アルゼンチンと逆「価格革命」
アルゼンチンは「銀の国」、逆「価格革命」が起こるのか?
新たな大統領のハビエル・ミレイ氏の当選が注目を集めているアルゼンチンだが、この国の名前は「銀の国」というような意味である。銀は元素記号Ag、ラテン語ではargentumといい、Argentinaはargentumに女性形指小詞-inaという語尾を付けた形である。
彼はハイパーインフレ抑制のために中央銀行を廃止し米ドルを通貨にするなどと過激な経済政策を打ち出すとともに、反ウォーキズムや反社会主義を全面的に表明しており、概ねアメリカの右派勢力からは好意的に迎えられているようである。
アルゼンチンと銀ということで思い起こされるのは、あらゆる世界史の教科書に必ず書かれている「価格革命」である。以下、ウィキペディアの解説を引用する。
これを、ざっくりと今日の状況と比較してみよう。
銀の需要に関しては、シルバー・インスティテュートによれば2021年から需要が供給を上回る状態が続いている。さらに2014年からの数値を丁寧にみると、供給は採掘量が概ね8~9億オンスで横ばいなのに対し、需要のほうは工業需要が4億4,400万オンス(2014年)から5億7,600万オンス(2023年)と、30%増加している。これは主にEVと太陽光パネルに用いられる。
16世紀の価格革命は銀の供給過多と人口増によって銀=貨幣価値の下落=インフレが進んだというもの(当時は銀が通貨なので)だが、今度はその逆が起こるということではないか?つまり、銀は需要過多となり、人口は減っていく。不換紙幣の側から見ればインフレということになるが、銀貨の価値が上がっていくということは、金を中心としたコモディティ本位制のもとではデフレということになる。
先日の米中首脳会談で、両国は気候変動に対しては協力して取り組んでいくということが確認された。これは工業の言語に翻訳すれば、EVと太陽光パネルをたくさん作るということだ。それには銀が必要になる。
ミレイ氏は世界経済フォーラムの人
ちなみにミレイ氏は世界経済フォーラムのヤング・グローバル・リーダーであるらしい。この件について触れていたのはペペ・エスコバールと日本のいくつかの書き手だけで、アメリカ右派の投稿をざっと見た限りでは触れられていないようだった。
BRICS加盟は遠のく
ミレイ氏はブラジル・中国との関係断絶やロシア敵視も標榜しており、BRICSにアルゼンチンが加盟する日は遠のいた。しかし実際にはアルゼンチンは中国と180億米ドルの通貨スワップ枠を持っていたり、アルゼンチンの大豆・食肉の多くは中国向けに輸出されていて、中国からもアルゼンチンのリチウム産業に投資が行われている。彼が耳目を集めているほど急進的な政策が実際に実行に移されるかどうかはまだ不明だ。というか政治家が誰であれ計画に沿って行われるだけなので、表に出てきているのが誰かをベースに考えてもあまり意味はないように思う。ミレイ氏がWEFで反BRICSというのも両建て構造の中の話であって驚くに値するものではない。とはいえ、多少は近代的なイデオロギー構造の中での所見を書いておくことも無駄ではないと思うので、以下に記しておく。
トランプの旗の意味
トランプ氏がミレイ氏の当選を祝福したTruth Socialの投稿には、下記の画像が添付されていた。このDON'T TREAD ON MEという旗は「ガスデンの旗」と呼ばれる、リバタリアニズムのシンボルとなっている旗らしい。1775年、独立戦争のさなかにクリストファー・ガズデンによってデザインされたためそう呼ばれている。「DON'T TREAD ON ME 私を踏みつけないで」というのは「私の自由を制約しないで」という意味で、政府の介入や社会保障を徹底的に毛嫌いするリバタリアンたちの標語となっている。
究極のリバタリアニズムの実験か
WEFのメンバーであり、リバタリアニズムの旗を掲げ、中央銀行の廃止や社会保障の廃止などを掲げているという事実などから推察するに、最も考えられるシナリオとしてはアルゼンチンが究極のリバタリアニズムの実験場となることだろう。ハイパーインフレによって既存の通貨を破壊し、ブロックチェーンを用いた通貨技術で経済活動をすべて監視しようとする試みがなされるのかもしれない(失敗に終わる公算が大きいが)。
リバタリアニズムの古典とされる作品に、アイン・ランドの『肩をすくめるアトラス』というものがある。かなり長い作品で、実のところ私も半分くらいしか読んでないのだが、とてもわかりやすいあらすじの要約があったので掲載する。
コロナ前にアイン・ランドを読んだときはわかったようなわからないような釈然としない感じだったが、今これを読むとアメリカの実際の政治史の要約あるいは予測プログラミングに基づく筋書きともなっているようにも見える。というか今回のアルゼンチンの大統領選そのものだ。
作者のアイン・ランドは本名をアリーサ・ジノヴィエヴナ・ローゼンバウムといい、1905年にロシアで生まれた。父は薬局を経営していたがロシア革命に伴って事業を没収され、その後アメリカに渡ったという来歴を持つので、こういう思想になるのだろう。『肩をすくめるアトラス』のストーリーはいわばエリートによる大衆への復讐物語といったようなもので、日本的な感覚ではなかなか理解しがたいところがある(私はちょっとわかる気がする)。
ウィキペディアにも次のように書かれている。
リバタリアニズムの実態が、究極のエリート主義でむしろ全体主義につながるものだということがよくわかるだろう。結局のところエリートを自任する人々が、「俺らがいないと大変なことになっちゃうぞ!」とふてくされるような話で、アメリカではこれが聖書の次に読まれているというのだからやはりなんとも病弊の深い国である。
とはいえ日本でのほほんと暮らす分にはある意味どうでもいい話で、あまり極端な方向に振れないという意味では植民地としてのんきにうだうだやっている日本という国もあながち悪いものではないのかもしれない。