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彩りを連れて 七

 買い出し班だけは準備期間中に校外に出ることを許されている。私は足りないものを晴くんと買いに行くため、通学路を歩いていた。

 何をどこで買うのか打ち合わせすると、少しの間沈黙が降りた。

「あのさ」

「あの、」

 話し出すタイミングが被ってしまって「あ、ごめん。先いいよ」と晴くんに言われたけど、私は順番を譲った。

「……昨日は、ごめんな。無理に聞き出そうとして」

「ううん、私こそごめん。昨日は、こんなこと喋ってもいいのかなって思って……」

 また沈黙が降りる。私がこの沈黙を破らないといけない。

「……あのね、話しても仕方ないことかもしれないんだけど、聞いてほしいことがあって……いいかな」

 晴くんはいつものニカっとした笑い方ではなく、ふんわりした笑みで、

「仕方ないかどうかは言ってみてから決めればいいよ」

 と言った。

「ありがとう」

 一つ、深呼吸をしてから話し始める。

「一昨日、帰った後にお母さんに言われたんだ。どうにか買い出し班から変えてもらえないかって」

 晴くんは、本当にどうしてなのか分からなかったのだろう。不思議そうな顔をした。

「……お母さんは、私の帰りが遅くなって、勉強が疎かになるのを心配したんだと思う」

 晴くんの顔が少し曇る。何を考えているのかは分からない。

「でも、私、その時に、『友達を作るのはやめなさい』って言われた気分になった。私にはそんな余裕もなければ上手く友達と付き合っていく技量もないからって」

 言っているうちに声が震えてきた。次の言葉に踏み出すのに力がいる。

「でも、でもね」

 私は、私の『夢』を口にした。

「私、みんなと一緒に過ごしたくなっちゃった」

 この時の私の顔は、きっと真っ赤だった。

「友達に、なってくれない?」

 晴くんは目を細めて、いつもみたいにニカッと笑って言ってくれた。

「もっちろん!」

 その声を聞いて、泣きそうになったけれど、それは必死に堪えた。

「ありがとう」

 でも絞り出した感謝の言葉はやっぱり少し震えていて、晴くんに背中をポンポンと叩かれた。

「大丈夫だよ。俺たち真緒のこと取って食おうってんじゃないんだから。……あ、わりぃ」

 慌てて手を引っ込めて頭をかく晴くん。彼の行動は本当に自然に出てきてしまうものらしい。

「友達に最初に聞くにしてはちょっと重い質問なんだけどさ」

 晴くんは少し躊躇って言った。

「真緒のお母さんって厳しい人なの?」

 その言葉に咄嗟には答えられなかったけれど

「……ううん。お母さんは、優しいよ」

 と、何とか返す。

「お母さんは、私の事を心配してくれてるだけ。何かを強制されたりしてるわけじゃないから」

 言い訳のようにそう付け足した。

 晴くんは思案顔でしばらく黙り込んだ後、

「じゃあ真緒が自分自身に厳しいんだな」

 と言い放った。

 一瞬立ち止まってしまったくらいに驚いた。そんなこと、考えもしなかったから。

「あ、ごめん。俺変なこと言ったかな」

「え、いや、ううん。ただ、ちょっとビックリして」

 そう言うと晴くんは不思議そうな顔をした。

「……もしかして、真緒って自分のことあんまり考えたことない?」

 口には出さなかったけれど、心の中で「あ」と音がした。

 言われてみれば、私はお母さんの期待に応えようとはするものの、自分自身のことはさっき驚いてしまったくらいに考えていなかった。いつだったか、私の日常は灰色なんだろうかと自問したことがあるけれど、自分自身のことが分かっていないのにその色が分かるわけもない。

「図星だったりする?」

 私は小さく頷いた。なんだか恥ずかしい。どうしてなのかはよく分からないけれど。

「じゃあさ、真緒がこれからしたいこと考えてみようよ」

 晴くんはニカッと笑った。

「俺は、真緒の家の事情はよく知らないけど、真緒がすっげー気にしいなんだってことなら今分かった。だからさ、何も気にしないで考えてみようよ。自分には何でもできるって前提でさ!」

 晴くんは、不思議な人だ。

 一緒にいて話をしていると何だか自由になれる気がする。私を縛っているのが、私自身なのか、お母さんなのか、それは分からないけれど、一時的に開放される気がする。

 何でも自由にできるとして、私は何がしたいか。

「……晴くんたちと一緒に、文化祭まわりたい」

 その言葉が耳に届くと、今度は晴くんが立ち止まった。

「あ、ごめん。やっぱり、無理だよね」

「いや! そうじゃない! そうじゃなくて……真緒ってすっげー謙虚!!」

 大袈裟にのけぞる晴くんはこう続ける。

「なんでもできるって言ってるんだから『好きな有名人に会いたい』とか『人魚になって海を泳ぎたい』くらい言ってもいいのに!」

「そう言われても、一番最初に思いついたから……」

「まあ、嬉しいからいいけど!」

 晴くんは私の前に躍り出て、眩しい笑顔で言ってくれた。

「一緒に楽しもう!」

 本当に、眼が眩んでしまいそうで、心までどうにかなってしまいそうだ。

「うん。よろしくね」

「まずはそのためにも買い出しだな。急がないと!」

 小走りに前を行く晴くんの背中を追いかけた。


 文化祭の準備は着々と進んだ。

 各班の頑張りももちろんだけれど、買い出し班に集まった人たちは、私以外みんなコミュニケーション能力が高くて、どこの班の手伝いもそつなくこなす。特に美玲ちゃんは衣装班で大活躍だった。

「前から思ってたけど、真緒ちゃんってすごく真面目なんじゃない?」

 そう言われたのは作られた衣装を血糊で汚している時だった。

「え? なんで?」

「ほら、私のと比べると分かると思うんだけど、真緒ちゃんのは結構一定間隔で血糊が付いてるでしょ? これくらいランダムにつけちゃって大丈夫だよ」

 確かに見比べてみると、美玲ちゃんの担当していた衣装には色ムラや大きさの違いがある。私のは最初からそういうデザインだったみたいな規則性があって、機械的だ。

「わ、ごめん。これじゃそれっぽくないよね……」

「だいじょーぶ! 上からもっと汚しちゃえばいいから!っていうか、そこで謝るところがやっぱり真面目!」

 美玲ちゃんはそう言ってカラッと笑うけど、私は少し気にしてしまう。

「真面目、かなぁ……」

 呟いたのが美玲ちゃんに聞こえていたらしい。

「え、ごめん。気にしてた?」

 気遣うようにそう言われて、私は何も返せなかった。

「んー、真面目は良いことだと思うけどなぁ」

 美玲ちゃんは衣装の裾にハサミを入れながら話す。

「だって、真緒ちゃんが真面目だから会計係を任せられたんだし、万が一私が会計係になってたら絶対予算オーバーにしてた自信あるもん。そうやって足りないところ補い合っていけるのが友達の良いところじゃない?」

 血糊で衣装を汚す手を止めた私に「わっなんか今すごい恥ずかしいこと言ったかも!」と慌てる美玲ちゃん。「え、違うの! ごめん!」と謝って、私は素直な気持ちを話した。

「友達、って言ってくれたの、嬉しくて……」

 美玲ちゃんは一瞬だけポカンとして、それから

「わぁーん! 血糊ついてなかったら抱き着くところだったのにぃ!」

 と悔しそうに声をあげた。

「抱き着くところなんだ?」

「そうだよ?」

 即答で当たり前のように返す美玲ちゃんに少し笑ってしまった。


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