短編小説『フィラメント』第3話
いつもの朝。
いつもの登校風景。
次々と到着する電車は黒色たちを勢いよく吐き出し、密室から解放された人々は道端の弾き語りの男性など気にしない様子で足早にその場から立ち去る。
由衣は「哀れな人……」と男性を見下げ、生気のない瞳で灰色の檻をくぐり抜けた。
今から半日、実質丸一日拘束されると考えるとすぐにでも素早く回れ右をして帰途へつきたくなるが、それでは社会的に死んでしまう。
何よりも自らが軽蔑しているような人種にはなりたくなかった。
人とは違う道を行きながらも常識人であることは忘れない。それが自分の信条だ、と。
「小桜ってさ、変わっているよね」
由衣が小休憩中の教室でノートを広げていると、目尻が吊り上がった女子が無遠慮に話しかけてくる。
「……変わってる?」
「だってさ、いつも独りでブツブツ言いながら何か描いているし、話しかけても無視されるし。あ、ヘンっていうのは悪かった?」
「あのね」
由衣はそのクラスメイトと視線を合わせるためにパイプ椅子を引き、さっと立ち上がる。
「……」
だが由衣が立ち上がったところで圧倒的に身長が足りなかった。
彼女はその小さな身体にも関わらず物理的にも精神的にも見下されるという行為が大嫌いで、相手の物言いが少しでも高圧的だと感じると小さな身体を震わせてきぃきぃと叫ぶのだった。
「だっ……誰一人として同じ人なんて居ないの! むしろみんな違ってて、みんなヘンなのが普通なんだって。あなたは量産されたロボットみたいな無個性を『普通』だと言うの? 馬鹿らしい。わたしたちアーティストに変だと言うのはむしろ誉め言葉よ。ありがとうね!」
早口で一気にまくしたてる由衣。
一気に空気を吐き出し、赤面する彼女を見た釣り目の女子は背を向けて「そういうところよ」と片手を左右に流した。
由衣は「どういうところよ!」という言葉を飲み込んで、荒い息を何度か吐き出す。
彼女は自分のことを棚に上げ、心の中で相手のことを見下げた。
その真意を探ろうとせず、言葉の表だけで判断する。そういう人間だった。
それを咎めるように由衣の背中に何かが走った。それはぞくりと彼女の身を震わせ、僅かに表情を歪ませる。
まただ。また「コレ」がやってきた。
何が引き金になったかは彼女自身にも分からない。
青ざめていく顔を両手で覆いつくす。
入学早々は周囲も心配していたのだが、数か月経った今では皆慣れてしまい、手を貸す者は誰一人としていない。
ただ、二人の女子だけが机に伏す由衣のことを何を言うでもなく見守っていた。