些細なミスを軽視することの意味
こんにちは、株式会社エスノグラファーの神谷俊(@kamiya_ethno)です。
今回は先日、完了した調査プロジェクトの分析結果を共有します(顧客企業の了解をいただき、一部をご紹介します)。テーマは、些細なミスに対する態度です。日常を振り返る視点を提供できれば幸いです。
分析結果の共有
あるメガベンチャーで、組織サーベイを実施させて頂きました。新規ビジネスを手掛ける事業部で4カ月ほどかけてリサーチプロジェクトを進めました。同社の経営層や事業部長は「新たな知識に柔軟に反応し、いち早く吸収するような『学習する組織』をつくっていきたい」というお考えを持っていました。それを踏まえ、テレワーク環境下で社員の学習姿勢が維持されているのかを診断することが調査のねらいでした。
この調査結果を分析するなかで、印象的だった内容を抜粋して紹介します。同社のなかで議論の端緒となった分析結果から見ていきましょう。
(自分の)些細なミスを軽視する人ほど、
学習意欲が低い傾向がある。
まず些細なミスを軽視する人ほど、学習に消極的な態度をもっていることが分かりました。「些細なミスを軽視する」とは、例えば社内資料の誤植、報連相やスケジューリングの際に発生する行き違いなどを蔑ろにすることです。
この分析結果、それ自体が顧客企業で問題視されたわけではありません。このような結果は、きっとどこの企業で測定しても表出するような結果でしょう。人間の本質的な特性を表している分析結果だからです。人間は、自分を有能だと思い込みたい強い欲求を持っています。幸福感や自己肯定感、社会的なステータスを維持するために、自分にとってネガティブな事象は敢えて見過ごそうとするような不都合な動機を持っているでしょうし、それが仕事を進めるときの判断軸に影響すれば、学習姿勢が弱まることも考えられます。
同社で問題視されたのは、この傾向が特定の社員層にあらわれたことです。次の分析結果に、担当者である役員は落胆の表情を歪めました。
管理職や高業績者ほど、
些細なミスを看過する傾向がある。
興味深いことに、この傾向はとくに高業績者や管理職に顕著に見られました。本来ならば、ミスをチェックしたり、ミスを回避するために指導や改善を進める立場にある社員が「スルー」の傾向にありました。
社会的に評価の高い人ほど、それを守りたいという欲求が強まります。それゆえに、自らの評価を下げるような事象に対して、認知を歪めてしまうところがあるのかもしれません。
この結果は、高業績者や管理職の学習姿勢が弱いことを想起させる結果ですが、組織としてはさらに大きな懸念を感じ取れる結果でもあります。
社内で高評価を得ている社員や、権限を持っている社員がミスを軽視するような態度をとっているならば、やがて組織の倫理観は薄まっていくでしょう。「優秀」な社員は、その他のメンバーにとって参照すべき「モデル」であり、自らの在り方を照らす「シンボル」だからです。
実際に、分析を進めていくと次のような結果も抽出されました。
些細なミスを軽視する管理職が
統括するチームは……
・他のチームと比べて、
メンバーが些細なミスを軽視する傾向がある。
・他のチームと比べて、
学習や改善を意識する姿勢が弱い。
この分析結果を見た役員の方が「蟻の穴から堤も崩れる」という故事成語についてお話されていたのが印象的でした。ハインリッヒの法則について述べる方もいらっしゃいました。
些細なミスにどう向き合うのか?その態度には、組織の文化やカルチャーが映し出されるものです。些細なミスへの対応が、組織の現状を表しているという見方もできるでしょう。
特定企業の事例ですが、私たちが日常的に遭遇するミスに対して、どのように向き合うべきかを再考させられるケースです。
顧客と議論したこと
分析結果を踏まえて、顧客企業の役員陣とは次のような議論をしました。
主たるものを3つだけ紹介します。
(1)成果主義とのバランスを改めて見直すべきではないか。
同社では、管理職はプロジェクトマネジャーを兼任しているケースが多く、管理職の多くはプロジェクトの成功にコミットすることが求められます。
そのため管理職は、自らの役割をプロジェクトの成功を起点に考えており、日常的な事務作業や部下とのコミュニケーションに対する優先順位が比較的低い状況にあるのかもしれないという意見が提示されました。
さらに、管理職の評価方法としてパフォーマンスを重点的に評価する仕組みになっているため「成果が出ていれば評価される」という安易な構造になっていることも懸念点として挙げられました。
(2)成果だけでなく、他の価値基準もつくり出すべきではないか。
そもそも新規事業として走り出したばかりの組織であったために、現状では「成果」以外に中枢に据えるべき評価軸がないそうです。中途採用で人員を補強したために、多様な価値観が存在しているにも関わらず、組織として重視すべき価値観を示さずにきたとのこと。
成果という「ものさし」は、共通価値として機能しやすいものですが、一方で社員の視野を狭めてしまうデメリットがあります。事業部としてのビジョンやバリューを構築すべきという議論もされました。
(3)フィードバック機能の不全
今回の分析結果では、些細なミスを軽視する社員は、他の社員と比較して自己効力感が高い社員であるという傾向も抽出されました。この結果を踏まえて、役員からは「能力やパフォーマンスに対する自負が高いと、自らの失敗や能力不足に真摯に向き合えないのでは?」「不足点を率直に指摘する機会が必要ではないか?」という指摘もでていました。
同社では、1on1を取り入れていましたが、どうしてもプロジェクトの進捗やタスクの割り振りについて話し合われてしまうことが多く、互いの人間的な側面や仕事姿勢に対するフィードバックは、あまりされてこなかったようです。能力開発のために、リマインドを促す機会をどうやってつくるべきか?同社では、評価制度の運用など関連させながら、これを改めて、検討していく必要があると結論づけました。
まとめ
「戦略人事の消耗」という記事でも書きましたが、ICT技術の進展によって私たちの仕事は日々加速しています。それによって、仕事のなかで優先順位をつけて対応することや、効率的に対応すること、が以前よりも求められるようになっていると思います。
今回紹介した分析結果は、「その優先順位が果たして妥当なランキングなのか?」を問いかけるものでした。「些細なミス」と高を括り、優先順位を下位と判断して対応を省略したものが、実は非常に重要な意味を持っているものだったということもあるのかもしれません。
効率や成果を意識して「無駄」とラベルを貼ってしまう前に、その「無駄」に対応する意味について一度立ち止まって自らに問い直すことも必要かもしれません。また自分の振る舞いを定期的に俯瞰して、学びを見出すような習慣も求められるでしょう。
参考文献:
C. Argyris (1990). Overcoming organizational defenses: Facilitating organizational learning, Allyn and Bacon, Wellesley, MA.
D. Goleman(1985). Vital lies, simple truths: The psychology of self-deception, Simon and Schuster, New York.
A. L. Tucker and A. C. Edmondson (2003). Why hospitals don’t learn from failures: Organizational and psychological dynamics that inhibit system change, California Management Review 45(2), 55e72.
A. C. Edmondson(2002). The local and variegated nature of learning in organizations, Organization Science 13(2), 128e146.
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