちょっと聞きたいことが」
俺は警察官という立場にいる彼の意見を聞いてみたかった今の俺について、だから呼び止めたのだろう、聞きたいことを俺は言葉にし、それを聞いた勇さんはちゃんと答えてくれた。
答えは聞くことが出来た、なら俺は......。
「ぐぬぬ! ぐ〜!」
手すりに両手を付くと同時にろくに動かない両足で床を一歩一歩、歩く、一歩踏み出す度今も僅かな体力が莫大に削られていく。
残り少ない体力をふり絞りもう一歩前進させようと前へ進もうとした瞬間だった。
「あっ」
俺は盛大にこけた。
「......さん! 新記録ですよ!」
俺のそばで俺の歩みを見てくれた看護師さんは盛大に褒めてくれた。
素直に嬉しい。
「はぁ、はぁ、そう...ですか...はぁー」
息も絶え絶えな俺は必死にお礼の返事を返した。
「では、少し休憩しましょう」
「はい......」
ふらつきながらベンチに向かい座る。
今、俺は事故に遭って昏睡状態だった後遺症でかなり弱り果てた俺の体のリハビリを始めていた。
最初の頃は本当にしんどかった、何せ立ち上がるのも一苦労だし、手すりを使いながら歩けた数は四、五歩、程度だった。
その直後に倒れて、休憩を挟んでもう一度、歩くを繰り返した、沢山無様に転びながらも自分の足でもう一度立つ為に必死でがんばり今では大分歩けるようになった。
「まぁ、もう一度とか言っても記憶無いんだけど」
大量の汗を流しながらそう呟き、元々おいてあった天然水を手に取りその中身を口に運ぶ。
天然水は乾いた喉と外に出ていった水分を補充し体を潤していく感覚に浸りながら次はもう少しいけるとチャレンジ精神を燃やしていた。
「とはいえ、記憶が戻る兆候は見られないか」
タオルで汗を吹きながら、守さんに言われたことを思い出していた。
「......さん調子はどうですか?」
「まぁ記憶が無いことや体が弱り切っていること意外は大丈夫です」
「そうですか」
ベッドに寝ている俺のジョークにクスリと笑いながら守さんは、俺の健康状態を確認していく。
しばらくして守さんは深刻そうな顔をしていた。
これは恐らく、と思いながら言い出せずにいる守さんに声を掛けた。
「なにか俺の事について、悪いことがありました?」
「......」
「守さん俺は大丈夫ですよ、守さんに何言われても大丈夫ですから」
「そうですか、ありがとうございます、いいですか......さん落ち着いて聞いてくださいね」
「はい」
意を決して守さんは語り始めた。
俺の今の状態を、俺の肉体的健康はリハビリをすれば数ヶ月で何とかなるそうだ、メンタル面でも健康とのことだった。
だが、記憶の面では全く問題ないと言う状態では無かった。
守さんは言った、俺の記憶はもう戻る事は無いと、俺にはよくわからなかったが、車に轢かれた時強く頭を打った事が原因らしい。
覚えてることもある、だが俺の中で重要ともいえる自身の過去、つまり、家族、交友関係やどんな仕事をしていたのか、どんな生活をしていたのかなどをこれからも一切を思い出すことは無いそうだ。
「医者として、あまり言いたく無い言葉ですがこれ以上は」
その先を言おうとした守さんの言葉を遮るように俺は言葉を放った。
「いいです、言わなくて、わざわざ自分が傷つく事ありませんよ、言いたくないなら言わなくていいです、それに隠さず真実を言ってくれた方が嬉しかったです」
「......さん......」
守さんは悲しそうなそして悔しそうな顔をして俺を見つめる、俺はそんな守さんの顔を見つめた。
この人の優しさは本物だ、医者として誰かを救うことに誇りをもっている、今の俺でもそれは分かる、今までもこれからもきっとこの人はこういった経験を得て強くなるんだろうな。
そう考えると少し羨ましいかも知れない、いやきっとそうなんだろうな俺は守さんの在り方に焦がれている、俺は前の経験を失いそしてこれから新たな経験を得る、だが俺には今から何かを築けるのか? そう考えるだけで怖い、たまらなく。
だから守さんに聞いてみたくなった、この気持ちを言葉にすると同時に俺はある言葉を守さんに投げた勇さんと同じ様に。
守さんは守さんの答えをくれた勇さんと同じ様にそれを聞いた俺は......。
「......」
「......さん、いけますか?」
「あっ、はい」
ベンチで座って守さんのやり取りについて思い出し黄昏ていると、俺のリハビリを担当している看護師は休憩をしていた俺を呼び、俺の意識はリハビリに向けられもう一度汗まみれになるためにベンチを立ち上がった。
「つかれたー!」
リハビリを終えた俺は、自分の病室に戻っていた。
あの後はいつも通り休憩とリハビリを繰り返し汗まみれになりシャワーを浴びて終了だった。
ふかふかのベットで今日の体の疲れを癒していると、ドアからノックが響いた。
「......さん黒木です」
まさかの黒木さんか、もう今日は用は無いと思っていたがあるとは神様は俺を過労死させる気だろうか? そう思いつつ、どうぞと入室を促した。
病室に入った黒木さんはベッドのそばにある椅子に座り俺に話をしかけてきた。
「失礼します、体調はいかがですか」
「ええ、まだ体が貧弱ですが、それでもあったばかりの頃よりはマシですよ」
「そうですか」
黒木さんは最近俺の様子を見に来ていた、二週間に一度のペースで、本人曰く。
「この事故は直接私が関係していないものではありますが間接的には私の責任でもあります、先の取引では、金銭的なものではありましたが、どうも私は心配性で、元気かどうか直接、見たくなりまして」
と、のことだった。
律儀と言うか何というか、あんな取引をしてきたのに真面目な人だ、黒木さんは出会ったばかりからそうだったが、今ではよりそれを感じていた。
そこからは他愛無い話をした、最近の調子から始まり、交友、趣味、本当に他愛ない話を、俺にとってはそれが心の癒しに繋がっている。
今の俺にとって、今の俺の事を聞いてくれる人がいるだけで前の俺に対する不安が無くなり今の俺は今のままでも大丈夫だと思えるから。
「大分、話し込んでしまいましたね」
「そうですね」
気付けば一時間も話し込んでしまった。
まぁいつもの事だが。
黒木さんは椅子から立ち上がると、病室の扉に向かおうとしていた時だった。
「......」
黒木さんの去っていく背中を見つめながら俺は勇さん、守さんと同じ様に黒木さんにも聞きたくなった。
「あの、黒木さん」
「? どうしました?」
「あの少し聞きたいことがあるんですが」
そして俺は言葉を吐く、俺の言葉に黒木さんは黒木さんらしい言葉で答えを返して来た。
俺はその言葉に......。
それ以外に、半年間はリハビリ、他の人との交流、定期的な健康チェックなどなど、本当に目まぐるしい日々だった。
だが半年間の、病院生活も終わりを今日で終わりを告げた。
第二部 完
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