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異世界へ召喚された女子高生の話-93-

▼エピローグ;本当の気持ち

「私が…したことなんだ…これが私の選択…」

高橋美咲みさきは目を覚まし、うつろなひとみで病院内の業務に取り組み始めた。
学生時代の溌剌はつらつとした笑顔は消え、彼女の表情はどこか影をびていた。

ーー余震が起こるたびに、院内の患者たちの安全確保や避難誘導に奔走ほんそうする。

日常業務はトリアージ対応に追われ、次々と運ばれてくる負傷者を先輩看護師と共に状態別に分類し、必要な医療物資の準備を進めた。

被災者の受け入れのため、外来やロビーなど広いスペースを利用して臨時のケアステーションを設置。
避難者や軽傷者のケアを行いながら、収容者の安否確認にも対応した。

ーー新人看護師であっても、刻々と変化する状況に対応しなければならない。

美咲みさきは容態の変化や不足物資の情報を迅速じんそくに報告し、現場での対応を相談した。
患者への声かけや精神的なケアにも心を配り、あの選択の贖罪しょくざいを少しでも果たしたかった。

しかしナースステーションを通るたびに、聞こえてくる被災状況の数字の増加が、美咲みさきの心に重い罪悪感として、のしかかっていった。

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一ヶ月ほど院内に泊まり込みで働いていた美咲みさきは、上司から一時帰宅を指示された。

「高橋さん、あなたが何て呼ばれているか知ってる? 『サダコ』 よ。スタッフが言っているだけならまだしも、これが患者さんたちにも広まったら、仕事なんて任せられないわ。一度、外でリフレッシュしてきなさいっ!」

美咲みさきは自分の姿を鏡で見て愕然がくぜんとした。

ーー疲れ切った表情に乱れた髪。

忙しさにかまけて忘れていたスマホの充電をすると、藤井玲奈れいなからの安否確認のメッセージが届いていた。

ーーまだ、普通に電話をかけても繋がりにくい。

「大丈夫、病院に泊まりきりで働いてる。」
短い返信を送信し、久しぶりに病院の外へ出た。

ーー両親の死亡の手続きで駆け回っていた時以来となる。

昨日の雨で濡れた街は、彼女が最後に見たときとはまるで違っていた。
電車や公共機関は停止し、道路や建物の倒壊が至る所で見受けられる。

ーー罪の意識がさらに増していくのを感じながら、美咲みさきは自宅へと足を向けた。

ようやく辿り着いたマンションは瓦礫がれきと化していた。
8階にあった彼女の部屋は、上層階ということもあり、かろうじて形を留めていた。

「倒壊の恐れあり 立ち入り禁止」

警告ロープを無視して敷地内に入り、横倒しになった自宅へと向かう。
リビングの家具は散乱し、まるで時間が止まったかのようだった。

ーーふと、あの山田も見た家族写真が目に留まる。

「お父さん…お母さん…」

美咲みさきは写真を手に取り、涙があふれ出した。

最後に自室を見た。
高2のクリスマスから、時が止まったままの寂しい空間。

壁際に、あの魔法の巾着袋が置かれているのを見つける。
まだ使えることを確認し、集めた物を放り込んだ。
クローゼットからはこれから使う衣類を取り出し、奥にあった清風せいふう学園の制服やバドミントン部のユニフォームも、懐かしさから一緒に袋に入れた。

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ふと、思い立って清風せいふう学園まで足を伸ばしてみた。

外観は無事のように見えたが、校庭では被災者を受け入れており、仮設の建物や医療テントが立ち並んでいた。

清風せいふう神社も無事であることは、玲奈れいなのメッセージから知っていた。
玲奈れいなの顔を見に行くのはやめた。
今は玲奈れいなと身を寄せ合う気になれなかった。

それから学生時代のいつもの帰宅路へと、自然と足が動いた。

ーーそれは、あの公園を通る道だ。

公園はやはり被災した人達であふれて活気に満ちていた。
すると、一人の男性が近づいてくる。

(またナンパかしら…いやだな。)

うつむいたまま立ち去ろうとすると、その男性が声をかけた。

「あれ? 美咲みさきちゃん…だよね? 俺だよ、山田元課長の部下の佐野だよ、佐野修平しゅうへいっ!」

顔を上げて、初めて美みさきは振り返った。

「佐野さん? お久しぶりです。こんな格好かっこうでお恥ずかしい…」

乱れた長い髪にパンツスーツ姿の自分を見下ろし、照れくさそうに微笑ほほえむ。

「ははっ、大人になった感じだね。あの愛らしい制服の女の子がねぇ…」
佐野は明るく笑った。

「山田から聞いたよ。別れたってさ…でも、ちょっと顔を見に行ってみな。あの人、こんな時こそ面白いからさ。俺も田中も駆り出されて大変だけど…」

その言葉に背中を押されるように、美咲みさきは公園の中へと走り出した。

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「えーっと、オホン。あっ、失礼。この中に、医療従事者の方はいませんか? いましたら…」

山田つよしが公園の広場で、被災者たちに呼びかけていた。
その中から、美咲みさきは一歩前に出て手を挙げた。

「都内の病院に勤める看護師ですが、よろしいですか?」

「お、看護師さん? 言ってみるものだね。これ、一度やってみたかったんだ。えっと…」

ーー山田が顔を上げ、美咲みさきの姿を見て言葉を失った。

「えっ、み…美咲みさきちゃん? 看護師になってたの?…見違みちがえちゃったよ…」

震災で少しせた山田公園事業部長は、おどろきと喜びが混じった表情を見せた。

久しぶりに目の前に立つ彼に、美咲みさきの胸は高鳴る。

(やっぱり、5年経ってもこの気持ちは変わらない…)

彼女は、自然とあの頃のように微笑ほほえんだ。

「私もやってみたかったんです。お役に立てるかしら?」

「もちろん、もちろん! ちょっとてほしい人がいるんだ。」

「…山田さん。ありがとうっ! …変わらずに、いてくれて…」

「ん?俺の方こそ、ありがとうだよ。また会えて嬉しい。」

二人は公園の仮設テントで、わずらっている人々を回った。
美咲みさきはこれまでの経験を活かし、的確な処置と温かい言葉で人々をはげました。

ーーその後、山田と二人きりになり、積もる話を交わした。

「それは大変だったね…」

「そうなんです。自宅が倒壊して、荷物を取りに行ってきたところなんです。それで…、どうします? 行くあてのない22歳の女は、拾ってくれないんですか?」

ーー美咲みさきは山田を見つめた。

彼は困惑した表情を浮かべる。

「…いきなり、それは…」

親を失い、一人になった美咲みさきを放っておけるはずがない。
しかし、独り身の自宅に彼女を招くことへの戸惑とまどいもあった。

「…いきなり、無理ですよね。また病院暮らしに戻るしかありませんね。」

さびしげに言う美咲みさきに、山田は意を決した。

「わ、わかった。ただし、お互い節度を持って生活すること。いいね?」

「はいっ!」

美咲みさきの顔に笑顔が戻った。

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夕方、山田に連れられて彼の自宅へと向かった。
近所の幼なじみ、村田由紀子ゆきこが二人の姿を見ておどろき、家から飛び出してきた。

つよし、あんた、そんな若い子連れてどうしたのさ?」

「ああ、ユッキー、彼女は高橋美咲みさきさん。震災でご両親と自宅を亡くされたので、俺が面倒を見ることにしたんだ。」

「すごい美人さんじゃないの。あんた、だまされてるんじゃないの?」
村田は心配そうに山田を見つめた。

「あははっ、よく疑われます。でも、彼とは高校生の頃からの付き合いなんですよ。これから、お世話になりますね。」
美咲みさきは丁寧に頭を下げた。

ーー山田の自宅で部屋を借りた美咲みさきは、早速掃除を始め、久しぶりの手料理を振る舞った。

夜に彼女は玲奈れいなに電話をかけ、近況を報告した。

「…そう、良かったわね。山田さんとよりを戻せて…。電話越しでもわかるわ。私じゃ、あなたを笑顔に出来なかったから、…何度か仲直りさせれないかって考えてたのよ。」

「そうだったの、意外っ? 玲奈れいなちゃんは山田さん、好ましく思ってないのかと…」

「そんなことないわ。山田さん、オベリシアの書架の仕事を続けてたから、私も異世界まで行って相談してたのよ。あなたのことを…」

「隠れてそんなことをしてくれてたの?」

「…くやしいから言うつもりはなかったけど、言っておくわ。あの朝比奈あさひなとの戦いのとき、山田さん、あなたが危ないと聞いて本気で怒ったのよ。」

「山田さんが…?」

「そう。『人間五十年、下天の内をくらぶれば…』って歌い出して、朝比奈あさひなさんに飛びかかってね。『美咲みさきちゃんの笑顔を守る。好きだー!』って叫んだの。それが彼の本心よ。だから、あなたは信じて寄り添いなさい。」

「うん…ありがとう、玲奈れいなちゃん。」

山田の本心を知り、美咲みさきの胸には温かなものが広がった。

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翌日、職場に戻った美咲みさきは先輩看護師から声をかけられた。

「高橋さん、あなた…リフレッシュ上手くしてきたみたい。…そんな笑顔、できるのね。」

美咲みさきの表情は、以前の明るさを取り戻していた。

それからの美咲みさきの、山田へのアプローチは情熱的だった。
彼女の真っ直ぐな想いに、山田は逃げ場もなく、呆気あっけなく陥落かんらくした。

そうなると、もう彼は美咲みさきに、のめり込んで離れられなくなる。

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そして、ある日の夕暮れ。
公園のベンチに座る二人。

「俺、『節度を持って〜』なんて言っておきながら、美咲みさきちゃんに随分ずいぶんとだらしない真似まねをしてしまって…」

「いいんですよ。私の気持ちは知ってるんでしょ、つよしさん。」

山田は深呼吸をし、意を決したように言葉を続けた。

「結婚しよう。美咲みさきちゃんは、やっぱり誰にも渡したくない。俺の側にいて欲しい、ずっと…。」

美咲みさきの目に涙が浮かぶ。

「はいっ、嬉しい。… 私、大学では、地域看護学を履修りしゅうしているんです。在宅看護ですよ。ずっと…つよしさんと一緒にいるから…」

「はははっ、それは、いたれりくせりだね。美咲みさきちゃんにそこまで、してもらえるなんてさ。」
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隣人の村田も
「まあ、いつも楽しそうにしちゃって。でも、あんな子なら、仕方ないわね。」
と、二人の幸せを認めてくれている。

結婚してからの山田つよしは、『何故か若返った』かのように、以前より活力にあふれていた。
公園事業部長として被災地の復興に尽力し、周囲からの信頼も厚かった。

美咲みさきもまた、院内で「山田さん」と呼ばれ、明るい笑顔で患者やスタッフから愛されている。

---終わり

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えとん
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