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吉川一義『プルーストの世界を読む』

「木を見て森を見ず」ということわざがありますが、「木を見て森を知る」というようなことも、たまにはあるかもしれません、「神は細部に宿る」という言葉もあるように。

吉川一義『プルーストの世界を読む』(岩波書店)

本書は、広大な『失われた時を求めて』を前に立ち尽くすわれわれ読者に、小説冒頭の、つまり第一篇『スワン家の方へ』の第一章《コンブレー》の精読をすすめます。ここには、小説全体の構成やテーマを予告する文章が多く盛り込まれており、それを察知するためには、一見ささいな表現でも入念に検討することが大切だというのです。何よりも文章一つ一つをじっくりと味わうところにこそ、プルーストの小説を楽しむ醍醐味があるのだと、本書は説いています。もちろん、《コンブレー》だけを読めば事足りる、『失われた時を求めて』の全部が読解できる、と主張しているわけでは決してありません。

全篇読破に躍起になっている最中は、大事だと思われる箇所を見過ごしてしまっても、ふと立ち戻ってみたりすることなどは面倒くさく感じられます。けれども、何気なく敷かれている伏線を発見するのであれば、ただストーリーだけを追うのではなく、詩篇と向き合うように語句一つ一つを吟味するほうが有効な方法であるし、この小説から引き出せる喜びも、溢れんばかりに豊かになると思います。翻訳についても、語順の大切さなど興味深い指摘がありますが、これも著者自らの精読にもとづいた結果によるものだと思います。

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気の遠くなるほど長い小説ではあるけれど、作家が一言一言を丹念に選びながらテクストを編んだように、森を漠然と眺めたり一瞥をくれたりするのではなく、樹々の一本一本の違い、葉の一枚一枚の多様さを認めるように読んでいく、それも気長に。これが『失われた時を求めて』を最も十全に楽しむ方法であり、その神髄に迫るための最短の道なのかもしれません。

そのためには、『失われた時を求めて』には若いうちから少しずつでも取り組み始めたほうがよいのかもしれません。歳をとってから、時間ができてから読もうなんて思わないほうがよい、老いてしまったら、こんなに長く濃密な書物につきあう気力も好奇心も、そして何より体力も残っていないかもしれないのだから......


吉川一義『プルーストの世界を読む』(岩波書店)


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