私は素敵な女性になっていますか
20歳の時、彼に出会った。彼はバイク好きで革ジャンが好きでクロムハーツ愛好者だった。強面なのに涙もろくて、家族を大切にしていて、人間味のある人だった。
彼とは大学時代に出会った。東京に住んでいた私は、ひょんなことから大阪の大学に期間限定で通うこととなり、そこで出会ったのだ。
彼は大学のクラスでも目立っていた。身長が高く、人を笑わせることが得意で、クラスのムードメーカー的存在であった。東京出身で、あまり人との付き合いが得意でない私は、根っからの関西人で、声が大きくて、人との境目にある壁を壊すのが得意な彼に苦手意識を抱いていた。自分とは真逆のタイプの人間で、交わることのない人だと思っていた。
新学期が始まったばかりの春めいたある日、クラスメイト何人かで映画を見に行こうという催しがあり、私は友人と参加をすることにした。授業が終わり、友人を待つため廊下に出ると、彼は廊下にあるソファーに寝そべっていた。
「おーやっと終わったか、待ってたんやで。」と言う彼に、私は「なんだこの人は。」と本気で思った。それまでろくに話をしたことがなかった。でも不思議と何だか心がほっこりした。
それから私たちは一緒に出掛ける仲になった。映画を見たり、ドライブへ出かけたり、バーに行ったりした。
ある日のことを覚えている。今から会えないかと彼から連絡があり、家の近くのコンビニで彼と待ち合わせをした。少し歩くことになり、告白をされた。そして、付き合うこととなった。
それから1年後、私は東京で、彼は地元の大阪で就職が決まった。
「俺はね、バイクで走っていてあと30秒で世界遺産の絶景がある場所まで来ていたとするでしょ?そこでお前から電話があったとして、会いたいと言われたとして、そしたら絶対その絶景を見ずにすぐに会いに行くから」と言った。
「俺はね、絶対振ったりしないな。関係が終わるとしたら、それはお前が俺を振ったときだな」とも言った。
私は、この人とであれば、頻繁には会えない場所に行ったとしても、大丈夫な気がすると思った。
遠距離になり、毎日のように会っていた私たちは、月に1度か2度ほどしか会わなくなった。そして、自然と連絡の頻度が減った。
会いたいという気持ちや、寂しさを隠していた私は、自分から決して彼に連絡はしなかった。正体は分からない、プライドと呼ぶのかもわからないものが私にはあり、その殻を破れずに、自立した仕事の忙しい男には媚びない良い女風な女性を装っていた。
ある土曜、私は友人とランチに行った。暑くて、日差しがカンカンと照っていた日だった。友人とのランチは、とても楽しいひと時だったのだが、途中、彼からラインのメッセージがなった。携帯画面には「話がある」との一言のみのメッセージ。なんだか胸騒ぎがし、それからの時間は早く彼に電話をしたいと思う気持ちで落ち着かなかった。
友達と別れ、帰路に私は彼に電話をかけた。彼は、彼の職場の隣の席にいた○○さんが転職した話だとか、最近読んだ小説が面白くなかった話だとか、そんな話をしていた。そしていきなり沈黙になり、「別れたい」と言われた。
理由は良くわからなかった。「お前には俺が必要ないよ。お前は大丈夫だから」と泣いていた。
心に穴が開くとはこういうことなのだ、と私はその時に初めて知った。心が苦しくて、心臓が痛かった。ただただ涙が止まらなかった。そのまま家に帰り、何も食べずに泣き疲れ眠りについた。次の日の朝に起きた時の感覚は今でも忘れない。重い何かが体全体にのしかかり、彼から振られた現実を、嫌な夢であってほしいと心から願うとともに、涙がまたまた流れてきた。涙は流しても流しつくすということはないものだということもその時初めて知った。
私は、彼の温かい手のぬくもりが頭から離れなかった。寒い冬の日に、二人で阪急電車に乗り、気ままに1時間電車に揺られ、寝たふりをして彼の肩に寄りかかることが幸せで。そんな日に感じた彼の手のぬくもりが、恋しくて、切なくて、やはり苦しかった。
それから5年は経っただろうか。彼は今、東京の私の実家の近くに住んでいると知った。友人からそのことを知らされた私は、友人の前では平然を装うも、恋しい思いがふつふつと湧き出ていた。
彼に、大人になった私を見てほしい。あの時思っていたこと、当時の私には変なプライドがあって、自分の本当の気持ちを伝えることができなかったけど、あなたにはとても感謝しているし、あなたのことが好きだったし、いなくてはならない存在だったと今更だけど伝えたい。
仕事は何をしているのか、この何年間か何をしていたのか、私と付き合っていた時のあの時、どう思っていたのか、いろんなことを聞いてみたいと思った。今なら自分の心に正直に話ができるはずだ。
彼には今の私がどう見えるのか。聞いてみたいなそんなことも。