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【映画感想】スプリー

評判がイマイチだったので後回しにしていた作品だったんですが、いや、観たらかなり面白かったです。あまり評判を信用するものじゃないですね(ということで、かつてないくらい評判の悪い『野良人間』も観に行く決心が着きました。)。サイコパスがユーチューバーになったら的な(正しくはユーチューバーではないのですが、とにかく配信で自己を満足させようとしてる人です。)承認欲求大爆発スリラー『スプリー』の感想です(「スプリー」というのは、主人公がやってるライドシェアのアプリの名前で、同時に"バカ騒ぎ"とか"酒宴"という意味もあるらしいです。正にという映画でした。)。

えー、何個か前に感想書いた『SNS-少女たちの10日間』もSNSの中で起こる常軌を逸した現実を描いた作品でしたが、あちらはドキュメンタリーでこちらはドフィクションなのに描かれてるおぞましさは一緒というか、SNSを描くと虚無になってしまうという意味では『スプリー』の方が断然映画だったなと思うわけです(『SNS~』は現実を描いてる様に見せながら全然描けてないというのが僕の個人的な『SNS~』評でした。)。主人公(で、サイコパス)のカートは、ライドシェア(白タクというかウーバーみたいなやつですね。)の運転手をやりながらSNSの配信でバズらせて一攫千金しようと考えてる、いや、今だったらよくいるタイプの思考の青年なんですね。で、10年くらいひとりで自分の日常を晒してライブ配信してるんですが、バズるどころか視聴数が二桁いけば良い方という、まぁ、これもよくある状態なわけです。で、普通だったら10年も同じことを続けて全く芽が出なければ、自分にはそれをやる才能がないなと諦めるか、もしくは、バズるとか関係なく自分の楽しみの為にやるという方向にシフトして行くと思うんですよ。でも、この主人公のカートは、10年やって何の成果もないのに、まだ、バズると信じているんですね。で、自分の配信に何が足りないのかなぁと考えた時に、とにかく過激な動画を配信すればバズるんじゃないかと気付いて、ライドシェアの客を殺すところを配信しようとするんです。これ、何が恐ろしいのかというと、道理があってるところなんですよね。倫理的なこといっさい無視したら"過激な動画"="バズる"は間違いじゃないんですよ(この倫理的なこといっさい無視というのを何の躊躇もなしに出来るのがサイコパスだなと思うんですが、実際、YOUTUBEとか見てるとここまでじゃなくてもこの原理で行動してるやついっぱいいますもんね。)。

ただ、カートがこの行動を起こすまで10年経ってるんですよね。10年やって急に「殺しを配信しよう!」と思うんです。この辺がこの映画の評価の低さに繋がってる要因だと思うんですけど、普通、この設定だったら主人公が承認欲求という闇にじわじわと追い詰められていって、その結果として殺人を配信してしまうという凶行に及ぶということになると思うんですよね。追い詰められて追い詰められてコップの水が溢れる様に凶行に及んでしまう。そこに共感とかキャラクターへの思い入れみたいなものがあると思うんですよ。でも、この映画、そういう共感とか思い入れとか全くいらないんでっていう、そういう潔さがあるといいますか。10年やってダメだったけど、あ、急に思いついた。殺したらいいんだってなるんですよ。何のきっかけもなしに。10年間視聴数一桁で続けてこれた能天気さのまま「あ、そうか、殺そう。」ってなるんです。この主人公カートの得体の知れなさに惹かれたんですよね。だから、スリラーとかサスペンスというよりはホラーに近いかな。B級ホラーですね。そういう風に観るととても楽しい映画なんです(主人公がサイコパスなんだけど、その得体の知れなさにも特に殺人者としての魅力がないということで言えば去年観た『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』に近いんじゃないですかね。その無価値なところがSNS的な虚無さに近いんですよね。)。

で、その能天気で無価値な殺人者というのを『ストレンジャー・シングス』で注目されたジョー・キーリーが演じてるんですけど、彼が凄くいいんです。一見、純粋そうにも見えるし、一方で常に何かを考えてそうでもあるし(しかし、その考えてることが全くの見当違いというのも。)。まず、目がね、どこ見てるのか全然分からないのがいいんですよね。そして、こういうやつが実際にいた場合には一番怖いというのが実感出来るのもいいんです。非常にまじめで行動力があるから自分が思ったことに一生懸命で妥協をしないんです(更に人の話も聞かない。)。ほんと、まじめ過ぎるのが一番怖いですよね。しかも、この映画、そういう日常にありそうな恐怖を描いてる(いや、ほんとに怖いんですよ。嫌な怖さ。こういうやついるわ~っていう。)のに爽快なんです。なぜ爽快なのかというと、殺されるのが(というか、この映画に出て来るのが)全員クズなんですね。つまり、クズをもっとクズが殺していくっていう非常に溜飲の下がる話なんです(ただ、この最強のクズみたいなのが最後に残ったらっていうおぞましさもありますね。)。

あと、主人公のカートが憧れる存在として人気インフルエンサーでプロのコメディアンの女の人が出て来るんですが、この人のステージも実際全然面白くないって描かれ方してるのがなんか示唆的で良かったですね。とにかく、溜飲が下がるのに不穏でよくよく考えるとこんなやつゴロゴロいるじゃんてなるのがリアルな、嫌だけど観ちゃうわってなる映画でした(と、「B級なところがいい!」なんて感じで書いてますが、テーマ的には『タクシー・ドライバー』とか『キング・オブ・コメディ』なんかを彷彿とさせながらあえて高尚にならないようにしてる感もあって、結構センスの良い監督なんじゃないかと思いました。)。あー、なんか、夏が近づいて来てるのにコロナで楽しいこと出来ないじゃんていう今の気分にはピッタリの一本かもしれないですね。


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