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大阪 北浜レトロ

横浜喫茶あなたこなた
番外編 

【北浜レトロ】(大阪・北浜) 

 10月某日、話は大阪旅行2日目のお昼時まで進む。

 身支度を整えた後にホテル近くのローソンに併設されたイートインで簡単に朝食を済ませると(如何せんお昼が豪華になりそうなので)この2日間でだいぶ馴染になったメトロ御堂筋線に乗り込む。

 大阪の主要駅というのはどこか長閑で、新大阪も正面口から反対を行けばどこにでもある住宅街が広がっている。

 あと、全てがおおらかと言うか…(誤解を恐れずに言うなら)良い意味でおおざっぱでその点では横浜や東京の大きな街を歩いている時より居心地が良かったように思う。

 この御堂筋線も、車窓から見える景色は大きなビル群で覆われている訳ではなくまずメトロで淀屋橋へ向かい、京阪へ乗り換えて北浜へ乗り換える。

 この淀屋橋にある素敵なカフェにも1日目に行き、この地の素敵な有形文化財(メトロ淀屋橋駅の入り口も素敵だった)も見たのでその事もいずれ書こうかと思う。


 そこから一駅。

 『中之島バラ園』と書かれた表札が傍らにある出口を抜け、狛犬のような銅像が要所に並ぶ道を抜ける。

 白やグレーの石畳や瀟洒しょうしゃなビル群を抜けるとちょこんと古い建物が佇んでいた。

 この日は友人と一緒に来ていて、彼女がいなかったら通り過ぎていたかもしれない…が、お店の外壁に金色のティーポットを模した吊るし飾りが提げられ薄水色の屋根の素敵なクリーム色の建物にはネットで見かけて数年来、私が憧れていたあのカフェなのだ…と二、三度見ていくうちに不思議にときめいていた。

 この日のオープンが10時30分。

 だが(少なくとも私は)大はりきりで9時30分には辿り着き向こうも早めに着いていたそうで、奇跡的にその日一番乗りで2階の喫茶スペースに案内された。

 とても人気のお店なので土日は一時間以上列に並ぶ事を見越した方がいたそうで、文字通り一時間並んだ私たちも例外ではない。

 開店となり、年季の入った木製の扉を開けた店員さんに案内される。

 まず目に入ってきて感嘆の声を上げた。

 壁を覆うように飾られたリプトンやフォートナムメイソンのホーロー看板と先程とは違う形状のティーポット型の吊るし飾りが所狭しとあり、水色の壁枠の中に嵌められたダークウッドの飾り棚とそこに陳列されたこれも水色の紅茶缶(お店オリジナルのブレンドだそうだ)と素敵な雑貨が並べられたお店である。

 この光景をようやくこの目で見られた時、まず思ったのは、

(が、頑張って大阪来て…良かった……!!!)

 であった。

 一人旅自体初めてだったが、この地に来た大きな理由はこの素敵な喫茶店だったので階段をゆっくり上がる時心なしか時間が何秒か遅く進んでいるような気さえした。


 横浜でも(大変ありがたい事に)素敵なカフェでお茶する機会に恵まれていると実感している。

 2、3段の素敵なお皿にお菓子やセイボリーが並べられたアフタヌーンティーというのは何回か食した事はある。

 本式の英国アフタヌーンティー、というのはここへ来る前にWikipediaで調べそれ以前からも強い憧れを抱いていた。

 東京や神奈川でも英国式ティーハウスというのはあったし、見ていて“素敵だなぁ“と思ったお店も多かったが…大阪へ遠征して、このお店でそれを体験出来て良かったと思う。

 今回私が友人と注文したのはやはりアフタヌーンティーのセットである(補足…一名様からでも注文可能である)。

 ケーキはその日ショーケースに並んでいるものから選び、紅茶の種類も豊富だ。

 スコーンもレーズンや胡桃入りのものから、この時はかぼちゃのスコーンなどもあった。


 頼んでしばらくすると、ウィリアム・モリスのパターンが素敵なランチョンマットの上に、まず銀のティーポットと正方形の布当てが並べられた。

 小さな茶こしとこのティーポットはずっしりと重く、またこのポットでお茶を注ぐのにはコツがあった。

 その後来たアフタヌーンティーの3脚スタンドもとてもずっしりと重く、こちらも本当に銀製のものなのだろう…と感嘆した。

 先程の布当てで持ち手を包み、ティーカップに紅茶を注ぐ。

 素手で触ると声が出るほど熱いのでこれがある次第で、またこぼさずに入れるのにしばらく苦戦した。

 本当に上等な茶器というのはお手入れも含め持ち主や使う人間が試されているような感覚に陥る。

 どうにかウェッジウッドのティーカップに紅茶を注ぎ、花の香りの紅茶を一口含むと遠い昔の英国を生きた淑女たちのお茶会の様子がふと脳裏によぎった。

(私の想像なので恐らくヴィクトリア朝時代辺りの人々だろう)

 礼儀作法というのは本来不便なものである。

 だがそれを何より重んじている彼らは非常に美しく映る(物語の中のホームズやポアロ然り)。

 前にも別のエッセイで書いた人物だがボー・ブランメルというダンディズムの始祖たる人物を生んだ国なので殊更、英国という国がそう映るのかもしれない。

 アニメやゲームの影響もあるとは思うが。

『美とは実用的であってはならない、贅沢とは不便なものだ』

 …という先人の言葉を思い出した次第である。


 このアフタヌーンティーはケーキとスコーンも選べると先ほど書いたが。

 スパイスが効き、生地もどっしりとしたイングリッシュ・ホームメイドのケーキが好きな私は一も二もなく“ロンドンスパイス・チーズケーキ”というシナモンやナツメグ、グローブの風味豊かなチーズケーキにした(白状すると、ひと月前からどのケーキにするか決めていた。絶対迷うに決まっているから)。

 スコーンはプレーンのものと、期間限定で“ローズ&ベリー”のハート型もかわいらしいものにした。

 その昔、イギリスを特集したテレビ番組で女性の握り拳より一回り大きい大きなスコーンが向こうの紅茶店で提供されていると知りびっくりした事があったが。

 直径20センチほどのウェッジウッドのお皿でも半分ほど埋まるほど大きなスコーンが供され、まず私が思ったのは、

(英語とか喋れないのに、イギリスに来てしまった……)

 と、かなり突拍子もないものだった。 


 一口サイズに切られたハムときゅうりのサンドイッチに手をつける。

 いいレストランなどで見られる、パン耳を切り落として長方形に整えた形で“ティー・サンドイッチ”とも呼ばれるそうだ。

 東西でもこの形には様々な理由があり、英国では単に間食に適したサイズという理由だが日本の資生堂パーラーではその昔(本店のある銀座の土地柄)新橋の芸者さんが食事をする際、口紅が落ちないように…とこの形が採用されたそうだ。

 キュウリのサンドイッチ、というのも英国アフタヌーンティーでは代表的なメニューである。

 その昔。生野菜自体が貴重なものだったらしく、殊に栽培に温室設備を要するキュウリを使ったサンドイッチを振る舞う事は貴族や裕福な層のステータスだったそうだ。

 この日選んだ紅茶の銘柄も“エリザベス・ガーデン”という空想をかきたてられるもので(その空想だけでエッセイが出来上がっているようなものだが……)バッキンガム宮殿の、ヴィクトリア女王記念碑の見守り赤薔薇が咲き誇った荘厳な庭園を連想した。

 薔薇やオレンジ、ジャスミンの花と隠し味に菫の香るお茶で殊に菫はヴィクトリア女王の好きな花でもあったそうだ。

 茶器などでも菫を描いた素敵なカップ&ソーサ―は多く、エインズレイという窯元のものをその昔本で見せてもらった事がある。

 北浜レトロオリジナルの紅茶には“プリンセス・ローズ”というローズティーもありそちらでは煉瓦作りの建物を覆うほどの美しいローズ・ガーデンを思い起こすのだろう。


 スコーンには、これまた大きな二つの容器にクローテッド・クリームと濃紫に透き通ったブルーベリージャムが添えられていた…が、先にティースタンドから上段にあるケーキの皿を取った友人が、

「ケーキを先に食べちゃうのがおススメです、スコーンは持って帰れるので」

 と耳打ちしてくれたので(事実、ケーキもサンドイッチも食べ応えがありそうな量が提供されるので)先にクリームの添えられたチーズケーキからフォークをつける。

 英国のお菓子というのは、調べてみるとシナモンやナツメグなどの香辛料の効いたものが多い。

 キャロットケーキやアップルクランブル、クリスマスプディングなど伝統的なお菓子のレシピを調べてみると必ず使われていてその昔香辛料そのものがまだ高価なものだった時代にお祝い事の席で供されるのを空想した。

 ベイクドチーズケーキが甘いスパイスの香りと粉砂糖をまとっていて、まずはそのまま口に含むとスパイスの酸味がチーズのまろやかさとマッチして、不思議とくどくない味付けにフォークが進んだ。

 添えられたクリームをつけて食すとさっぱりしたクリームがスパイスを引き立てていて一皿で幾通りも楽しめる素敵なケーキだった。

 この時点で、次に大阪に来る事があったら絶対またここに来ようと決めた。


 スコーンは結局持ち帰る事になり、カフェでのお会計を済ませると1階の雑貨コーナーで2種類の茶葉と柄に薔薇の装飾が施されたデザート用のカトラリー(食器類の事)と母へのお土産にクッキーと紅茶の詰め合わせセットをお買い物した後その足で北浜駅へと一旦引き返す。

 次に目指すのはアメリカ村(通称、アメ村)。“大阪の原宿”を目指して友人と電車へと乗り込んだ。




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